大道シリーズ叢書 第21冊『大道天地』
日本語版
◆ 前置・序 ◆
書名
2006年6月9日　丙戌年五月十四日（金）
南天の主宰　文衡聖帝
大道シリーズ叢書第二十一冊－大道天地
忠勤を励み勇気を奮い、怠ることなく疎かにせず、一日も早く完成させ、別途に褒賞を与える。
◆ 跋・讃賀 ◆
鴻鈞老祖が賛言を降ろされる
讚頌序言又一次　　大道天地德澤真
南無燃燈古仏
◆ 前置・序 ◆
書名
2006年6月16日　丙戌年五月二十一日（金）
南天の主宰降臨し来たり　　文衡聖帝天徳を排ぶ
崇心道場大主席　　恭しく懿旨を接し賜わり開示を頒賜す
謹んで尊きお言葉と玉の詔書を拝受し、ここに示します。
本日は崇心宗脈にとってまた一つの大いなる殊勝なる因縁であり、再び『大道系列天書』のご聖旨を奉じて全体に弘揚する運びとなりました。まことに上蒼が崇心のすべての教育・教化を肯定されたことに感謝申し上げます。すでに真に機能と効果を備えたと言えましょう。今や良き時至り、謹んで無極懿旨をお堂にお迎えし頒示を賜ります。
命じるに、本宗脈の虚空龍翔天尊、虚空鳳翔天尊、虚空理治法天尊をして、二十五里の外にて無極懿旨を恭しくお迎えさせん。さらに命じるに、本宗脈の虚空彩鶴仙姑、虚空彩花仙姑、虚空彩靈仙姑をして、十五里の外より無極懿旨を恭しくお堂へお迎えさせん。その他の神仏と諸学生、および無極大道院の衆霊修院士らは、列を整えて恭しくお迎えの儀に備え、礼儀を欠くことなきように。
無極の御前　麻仙姑
無極の懿旨が崇心に降り
駕前に侍して母の徳意情を奉る
崇心道場副主席　　麻仙姑がご聖旨を携えてお迎えに参りました
謹んで無極の懿旨を帯び、崇心宗の来脈に降りて頒示する。神人ともに伏し拝す。
懿旨を開き読み奉る
謹んで奉る
無極皇母大天尊  懿旨に曰く
母は理天の聖境に住まい、塵世のすべての霊的子女たちに対して、いつか真理を広め教化し、すべての無明の障害を変える力を高めることができる日が来ることを切に願っておられます。それは、多くの天機を示現して凡塵世界に降ろすことであり、特に人間世界のあらゆる生存機能に対しては、必ず生存に順応するよう必要があります。
もし安らかに生存する方法がなければ、それは直接的に「生活と修行」という二つの差異ある作用に影響を及ぼすでしょう。それゆえに、母なる心はすべての宗教の修行者たちが、上へと成長し超越していけることを願い、早く無極理天に帰り、共に母の顔を拝し、帰還して向上し乗り越えることを切に望んでおられます。
今、台湾の崇心堂では、母心懿敕（天上の母の慈愛あるお言葉）が下され、丙子年の立堂以来、既に十年の歳月が経とうとしています。この間、崇心堂には度々懿旨（天上の母のご命令）が降り、特に『大道系列天書』の著作においては、期日ごとに確実に完成させ、上天が定められた日程を遅らせることなく、むしろ予定通りに完遂し、旨を奉じております。
今や「大道シリーズ天書」第二十冊の著作を完成させ、真心より崇心宗脈の全ての神仏と子らが努力し、志を堅く保ち、更に上蒼に対して責任を果たせたことを感銘深く思う。母の心は大いに慰められ、再び大道シリーズ天書の二十一冊を、その表題を「大道天地」とし、崇心に授けて著作させんとする。
命じられて派遣されるのは、南海古仏と南無燃燈古仏の二尊を主たる仙仏とし、その他の三界の高真を陪従する仙仏とする。勅旨が届いた日より直ちに開示を始め、一日も早く完成させ、未来の有情なる衆生の子供たちが乗り越えるべきものに対して、より豊かな資糧の源を持つことができ、自らを利益するのみならず、有情なる衆生の子供たちをも利益することができるように。
また、理兒が期せずして母の心と互いに通じ合い、優れた使命を達成して教化を広め、実に心を動かされ称賛に値する。さらに天地の真理を人々の世に広め、労苦を慰め、多くの原霊児を教化して帰還させることができる。
矢のように勤め、矢のように勇み、怠らず忽せにせず。早く完成を遂げ、改めて犒賞を行わん。
◆ 本文 ◆
第廿四回　 活用經驗
南無燃燈古仏
◆ 跋・讃賀 ◆
天の徳は私なくして作し演化す　　尊き言は頌して来たり賀し勉めて開く
◆ 前置・序 ◆
書名
無極皇母は懿旨を下された
儒宗聖教の真仏心宗
無極大道院　懿敕崇心堂
天運丙戌年蒲（あやめづき）月十四日、戌の刻
よろしい！本宗脈が再び無極皇母様よりご肯定とご賞賛を賜りましたことを心よりお祝い申し上げます。崇心にとりましても誠に喜ばしいことであり、師としましても大変光栄に存じます。さて、時間の都合もございますゆえ、師は急ぎ無極に戻りご復命いたします。皆様、お疲れさまでした。ではまた。
虚空上人
虚空の因縁早く来たりて生ず　　空しく世間を転じて迷いを救う
上徳は必ず人を行わしむるを要す　　人間教化は皆共に成す
本日はまた崇心宗脈大道シリーズ天書の、無極懿旨と昊天玉詔を恭しくお迎えする大吉の良辰であり、まことに崇心にとって慰めと慶賀に堪えません。これは実に諸賢生らが共に心を一つにして大道の弘化に尽力されたことにより、真の功勳と資糧の源が成長してきたからこそで、先ほど無極懿旨の頒示が恭しく完了いたしました。
再び続けて、昊天玉詔が堂に来て頒布される。命じて本宗脈の無極大勢至菩薩、無極文殊菩薩、無極註生娘娘を十五里外に派遣し、昊天玉詔を恭しくお迎えさせる。また命じて本宗脈の無極広澤尊王、無極文昌帝君、無極司命真君を五里外に派遣し、昊天玉詔を恭しくお迎えさせる。その他の神仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士らは、列を整えてご到着をお待ち申し上げる。
欽差大臣 諸葛上相
天の使いが降臨し　　諸葛上相が勅旨を携えて来た
崇心道場は真に殊勝なり　　期期に著作して大道を排す
謹んで昊天玉詔を携え、降りて崇心堂に至り頒示す。神人ともに俯伏す。
玉　旨　開　読
謹んで奉じます
玉皇大天尊　玄霊高上帝の玉旨に曰く
朕は九五の尊位にあり、凡塵の一切の宗教に対し、教育と教化を人道世界が継承すべきものとし、また現在はすでに科学技術文明の時代に入っている。すべての宗教内で修行する者に対し、現在の因縁を以て、人類の生活の快適さと利便性の普及を高めることを期待する。
今や台湾の地に、南天を主宰する文衡聖帝・関聖帝君の宗脈道場があり、天命を受けて大道シリーズの天書を著作している。現在すでに全二十冊が完成し、朕はその真心と揺るぎない志に比類なきものを深く感じる。また、毎期毎冊の著作において、遅延や遺漏が一切なかったことも称えたい。
この十年の歳月を経て、天に対する誠信を以て弘揚する姿は、まさに天が誇りとするものであり、崇心宗脈の神人一体となって使命を貫き、天の命を受けて教化を広める堅い意志の表れであります。また、このような誠信は「儒宗聖門」の模範として、広く利益をもたらすものであります。
朕の心は大いに喜ばしい。大道シリーズの第二十一冊について、その表題を再び「大道天地」と題するのが理に適っている。人道世界に対しては、「天地は大道のもの」という特別な縁によって、人世間における「大道の天地」が相互につながり、情あるすべての衆生を徳によって恵む大いなる縁となるのだ。
命じられて、南海古佛と南無燃燈古佛の二尊を主たる仙仏とし、その他の三界の高真を陪従する仙仏として、この旨が届いた日より直ちに開著を開始し、時日を限らず、一日も早く完成させ、もって大道の弘化と徳沢を以て、天地の有情たる人類衆生に提供し、福祉の成就を依り所とせんことを。
崇心宗脈においては、すべての堅固な志を以て弘化を進め、更に『大道シリーズ天書』を完成させ、南贍部洲において科学技術文明が確実に向上するよう、これが朕の弘願である！かくして人々の世界に科学技術文明の利益をもたらすのである。
◆ 本文 ◆
第廿五回　  經典活用
南無燃燈古仏
◆ 跋・讃賀 ◆
頌   賀
讚頌序言又一次　　大道天地德澤真
2006年6月20日　丙戌年五月廿五日（火曜日）
◆ 前置・序 ◆
書名
玉皇大天尊　玄霊高上帝が玉詔を降される
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年蒲（あやめづき）月十四日、戌の刻
玉旨のご下命を終え、崇心宗脈が誠実に上蒼に対し誠信をもって中流の砥柱となり、さらに上蒼が仰望し信頼する棟梁の大宗脈となられたことを恭賀いたします。誠に喜ばしく慶賀に堪えません。私は速やかに昊天に戻りご復命いたし、いずれ改めて崇心をお訪ねいたします。では皆様、またお会いしましょう。
虚空文澤教化  文衡聖帝
虚空の因縁早く来たりて成る　　主席文衡聖帝登る
天の恩恵の加護を叩頭して感謝し
謹んで懿旨玉詔の証を拝受いたします
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は崇心にとって殊勝なる大いなる因縁の日であり、大道シリーズ天書第二十一冊を謹んで無極懿旨と昊天玉詔をお受けし、堂において頒示を完了いたしました。これは崇心に対するすべての肯定と称賛であり、すべての神仏と学生たちの堅固なる志によって成し遂げられたものであります。
共に　上蒼の棟梁の材となることを肯定されしは、皆様の殊なる栄誉であり、即ち今や大道系列二十一冊の御旨を完成せり。今期より再び継続し、大道系列の天書を著作し闡述せんことを期す。全き神人共に心を一つにし力を合わせることを願う。　上蒼のため、天地のため、衆生のために弘化を導き、五期に対し実ある機能と效益をもたらさんことを。
2014年6月2日10時55分◎＃※　０Ｋ＃
五穀神農大帝（ここくしんのうだいてい）
◆ 本文 ◆
第一回　 天地演義
2006年6月23日　丙戌年五月廿八日（金）
第卅四回　  乘願再來
南無燃燈古仏
◆ 跋・讃賀 ◆
元始天尊が頌賀を降す
◆ 前置・序 ◆
書名
五穀豊穣で衆生を守り　　神農は草を嘗めて百草を生む
大帝の徳は蒼生に潤い、賀勉の序の誠心は生ず
序   之（じょ   これ）
大道は天地の殊勝なり
すなわち、科学技術文明をもって相互に検証しつつ、また天地の進化過程に対し、宇宙・虚空・無極・昊天が相互に継承する理法に偏ることなく調和させる。これは宇宙天地の秩序体系において、相互に管轄し連携させて検証するものであり、人道世界が無数の進化を経て、完成へと向かう動作の成り立ちを理解し得るのである。
人道世界の経典は、進化、発展、創造を通じて伝承され、未来への向上の原動力となる。すなわち、上天が進化を演繹してすべての完成に至らしめ、天地の間に連なり、人道世界のあらゆる国と宗教、およびすべての人類衆生の事業経営を成し遂げるのである。
大道は天地の徳澤なり
さらに、無限の創造を実現することによって開かれるものであり、それゆえに21世紀は科学技術文明によって創造され、進化してきた。その恩恵は人道世界にもたらされ、自らのすべての修養を通じて超越と回帰を達成することが、真実の性質である。また、このような天与の良縁は地冥星において一万年以上を経て、ようやくこの機縁がもたらされたのである。
大切にし活用できるかどうかは、すべて人の選択にかかっています。未来は成長と失敗から学び、次に改善調整するための根拠を得ることによって、「人を通じて人に至る」という真実性が実証され、すべての良き縁と条件を高め、向上させ超越することができるのです。
五穀神農大帝が序文を授けられた。
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年の蒲月吉日
感心ですね！崇心宗脈のことを思うと、本当に誇らしく、また確信に満ちています。「大道系列」の天書を著作するという大きな因縁を、人間世界において成し遂げるとは、まさに天下第一のことです！
大切にし、努力を重ね、未来には必ず崇心宗脈が天地宇宙に弘まることを。喜ばしく、祝うべき、称賛すべき、励まされるべきことです。皆さま、お疲れ様でした。しばらく崇心にお邪魔し、未来について共に話し合いました。またお会いしましょう。
鴻鈞老祖（こうきんろうそ）
混沌未だ判ぜず陰陽分かたず　皆これ上蒼より仏子降り給う
老人の言葉は真の宝なり　　祖師降臨の賛は天地を航す
讃言
大道とは、すべての根源である。
自然に起こる行動を、殊勝なるものとして生命を潤すものと捉えることから、凡俗の世界においては、これは有情の霊性世界であり、また実相の世界でもあります。天地のすべての進化過程を、大いなる道徳の恩沢として区別することなく、必ずや人道世界を成就し、豊かな資糧の源を授けることができるのです。
人為的な要因によって作り出されたものは、利益を得るためであり、地冥星のすべての有情の原霊仏子に対して、潤いある生活の権益をもたらすことができる。また、天地の進化の働きを通じて、すべての人類衆生により快適で便利で普遍的なものを与え、科学技術文明に対して潤いある生活の条件を提供する役割を果たし、成長を達成するのである。
天地は応じて人世間に化現する
すなわち、人界を経て潤生の大因縁を成長と学びの糧とし、また如何にして潤生の中にこそ、多くの経験・知識・智慧が成長の糧として含まれているかを悟るべきである。もしこのような経験・知識・智慧が応用されなければ、どうして後世に伝承し、永遠に途絶えることなく続けることができようか。互いに励まそう。
◆ 本文 ◆
第二回　 大道玄奇
2006年6月30日　丙戌年六月五日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
讃頌序言またもや　　大道天地の徳沢真なり
◆ 本文 ◆
第一回　天地演義
第三回　 理化玄機
2006年7月4日　丙戌年六月九日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
鴻鈞老祖降讚言於
儒宗聖教
真仏心宗
無極大道院
懿勅崇心堂
天運丙戌年蒲（あやめづき）月吉日（きちじつ）
恭賀いたします。崇心が再び　上蒼の大いなる徳沢を賜り、下界に教化を広げられることとなりました。これは　上蒼が崇心宗脈をすべて肯定され、まさに　上蒼より信頼される大道宗脈であることの証です。これにより、情ある人類衆生のすべての良善が増長し、向上超越することが叶いましょう。しばし崇心にて未来を共に議する機会を煩わせていただき、皆様にはご苦労をおかけいたしました。すべてに吉祥あれ。またお会いしましょう。
元始天尊（げんしていそん）
元より無極より凡胎に降り　　始めて大地に至りて方に知る
◆ 本文 ◆
第二回　大道の玄奇
第四回　 提昇福祉
2006年7月7日　丙戌年六月十二日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
頌   賀
大道は天地のごときものなり
人道世界におけるすべての生活過程は、まさに生存への信仰と教育の継承とが融合したものであり、その中にはさらに多くの要素が含まれ、人道世界において向上させることができる。それゆえに上古より今日に至るまで、このような継承によって次の世代へと伝えられてきた：教育と教化は千古変わらぬ法則を経てきたのである。
人為的な要因によって、超越的な上昇を達成することができ、またそれは下降の輪廻が相続して完成されることでもあります。大道においては、このような進化の大いなる徳と恵みをもって、すべての有情の衆生・原霊・仏子を成就させ、あらゆる福祉に対して下化し、人道世界を21世紀において進化・超越・向上させるのです。
天地に存在するすべての変化
また、中国の炎黄五千年の悠久なる歴史を裏付けとして挙げることができる。実のところ、三皇五帝以前の天地がこの元会に開闢されたとすれば、すでに三万余年の歳月を経て完成されたことになる。このような時代は、まさに宇宙星系文明が地冥星にもたらされた時期であったと言えるだろう。
したがって、天地と星系が進化する過程において、この元会とこの機会がもたらした成就は、無数の衆生の「霊性、身体、心性」という三つの要素を向上させ、超越させることによって、自らを利し、また有情なる人類衆生を利することができ、善良さが増し向上することを知ることができます。これこそが真実なのです。
◆ 本文 ◆
第三回　 理化玄機
第五回　 綱常倫理
2006年7月11日　丙戌年六月十六日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
元始天尊降頌賀於
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年蒲（あやめづき）月吉日（きちじつ）
また崇心宗脈を祝賀し、大道シリーズの天書を相互に連携させて著作できること、さらに崇心宗脈のすべての固い志とあらゆる困難を克服する力を、上蒼が認め、確かな成長と超越を実現できることを肯定するものである。
また、理筆宗主と林堂主の揺るぎない志と不屈の精神は、未来における豊かな資糧の源泉を導き出し、成就へと導かれることでしょう。心より感服いたします。しばらくの間、崇心宗脈にお邪魔し、未来について共に協議させていただきました。皆様のご多幸をお祈り申し上げます。またお会いできる日を楽しみにしております。
虚空上人－南無虚空上徳人天古仏
虚空の因縁、崇心を生ず　　上人登台、勉めて成さん
◆ 本文 ◆
第四回　福祉の向上
第六回　  規章禮儀
2006年7月14日　丙戌年七月十九日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
讚頌序言又一次　　大道天地德澤真
諸聖仏と諸賢生、および無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は鴻鈞老祖、元始天尊、神農大帝の三尊の本尊が崇心宗脈に降臨され、「大道天地」の賀勉・賛頌・序文の著作を賜りました。これはまさに崇心宗脈のすべての聖仏に対する肯定と称賛であります。
これは、崇心が十年の歳月を経て、多くの上蒼への誠信を積み重ね、上蒼の中流砥柱となったからである。ゆえに、上蒼が信頼し、大道宗脈を仰ぎ見ることのできる存在となったのである。
皆で共に　神仏と心を一つに並べ
諸賢と共に乗り　弘化は天地に開く
この偈は、崇心に在る神仏と学生が互いに励まし合うものであり、まさに崇心宗脈の全ての努力が、上蒼の肯定を得られることを示しています。必ずや未来において、一切の有情衆生・原霊仏子を導き、回帰と超越を成就させ、更に殊勝なる天機良縁を与えて成長させることができるでしょう。
明日もまた導き渡す佳き日であり、すべての学生が参画して完成を助けられることを願っています。人道において導きを受けるには、必ず自らが成長し学びの経験を積み重ねることが必要であり、それがすなわち真実の姿であります。また人生こそがすべての学びの根本であり、いかなる時、いかなる場所においてもこのことは変わりません。
また、人生とは絶え間ない学びと成長の連続であり、それによってこそ未来において、虚空や無極天界を自由に超え行くことが可能となるのです。この思いを共に胸に刻み、皆様のご相伴に心より感謝申し上げます。長らくのご苦労に感謝し、ここでお別れさせていただきます。
2014年、0602、1156◎＃※   ０Ｋ＃
◆ 本文 ◆
第五回　 綱常倫理
第七回　 道德建基
2006年7月21日　丙戌年六月二十六日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
讚頌序言又一次　　大道天地德澤真
南無開展大道冊（なむかいてんたいどうさく）  燃燈心法光明澈（ねんとうしんぽうこうめいちょう）
古仏は初めに天地の本を著す　　天地は演義の根本則をなす
◆ 本文 ◆
第一回　 天地演義
天地根本の過程
大道系列の経典を観るに：すべての著作の因縁は、まさに地冥星系の一切の有情衆原霊仏子が、人道世界において潤生の綜合体として、自らが科学技術文明の向上による再生の過程に入ることができるようにするためである。この中で、有情衆原霊仏子は、福祉の大いなる徳沢が依りどころとするものとなるのである。
限りない天地の資源を与え、宇宙星系のすべての科学技術文明を提供し、さらに「借将」文明の作用を通じて向上を促した。南贍部洲の地冥星に生きるすべての有情の衆生、原霊の仏子たちに対し、潤いある生存の根本となる体を与え、生存の方向性を真実のままに高め、超越へと至らしめるのである。
また、地冥星を指して言うならば！天地の中心には数多くの原霊仏子が存在し、さらに多くの万物衆生が共に地冥星に参加し、互いに融合している。これは上蒼が地冥星に対して特別な聖なる務めと使命を与えているからであり、この元会において地冥星系の科学技術文明を発展させ、科学技術文明をさらに向上させるためである。
文明創造の基本的な動作は、虚無、無極、昊天の相互補完から生じるものであり、すべての有情衆生の原霊仏子が電伝視訊による弘化に入ることを促進できる。また、電伝視訊の基本構造を通じて、現代の科学技術文明が果たすべき基本的な使命をさらに促進するものである。
天地は人類の生存の基盤である
これは、すべての衆生の原霊仏子に対して、創造進化の恵みを施すものである。上蒼が過去の無明の迷いを解きほぐし、高度な科学技術文明がもたらす進化の作用をも授けることにより、地冥星のすべての原霊衆生は、良き因縁の条件を得て、向上し、高まり、超越していくことができるのである。
つまり、地冥星を例にとれば、地冥星系にはまだ存在している、四大作用の「地・水・火・風」の四つが、人道世界に対して上昇超越の因縁体を提供すると同時に、上昇超越を阻む障害の根源でもある。しかし、有情の衆原霊仏子たちは、上蒼がこのような作用をなさるのは一体なぜなのかと考えるであろう。
このような因縁条件は、必ずや明白な冥星を理解する必要がある。これは相互に対応する世界であり、また堪忍の人道上の世界でもある。さらに「日、月、星、辰」に制約を受けている。もし宗教が「天地の覆い載せる恩恵」に対して相互に補完し合うものであるならば、それもまた相互に対応する制約を受けることになる。これはさらに二つの矛盾を抱えているのである。
それゆえに、天地のすべての進化と恩恵は、この種の矛盾を解消するために存在する。人間の生存には、太陽と月の区別があり、また太陽と月の異なる作用がある。これは乾坤の両儀によって表され、人道世界においても同様である。人道世界には、乾坤と男女の区別しか存在しない。
天地の外にはなお日月星辰あり
ここにおいて、まさに日月星辰の光芒をもって、人道世間を照らし、日月の精華の光明を遍く与え、また日月星辰を昼と夜に分かつことができるのである。この二つの区別があり、一つは活動の力、もう一つは静止と休息であり、この二つの状況から生じるのである。
また、日と月の二つによって、人間界のすべての計算単位を区別することができ、また、一刻、一時、一日、一月、一年というそれぞれの単位が互いに連続して完全なものとなることが理解できます。もし人間の世界における陰陽の相対的な関係から見れば、有情の衆生である原霊仏子たちは理解できるはずです。
また、陰陽両者の刑剋と相生・相成の機能作用とは何かというと、それは地冥星のすべての進化がそう呼ばれるものであり、さらに　上蒼が徳沢を演繹し、人道世界に対して多くの豊かな資糧源を提供し、21世紀の文明科学技術が学び成長するための糧を与えているのである。
21世紀に入り、これは地冥星系の始まりに過ぎず、すべてはまだ模索と学習進化の過程にあります。真に優れた品質を向上させるためには、不良な品質の欠陥を、繰り返し改善を重ね、何度も修正と変革を経る必要があります。
演義の根基は、すべての万物と蒼生にある
これは、上蒼が地冥星系に対して、なぜ昇華構築の工程を行うのかということであり、南天星系を主導とし、北天星系を補助として、それによって東・西・中の各天界が互いに補い合い、相補相成し、さらに宇宙天界のすべての外太空星系への将帥の借用作用をも提供するのである。
ここにおいて、地冥星が真に科学技術文明による豊かな世界を創造できることを理解できる。すべての宗教の進化教育を経て、上昇超越の基本構造を築き上げ、大いなる天地に遍在する無数の原霊仏子たちが、この元会を通じて成長の拠り所を得られるようにする。これはまさに自らを利し、衆生をも利することなのである。
人界を教育の場とし、すべての継承者を教化し、互いに協力し合いながら、文明と科学技術によって創造される。そして、たびたびの品質改良を経てこそ、不良品や欠陥品を、高度な科学技術文明の品質を持つ優生学の理論へと高めることができ、まさに人界におけるすべての進化が進められているのである。
また、人類世界の文明を提供することができる。これは上蒼の慈悲の徳沢であり、また、昊天、無極、虚空のすべてが共に議論した基本構造の成長でもある。しかし、すでに百余年近くの歳月を経て、ようやく向上の段階に達したのである。また、人道世界になぜこのような構造が必要なのか、その向上の理由は、非常に理解しがたいものである。
演義すればすなわち有情衆生を利益することができる
まさに他の宇宙星系に対しては、なお四億余りの星系が存在する：未開発、未だ開発されず、既に開発済み、開発中で模範的な規制を示すもの、これらは昊天、無極、虚空天界によって制定された条綱を通じて成就されたものであり、南贍部洲に対しては如何なる国々の有情衆生たる原霊仏子をも区別することなく、上へと増長させていくのである。
南贍部洲はただ地冥星の一角に過ぎないと思われがちですが、実はそうではありません。地冥星系は銀河系の太陽系を指し、これを「南贍部洲」と呼ぶ空間としています。宇宙全体の星系から見れば、南贍部洲と呼ばれるものも数多く存在し、ただ名称が異なるだけで、実質は同じなのです。
また、地冥星のすべての仏弟子たちが観察に訪れ、宗教に入った後も、宇宙全体のすべての進化作用を明確に理解することは困難であり、それは上蒼が第三元会に創造を開き、有情衆生が真に理解できるようにし、地冥星系に対して成就を果たし、この20余億年の歳月を経て高められてきたものである。
現代の科学技術は人類に利益をもたらしている
また、現在はまだ外宇宙との相互通信が可能な時代ではなく、地冥星系が少なくとも百年以上進化を遂げて初めて、真に外宇宙星系との相互通信が可能となる。未来において外宇宙との相互通信を開拓することは可能だが、それはまだほんの始まりに過ぎない。
まだ構築されていないが、科学技術文明に対してより広範な情報収集を行い、宇宙全体の星系を理解しようとするならば、それは地冥星から創造と進化を進めることであり、これを未来の科学技術の基盤として宇宙世界へと推し進め、二百万人以上の高度な科学技術人材を借り受け、一歩一歩完成させていくことが、真実の姿である。
この元会における進化の向上に対し、この元会の中で、過去のすべての不良な欠点を改め除くことを与える。もし改め除くことができなければ、かえって以前の第一元会と第二元会の不良な欠点と同じような害を及ぼすことになり、これは上蒼の基本的な意図ではなく、進化の作用も非常に困難となる。
天地はすべての創造を展開する
これにより、大道の弘化が、天地の真の進化創造のすべてを高めるために、普遍的な快適さと利便性を提供し、また人道世界が上蒼の大いなる恩恵と慈悲を真に受け入れることができることを理解できます。しかしながら、諸天の仙仏で地冥星と深い因縁を持つ者は、必ずや地冥星系に降りて互いを成全することでしょう。
これは諸天の仙仏らが力を合わせ、この元会に共に創り上げた徳沢であり、またこうも言えよう。地冥星系と深い因縁を持つ者たちは必ずや集い、上蒼がこの元会に与えた殊勝なる進化を共に成就するであろう。これは現代の有情衆生に対して、非常に大きな福徳を継続させることができ、またあらゆる有情衆生を利益するものである。
また、虚空、無極、昊天はこのような大いなる因縁に対して、互いに人道世界を成就するために働きかけ、あらゆる科学技術文明に対しても、一歩一歩成就へと導いていく。さらに、情愛を持つ人類衆生のすべての良き善き因縁が、向上し増長し超越していくようにと。しかし、人々にはこのような観念がまだ備わっていないのである。
宇宙の大いなる因縁を開き啓く　　地冥星系かくの如く顕わる
科学技術は未来を創造し
人々に恵みをもたらし　徳もまた増す
大道は天地の首回　　燃燈古仏降り来たりて会す
崇心の良き因縁を広げ開く　　大道系列の徳が衆を帰す
この偈は！有情の衆生、原霊の仏子たちが共に励まし合うものである！大道天地の著作の第一回を前に、この天書全体の構造を通じて、崇心宗脈のすべての学生に真の悟りを与え、また天地の進化が大道の無私を成就し、守護することを示す。皆様、ご苦労さまでした。著作にご相伴いただき、心より感謝いたします。すべて吉祥に満ち、またお会いしましょう。
無極二関聖帝
無極の因縁降り来たりて成り　　二関聖帝登台し鎮まる
大道は宇宙に広く示され
天地は真実の徳と恵みを演繹する
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈大宗師　南無燃燈古仏が降臨され、『大道天地』主著仙仏著作の第一回「天地演義」を執筆されました。これは地冥星系の全ての科学技術文明に対し、創造進化を実証する真の指針を提供するものです。
崇心宗脈のすべての神仏と学生が、宇宙の奥義を次第に理解できるように提供する。また、このような天機の良縁は、崇心宗脈の天書著作がなければ、宇宙全体の進化を理解しようとしても、実際には明らかにすることは難しい。皆さんは、今日の天下第一の学府に入り、学び成長することができて、非常に幸運であるべきです。
天書教育文化課程においては、本宗脈のすべての神仏と学生、および無極大道院の霊修院士らに対し、他の宗教道場では知り得ない天機の奥義を多く提供することができる。また、この種の「大道系列天書」の中には、無限の恩恵をもたらす分析が記されている。
さらに開かれたのは、「宇宙生命の創造者」――すなわち崇心宗脈こそそれである！このような殊勝なる因縁条件に対し、またとない千載一遇の天機良縁である。崇心宗脈のすべての学生たちが、この機会を大切にし努力できるだろうか？必ずや自らをよく律し、行動すべきであろう！そうしてこそ、今生この世に生を受けた甲斐があるというものだ。
2014年6月2日13時25分◎＃※　０Ｋ＃
南海古仏
第六回　規章禮儀
第八回　 生養教育
2006年7月28日　丙戌年七月四日（金曜日）
第一回　 天地演義
南開の天地は伝統を受け継ぎ　　海の中の珍宝は人の手で成る
古の道と今の徳は互いに転じ合う
仏の言う大道は玄妙にして真なり
第七回　 道徳の基礎を築く
第九回　 成長學習
2006年8月1日　丙戌年七月八日（火）
第二回　 大道玄奇
大道のすべての運化作用
天地演義を主体とすれば、人類の多くの原霊がなぜ地冥星に降りて潤生しなければならないのか、その理由はどのようなものか理解できるでしょう。また、なぜ人道世界のあらゆる試練を経て初めて向上できるのか、地冥星を経なければ成就できないのでしょうか。そもそも他の星系との因縁はまったくないのです。
まさに有情の衆原霊仏子たちは、常に主要な疑問点を引き起こすことだろうか？なぜこのような試練を経なければならないのかを理解できれば、初めて向上の主要な因縁の根本が分かる。果たして他の星系や星際には同じ作用と機能がないのだろうか？必ずや地冥星に生存しなければ、この星系の創造と相互補助を経験することはできないのだろうか？
この中で、すべての原霊仏子に対して、上昇超越を達成できる者もいれば、墜落輪廻に陥る者もおり、差別的な作用が生じる。人道世界の無数の有情衆生である原霊仏子が、地冥星に降りて潤いをもたらすと同時に、必ず知らなければならないのは、それは上昇超越もできれば、墜落輪廻にも分かれる可能性があるということである。
すなわち、この両者の差異的な作用によってこそ、地冥星自体が陰陽両極の交わる状況に存在することが可能となるのである。見よ、すべての対比を：天地、日月、星辰、陰陽、乾坤、男女、正邪、是非、○Ｘ、正誤、これらはすべて互いに対立し合うものであるゆえ、絶対的なものとは言い難いのである。
大道進化の根本
すなわち、有情の衆生、原霊の仏子たちが、このような契機の因縁によって、地冥星系に投入し、より大きな成長を遂げ、より大きな障害とならないようにすることです。これは、上蒼がすべての万物蒼生に与えた、互いに補い合い助け合う作用であり、また、地冥星と日月が相互に影響し合うことによって、初めて日月の時辰を用いて計算できることを理解しなければなりません。
明瞭にできるとは、つまり時空の因縁に対して、すべての年、月、日、時辰を統計することであり、これは大宇宙天地の一切の機能作用が、人類の生存に必要な条件に合致し、また生活の基盤にも合致していることである。しかしながら、もし向上へと高めることができなければ、それはただ平凡と下落の区別に過ぎない。
さらに、人間界での成長と学びを経てこそ、自らをより広く深い超越へと投じる基盤が築かれます。人間世界におけるあらゆる縁起の構造を理解し、自らに真の天機と良縁を授かりながら、無極・虚空・宇宙大天界へと回帰する道を歩むこと――これこそが、上天の大いなる恩恵と導きなのです。
人類はなぜこの世界に降りてくるのかを理解することができるでしょうか？もし他の星系の世界に降りたとしても、果たしてうまくいかないのでしょうか？これは、世のすべての人間が古来より抱いてきた疑問点なのです。有情の衆生である原霊仏子は、無極からの降下を経て、すべての因縁が展開し始め、そしてこのような人道世界に生きるようになったのです。
大道は根本より衆生のために演繹す
必ずや、多くの者は過去世から積み重なったあらゆる悪しき習性によって、地冥星へ降りて再び造り直されることになる。20余億年の時を経てもなお、過去のすべての悪しき気質を変えることはできなかった。それゆえに、上蒼はこの元会において、人類衆生の悪しき遺伝子を改めることを定められたのである。
また、人道世界を改造し向上させる術もなく、かえって上昇し超越しようとすれば、ますます困難となり、堕落し輪廻しようとすれば、ますます容易となる。なぜ地冥に降りて修練しなければならず、他の星系で成長できないのか、まさにこの千古以来の「魔の心、魔の性、魔の気質」は、なおさら改め除くことが難しいからである。
他のすべての天界星系の因縁においては、根本的に受け入れることが非常に難しく、そもそも十分に備わっていないため、地冥星に降りて修練を積まなければ、それは不可能なのです。また、この千古より伝わるすべての「魔の心、魔の性、魔の気性」は、まさに地冥星系の陰と陽が相対する性質に符合しているのです。
このような人世界において「心を磨き、性を磨き、気性を磨く」時には、この空間こそがまさに「仏あれば即ち魔あり、魔あれば即ち仏あり」という相互補完の構図であり、大道の弘化と修練を成し遂げ、またすべての原霊仏子の積弊と不良なる気質に対して、より大きな変化と成長の機能を提供するものであることを理解すべきです。
玄機妙なる演化の働き
大宇宙の天地におけるすべての修整と変化に対して、あなた方はよくよく考えてみるがよい。このような人道世界は、まさに堪忍の星系体であり、すべての機能と作用は、さらに大道の弘化に対して玄奇の妙用をなす。また、なぜ動くことのできる種族を観るに、必ず食物連鎖が必要となるのか。
しかし、食物連鎖は人道世界において、しばしば弱肉強食であり、強者が弱者や幼い者を虐げるものである。これは地冥星にとっては、まさに堪え忍ぶべき世界であり、したがって動物である限り、食物連鎖の要求に応じなければならない。また、移動できる物体を動物と呼ぶのである。
また、「人」は万物の霊長であるが、食物連鎖の要求を経なければ腹を満たすことができない。これこそが堪忍世界の作用であり、同時に他の種に対して多くの害を生じさせている。食物連鎖の組み合わせにおいて、いかに人道世界の作為に合致させ、機能的な効果を発揮させるかが問われている。
大道のすべての進化過程は、古より今に至るまで一貫して同じである。しかし、人類が地冥星に存在するにあたり、なぜ食物連鎖による供給があって初めて満腹できるのか、それは人間や動物衆生の腹のためなのか？必ずしもそうではない！地冥星という視点から見れば、第一元会、第二元会を経て現在の第三元会に至るまで、一体どうなっているというのか？
古き生存は今のそれとは異なる
これこそ四十億有余の歳月の中で、一貫して変わらぬ真理であり、これに何の不思議があろうか。人道世界における一切の食物の需要を理解し、すべての生き物に腹を満たす糧を与える時、なぜそれが永遠に溢れることなく、朝に食した後には昼にまた食し、昼に食した後には夜に再び食するのかが分かるのである。
実は、昔はそうではなかった。人も動物も食事は一日一食で十分だった。しかし時代が移り変わるにつれて違いが生じ、人間の世界では一日三食しっかり食べることが必要となり、他の種は一食から二食、多くは一食で済む。なぜ人間の世界では必ず一日三食しっかり食べなければならないのか、一食だけではいけないのだろうか？
時代が移り変わった後も、食物連鎖全体に対する需要は、人間の食欲の貪りによってもたらされたものなのです！これこそが、古から今に至るまで時代が作用してきた所以です。実のところ、人間社会が一食分の飽食を減らすことができれば、地球に長きにわたる福祉をもたらすことができます。もし昔のように一日一食で満足する生活に戻ることができたなら、いかがでしょうか？
さらに長遠なる福祉を後世の子孫に遺すことができる。しかしながら、それぞれの元会が移り変わる作用を経て、再び地冥星に降り立った当初の状態に戻ろうとするならば、もはや飽食や食物連鎖のいかなる組み合わせも必要とせず、ただ天地の精華と日月のエネルギーを吸収するだけで、大きな恩恵を受けることができる。
玄妙不可思議なる働きは、人間の衆生である。
自分自身と子孫により長期的な福祉をもたらすことができる、このような条件をいかに満たし整えるか、これこそが千古の謎であり、また人類世界にとって、食物連鎖の需要と供給に依存せず、ただ日月の精華と天地のエネルギーを吸収するだけで、より大きな恩恵を得られるようになるにはどうすればよいか、という根本的な課題である。
あなた方はこの点を理解することができるでしょうか？不思議なことです！どうしてこのような玄妙で奥深い組み合わせがあるのでしょうか。さらに、人道世界は本来、全宇宙の星系から来ており、それは無極、虚空、大宇宙天界の国々から来ているのです。これはつまり、初めに地冥星に降り立ったものが、いったいどのようにしてそうなったのか、と言えるでしょう。
実のところ、そもそも満腹になる必要さえなく、地冥星のあらゆる食物連鎖において、ただ日月の精華や天地のエネルギーを吸収するだけで、永遠に生き続けることができるのです。これは今のあなた方には、まるで天方夜譚のように聞こえ、到底あり得ないと考えるでしょう。さらに言えば、地冥星の食物連鎖自体が不要になるわけです。
さらに言えば、日月の精華や天地のエネルギーを取り込むことこそ、古来よりすべての道家の修行法が、誠実に人間の世界に対して千古の伝説として伝えてきたものである。これは何ら新しいことではなく、時代の移り変わりの中で、すでに人類衆生がその根本的な機能と効用を忘れてしまったに過ぎない。
大道は玄妙にして無生を化す
人界の世界では食物連鎖によって満腹を得る必要があり、需要に応じた行動はますます増えていきます。では、どうやって原始の清らかで浄化された本質を取り戻すのでしょうか。相当に深遠な功法とエネルギー体を応用することが必要です。皆さんはもう一度よく考えてみてください、なぜ遠い昔から多くの縁と修行者が山深くに入って修行してきたのかを。
しかし必ずしも人間界の食物連鎖によって求められる食物を満腹に食べる必要はなく、これは千古以来、すべての人道的世界がなぜこのように生じたのか？これは相当に高いエネルギー体を備えていることが必要であり、それによって初めて人間界の食物連鎖を考えることなく、またこのような相当に高いエネルギー体を持つ仙仏たちは、果たして食物連鎖による飽食を必要とするだろうか？そうではない！
地冥星に生きるすべての有情の原霊仏子たちが互いに成就し合うことを与える、あなたがたはこのようなエネルギーを望むか？これは千古以来の迷いの障りを解きほぐすことである。また、人道世界は堪忍の世界ではあるが、上昇と下降の輪廻という区別を持ち、それを見極めることができるかどうかである。
人類すべての良き縁、善き因縁
あなた方はそれを実現できるでしょうか。仙仏のエネルギーと同じように、人間界の食物連鎖に必要な食事を摂る必要がなくなり、それによって多くの人界での殺生の業も減り、互いに絡み合うこともなくなります。これはまさに人界の生存から飛び出したようなもので、さらに言えば、この天地に入りながらも、この天地に染まらないと言えるでしょう。
これは既に上昇超越した聖神仙仏の方々のみが持ち得るエネルギー体であります。このような聖神仙仏を超越した存在に、いかに倣い、いかに模倣し、いかにして達成するか、あなた方は知りたいと思うでしょう。古来より、すべての方法はどのように備わっているのでしょうか？このような概念すら存在しません。
つまり、現在の行動を基本構造とし、さらに自分自身が過去のすべての悪しき習慣を改めることができてこそ、初めて自分自身に対して真に軽やかな身体のエネルギーを構築することができ、まさに清らかで軽やかな霊性を成就に至らしめるのです！崇心宗脈のすべての学生と有情の原霊仏子たちが、このような境地に至ることを望んでいるかどうかは分かりませんが。
天地に情ある衆原霊　　大道の始めに依りて互いに親しむ
人間の縁は対待をなす　　乾坤両儀の根本の因
大道は広く推し広められ
天地の徳沢は衆生を帰依せしむ
明らかな清らかで軽やかなエネルギーは
宇宙を昇華し自由に行き来することができる
この偈は、有情の衆生、原霊仏子たちが互いに励まし合うものである。千古より続く人類衆生のすべての迷いの障り、そして汝らが認識する食物連鎖において、互いに補い合い成し遂げることを明らかにせねばならない。さらに、いかにして「軽清」なるエネルギー霊体を達成し、自らを無極・虚空・大宇宙天界星系の国へと帰すべきかを悟らねばならない。
情ある人類の衆生に対して、あらゆる生存の方向性は、より大きな成長へと真実に歩みを進めることができ、必ずや良き善き因縁の条件を得て、向上し増長し、超越へと高められるでしょう。これは皆様にとって真実の利益となり、苦労を共にしながら働き、心を砕いて尽力される諸賢の生の労苦に感謝いたします。崇心宗脈にしばらくお邪魔いたしました。皆様、またお会いしましょう。
無極三関聖帝
崇心の因縁は大いなる無比なり　　三関聖帝降臨の儀を成す
皆様、賢明なる学び手の皆さん、ご機嫌麗しゅうございます。
吉祥と如意が共に調和いたしますように。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは！本日は「大道天地」の主著仙仏である南海古仏が降臨され、「大道天地」第二回を著作され、大道の玄奇なる奥義を全体的に闡明されました。これにより皆様は新たな思考の方向性を得て、頭の切り替えができるでしょう。
なぜ高等な仙仏を超越すると、そのエネルギー体は人間界の食物連鎖を必要としなくなるのか。この非常に優れたエネルギー体について、皆さんに別の視点から成長を考えていただきたい。将来、皆さんも人間界の食物連鎖を経ることなく、より長く生きられるようになることを願っている。
必ずや到達するであろう。ただ日月の精華や天地のエネルギーを吸収すれば、さらに長く存在し続けることができる。もしより高深なエネルギー体を得て、地冥星を超越することができれば、もはや地冥星の日月天地のエネルギーや月の精華を吸収する必要はない。このような境地こそ、すでにより高次の道を証得した聖人・神仙・仏陀のみが到達しうるものである。
本日、南海古仏が開示された玄妙なるご説法は、皆様が未来のエネルギー体に対して、自らの肉体と霊性の中に具足し、自らの主人となることを示しておられます。それにより、千百億万のエネルギーと回帰をより具足し、成就するためには、自らを向上させ回帰超越する実在の如くあることが必要です。
2014年6月2日15時45分◎＃※   ０Ｋ＃
南屏道済古仏
第八回　生養教育
第十回　 改變習氣
2006年8月4日　丙戌年七月十一日（金曜日）
第二回　 大道玄奇
南屏山に法を広げて教化を施し　　道済和尚が世に下りて衆生を導く
古仏は天地の書に登りて　　理化の玄機は心心に華開く
天尊著作第九回　　学び成長すべき理
第十一回　 修整成器
2006年8月11日　丙戌年七月十八日（金）
第三回　 理化玄機
世の中のすべての奥義を理で解き明かす
大道は徳沢を演化し、天地の演義過程を通じて、大道の弘化作用を理解することができる。これはまさに大道のすべての進化、演化が徳沢となることである。また、大いなる天地のすべての玄妙な作用に対して、なぜ上蒼が人道世界において向上を促す因縁を創り出すのか、その根本的な理由を明らかにするのである。
「理化玄機」において何が行われているのかといえば、この世の人間のあらゆる生存過程は、まさに食物連鎖によって供給されるものと融合しているのである。食物連鎖は、有情なる世の人間のすべての原霊、そして万物の生きとし生けるものに満腹をもたらし、まさに食物連鎖が組み立てられることによって、人類衆生が弱肉強食に陥り続けることのないよう提供されているのである。
実際、これは単に人間界の理化学的機能だけではなく、まさに天が真実の理諦を下ろして教化し、また「理の玄妙さ」に直面する時に、この世に対して真に向上させる力を与えることができるのです。この中で、世の中のすべての原霊仏子たちにとっては、生きる潤いと拠り所となる働きがあるのです。
食物連鎖を通じて供給されることにより、初めて満腹の要求を満たすことができる。しかしながら、すべての動く動物に対して、満腹の主要な根拠は、腹を満たすために必要な温かい作用に依存しており、このような要求によって他の種の生き物を殺すことを減らすことができ、これを「生命を慈しむ徳」というのである。
上蒼はすべての衆生に徳沢を施す
これは上蒼の一貫した基本的な働きであり、上蒼の生命を慈しむ徳に、大地が養い育て守り支える徳が加わったものである。また、生命を養い育てる徳には、必ず人道世界における生命の保護と放生の徳が必要であり、それによって初めて人道世界のすべての主要な道徳の拠り所がつながり、万物の蒼生すべての存在に利益をもたらすことができるのである。
これらの動作は、まさに天地の間に長養される育化作用であり、しかも人道世界のすべての行為動作から離れることなく、まさに真実のままに上昇超越の基本に達するのである。また、上蒼・大地・人間の三者が相い助け相い成す必然性であり、これは人道世界の行いによってこそ真の評価が得られるのである。
人類の衆生に対する真実の理諦の因縁においては、単に人間世界の生物や物理化学の科学技術文明だけでなく、食物連鎖によっても構成されており、それによって初めて世の中の人間社会には多くの人為的要因が加わり成就されるのであり、また物理化学や生物の科学技術文明こそが万物の蒼生を利益するものであることが理解できるのです。
有情の衆生と原霊仏子を向上へと導き、堕落へと沈むことを防ぎます。理化学と生物科学技術の中には、上天が「人材を借りて」文明を向上させ、さらには進化の機能を果たすものが多く存在することを理解する必要があります。実際、世の中の人間社会においては、善良さが向上しつつあるのです。
理化学は人類の利益のためにある
科学技術文明によって、未来の福祉を創造し、多くの恩恵をもたらすことができます。未来のすべての生きとし生けるものに対して、より大きな福徳をもたらすことができます。これは、かつての「清朝と民国」の交代から現在まで140年以上の歳月を経て実現されたものであり、すべての人類と衆生に対して、必ず善良さが増し、超越していくでしょう。
玉皇大天尊玄霊高上帝が九五至尊の位に登られた後、ずっと地冥星と共に科学技術文明を相互に高め合い、有情衆生が無限の恩恵を受けられるようにしてこられました。それによって大いなる道を広め教化し、すべての人界の聖神仙仏に対し、もし地冥星系との縁が特に深い者がいれば、それを成就させてこられたのです。
必ずや地冥星系に降りて相互に補い合うことになる。これはまた、大いなる天地のすべての弘化に対して、上蒼の豊かな資糧源を多く授けることを意味する。このような機縁の中で、真に人間界の向上を促し、また科学技術文明に対して多くの示現を与えることができることを理解できる。
しかし、地冥星の有情衆生が、その中のすべての過程を理解できるかどうかは分からない。いや、そうではない！これはまさに一歩一歩を踏みしめて成就に至ることであり、またその中では一歩一歩を経て修正・調整を重ね、不良品や欠陥品も、幾度となく繰り返し修正を加えることで、すべての不良や欠点を真に優れた品質へと再生させることができるのである。
玄機とはすなわち天地の真理である
このような優れた資質をいかに高めていくかについて、大宇宙の中で成就を遂げる者にとっては、累世にわたる良くない因縁を解消し改善することが必要です。また、玄奇な因縁とは異なるものであり、「玄奇」というものは実に奇妙なものです。それは根本的に、人間世界のあらゆる論理に合致しません。
しかし、玄機、すなわち上天が下界に降ろすすべての天機と良縁もまた、真実の理諦を基礎として構築されています。この天機と良縁の中に、なぜこのような福縁が備わっているのでしょうか？はたして上天は「玄機と玄奇」の中で、人道世界に対して基礎的な規範を設けようとしているのでしょうか。
未来の福祉を実現するためには、必ずや真にそれを創り出すことができなければなりません。もし現在においてこれらの準備をせずに、未来の福祉を求めようとしても、それは成就に至ることは不可能です。また、人間世界の不足や欠如の中にあって修練を積み、それゆえにこそ上天の大いなる恩沢によって、まさに玄妙な機微を働かせて成長していくのです。
有情世界の福祉が依り所となることを可能にし、このような依り所となる行為に対して、もし人々の世に真の福祉を具現する力を与えることができなければ、それは人々の世に対して、向上を超える機能的な効果を持つことができません。これは上蒼の基本的な作用ではなく、必ずや玄機に依り頼ませ、すべての良き善き因縁の中に在らしめる必要があります。
天の恩恵を借りて科学技術文明を授かる
まさに「借りる」ことによって、二百万人以上のハイテク人材の創造、発明、研究、改良、修繕を通じて、優れた品質を実現し、この世に存在させることができるのです。もし粗悪品があまりにも多ければ、それは現在のあらゆる縁にとって、向上を達成するのが非常に困難な多くの障害となるでしょう。
有情世界はこのようであり、有情衆生もまたこのようである。これにより、食物連鎖に対するすべての供給作用が、天地の福祉と徳沢に減消機能の効果があるかどうかを理解することができる。必ずやこの世道の応用過程、および現在の創造、発明、研究、修整、改進を観察し、それらを精良優秀に成長させなければならない。
ここには、科学技術文明の修正だけでなく、世の中の人類の遺伝子の質に対する修正も含まれています。このように、人類社会を通じて優生の質を改善し創造することで、DNAをRNAの遺伝子へと昇華させることができます。これこそが、遺伝子の質を根本的に向上させる役割を果たすのです。
未来の優生品質を創造するために必要であり、また汝らはまさに、この種の人間世界の因縁を改造する過程にあり、それによって地冥星の優良な品質と如実に融合することになる。これはまさにRNAの基本的な機能の効用であり、汝らが現在WTOにおいて成長し、各国が相互に補完し合うことを通じて実現されるものである。
理の玄機を解き明かし、効能を発揮する。
いかなる国においても、RNA遺伝子の向上が損なわれることはなく、さらにあなた方は今この瞬間、すべての機能と効果が果たしてそうなっているかどうか、よく考えてみることもできます。これはまさに現代の科学技術文明が、あなた方に真の向上と超越をもたらしているのです。すなわち、生化学・物理科学技術に対して、縁起の本質に基づいた創造を誠実に提供しているのです。
これもまた、上天が第三元会を経る中で、必ず備えなければならない基本機能であり、またそれゆえに、理化・生物・科学技術・文明に対してだけでなく、未来に向けたRNAの向上を確立することが必要です。QNA自体が発光するという点において、まさに実相のままに人間世界に対して真の利益をもたらすことができるのです。
汝らがこのような時局に身を置くことは、まさに福縁が極めて深いと言えよう。また一部の者は、地冥星の進化作用に参与してはいるものの、地冥星の内側と融和することができず、大いに修正を加えねばならない。もし科学技術文明の進歩に追いつくことができなければ、どうして真の恩恵を受けることができようか。
玄機は人類の無明の障害を変える
自分自身の不足を十分に補うことが必要であり、また人間世界は常に学び成長する過程にあるため、知識と経験を積み重ねることで、次なる応用の智慧へと昇華させることができる。これはまさに、あなた方が真に時空の縁に恵まれることを可能にするものであり、もし自らの不十分さと欠点を改めることができなければならない。
また、次の瞬間の科学技術文明は、日進月歩どころか一日千里、いや一日万里の速さで進歩していくでしょう。ですから、皆さんは現代の「楽しい修行者」になり、時代に取り残される修行者にはならないでください。これは自分自身に真の利益をもたらし、それによって天の恩恵と慈悲を受けることができるからです。
まさに全ての宗教修行者に対して、このような時空の因縁の中で自らが利益を受け、自ら学び、自ら成長することができるようにするためです。これは真に自らの未来により大きな利益をもたらすものでありながら、まだ理解されていない、この種の「天機良縁」、すなわち「玄機因縁」に対して、どのように受け入れていくべきかという問題です。
天地の演義は根基と為し　　大道の玄奇は帰期を明らかにす
理の玄機を以て衆生を渡し
福祉と徳沢は互いに依りて成る
大道は天地より来たりて著作し、人間の因果は成就すべし
累世の冤欠を償還すれば　　債無き身軽やかに天国に入る
この偈は、すべての有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合うものです。また、理と化の玄機と因縁を、この世で成就できるすべての人々に対して、とてもありのままに伝え、良き善き因縁の条件を持って向上超越し、互いに励まし合い、またとてもありのままに利益を受け、成長して学んでいくのです。皆様、お疲れ様でした。またお会いしましょう。
無極司命真君（むきょくしみょうしんくん）
大道の因縁により書を著す
無極司命の真君舒
崇心の因縁互いに長ず　　天の徳玄奇玄機の主
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は南屏道済古仏が降臨され、「大道天地」第三回を著作されました。理化玄機のすべての因縁を成長と学習としてまとめられることは、自分自身の未来において真に利益を得られるかどうかの分岐点であり、これが各人の因縁成就の可否にも関わることです。
この一生、この世におけるすべての良縁と善き因縁の中で、自分自身が真に楽しみながら修行する者となるためには、そのすべての秘訣を自ら探求し、明らかにしていかなければなりません。皆さんはとてもお忙しいとは思いますが、心を見失い、道を見失ってはなりません。そうでなければ、真の利益を得ることはできないのです。
それどころか、忙しさに追われ続け、すべてにおいて盲目となり、自分がなぜこれほどまでに忙しく、盲目的であるのかを全く理解できなくなってしまう。なぜそうなるのか、必ず理解すべきである。方向と目標はすでに定まっており、すべての行動には必ず収穫がある、これこそが真実の姿なのである。皆様、ご苦労さまでした。ではまた。
2014年6月3日16時58分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空上人－南無虚空上徳人天古仏
第九回　成長と学び
第十二回　 品質優異
2006年8月15日　丙戌年七月廿二日（火）
第三回　 理化玄機
虚空無極は千古を伝え　　空しく凡塵を転ずるも本より孤ならず
上壇に筆を揮いて大道を行い
人言は福祉の顧みを提げん
第十回　習気を改める
第十三回　 提昇根基
2006年8月18日　丙戌年七月二十五日（金）
第四回　 提昇福祉
天地の演義が高みへと導く
大いなる道の徳と恵みを観ることができる。これはまさに、人道世界に対して理と化の玄機を造り出す過程であり、また、上蒼の大いなる徳と恵みが、すべての衆生の福祉を高めるために応化されることである。このような良き因縁の条件は、この元会において、地冥星系を通じて福祉を高める基本的な作用として、いかに実現されるべきであろうか。
大いなる天地のすべての原霊仏子たちに、より快適で、より普及し、より便利な行動へと向かうことを与え、また大いなる世界のすべての福祉のよりどころであり、さらに人道世界をもって行使するものであり、また有情世界はまさに実相世界であるがゆえに、すべては実際の生存を志向するものである。
初めて真の利益を得る条件が整い、単なる「霊的な神霊」の空間世界に留まらず、このことが理解できるのは、実相世界においてはあらゆる「色法と心法」の両者を通じて、必ず依拠する動作が存在し、まさに人道の生存需要に合致し、また潤いある生活に必要なものだからである。
「心法と色法」の両者を備えなければなりません。また、「心と色」という二つの法は、人道世界から離れることができず、これを実相世界と呼びます。これは大道を弘めるためのすべての基本的要求であり、また宇宙・無極・昊天の一貫した働きから来るものです。すなわち、上蒼の徳沢を人道世界に下ろして改革を進めるものなのです。
有情の人類の福祉は如何にして増長すべきか
創造や改良を行い、研究を発明し、福祉を向上させ、利益を得る条件を満たすことができます。また、人道世界において、もしこのような発明、創造、福祉向上の条件を満たすことができなければ、人道世界においてより快適で便利で普及性のあるものを求めることは、根本的に達成することができません。
しかし、上蒼は21世紀に対してこう言うことができる。真の恩恵を得ることができ、大いなる天地のすべての原霊仏子に、このような条件を通して成就へと至らせ、上蒼の大いなる徳沢に対して、まさに天地の進化作用に合致し、また大道の因縁を高めて「理化玄機」の恩恵へと至らせるのである。
有情なる衆生に科学技術文明へと入るための行いを授けることは、人道世界に対して福祉を求めることとなり、また大いなる天地において、すべての国や人種を区別せず、すべての宗教の宗派を区別することもなく、さらに東、西、南、北、各国や地域において行使されることを区別しません。
容易に応用することができる。上蒼の豊かな資源は、人道世界に真の利益をもたらす条件であり、また人間的要因は上蒼の因縁の基盤となるものであり、これらの因縁条件を通じて、あらゆる人間的要因による発明創造を可能にし、同時に地冥星の科学技術文明を向上させる役割を果たすのである。
すべての基本機能を向上させる
このような条件は、まさに天地間に存在するすべての万物と生きとし生けるものが、天の徳の恵みによって守られ、顧みられることに合致しており、それは広く行き渡り、快適で便利な機能として均等に分配されている。もし人為的な要因があれば、必ずや成功に至ることができ、またこのような天が下す「将を借りる」という作用を通じて成長していくのである。
まさに平等な分配は、あらゆる国や宗教において、互いに補い合い、融和し合うものである。しかし、天の大いなる徳と恵みの最も主要な働きは、人間によるあらゆる創造と発明からこそ生まれ、それによって地冥星系に真の福祉向上の拠り所を与えることができるのである。
また、人道世界は創造することもできれば、破壊することもできる。そのため、破壊や創造が必要であり、これは相互に補い合い、相互に成就することが必要だということである。創造だけがあって破壊がないわけではない。また、破壊は創造に改めて生まれ変わる機会と良縁を与えるものである。もしすべてが人為的要因によるものだとしたら、どうしてそうなるだろうか？
自ら改造・変更できるかどうかは、まさに霊性の種因を向上させることである。この原霊因子は、すなわち人類世界で言うところのDNAであり、さらにDNAを向上させることができる。RNAに対しては、より向上した因子を創造することができ、これは未来においてQNA自己発光を達成できるかどうかに関わるものであり、必ず一歩一歩と上昇していく必要がある。
人類の福祉は良きものとして増長する
これは自らのエネルギーが持つ根本的な力であり、上昇と超越を可能にするものである。また、人間界においてこのような優れた品種の素質を、向上や超越の機能として発揮させることができるだろうか。それを実現するためには、人為的要因が重要であり、まず破壊があって後に創造と建設が可能となるのだろうか。実際には、すべては相互に補完し合い、超越へと至ることができるのである。
すなわち、上蒼のご意志に基づき、すべての構造はこれに依拠するものであり、これは上蒼と諸天の仙仏が、地冥星の福祉に寄り添うために求められたものである。まさに区別なく、地冥星が第一元会にあろうと第二元会にあろうと、同じくこのような因縁によって、人道世界に下って教化されるのであり、互いに補い合い成り立つものである。
地冥星の未来科学技術文明に対して、真に利益をもたらすものとなるでしょう。また、これらの過程において、すなわち「将を借りる」という形で二百万人以上のハイテク人材を集結させ、創造発明を行わせることになります。現在の天地にはすでに多くのハイテク人材が存在し、彼らは黙々と未来の人類衆生が享受するすべての利益のために活動しています。
創造、発明、研究、改良が生まれ、未来の世にさらなる快適さ、利便性、普及性をもたらすよう期待される。これはまさに、上蒼の根本的な要請に沿うものであり、研究、発明、創造、調整、改良を通じて、地冥星のすべての無数の原霊仏子たちに広く普及させることこそが正道である。
上なる天の徳と恵みは、万物とすべての生きとし生けるものに及ぶ。
さもなければ、わずかな人種が備えるに過ぎず、どうして上蒼の豊かな資源の源を摘み取ることができようか。それは上蒼の基本的な原意ではなく、また「将を借りる」という役割を地冥星に創造し、未来に真の模範的役割を与える必要がある。すべての機能はまた、便利で快適な普及性を持つものであり、それが正しいのである。
しかし、もし理解できず、ごく少数の人種だけが得るのであれば、それは上蒼の徳沢ではありません。それゆえ、上蒼の徳沢は天地の間に平等に降り注がれるのです。つまり、どの国、人種、宗教、宗派も区別することなく、すべてが人道世界において共に持続的に恩恵を受けるのです。このような因縁条件こそが、上蒼の根本的なお心なのです。
現代の有情の衆生である原霊仏子は、因縁が非常に深いと言えるでしょう。このような天与の良縁によって、上蒼のご加護とお守りをいただくことができたのです。また、大いなる天地に生きるすべての人種に対しても、公平かつ公正に与えられるべきものです。人為的要因を通じて、発明や創造を経た後に調整を加えることができるのです。
品質の改善はより一層の向上を追求することができ、これはまさに人為的要因を非常に如実に対応するものであり、優れた製品の創造につながります。あなた方はこのような条件がどのように人道世界に利益をもたらすことができると考えますか。それは世の中の人間に対して言えば：改造、修整、遺伝子の品質が向上し、増長し、超越することを促進することです。
福祉は人の世に成長する
また、あなた方の現在のWTOを通じて融合することで、優れた遺伝子を創造することも、WTOを通じて遺伝子の本質を向上させることもできます。このような因縁の条件は、単に人間界における婚姻の縁に留まるものではなく、大宇宙の天地、あらゆる国々と人種に融合することができるのです。
まさに人為的要因に合致することで、未来の優生遺伝子の品質向上の原動力となり得るのです。また、現在を通じて、より豊かでより真実に即した未来の福祉を人道的世界に確立することも可能です。このような因縁条件は、すでに第二元会の時代からこのように存在し、人類遺伝子の大いなる結合にも応用されてきたと言えるでしょう。
互いに補完し合い、融合させることで、優れた遺伝子による向上が可能となります。これはまさにDNAを向上させるものであり、RNAの基本的な働きにあります。いかにして自らの未来を、豊かなエネルギー体を備えたものにできるか、それはQNAの基本要件を通じて自らが創造することにより、人類衆生のすべての遺伝子を変えることなのです。
人類世界はこのような良き善縁を通じて、人為的要因によって改良された遺伝子へと進化し、未来の有情の原霊仏子たちがより広大で豊かな資糧源を得られるようにする。これこそが、上蒼が人類世界の遺伝子品質をより大きく向上させるために行う改造に叶うものである。
福祉を高め、万物の蒼生に利益をもたらす。
まさに　上蒼：大宇宙、虚空、無極、昊天之天界は、一貫して相互に連なり合っている。また崇心宗脈も時代の潮流に乗り、上蒼：大宇宙虚空、無極、昊天のすべてが連なる流れに合流し、直接に懿敕崇心堂へと下りてくる。これにより一貫した連鎖の機能と働きが生じるのである。
さらに相互につながり合い、未来の衆原霊仏子の福祉において、真に利益を得られるものがあるのみならず、このような受益は、あなた方が現在実際に自ら感じ取り受け入れるだけでなく、あなた方の子孫にとっても、真の福徳を持つ者が家族の一員として加わることとなり、言うならば、良き子孫を持つ後継ぎが生まれることとなるのです。
これは、大宇宙、虚空、無極、昊天という上蒼が直接、懿敕崇心堂に下されたすべての基礎的な枠組みであり、すなわち真実性を成すものである。また、このような上蒼の大いなる福徳が人道世界を創造する因縁となるためには、真の大徳を備えた者でなければならず、全人類の衆生を利益するものである。
崇心宗脈は十年の歳月を経て、上蒼の多くの仙仏が信頼し頼ることのできるすべての試練をくぐり抜けてきました。まさに幾度となく、繰り返し、崇心宗脈に多くの試練と鍛錬を与え、その度ごとに、その度ごとに、見事に通過することができました。これは上蒼の審査における優れた成績であり、実際には、すべての仙仏が繰り返し強く要求してきたことでもあります。
天の徳は衆生を潤すも、それに応えることが求められる
諸賢生は互いに協力し合うことができます。もしこのような天機と良縁をあなた方に与えなければ、あなた方に対して申し訳が立ちません！実は、諸仙仏の先生方も崇心宗脈のすべての機能と効果に対して、最初はあなた方を苦しみと試練の中に置き、磨きに磨くことで、あなた方の心構え、行動、対応、知恵を試されているのです。
そして、次から次へと、回を重ねるごとに、上蒼が誇りに思える成果を上げることができ、上蒼に大きな信頼を寄せられ、より豊かな資糧の源を崇心宗脈に降ろすことができるのです。そして、上蒼のすべての恩恵を実現できるのは、まさにあなた方に堅固な意志と忍耐力があり、上蒼のすべての基本要求を達成し、現代の世の中に対して、とても誠実に模範を示しているからなのです。
あらゆる宗教、宗派、寺院、宮堂の神々においても、崇心宗脈は幾度もの試練を経て、初めて上天の恩恵とご加護を賜ることができる。ここには崇心のために利益を図るような借りは一切なく、崇心宗脈の上下、神と人が一心同体となり、共に力を尽くして結実した成果である。誠に喜ばしく、慶ばしいことである。
殊に堪えて磨き来りて印証すべきは、苦磨が心を磨き相互に成し合うことなり。
実際に天書を目の当たりにし証す
度々の回帰に相応の宝を応える
天地の演義は弘く展べり　　大道の徳沢は互いに沾う
理の玄機を以て衆生を度し
福祉を提昇し衆霊の岸に至らしむ
この偈は、有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合うとともに、崇心宗脈のすべての神仏と学生に対して、十年にわたる辛苦と試練の過程を経て、崇心の主事者である理筆宗主と林堂主のすべての犧牲と奉献に対し、未来において確かに上蒼の大いなる恩恵を受ける根拠となるものである。
また崇心のすべての学生の家庭に対しても、ハイテク人材の子孫を自らの家に迎え入れることができ、それは犠牲と奉献によって上蒼のすべての肯定と真の良き果実を得たものであります。皆様、ご苦労さまでした。すべてが吉祥であります。ではまたお会いしましょう。
無極文昌帝君（むきょくぶんしょうていくん）
無極の御旨を頒ちて早く成就せしめん　　文昌帝君互いに修め合う
崇心六期は弘揚を担い　　大道天地の徳は衆生に遍くあり
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、今晩は。本日、本宗脈の正主席である虚空上人が降臨され、「大道天地」第四回を著作され、福祉を向上させる大いなる因縁について分析をなさいました。実は、これにより崇心宗脈が十年間にわたり経験してきた、生計教育の全ての成果をも示されることとなりました。
上蒼の誠実さと確信が成就を完成させる、これは空から降ってきたものではなく、まさに一歩一歩確かな足跡を刻み、すべて上蒼の度重なる試練を経てこそ、今日の結果があるのです。このように、あなた方すべての学生も、より一層の自信を持って大道を弘め、徳の恵みと聖なる務めを広めることが、真実の在り方なのです。
2014年6月4日12時00分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空御伝天尊
第十一回　修整成器
第十四回　 造福世紀
2006年8月25日　丙戌年閏七月二日（金）
第四回　 提昇福祉
虚空の因縁は本より早く生じ　　御伝道の旨は心真を崇ぶ
天尊は天地の書を著し
綱常倫理は人間に成る
第十二回　 品質優良
第十五回 　方便普及
2006年8月29日　丙戌年閏七月六日（火）
第五回　 綱常倫理
世の中には綱常がある
福祉を高めるための取り組みには、綱常倫理に基づいた構築が必要です。このような縁起の条件は、あらゆる国家、宗教、宗派、経営体系に対して、相互に従い依拠するための綱常倫理による規制が不可欠です。これは、上天の制度体系において、人類衆生を調和させるために施される必然的な措置なのです。
全体として捉えることが可能である：宇宙虚空、無極、昊天、南天、および全体としての地冥星の中において、いかなる単位と団体をも連携させるには、必ずや綱常倫理がなければならず、初めて相互に従うべき作用の中に構築され得る。まさにこのような体制こそが、人道世界が相互に依拠する主要な制度なのである。
それはただ人道世界に対してだけでなく、宇宙全体の大世界、虚空世界、無極世界、昊天世界、南天世界、そして崇心宗脈が構築する世界に対しても同じです。もし綱常がなければ、どうして秩序整然とした構築ができましょうか。互いに従い合い、天地の規範となることもできないのです。
古より今に至るまで、この綱常は人道世界において、管理の役割を果たすだけでなく、拠り所ともなってきた。また、綱常の規制があるからこそ、人々は共に守ることができるのである。もし綱常がなければ、まるで多数の馬車がばらばらに進むようなもので、全てを規制する統一された規範がなく、多くの制度が分散し、まとまりを欠くことになる。
綱常倫理は人類が実践すべきものである
また、古から今に至るまで、どの時代、どの宗教、どの国家も、このような条綱制度を確立することによって、初めて共通に遵守すべき規範が生まれるのである。これによって、中国の炎黄以来のすべての時代の国家や宗教においても、同様の働きによって制度が相互に依拠する規範となっていることが理解できる。
この制度面において従うべきものは、指導による統一を可能にするだけでなく、指導による統制を通じて相互に形成される結束を凝集させるものである。それによって大きな団体の融合が生まれ、あなた方もいかなる単位や団体においても、このような条件に従って相互に従うことができる。もし従わなければ、砂のようにばらばらになってしまうだろう。
このような力の結合を凝集することも難しく、綱常に対するすべての作用を理解することができる。それは相互に遵守すべき主要な根拠であるだけでなく、このような相互の因循によって成し遂げられ、一つの団体単位を施行する機能的な作用、すなわち上位者が行えば下位者がそれに倣うということが、まさに真実のあり方なのである。
さらに、人道世界におけるすべての管理制度の必要性についても、管理は非常に深い技量を要するものであり、いかに適切に管理するかという点では、共通の遵守が必要であり、すべての制定された条綱に基づくことが求められます。これは共同で制定された条綱によるものであり、それが天界であれ人間界であれ、同じことが言えます。
綱常の拠り所とする根拠
ただ違いは、異なる体系を共同で遵守しているだけであり、また人道世界で共同で遵守しているのは、まさに人為によって越えず、基本常理と原則を共同で遵守しつつ、さらに共同の基本常理と原則のもとで互いに応じ合う行動をとることで、人道世界のすべての規制が依拠する作用を果たすことができる点にある。
この条件は理解できます。人道世界とは、いかなる国や宗教、宗派、団体、組織にも区別なく、不文律の制度に対して、ある者は共に遵守し、ある者は従来の制度に従って従うことができるものです。また、教えを通じて綱常を守る必要性を確立することもできると言えます。
この中でも特に人為的な制度は、共同で遵守すべき必然性を有する。人類は管理制度の世界であり、いかなる国家、宗教、宗派、団体、組織であれ例外ではない。度を越えてはならず、越えれば必ず非難される。あまりに度を越した場合には、相応の罰を受けることになる。
これは制度面におけるすべての主要な根拠であり、人道世界のあらゆる綱常を、様々な国家、宗教、流派、団体、そして単位を通じて施行することができる。すなわち、人道管理制度面における必然性こそが、綱常倫理制度を真に持続的に構築し遵守させるものである。
倫理は綱常をもって規範とする
また、綱常を依り所とし、倫理においては上を行えば下が倣う必然性があり、これによって人道世界においては倫常が作用し、人道世界において相互に遵守すべき必然性があることが理解できる。それゆえ、倫常の道は、古より今に至るまで、歴代の王朝交代の影響を経ても、大きく変わることはないのである。
しかしながら、大部分の人倫の道理は、三綱・五常・四維・八徳に背くことはなく、また倫理制度を施行して人道世界の福祉を高めることが、真実の姿である。同時に、これを越える者に対しては罰則の根拠があり、それによって他の倫理綱領を守る者たちの模範を示すことができるのである。
もし自ら規律を越えることができず、また人倫の親情が最も重要な拠り所であるならば、もし人倫道徳さえ守らないのであれば、その国や宗教、宗派、団体に対して、一体どのような規律を守ることができるだろうか。それは砂上の楼閣であり、団体の力を結集することはさらに難しく、外部からの侮りを受けやすい。
倫常制度の普及には持続的な努力が必要であり、人道世界においても倫理制度に基づいた行動を確立することが求められます。このような取り組みは、人道世界において基本的な行動規範として備えるべきものです。つまり、三綱・五常・四維・八徳を拠り所とし、これこそが上天の基本的な規範であると言えるでしょう。
倫理は人類が必ず施行すべきものである
まさに全体と同一である：宇宙、虚空、無極、昊天、南天及び崇心の基本的な作用は、これが人世間のすべての行動の力を維持し、また倫理綱領が健全に構築されているか、遵守されているか、制度規範があるかを観察するものである。これはあたかも人世間に実在するかのように、倫理綱常の必須性に対するものである。
すべての学生が恩恵を受けられるようにするためには、このような規制がなければ、多くの原霊仏子たちが恩恵を受けられるかどうか、それとも恩恵を受けられないかの区別がつかないままである。倫理に関しては、上に立つ者が模範を示し、下の者がそれに従うことで初めて成立するものであり、もし人倫道徳が実行されなければ、どうして福祉の拠り所ができようか、人類衆生の利益などありえないのである。
このような殊勝な因縁条件は、福祉向上に寄与するどころか、かえって人類衆生に対して極めて残酷な行為である。汝らは改めて倫理綱常の必要性を仔細に観察すべきである。これこそが上を行えば下が従う必然の道理であり、もし互いに共に遵守することができれば、相互にすべての福祉を支える依り所に到達することができるのである。
また、人道世界及びすべての天界に対して言えば、決して越えることもなく、互いに争い合うことも生じません。それゆえに、この大道世界の平和と福祉は、人々が綱常と倫理制度を共に遵守することによってもたらされ、大いなる天地に生きるすべての衆生が、人道世界において互いに支え合いながらそれぞれに生存できるようにするのです。
綱常倫理は人倫の大徳なり
いかなる争いも生じることなく、これこそが平和の第一の要諦である。また、「平和と福祉」は人道の生存における第一の要務であり、それゆえに三綱・五常・四維・八徳をもって構築される。人道のすべての実践において必須であるこれらの中、平和に共存して争わないことが、まさに正しい道なのである。
もし宗派の系統を重視する観点から言えば、平和でなければ必ず互いの争いが生じ、主事者から見れば、規則綱領を平和に維持して管理することができなくなる。もし一国に平和を維持する基盤がなければ、国家の主事者にとっても、平静を保つことが非常に困難となり、あらゆる争いや対立が生じることになる。
また、紛争を解決するには、綱常倫理に基づく管理制度を確立しなければならず、それによって皆が共同で遵守できるようにする必要があります。また、過度な者への罰則や罪悪の審判による消滅を越えてはならず、罰則を用いて過ちを厳しく責めることは、越権者に対する戒めであり、それは一羽の鶏を殺して百羽の猿を戒めるような処罰であり、これこそが正しい道なのです。
情ある人間の衆生に対しては、天界にあろうと人間界にあろうと、皆「綱常倫理」によって構築された規範を共に守り、人類に対して良き成長・向上・超越を提供する。これはまさに現在の自分自身が恩恵を受け成長するものであり、あたかも良好な因縁条件の成就を確かに築き上げるがごとし。
君は臣の綱として秩序を立て　　父は子の綱として道理を整う
夫は妻の綱として互いに支え合い　　共に大天の基を守り行う
人間の管理の因縁　　綱常の建て置き互いに顕わす
倫理は皆が守る拠り所となり
上を行えば下は倣い天の徳は広がる
この偈は、有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合い、また福祉を向上させる根拠は、綱常倫理を共に遵守することにこそあり、それが真実の姿であることを示しています。皆様、お疲れ様でした。すべてが吉祥でありますように。心を込めて共に著作に取り組んでくださり、感謝いたします。未来においてこのような因縁の時空で再び出会うことができたとき、万感胸に迫り、思いを語り合えることを願っております。皆様、ありがとうございました。またお会いしましょう。
無極広沢尊王
綱領を定めて共に守り行い
無極の体制が降りて修められる
広く衆生に福を施し　尊王と共に会に集う
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、今晩はお安らかに。本日は本宗脈　虚空御伝天尊が降臨され、「大道天地」第五回を著作されました。上蒼の制度と規範を綱常倫理として構築し、皆が共に遵守できるようにされることこそが、真実のあり方であります。
もし人倫の綱常と倫理に対して、すべての制度面で施行と構築を行うことができなければ、施行しようとしてもおそらく成就しがたいであろう。ゆえに、いずれの場所においても：天界、星界、星系においても、また同様であり、人道世界のすべてもまたこのような因縁条件によるものである。まさにこれが地冥星のすべての構築を支えているのであり、汝らもまた同様である。
このような規制の中で実行されるものこそ、天と人が相互に貫通するすべての規章制度・規範のことであり、おわかりでしょうか。善が上昇し、超越的な達成を高めることができるかどうかは、まさに現在において実行されるかどうかにかかっています。情ある人類のすべての衆生は、必ずやその通りに達成することができるのです。
2014年5月10日13時45分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空落筆天尊
第十三回　 根基を高める
第十六回　  造就寰宇
2006年9月1日　丙戌年閏七月九日（金）
第五回　 綱常倫理
虚実の人間に修為を為し
筆を落とせば凡塵追為に来る
天尊は天地の冊を降ろし給い　　規章礼儀は自ら修め為す
第十四回　 福を造る世紀
第十七回　 上蒼德懿
2006年9月5日　丙戌年閏七月十三日（火）
第六回　  規章禮儀
人類の衆生は綱常倫理を備えるべきである
これにより、人道世界において綱常倫理を修養の拠り所とすること、この相互に従うべき規範を実践する必要性、そして如何にして規範が相互遵守の必須条件となり得るかを理解することができる。人道世界における自己への作用を経て初めて依拠する基盤が生まれ、規律と礼儀を実践する礎が与えられるのである。
また、人道世界のすべての人種に対して、このような作用を相互に遵守できるようにするためには、制定された条綱に基づいて行使されることが必要であり、そうして初めて円満に至る。つまり、人道の行持標準を以てするのであり、この標準は有情の衆原霊仏子が依拠することを可能にする。また、規章が制定されることによって初めて、行使の依拠が得られるのである。
これは「規律制度と規範準則」が実際に機能することを指しています。このような制度と規定は、必ず相互管理において上に立つ者が模範を示し、下の者がそれに従うことで、その効能と効果が発揮されます。人道の規律・制度・規範の役割を達成するには、皆が共に遵守することによって初めて秩序正しく機能し、効果を発揮することができ、これこそが真実の在り方なのです。
有情世界のすべての人種、国家、宗教、流派もまた、このように推し進められています。これは人道世界に管轄制度が相互に依拠して存在することを可能にし、また人為的要因に対して、もしこれを越えなければ、この種の規章制度や典則規範に従うことができます。もしこの種の条綱を越えて超越する時には、どうすればよいのでしょうか？
綱常倫理は越えてはならないものである
必ず罰を受ける過ちは、これが公正性である。また人道世界において、なぜ制度規範・典則規章を制定し遵守しなければならないかといえば、管理制度の必要性による。そしてこの必要性をもって、一切の人道上の世界を観察するとき、果たして制度面においてすべて依拠すべき作用が存在し、人々の世間を利益する礼儀があるかどうかを見るのである。
もし既にこのような制度面での規範が存在すれば、より大きな相互融合が生まれ、統治しにくい障害が生じることはありません。また、このような規範は、人道世界において、いかなる国家、宗教、宗派、人種、そしてあらゆる団体組織の運営体系においても、まさにこのように制度に従って行われるべきものです。
それは人為的に遵守可能な条綱を制定するものであり、もし人為的に遵守できない時には、ちょうど一握りの散り散りの砂のように、人々の力を結集してお互いを支え合うことは難しくなる。人道世界における全ての管理制度の必要性とは、すなわち人為をもって人を管理する作用であり、言い換えれば、人をもって人を管理するものなのである。
さらに言えば、上位の者が下位の者を統治するにあたり、人為的な服従性は非常に重要である。もし人為的な服従性が低ければ、争いが生じ、円満と平和を実現することはできない。人類社会は皆、生活する空間において平穏無事で、平安に争いのないことを望んでいる。
人類の規章制度と典則
このような希求の過程においては、相互に支え合う作用が必要である。もし人々がすべての希求を持ちながら、それを達成する要求が満たされないときには、集団で反抗が起こる。これは平穏と平和を求める要求を実現できないからであり、これは人道世界が求める欲望ではない。いかにして規則を定め、すべての人道的世界を統治できるようにするかが問われている。
また、人を以て人を管理するという行為によってのみ、互いに安らかに争いなく過ごすことができます。これは人道世界のあらゆる規律が越えられないものであるかどうかという問題ですが、それは不可能です！なぜなら、人間の各レベルの責任者はその役割を担うに当たり、各レベルの責任者もまた人為によって生み出され、彼らもまた人間であることを理解する必要があるからです。それ故に、管理制度の必要性が形成されるのです。
各階層の主事者が存在するからこそ、一つの大きな団体に融合して集合することができるのです。この大きな団体もまた、多くの小さな団体が集まり組み合わさることによって形成されます。言い換えれば、それぞれの国において、それぞれの小さな家庭が集まり、全体の社会を構成することによって、初めて大きな団体の集落が形成され、結集するのです。
また、大規模な集団が集まって国という単位を形成し、いわゆる「国家」が構成される際には、それぞれの主体を担う者が互いに調和し合い、各方面の安寧を支え、多くの不適合が生じないようにする必要があります。そのためには、必ず規律を整備しなければなりません。そして、規律によって確立される基本的な機能と役割は、人類全体の衆生に利益をもたらすものであります。
人類の礼儀制度に必要なもの
各組織単位の相互管理において、大きな集団のすべての集落を結合させるためには、規則制度や規範の行使が必要であり、それによって初めて機能的な効果を推進することができる。人道世界はまさに相互管理、上に立つ者が模範を示し下がそれに従うという基本的な支え合いの中にあり、これこそが真実であり、皆が平穏無事に自由に生活できるようにするものである。
すべての行動や行為の主要な因縁の根本となるものであり、もしこの種の規律制度が欠けていると、多頭馬車のように容易になり、互いに管理の権限と権利を争うようになってしまう。人間社会におけるすべての人々が互いに助け合う主要な因縁は、礼儀にあり、人道に基づく管理制度の必然性によるものである。
また、礼儀を通じて、団体や組織の行動規範がどのようなものであるかを観察することができます。礼儀には相互に応答する規則があり、礼儀が人道世界に適用されることを理解すれば、まさに人為的な行儀動作を与えることになり、相互に補完し合う必要性が生じます。また、礼の儀が相互に補完し合う規則制度や規範典則があるからこそ、相互の行動が生まれるのです。
このような因縁条件から、人道世界において礼儀作法を欠いた方法で物事を進めようとすれば、必ずや人々から「礼儀知らずの蛮夷の国」と嘲笑されることが分かります。誰も蛮夷と呼ばれることを好まないでしょう。もし中華の炎黄の子孫として自らを称するならば、礼儀に則った行動こそが正しい道なのです。
礼儀はすなわち人倫の基本である
人類が礼の儀を確実に肯定できるようにするためには、相応の訓練と試練が必要である。もし人類世界に礼の儀を行うことがなければ、礼の儀を通じた相互の完成は不可能となる。また、人間は訓練を通じて不良な礼の儀を改める修養条件を備えることができるため、良善が増長し向上していくのである。
人道における礼儀の遵守については、必ずや規則と条件によって区別され、またどのような礼儀が行使されるかによって異なります。このようにして観察される人道世界は、まさに相互に礼儀の規章制度を形成し、それによって人道の礼儀が儀式に則って行われることが向上します。そのためには、繰り返しの訓練プロセスを通じて、整然と統一された行儀を確立することが必要です。
これにより、より精緻な礼儀の行使に入ることができる。これは人道世界が持つべき規範と行動であり、人道世界において行使される際には、礼の儀が相互の接待に適い、すべての行儀において、各単位や宗教、宗派が礼儀を制定する際にそれぞれが必要とするものを明らかにすることができる。
礼儀は、ある団体や宗教、宗派のレベルや境地がどのようなものかを知ることができる。これらの各レベル、すなわち団体、宗教、宗派が従う礼儀には相互比較性があり、それによってその境地のレベルはどうか、規則制度はどうか、礼儀の実践はどうかがわかる。
礼儀は人類の衆生を成就させる
すなわち、各々の個体単位を通して、はっきりと観察することができ、さらに人道世界においても応用可能である。礼儀訓練の要求はどのようなものか？まさに人間を主たる担い手として、その要求と協調の中で進められるのである。人道世界には礼儀の実践が不可欠であり、それによって初めて各々の個体の完全性が顕現されるのである。
観察することができる：すべての制度規章、典則規範が真に儀礼に則って実践されているかどうかを見れば、制度面においてどのような状況にあるかが明らかになる。これは大宇宙世界のあらゆる国家、宗教、宗派団体、経営体系に対しても同様であり、礼儀制定の必要性に対して良好な客観性を有している。
まさに人道世界において言うならば、人の行儀の基準を提供することができます。これは人道世界を通じて、各組織単位が定めた規律に従って行動することで、相当に優れた模範的役割を果たすことができれば、世の中から認められることになります。つまり、相当に厳格な訓練を経ていれば、必ず整然と統一された姿を現すことになるのです。
このような才能は、儀式を行い礼節を守ることで、人類の衆生に対して制度面での表現を確立することができる。また、人道世界とはまさに各々の個体単位が儀礼を行うことであり、このようにしてこそ、儀式を行い礼節を守るという機能と効果が現れるのである。有情世界も同様に、各々の個体単位に至るまで、儀式を行い礼節を守ることによって、各々の個体単位における成就が可能となる。
規章と礼儀はすべて施行される
このような礼儀規範を確立するに当たっては、条文に基づいて実施することが真実に即したものであり、礼儀に則った行いを真実に表現することができる。崇心宗脈の観点から見れば、あらゆる制度面において、大道系列天書に記された礼儀の実践についても同様であり、まず母灯を恭しく点灯し終えた後、宗主を恭しくお迎えして皆を導き、心経を虔しく唱える必要がある。
その後、再び内堂に入り、謹んで請神咒を唱えます。これは神仏の降臨に対する礼儀作法への従順を示すもので、儀式に則った礼拝の仕方を理解し、それを「礼儀」と呼ぶことができます。これは天書の著作を完成させた後、堂主が皆を率いて謹んで関聖帝君覚世真経を唱え、有情の衆原霊仏子への功徳の証と回向を行うものです。
そして全体の制度面における行儀作法をまとめると、そこには次の点が見て取れます：厳粛で静寂を保っているか、簡素ながら重厚であるか、それともただありふれたもののようにだらしなく散漫になっているか。もし少しも厳粛さが感じられなければ、外部の仙仏や賓客に笑いものにされてしまいます。これは聖門の体系が向上を遂げられるかどうかに関わる要因なのです。
崇心宗脈は「杏壇の規範を立てる」ことを行儀の基準とし、またこのような殊勝な因縁条件のもとでは、礼の儀式に対して、皆が認め賞賛できるものを示すことができ、必ずや礼を儀式どおりに厳粛に執り行い、礼儀の執行においては、全体の礼儀作法の良好で完全な一体性を提供しなければならない。
綱常倫理の構築は　　礼を行い儀に従う修養が必要である
礼儀規章に制度を加え　　厳粛で荘厳であってこそ成就する
大道は天地の演ずる義　　一回一回互いに依る
理の玄機は創造を成し得
人間の成就は大道の期
この偈は、有情の衆生である原霊仏子たちが互いに励まし合い、崇心宗脈に対するすべての礼儀作法において、それぞれの因縁に応じた礼節を実践することが肝要である。皆で共に遵守し、厳格な修練を積むことによって、初めて外界からの確かな評価を得ることができる。これが正しい道である。皆様が共に著作に携わり、ご尽力くださったことに心より感謝申し上げる。
無極城隍帝君（むきょくじょうこうていくん）
極まりなく私なく偏りなく背かず　　城隍は誠に恐れ心を体して為す
帝君が台に登り賢者たちと会見され　　共に規章制定の会議を創り上げられた
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈より　虚空落筆天尊が降臨され、大道天地第六回を著作されます。規章礼儀の実践において、全体の条綱が必須であることについて、これは崇心宗脈の「立杏壇之規範」が真に行使されるためのものです。
崇心宗脈の仙仏老師が数年前から強く要請してきた主要な聖務であるが、これを実行できる者は稀である！規定はあるものの、実行に移されていない。これにより、汝らは崇心がなぜますます厳しくなっているか理解できるであろう。それは一歩一歩と整えられ、汝らすべての不足と欠落を補うためである。
また、最初から最後まで一貫して修練を重ね、崇心宗脈のすべての学生に対して、必ずや気質を向上させることができるようにする。そして、あなた方に対して次第に厳しくしていくのは、まさにあなた方に「今この瞬間に悟りを開き、この一生で仏果を成就せよ」という位階を求めるためである。これはあなた方に対してのみ行われることではなく、未来の学生たちも互いに従うべき指針となり得るものであり、まさに正しい道なのである。
2014年6月10日 15時30分 ◎＃※   ０Ｋ＃
虚空金筆  開智天尊
第十五回　方便普及
第十八回　  乘越根基
2006年9月8日　丙戌閏七月十六日（金）
第六回　  規章禮儀
虚空は大宇宙を伝承し　　金筆は妙理を無限に構築す
開智天尊が天地を著す　　道徳の基を建てるは如何に作す
第十六回　  宇宙を造り上げる
第十九回 　了知天意
2006年9月12日　丙戌年閏七月二十日（火）
第七回　 道德建基
人類の衆生には道徳的規制が不可欠である
綱常倫理は有情世界を観察する手がかりとなり、人道における生存の必然性を通じて潤いを与える。これにより、生存の方向性に対する理解が深まり、多くのことが人道生存という関門に依拠していることがわかる。このような依拠こそが、生存の必然性ゆえに重要なのである。なぜなら、人道世界が存続するためには、綱常倫理に基づく基盤が不可欠だからだ。
また、基礎を築くには、道徳に依拠することが必要である。この道徳に依拠する機能は、人道世界において悪を為すことができず、「道と徳」を向上させなければならないという点に基づいて確立される。古代の堯や舜の時代のように、真に安らかで快適な生存が可能であり、人道に基づく生存が確立されれば、向上がもたらされるのである。
いかなる宗教や宗派であっても、すべて道徳を骨組みとし、道徳によって伝承されています。さらに、現代においても区別なく、すべての宗教「儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教」およびあらゆる宗教の宗派は、みなこのように、「道」と「徳」の両者が互いに補い合い、助け合うことができるのです。
「道」は自然の秩序を司る根本原理であり、「徳」は人間の高尚な情操である。この「道と徳」は互いに継承し合い、連続してこそ初めて「道徳」と呼べる。人間社会における生存の拠り所となる倫理規範もまた、道徳に依拠して確立され、人道世界の統治に作用するのである。
道徳倫理の綱目と条規の全ての構築
すなわち、道を条綱とし、徳を情操とすることは、人道世界に対して善に向かうよりどころとなる作用を持つことができる。もし道徳がなければ、人類の悲哀に陥ってしまうだろう！このような条件は人倫道徳にとって向上を達成することが難しく、また人道世界において道徳が失われた時、いったい何をよりどころとすることができるだろうか。
人倫綱常が備えるべき条件を考えると、人道世界のすべてを支える原動力、すなわち道徳を拠り所とする原理が理解できます。これは有情世界において、いかなる国家・宗教・宗派・団体・組織にも偏ることなく、まさに管理制度を支える根本的な拠り所となるものです。
つまり、道と徳の両者は相互補完の主要な機能を有し、また道理が徳性と融合して相互に補完し合うものです。人道世界における生存の方向性を管轄する作用には、必ず道理が主体となる必要があり、徳性は非常に高尚な情操です。これが「道と徳」が依拠する基本的条件なのです。
人道世界が共に遵守し、越えることのないものこそ、道徳的に高尚な情操を支える役割を果たすのである。また、道理をもって人道世界のすべてを統治し、越えることのないもの、これこそが有情世界のすべて――国家、宗教、宗派、団体、組織が必然的に依りどころとすべきものである。
道の徳は人類と衆生に伝承される
このような高尚な道理と情操を拠り所としているからこそ、人道世界の道理や綱常を越えることがないのである。これは生存の意義をありのままに示すものであり、人道世界のすべての拠り所となる綱常倫理は、必ずや道徳という二つの主要な因縁体に基づいて確立されなければならない。それによってこそ、人類の衆生は万物の霊長たる種族と呼ぶことができるのである。
もし道があって徳がなければ、高尚な情操が依拠するものを表現することはできず、また人々の間では教育文化が伝承されるが、すべての人々の世の中の一切は規範から離れることはなく、上天が統治管理の依拠性をなすことによって、人道世界の最大の管理主宰者となり、また天子と呼ばれるのである。
一切の人倫世界の衆生、すなわち原霊仏子たちに対しては、「天の子」と多くの「原霊仏子」とを互いに比喩することができる。天子が天の統治を受けるように、有情なる原霊仏子たちもまた天の統治を受け、さらに互いに補い合いながら、人倫世界の綱常倫理を支える依り所としているのである。
その中には道徳が伝承として存在し、教育文化の課程においては、特に人倫世界において地冥星と呼ばれるものに対して、すべての人倫世界が教育文化の伝承を通じて結びついています。しかしながら、主体となる枠組みは経験と知識の積み重ねであり、最も主要な原動力は、高尚な情操と道徳の規範なのです。
道徳は人類の基盤を築く必要性
また、人間界の有情衆生は共に守り越えることのできない、このような縁起の条件が人倫道徳を相互に補助し合い、管理制度の必要性に存するのです。あなた方が人間界に入るすべての：規章、制度、典則、規範もまた、上を行えば下はこれに倣い、上の命令は下へと伝わり、共に守るべきものなのです。
このようにすれば、天が定めたものであれ、人が定めたものであれ、すべての規範は道徳の根本的な縁起から離れることなく、これこそが正しい道です。もし人倫道徳から離れてしまえば、一体何の高尚な情操をもって管理と言えましょうか。そうなれば数多くの紛争が生じ、多くの戦いが起こるでしょう。これは天の根本的な意図ではありません。
上蒼に対しても道徳をもって管理し、あらゆる天界の各星体、星系に対しても、このような殊勝な因縁の条件のもとでこそ、まことに如実に、規則、制度、典則、規範を確立し、これを高尚な情操と称するのである。有情の大いなる世界もまた、人倫道徳に依って帰依するところとなる。
そして、人間界と天界を指すが、これこそが道理に対する高尚な情操の如実なあり方であり、相互に支え合う作用がある。また、有情世界においては、いかなる国や団体、宗教、単位であっても区別なく、同様に高尚な情操の道徳的規範として、管理制度が施行されることを指す。
教育は道徳の基盤の上に伝承される
あなた方はもう一度細かく考えてみてください。それぞれの単位、そして最小単位である家庭に対しても、倫理規範を確立する必要があります。それは書面に記したり記録したりするものではありませんが、人為的な教育文化の課程において、確固たる基礎を築き、根を張らせることができます。そうすれば、皆が共に守ることができるようになります。崇心宗脈においても、同じことが言えるのです。
上には虚空界、無極界、昊天界の仙仏が崇心堂に駐駕されており、本堂の主席が崇心宗脈の一切の聖務を全権処理することとなっております。また、虚空・無極・昊天の各天界にはそれぞれの主管仙仏がおられます。崇心宗脈の観点から申しますと、主席である文衡聖帝が崇心のすべての道務と使命を全権処理されることになります。
もし虚空を以てすれば、正主席　虚空上人－南無虚空上徳人天古仏が、虚空のすべての事務を全責任をもって主管される。もし無極を以てすれば、必ず副主席　麻仙姑が無極理天の一切の事務と使命を全責任をもって処理され、もし昊天を以てすれば、必ず大主席　南天主宰文衡聖帝が全責任をもって施行される。
また、主は異なる天界の聖なる使命を司り、これは規律と制度の区分に対して相互補完の必要性があり、崇心宗脈は昊天界、無極天界、虚空天界に対して、それぞれが独自の役割を担いながらも、各天界、各体系の職務を大いなる融合と団結へと導くことができます。
基礎工事は人類の継承によって築かれる
本宗脈の衆主席とは、崇心宗脈の全ての権責を対象とし、各天の全ての職司を処理するものであり、南無燃燈古佛の導引によって、青陽・紅陽の四億の仏子たちが完全な依り所となり、共に成就へと至ることを与えられる。それゆえ、それぞれが各々の職司と権責を処理するが、しかしながら、一つの大いなる団体として結合し共に合わさることができるのである。
これは、上天が新たな法を掌握し、崇心宗脈に対して完全な成就をもたらすものである。この基盤構築の事業はまた非常に大規模であり、いかにしてこの基盤構築事業をより大きな救済と弘揚に導くかについては、必ずやすべての神仏と諸賢生らが、この一心をもって共に努力しなければならない。もし真仏心宗の観点から見れば、これまた理筆宗主が全責任をもって統合するものである。
無極大道院につきましては、引き続き林院主が全面的に責任を持って主管されます。崇心堂につきましては、林堂主が全面的に責任を持って処理されます。また、崇心雑誌社につきましては、新任の陳社長が全面的に責任を持って処理されます。それぞれの職務は区分されておりますが、全体として相互に統合され、大団結を図り、今後の弘揚と発展に寄与してまいります。
このような基盤構築の工程、すなわち崇心宗脈に参入して集結する過程において、すでに理解できるのは、上天が崇心に対して行う試練と検証であり、また各関門における試験課程が、一つの大集団として相互に融合し結び合うことができるかどうかである。これはつまり、一つの大きな力を集結させて弘化を広めることであり、このような構造を通して完成されるのである。
道徳は人類の大いなる根器を築く基盤である
上蒼が職務として下界の人道世界に行使されることを通じて、人道世界が人間の要素によって行使されることが理解できます。これは相互の団結、相補い合う大きな因縁でもあります。もし皆が心を一つにして団結できなければ、どうして相互に結びつくことができましょうか。まさに上蒼が崇心宗脈のすべての道徳的基盤を開かれた所以であります。
これは未来の有情衆生の原霊仏子に対して、相互に成就し合うことができ、また崇心宗脈の主体構造は非常に壮大であり、未来のすべての有情衆生の原霊仏子に対して、より大きな成就とより大きな福祉を人界に下すことができるためです。これもまた、上天がなぜ今の21世紀に大いなる徳の恵みを施すのかという理由なのです。
すなわち「借将」とは、二百余万の異星系のハイテク人材を地冥星に降ろし、創造・研究・発明の徳沢をもたらすことである。まさにこのような殊勝な因縁条件を基盤として、我々は天機の良縁に参与し、人道世界に示現し、未来の科学技術文明を向上させるのである。
さらに大いなる道徳の恩恵は、人間世界に現れることによってこそ、有情衆生に対して真実の大いなる福祉をもたらし、有情なる人類衆生に善なるものを向上させ、超越させることを提供する。それによって自らを利し、また有情なる人類衆生をも利し、真実の回帰と成就を実現するのである。
基盤と構造はすでに完成し　　道徳の規範はかくのごとく真なり
規章制度は典則を加え　　共に守りて上蒼の恩を享く
人間の福祉は道徳に依り
有情の衆生は互いに通じ合う
福徳は福祉を創造し
広く普及して皆に適う
この偈は、有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合い、上天の徳沢をこの凡塵世界に広めていくものであり、また皆がより大きな福徳を得られるよりどころとなるものです。誠実に実践すれば、必ず良き善果が得られるでしょう。これこそが正しい道なのです。本日は皆様、ご苦労さまでした。共に作業に取り組んでくださり、心から感謝いたします。ありがとうございました。ではまたお会いしましょう。
無極玄天上帝（むきょくげんてんじょうてい）
無極の御旨が崇心に降り、玄天上帝の徳は情け深し。
大道は天地より来たりて著作す　　福祉は帰依して皆親しむ
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、今晩は。本日は本宗脈　虚空金筆開智天尊が降臨され、「大道天地」第七回を著作され、道徳を建てる基盤となる主体の因縁についてご説明くださいます。崇心宗脈のすべての神仏と多くの学生が、この一つの心で団結して参りましょう。
それぞれの役割と職務は異なりますが、互いに補い合い、助け合うことができます。天の機縁と良縁を広く教化し、皆の力を結集して、対外的に一つの大きな力を形成すれば、心を一つに団結し、道の務めを広く行い、大いなる天の庭を推し広げることができます。皆様、ご一緒に著作に携わっていただき、誠にありがとうございました。お疲れ様でした。では、またお会いしましょう。
2014年6月11日13時50分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空の銀筆  大道の天尊
第十七回　上蒼の徳と懿
第二十回　 生老病死
2006年9月15日　丙戌年閏七月二十三日（金）
第七回　 道德建基
虚空の因縁浅からず　　銀筆大道の徳沢延ぶ
天尊降り来たりて天地に著し　　生み養い教え育む必ず顕わすべし
第十八回　乗越の根基
第廿一回　 新陳代謝
2006年9月22日　丙戌年八月一日（金）
第八回　 生養教育
人類のすべての良き子孫
道徳の主理が構築されるよりどころは、まさに「生育、養育、教育」という三つの要素が人道世界において相互に融和し合うことにある。このような条件によって人道世界の生存経験は伝承され、またこの条件を枠組みとして、人道世界における「生育、教養、教育」という三つの要素が成長の基盤となるのである。
人為的な要素によって作り出され、成長と学習を通じて初めて伝承と言える。つまり、胎内に入った後、「胎教」を通じて教育の基本機能を行うことである。このような生育は、さらに上天によって伝えられ、人道世界の基本機能でもあり、この基本的な伝承を通じて向上させることができる。
また、出産は非常に優れた因縁であると理解できます。すべての人類は母体を通じてこの世に生を受け、出産を経て初めて人間界に存在することができるのです。これは出産に関して言えば、「人類が人間界に存在する」ということを意味します。
有情なる原霊仏子たちがこのような条件を経て、人道世界へと入り「生存」と呼ぶことができるのは、もし父母の創造がなければ、どうして人類衆生の伝承と継続がありえようか。人道における生存は必然性を帯び、人為的な造作によって成就され、それによって有情なる原霊仏子たちは人道世界に入ることができるのである。
養育は親の責任です
これを言うに、人間世界に生きるにおいて、もし人道生存の一環である胎児の世界に入ることを具足できなければ、肉体を持つと言えるだろうか？それは不可能である。肉体は乾坤両者の結合を経て初めて胎内に入ることができ、この因縁が成就するには、必ず「人の肉体」によって完遂されねばならない。
また、「霊の性」が肉体に宿る必要があり、このような殊勝な因縁条件によって初めて、「肉体と霊性」の両者が、生育によって結合し、殊勝な因縁が作り出されることが理解できます。これを「生育」と呼び、生育を経て、産声を上げ、胎児はこの世に誕生するのです。
これは胎児が人間界に生まれ落ちる際、必ず食物連鎖による供給が必要であり、人間世界においては飢餓と呼ばれるものに対して、必ず腹を満たさなければならない。また人間衆生の食物連鎖は、人間界の事務連鎖と相互に結びついている。必然的に「事務連鎖と食物連鎖」の両者が、通貨という因縁を必要とすることが理解できるであろう。
ようやく食物連鎖の供給に転換することができ、食物連鎖においては腹を満たして不足を憂うことがなく、はじめて飽食の動作が相互に連結していると言える。もし飽食がなければ、食物連鎖による連結も欠如し、必ずや飢餓に陥り食物連鎖の供給もなく、人類の衆生はまた養育というものを持って、生存の必須性としているのである。
天地は万物の生きとし生けるものを養い育てる
養育：これは関係者による世話を経て行われるものである。父母の両親および全ての親族がこれに加わり、胎児に対して養育を行うことで、飢えに苦しめられることなく十分に食を得ることができる。これは豊かな衣食が必須であることを意味し、各人の福禄と通貨の因縁が深く関わり、良きものとして十分に備わるか否かを形成するのである。
もし食禄の悠なる関わりを欠くならば、必ずや飢餓の存在があるだろう。また食禄は養育者に対して相当大きな助けとなり、養育が具足する時、養育に必要なのは飽食の要求である。しかも、いかなる食物も分別せず、飽食の必須性を供給し得て、初めてこれを食禄の具足というのである。
さもなければ！必ずや食禄の欠乏に遭い、打ちひしがれることになる。まさに生み育てた後、養い育てることで成長するのであり、つまり生まれた後すぐに学び始め、各々の個体は皆、生み育てる者、養い育てる者からの教育の伝承を経て、知識と経験も伝承され蓄積されていく。これこそが人類のすべての伝承に必要な所以である。
教育とはまさに、生まれた後に養育され、十分な食を得て学び成長することであり、すべての有情の衆生、原霊、仏子たちも皆同じです。それぞれの個体は両親の生育環境を通じて、教育や教化の扉が開かれ、また生存の方向性という必然性に対しても、両親の生存のあり方すべてを学ぶことから始めることができるのです。
教育と文化は必ずや継承されなければならない
すべてを含む：習性、慣性、個性、これらは知識成長に必要なすべての蓄積であり、このようなものは胎教から始まり、また両親自身を通じて、模範を樹立して教育を伝承する。これはそれぞれの両親にとって、生存環境の違いによって、教育の因縁もまた異なるものとなる。
言えるのは、どのような親がどのような子を生むかは天の道理であり、あらゆる親の生活習慣は、子供の学習・成長・模倣の対象となる。したがって、それぞれの生活環境の違いが子供を異なる姿に形成し、まさに各親の言動すべてが、子供が学び模倣する手本となるのである。
もし父母がそれぞれ模範的な素行を示せば、子孫もまた模範的な素行を示します。もし父母が平穏順調であれば、子もまた平穏順調であり、もし父母が悪質であれば、子もまた悪質となります。つまり、どのような型があればどのような素行が生まれ、どのような父母からはどのような子が生まれるかは、同じ型から生まれる種と同じであるということです。
これは学習環境を通じて言われるものであり、また生存志向の違いでもあります。どのような条件下で生まれた子女も、同じくどのような条件下で言われるのです：学習と成長こそ、古くから「良き子孫を得るにはまず徳を積むべし」と言われてきた通りで、これは妄言ではなく、まさに千真万確、各人の資質の優良・平順・劣悪を分ける所以なのです。
生長教育のすべての効用
必ずや生育と養育を経た後、教育こそが千秋万代の基本機能であり、仔細に観察すれば教育の中に、千秋万代を通じて伝承され、時代の移り変わりによって変わることのないものがある。すなわち教育を通じて、母胎を離れた後ただちに学び始め、一生涯このようにして過ごすのである。
人道世界はまさに繰り返し巡り来るものであり、学びを通じて成長し、教育の根本を成すことによって初めてそう言えるのです。したがって、「生み、育て、教える」という基盤構築の営みは、人道世界の条件から離れることはありません。この「生み、育て、教える」ことを継承し、後の世代の子孫にとって良い手本、良い模範となるのです。
伝承を授けることは、教育と教化の根本であり、これこそが正道である。必ずや「道徳」を基盤として築き、また生み育て教育することを通じて伝承し、初めて有情世界を成就させることができる。そうすれば必ず良き善き因縁が生じ、向上し成長し、超越へと至ることができるのである。
道徳を子孫に伝え継がせ　　生み育てるはこのように植えるがごとし
教育の縁は即ち展開す　　母胎を出離し学習に来る
生み育て教え導き伝え継ぐ　　人の世の学び経験は成り立つ
一歩一歩確かな足跡を残し　一つひとつの印が成長を育み互いを大切にする
この偈頌は、すべての有情の原霊仏子が共に励まし合うものです。胎内教育の学習過程における役割は、有情の原霊仏子が人間界に入り、あなた方が子孫への教育学習を行う際にも、代々伝え、世々伝えていくものなのです！よく考えれば必ず理解できるでしょう。親となった後も、それは代々伝えていくものなのです。
誰が永遠に人間界に留まることができようか？否である！このような因縁の条件をよく考えてみれば、必ずや理解できるはずだ。この世はただ時空の因縁における旅人に過ぎず、一体何があなたに未練を抱かせ、執着を断ち切れなくさせるというのか？やがてはただ白骨一つの身となる時、あなたは一体何を惜しむというのか？心から諦められるだろうか？
あなたの子孫たちにとっては、先祖の名前を知るだけで、すべての先祖の苦労がどのようなものであったかは理解しがたいことです。人類の衆生は根本的にその一切を理解することができず、子孫たちはただあなたが残した財産を享受するだけです。もしそれが悪しき災いの積み重ねであったなら、何の意味があるでしょうか。よく考えれば、この世の無常さがわかり、どうすることもできないことがわかります。皆様、お疲れ様でした。すべてが吉祥でありますように。さようなら。
無極教化天尊（むきょくきょうかてんそん）
極まりなく私なく偏りなく、
教化を継承し人類を推し進む。
天尊は台に登り賢者を会し　　大道は天地の徳に衆生帰す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈　虚空銀筆大道天尊が降臨され、「大道天地」第八回を著作されました。「生育、養育、教育」の因縁を開示し、分析されます。これは人道世界にとって真の理解が必要なことです。
世代は次々と移り変わり、果たして何が長く存続できようか、この人道世界において？否！ただ時の旅人に過ぎぬ。次の世代は汝らをいずこに置くというのか？墓場に眠れるだけでもまだ良い方であろう。ならば、汝はなぜ苦心して子孫に未練を残すのか、それも全て汝の血筋が生み出したものではないか？
多くのことはすでにすっかり忘れ去られ、ただ祖先がいたことだけを知っているに過ぎません。また、代々続く子孫たちに対して、あなた方は何か未練があるのでしょうか？彼らはとっくにあなたを気にかけていません。どうして執着を解き放てないのでしょう。人間の世界はただ肉体を借りて通り過ぎる（逝去する）だけなのに、なぜあくせく奔走し、後世の子孫たちを心に留めておく必要があるのでしょうか！
賢明な人は、今の自分を大切にしなければなりません。なぜあくせくと子孫のことを考えて奔走する必要があるでしょうか。子孫にはそれぞれの福分があります。人の計算は天の計算には及びません。また、あなたにとってはただの時間の旅人に過ぎないのです。いったい誰が仙仏の先生と共に天界で逍遥できるというのでしょうか。自分でよく考え、自分で努力し、自分で成長し、自分で成就を遂げなさい。
2014年6月11日15時40分◎＃※　OK＃
虚空龍翔天尊
第十九回　天意を知り尽くす
第廿二回 　地水火風
2006年9月29日　丙戌年八月八日（金）
第八回　 生養教育
虚空より崇心に降り来たり　　龍天際に翔けて徳沢開く
第二十回　生老病死
第廿三回　 障礙超越
2006年10月3日　丙戌年八月十二日（火）
第九回　 成長學習
人類の成長の過程
生まれ育ち教育を受けた後、観ることができる：すなわち学習と成長の過程を指すのであり、また学習があって初めて成長があり、成長にも学習が必要である、これは互いに補い合う必然性である。成長の中で学んでいくことは、まさに千真万確の必然性であり、有情の衆生である原霊仏子にとって、人道世界においては必要不可欠なことである。
成長の過程において、生計を営む志向は必要不可欠です。しかし、生計を営むこと以外にも、数多くの「成長しながら学び、学びながら成長する」という両面を経る必要があり、それらが相互に補完し合って初めて成就に至ります。また、これは有情世界において言われるものであり、生計を営む必要性を意味します。成長それ自体が段階的な機能と効果をもたらすからです。
成長の過程を理解する必要があり、繰り返しの学習を経て初めて経験が蓄積されます。有情世界におけるあらゆる生存の方向性は、まさに潤いある生を育む必然性を持っています。また、潤いある生こそが、生活のあらゆる面を潤す必要性であり、生活とは有情の衆生であり原霊の仏子である我々が、避けて通ることのできない必然性なのです。
この必然性が求めるのは、まず満腹の後に学びを基礎とし、初めて学習と成長が可能になるということです。その中でも特に、回を重ねるごとに、人間世界のあらゆる生存志向的行動を通じて、日常生活のすべてを先人たちの遺産として継承し、それを自らがその時々に吸収していく過程が重要です。
学びと成長の必要性
もし経験を吸収することが不十分な時には、必ず多くの矛盾や悩みに遭遇し、自分自身にも理解できず、人としての世界で生計を営む必然性もわからなくなる。つまり、経験の蓄積があってこそ、生計を営むための要求を満たすことができるが、生計を営むにはまず通貨の縁が十分に備わっている必要があり、それによって通貨が適用される必然性が生じるのである。
すべての生存志向において、また通貨の縁によって、すべての食物連鎖と業務連鎖を充足させることで、この両者が相まれば、必ずや人間の生活を向上させることができる：快適さと利便性、そして普及性を。まさに相補い合い、どの国でも、どの宗教でも、どの流派でも、学びを通じて蓄積され、それが成長と呼ばれるのである。
そして成長にも段階を踏んだ学習が必要であり、これは経験と知識の積み重ねによって知恵となり、応用されるのです。有情世界も同様で、人間として生きる必然性から生じる行動と言えますが、その中で積み重ねられたあらゆる経験は、次の段階における知識の応用と適応に影響を与えることになるでしょう。
もし次回の知識応用に適応できれば、まさに回を重ねるごとに蓄積され、知識を人道世界に応用することで真の利益を得ることができます。もし経験や知識が不足していれば、無明に阻まれることになり、これは紛れもない真実です！また、学習の過程とは、知識を応用していくことだからです。
知識は智慧の応用において累進する
知識はまた日常生活の中で積み重ねられるものであり、あらゆる生活経験を再構築する過程でもあります。いかなる国の人間衆生であれ、それぞれの国で生活を営みながら、まさに学び成長するということが言えます。すべての有情の原霊仏子たちも同様に、生存の営みにおける必然性を体得していくのです。
このような条件を理解する必要があるのは、自分が人間世界で生活する必然性の中で、経験によって結びつき、日常生活のあらゆる動作が知識の必要性へと転化されるためである。知識はさらに日常生活の中で積み重ねられ、あらゆる経験を借り受け、次に事柄が訪れた時に応用されるものである。
これによって容易に物事の経緯を理解することができ、また全ての事柄の連鎖的過程を胸中に明らかに把握し、更にどのような経験的知識を応用して完成させるべきかを理解できるようになる。このような学習と成長の必要性は、まさに日常生活で積み重ねたあらゆる経験に対するものであり、これを学習と成長と呼ぶのである。
まさにすべての原霊仏子が持つべき理諦の観念である。人道世界では、生まれてから幼年、青年、中年、壮年、老年、そして最後の死に至るまで、あらゆる時空の段階において学び成長しなければならず、また人道世界のあらゆる局面と過程は、ただ学び成長するためだけにあるのである。
成長すれば、良きものも増えていく
これは無明や誤った経験によって修整されるものではなく、自らが人間としての生存に必要な条件に合致するよう修整することを指す。この人間世界は、繰り返し自らの欠点や誤りを修整し改造する世界であり、またその修整と改造を通じて、次回に同じ過ちを繰り返さないようにするのである。
初めて自分自身を修正し改造することができ、誤った導きに遭うことなく、この人道世界におけるすべての生存の方向性に対して、非常に真実に即して自己を修正し改造し、自分自身が回を重ねるごとに経験を積み重ね、正しい方向を持つことができるようにします。これこそが知識と経験の学習過程における蓄積なのです。
まさに二度と同じ過ちを繰り返さぬこと、これはまた儒家思想の再構築過程に符合する。人間世界の一切の有情の衆生、原霊仏子にとって、人道世界において生を潤す第一の要務は、まず十分に食を満たすことである。このように食を満たした後、学び成長することを以て事柄の連鎖を組み合わせ、初めて生存の安らぎを得ることができるのである。
潤生の過程において、通貨の因縁を具足することができれば、あらゆる食物連鎖と事業連鎖の組み合わせを充足させることができます。それにより自らの生活に快適さ、便利さ、享受を提供し、また人道世界の成長にも寄与します。このように通貨が具足することによって初めて、生活の向上――快適さ、便利さ、享受、普及性――が実現されるのです。
学習成長と成長学習
生活を向上させるということは、人間界において学習と成長の必然性を十分に備えていることを指し、人類衆生に利益をもたらすものと言える。それは人間界に通貨という縁起が具わっていることに対応し、また人為的要因が未来の生活において豊かな資糧の源を十分に備えられるかどうかにも関わる。
観じることができる：自分自身の現在のあらゆる努力に加え、前世の「因縁果報」が相互に成長し合っている。もし前世の因果応報が相当に良好であれば、この世の福縁もまた相当に優れており、欠乏に悩むことはない。これは福分が具足した因縁であり、すなわちあなた方人道世界で言うところの「金の匙をくわえて生まれてくる」というものである。
このような人は福縁が備わっているため、あまり苦労せずとも「福、禄、寿、富、貴」のすべてを享受することができます。もし前世の福縁が不足していたなら、この世ではより一層努力しなければ、通貨の縁と一切の食物連鎖・事柄の連鎖を結びつけることができず、通貨の縁による享受をあなた自身が得ることはできません。
もし前世に少しの福縁もなかった場合、この一生で通貨因縁を求めるには不足があり、自分自身に十分な努力を払う必要があるが、得られる福縁は一、二分に過ぎない。もしこの一生で努力せず、ひたすら他人に奢りを望むならば、それはさらに取るに足らず、人として生きる必然性を理解することが必要である。
福分の向上は学習と成長によってもたらされる
すなわち福縁をもって具足し、一切の対潤生において相互に成長する。もし自らの努力を加えることができ、前世の福縁に奢望せず、この一世において再び向上を図るならば、平順な因縁の豊かな蓄積を求めることは、自らが創造し、自らが受益するものであり、有情世界にとって真に受益する余地を持つものとなる。
この中で、もし縁もなく福もなければ、人間界のあらゆる努力を通じて、それを成就させ獲得することができる。このような条件について、つまり人類衆生が言うところの「命にあるものはいつか必ずあり、命にないものは無理に求めても得られない」というのは、人道世界で言う「宿命論」の中に存在するものである。
この人道世界は、前世と今生の宿命に従えば、すでに過ぎ去ったものとなります。今、崇心宗脈が持つ主体構造を理解し、「命中有る時は終に有るべく、命中無き時は造り成すべし」ということを実践しなければなりません。これは有情世界の全ての原霊仏子たちが互いに励まし合い、良き因縁を造り成就することを指しているのです。
まさに自らの努力によって成就を獲得し、宿命論そのものに依存する作用を変えることができるからこそ、この一生において真に豊かな資糧の源を持つことができるのです。崇心宗脈のすべての学生に対しても、互いに励まし合い、あなた方が過去に「命中にない時は作り出す」という大きな因縁を具足できなかったことを、今こそ実現させましょう。
人類の衆生が獲得し得るすべてのもの
これを自ら獲得したものと称する、この種の学習と成長を経てこそ、初めて真の大いなる福縁が具わり、福分そのものに求められる依拠性を満たすことができる。ここには自らの努力が含まれ、学習と成長を経た後にこそ、成長と学習、学習と成長を通じて積み重ねることができ、自らに対してそれを充足させることができるのである。
まさに相補い合う必然性があり、崇心宗脈の基本構造においては、あなた方がこの一生で豊かな創造性を十分に備え、貧しさに別れを告げ、貧しさがあなた方に取りつくことを許さないようにすることを目指しています。あなた方はそれを望みますか？（望みます！）とても賢明な選択です。
皆さんが崇心宗脈に入った後、自らのすべての欠点と不足を真に改めることができてこそ、初めてあなた方にとって豊かで十分なものを持つことになります。これは今まさに享受できる福分であり、豊かな成長と学びによって得られるものです。つまり、一歩一歩、着実に進化し向上していくことなのです。
成長の教育を基盤とし　　学び育つにより適う
学びの経験は積み重ねるもの　　福縁の具足は自らに依る
学び成長は互いに支え合い　　度重なる転生で積み重ねる
経験と知識に智慧を加え　　適切に応用すれば福分が備わる
この偈は、有情の衆生、原霊仏子が共に励まし合うものである。崇心宗脈のすべての学生に対して、繰り返しのたびに、知識を生存の方向性に応用することを説く。徳性が豊かに積み重ねられてこそ、あなた方にとって真の福縁が具わり、開拓できるのである。理解できたであろうか？皆様のご相伴を賜り、著作にご尽力いただき、心より感謝申し上げる。ではまたお会いしましょう。
無極岳武穆元帥（むきょくがくぶぼくげんすい）
無極降凡、因縁より生じ
岳武元帥、台に登りて成る
諸賢の皆様、ご安寧で大吉祥でありますように
麻姑仙の聖誕をお祝い申し上げます
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、当宗脈に虚空龍翔天尊が降臨され、「大道天地」第九回を著作されました。成長と学習の基本構造を示され、あなた方自身が受益できるようになさっています。すなわち、学習と成長の過程において、自らの福縁を具足し、豊かな蓄積を持つことができるのです。
これは「学びと成長、成長と学び」を一歩一歩着実に積み重ね、自らが利益を得る道である。有情の世界はこのような状況にある。そなたたちは、生まれてから今に至るまで、果たして一つひとつの経験がすべて学びと成長の中にあり、あらゆる経験と知識を積み重ね、次の物事の連鎖に応用することで、真にそなたたちの利益となってきたかどうか、よく考えてみるがよい。いかなる人であれ、皆このようである。
2014年6月11日18時00分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空鳳翔天尊
第廿一回　新陳代謝
第廿四回　 活用經驗
2006年10月6日　丙戌年八月十五日（金）
第九回　 成長學習
虚空の縁早く来たりて生ず　　鳳凰天翔けりて徳沢生ず
天尊は天地の冊を著し
習気を改めて今生を造る
第二十二回 地水火風
第廿五回　  經典活用
2006年10月13日　丙戌年八月二十二日（金）
第十回　 改變習氣
人類は悪しき気質を改めなければならない
生養教育の過程において観察できることは、学習成長と成長学習が作用することで、自らの良くない習気を改め、それによって機能的な効果が生まれ、自らが向上する因縁の基盤が与えられるということです。これは有情世界がこの人道世界において依り所とすべき基準とは何かという問いに対する答えです。
己自身に対して、過去の習気の作用をどのように変えるべきかを理解することができる。したがって、人道世界におけるすべての生活習慣と習気は、累世にわたって相互に循環してきたものである。そして、この人道世界の一世の中で、同じ両親から生まれた子供たちの習性と習気がなぜそれぞれ異なるのか、その理由はここにある。
まさに良からぬ気質を修整する必要があるのです。では、なぜ人道世界で修整を行わなければならないのでしょうか。それは、自らの気質と習慣をこの世界に持ち込み、潤いある生活を営む過程において、前世のあらゆる因縁果報を伴ってしまい、それが今生において、累世にわたるすべての生存の方向性を決定する機能として作用するからです。
また、自身の生存環境、および両親の遺伝子と生活習慣とも非常に大きな関連要因があり、相互学習の習慣性があり、それによって自身の日常的な生存志向に依拠しています。この中で、どのように自分自身に対して、真に人道世界を向上させることを実践できるのでしょうか。
人世间においても菩提を成長させ向上させることができる
また、人間界に限って学びと成長があるわけではありません。学びと成長は、まさに一連のつながり合う環のようなものであり、あらゆる因縁が織りなす過程です。人間界を潤すと同時に、潤すべきすべての主体となる因縁もまた必要であり、潤いをもたらすことを根拠としているのです。
この中で、過去のすべての気質と習性が顕著に現れます。もし習性が良ければ、それはまさに自分自身が優れた生活空間を持っていることになります。もし習性が悪ければ、さらに多くの良くない気質を引き寄せて生命を潤すことになり、このような悪い習性は人道世界に加えられ、生存の方向性が互いに依存し合うことになると言われます。
潤生に対して安らかな空間を持つことができないため、すべての習気と気質の良し悪しは必ず自分自身に影響し、周囲の生活の安楽と不安をもたらします。また、良くない気質と習性を修正していくことで、人道世界はまさにこのように、自分自身の過去のすべてとこの世とのつながりによって積み重ねられていくのです。
また、すべての習性、慣性、個性、素質を合わせたもの、この千古より続く習性は、もし修正と変化ができなければ、一世また一世と積み重なっていく。もし良き習性、慣性、個性、素質を自らに加えることができれば、それは優れた習慣性を形成することになる。
目的を変えることは成長を意味する
もし良からぬ気質と習気が結びついたならば、このような習慣性は、世代を超え、幾度となく、繰り返し重なり合い、さらにこの悪しき習性が続く中で、それは汝の現在の生活が作り出す過程に現れ、また汝の現在のあらゆる生活習慣にも現れることになる。
あなた方人間世界の者は、よくよく考えてみるがよい。このような習気が、この世の生活習慣の中に入り込んでいるかどうかを。もし各人の習慣性に依拠してしまうならば、それは自分自身にしばしば横逆が立ちはだかる原因となり、また多くの無明が自分の周りに現れ、自分自身の無明が顕現する良き縁をも妨げることになるであろう。
これは人道世界であり、一切の有情衆生たる原霊仏子が必ず遭遇する矛盾点である。人道世界におけるすべての習気と習性に対して、必ずや改変と修整を行い、自らが真の向上へと入る主要な因縁の根本とせねばならない。まさに累世にわたって相互に交錯して作用する機能の効用なのである。
また、自分自身が人道世界にいれば、このような良くない習気が現れることになります。あらゆる作用に対してどのように変化させ修正するか、自分自身の良くない習気と習性による行いに対しては、自分自身が変えられるのです。人道世界における一切の因果応報がどのようなものであれ、有情の原霊仏子たちは、必ずこの世の状況の中で生きていくことになるのです。
悪しき習気がもたらす困難な作用
常に自分自身の無明が際立つことがあります。この無明は自分に対して多くの破壊力を持ち、あらゆる無明や無知との出会いの中で、まさに人間世界を評価する基準となります。前世や累世、そして今生における習性と癖はどのようなものか。人為的要因によって変えることができ、良くない習性を修正することが可能なのです。
また、人的要因は成功も失敗も、隆盛も衰退ももたらし得るものであり、これは有情世界のあらゆる人種が人道世界に入り生活を営む際に、常に累世・前世・今生の三者が互いに作用し合うことによる。もし習性が優れている、つまり前世の修養が相当に良好であった場合には。
もし習性が悪く劣悪であるならば、これらはすべて前世や累世の因果応報が互いに重なり合い、さらには絡み合っており、単に悪い習気が生じただけでなく、現在の修行で修正できるかどうかは定かではありません。では、どうやって自分を変えていくかというと、往々にして問題に直面した時になって初めて修正を考えますが、それでもまだ救いはあるのです！
もし問題が生じた後、ずっと修正や改善をしないならば、それは枯れ木を彫刻するのが難しいのと同じで、このような枯れ木が彫刻しにくいのはまだしも、最も恐ろしいのは「腐った木は彫刻できず、薪として燃やすしかない」だけである。また、このような状況において、あなた方の習性や癖は、枯れ木や腐った木の中に入り込んでいないだろうか。
習性は環境によって形成される
すなわち、人間衆生のすべてを区別するものとして：教化できる者、鍛え上げられる者、成就可能な者、および教化できない者、鍛え上げられない者、成就不可能な者という分別性がある。また、人種の不良な習性によって区別されるものとして：枯れ木、腐った木、正しい木の如きものがあり、これもまた鍛え上げられ教化できるものと、鍛え上げられ教化できないものとの区別なのである。
前世の良くない気質や習慣が今生に持ち越されると、それはあなたにこの一生で大変な苦しみと難儀を味わわせ、自分自身を修正させるためなのです。前世の良くない習性や気質を直す最適の場所であり、またすべての有情の衆生、原霊仏子たちは、このようにして人道世界に入り、それを修行と呼ぶのです。もし修行しなければ、どうなるのでしょうか？
これは累世、前世、今生の三つを互いに積み重ね合わせて、あなた方の累世、前世、今生における良くない気質と習性の試験問題を取り出し、あなた方にもう一度答えさせようとするものである。もし合格できる者、あるいは変えられる者がいれば、必ずやこの種の試験問題が繰り返し現れて鍛えることを減らすことができるであろう。
最も恐ろしいのは、累世から、前世から、今生から、様々な良くない習性、良くない習慣、良くない個性、良くない素質がすべて重なり合うことです。ああ！それは試練に対して何度も何度も繰り返し、その都度応答と試練を重ね、どうやって通過し、どうやって修正し、またどうやって変えていくのでしょうか？
人類には多くの悪しき性質が備わっています
さらに、あなたがこの世で持つすべての悪しき習性、悪しき個性、悪しき気質、様々な悪しき問題を一つにまとめ、何度も何度も繰り返し、あちこちに揺さぶり、方向を狂わせるような試練を与えること。それが、あなたに対する真の修練であり、このような修練の方法を、あなたはどのように感じるだろうか。
すなわち心を磨き、性を磨き、気性を磨くことであり、また心の魔、性の魔、気性の魔でもあります。もし汝が改めることができれば、多くの試練と磨きは必ず減るでしょう。もし改めることができなければ、汝のこの世におけるすべての良くない習性、良くない習慣、良くない個性、良くない天性を調整し修理し、汝をピカピカに（台湾語）磨き上げ、つるつるになるまで仕上げるのです。
あなたへの修理と調整を経て、改めてあなたの心構え、対応の考え方、知恵の働きはどうなっているか？普通の人であれば、このような修理を受けた後は、ピカピカに磨き上げられ、もう悪さなどできなくなるものだ。さらに、あなたの前世、累世にわたるすべての試験問題に対して、何度も何度も繰り返し受験する機会を与えているのだ。
習気を改めることは非常に重要です
いつ通過するか、いつ試験問題を受け取るか。あなた方は、このような試験問題が自分たちをどのように調整し、変化させ、修復すべきかについてのものだと考えている。それは有情の衆生、原霊、仏子たちが累世、前世、今生の三つの段階で修練を積むことによって、自分自身に対する試験問題を順調に通過できるようにし、また多くの方法を用いて鍛錬を加えるためである。
それによって真に向上する日が訪れることができる。それゆえに、人道世界は、自らの気質と悪習を改め変革することによってこそ、真実の本性に合致するのである。また、累世、前世、そして今世の三者が相互に結びついている中で、もしこの世で自らを変えることができなければ、来世においても繰り返し繰り返し、どうすることもできない状況に陥るのである！
必ずやあなたに最も欠けている、最も良くない問題を与え、それを調整し、変え、修理するために。また、このような因縁は人々への慈悲がないのではなく、あなたがどのようにしてより優れた気質へと再構築され、向上していくかということなのです。これこそが、まさに有情の衆生である原霊仏子たちが真に上昇し超越するための道なのです。
人間の悪しき習性は山ほどある
単なる習慣の集積ではなく、さらに未来への期待を込めて、上蒼天界と融合し潤いをもたらすことができるのです！あなた方は、このような悪しき習慣を持つ修行者が宗教に入り修行と称するものは、果たして天界に昇ることができると思いますか？まったく不可能です。そもそも上蒼には、悪しき気質や悪しき習慣を持つ仙仏など存在しないのです。
もしそういうことがあるなら、あなた方はそれを怪しい仙人だと思うでしょうか！このような天界はあり得るでしょうか？あり得ないのです。人間界におけるすべてのことは、まさに自分自身の累世以来、前世以来、今世以来、この三つの総合体を通してこそ、調整し変え、修復することができるのです。それはすなわち、自分自身の良くない習性と気質のことです。
真に相互に融合するということは、一つの大きな集団が超越し回帰することにあり、必ずや円満に達成され乗り越えられる。これはまことに如実であり、有情の衆生である原霊仏子が向上を遂げることができるものである。また、このような試練は回を重ねるごとに、汝らが金のごとく輝くまでに自らを磨き上げることで、はじめて如実な向上と超越が可能となるのである。
生養と教育が基盤となり　　学び成長することはより適切となる
悪い気性を改め修める　　向上超越は己に依る
有情の天界の衆仙仏　　融合した団体で成し作る
大道は天地を覆い大徳は潤す
弘化を推し広めるはこれが構造
この偈は、すべての有情の衆生、原霊仏子たちが共に励まし合うものである！自らの良からぬ習気と気質を改め修めることによって、初めて真に自らを向上させ、自らが成長する天与の良縁を得ることができるのである！そうしてこそ善きものが増し加わり、向上し、超越していくのである。皆様、ご苦労さまでした。ではまたお会いしましょう！
無極註生娘娘（むきょくちゅうせいにくにゃんにゃん）
無極の因縁深く厚くして
万物の霊を生み出し構造を為す
今日、賢者と会う娘娘は
大道天地の福は自らがもたらす
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、今晩は。本日、本宗脈の虚空鳳翔天尊が降臨され、「大道天地」第十回を著作されました。あなた方のすべての習気を改めることは、あなた方への一つの試練として与えられ、自身の良くない「気質と習気」を修整し、完成させるためのものです。
もし真に改めることができれば、次の懲らしめに遭うことはない。そなたたちはよくよく観察してみよ、この世において、すべての修行の過程はこのようではないか。そなたたちの悪しき気質と習癖に対し、幾度となく懲らしめを与えることによって、初めてそなたたちは真に向上し、自らを高めて超越する成就者となることができるのだ。
あなたがたは感じることがあるでしょうか、それとも気づかないままなのでしょうか。つまり、あなたがたがすべてを握りしめ、コントロールしている中で判断を下しているのです！崇心宗脈の仙仏の先生方の、苦労を厭わず心を砕かれたお気持ち、まさに「鉄が鋼にならぬことを恨む」思いを、理解することができるでしょうか。それは皆が良き因縁を得て、上昇し、向上し、超越していけるようにと願ってのことなのです。
2014年、6月11日、19時25分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空理治法天尊
第二十三回　障害を超越する
第廿六回　 受益無窮
2006年10月17日　丙戌年八月二十六日（火）
第十回　 改變習氣
虚空より降り凡を渡し原霊を済度す　　理治法来たりて天音を闡明す
天尊は天地の冊を降ろし、修整して器と成し、導引と為す。
第二十四回　経験の活用
第廿七回　  循環演化
2006年10月20日　丙戌年八月廿九日（金）
第十一回　 修整成器
不良な品質は整えなければならない
学習と成長においては、自身の習性を修正する過程において、人間界は自らのあらゆる欠点を通じて変化していくものであることを理解する必要があります。もしこの修正を経なければ、真に役立つ器としての機能を成就することは難しく、あらゆる人種も万物の生きとし生けるものも皆同じなのです。
学習を通じて成長し、初めて経験が蓄積され、次に活かされるのです。物事そのものに対する行動力を体系化すること、これは行動規範を与えることであり、自身の欠点や悪しき習慣を調整し、変えることができ、さらに頼りになる器として成長させ、自らを向上させることができるのです。
これは人道世界において修練を積み、器を整えて上昇する主要な因縁の根本であり、言うなれば人間世界のあらゆる欠陥を修復することである。それは自己の一切の不良な欠陥作用、すなわち習性、慣性、個性、稟性、および様々な機能作用を、いかにして自己の全ての不足を修整するかという課題である。
また、人道世界においては、まさに堪忍の世界であり、有情衆生はどのような環境や国にあっても同様です。さらに、人の世界は相互に対応する世界であり、いかなる人種であっても同じです。この堪忍世界において、自らを向上させることができるでしょうか。それとも、自らの良くない習気を変えることができないのでしょうか。
人類の資質をいかに高めるか
また、どのようにして自分自身を向上させることができるのか、それは不可能なことである。これは、人間界において理解すべきことであり、地冥星に入った以上、必ず相互に対立し、このような限界から離れることさえできない。有情世界はまさに相互に対立し、また限界と障害の中にある。修持者にとっては、すべてを変革するために志を固く持つ必要がある。
このような天機の良縁が訪れる可能性はありますが、なぜ修行者は多くても悟りを開く者は少ないのでしょうか！それは人道世界を理解できず、つまり相互に対峙する世界であり、有情の衆生である原霊仏子たちが向上して昇華できない主な因縁の根本も、自分自身の良くない習性や風変わりな気質を本当に改め除くことができないからなのです。
したがって、真の修行の主要な縁起の根本が得られないのも、このような理由による。もし堅固な意志と信心をもって、一生かけて成就に至ろうとするならば、非常に心を込めて行わなければ到達できない。この過程において、世の中の道理と人々の心に対して、自らの習性を改め修整することができてこそ、真実の本性に合致するのである。
人為的要因もまた、往々にして自らを阻み、向上を妨げる障壁となり、いかにして真の向上と超越に向かうことができようか。つまり、不良品とも言える有情の原霊仏子たちが、五濁悪世に降り立ち、自らの過去の生まれつきの性質や習慣、すなわち全てが未熟であることに直面しているのである。
修整することで大きな変化が生まれます
今生今世、地冥星空間に降りて修練を重ねる中で、自分自身の過去のすべての習性を明確に把握できず、つまり自分にとっては新たな出発であり、その過程で自分に欠けているすべてのものは、人道世界において一関一関、一度また一度、一回また一回と試練として立ちはだかり、自らが円滑に通過できるように促されるのです。
まさに自分自身の欠点や不足を改めることですが、もし自分の欠点を改善することができなければ、どうして過去の欠点を修正できるでしょうか。これはまた、自分自身の前世や累世における不合格の試験問題を、再び繰り返すことになります。もしこのような試験問題がずっと合格できないのであれば、どうしようもありません！
すなわち、繰り返し現れる課題に対し、自らがその都度、その度ごとに応答していく。もしその度ごと、その回ごとに通過することができれば、次の試験問題は、もはや自らの試験範囲には現れない。この世で通過できない習題とは、自らが変化し、修正していく変異の過程なのである。
なぜなら、度重なる試練のたびに、自らが身をもって体験し、骨身に刻むことを積み重ねることができるからです。前世と今生における不足と欠落を修正するために、自らを整えることができるのです。まさにこのような修正において、あなた方はよく観察することができます。生まれてから老いて死ぬまで、すべては同じであるということを。
すべての成長には、必要な修整が伴うものです。
自分が生まれてから今まで、成長の過程で様々な方向性を修正し、多くの考え方や観念を変え、多くの悪い癖を直してきたのではないだろうか。このように、生まれてからすぐに学び成長し始め、少し大きくなると文字を学び、自分にとって必ず学び成長するものがある。
さらに年を重ねて学習の中で成長し、青年期を経て社会に出てこそ、真の学びと成長、そして学んだことを実践に活かすことができるのです。かつて学校で受けたすべての教育は、ただ道理を理解したに過ぎません。社会に出てこそ初めて、学んだ知識の機能を自分自身の現在に応用し、学習を通じて成長していくことができるのです。
すなわち、自らの不足と欠けているところを修整することであり、学習を通じて成長することで、自分がとても順調とは言えない境地に陥ることを防ぐことができます。学習と成長は、自らの経験を再構築するものであり、経験を積み重ねることで、それを実践に活かすことができ、自らの成長に利益をもたらします。人類を含むすべての衆生の良善な面が増長していくのです。
このような人為的要因によって、自らの欠点を修正する中で、必ずや自分に何が欠けているのか、どこが不足しているのかを理解することができるでしょう。このような人為的要因が欠如していることこそ、一年一年、歳月を重ねて自らの思考と観念を整えていくことであり、それこそが真に自らの次の応用機能に対して、必ず良好な学習と成長へと向かわせるものなのです。
成器とは人間の善き模範を示すことである
悪しき災いの中に陥ることなく、平穏で快適な生活空間を求めることである。人道世界はまさに、自らを修め変えることによってこそ、学びの中で成長と蓄積が得られる。汝らは生を受けて以来、学び始め、成長し始め、蓄積し始め、応用し始めるのである。
これこそが智慧の現れであり、知識を学ぶことで自らの生活空間を豊かにすることができます。これは悪しき災いの境地に陥らず、平穏な縁を求めることです。もし知識が乏しく、学び成長することができないならば、他人の経験に頼って対応する必要があり、これはまた自らを修練する機会を与えることになります。
また、自分自身に対しては、真に一人前になる日が来ることを期待しており、それゆえに一人前になることは言い換えれば、人間としての世界を成就することであり、自分自身を修め志を堅くするかどうかが、まさに未来において―超越するか、上昇するか、輪廻するか、下降するかの分岐点となります。さらに、宗教に入った後こそ、自分自身の生命を改造する機能と作用が発揮されるのです。
自分自身に向き合い、不確定な要素を成長へと導き、その成長過程における全ての学びの経験――良きも悪しきも、成功も失敗も含めて――これらは、人間世界において修練と改善を追求する縁となる。やがて自分自身に真の達成をもたらす日が訪れ、自らを利し、さらに人類衆生をも利益することができるのである。
器を成すは人類の目標なり
また、人為的要因もあり、自分が有能な人間になるかどうかの判断は、いかに自らを律するかにかかっています。優れた行いを模範とし、過去の不足や欠点を改め修正し、社会に役立つ人間となること。そうでなければ、せめて国家や環境、すべての安らかな生活空間に影響を及ぼさないことです。
人の本性は本来善良なものですが、世間に染まっていくうちに、悪の本質へと変わってしまうのです。このような善悪の本質は、実はすでに人の本質の中に存在しており、ただ時空の因縁と環境を待って、どのような性質が顕れるかが決まるだけなのです。つまり、仏性が顕れるか、魔性が顕れるか、あるいは平順な性質が顕れるかということです。
必ず区別すべきは、この種の完成された器物に対して求められる向上の要求こそ、優れた器物の本質を形作る良き因縁である。また、人為的要因は人道世界において依存する本性を持ち、人間世界におけるすべての生存の方向性は、自性の本質に対して必ず清澄と汚染をもたらす。生活習慣によってこそ、汚染と清澄が称されるのである。
このような器が求められるのは、澄んだ因縁の本質を与えるためであり、いかにして修整して器を成し、社会環境の安寧に影響を与えないかは、人類衆生の本質の中にすでにこのような因縁による成長が備わっている。この人道世界のあらゆる機能作用は、学びを通じて上昇し超越していくものである。
修繕して器となれば、上へと成長していく
しかし、なぜ真に向上して突破することができず、いつまでも俗世に留まっているのかと言えば、それは志を堅固にすることができず、自らの欠点と不足を修正し変えることが、自らを上昇超越させる障害となる器を形成してしまうからです。したがって、人界においては、すべての原霊仏子が真に向上する因縁の根本こそが、真実の性質なのです。
また、自分自身にとって真に機能的な効果と回収があるのです！それは自分自身が真実の理諦に浸り、その影響を受ける過程であり、このような宗教への入り方は本来、向上へと高められるべきですが、なぜかずっと器になれない障害の中に深く留まっています。それは宗教に入ったものの、入った後に真の変化がなかったからです。
しかし、真の改造と修整を行うことはできず、宗教に入るのは「ただ善に向かって揃える」だけであって、しかし「上に向かって超越することはできない」と言われている。また、宗教に入った後は、皆が仙仏の護佑や宗教の主神の加護があると思い込んでいるが、知らないのは、人為的要因において、自分自身に対して依存性があるということである。
己自身の全ての欠点を真に改めることができなければ、すなわち一度また一度、一回また一回、一世また一世と宗教に入った後も、依然として相当に良くない気質や習慣が存在し、この世が過ぎ去れば、次の世でまた同じことを繰り返すことになる。ああ！人間の世はまさに一世また一世、一回また一回、一度また一度と宗教に入り、それを学び成長と呼んでいるのである。
真剣に学べば成長がある
必要とされるのは、人類の衆生が持つすべての習性を改めなければ、上昇し超越することは難しいと理解することです。それは次回、次世において再び来たるとき、あなたのすべての欠点と不足を改めて修正し改善することにあります。いかなる宗教や宗派に入ろうとも同じことであり、それが変えられるかどうかは定かではありません！
また、崇心宗脈の体系に入るかどうかに関わらず、同じことです。前世の良くない習性を改めなければ、今世はただ再び修整と変更を始めるだけです。しかし、崇心宗脈の体系に入っても改められないなら、他の宗教については論じるまでもありません！また、人為的な修整は、あなた方の習性を向上させるためのものなのです。
崇心宗脈に入った後、上蒼は数多くの豊かな天機と良縁を授け、またこの千古以来の試題をすでに示現しております。あなた方にとってまさに「今この瞬間に悟りを開き、この一生で仏となる」ことは千真万確なことですが、その中でも問題となるのは：習性、慣性、稟性、不良な個性を改め除くことができるかどうかでしょうか？
まさに有情世界の衆原霊仏子にとって最も理解しにくい障礙であり、これは　上蒼が試験の中で出題されるものである。あなた方が真に「心灯を燃やし、仏性を顕す」ことができるかどうかは、実に正しくありのままである。あなた方のこのような習気そのものをいかに修正するかは、各人が試験問題にどう答えるかを見て判断するのが、ありのままの性質なのである。
千古の迷いを解く試練
習性・慣性・本性を転ずる
個性が良くないのはいけない
修持とは気性を改めること
宗教の修行は一生涯続けるもの
習気を改めてこそ真の修養となる
器を整えるは己に依り　　天の応えは証を以て通ず
この偈は、有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合い、汝らが千古より抱えてきた迷いや障壁、欠点を真摯に振り返るよう促すものである。さもなければ宗教に入った後も、生々世々同じことを繰り返し、仙仏もそれを指摘しないならば、汝らは果たして真に向上し、超越する日を迎えられようか。考えてみればすぐに分かること、仙仏の先生方の深いご配慮と苦労が込められている。皆様、お疲れ様でした。すべてに吉祥あれ。ではまた。
無極文殊菩薩（むきょくもんじゅぼさつ）
無極の因縁にて教育を施し
文殊の成就は原霊の契り
菩薩は高台に登り賢者を迎え　　修行を整え器を成すには必ず明晰ならねばならぬ
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、今晩は。本日、本宗脈　虚空理治法天尊が降臨され、「大道天地」第十一回を著作されました。修練を重ねて器を成す因縁について、千古より説き明かされてきたことを、今一度明らかにされます。これは、宗教修持に入られた汝らが、いかにして自らを成長させるべきかを真に理解するためのものです。
ある者はすでに数十年、ある者は比較的若く、この中で各人の修持の力の違いがあり、ある者はまさに真の功績と果位があるが、しかしなぜずっと上昇し超越することができないのか、その障害点はどこにあるのか？あなた方は今日の著作の過程を通じて、必ずやすべての奥義がどのようなものであるかを理解しなければならない。
これによって、なぜ自分が代々、生々世々に宗教に入りながら、修行を完成させることができなかったのか、その因縁もここにあることが明らかになります。どのように修行し、改めるべきかを理解することが正道であり、必ずや良き善き因縁が積み重なり、向上し、超越していくでしょう。自分自身の利益となるだけでなく、人類衆生の利益にもなります。皆様、お疲れさまでした。さようなら！
2014年、0612、1228◎＃※   ０Ｋ＃
虚空　道伝徳天尊
第二十五回　　経典活用
第廿八回　 大道天地
2006年10月27日　丙戌年九月六日（金）
第十一回　 修整成器
虚空の根源より崇心を降ろし　　道を伝え徳来たりて聖心を闡く
天尊と共に真誠の心を会し
品質優しきこと心を超越す
第廿六回　 受益無窮
第廿九回　 復古收圓
2006年10月31日　丙戌年九月十日（火）
第十二回　 品質優異
すべての品質が向上していく
人類の衆生が、あらゆる修練と器用の作用において、まさに品質をより優れたものへと高めること、すなわち人道世界によって修練整えることである。この修練整えは、品質であれ、あるいは修持、経商、家庭、事業など一切のことにあっても同じであり、必ずさまざまな修練整えを経て、整理された後にこそ、二度と同じ過ちを犯さない境地が得られるのである。
しかも！優れた品質を創造し、さらに非常に優れたものとなる。これは大道世界がすべての人種を区別せず、皆がこのように向上していくことが正道であるからだ。また、人為的要因を通じて成長を遂げることができ、さらに人道世界もDNAの本質についてすでに理解できるようになっている。
しかし、RNAの優れた品質をいかに向上させるかについては、依然として不足している。人道世界においては、粗雑な向上しかなく、何度も何度も繰り返し修正を重ね、不良な品質を改めていく。これらの不良な品質が、何度も何度も修正を重ねなければ、どうして上に向かって優れた品質へと向上させることができようか。
まさに人為的な要素を通じて、不良品を再生し修復することができます。このような不良品質の再生と修復については、あなた方は世の中のすべてを注意深く観察することができます。どの時空間の局面も同じであり、あらゆる物品や器皿など、また人類衆生のすべての行為の修養と改造においても同様です。
人々の世は高品質の時代である
また、人間界における信仰宗教、商業教育、家庭、人間関係、そしてあらゆる過程も同様である。あなた方はよくよく考えてみるがよい。このような因縁の中で、どのように不良品や欠陥品を修復・改造し、それらを向上させ、優れた製品として人々に愛されるものへと高めていくべきかを。
これもまた、現代のあらゆる国々が求める主要な因縁の根本である。あなた方はもう一度よく観察してみるがよい。なぜ人間世界のDNAをRNAへと高める必要があるのか。また、このような普通の遺伝子をいかにして向上させ、より優れた品質と遺伝子へと昇華させ、どのようにしてQNAの自己発光を達成するかについてである。
すなわち、汝らが堅固なる志と毅力をもってすれば、一世代で成就に至ることができ、また人道世界に対し向上をもたらすことができる。さらに自らのこの身に備わる堅固なる志と毅力によって、真に獲得することができるのである。もし毅力が堅固でないときは、必ず中途で挫折するであろう。これは人道世界における選択によって分かたれる所以である。
さらに、各自の習気や慣性、およびすべての遺伝子の本質を区別することなく、向上へと高めていく。なぜなら、このような時空環境にある人道世界において、なぜ向上への高まりが求められるのかといえば、それは昊天玉帝と無極皇母がこの時局を共に協議され、地冥星のすべての存在が超越して高まることを目指されたからである。
品質の向上は人類の喜び
もしこのようでなければ、すでに三万余年の時空を経て、ただここで停滞し、向上して高めることができない。今の時代は地冥星にとって、まさに未来に他の宇宙の星々を示現し、四億余りの星系すべての超越も、すでに開発された、未開発の、未来に開発される、まだ開発されていない星々、星系を模範とするであろう。
示現には確かな依拠があり、それゆえに昊天玉帝の徳沢が有情の衆原霊仏子に及びます。これはまさに二百余万名のハイテク人材を借り受け、地冥星へ降ろして成就を成し遂げるためであり、妄語ではなく、まさに千真万確なことです。地冥星空間における大聖務と大使命に対して、上昇と向上を促すものなのです。
崇心宗脈はまさに140年以上の歳月を経て、南無燃燈古佛と諸天の仙仏たちがこの時空環境において共に協議され、完全なる飛躍を実現されたのである。また汝らもまた、千百世を経ても、仏聖が世に出られるというこのような大いなる殊勝な因縁に巡り会うことは難しい。汝らは自らの仏性を以て、未来に顕現する根本とすることが、まさに正道である。
また、すべての科学技術文明を向上させる必要があります。単に「色相と心相」の両者を真に識別できるだけでなく、「心と色の二法」を相互に補完させ、あなた方に真の回帰と超越の因縁の根本を与えるのです。これは単なる空論ではなく、実際に人道世界に示現するものなのです。
各天界の異なる性質について
品質の向上が急務であり、それゆえに現在から未来への時空の縁を結ぶことは、今この瞬間に未来の人類世界の幸福を築くことである。また、あなた方はこう言うことができるでしょう：まさに上蒼の大道を切り拓く先鋒部隊であると。さらに、虚空界、無極界、昊天界、西方界、南天界の仙仏たちもまた、崇心宗脈に降り立ち、互いに補い合って助け合っているのである。
このような千古の時を経て、人間界に示現されることの稀なる機縁は、まさに今この時にこそあるのである。汝らや未来の者たちにとって、このような天機の良縁に恵まれることは、誠に稀なることである。もし二十年早く、あるいは二十年遅くこの天機良縁が訪れていたならば、今このような天機の時空を成就し、未来に大いなる因縁を創造することも難しかったであろう。
崇心宗脈のすべての学生たちよ、あなた方は仙仏の老師と共に、この世においてこのような殊勝な大聖務と大使命を担うことをお望みですか？（願意！）。また、崇心宗脈のすべての学生たちよ、あなた方は今こそ、過去のすべての欠点と良くない習気を改めて修整し、良きものが上へと増長・向上していく時なのです。
これはあなた方にとって、この一世において真に改めていくことです。すべての前世からの習性、慣性、素質、個性を、良くない欠点に対して改造していくこと。まさに良くない性質を変化させ、真に向上を遂げることができ、また真に修整していくことです。あなた方が崇心宗脈に入ってから、自分自身もすでに成長していると感じることができたでしょうか。
優れた品質管理機能
知識、経験、智慧に対して、次第に智慧の蓄積が高まっていく。これは未来の徳性を培うためのものである。徳性による福田を深く耕し、さらにこの福田深耕に福分を積み重ねることも、汝らが現在真に満ち足りていることである。未来の功績と果位は、まさにこのように如実に獲得されるであろう。
古諺に「一子得道すれば、九玄七祖尽く超昇す」とあります。この諺は、あなた方が今まさに得ることができ、また九玄七祖がことごとく超昇できることを指しています。しかし、後代の子孫についてはどうでしょうか。これは単にあなた方の九玄七祖がことごとく超昇できるだけでなく、まさにあなた方の後代の子孫に対しても、良きものが増え広がっていくことになるのです。
さらに、真のハイテク人材の福運さえも、あなたの家に降りかかることがあります。これはあなた方の長上と子孫に対して、あなた方の努力を通じて、上下が連貫した良好な主要な因縁の基礎を築くことです。つまり、自らがあなた方の不良な遺伝子の本質を変えることによってです。
これはあなた方自身が今すぐ利益を受け、あなた方の先祖も利益を受け、さらにあなた方の子孫までもが利益を受けられるということです。古い諺にある「九玄七祖尽く超昇す」だけでなく、まず自分自身に利益があり、次に先祖たちに利益があり、さらに子孫たちにも利益が及ぶのです。このような稀有な条件のもとで、この世にこれほど素晴らしい天機と良縁があろうか？
優れた品質の要求
このような殊勝な弘化は、崇心宗脈においてのみ天機良縁として存在するものであり、これこそが汝らにとって真の利益と獲得をもたらす実相の姿である。また、この天機良縁は上蒼の審査を経て、汝らの犠牲と奉献、無私無為の精神を通じて高められ、成就されるものなのだ。
まさに自らが「一分を捧げれば、千百分の回収を得る」というこの世界において、現在のところ崇心宗脈のみがこのような殊勝な因縁を持ち、また崇心宗脈に参賛し、大道弘化を通じて成就に至るすべての者に対し、上天は崇心宗脈に非常に厳しい要求を課しているのです。
また、団結した全体としての弘化を通じて、大いなる天地の間に示現するのである。これが「大道天地」が著作される天機の良縁であり、すべての天書著作の参賛者に対して、第一手の資料を得て上蒼の天機を賜ることを目的としている。これはまた、崇心宗脈のすべての神仏と学生が、向上して超越するためのものである。
また、無極大道院の霊修院士など、真に超越した大道の殊勝な任務を担うことができる者たちよ。汝らはもう一度よく考えてみよ。崇心宗脈のすべての体系と編制は、他の宗教と比較するとき、我ら崇心はさらに多くの点で超越しているのではないか。すなわち、無極大道院の超抜の方法や、功果の撥転においても、さらに異なっているのである。
殊勝なる条件は向上し、超越する
さらに他の宗教をはるかに超越し、未来における成就の果位においてもはるかに優れています。なぜ無極皇母は崇心宗脈に対し、外界と同じような超抜の方式を与えないのか。祖先や親族、亡霊に対する超抜こそが、真に優れた教育と教化の天機良縁であることを理解する必要があります。
また、外界の市場のような超越的な方法で、崇心宗脈と比較することは避けるべきです。過去八年間のすべての教育課程において、いかにして霊修院士に真に豊かな資糧源を提供できるかが重要です。同じ時空、同じ因縁の中にあっても、教育課程によって達成される果位は異なるのです。
しかしながら、無極皇母もまた同様に崇心宗脈に対して、より優れた聖なる務めと使命を持つことを求めておられます。つまり、外部よりも真に有情の衆生や原霊の仏子たちに確信と賛同を与え、さらに上蒼にも確信と賛同をいただくことです。また、崇心宗脈の天書と雑誌を通して見ても、やはり同じことが言えるのです。
編成、印刷、組版、用紙など、いずれも最上の選択であり、贈呈品としての条件から見れば、まさに最上級と言える。これは販売されている書籍とは比較にならず、崇心宗脈はそれに勝るとも劣らない。しかし日進月歩の時代にあって、なお自満することはできない。
品質が優れていれば、広く発展する機縁がある
必要に応じて常に修整と変更を加え、日進月歩する時空の因縁に対応し、優れた品質を向上させなければなりません。崇心宗脈に新陳代謝をもたらし、向上を促すことで、皆様のすべての努力を通じて、四億二千余万ものハイテク人材が結集し、弘化に参与する様子を見ることができるでしょう。
天意はまさにこの通りであり、また崇心宗脈のすべての神人も同様である。無極皇母と昊天玉帝のご期待に応えるためには、より豊かな機能と効果を集結し、弘化を高めねばならない。品質を優良に保ち、絶えず新たな時代の因縁を創造するためには、日々新たに、常に修整を重ねていく必要がある。
崇心宗脈に対しても同様に、未来における引渡しと弘化においても、日進月歩で修整改変と向上が図られていくでしょう。このような殊勝な因縁と条件によって、良きものは上昇し、増長し、向上し、超越していくことになります。これはまさに崇心宗脈に連なるすべての聖神仙仏、および学宗生が、如実に増長していかなければならないものであり、上蒼に対する責任を果たすことでもあります。
修整の成果は改造なり　　修理の因縁かくの如く良し
品質優良で良い成果を上げ　　機能効果は更なる高みを目指す
殊勝なる因縁が崇心に降り
大道は私なくして共に此れを引く
天地の徳沢は衆生を潤し
円満に回帰して親しみ合う
この偈は！有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合うものである！未来の科学技術文明に真の創造と向上をもたらし、有情の子孫たちに多くの福徳を増し加え、未来の子々孫々に寄与するものこそ、正しい道である！皆様、ご苦労さまでした、共に著作に携わってくださり。心より感謝いたします！またお会いしましょう！
無極大勢至菩薩（むきょくだいせいしぶさつ）
極まりなく私なく偏りなく背かず　　大勢至菩薩が来たりて理を闡明し推し広む
菩薩は諸の賢者と共に会し
弘化導引してかくの如くに帰せしむ
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈　虚空道伝徳天尊が降臨され、「大道天地」第十二回を著作されました。その優れた品質は、修持、学び、教育、教化、そしてあらゆる商い、人間関係、家庭など、一切の区別なく人道世界に授けられます。
真実を求めるならば、あらゆる資質を修練し変革し、より高邁で優れた資質へと昇華させなければなりません。これは自己に対する真の向上と超越であり、情愛を持つ人類衆生に良き向上と成長、超越をもたらすものです。まさに優れた高品質こそが、人類に愛され、真実の性質にかなうものなのです。
2014年6月12日15時35分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空彩霞仙姑
第二十七回　循環演化
第三十回　  普渡收圓
2006年11月3日　丙戌年九月十三日（金）
第十二回　 品質優異
虚空より伝わり来たりて教化す　　彩霞天際に真心の華
仙姑が天地の書を降ろし　　
根基を高め佳話を伝える
第廿八回　大道天地
第卅一回　 五教收圓
2006年11月7日　丙戌年九月十七日（火）
第十三回　 提昇根基
品質の良さは必ずやご好評をいただけます
一つの事象を観察するに当たり、それがどのような条件によって構築されているのかを見極めることができます。これは人為的なプロセスを通じて、因縁の根本を高めるものであり、品質を向上させ、品質を超越させることにもつながります。これは、あらゆる根幹となる素質を区別することなく完成させ、また、本来の性質を高めることができるのです。
また、この経典は優れた条件を通じて、成長を与え、向上を与え、超越を与え、そして精緻さを与えるものであり、これは向上へと歩み成長する必要性である。それは有情世界において、人種や素質による区別なく、あるいはあらゆる事象の連鎖によって構成されるもの、そしてすべての生存の方向性におけるあらゆる事象の連鎖に対して等しく及ぶものである。
つまり、本来「粗雑な因質」であったものを向上させるためには、人界において現代の時代に応じて行う必要があり、有情世界に豊かな資糧源を多く与え、人界のあらゆる向上の主要な根拠として機能させることが求められます。さらに21世紀においては、上蒼のすべての基本構造に依拠することが必要です。
現代の第三元会において、他の時空や環境では成し得ない向上と超越を実現するためには、人道世界における不適切な欠陥と誤りを改め、その質を優れたものへと高めていくことが必要です。これは、情ある人類衆生が生きる世界を成長させていく道なのです。
品質管理で良い成果を上げました
また、基礎の質を向上させることは、すなわち人間の遺伝子を向上させ、超越させることであり、現在の状況を真に超越することが必要であり、そうして初めて品質が成長に至るのです。しかしながら、上蒼は「将を借りる」形で、200万人以上の異星系のハイテク人材を下界に送り込み、研究、発明、創造を行わせ、それらを普及させ、快適で便利なものとしています。
すべての人道的世界に与えられ、全ての原霊仏子たちが利益を得ることができるように、また　上天が人道的世界の科学技術文明を開き、未来の子孫である原霊仏子たちが向上し超越するための因縁の根本を与えることは、まさに正道である。このような人道的世界における全ての生存の方向性に対して、真の利益がもたらされるであろう。
しかし、もし理解せず、わずかな人間だけが恩恵を受け利益を得るだけならば、それは決して上天の根本的な意図ではない。上天の根本的な意図を、まさに構造的な実行の根拠とすべきであり、その最も中心的な縁（えにし）は、大宇宙世界のすべての原霊仏子たちが、皆、乗り越え恩恵を受けることができることにある。
また21世紀の文明に対し、真に無極・虚空・宇宙世界の天国へと成長していける可能性を与え、天国世界に対しては「瑠璃の星光体の星際世界」とも言える。人道世界がその国を超越して上昇しようとするならば、必ず同じ相互因縁の周波数を持つことが必要であり、そうして初めて共感し合うことができるのである。
様々な因縁と条件が重なり合って人間を成り立たせている
また、この種の向上は星間国家を超越し、人間界に示現するものである。過去に地冥星に降りて教化し、第一、第二元会においてすべての成就の根源となった霊仏子たちに対しては、この時代に地冥星に降りて教化する中で、彼らが「瑠璃星光」の星間国家に回帰できるようにしなければならない。
また、あなた方人間世界で言われる極楽世界、天国世界、天堂世界、及びあらゆる世界は、すべて「琉璃星光体」の国世界には及びません。これもまた、上蒼が地冥星へと下ろされた人間世界において、すでに回帰超越した原霊仏子が、再び地冥星へ下りてより大きな成就を成すためなのです。
すべての九二原霊子に超越と回帰を与えることは、正道である。また、上蒼が21世紀に第三元会を再び開き、回帰超越を与えることにより、清く軽いものは上昇して天となり、青気（天）となる。これは人道世界のすべての四億の仏子に対し、再び下化して九二原霊子を引渡すためである。
地冥星のいかなる場所や国においても、未来において同じく真仏心宗に集い、回帰、円満、超越、乗越の大集結を成すこととなる。また、このような因縁条件、すなわち遺伝子の品質について言えば、汝ら人道世界の現在こそ、まさに人類世界の遺伝子品質を探究し、増長させる時である。
根基が向上し、人類の好むものを超越する
今この瞬間においても、それはまだ始まったばかりに過ぎず、全ての人類世界の遺伝子の質を真に向上させる因縁の根本へと完全に向かうことはできません。これはまた、あなた方がWTOに融合するために集結したこの時点において、あなた方人類の遺伝子が必ず向上していくべき基盤の根拠でもあるのです。
すなわち、上蒼の基本構造もまた、地冥星に対して遺伝子の本質を向上・超越させるべく改変を加えている。したがって、これらすべての行いは、未来の全人類世界と子孫たちの優れた資質のためであり、また汝らが現在、遺伝子の質を向上させることを可能にしている。これもまた、汝らがそうしなければどうしようもないことなのだ！
また、人道世界はまさに相互に対峙する状況の中にあり、すべての不足と欠点があるからこそ、あなた方はなぜ地冥星に降りて、改めて改造や修整を行うという基本理念を持っているのか、それもまた同じことです。言えることは、地冥星に入る者は皆、多かれ少なかれ欠落と不足を抱えているということです。
すなわち、あなた方に改めて修整・改造をさせるためであり、そうしなければ、代々続く輪廻の連鎖を、どうしてあなた方の欠陥や不足を打破できるだろうか。この改めて修整するという向上は、また過去二千余年にわたる、宗教におけるすべての教育文化課程に対しても行われてきた。実のところ、上蒼はすでに五教の聖人を降臨させて補助させているのである。
五つの教えはすべての補助に融合する
上蒼がすべての原霊仏子を導いて回帰・超越させることについて、これまで二千余年の間、教化・教育・伝承が進めば進むほど、むしろ沈淪が深まっていることに気づいていないだろうか。この原因はどこにあるのか。人界はまさに相互に対峙する局面にあることを理解しなければならない。
地冥星においては、すべてが「地・水・火・風」と「金・木・水・火・土」によって制限されており、さらに相互に対立する因縁の中にあります。また、すべての人間衆生には多くの小さな欠点があり、繰り返し重なるうちに人間の垢や穢れにまみれ、それを変えることは非常に困難なのです。
その中にはまた、日月、陰陽、乾坤、是非、○Ｘ、正誤、正邪、男女が互いに支え合うものとして存在しています。有情の衆生である原霊仏子たちも、この基本的な働きを超えて回帰することはできず、同様に人道世界では陰陽や乾坤の影響を受けるため、こうした制約や障礙に縛られることになるのです。
また、○Ｘ、是非、正誤、正邪を見極めることもできず、これらすべてに束縛されている。あなた方が本当に地冥星を離脱することなど不可能なのだ。ではなぜ、これほど多くの聖神、仙仏、菩薩、高真たちが地冥星の束縛を離れることができたのか、その理由は何か。
根基を向上させる必要性
このように前の二つの元会を経て、すべての超脱回帰乗越者は、まさに千百億万の数にのぼる。しかし、人道世界に留まる者もまた千百億万の数あり、これこそが人道世界というこの限界に対して、いかにして根基を向上させるかという問題である。まさに人道世界において、両辺に染まらずにいられるだろうか。非常に難しいことである！
人界における一切の生存の在り方は、どうして両極に触れずにいられようか？それは不可能なことである。この天機の示現は、各人の悟り、各人の異なる因質の中から高められ、汝ら前世における不足と欠如に対して、この一生で必ず改めて修整し強化するものである。理解できるであろうか！
あなたがたの前世における、すべての不足と欠けたところに対して、この世で再び「応身修整」の試験が行われ、あなたがたが前世の不足と欠けたところを再び受験し、本当に通過できるようにするのです。もし通過できるならば、必ずや成果と成績を上げ、人類衆生に良き成長と超越をもたらすことができるでしょう。
汝らはもう一度よく考えてみるがよい。なぜ人道世界にはこれほど多くの有情の原霊仏子が、凡塵世界に降りてくるのか。それは皆、再び修整と試練を受けるための鍛錬であり、また汝らの不足と欠点に対して、新たな位置づけの試験が行われるからである。これを通過できるかどうかは、次の世で再び一からやり直す必要があるかどうかに関わってくるのである。
幾度も改良を重ね、より一層の完成を目指す
必ずや一度や二度、三度、四度、あるいは数え切れぬほど、このような天機の試験を通過する者がいる。いずれも自ら試験に臨み解答する過程で、いかにすれば上蒼の出題に対して完璧な答えを示し得るか、これこそが正道である。また汝らの根基を高める素質があれば、それは再び現れ、顕著になるであろう。
しかし、これを通過できる者は、次の世あるいは未来世において、もはやこの種の試験を受けることはなく、すでに円満で思い通りの成績を根拠としていると言える。これはすべての原霊仏子が、この一世においてすべての試験課題を通過できるかどうかを問うものであり、良き向上と超越の増長があるだろう。
通れる者は、必ずや未来の功績を収めるか、あるいは真に地冥星を離脱し、無極・虚空・大宇宙天界の国々や星々を自由に逍遥することができるでしょう。あなた方こそが、まさに遺伝子の質を向上させ、自らに利益をもたらし、試練に応えることができるのです。その結果はどうなるか？自分でよく考えてみなさい。
品質優れし作を修め改む　　人間の因縁大道に排す
凡塵を超越して成就す　　基因の昇華かくの如き階梯
有情なる仏子の衆生
共にこの上天の試練の旅路を歩む
前世に善く修めざる所を整え、改めて成就し円満成ず
この偈は、すべての有情の衆生、原霊仏子たちが共に励まし合うものである。また、人道世界においてこそ、向上して高みを目指し、因質を変え、遺伝子を修整し進化させることが、汝ら人道世界のあらゆる不足と欠如を真に向上・超越させる道である。このうち、遺伝子の品質が向上するか否かは、汝らが今まさに行う行いによって決まるのである。
また、未来において成就するか否かの差別の根拠となる！このような良き因縁があれば、上昇し向上し超越していくことができます。ただ、すべての人間衆生が実りのある成長を遂げられるかどうかは、あってもなくてもよいという心構えではなく、皆様のご尽力にかかっています。皆様、ご苦労様でした。すべてが吉祥でありますように。心を込めてご相伴させていただき、ありがとうございました。では、また！
無極普賢菩薩（むきょくふげんぼさつ）
崇心因縁大道生じ　　無極降り来たりて述べて引証す
普賢菩薩は諸賢と会し
大道弘く展べて業を改めて呈す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈　虚空彩霞仙姑が降臨され、「大道天地」第十三回を著作されました。その内容は、基因の根基を高め完成させることについてであり、これにより皆様はご自身が人道世界において、自らの不良な基因の質を改め除くことができたかどうかを理解することができます。
あるいは自らの不足と欠陥を改めることができず、また来世に再び生まれ変わって同じ過ちを犯す者もいる。もし真に自らの不良な遺伝子の質的欠陥を変えることができれば、未来において再び人道世界に入り、改めて修行し変革する必要はなくなる。これはまさに、あなた方の現在のすべての行いによって決定される、極めて真実なことなのである。
これもまた未来の成就と不成就のよりどころとなるのです！また、このゆえにあなた方が本当に理解できるか、あるいは半ば理解するかによって、自らの不足と欠如を変えることができず、このような因縁条件はいつまでも引き延ばされていくことになります。まさに伝えられてきたように、どうしようもないことなのでしょうか？しかし、崇心宗脈に入った以上、もし自分自身が努力しなければ、どうしようもないことではないでしょうか？
仙仏が説き明かし、分析された天機の良縁を理解する必要があります。また、皆さんが今この瞬間に、真に利益を得ることができるかどうか、そして天書が完成した後、それを再び取り出して、何度も何度もじっくりと味わい直すことで、それぞれ異なる感銘や収穫が得られるかどうか、これらはすべて確かめるに値することです。
これは、あなた方に対して、真に上蒼の徳沢と衆生を師として苦労して教化する因縁を理解させるものです！誰がこれを成し得るかというと、必ず一世の中で自己を成就し、衆生を成就することができるのです。もし天書の内容を細かく研究することができなければ、あなた方は一体誰が一世を乗り越えることができるでしょうか？皆、ただ崇心に入るだけで、長遠にわたって利益を受けることは難しいのです。理解できるでしょうか？皆様、お疲れさまでした。すべて吉祥であります。またお会いしましょう！
2014年6月12日17時40分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空彩雲仙姑
第二十九回　復古収円
第卅二回　 收圓回歸
2006年11月10日　丙戌年九月二十七日（金）
第十三回　 提昇根基
虚極の大道は迷いを化し沈む　　空しく天機を転じて無数の真を数う
彩雲が大道の書に降り注ぎ　　仙女が世紀の正しきを造り福す
第三十回　普く渡し円を収む
第卅三回　  魁光帶甲
2006年11月17日　丙戌年九月二十七日（金）
第十四回　 造福世紀
人類の衆生が福を創り出す条件
根基を向上させれば、人道世界を理解することができます。これはまさに福祉を大いなる天地の間に高めていくことであり、その中でも特に「借りる」ことによって二百万人以上のハイテク人材を集め、あらゆる物品を発明創造し、人道世界を向上させることにあります。これはすなわち福報と大きな徳の恩恵を創造し、情ある人類衆生に利益をもたらすものなのです。
21世紀を前進させることこそが、四億の仏子と九二原霊子すべてに、福徳を実現させることができ、また人道世界が普及し便利で快適な作用に到達できるようにし、さらに人道世界が基盤を向上させることによって融合し、向上して増長し、超越する大きな契機を与えることになるのです。
有情世界は科学技術文明に対して、しばしばより大きな前進を成し得ず、また一度また一度の発明創造の中で、さらに繰り返し修正を加え、品質を向上させていく。このように基礎を向上させることは、まさに着実に前進することであり、21世紀において真の利益を得られる正道となるのである。
この中で、人道世界におけるすべての発明創造は、より大きな収益をもたらすでしょう。それは自分自身への収益であり、また衆生が受ける利益でもあります。そして、とても如実に向上を達成し、有情世界においては、あらゆる研究発明創造を通じて、有情の衆原霊仏子たちが成長し、向上し、利益を受けることができるようになるのです。
福をなす因縁のすべての関係
これは、未来百年の時を経て、更なる大きな成長を遂げるものであり、実はまさに昊天、無極、虚空が共にこの21世紀の成長と向上を支え、更に百四十余年前に衆天界の仙仏恩師たちが共にこの枠組みを議定したことによるものです。すなわち、人道世界に対してより大きな収穫と恩恵をもたらすためのものであります。
まさに福祉は人間界において、すべての地冥星を経てきたと言える。福祉がもたらしたものは、有情世界のすべてに対して、多くの原霊仏子が向上成長するよう与えられ、このような研究発明に対しては、必ずや幾度もの繰り返しによる修正改善を経て、その品質が向上し超越できるようになり、さらに優れたものを追求していくのである。
来たる時には、すべての発明の粗削りな原型は、繰り返し修正と改良を経て、真に精緻な器物の品質を持つようになるでしょう。また、人間界に対して言えば、このような天与の良縁を与え、科学技術文明が創造したものの中に入ることは、単にそれだけでなく、有情世界に真の向上と、品質に優れた創造をもたらすことができるのです。
また、自身の霊的素質の基盤、および全ての万物の基盤を高めることができます。これこそが、人界に対して真の便宜、普及、快適さをもたらすものであり、有情世界はまさにこのように、あらゆる福祉を人類衆生を通じて創造し、整え、向上させ、超越させていくのです。
科学技術文明が人類の成長を変える
それによって、真に科学技術文明を超越することが可能となり、それゆえにすべての天機が人間世界に示現するのは、地冥星を完全なものにするためである。これは地冥星のすべての人種と万物にとって、真の利益と収穫をもたらすものであり、品質を次々と修整・改善していくことができるだけでなく。
また、このような発明の過程において、発明者に対して真に通貨の因縁と福祉、福報を具足することができ、さらに全ての研究発明者に対し、発明過程におけるすべての孤独と苦痛を回収し、またすべての潤生過程における良き保障を提供することができます。これこそが正道なのです。
地冥星の未来百年において、すべての人類世界には必ず、「世界観と宇宙観」という心の広さと視野が必要です。もし「世界観と宇宙観」という視野と心の広さを十分に備えられなければ、未来において真に大きな成果を上げることは不可能です。また、このような条件下において、なぜこのようにする必要があるのでしょうか？
これは、上天が優れた品質と優れたRNAを借りて、あなた方の子孫に下ろし、またあなた方が未来の時代において、人間の結合を経ることなく、同等のエネルギーを具えて生み出すことができ、必ず成長することができ、そしてこの種の優れたエネルギー体が具えているものを与えるものです。
21世紀を超越する大いなる業
有情世界の一切の原霊仏子よ、このような条件は、陰陽の交わりを経なければ、優れた子孫を具足できないと思われがちですが、実際には陰陽の調和による相互授受を経ずとも、豊かなエネルギー体を積み重ねることができます。必ずやエネルギーを具足して積み重ね、真に利益ある条件に到達することができるのです。
したがって、一部は陰陽の交わりを通じてのみ、子孫に受け継がれるべき良い条件があり、つまり「良い子孫を得るにはまず徳を積む」というものです。実はこのような徳性は一種のエネルギー体なのです。有情の衆生である原霊仏子たちが、このような条件を備えられるかどうかは、このエネルギー体を十分に備えているかどうかにかかっており、それによって初めて利益を得ることができるのです。
また一つは、自分自身の現在と、先祖の徳性エネルギーの蓄積によるものである。そうでなければ、どうしてこのようなエネルギーが備わることがあろうか。古くから言われている「良い子孫を得たいならば、まず徳を積むべし」という言葉は、まさに真実である。もし良い徳性がなければ、良い子孫があなたの家に入り、後継ぎとして伝わっていくことを願っても、それはほとんど不可能であろう。
あなたがたは、必ずや良き徳性のエネルギー体を積み重ねなければならない。崇心宗脈において真に犠牲を払い奉献する学びと宗生の中にあっては、必ずや上蒼が功勳を賞賜するに足るエネルギー体を真に授けられるのである。また、かつて述べたように、一切の人倫世界に対して、まことに如実にエネルギー体を具足させることが、正しい道なのである。
今この瞬間に成長し、向上し、超越する
また、これらの因縁とは、すなわち人間界を通じて、今この瞬間にすべての行いが為されているということです。さらに深く考えてみてください、あなた方が五十年の歳月を経た後、果たしてまだこの地冥星に存在しているでしょうか？ありえません。では、五十年後のあなた方はどこにいるのでしょうか？これもまた、今のあなた方には理解し難い天機の因縁なのです。
もし真に犠牲を払い奉げる者がいれば、福縁エネルギー体の蓄積を如実に具足するが、あなた方はすでに歿度している。この種のエネルギー体の蓄積において、どうして優れたエネルギー体の子孫が生まれることがあろうか、それはあまりにも不可能ではないか！これもまた知るべきことである、あなた方はすでに歿度しているが、それでもどうすることができようか？
この種のエネルギー体は、後世の子孫の家々に巡り宿り、福徳の因縁が具足するに従って蓄積されます。このような条件が成就するにあたり、優れたエネルギー体が後世の子孫の中に存在するかどうかは、あらゆる生存の方向性が、自分自身の現在とあなた方の後代の両方に対して、二重の加護と慈しみをもたらすものであることを理解する必要があります。
これは施し一つで万倍の報いを得るだけでなく、また後世の子孫に対して、未来において祖先がすでに亡くなった後も、そのエネルギー体は子孫の中に存在し続け、決して消えることはありません。必ずや天が優れた子孫を授ける根拠となり、まさにこのような条件を拠り所として、あなたがたは今どのように感じているでしょうか。
21世紀の科学技術による大いなる縁
五十年後、あなた方のうち生き残っている者は、ほとんどがすでに亡くなっているでしょう。また、現在あなた方が行っている行為や犧牲奉献はどのようなものでしょうか。それはまさに現在あなた方が積み重ねている、非常に豊かな資糧の源となって成長し、また現在のあなた方の心の状態、観念、心の動き、意識、そして感覚にどのような影響を与えているのでしょうか。
また、最初の心の動きや想念とは何か！それはまさに自分自身を観照することである：心の動きや想念、心の態度や観念、心の意識が組み合わさるもの。それによって自分自身を真に向上させることができ、そうして自己の修行が円満に成就した後、いったいどうなるのか？あなたがたはそれを知りたいか？
思えよ！かの仙仏が示されるが如く、今この瞬間のすべての行いは、汝ら未来の一切の功果を得る根拠となる。これは汝らが大道の中において、すべての無私無為、犧牲奉献、及び一切の作為に対し、今この時をもって未来を評判し、すべて真に向上昇華し得る拠り所とするのである。
もし本当に「心を明らかにして本性を見、悟りを開いて果を証す」ことができるならば、それはあなた方にとって、この世において既に第一級の「心を明らかにして本性を見、悟りを開いて果を証す」境地を得たことになります。自らが払った努力に対して誠実に評価し、あなた方の未来に向けて、上へと超越し円満に回帰していく道こそが、正しい道なのです。
大いなる天地と人類衆生に福をもたらす
この中で、あなた方の現在において豊かなエネルギー体を蓄積することは、また、あなた方の現在のすべての行いが、真に「回帰、超越、円満、乗越」となることです。もしこのような条件の下で、あなた方がすでに豊かなエネルギー体を備えているならば、未来において必ずや「無極、虚空、大宇宙天界」を逍遥することができるでしょう。
汝らはどう思うか？すでに人道世界で言う仙仏の域を超えている。実のところ！一切の仙仏や聖神を超越し、もはや地冥星に神仏として再来する必要もない。それはあまりにも低い次元だからだ。しかし、崇心宗脈が構築したものは、汝らが今まさに悟りを開くことができる利益を与えるものである。
また、これはあなた方の未来における真の成就のよりどころであり、さらに真実性でもあります。これはすなわち、上蒼がこの21世紀において開示した「真の仏は心の中にある」ということであり、真の仏は外相にあるのではありません。もしそうであれば、あなた方は到底仙仏を見出すことはできないでしょう。この一点こそ、必ず理解すべき事柄であり、必ずありのままに心に刻みつけておく必要があります。
縁起と福徳を超えて回帰する
二十一世紀、天が授けるすべての大いなる恩恵は、まさにあなた方に向けられたものであり、大道の進化を通じて参画し、二十一世紀を真に向上させることにあります。あなた方は犠牲を払い、奉仕しているかもしれませんが、同時に「犠牲の中に喜びを見出し、奉仕の中に楽しみを見出す」のです。これは無私無為の縁起の本質なのです。
真の無為の条件のもとで互いに成長し合い、すべての人々の世界を助け合い補い合うものとし、皆が真に成長を超える天機良縁に向かって進むことができるようにする。それはまた、自らが今この瞬間に具足することができ、今この瞬間から創造されるものであり、そうして初めて、自らが行ったことに対して真実のままに、自らが集団の中で集結し弘化していくことができるのである。
これはインターネットを通じて、四億の仏弟子が真に利益を受け、真の学びと成長を遂げることができるものである。さもなければ、これらの「他星系から招かれた」二百万人以上のハイテク人材が地冥星に降り立ったとして、あなた方はどうやって彼らを無極、虚空、大宇宙の衆星系へと回帰させることができようか。これもまた真実の性質に基づいて成就されることで初めて、真の機能と効果が発揮されるのである。
大道の先鋒は部隊をなして　　弘化導引し来たりて回帰す
団結して大きな力を結集し　　宇宙の天界会へと歩みを進める
一歩一歩確かな足跡を　　
一つひとつ真理へと導く
人の世は短く瞬く間に消えゆく　　弘化は長く遠く天の徳を行わん
この偈は、同じ有情の衆原霊仏子が互いに励まし合うものであり、また崇心宗脈のすべての学生に対して真実を示すものである。今この瞬間に、自らが獲得し、自らが成長し、自らが利益を受けること。そしてすべての衆原霊仏子にも利益をもたらすこと。まさにその通りである。皆様、ご苦労さまでした。すべてが吉祥でありますように。またお会いしましょう。
無極王母娘娘（むきょくおうぼにくにゃんにゃん）
無極の因縁は真に浅からず　　王母娘娘が登台して言う
諸賢なる児女の皆様、ごきげんよう
すべて吉祥にて弘化の縁を結ばれますように
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈に　虚空彩雲仙姑が降臨され、「大道天地」第十四回を著作されました。これより世紀の因縁を福徳として闡明し下化し、有情の衆原霊仏子たち及び崇心宗脈のすべての賢き児女たちに、真の受益と成長を得られるよう授けられます。
実は、すべては自らに尽くし、自らに操り、自らに成就するもの、崇心宗脈に対して真の天梯の因縁を持つことができるのは、まさに崇心なのです。一切の外在的な因縁も、このような天機の良縁は非常に少なく、あなたが真に利益を受け、また崇心宗脈が真に大道を弘化する責務を担うことができるのです。
また、21世紀のすべての霊性ある原仏子に対して、真に利益と成長の大いなる因縁を得ることができると言われています。それゆえに崇心宗脈は、まさに上蒼が選ばれた大道の先鋒部隊であり、もし自らが行動しなければ、上蒼に対して申し訳が立ちません。戦々兢々として学び成長し、さらに上へと増長し、超越していくことが必要です。
まさに「一歩一歩、一つの足跡、一つの印、印印皆が確かな歩み」という実践こそが正道であり、崇心宗脈のすべての努力に対して、まさに印印皆が確かなものであり、上蒼の重責大任を実現するに至り、さらに賞賛と喝采に値する。点々滴滴のすべての積み重ねが、良き善き因縁となって回帰を超越するのである。
2014年6月12日18時48分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空彩鶴仙姑
第卅一回　五教収円
第卅四回　  乘願再來
2006年11月21日　丙戌年十月一日（火）
第十四回　 造福世紀
虚空貫きて無極より来たり　　彩鶴天際に徳澤開く
大道天地十五回　　方便普及更に應ずべし
第卅二回　 収円回帰
第卅五回  　先天落凡
2006年11月24日　丙戌年十月十四日（金）
第十五回 　方便普及
世紀に福をもたらす大いなる働き
大寰天地において、すべての原霊仏子が向上できるよう、また、快適さ、利便性、普及性を考慮して、これは上蒼が一貫して地冥星空間において、すべての原霊仏子たちを成就させるために、上蒼には36天罡、72地煞の幻化作用があるのである。
現代の科学技術文明を引用して向上させることは、宇宙、虚空、無極、昊天星際のすべてを通じて達成可能な条件であり、21世紀において成就を成し遂げ、さらに大いなる天地のすべての人類衆生、および万物の生きとし生けるものが、真実の利益を受けることができるようにするものである。
すべては相互に普及させることができ、上蒼の徳沢と弘化の根拠となり、またこのような天機良縁において、地冥星に対しては多くの開創の大因縁を与えるとともに、快適さ、利便性、普及性の必要性を構築するものである。これは上蒼の基本的な徳沢と原意に基づき、人道世界において行使されるものである。
すなわち、科学技術文明を創造の主要な因縁の根拠とし、人道世界のすべての衣・食・住・行・育・楽、文化を創造的に演繹することであり、方便の作用によって、すなわち天眼・天耳・神足という天機良縁を通じて成就に至ることができる。これもまた天眼神通力の境地によって創造されるものである。
科学技術文明の映像メディア伝播
科学技術のコンピュータ、ファクシミリ、テレビなどの通信手段によって、千里万里の彼方にあるすべてのハイテク文明を、これらの製品を通して映像化し、自らの視覚で直に感じ取ることができる。これはまさに天耳に基づくものであり、また天耳によって千里万里の彼方にあるすべての映像、視覚、音響を投影し、完全な形で実現しているのである。
これはまた、人道世界に影響を与え、大宇宙世界に広く普及し、人々が感動的な音楽を楽しみ、心の安らぎを得ることができ、より大きな恩恵を受けることができる空間となる。また、神通力に依拠して、外出時の乗り物、特に海・陸・空の三つの領域を自由に移動し、時空の距離と航程をさらに短縮することができる。
昔は一ヶ月かかった道のりも、今では一、二時間で目的地に着くことができる。天眼、天耳、神足といった神通力について言えば、すでに人間界に降ろされ、山を移し海を埋め、林を広げるなどの応化の過程を通じて、人類衆生に利益を与え享受させているのである。
また、三十六天罡と七十二地煞の幻化作用において、地冥星にすべての科学技術文明を提供するのは、実に多すぎるほどです。これはまさに、上天が古来の幻化作用の術法を回収し、改めて人道世界により大きな普及性を与えるものであり、世の中の人心が古のようでないことに対して「新たに、心から、心を尊ぶ」ように調整するためのものです。
普及のための主な便宜条件
第一元会と第二元会を経て、現在の第三元会に至るまで、すでに46億6千万年の歳月にわたり、人道世界に教育を伝承してきました。時空の因縁によって計算すれば、人道世界はこの地冥星に存在してから、すでに46億年余りの光陰が経過しています。これは人類衆生の計算方法によるものです。
もし最初の元会から現在までを計算すると、人間界での輪廻転生を繰り返して統計すれば、少なくとも数千万世紀に及び、本来の輝かしく明るい原始の根基は、代々の汚れが積み重なり、あなた方はどうして清浄で浄化された一日を迎えられるだろうか？それは不可能なことだ！
これもまた、あなた方人間界におけるすべての方便について言えば、あまりにも方便すぎるがゆえに、古より今に至るまで、すでに自分自身を見失ってしまっている。そのわずかな原始の老いた本性は、必ずや人間界において、ずっと輪廻の相が巡る左右に存在し続けるのであり、これもまた同じことである。これは何ら不思議なことではない。
さらに、本来の老いた本性に塵垢を積もらせ、自らの原始的な基盤の働きに対して、次々と多くの汚れや塵垢を増やしてしまった。これらをどうやって取り除くことができるだろうか。これは必ずや第三の元会を経て、21世紀の浄化作用によって、あなた方に真の天機と良縁を与え、上昇し向上し超越することを可能にするのである。
普及した後、衆生に利益をもたらす
また、あなた方に対して真に清浄な弘化を行使するにあたり、上天は「借りた将才」としてのハイテク人材の役割を開き、さらに青陽・紅陽の両陽に属する四億の仏子を導き渡し、さらには真に一度で往復して回帰することができるようにした：無極、虚空、大宇宙の天界へ。あなた方がこの時局の中で成長し、超越することができれば。
真に自分自身に対して、この一生、この一世を心を込めて築き上げるならば、必ずや上天の大いなる徳の恵みと教化を受けることができます。これはあなた方人道世界にとって、方便として広く普及させ、導き渡すことができるものなのです！また、第一元会と第二元会、そして現在の第三元会における成長においても同様です。
かつて地冥星において存在したすべての有情の原霊仏子たちは、上昇と超越を成し遂げることができる。これは前の第一、第二元会を区別することなく、すべての時代において昇華と超越を遂げた証道者たち、そして高度な科学技術文明を成就した者たちが、今この元会において「将を借りる」ことで、地冥星により大きな恩恵をもたらすのである。
創造、発明、成長の根拠が生まれ、またこれら青陽、紅陽、そして現在の白陽の時代において、有情の原霊仏子らが真に成就へ至るための必須条件となる。それはまさに普及こそが普化と普渡を通じて完全な成就をもたらすからである。しかしながら、普渡はさらにすべての宗教の向上と成長を促すものである。
普く衆生を救い、円満に収めることは人類に利益をもたらす。
このような殊勝な因縁から見ると、特に儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教など、あらゆる宗教の修行者たちは、どの国にあろうと、どのような環境や条件の中にあろうと、互いに補い合うことができます。そして、このような普遍的で広く救済する方法こそが、真にすべての人々に向上と超越の成就をもたらすものなのです。
また、人道世界においても、まさにこのような一貫した作用に対し、人道世界においても『大道シリーズ天書』を推進するために、区別なく：儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教、および現在のすべての新興宗教を、一貫して成就させ、『大道シリーズ天書』の著作因縁に対して行われるのである。
まさに地冥星を開き、あらゆる人為的要因が形成される過程を、人道世界において高めることこそが、これまで一度も世間に降ろされることのなかった天機の因縁であり、また殊勝なる使命を増長させるものであって、これこそが正道である。また、このことによって、あらゆる宗教の修行者たちが、それぞれの宗教が信仰において不足している点を理解できるようになるのである。
これを補うことができ、地冥星を離れようとする中に、真の天機良縁があり、またこのような因縁条件が、普化教育と普度成全の基本構造に対して、ありのままに向上させることができるのは、上蒼の基本的な本意であり、つまり崇心宗脈が経てきた、十年にわたる教育と教化の課程を向上させることである。
普及の主要な機能体系
また、あなた方にとって第一手の資料を手に入れることができるということは、まさに千真万確であり、あなた方に真の利益をもたらすものです。あなた方が方便を経て、上蒼の豊かな資糧源を受け取り、あなた方の身体のエネルギーを満たしていることを理解しなければなりません。これは千古の昔から、人間の世界に下されることが非常に稀なことなのです。
全ての原霊仏子に与えることは、真の向上であり、再びあなた方が盲人が象を触るようなことを経験することではありません。あなた方の多くの無駄な模索の時間を減らし、完全な向上を成し遂げることができます。また、あなた方にとっては、「通貨因縁」を通じて獲得しなければならないとしても、良き善き因縁によって成長することができるのです。
すなわち、あなたがたが昼間は懸命に働き、夜には高次元の仙仏と共にこの天機良縁のエネルギー体と繋がることができるのです。それによって、あなたがたは多くの無駄な煩わしさを減らし、多くの無駄な労苦や奔走を減らすことができます。そうすれば、殊勝で良き善因縁が増長し、超越的な高みへと向上していくでしょう。
また、あなた方四億の仏子と、ハイテク人材を通じての教化作用を借りて、完全なるものとすることである。それゆえに、あなた方が崇心宗脈に入ったのは、あなた方の多くの苦労や無明の障害を取り除くことができ、21世紀において自己を成就し、衆生を成就することができるためである。
上蒼の慈悲大いなる徳は、応じて人間界に化現する
これは、上天の大いなる徳の恵みであり、また虚空・無極・昊天の大慈悲の御心でもあります。まさにこのような天機の良縁によって恩恵を受けることができるのです。また、あなた方が崇心宗脈に入った後には、必ず理解しなければなりません。人道世界はただあなた方に「借りて使う、借りて見る、借りて所有する、借りて享受する」天地の因縁を与えているに過ぎないということを。
いつ卒業（逝去）するか、あなた方は理解できるだろうか？崇心宗脈に入って間もなく卒業してしまうことや、あるいはすでに逃げ出してしまうこともないように。まだ多くの秘訣を学んでいないうちに卒業してしまってはならない。また、未来の道程はまだ遠く、どこへ行って上蒼の豊かな資源とエネルギーを求めようとするのか？
今日、天下第一の学府である天機良縁において、あなた方すべてに普及する中で真の利益を得られることは、真実の性質である。さらに、虚空天界、無極天界、昊天天界、南天天界、西方天界など、あまりにも多くの天界において、これらの高真、聖神、仙仏、菩薩たちがどのように下化してくることか。
すなわち、汝らの教育文化課程において、真に向上することがあってこそ、汝らにとってより大きな利益となるのであり、これが正しい道である。今この時に真の利益を得るためには、汝ら自身の奇矯な癖や気性を改めなければならず、そうしてこそ自らを真に向上させ、必ずや超越へと回帰することができるのである。
方便が普及した後の機能と効果
これらは自ら求めて獲得するものであり、また天上の諸天仙仏も、崇心宗脈のすべての学生が真に今この瞬間に悟りを開き、この一生で仏果の位階を成就することを切に願っておられます。実のところ、それは真に自らが本来の古い本位に回帰することにほかなりません。さて、あなた方はそれを望みますか？（答：はい！）
もし単に元の古い立場に戻るだけなら、あなた方の心の器は小さすぎます。どうかその心の器を大きく広げ、視野を広く持ってください。自分が回帰した後、母なる神様の足にすがりついて甘えているような状態から脱しなさい。これはあなた方にとって真の利益とはならず、真に超越し、円満し、乗り越えることが必要なのです。
自らをより大きな成就へと導く天機良縁は、汝らが未来において真に成就し、無極天界へ回帰してさらに超越するためのものである。無極理天を理解することが必要であり、それは汝らが全体の大宇宙・虚空天界において成就し、さらに超越することを可能にする。すなわち、まず自らのすべての福德功果を円満にすることが肝要であり、これこそが如実性なのである。
成長した後、さらに上を目指して超越していく
さらに、他の星や星系を超越して成就することを加えれば、これこそが無極皇母の慈悲深き大いなる徳沢であり、この時期における「将を借りる」という作用に対する最大の基本理念である。そうでなければ、あなた方が回帰した後に、皆が母なる神の膝に抱きついて甘えている時、自分自身も知らずに、大宇宙の天界が果てしなく広大であることを悟ることができないのである。
汝らが未来において、自らにより一層便利に普及させることができるかどうかというこのような因縁条件は、非常に真実に即して汝らの現在に向けて、教育文化の課程を真に計画し訓練する必要がある。また、まず崇心宗脈のすべての規則制度と弘化に立脚し、必ずや未来において、大宇宙の天際をより自由に駆け巡ることができるようになるであろう。
また、人間界においては、より大きな団結力が必要であり、それは広大無辺の宇宙の果てにおいて、あなた方に真の「仏果の位階」をもたらすことができるものです。これは、あなた方が崇心宗脈において持つべき基本的な枠組みと団結力であり、それらを結集して弘化に努めることです。そうすれば、自らにも利益となり、衆生にも利益をもたらすでしょう。
世紀に福を施す大いなる徳の恵みは
人間界を超えて成就を得る
天の縁により恵み授かり　　成長して学ぶは天の意の徳
安楽方便の功徳は広く普及し
五教は広く衆生を渡し来りて相逢う
一貫の因縁が先鋒となり
大道の真仏は心中に在り
この偈は！汝らを成就せしめるべく、すべての宗教の不足を補い、相互に助け合う大いなる縁をなす。『大道シリーズ天書』を通じて、真実に修行を実践するすべての修行者たちが互いに成就し合い、また「普度収円」「回帰超越」「円満乗越」という段階を経て、着実に上昇超越へと至ることを可能とする。皆様のご苦労に感謝し、すべてが吉祥でありますように。さようなら！
無極瑤池金母（むきょくようちきんぼ）
大道シリーズは演繹を展開し
真如の天地はさらに実際的である
弘化は原霊を引渡す期　　瑤池の金母は霊契を会す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、今晩は。本日、当宗脈に虚空彩鶴仙姑が降臨され、「大道天地」第十五回を著作されました。これはあなた方に分かりやすく普及させるため、別の角度から完成を助けるもので、あなた方が未来においてどのような天機の良縁を得て向上できるかを示すものです。
自らが獲得し、利益を得たものこそが、真実の性質である。また、汝らが崇心宗脈に入った後は、必ず真に学び成長しなければならない。これは汝らにとって千秋万世、真の体得と利益を得ることが非常に難しいことだからである。皆が良き縁と殊勝な好因縁を得て、成長し向上し、超越することを願う。
2014年、6月13日、13時15分◎＃※   0K＃
虚空彩花仙姑
第卅三回　魁光帯甲
第卅六回　 整編集結
2006年12月1日　丙戌年十月十一日（金曜日）
第十五回 　方便普及
虚空が貫き通す崇心堂　　彩花は美しく麗し
仙姑が天地の冊を降ろされ　　宇宙を造り上げて徳の恵みは長し
第三十四回　乗願再来
◆ 跋・讃賀 ◆
中華始祖黃帝老祖降跋三於
2006年12月5日　丙戌年十月十五日（火）
◆ 本文 ◆
第十六回　  造就寰宇
大道の基本となるすべての構造
まさに、有情の衆生原霊仏子に対する徳の恩恵は、成長の主要なよりどころとなるものであり、それは徳をもって天地を教化するよりどころであり、また大いなる天地を通じて、上蒼の徳の恩恵を行使するための枠組みなのである。この中には、必ずや多くの福分が凡塵世界に依って支えられていなければならず、それによって初めて大いなる天地に依りつつ恩恵を受けることができるのである。
また、相互に依存して人道の生存という関門があるからこそ、天地の大いなる徳の恵みを普及させ、便利で快適に向上させることができるのです。特に天地の中において、あらゆる科学技術文明が主導して向上を目指すには、一つのものが必要です。快適さ、便利さ、普及という主要な因縁の体こそが、正しい道なのです。
すなわち、快適さ、利便性、普遍性をもって天地の進化過程を創り上げ、進化によってもたらされたものを明らかにし、大いなる天地に存在する有情の衆生、原霊、仏子たちに与え、上昇と超越を達成させること。また、人類の生存に不可欠な基盤を構築することこそが、人界にとって真に向上し超越するための大きな縁となるのである。
特に21世紀においては、科学技術文明を向上させるために必要な基礎知識を備えることが求められます。また、大宇宙全体を高みへと引き上げることで、人道的世界におけるすべての有情の衆生、原霊、仏子たちが上昇と超越を達成することが可能となります。これはまさに科学技術文明によって創造されたものであり、人類の生存に必要な条件を突破することができるのです。
天地の万物と蒼生に教化を施す
また、生活に必要な因縁の体があるからこそ、人道世界に対して改造や発明、製品の精緻化を研究することができ、それによってあらゆる不足や欠点を、繰り返しの修整と改造を通じて補うことができるのです。高度な科学技術による精緻な向上が可能となり、人類衆生はまさに人道として生存する必然性の中にあるのです。
「向取と取向」の動作がそのままに現れ、また人間界には必ず飽食の動作が必要であり、飽食の機能と効益に対しては、食物連鎖の供給が必要であり、それによって需給調整の必然性が生じる。しかし、この需給調整こそが、大いなる天地の有情なる原霊仏子たちが、基本的な要求を達成し得る所以なのである。
飽食を支える食物連鎖が必要であり、それが完結をもたらすのです。人間社会は食物連鎖によって構成され、それによって初めて事象の連鎖が相互に完結をもたらします。食物連鎖と事象の連鎖の両者が相補い合うことで、人間世界のあらゆる生存の方向性が確立され、初めて志向的な行動が可能となるのです。
すなわち、人道世界が依拠する条件であり、また人為的要因を経て、人間世界のあらゆる生存の方向性を基本的な枠組みとしている。その中にはさらに、人為的要因によって形成された多くの経験があり、それによって初めてあらゆる物品に対し、すなわち発明・創造の後、さらに人為的要因を加えて調整することができるのである。
基本的な機能効用を実現する
物事をより完璧に、より精緻なものへと高めることができる。また、このような縁起の条件によって、人道世界は粗悪な製品に頼ることがなくなる。これは発明創造が完全な成就に至ることを可能にし、まさに創造と発明の主要な根拠は、あらゆる不足、欠陥、誤りを修正することにあるのだ。
しかし、人道世界もまた同じであり、自らの奇抜な癖や性格を修正するのと同様に、有情世界のあらゆる人種と万物の衆生に対しても、繰り返しの修正と陶冶を経て初めて、大いなる天地においてより精緻な産物を生み出し、有情なる衆生に利益をもたらすことができるのです。
一方、天地人種と万物は、このような修正と向上を経る必要があり、現在の人界はなおさらそうです。また、「古往、今来、上下、左右、四方」と言えるように、これは人界のすべての原霊仏子が、修整と改造を達成するために必要なことなのです。
これは人道世界に対して、古代から現在まで、そして未来に至るまで、すべてが一つの基本構造において相互に貫通しており、いかなる時間や空間によっても区別されない。また、このような時空の因縁は、すべて地冥星を完成させるために存在し、人道世界においてこそ、向上へと高める原動力があり、創造の基本的要求があるのである。
世界に広めることで、人々は恩恵を受ける
すべての大宇宙天地の中で、より大きな達成と学習の向上に向かうことができます。現在の21世紀が、創造と発明によってもたらされたものであることを理解できます。すべての地冥星における発明と研究に対して、上天が「人材を借りる」形で、200万人以上のハイテク人材を地冥星に降ろしました。
これは最初の「将を借りる」作用が発動されたものであり、未来においてはさらに七千二百余万もの銀河系外の、より高等な人材による「将を借りる」作用が地冥星系に下化されることになる。これらはさらに未来に向けて七つの段階に分かれており、現在の第一段階はすでに全員が地冥星に降り立っている。
これは地冥星に対してであり、ここ百年ほどのすべての科学技術文明は、まさに人類衆生に実質的な利益をもたらしてきた。特にこの二、三十年余りの時空においては、さらに地冥星への「人材派遣」という役割を果たしており、これらはすでに凡塵世界に降りて、次なるすべての導きを為し、また別の科学技術文明となっている。
まさに人間界において、これから真に発展した惑星へと向かうすべての過程は、極めて如実に成就されるのである。地冥星を真に向上させるものであり、過去のすべての科学技術文明のように、成し遂げることが非常に困難なものではない。21世紀のすべての有情の原霊仏子たちが、真に利益を得ることができるのである。
広大な宇宙の中で人類は生きている
まさに区別しないのである：過去も、現在も、未来もすべて真実のままであり、また地冥星の天地においても互いに補い合い支え合っている。さらに地冥星のすべての居住者に対し、人間の良くない欠点や悪しき習慣を修正し、改善することを与えている。いかにして人間衆生の習気を、度重なる転生を経て修正し向上させていくか、ということを。
汝らこそまさに参与する者、地冥星の進化創造の徳沢に与る者なり。21世紀より30世紀に至るこの千年の間に、他の四億の星々に対して示す模範は、まさにこの第三元会において、数多の外星系からの人材借用の働きが開かれ、相互の成長と向上を成し遂げることで、人類が真実の利益を得るに至るのである。
また、地冥星文明によってもたらされ、真の成長と向上の大きな因縁となるでしょう。地冥星が真に開発済みの惑星体へと向かうことに対して、また人道世界のすべての行いが、未来世界のすべての人種に対して、福祉の基本的な要求と枠組みを築き上げることで、まさに人類衆生に真実の利益をもたらすことになります。
現在を経て、未来の科学技術文明について言えば、それは一日千里あるいは一日万里の速さで進歩し、「仮想現実」と「他地への転化」および「他地の転化」によって、「実体の投影か霊体の転移か」を区別する、まるで仮のようで真実のような境界が存在することになるでしょう。
遺伝子を改変して上向きに増長させる
しかしながら、人道世界に対して観るならば、DNAは真に向上へと高まる因縁の根本を開く必要がある。また、あなた方の現在の科学技術が明らかにするRNAは、未来において示現するすべての基本的要求の中で、すなわち人為的要因に対して、真に宇宙世界の利益を生み出すことができるのである。
また、DNAからRNAへの創造において、人間の身体が真に光を放つことを可能にするのは、RNAがQNAへと昇華するための基本的な因縁の体、すなわちエネルギー体であるからです。有情世界がこのような極めて優れたQNAエネルギー体を備えることができるかどうかは、必ずや人類が主導するかどうかにかかっています。
宇宙世界に到達することができ、あらゆる人種がより超越した高みへと向かうことこそ、あなた方の現在において持つべき基本的な思考観念なのです。もしこのような基本的な思考観念を持つことができず、さらに未来においてより大きなエネルギー体へと向かい、地冥星の制限からよりよく離脱しようとするならば、井の中の蛙が天を覗くようなもので、根本的に不可能なことです。
今現在において持つべき基本的な観念こそが、真実の姿に合致するものである。そうでなければ、空しくこの世に生を受けただけで、いったい何になるだろうか？ただ一日一日を過ごし、一生一生を送るだけでは、根本的に正しい思考や観念を持つことができず、どうして未来において利益を得たり、本源に回帰したりすることができようか？まったく不可能ではないか！
全宇宙を創造し、すべてを高みへと導く
また人為的要因に対しても、上昇超越に至るか、輪廻して下降するかの区別が生じます。さらに現在から未来を見れば、基本的な枠組みはすでに整っており、それどころか実際に人間界に顕現し、互いを補い合っているのです。あなた方は今一度じっくりと考えてみてください、今現れているすべては一体どのようなものなのでしょうか？
人道世界が真に向上するかどうか、つまり従来のように向上が困難な状態ではなく、有情の世において、生活条件の方向性が21世紀に向けて、より大きな達成と学びの成長へと進み、それが福祉として人々の間に広く行き渡るかどうかもまた、これにかかっているのです。
また、人道世界において、この種の大いなる因縁を以て超越を促すことができるか否かは、必ずやあなた方の「借りて用いる」作用と未来の人類の道徳的依存を見極め、どのようなハイテク人材を下界に送り込むかを区別し、文明の向上に資するものとし、大宇宙の天地に生きるすべての人種が恩恵を受けられるようにし、害や制限が生じないようにすることこそが、正しい道なのである。
人為的要因は成功も失敗ももたらしうる
これには、必ずや多くの人為的要因があり、成就と破壊をもたらす。また、人道世界は陰陽、日月、乾坤、男女、正邪、是非、０Ｘ、正誤といった区別と対立の中にある。いかなる時空、環境、国、人種、団体、組織、家庭であろうと、すべて同じである。
すべての相互に対立する差別性があるからこそ、福徳を引き起こすこともできれば、悪禍を形成することもできる。しかし、人道世界は、果たして一世代のうちに、地冥星の制限から真に脱することができるだろうか。これこそが『大道シリーズ天書』が著作される大きな因縁なのである。
真実の供養によって、有情の人類衆生はこれを通じて、地冥星の空間から真に脱し、向上超越する大いなる因縁を得ることができ、これを成長と回帰と呼ぶ。これこそが真に円満なる大いなる契機であり、汝らが今まさに真の利益と獲得を得るものである！このような殊勝で良善なる因縁条件も、また極めて稀なるものである！
日月陰陽は乾坤を分かち　　男女是非は両分を作す
善悪正邪を分かつは　　仏魔鬼神の分別なり
人間の生活に限って言えば　　皆が真の自我を持っている
何とて仮の体を以って区別を為さん　　当下一念必ず成就せん
この偈は、有情の衆生である原霊仏子たちが互いに励まし合うものである。上蒼の基本構造と、汝らが地冥星において互いに対峙するということを、真にその奥義を理解できるならば、それは大いなる智慧を持つ者である。もしその奥義を理解することが難しければ、ただ人間界で一世また一世、一度また一度と繰り返し輪廻を続けるだけである。
真の向上と超越はなかなか難しいものです。その中には多くの天機があり、さらに「大道シリーズ天書」の中に下化されています。これにより、あなた方は第一手の資料を得て、未来の回帰と超越を手に入れることができ、より真実味を帯びています。皆さん、ご苦労様でした。共に著作に携わり、すべてが吉祥であります。またお会いしましょう！
無極驪山老母（むきょくりざんろうぼ）
無極降りて凡塵に至り　　驪山老母台に登りて言う
皆様、こんにちは
吉祥如意、互いに励まし合いましょう
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈に虛空彩花仙姑が降臨され、「大道天地」第十六回を著作されました。これにより、宇宙の徳沢と基本構造が創造され、虛空、無極、昊天、南天を経て凡塵へと下化されました。台疆八徳－懿敕崇心宗脈においてです。
『大道シリーズ天書』のすべての著作の因縁について言えば、まさに皆様が利益を得られるように提供されているものであり、必ずや真に悟ることが必要です。そうすれば、真に自分自身が利益を得る条件を獲得することができ、また崇心宗脈のすべての神仏と学生も、皆この一心を共有して、第六期の弘化という大いなる聖務と使命の推進に取り組まなければなりません。
誠に良き向上の増進と超越が、いささかの割引もなく確実に存在するのである。さもなければ、次なる天機の使命は、凡塵世界と崇心宗脈に降りて弘化と集結をなすことはないであろう。これはまた四億の仏子が互いに天機の良縁を共に成就して乗り越えることができるものであり、皆様のご苦労に感謝し、すべてに吉祥あらんことを。ではまた。
2014年、0614、1210◎＃※   ０Ｋ＃
虚空に架かる虹の仙女
第三十五回　先天落凡
第十六回　  造就寰宇
虚空無極より崇心が来たり　　虹は天際に巧みに配され
仙姑の著作十七回　　上蒼の徳懿大道開く
第三十六回　編纂の完成
第十七回　 上蒼德懿
諸天仙佛の先生方の大いなる慈悲
普く宇宙に遍く造り上げられた中で、有情世界を見渡すことは、向上の因縁とすることができる。これは無数の原霊仏子たちが向上し、超越するための因縁の根本である。その中には多くが、上蒼の大いなる慈悲と徳の輝きであり、昊天・無極・虚空より凡塵世界に降り注がれることによって、より大いなる成長の天機が得られるのである。
すなわち、地冥星のすべての衆生に、依りどころとなる原動力を与えることこそが、実は天の徳と美しさに基づく根拠と作用なのです。これはまた、科学技術文明を成長と超越へと導くものであり、第三元会を経て初めてこのような天与の良縁が訪れました。この時代のすべての構築過程を経て、地冥星の成長と向上を見守っているのです。
まさに一切の有情世界の科学技術文明に対して、科学技術によって向上と超越を図ることができるのです！すなわち、上蒼の基本構造を以て、人道世界に対してこの種の天機を示現することができ、また人類の生存志向を以て、自らの生活様式に応用できるか否かによって、その中で完成を成し遂げることにあります。
人類文明が到達し得るのは、あらゆる生存への依存を真に超越し、また　上蒼の徳沢がまさに地冥星に与えられ、模範としての役割を果たすことで完全に示されること、これはまさに真実の性質そのものである。また、地冥星そのものの超越と向上によって、これは単に地冥星の中だけにとどまるものではない。
下界にて人々を教化し、有情の衆生に利益をもたらす
真に下化の動作を持つことができ、また真に後世の子孫に福祉を与えて依帰とし、そして後世の子孫に対するすべての教育文化課程を持ち、文明の育成を促進する条件を与え、さらに人類世界はまさにまだ開発途上の情勢の中にあり、しかも既に開発されたものと相互に補完し合う条件にある。
人界においては文明の向上と超越があり、未来の世界において更なる恩恵と収穫を得られるかどうかは、まさに「将を借りる」という作用の中の全ての機能と効果を見極めることにかかっている。それは冥王星の衆生を向上させることができるのか、それとも単に科学技術文明を顕彰するだけなのかを問うものである。
人類文明の科学技術は、人類の生存と福祉に決定的な影響を与えるものであることを理解する必要があります。それは、快適さ、利便性、普及性といった形で現れる一方で、人倫道徳への依存も伴います。人類の生存に不可欠な要素として、人倫道徳の機能と役割が必ず備わっていなければなりません。もし文明と科学技術ばかりを追求し、人倫道徳への依存を置き去りにしてしまったら、どうなるでしょうか。
人類世界は、いったい何を上蒼に報告できるでしょうか。21世紀にあって、動揺する時局にありながら、人類世界は往々にして数多くの文明を超越し、本来あるべき人倫道徳を逸脱しています。上蒼がこの時期に大寰天界に対して「道徳」を依りどころとするすべての基本条件を行使しているのです。
上蒼の大徳懿が現れます
まさに中土の炎黄子孫たる者、三綱・五常・四維・八徳をもって地冥星において成就せしめるのである。汝らはよく観察すべし。すでに中土炎黄子孫の国においても、また世界あらゆる国の炎黄子孫においても、必ずや21世紀の中で、より大いなる成長と恵みを得ることとなろう。
それゆえに、「21世紀は中土炎黄の子孫の世紀である」とも言われる。中土炎黄の子孫は道徳によって地冥星を完成させ、人倫道徳のよりどころとなる。その中でも特に人的要因は、上天が本来定めた天命と政策を変えることができ、大いなる徳の恵みをもって人類衆生に利益をもたらすのである。
この大きな方向性は変えることはできませんが、細かな部分については人為的な要素を通じて、徳の教化が行き渡るよう補完することができます。また、上天は大宇宙世界と相互に補完し合い、虚空・無極・昊天・南天・崇心という一貫したつながりを通じて、21世紀における大道の広大な教化を実現されるのです。
まさに一脈相連れ、相互に大道の弘化に貫通し、すべての基本構造と職責使命が進行する。言うことができる：人道世界に対しては、まさに皆が相互に成就し合うことを可能にし、また衣・食・住・行・育・楽・教育という下化の動作に対して、これは人為的要因が上へ向かって増長超越するものである。
昊天玉皇大天尊の御徳沢、下界に化す
これは人為的要因によって既に完成されたものを取り入れるかどうかにかかっているのであり、また上蒼の根本的な意図によって、虚空を通じて無極に下ろされ、さらに無極から直接昊天と共に、このような天機の良縁を成長させることを協議する。そして南天はまさに昊天玉帝の玉詔を受け、地冥星において相互に完成させることを推進しているのである。
したがって、南天はまさに全ての宗脈に対する試練を選別するものであり、この十年ほどの歳月の中で、志を変えて退くことなく、かくして十年に及ぶ全ての苦労に満ちた教化を成就してきた。しかしながら、崇心宗脈が選ばれたのは、南天行政の直轄管理を経て、崇心宗脈に下達され推進されることとなったのである。
南天の主宰である文衡聖帝は、自らも懿敕崇心宗脈の大主席を務めており、このような縁があっても決してひいきはなさらない。十年にわたる教育文化の課程を経て、また数多くの試練と選別を経て、今日の成果と効果が得られたのである。これはまさに、崇心宗脈の神仏と学生たちが十年の辛苦を重ねて教育教化を施してきた賜物である。
上蒼が確かに肯定し賞賛されることを実現できたことは、崇心宗脈のみならず、崇心のすべての神仏と学生にとっても、現代の天下第一の学府における教育文化に参入できることは、大変殊勝なことであります。これは無極皇母の徳沢が崇心の立堂を経て、この十年間の苦労が待ち望んだものであります。
母と娘の徳は、天下のすべての原霊子に及んでいる。
常に崇心宗脈の一切の聖務を成し遂げ、無極皇母に真に安心していただけるようにし、崇心宗脈が推広を進められるようにしています。これはまた、極めて真実に基づく依り所であり、人道世界の天地において言えることは、崇心宗脈が今日このような天機の良縁を得られたのは、決して偶然に降って湧いたものではないということです。
それは、あらゆる困難や苦労を乗り越え、努力と試練を経て、上蒼の認めと称賛を得ることであり、これもまた未来の弘化に対して、確かな基盤を築き広めていくことになります。無極皇母のすべての体系から見れば、母娘体系、慈惠体系、霊山体系、一貫体系、懿勅体系など、いずれも区別されることはありません。
また、無極の下界に降りて凡塵世界の諸々の体系を教化する中で、崇心宗脈は相当大きな比重を占めております。これは十年にわたる教育文化を経てきたものであり、ましてや無極皇母と副主席である麻仙姑も、ご自身の側の過ちを庇うことなく、また甘やかすこともありません。まさに人為的要因によって、天地の間におけるすべての徳と善行が明らかになるのです。
まさに未来の教化と子孫の福祉を為すには、現下において数多くの試練を通過し、果たして上蒼の下化職責と聖務を行使するに足るか否かが問われます。これはまた崇心宗脈に対するあらゆる検証の中で、崇心宗脈の神仏がこの十年の歳月をかけて教導してきたことが、まさに上蒼の下化あらしめ給うたものであると明白に示すものと言えましょう。
無極皇母大天尊の御徳は尊く麗しきもの
すなわち「正等、正覚、正心、正念」を以て真実の大宗脈と為し、崇心宗脈の全過程において、汝らの知識経験の成長と再構築を授け、更には安心して未来の弘化・普及という真実の道を歩むべし！また崇心宗脈が　上蒼より担う職責と使命をもって、有情衆生に利益をもたらすのである。
さらに、真に未来の有情衆生、原霊仏子に対して、真の利益を無尽蔵にもたらすことができる！また、母娘体系をもって懿勅体系を構築し、過去のすべての母娘体系、慈恵体系、霊山体系、一貫体系…といった数多くの体系の不足と欠陥を、極めて如実に修正と変革を行うものである。
汝らはさらに細かく観察せよ、崇心宗脈が上蒼の職責と使命に対して、真の功績と利益を得ることができることを。特に儒教聖堂を通じて示現されるものは、まさに母娘がすべての体系宗脈に対して決してえこひいきせず、甘やかしもせず、崇心宗脈にこのような天機良縁を与えて学び成長させることができるのである。
また、汝らが崇心宗脈に入った後、自らの経験や知識が十分に成長したと感じているかどうか、これは未来において次に訪れる事柄に対応できる機能的な効果であり、これこそが「智慧の向上」であり、また汝ら自身の「エネルギー体の向上」でもある。それは自らを利し、衆生を利するものである。
如実に人類衆生に利益をもたらすべく提供する
これこそが皆様に対して誠実であり、今この人道世界において実際に応用でき、また皆様にとって真に「犧牲を払って奉仕し、無為の心で与える」ことのできる者が、今この瞬間に恩恵と収穫を得られるものである。汝らはさらに、崇心に入ってからの自分自身を細かく観察せよ。時々刻刻、日々、月々、年々、すべてが変化を遂げていることを。
自らの習性、慣性、個性、稟性を正すことに取り組むことこそが、汝らがこの一生で全ての因果循環の蓄積を完全に消し去り、真にこの一生で明心見性し、悟りを開いて証果に至ることを可能にする、まさに千真万確な道である。これこそが上蒼と母娘の大いなる御慈悲にほかならない。
また、あなた方が崇心宗脈に入った後、もし仙仏の指示通りに修整改造を行うことができれば、必ずや未来のあらゆる時空の中で、あなた方が千百年にわたって願い続けてきた回帰と超越を、まさにそのままに得ることができるでしょう。それは直接に無極理天に帰還し、さらに円満なる大乗の超越を成し遂げることになります。皆さん、いかがでしょうか。
また、あなた方が崇心宗脈に入ったことに対し、これらの恩恵と収穫があり、あなた方はどのように感じていますか！今のあなた方にとって、これは紛れもない実行の効果であり、あなた方が入ったのは、まさに自らが累世の因果を返済し、心から喜んで受け入れ、ありのままにすべての因果業障を完済すべきであるということです。
上蒼の徳は懿にして、下化は増長し超越す
この過程においては、心を平静に保つことが難しい償還も多くあるでしょう。しかし、逆の視点から考えれば、このような累世の因果による償還こそが、あなたがたが真に完済し、因果の業障を消し去ることを可能にするのです。それに加えて、崇心宗脈の仙仏の先生方が傍らで護ってくださっています。
あなた方はまたどうお考えでしょうか。これはまさに、累世にわたって皆が苦労して償う必要がなく、仙仏と共に弘化し、すべてを導きながら互いに成就し合い、人間の向上を促すという、いかに容易ならざることでありましょう。崇心宗脈に入り、仙仏の先生方に導きをいただけることは、誠に得難い機遇であります。
また、「大道系列天書」に対して実の通りに著作することができ、さらに功績があり、加えて非常に実際的に利益を受けることができ、天地の奥義に対しても実の通りに現わし、あなた方の現在の知識理論に対して、一体どの宗派が、このように殊勝なものを得ることができるでしょうか？難しいのです！また非常に稀なことです！
天書の由来を細かに思うに　　知識を得て自ら修める
累世の功果を完く消し
成長天の徳佑を超越す
仙と仏は互いに助け合い成就を成し遂げ
累世の智慧が完全に現れる
今や功果は豊かに満ち溢れ　　回帰円満は乗り越えて顕現す
この偈は、崇心に集うすべての神仏と学生、ならびにすべての善縁に結ばれた原霊仏子たちが互いに励まし合うためのものである！千古の昔から、人々の世に縁を下ろすことが極めて難しかった因縁を開示する。もし理筆宗主が宗脈を開き立つという殊勝な因縁がなければ、あなた方にこのような天機良縁が成就することなどあろうか？よく考えればすべてが明らかになる。皆様のご苦労に感謝し、すべてが吉祥でありますように。
無極中壇元帥（むきょくちゅうだんげんすい）
無極は御旨を奉じて下界に降りる　　中壇の因縁は天より生まれし
元始の道脈は心に転じて崇め奉る
帥気溢れ、可愛らしく真実なり
諸神仏と諸賢生、そして無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈より　虚空彩虹仙姑が降臨され、「大道天地」第十七回を著作されました。これは　上蒼の徳と慈しみを凡塵世界に下し広めることであり、まさに崇心宗脈にこそ与えられた殊勝な使命で、外に向かって弘め広げてまいります。
また、あなた方の未来に対して、真に千載一遇の大天機を与えること、これこそが崇心宗脈にのみ与えられた大使命と大聖務なのです。すでに十年の歳月が経ち、皆さんも崇心宗脈のすべての天職と使命を理解されたことと思います。現在はまだ真に拡大していませんが、今後十年を経れば、必ずや日の昇る勢いとなるでしょう。
さらに広く遠くまで推し広めることができ、まさにこのような天機の良縁があり、それに加えて諸天仙仏の老師たちが、度々、回を重ねて、崇心宗脈において共に成し遂げた結果を以って実行するのです！さらに、自分自身と情ある人類衆生を利益するためには、良き善き好因縁があってこそ、上昇し成長し、超越へと向上させることができるのです。
2014年、6月14日、13時38分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空彩霊仙姑
◆ 跋・讃賀 ◆
上台著作跋来賀　　人間天地著書成
◆ 本文 ◆
第十七回　 上蒼德懿
虚空より天界降り来たりて　彩り豊かな霊徳の意、衆生を導き排す
大道天地十八回　乗越根基相互開
◆ 跋・讃賀 ◆
跋    一
◆ 本文 ◆
第十八回　  乘越根基
有情の人類衆生の根基
人道世界を向上させるには、必ず上蒼の大いなる慈徳が必要であり、初めて人道世界を上昇と超越へと導くことができる。この天機の良縁とは、21世紀において成長と学習を経て、人道世界を上昇超越へと至らしめることであり、真に快適で、便利で、全ての主要な因縁の根本を普及させなければならない。
人道世界における一切の所業は、科学技術文明を通じて成長と学習の主要な因縁となり得るが、必ず上蒼の徳と慈しみによって発布されなければならない。また、大道世界における一切の弘化の基盤には、徳の恵みと天機の示現があり、さらに人間の為すことの成るも敗れるも、その中で区別されるのである。
また、人為的要因を成長させるための区別であり、21世紀のすべての中華の子孫が人間社会に立ち、人道世界のすべての創造を相互に成就させ、科学技術文明に対して大いなる因縁の天機と基盤を築くことができるようにすることです。つまり、21世紀に向けて、人間の行動を統合することです。
必要に応じて人為的要因を経て初めて、人間の成長の学習過程に作用する。これはすなわち、上蒼の大いなる徳の恵みを下界に伝えることであり、「借将」という形で外宇宙の科学技術文明を借り受けている。すべての主要な因縁と条件は、人道世界の科学技術文明に向けられており、また21世紀を通じて相互に補完し合うことが、正しい道なのである。
根基を向上させる最も主要な因縁
人間が依拠し行動する中で、この人類世界の科学技術文明をさらに大きな成長空間へと進めていく。いかにして21世紀の成長と発展を実現するかには、必ずや外宇宙の科学技術文明から「人材を借りる」ことが必要であり、大宇宙世界のあらゆる過程を、第一元会と第二元会の科学技術文明の区別なく融合させなければならない。
また、これまでの第三元会もすべてこのようであり、人為的要因によって作り出されたものでもある。まさに人類世界の科学技術文明がより成熟した条件を備えることができるようにするためであり、さらに科学技術文明によって人類世界の福祉を築き上げることは、決して消し去ることも捨て去ることもできず、また「借将」の殊勝な作用という因縁条件によるものである。
21世紀において、すべての真の機能向上の働きは、そのままの真実性を体現するものとなる。また、過去のすべての第一元会、第二元会の科学技術文明は、現在まで40億年以上の歳月を経て、地冥星の中で互いに補完し合い、人類の科学技術文明として実証可能なものとなった。
また、ただこの四十余億年の時光においてさえ、第一、第二元会の殊勝な科学技術がすでに「借将」によって発明創造され、十余回もの時空因縁があったことを知るのは非常に難しい。人界に対しては、ただ現在の科学技術文明だけを知るのみで、すべての開創された時空はどのようなものであったのか？
条件を超えることの必要性
ただ、地冥星がすでに四十億年以上の歳月を経て、互いに補い合ってきたことを知ることはできません。これは人類世界の科学技術創造に対して、大いなる世界に上昇超越する天機良縁を与えるものです！人類の衆生はどれだけ理解できるでしょうか？現在のところ、知識観念と知恵はまだ非常に限られています。
四億の仏子たちが凡塵世界に下化するにあたり、なぜわざわざ四億の仏子を「借りて」地冥星に下化させる必要があるのか。地冥星に来なければならない理由はあるのか？もし　上天の基本構造に従い、地冥星に真の向上と創造の原動力を与えるとすれば、人間界はそれを理解できるだろうか？おそらく不可能であろう！
しかし、このような世の中の人間が創造した因縁の根本は、人為的に上昇できる条件において、多くの文明創造を与えることです。これは「借将」として200万人以上のハイテク人材を招き入れ、また創造・発明の実質的な効果を通じて、安定した生活空間を与え、干渉を受けないようにすることです。
一方は「借将」の作用による発明創造であり、もう一方は九二原霊の仏子たちの成長と超越への導きです。そして今この瞬間のすべての行動と使命は、未来の人類世界におけるあらゆる開拓と発明を背負っています。これは人道世界にとって、真に向上へと高められる大いなる天機の良縁なのです。
根基と天機は互いに補い合う
もし人道世界の科学技術文明を向上させることができなければ、どのようにして未来の子孫の福祉と恩恵に、真に利益をもたらす余地があるでしょうか。また、大道の弘化が地冥星にもたらされ、より大きな成長とより広範な弘化・導きに向かうこと、これこそが上蒼の大いなる恩恵と慈悲であり、また上蒼の大いなる美徳であります。
このような天機の良縁があってこそ、人道世界の基本構造を築くことができ、それは人為的要因が未来の福祉を創造し向上させられることの証であり、まさに真実の姿なのです。上蒼が凡塵世界に下された、現在のあらゆる科学技術文明は、向上の原動力ともなり、目標達成を促すものなのです。
人道世界におけるすべての目標追求こそが、向上へと高めていく原動力となる。その根本的な因縁は、もし持続して向き合うことができなければ、単なる目標に終わってしまう。持続的な力を創造することは非常に困難であり、また人為的要因によって向上を図ることで、人類の目的に沿った善良な行動が実現されるのである。
これは向上を目指すものであり、もし持続して行わなければ、どうして目的とする行為や動作を、ありのままに実現に至らせることができようか。目的がすでにある以上、目標を実行するに当たっては、その過程が人為的要因によって成り、また敗れるものであり、目的に対する実行動作を区別し、持続的な力を以って行い続けることが求められる。
人類の衆生が持つすべての行持の力
これは人間の世界で言われるところである：貪欲の一部を、もし貪りの欲念をもって目的達成の基準を行使しようとするならば、必ずや真の持続的な力で推し進めなければならず、決して中途で断念してはならない。もし途中で引き下がってしまえば、どうしてすでに立てられたすべての目的の達成に至ることができようか。
堅固な志と忍耐力、そして持続的な力を備えた行動こそが、目標に対して真実を尽くす実践となります。しかし持続する力が足りなければ、いかにして目的を達成できるでしょうか。これは己の不足を嘆き、その嘆きの思いを原動力とするものであり、人界において真に自らの不足と欠如を嘆き、さらに一層努力を重ねる姿勢なのです。
目標を人道世界に実現するためには、愚直な実践力が必要であり、そうして初めて人為的要因による貪欲な願望に到達できる。また、自らの不足と欠点に対して怒りを覚え、それを改め、持続的な力を以て勇猛に前進しなければならない。そうしてこそ、目的とするすべての実践と効果が、ありのままに達成されるのである。
構造については古くから存在し、天機良縁に対してさえも実施されてきた。上蒼がこの種の天機良縁の因縁の根本を授け、また基盤を向上させる最も主要な根拠は、貪欲や欲望に対して、真に向上を達成し得るものであり、あってもなくてもよいような行為ではない。また、人道世界こそがまさに目的を実現するための場なのである。
良き縁を組み立てることと、根機の縁を分かつこと
真に改めることができれば、過去の自らのすべての不足と欠点を、これは自らの不足や欠点に対する瞋りの修整であり、いかにして不屈不撓の堅固な精神で、より大きな成長の空間へと歩みを進めるか、このような痴行の力を持続的に作用させることが必要であり、汝らの未来にとって、真に向上し超越するものとなるであろう。
すべての人道的世界に与えられるものは、より大きな成長の空間へと向かうためには、真の「目標、修整、持続」この三つが如実に完全に現れなければならず、初めて「貪欲、瞋恚、痴行」この三つを、まことに如実に真に向上させることができるのです。あなたがたは「大道天地」の著作の因縁を経て、どのような感銘を受けましたか？
これまでの十七回のうち、あなた方の目標に対して、修整と改造の原動力として完全に現れ、持続的な強い意志と勇気をもって、より大きく広い空間へと向かい、次の天機良縁と基礎構造の向上を図ってきたかどうか。また、仏教の教理で言う「貪・瞋・痴」の三つについても同様である。
すなわち、この三つによって向上を目指し、「貪・瞋・癡」の三つによる堕落を避けるのです。すべての人界においてこの道理は同じであり、自らをより大きな成長の場へと導いていく。これはまさに真実の道を一歩一歩踏みしめることであり、ここ数年、苦労して学びを続けてきたあなた方にとって、どれほど大きな成長と利益をもたらしたか！自らよくわかっているはずです。
基礎を高め、上へと成長し、超越する
もし自らの欠点と不足を修整することができなければ、永遠に地冥星の中に存在するだけで、ただ一世一代の繰り返しの輪廻をなすのみである。しかし、いかなる宗教の宗派に入ろうとも、それはただ自らの来世が再び人道の輪廻に入るための相循作用に過ぎず、人間の文字障に限定された制約を打破することは極めて困難である。
一歩一歩進める必要があります。あなた方の教育文化課程は、真に「大道シリーズ天書」著作の縁によって利益を得ることができます。さらに、上蒼の徳と美しさは凡塵の衆原霊仏子において、仏教の真理を実の如く闡明し分析することができ、あなた方が文字の障りに制限され妨げられることがないようにするのです。
さらに、あなた方の基盤や構造を向上させ、超越させる方法はなく、これはあなた方が何百世代を費やしても、真の利益と成長を得ることは難しい。これがまた、あなた方に21世紀においてより大きな学びと成長を促し、自分自身に利益をもたらす条件を与えることなのです！上に向かって成長し、向上し、超越し、それを取り戻すために。
上蒼の徳懿降臨し　　目標を剖析して弘く開く
貪り求める欲の対象に
怒り恨むは己が修行の改まるを
修め改めるは自分自身であり
持続する力はより適切である
堅固な志しは大いなる目的を達成し
心の在り方を調え、観念を移し変える
この偈は、すべての有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合い、あなた方の仏教理論における「貪・瞋・痴」を向上の原動力とし、より大きな成長と利益を得るためのものであり、それは「目標・修整・持続」の三つである。あなた方の「貪欲・瞋恚・愚痴」をより大きな力へと転化し、広く教化するものである。皆様、ご苦労様でした。すべてが吉祥でありますように。さようなら。
無極瑤池の鎮宝仙童
無極の因縁早く来たりて生ず　　瑤池の勝地人も亦成る
宝を守る仙童が台に登り来たりて　　共に有情の衆賢生と会す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈　虚空彩霊仙姑が降臨され、「大道天地」第十八回を著作されました。乗越と拓展の天機良縁について、あなた方に真に貪求欲念を向上させ、沈淪させないよう、分析を授けられます。
これは修養の過程において、真の改革があるか否かを区別するものであり、これはまさに人道世界の志を堅固に現実化し、目的を達成するための実践です。持続的な力で堅実に実行してこそ、真実性と言えるのです。皆さんは今日のこの講義を通して、仙仏の並々ならぬご苦心を理解できたでしょうか。
これはあなた方の「心のあり方、観念」に対して修正と改造を行い、自らがより大きな向上と超越を実現し、また皆が良き善き因縁を得て、向上・成長・超越へと進むことができるようにすることであり、これこそが真実の姿であります。本日はここまでとし、皆様お疲れさまでした。すべてが吉祥でありますように。ではまたお会いしましょう。
2014年6月17日16時25分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空霊通仙姑
◆ 跋・讃賀 ◆
玄玄上人降跋一於
◆ 本文 ◆
第十八回　  乘越根基
虚空の因縁早く来たりて生ず　　霊通有情を渡して霊成す
仙姑降著十九回　　天意を知り了るは乃ち実に真なり
◆ 跋・讃賀 ◆
大道天地に跋（ばつ）二賀（が）　　帝（みかど）に會有（えう）す有情（うじやう）の眾賢契（しゆうけんけい）
◆ 本文 ◆
第十九回 　了知天意
人類はあらゆる美徳を知り尽くさねばならない
上蒼の徳は深く、まさに根本を高める主要な因縁の本となる。天意を知り、人道世界における一切の生存の方向を示現することによって、新陳代謝の相互依持が生まれる。このような天機の示現は、人類の生・老・病・死が相互に循環する中で、大いなる道徳の恩沢をより広く弘化させることができるのである。
また、人間世界の有情の衆生・原霊・仏子は、すべて新陳代謝の相互循環を受けております。新陳代謝によってまとめますと、すべての衆生・原霊・仏子は、人道世界における「生・老・病・死」が相互循環の作用であることを理解しなければなりません。あらゆる動物は、これを免れることは難しいのです。
自分自身の未来について言えば、「生・老・病・死」の中で生きながら、自ら天と互いに補い合い成就していくことである。この中で、自分が「天の意思」という大いなる徳と恵みを理解できるかどうかが問われる。もし天の意思を理解することができれば、必ずや天意の中において、天の徳と美しさをはっきりと悟ることができるだろう。
もし天意を明らかにすることができなければ、必ずや人道世界を知ることは難しい。それは相互に新陳代謝の循環作用の中にあり、まさに人道の生存を指向としている。しかしながら、なぜ生まれてから老死に至るまで、すべてが一歩一歩自分を完成させ、原霊仏子の生存指向を相互に補助し合うのであろうか。
世の中には善良な人が恩恵を受けることがある
これはまた、あらゆる生活の中において、いわゆる存在界は実相世界であると言えます。もし実相界を理解することができなければ、生存のよりどころがあることになります。その働きは、人間世界において生まれてから老いて死ぬまで、なぜ何度も何度も、自らの幼い面影を改造した後、成熟した顔つきに入っていくのかということです。
すなわち、次第に老いの龍鍾たる面影へと入っていくのである。これは、上天が人道世界に新陳代謝の機能作用を備えさせた所以を、有情なる人類衆生がその奥義を悟り得るためであろうか。また、人類世界においては上昇と輪廻が相互に依り循り、上昇超越と下降輪廻の分岐点をもたらしているのである。
人間世界において、なぜ生まれてから老いて死ぬまで、それぞれの段階における時空の因縁が異なるのでしょうか。有情の衆生である原霊仏子たちは、このような過程を注意深く観察することができます。幼い童顔から次第に成熟し落ち着いた顔つきへ、そしてさらに徐々に老いてよぼよぼとなる様子を、この繰り返しの移り変わりの中で見つめることができるのです。
汝らを自らの生存依拠の主要な機能体とし、またこの機能体が一切の有情衆生の原霊仏子に対して、同一の原始本霊が肉体に降りてくることを明らかにし、なぜ次々と繰り返し交替する作用があるのかを理解させ、天機が人道世界に示現することを必ず悟らせるのである。
すべての人間は必ず過ぎ去るものである
これはあなた方にとっての、借りる、借りて見る、借りて楽しむ、借りて所有する時間に過ぎない。次の瞬間はどうなるか？それは知りようもない。また、人間界はこの千古以来の迷いの障壁に対して、なぜ人間衆生に生死の問題があるのか、つまり人間のすべての新陳代謝が互いを成り立たせているのかを理解し難いのである。
また、このような殊勝な因縁条件は、新陳代謝の機能効果に対して、人類世界はただの過渡期に過ぎないことを理解すべきである。さらに、たとえ過渡期の時空因縁であったとしても、それは真に向上へと昇華するか、人間として堕落するかの分岐点であり、この人類衆生の生存志向が潤いをもたらすものである。
有情なる衆生、原霊、仏子たちよ、次の瞬間がどうなるか、本当に理解できるだろうか？半端な理解ではなく、真に悟ることができるだろうか。さらに知るべきは、大道が自然と衆生の中に宿り、天地世界に遍在していること。それなのに、なぜ凡塵世界に降りてきた人間衆生は来たのか？何をしに来たのか？
このようなことは一体自分にとって何の益があるのか？もし益がないなら、人間世界に来て一体何をするというのか？これは千古の昔から、その内実が何であるかを理解することが難しい問題である。人間世界はまさにこのような迷いの渦中にあり、そもそも人間がなぜ来るのか、また何をしに来るのか、自分にとっての利益は何なのか、全く理解できないのである！
今という時をしっかりと捉えることが大切です。
しかしながら、現代のあらゆる宗教は、輪廻を望ましくないものと見なしている。しかし、上蒼の視点からこの輪廻を観れば、まさに上昇と下降の分岐点なのである。もし輪廻がなければ、有情の原霊仏子たちは、たった一世の人生で真に向上を遂げることができるだろうか。これはあらゆる宗教が補いきれない点である。
これもまた上昇と輪廻を超越したものであり、さらに真実性である。もし輪廻がなければ、どうして上昇と超越があり得ようか。それは不可能なことである。まさに輪廻があるからこそ、この一生、この一世のすべての功徳と成果を積み重ね、次の世で輪廻の上昇と超越を成し遂げることができるのである。
もし輪廻がただ下へと沈んでいくだけで、互いに輪廻を繰り返すことしかできず、来世においても沈んでいくばかりならば、上昇して超越し、上蒼の大いなる徳と恵みに至ることはできません。上蒼が有情の衆生や原霊の仏子たちに知らしめようとしている天意とは何か？それはまさに、人類が上昇して超越することも、下へと沈んでいくこともできるからなのです。
まさに自らの現在において、要るか要らぬかの分岐点を決めることである。これは宗教に入った後、真に自らの不足と欠如を理解し、自らがどのような材料、あるいはどのような次元・境地の修養であるかを明らかにする必要があることである。人道世界においては相互に従う動作があり、それによって向上し超越することができるのである。
人類は四次元空間に住んでいる
人類が居住するこの世界を言うならば、まさに一つの独立した星の球体であり、またあらゆる万物の生きとし生けるものが地冥星の中に入ると、必ず相互に対立し制約されるという限界と束縛に遭遇する。この種の、古より今に至るまで変えることのできない相互循環は、地冥星に対する理解であり、すべての相互対立の障害である。
もしこのような障壁がなければ、どうして真に脱却し、地冥星の四次元空間から離れることができようか。人類の衆生はどうやって四次元空間を飛び出し、昊天星系の相互成就に到達し、無極、虚空、大宇宙天界へと直通し、乗り越えることができるだろうか。これこそが上蒼の基本構造である。
まさに地冥星系において成就し、すべての原霊仏子たちが互いに向上し合うことで、これがまた多くのエネルギー体に蓄積され、次の瞬間あるいは次なる向上へと至ることができる。たとえ地冥星に身を置くすべての相互対立の中にあっても、地冥星におけるあらゆるエネルギー体を通じて、十分に満たされることができるのである。
自らを対照することは、限界の中でより大きな充足を図ることであり、それによって四次元空間の相互依存から脱することができる。また、四次元空間のすべてのエネルギー体があるからこそ、真に自らが「中道」に入り、この天地の豊かなエネルギー体を相互に蓄積していくことができるのである。
天地の豊かな資源の源を摘み取る
もし十分に備わっていなければ、地冥星の豊かなエネルギー体を、それでは地冥星系を離れ、さらに超越した無極、虚空、宇宙天界へと向かうことは、根本的に不可能である。また、地冥星の中において、あなた方の未来が真に十分に備えることができるのは、無極、虚空、宇宙天界へと回帰するエネルギー体である。
汝らにはまず、このような保護作用を持つ「先天性免疫エネルギー体」を備えさせ、真の利益を得させるのであって、汝らが何度も何度も堕落し続けることだけを許すわけではない。それは決して上蒼の根本的な意図ではない！それどころか、人道世界に対しては、地冥星における一切の生存を経てきたにもかかわらず、なおさらそうである。
また、「地、水、火、風」の四者が互いに補完し合うことで、「金、木、水、火、土」の五行が互いに制約し合うことにも、相補相成の機能作用が生じる。天意や機能、動作のありのままの本質を理解できるかどうかは、地冥星に存在するすべての潤いある生命にとって重要なことである。
天意の機能構造を了知する
宗教修行に入る者は、自らが地冥星に身を置きながらも、未来において四次元空間を離れる豊かなエネルギー体を蓄積できることを理解できるか。それこそが真に汝らにとって益となり得るものである。この千古以来の制約と障壁となるエネルギー体に対し、一方では制限を受けながらも、他方では恩恵を受けていることを悟ることができるであろうか。
また、あなた方人間世界にとって、未来世界に入るには、真実で如実の機能と効果が必ず必要であり、これこそが正道です！一方で制限を受けながらも、一方で恩恵を受けるというこの人間世界は、一世代のうちに上昇・超越の基本機能体を達成することができるでしょうか。
有情なる衆生、原霊、仏子たちに理解していただきたいのは、たとえ限界のある障害の中にあっても、豊かなエネルギー体の時空因縁に対して、真の利益がもたらされるということです。もしこのような豊かなエネルギー体がなければ、来世あるいは次の機会において、どうして円融と超越、円満と乗越を達成することができるでしょうか。
人類は天意の徳沢を理解しなければならない
汝らは限られた時空環境に身を置きながらも、まさにその環境こそが汝らに真の利益をもたらすものである。この矛盾した天機は、汝らが幾千幾百世を経てもなお、その奥義を真に理解し得ぬ所以なのだ。汝らがどうして天意を知り、真の大道を弘めることができようか。
これもまた、すべての宗教や宗派が、地冥星において、あらゆる応化の過程における機能と効果について、あなた方に対して真の修行と変革による向上を促すことは、まことに正しいことである。これはまた、「大道天地」の天書に記された内包と天意が、人類衆生の向上成長を利益することにほかならない。
まさに地冥星に対する、あらゆる宗教の不足と欠如を補完するための扉を開くことである。これはまた21世紀「真仏は心中に在り」の天機良縁であり、汝らが真に奥義へと入り、限界と利益を解き明かす道を開くものである。これはたびたび、繰り返し堂奥へと入り、さらに真実の本性に至る道でもある。
天機示現千古の迷い　　有情世界明晰に難し
局限された利益の二分法　　如何にして豊かな基盤を築き積むか
エネルギーは自ずから満ち足りて　　豊かに溢れ必ずや駆け巡る
離脱後の良き空間　　回帰超越の大道期
この偈は、すべての有情の衆生、原霊の仏子たちが共に励まし合うものです！千古より続く地冥星の制約と恩恵こそ、人間の作為によって上昇・超越と下降・輪廻の分かれ目となり得るのです！もし人間世界に輪廻がなければ、どうして超越できましょうか？よく考え、その深遠な道理を悟るべきです。さて、皆様お疲れさまでした。どうかすべてが吉祥でありますように。
無極瑤池の霊宝仙童
無極の因縁早く降り来たり　　瑤池の勝地に衆霊愛す
霊宝は崇心堂に降り立ち　　仙童たちは賢契と共に集う
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈の虚空霊通仙姑が降臨され、「大道天地」第十九回を著作されました。天意を知る徳沢を以て、汝ら有情の衆原霊仏子の無明と障害に対し、剖析と成全を開示されました。
このような限界の中でどのように排除していくか、それによって利益を積み重ねることができ、また汝らが順調に脱出できるのである。四次元空間の限界と障害において、その内なる奥義を理解できる者は、必ずや大いなる智慧を持つ者である。もし奥義を理解できない者は、一歩一歩進み、繰り返し、回を重ねて向上していけばよい。
また、多くの仙人や仏陀の先生方が来られて詳しく解説してくださることで、殊勝で良き因縁という好条件も生まれ、あなた方もこの一生において真に自らを益し、回帰し、超越することができるでしょう。無極、虚空、大宇宙天界へと至ることは、まことの真実なのです！皆様、お疲れさまでした。ではまたお会いしましょう。
2014年6月17日18時00分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空霊竅仙姑
◆ 跋・讃賀 ◆
跋   二
◆ 本文 ◆
第十九回 　了知天意
虚空に人間を教化し
霊竅の衆生、心に心華を開く
仙姑が降臨し二十回を著す　　生老病死は人間の物語
◆ 跋・讃賀 ◆
盤古大帝が跋二に降臨される
◆ 本文 ◆
第二十回　 生老病死
人類の衆生が所有するもの：生
有情なる人類は、上蒼の天意を理解することができる。人道世界はまさに生・老・病・死・苦という新陳代謝によって成り立っており、これこそが大いなる天地の中で真の進化過程をなすものであり、また真実の性質でもある。なぜなら人道世界こそ、生・老・病・死・苦という大いなる世界そのものだからである。
すべては新陳代謝によって相互循環を繰り返し、向上を促すと同時に、沈淪の分かれ道ともなる。これは極めて正確な理解である。これは地冥星の進化と創造のプロセスを演繹するものであり、まさに人道世界が相互に向上し進化する真実の姿である。ではなぜ人道世界にはこのような機能と効果が備わり、追求されるのであろうか。
人類に成長と学習の過程を歩ませ、未来の成就の基盤とするために与えられたものは、大宇宙の天地万物とすべての生きとし生けるものにとって、理解しがたい過程であり、誰も理解することはできません。いったいどこから生まれてきたのか？なぜ生まれてこなければならなかったのか？生まれた後、どうすれば真に自らを向上させることができるのか？
もし下向きに沈淪する時には、生の作用もただ地冥星の中で生活するのみである。人道世界はただ生活の過程のみが存在し、この人道世界における生活の必要性は、たとえ正しいものであっても、しばしば深夜や相当に静寂な時刻に、一つの「空虚な心霊」が現れるのである。
人類衆生の生存と進化
また、いかにして生の存続を進化させるべきか。しかし、生の活とは、そもそもどこから来るのか？生まれてくる目的は何か？これらはすべて、地冥星のすべての有情なる衆生、原霊の仏子たちが常に抱く迷いであり、大いなる世界に対してしばしば生じる困惑である。人の世はあたかも時空の旅人のごときものであり、誰が永遠に滅びることなく存在し続けることができようか？
地冥星において、この山河大地のすべては絶えず進化し、移り変わり続けている。地冥星に存在するすべてのもの、あらゆる種族、動物、植物、鉱物に至るまで例外なく、このように変化しているのである。汝らはよく観察してみよ。人間も生まれてから老いて死ぬまで、常に変化し続けているのだ。
どの段階においても、進化と変革を続けていないものがあるでしょうか。これもまた「生・住・異・滅」の過程であり、その中には数多くの山河大地も絶えず移り変わり、あらゆる動植物や鉱物でさえ同様に、生まれた後は絶えず変化と移行を繰り返しているのです。
このように、もし生の動作をもってするならば、それは地冥星を永遠に進化の中に存在させ、互いに完成し合うことです。これはあなた方の現在の科学技術によって証明できることです！人間世界が誕生した後には必ず生じる問題であり、いかなる種族においても区別なく、常に変化し続け、進化し成長していくものです。
人類衆生の生存：老
また、生あるものには必ず老いがあり、老いあるものには必ず病があり、病あればすなわち滅度に入る、つまり死に至るのです。さらに老いとは、すべての新陳代謝が行われる空間であり、いかなる物種も例外ではありません。もし信じられなければ、あなた方はじっくりと観察してみてください。人間が暮らすあらゆる環境の変化の過程を、あなた方が幼い頃から始まり、未来のあらゆる時空の因縁に至るまで。
また、どれ一つとして移り変わらず、変遷し、変化しないものはなく、まさにこれによって人道世界が、移り変わり、変遷し、変化することこそが新陳代謝の相互補完であることを理解できる。それゆえ、老いはもはや適さなくなり、老いを修整と変革の対象とすることで、老いが人道世界において、まさに滅度に近づく時であることを理解できるのである。
この過程において、また人間界で学び、行ったあらゆる経験と知恵を積み重ね、より豊かな蓄積を築いていく。たとえ古くとも、それは宝であり、人間界においては、経験の蓄積と知恵の増進が、いかに貴重な資糧の源であるかを理解できる。これこそが、後世の文化を伝承するための教育となるのである。
また、老いは一切の主体の原動力であり、これは人道世界に対してより豊かな下化をもたらす。たとえ老いが死と相互に接近しているとしても、「夕陽限りなく良し、ただ黄昏に近し」という境地において、人類がこのような境涯に入り、未来の次の時空環境へと至ることを促し、相互に成就を果たすのである。
人類衆生の所有する一切の病苦
これは人間界の観点から見ると、どのような種族であれ区別なく、すべて病苦の苦しみを受けており、人間界のあらゆる種族に共通するものです。また、人間界における病苦は、現在の科学技術文明が示すように、かつて科学技術を応用できずにいた時代の苦痛を軽減することが可能となっています。
すべては現代の科学技術文明を通じて、多くの苦痛を軽減することができます。これは現代の人道世界にとって、病に苦しむ時にこそ、多くの痛みと苦しみを和らげるものです。このようなプレッシャーに対して人為的に進化を図るならば、また種という観点から見れば、その病の苦しみは、まさに人道世界では症状や病の苦しみを理解することが難しいものなのです。
人間の病苦は言葉で表現できるが、他の種の病苦をどう語るかは不可能である。人道世界は人間だけが病気になると考えるだろうか？実はそうではない！地冥星のあらゆる種も皆病気になるが、ただ人間には感じられないだけである。
もし人類の衆生が、他の種も病気になることを感知できるならば、あなた方はどのように感じるでしょうか？地冥星から見ると、病苦の症状を示すことができるのは、ただ人道世界だけが言葉で表現できるのであり、他の種が病気になった場合、外見から観察するしかなく、それによって初めて明らかになるのです。
人間の衆生は生まれれば必ず死ぬ
つまり、病の苦しみを経た後には、必ず未来の帰趨という問題が生じる。人が死んだ後、どこへ行くのか？他の生物が死んだ後は、またどこへ行くのか？死という消滅の度合いを理解するには、人間としての存在によってそれを全うするのであり、人間の世界こそが死という消滅に対し、肉体のすべての動きが止まることを理解するのである。
しかし、亡くなった後、どこへ行くのかは理解できません。これは千古の謎であり、死の影を消し去ることができるか、あるいは何の恐れもなくなるかが分かります！人間界における死とは、まさに一息が続かなくなることであり、つまりあなた方の言う「息を怠る」ことなのです！
もし一呼吸の息が途絶えたら、それはいったいどうなるのでしょうか？まさに死と消滅に対して、すべては地冥星系の制約を受け、やがて塵土に帰していくのです。人間の道はいったいどこから生まれるのか？しかし、生がどこから来るのか理解できず、死んでどこへ行くのかもわからない。ましてや人間の世界が「新陳代謝」によって互いに補完し合い、これこそが正しい道であることを理解することなどできません。
生老病死の苦しみは、人類が必ず経験するものである。
このような天の意志によって、人間の世はただの時間の過客に過ぎないことが理解できます。誰が天機を悟り通し、自らを完成させ成就することができましょうか。それこそが真に、自分自身に死後の上昇と超越をいかに達成すべきかを与えることなのです。なぜなら、死こそが次の世のすべての再創造にほかならないからです。
この再構築の過程、すなわち輪廻に必要な主体因縁の根本は、人間世界における一切の新陳代謝であり、この機能の効用は、過去・現在・未来のすべての原霊仏子に対して相互に照応し合い、また人道世界においてはこの「生・老・病・死」の四つが交替するに過ぎないのである。
「生、住、異、滅」の区別を理解し、「生、住、異、滅」の移り変わりを語ることができる。これは「生、老、病、死」の過程に対応し、互いに人道世界の新陳代謝を助け、人道世界の向上発展を促す。人道世界に与えられた相互の輪廻による上昇と下降こそが、真実の姿なのである。
生老病死の苦しみが次々と訪れ、衆生はそれに翻弄される。
さもなければ、人道世界に生まれるだけで死がないならば、地冥星系はとっくに人口過多で溢れかえっていたはずです！今、あなた方がこの時空で生きる余地などあるでしょうか！また、このような因縁条件は、人道世界のすべての万物蒼生に対して、「新陳代謝」によるすべての交替を真に示現するものなのです。
今、あなたがたにこそ、自分もまた同じであると悟るべき時です。もし「生」まれて「病」の苦しみに遭えば、こうして次第に「老」いていき、やがて「死」から遠くはなれません。いったい誰が永遠に長寿でいられましょうか？ いや、誰もできません。仙仏は「無常は常に身近にあり」と説かれますが、誰がこれを免れられましょうか？ いや、誰も免れられません。
これは皆に相互に戒めを与えるものであり、人間の世はただ時空の旅人に過ぎないのです！山河大地も、あらゆる物種も、すべてが絶え間ない変化、建設と破壊を繰り返しています！いかなる人も、いかなる物種も免れることができるでしょうか？いいえ、できません！人類衆生が形成されれば、善良な好因縁の条件が生まれ、上向きに成長し高まっていくのです。
新陳代謝が主をなす理　　人道世界は互いに依りて立つ
生老病死を主要と為し
生住異滅は根本の機なり
山河大地が主たる体となり
人間の時空は客として移り行く
万物の蒼生が演じる中で　　いずれの者が昇りて契りを超えん
この偈は、有情の衆生である原霊仏子たちが互いに励まし合い、上蒼（天）の基本的な真意を分析し解き明かすものである。これは汝らが現在の時空を理解し、警戒することを可能にするが、それはただ汝らを通じて生きることを借りているに過ぎない！このような限界を超越できる者は、いったい誰であろうか、それがまさに大いなる器量を持つ者である！さて、皆さまお疲れさまでした。すべてに吉祥あれ。またお会いしましょう！
無極瑤池の喜瓊仙女
無極より崇心堂に降りて　　瑤池の聖命来たりて賞を頒つ
喜びに満ちた瓊の宴に諸賢が集い
仙女が台に登り日常の語らいを交わす
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、今晩は。本日、本宗脈の虚空霊竅仙姑が降臨され、「大道天地」第廿回を著作されました。上蒼の徳意の根本について、また「生・老・病・死」の因縁を分析され、あなたがたが時空の因縁と過程を真に理解できるようになさっています。
汝らに理解させるのは、汝らが今生きているこの地球は、常に変動し、移動し、調整され続けているということである。現代の科学技術を通じて、人間の世界は肉眼では捉えにくいが、地球は絶えず移動し、変化し、調整されているということを理解できる。
いつの時もそうであり、あなた方の今から未来に至るまで同じことです。この絶え間なく変化し、移り行き、修正される働きを、誰が理解できるでしょうか？これこそが「無常と恒常」の機能作用であり、その深遠な道理とは何でしょうか？未来において必ず一つ一つ解き明かされるでしょう。皆様お疲れさまでした、またお会いしましょう。
2014年6月18日13時12分◎＃※    ０Ｋ＃
虚空霊意仙姑
◆ 跋・讃賀 ◆
跋   三
◆ 本文 ◆
第二十回　 生老病死
虚空は実に宝の本浄土　　霊意が降りて凡間を助く
仙姑が著作する第二十一回　　新陳代謝がもたらす著作
◆ 跋・讃賀 ◆
中華始祖黄帝老祖跋三に降臨
◆ 本文 ◆
第廿一回　 新陳代謝
宇宙天地には新陳代謝が必要である
生、老、病、死は観察することができる。すべての原霊仏子が人間界に生きるこの瞬間、新陳代謝を主たるよりどころとしている。ましてや大宇宙の天地に存在するあらゆる万物衆生は、互いに「生・老・病・死・苦」という五つの要素が循環する中で、相互に成就し合っているのである。
理解できるように、新陳代謝の作用によってこそ、地球という星の中で支え合っているのであり、これはいかなる種であれ例外ではない。また、人間世界が相互に支え合う最も主要な根拠も、新陳代謝のあらゆる循環の中にあり、それによって次の生機が現れ、新陳代謝を通して万物の衆生を観ることができるのである。
一切の有情衆生の原霊仏子は、世の道において人間界にありて言うべし：初生より老死に至るまで、この中における一つの環節、一つの時空、一つの過程は、皆新陳代謝を受けて相互に依り持たれている。もし新陳代謝がなければ、如何にして各々の有情衆生に対し、相互に依り持つ主要な因縁体は何であろうか？
一つの有情衆生に対して理解できることは、同じ肉体であっても、誕生後は肉体に対して新陳代謝による独立した修復が行われることです。誕生後は、たとえ非常に未熟な時空環境であっても、必ず繰り返しの生存選択と学習成長を経なければならないということです。
人類の衆生にも新陳代謝があります
人類の衆生は、およそ一～二十年ほどで強靭な身体へと成長します。この生まれてからの過程、すなわち幼年期、少年期、青年期を経て中年へと至るまでの三十年間のあらゆる時空の因縁こそが、一人の有情衆生たる原霊仏子にとって最も充実した時期であり、精力もまた最も旺盛な時機であります。
また、三十年前の身体は、比較的病気の苦しみに遭いにくかったが、さらに三十年後の身体になると、次第に壮年期の下り坂に入り始める。三十年後の年月を経て成長したことを見れば、有情衆生の身体が次々と、回を重ねて自分の身体を区別していることが分かる。
良く手入れするか、粗末にするかを見分けることは、さらに自分自身の体が、今後三十年の歳月の中で、再び十分に活用できるかどうかに関わる。もし手入れが良ければ、今後六十年の歳月を経た後も、比較的健康な体を保つことができ、本来ただ一つの体であったものが、幾度もの繰り返しと変遷を経ることになる。
一人の情愛を持つ人間の衆生が、このような環境の中で、回を重ねるごとに異なる因縁と性質の成長を遂げることについて、有情の衆生であり原霊である仏の子たちから見れば、人間界に入ることで理解できるようになる。同じ肉体であっても、それぞれの輪廻ごとに異なり、異なる時空の中で変化を形成していることが分かるのである。
新陳代謝の機能と働き
生まれてから、幼年期、青少年期、青年期、壮年期、青壮年期を経て、やがて初老期、老年期へと移り、やがて残された命を終える。すなわち、人間の「生・住・異・滅」の過程を通して、一切の有情衆生の原霊仏子が、まさに肉体のすべての「新陳代謝」を経て示現されることを観るのである。
人道世界における対向的な取り組みと方向性の確立においては、大宇宙の天地に遍在する「地・水・火・風」の四大元素が、自らの肉体と相互に補完し合い機能するだけでなく、自己の霊性向上にも影響を及ぼすことを理解すべきである。それゆえに、上蒼は有情なる原霊の仏子たちの成長のために、この真理を降ろされたのである。
達することにより上昇し、基本的な因質を超越することができる。まさに肉体を変化させることができ、地冥星の「地・水・火・風」という四つの要素に制約されることで、肉体の新陳代謝の機能効果を完成させることができる。また、霊性の向上においても、上昇と超越を達成することができる。このような人道世界に対する相互補完の主要な根拠となる。
一方では身体と霊性を成就し、他方では身体と霊性を妨げる。この矛盾は、人道世界において、いかに向上と障害とを区別するかを体得し難くしている。有情衆生は皆、人道世界の「生・住・異・滅」という全体的な過程を理解することができないのである。
有情ある衆生には新陳代謝が生じる
また、なぜ「地、水、火、風」という四つの要素に限定されるのかと言えば、それは上天が地冥星の有情なる原霊の仏子たちに対し、上昇と超越の基本的枠組みを達成させ、真に利益と収穫を得られるようにするためである。もし単に宗教信仰に入り依拠することに固執するだけでは、自らの無明の障害を改善することはより一層難しくなる。
それは単に宗教に入り、来世への輪廋信仰に留まるだけである。有情世界はまさにこのようなものであり、現代の世界宗教もまた、自らの無明の障礙によって制限され、自己の向上や超越に至ることは極めて困難である。そのため、宗教に入った後も、宗教的思考や観念によって再び障礙を受けることになる。
根本的に、人類世界が地冥星に来て何を為すのか、また如何にして地冥星の制限から脱するのか、それが如何にこのように形成されたのかを、真に理解することはできません。人道世界を通じて観ることができます：自己の限界と障害を如何に取り除くかが正道である。また、生存というこの関門があるために、皆が限界と障害に縛られているのです。
有情なる原霊仏子が、自らの肉体にエネルギーを供給するにあたり、いかにして大地にエネルギー体を供給し、真の利益と収穫を得ることができるか。それは、自らが向上し、堕落して制限を受けることなく、人界において肉体が新陳代謝の相互循環を受けることにある。
新陳代謝の主な根拠
有情世界の一切衆生は皆このようであり、いかなる衆生もこのような限界を脱することはできません。その中で、身体の「新陳代謝」が相互に循環し、自らの生存の方向性を与える中で、生存のための飽食の動作に入ります。この飽食の動作は、さらに人道世界の限界に組み込まれることになります。
肉体そのもののエネルギー体に対する制限は、これが真実の性質である。また、肉体に対するエネルギーにおいて、もし飽食のエネルギー体が肉体に加わらなければ、自らの肉体にも大きな損傷をもたらす。したがって、飽食という行為は、自らの肉体へのエネルギー供給の必要性と損傷性が相互に妨げ合う状態を形成するのである。
人界におけるあらゆる食物連鎖は、人類衆生の生存に必要なすべてを供給する一方で、あなた方の身体のエネルギーを損なうものでもあります。この因縁条件は矛盾をはらんでおり、飽食という行為を通じて自らのエネルギー体を高めると同時に、自らのエネルギー体を損なうという相互循環を生み出しているのです。
一体どのような原因によって形成されたのでしょうか。あなた方人間世界は、いかにして真に向上し高揚する道を見出せるのでしょうか。このような矛盾に満ちた状況に対処するには、人間世界において自らの身体のエネルギーを完成させ高めることが、まさに正しい道なのです。このような高揚は、自己の霊性本質を浄化する作用なのです。
新陳代謝のすべての向上作用
この肉体は、地冥星における「地、水、火、風」に制限されつつも、あなた方の向上を促す主要な因縁の体であり、また矛盾でもある。どうしてこのようになるのか？実は、地冥星はまさに相互に対立する世界であり、一切の因縁体の本質は、相互に対立する限界と障害なのです。
これも相互に対峙し合う中での超越的な向上であり、またこのような矛盾の中にあって、果たして人道世界には成長や超越的な向上はあり得ないのだろうか？いや、可能なのである。ただ、限界や障害、あらゆる制約がどのようなものであるかを理解する必要がある。また、向上や超越を通じて成長するとはどういうことなのかを理解しなければならない。これは人類の衆生が最も迷うところでもある。
自らの「内心、霊性、肉体」という三つの要素が、互いに補完し合い、また互いに妨げ合う根本的な性質とは何かを、真に体得することが必要である。もしこれを理解することが難しければ、いかなる宗教に入ろうとも、有情衆生はただ来世に輪廻する種因を蒔くに過ぎない。
このような上天の徳沢が大いなる天地の間にあって、すべての有情の衆生・原霊・仏子たちは、障害となる因質と向上の因質を明らかにすることができる。この二つはまた相互に対立する関係に入っている。それゆえに、真の上昇・超越に到達することは難しく、その因質は障害と限界に対するものと、超越の基盤に対するものとの、すべての差異の作用に過ぎないのである。
新陳代謝は互いに循環し合う
いかにして向上させるかというと、自分自身のエネルギー体が豊かで十分であるためには、人間の世界には肉体があり、食物連鎖による滋養が必要であることを理解しなければならない。肉体の機能が相互に補完し合うことが正しい道である。このような食物連鎖による供給をいかに受け入れるかによって、自分自身への障害を減らすことができる。
人間の肉体は制限を受けており、「地・水・火・風」の四要素によって初めて真に自らの身体を益することができる。このような益はさらに、食物連鎖の中でいかに自らを益し、かつ他の万物衆生を傷つけないようにするかという、身体のエネルギーに対する重要性にある。
このような信仰によってこそ、自らが宗教に入り真の向上を得ることができ、また肉体の利益と霊性の利益とを自ら弁別し、心の動きのなかで、いかに自らのエネルギー体を豊かに満たすかを区別し、そして自らのエネルギーの蓄積を、真に自らを向上させることに如実に至らしめることができるのです。
単に食物連鎖を通じて身体に取り込まれるエネルギーだけで充足されるものではありません。実は古くからの諺に「飢えすぎれば胃を損ない、食べすぎれば脾を傷める」とあるように、過不足はいずれも身体エネルギーのバランスに影響を及ぼします。これは自分自身にとって、身体エネルギーが充足されているかどうかを判断するのが難しい点です。人道世界はまさに、この両極端の充足から離れることができないのです。
新陳代謝の相互作用的な働き
そして真のエネルギー体が吸収動作を行うと、有情世界はすべてこのようにして恩恵を受け収穫を得るのです！また人間界においては理解できます、人間世界において真に互いに一つの身体を共有していることを。しかし、次々と、回を重ねて時空の循環による造作を経るにつれ、また次々と、回を重ねて身体のエネルギーが充足しているか否かを変化させていくのでしょうか？
これは人為的な要因による手入れの有無によって区別されるものである。人間世界の身体は、一般的な宗教において「仮の体」と呼ばれるが、この仮の体の働きは、天地の恒久性と比較される場合にそう称されるのである。また、この仮の体がこの世に存在する限り、あなた方にとって何が仮と言えようか。あなたの身体が仮だと言えるだろうか？
もし仮の体であると言うなら、あなたが刃物で切ってみて、血も流れず痛みも感じないなら、それは仮の体です。もし刃物で切って痛みを感じ、血が流れるなら、それは仮の体ではなく真の体です。さらに、このような真の体は現実において、地冥星のあらゆる制限と障害に束縛され、人間世界では向上して成長することができなくなっています。
すべての人世間は、上へと増長し、超越していく。
このような障害と制限がある一方で、それらが向上と超越の因縁の根本となることもまた正しい。このように自己を仮の体と真の体に区別することは、非常に矛盾している。しかし、この世にはあまりにも多くの矛盾がある。あなた方はいかにして矛盾を解消し、真に自己を向上・超越させることができるだろうか。
地冥星の豊かで充足したあらゆるエネルギー体を借りて、上昇と超越を達成することができます。制限や障害に阻まれることなく、それは真に宗教に入り利益を得るものではありません。この人道世界の矛盾に対して、真に改めることができてこそ、大いなる知恵を持つ者といえるのです。
さらに、自らが限りなく利益を受けることもできるのです！これは仙仏の先生方に対して分析を加えるということであり、自らが人道世界において持つすべての限界と障害に対して、あなた方のエネルギー体を向上させ、必ずや良き善き因縁条件を得て、超越と回帰を達成することができるようになるのです。あなた方はそれを望みますか？さらに心を込めて上へと成長し、向上し、超越していくことが大切なのです。
細かに思えば矛盾の世界　　地水火風互いに推し合う
利益を受けながら学びつつ　　中道の構築により回帰できる
人間の因縁は虚空に載せて　　上昇超越し自らを排す
限界や障害が開き難くば　　次の輪廻にまた巡り来る
この偈を、有情の衆生、原霊の仏子と共に励まし合いましょう。あなた方が人間界に入り、一度ならず、幾度も繰り返す輪廻の旅は、果てしなく疲れ、どうすることもできず、本当に疲れ果て、哀れなことです。皆様が仙仏の並々ならぬ苦労を悟り、第一手の資料を通じて向上されますように。ご苦労様です。すべてが吉祥でありますように。さようなら。
無極瑤池  鳳瓊仙女（むきょくようち  ほうけいせんにょ）
無極大道の善き因縁
瑤池の聖地に人は稀なり
鳳瓊仙女が台に登り来たりて　　諸賢と共に会するは正に縁なり
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈　虚空霊意仙姑が降臨され、「大道天地」第廿一回を著作されました。新陳代謝の機能作用を、天機良縁を超越して分析・闡明され、大きな功徳利益を形成し、良善なる増長をもたらされました。
その目的は、すべての原霊仏子たちが、矛盾に満ちたこの世界の限界と障害の中で互いに補い合い、いかに自らを向上させ超越し、真の利益と獲得を実現するかが、真実の姿であることを願うことにあります。今日、仙仏が著した意味を理解できる者は、まさに大いなる知恵を持つ者と言えるでしょう。
もし理解できないならば、次の機会に、またその次々と繰り返される中で一つひとつ解き明かしていき、あなた方すべてが真に天の機微と良縁を得て、利益を受けられるようにしましょう！そうすれば向上し、成長し、高められ、超越していくことができます。また、皆が良き利益を得られるようにしましょう。皆様、お疲れ様でした。すべてが吉祥でありますように。ではまたお会いしましょう！
2014年6月18日15時33分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空霊会仙姑
◆ 旨 ◆
完書繳旨
◆ 本文 ◆
第廿一回　 新陳代謝
虚空貫通して崇心に至り
霊会の徳沢、衆生を潤す
仙姑が降臨し二十二回を著す　　地水火風が来たりて相迎える
第廿二回 　地水火風
大寰星系の天地
新陳代謝：これは有情衆生の基本的な機能の働きを観察することができ、すなわち世の中や人間社会において行使され依存しているものであり、「生・老・病・死」について明確に理解する必要がある。これは「生・老・病・死」の作用であり、人類の衆生が地冥星においてすべての機能が相互に補完し合うことを可能にするものである。
また、このような状況に対しては、新陳代謝が貫徹されることで、この世界が人口過密になることを防ぐことができます。このような「生あり、死あり、病あり、老いあり、苦しみあり」という一切の現象は、すべて動作の方向性の中に存在しており、人道世界における新陳代謝が、あなた方の身体により良き生存をもたらすものであることを理解しなければなりません。
個体によって成就されるものは、異なる時空の因縁の中で成長し、未来の一切の作用に対して相互に補完し合うものである。まさに堅実性こそが、地冥星系の最も主要な機能と利益であり、もし地の堅実性がなければ、いかにして肉体に対して、一切の行為動作の依拠と要求を観ることができようか。
このような殊勝な縁起の条件は、人間界においては、大地の堅固さを身体の骨組みとして用いることができ、これは真実の性質である。さらに、大地の堅固さがなければ、地球のすべての万物と衆生が地球の中で確固たる足場を得て、善良に生存することはできない。この大地の堅固さは、人体においては「骨格」と呼ばれるものである。
地冥星：大地の堅実なる性質
すべての万物蒼生にとって、主要な基本因質体は、身体を支える骨組みとして作用します。人間の世界においても、骨格の構造がなければ支える力が生まれず、地冥星に生存することはできません。これは大地の堅固さがあってこそ、万物蒼生が生存の方向性を見出すことができるのです。
そして、いかなる衆生をも見捨てることなく、さらに真実をもって世の中の人間に対し、すべての人種や種族を区別することなく、一体として慈しみ顧みる。このように「天地が覆い載せる恩恵」と言えるものこそ、まさに大地の堅固な性質であり、それによって人類の衆生は生存の方向を確かなものとし、地冥星の空間に安らかに住まうことができるのである。
また、あなた方はさらに細かく考えてみるがよい。今、足の裏で踏みしめているのは「大地の堅固なる性質」と言えるだろうか。大地の恵みに対して、また自らの身体の骨格に対しても、それは身体そのものを支える最も主要な機能体であり、だからこそ自由にこの地球の上を歩くことができるのだ。これは動作の真実なる性質を求めることであり、さらに有情なる人類衆生に利益をもたらすものである。
地冥星：水の流動性
また、このような方向性を取る必要性について言えば、大地が眷顧する多くの仏弟子の原霊に対して言えることです。つまり、地冥星におけるすべての生存の方向性、あらゆる必要性は、人体の70％が水の循環であることと同様に、地冥星もまた70％が水であり、それによって海洋と陸地が互いに補い合い支え合っているのです。
これもまた言う：水の流通に応じて、万物の生きとし生けるものに潤いを与えて生存させ、また水の流通は、あらゆる万物の生存の方向性に対して潤いをもたらし、身体の機能に対しては実態として、相互に生存の依存と調節機能を助け合う。言えることは：地球において、動くことのできる万物の生きとし生けるものはすべて、これが必要なのである。
水の流れがなければ生存できません。さらに、あなたたちはもう一度よく考えてみてください。有情の衆生が人道世界に入り、生まれてから老死するまで、毎日必ず水を飲まなければ、体が過熱したり乾燥しすぎたりして体に影響を及ぼすことはありません。もしあまりにも乾燥しているならば、必ず水の潤いが不足しているのです。
地冥星：火の温かみの性質
また身体に対して中道を外れ、もし言うならば：水が多すぎれば氾濫し、さらに水の流通が多すぎれば、地冥星に住む人々を水没させる災害をもたらす。したがってこの水の調節機能は、必ず適用と中道を区別しなければならない！これこそが光明の主体であり、また今まさに大道シリーズの天書を著作し、依り所とするものは－光明の灯火である。
すべての現場の学生と神仏が、光明に照らされる直接の恩恵を受けることができるようになります。また、火の光明体に対して言えば、それは太陽の光が注がれる依り代となる働きであり、人類世界において衆生の身体にも、20％の火の温もりが存在することになります。
また、次のように言うこともできる。地球全体としては、20％の熱エネルギーが相互に依存し合って温もりという機能を果たしている。もし火があまりに激しすぎれば、すべてを焼き焦がしてしまう。地球に存在するすべての万物と生きとし生けるものにとって、それは望ましくなく、適切でもない。火は温もりをもたらす存在であり、有情の衆生である原霊仏子たちが生き延びることを守護するものである。
まさに「水と火」の両者、すなわち相補い合う全ての必須性について、水火の調和が欠ければ生存も困難であり、これは人類が生きる上で中道に適応する主要な根拠となる。過多であれ不足であれ、適切ではなく取るべきではない。この「水火並済」と水火融和のあり方についても同様である。
有情なる人類の衆生は、まさに中道の最も主要な依り所となる力にありながら、また「水火相剋」の時にあっては、一切の有情なる原霊仏子たちは必ずや災いを被ることになる！さらにはより大きな災厄や凶報の到来さえあるのだ！よく理解せねばならぬ、人間の肉体には必ず水と火の両者が存在し、互いに依り添い合っているのである。
地冥星：風が吹き動かす性質
また、あらゆる不可視の気体の働きについて、あなた方は風の気体を見ることができますか？いいえ、できません。皆、目には見えないが、感じることはできるのです。もし風の一息も吹いてこなければ、人道世界の何ものも、安らかに地冥星に生存し続けることができるでしょうか？いいえ、できません。皆、非常に困難なことなのです！
この風の気体は直接的な機能は持たないが、感覚機能を持つことはでき、また人体に流通する風の10％は必ず相互に補完し合うものである。人体においては、地の骨格が支えと構造を担い、必ず火の温もりがあり、それに水の流通が加わることで、相互に補助し合う機能と効果が生まれるのである。
またその中で、もし風の吹き動きが欠けていたならば、あなた方は生きてゆくことができるでしょうか？それはまさしく不可能なことです。必ず風の吹き動きがなければならず、それによって初めて火を引き起こして熱を生じさせることができます。さらに水の流通する働きも、必ず風の吹き動きに依らなければならず、そうして初めて流通性を持つことができるのです。このことは、人間世界の大気を通して観察すれば、すべて明らかになることです。
一切の風の主導は気体の吹動が相互に補助し合い、また水の増大する段階において、台風やハリケーンを形成する。これは水を段階的に増大させれば、必ず人類衆生に被害と殺傷力を及ぼすことになる。火を以て観れば、もし風の吹動が炎を助長しなければ、どうしてさらに炎熱となることがあろうか。
地水火風の機能効果と相剋関係
これによって風の主導を理解することができる。人の身体に風が加わらなければ、それはただの死体にすぎない。このような相互補助もまた相互刑克であり、いかにして中道を知ることができるか、まさに如実である！すべての相互補助を明らかにする必要があり、それはまさに人道世界が生存の依り所とするものである。
もし互いに刑剋し合うならば、人間世界に対してより大きな破壊力と殺傷力を引き起こすことになる。それは中道を外れたことによるものである。また、人道世界においては、どのような心構えで四大のすべてを形成する中で、自分自身にも益をもたらし、益のないものではなく、ましてや自分自身の向上成長の条件を損なうようなことのないようにすべきである。
この基本的な観念に対しては、必ずありのままに理解し通徹しなければならず、また汝らに真に体悟させ、天地の進化がもたらす徳沢の恩恵を受けるようにする必要がある。もしこのような観念がなければ、汝らはただ来世にもう一度輪廻するだけであって、次々と、回を重ねるごとに、相互の刑剋や相互の補助機能の効果がどのようなものであるかを理解することさえ難しいのである。
どのように向上させ、自ら高みを目指して超越し回帰するか、このような天機と良縁について、あなた方人間界は最も基礎的な課題を理解すべきであり、それが真実の性質である。また、あなた方が人間界に入った時から、すでにこのような機能と動作の効果と破壊が存在しており、生存に向けた殺傷力を有し、それがどのようなものであるかを見ることができるのである！
天地循環の大公理　　地水火風互いに契る
人間の縁は助けをなすも　　刑剋相残すもまた自ら
中道を適用する基盤は　　毎日の応用に相互依存がある
鼻の息は喘ぎ気を吸い呼び　　自らに通気を与えられるようにする
ああ！あなた方が人間界に生を受けし時、あなた方に上昇超越と輪廻の障礙を克服する必然性を与えたのに、あなた方はまた矛盾している。この世界は本当に面白くない。迷わず、また長く留まらず、自らが麻痺せぬよう避けよ。さもなくば地冥星の輪廻に沈みて止むことなからん。これを望み、これを悟れ。本日は皆様のご相伴に感謝します。感心ですよ、ではまたお会いしましょう！
無極東瀛  観世音菩薩
崇心の因縁は浅からず　　無極の懿旨が下りて顕わる
東瀛の観音が来て台に登り　　共に賢き生を会して徳もまた添う
諸聖佛と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、今晩は。本日は本宗脈より虚空霊会仙姑が降臨され、「大道天地」第二十二回を著作されました。人々の生活に密接に関わる「地・水・火・風」について解説されます。これにより、皆様はご自身の不足や欠けている点をどのように理解すればよいのか、改めて学ぶことができるでしょう。
まさに「地の堅実性、水の流通性、火の温暖性、風の吹動性」であり、これは人の身体に必須のものであり、また地・水・火・風を通して全体的に冥星を観ればまさにこのようである。人の身体に何があるか？その地の広大さもまた同じくあるのだ！さらに言えば、これらは互いに密接に関連し、一切背き離れることはない！あなた方に、一体何がこれに背くことができようか？皆、できないのである！よろしい、皆さんお疲れさまでした。ではまた。
2014年6月18日18時06分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空上人－南無虚空上徳人天古仏
虚空より縁に随いて下界に降り　　上人降臨し書を著わし成す
大道天地二十三回　　障礙超越根本より生ず
第廿三回　 障礙超越
障礙の機能はどのようにして除去するのか
人類の衆生における「生、老、病、死、苦」は理解することができます。大いなる天地のすべての有情な人種に対して、新陳代謝のすべての相互循環を行う、この種の機能の効果は、つまり天地の多くの原霊から観ると、まさに相互に向上させ合い、相互に障害し合うものであり、では人世間のすべての矛盾はどのようにして解消されるのでしょうか。
これは人道世界であり、有情の人間衆生の根本的な障礙である。必ず理解しなければならないのは、人道世界がなぜ生まれ、なぜ存在し、なぜ滅びるのか？これらはすべて知り難いことであり、ただ生存の方向性に対して一つの依存動作があるに過ぎない。実に難しい！また、人世間の障礙を除くことも難しい。
それどころか、すべて人道世界に沈淪し、繰り返し輪廻を続けている。これは有情世界が向上しにくい障礙である。必ず理解しなければならないのは、人道世界こそが相互対待によって局限されているということだ。いかにしてその局限を透徹して知り、いかにしてこの種の障礙に束縛されていることを悟り、それを化除することができるのかを明らかにしなければならない。
人界においては、無数の原霊仏子が生を潤すこの瞬間に、人界こそが相互の対立関係によって制限されていることを理解しなければなりません。また、このような制限の中で、一般的な衆生は理解できても、真に悟ることはできず、いかにして障害を取り除くべきかを知ることができません。それが地冥星に制限される理由であり、ここにその原因があるのです。
情愛ある人間には生存の障害がある
この千古より、生存と潤いを求めるがために、自らの矛盾を解消することができず、かえって生活のために自らの霊性の根幹を抹殺してしまうことは、人道世界のすべての生存に対して、地冥星の中にいる多くの仏子たちが、なぜこの星系に降りてきたのか、さらにこの星系の中で沈淪してしまうことにもなるのである。
必要なるは、相互に矛盾する障害が何であるかを明確にすることである。この種の相互矛盾の障害は、もし解消することができなければ、永遠に人道世界に存在し、またあらゆる衆生の矛盾の中に存在し続ける。これこそが自らを向上させられず、障害と困難に制限される原因となるのである。まさにこの故ではないか？
人道世界にはなぜ生存があるのでしょうか。生存しなければ、人道世界に存在できないのでしょうか。そうではありません。人道世界では、食物連鎖による供給と衣食の安定があってこそ、長くこの世に生きることができるのです。では、第二から第三空間に存在するすべての有情の衆生と原霊仏子たちは、なぜ食物連鎖を必要とせずに生きられるのでしょうか。
必ずしもそうとは限らない！第二空間においても、これらの有情の原霊仏子たちは、人間世界と同様に食物連鎖による供給が必要となる。ただ彼らには理解できないのだ、食物連鎖による供給の必要性と現実性が、人間世界にも相互依存として存在し、衣食住の充足という必要性に向けられていることを。
障礙は生存を基盤として成り立つ
その機能作用は、まさに食物連鎖に対して満腹感を与えることにある。もし満腹感を必要としなければ、あなた方人道世界もまた食物連鎖による供給を生存の必須条件とすることはない。さらに一般的な者は、生存習性により生まれてから老死に至るまで、皆同じように先人から教えられた「食物連鎖による供給がなければ生存できない」という教えを受け継いでいるのである。
これこそ相互の障礙の限界を突破できないものである。もし原霊仏子が人道世界に降生するならば、これまたこのような因縁・機能・効用となる。しかし、もし他の星系においても人類と類似した生存空間があるならば、食物連鎖による潤いの供給を経る必要もなく、また異なる衆生の志向を形成することになる。
これによって、人界という世界は、生まれてから老いて死ぬまで、すべて食物連鎖を基礎としていることが理解できます。さらに、人界におけるすべての生存の在り方には、多くの矛盾が生じることになります。食物連鎖による供給の必要性について言えば、もし人界が食物連鎖を経ずに供給される必要がなくなったとしたら、どうなるでしょうか？
さらに多くの殺戮行為を減らし、人道世界のすべての正しい道の機能と効果を正すことができ、これが真実である。また、このような障害を解消して向上させ、なぜ人道世界には食物連鎖の供給が必要であり、それによって初めて生存志向の相互依存の行動が可能になるのかを理解することができる。
また、どのようにして障害を超越すべきか
仏教には「過午不食（午後を過ぎては食さず）」という教えがあります。これはどういう意味でしょうか。もし生まれた時から食物連鎖を経ずに済むならば、人間世界において生存の方向性を高める独立した機能を備えることができます。この独立した機能こそが、あなた方の胃腸を、自らの生存が依存する食物連鎖に適応させるものなのです。
人道上の世界におけるすべての食物連鎖を減らすことができ、また相互に依存し合う動作があります。これはなぜ同じ地冥星に似た他の星系には、類似の食物連鎖がないのかという理由です。このような障害と苦難は、習慣的に必要とされるものに過ぎません。もしこのような論調を人道上の世界に当てはめるとしたら、どうなるでしょうか？
あなた方は、これは食事を必要としない仙仏の高遠な話だと思うかもしれませんが、恥ずかしいことです。あなた方は地冥星に生きているので、このような考え方を持っていないのです。もし師である私が全体、つまり宇宙、虚空、無極大天界の観点から見るならば、この食物連鎖について、なぜ地冥星だけにこのような障害があるのかを問うことになります。
そして、生じる限界はどのようにして解消されるのか？非常に難しいことです！皆、過去の先人の歩みを受け継ぎ、毎日食物連鎖によって温飽を得なければならない。それなのに、どうして仏教の「過午不食」などということが、あなた方にとって飢えて痩せ細らないことになるのか？また、このような観念や論調に対して、人類の衆生は受け入れないだろう。
超越の方法とその意図
天地の徳沢という観点から見れば、人間世界の論調を高めることについて、あなた方は仙仏の意図をじっくりと理解することができるでしょうか。また、人道世界という観点から見れば、すべての生存の方向性には真の必然性があり、それは単なる食物連鎖ではなく、むしろ自己の霊性を浄化するために必要なものなのです。
これは汝らに対し、「身体、内心、霊性」の三者が如何に相互に融合するかについて、有情の衆生たる原霊仏子たちが自らの霊性の内面において体得し、向上を達成するために必要な示しである。これこそが、汝らが人道世界においてなぜ食物連鎖が必要なのか、なぜ限界に妨げられるのかを理解できる所以であり、その本質もここにある。
このような考え方について、多くの人はこう言うかもしれません。もし人間の世で食事をしなくてもよければ、人は仙人や仏になれるのに、と。しかし、この問題は人間の世界において、食物連鎖を減らすことができるかどうか、また食物連鎖によって汚されたエネルギー体を減らすことができるかどうかにあるのです。
さらに、皆様の身体を汚染することにもなります。また、もう少し考えてみてください。もし食物連鎖を減らすことができれば、身体の負担を軽減できるのではないでしょうか。現在、台湾のすべての食物連鎖は互いに依存し合い、すでに人間社会から離れ、自然の生存法則からも外れ、常に人間社会の悪しき制約を受けています。
障礙を超えて向上する
多くの不良な気体を食物連鎖に取り込み、また自らの身体に多くの不良な気体を蓄積し、さらに身体機能の負担を増加させます。このような負担が、あなた方の霊性を汚染し、大きな障害をもたらすことを、あなた方は理解できるでしょうか。この点を体得することはできないのではないでしょうか。
人道世界はすべてが前（金）を見るようになっており、このような功利的世界はまさにあなた方の「肉体、内心、霊性」に負担をかけ、エネルギー体には悪い蓄積が生じます。では、どのようにしてこのような障害を取り除くのでしょうか。さらに考えてみてください、人道世界にはなぜ食物連鎖による供給が必要なのでしょうか。
食物連鎖において、自然から直接摂取するものであれば、身体には多くの助けとなるが、もし人為的に加工された食物を摂取するならば、容易に自身の身体に悪いエネルギー体を生じさせ、それが自らに蓄積していく。そうして一年また一年と積み重なっていくならば、それはあなた方にとってどのようなものとなるだろうか。
人類のあらゆる汚れは積もり重なる
累世より積み重ねられた汚れを、いかにして清めればよいのか？難しいことです。これもまた非常に困難なことです。あなたたちはもう一度よく考えてみてください。もし累世より少しずつ積み重ねられた汚れや毒素が、四、五十年かけて蓄積されたとしたら、それはまるで四、五十世分の積み重ねと同じです。あなたたちはそれをどう感じますか？
身体の中には相当量の毒素が存在しているが、それらをどうやって取り除けばよいのだろうか。この考え方を通して、あなた方は理解できるはずだ。人間界はまさに相互に対立し、毒素を積み重ねる世界であり、それは世代を超え、年を重ねて蓄積されてきた。では、あなた方はいつ、どの年、どの時代に、無極理天へと帰還することができるのだろうか。
まさに非常に難しいことだ！難しいことよ！自分自身の生存における矛盾や障害を本当に解消できてこそ、自分の困難を除去できる。このような人道世界の観点から見れば、生存の方向性の必然性の中に、相互矛盾が存在している。では、どうやってそれを解消するかは、次回のお楽しみ！
生老病死は人生の理　　新陳代謝は更に宜しきに如かず
地水火風この四つ　　制限と超越も皆この機なり
天地の因縁は実に殊勝なり　　障礙の根本を明らかにす
化して超越すべし　　食物連鎖の微細なる嗔りを
この偈は、有情なる衆生、原霊仏子たちが互いに励まし合い、汝らが持つすべての障礙を解きほぐし、真理の明らかさを得ることができれば、これこそが正道である！皆様、ご苦労様です。すべてが吉祥でありますように！崇心宗脈十周年堂慶は明日開催されます。すべては早めに準備を整え、不足している点は速やかに補うべきです！
汝ら近頃の苦労は、まことに心打たれるものがある。多くの仙仏の先生方も皆、これを見守っておられる。誰が実践し、誰が安逸に過ごし、また誰がただ崇心宗脈の学生という名義だけを掲げているのか？すべてお見通しである！各自が心の中で明らかなこと、これこそが未来におけるすべての良き成果のよりどころとなるのだ。
無極国際 観世音菩薩
崇心道場十年の慶び　　国際弘法を導き引く
観音菩薩が回帰をなさり　　広く有情の仏子を迎え渡す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。
本日は本宗脈正主席　虚空上徳人天古仏が降臨され、大道天地第二十三回を著作されました。
そこでは、障害を超越し向上させることについて述べられており、あなた方が人道世界において、なぜ食物連鎖と事象の連鎖が必要なのかを理解できるようになっています。
この二つをいかにして食物連鎖の減少へと高めていくかについては、必ずや自らの身体機能への負担を大いに軽減し、またエネルギー体の穢れの堆積を減らすことができる。諸君はよくよく　正主席の深いご配慮を体得すれば、必ずや人道世界とはまさに習性の相互累積に過ぎず、また改め除くことができるものであることを理解できるであろう。
「身体、心、霊性」に対する理解を深めることが、すなわち自らを高め、超越させる真の道である。その効用は、自らを確かに向上させ、超越させることにある。皆が良き縁と条件に恵まれ、確かな成長を遂げられるよう願う。本日はここまでとし、明日の十周年堂慶の準備を早めに進めよう。皆様、お疲れさまでした。またお会いしましょう。
2014年4月18日21時38分◎＃※   ０Ｋ＃
南屏道済古仏
南開の大道は衆生を渡し
障壁の功徳は自ずから成る
道済古仏は天書を著し　　活用の経験は自ずと現れる
第廿四回　 活用經驗
活用機能を経験的効果として生かす
人生における一切の知識は、生存の中で学び成長してくるものであり、これらは次回に蓄積され、再び問題に遭遇した時に取り出して応用することができ、自分自身に真の利益をもたらす。また、このような蓄積は過去のすべての生存経験に対し、まさに一つひとつ、繰り返し繰り返しによって完成されるのである。
前回の経験を積み重ねて知識とし、この知識を応用することで、次回あるいは今回の智慧の発揮に至ることができます。しかし、智慧があるかどうかは、個人の応用方法が適切であるか否かによって評価され、それが成果を上げる根拠となるのです。
また、生存の経験に加えて、人情の機微を応用して補完することによって、これは人間世界のあらゆる人種に対して、いかなる国、いかなる組織、いかなる団体、さらにはいかなる宗教、いかなる家庭においても同じであり、このような経験は過去の経験と知識の蓄積から来るものである。
さらに、人為的な応用機能の効用によって、それは自己の受益条件の多寡に応じて区別され、また他人の経験を借りて蓄積されたものである。これにより、自ら多くの応用過程を減らすことができ、多くの実証的応用を自ら減らすことになる。しかし、その中でも、巧みな者と巧みでない者、そして一般の者との区別がある。
目に色を見る巧みな者は、一を挙げて三を反す
目色が巧みな者は、物事に対する見方や行動が普通の人とは異なるだけでなく、目色が巧みでない者の視野をも超えることができる。このような条件は、自分が現在用いているものと、前世の因縁に関わっている。そして目色が巧みな者は、鋭い眼光に独自の長所を持ち、あらゆる事柄の問題が生じる理由を理解することができる。
いかなる事物も区別することなく自在に応用することができる。もし経験者に対して言えば、まさに目と色に巧みな者、あるいは目と色に巧みでない者と一般の人との区別である！知ることができるように、ある者は人道世界において、まさに一つの命令に一つの動作、あるいは一つの型に一つの目であり、とても柔軟にはなれないのである。
さらに、あらゆる事物に対する理解と洞察は、自らの経験や知識によって制限されることになる。もし自分の知識や経験に縛られてしまえば、鋭い眼光を活かすこともできず、思考の敏捷さや行動力を持続させることも難しくなる。このような人は、ただ指示された通りに動くだけの存在でしかない。
また、型にはまっていて自分自身に応用することが難しく、物事に対する理解と洞察も、この一生の自分の体の活用にうまく活かすことができず、必然的に融通のきかない人間になってしまう。このような人は人間界を見渡すと、至る所にいる。どうして問題や物事の見方に活かし、真の向上を図ることができるだろうか。
活用の機能と効果
賢く善良な人に対しては、目つきや表情の巧みさをもって、福を造ることも業を造ることも、まさに同等であると言える。つまり、福を造りやすく、また比較的業を造りやすい。このような巧みな者は、あらゆる事柄の問題に対処する際、不器用な者よりも活動能力において優れていると言える。
もしも正しい道理や倫理に沿った行いを上手に導くことができれば、それは彼らにより良い舞台を与え、その専門的な才能を発揮させることになる。しかし、悪業を造らないような人にとっては、この人道世界において、まさにこの世と前世の両方で積み重ねられた善い福徳と良縁が備わっているのである。
先人の経験や知識を吸収し、借りることで、自分自身が多くの無駄な悩みや試行錯誤の過程を減らすことができるが、それだけで本当に自分自身のためになるだろうか？必ずしもそうとは限らない！しかし、それはあらゆる問題や物事に対して応用する力を提供してくれる。このような人は世の中においても、比較的柔軟に対応できると言える。
また、このような条件のもとで、自分自身を応用できるようにするにはどうすればよいでしょうか。ただ命令に従って動くだけの、あるいは非常に融通のきかない人ではなく。さて、今のあなた方はどのような素材でしょうか。自分自身に対してはよく理解すべきです。自分がどのような素材であるかを。なぜなら、すべての人がこの世の中で柔軟に応用できるわけではないからです。
経験の応用と継承
このような人材は非常に稀ではあるが、数多く存在する。先人たちの経験が受け継がれ、自らもそれを吸収し心を込めて自らを高めようと努めることで、真の利益を得ることができる。また、自らが経験や知識を柔軟に応用し蓄積することで、次に応用する条件が整ったとき、自らをさらに高めることができるのである。
目色の巧みな者、あるいは目色の不巧みな者、そして一般の者との区別こそが、この経験の蓄積を自らに応用するものであり、明らかに次回には相当に豊富な経験を持つことができます。しかし、それは現在において多くの学習努力を払うことによってのみ、次回への蓄積と、その機能や効果への応用が可能となるのです。
もし次回も再び応用でき、しかも効果が良好であれば、前回の経験や知識に対して、次々と順調に目標を達成することができます。これは人道世界において、どんな問題でも区別することなく、すべて同じなのです！自らが努力することで実を結び、また自らが物事に対して責任を負うことによってもたらされるのです。
前回あるいは今回の知識や経験を活かして完成させようとするものの、必ずしも毎回が成就や成功に結びつくとは限りません。その過程には、制御も予測もできない様々な問題が発生する可能性があり、これは事前に予測できるものではありません。むしろ問題は常に変幻自在であり、捉えどころがないものなのです。
経験が持つすべての効用
もし自分で予測できるならば、自分が掌握している中には必ず機能や効果があるはずです。しかし最も恐れるのは、自分自身が志を堅く保てず、あらゆる事柄や事務に対する持続的な力を貫徹できないことです。前回や先人の経験を借りる際には、必ずしも順調に応用できるとは限らない場合があります。
また様々な時空、因縁、条件の違いによって、ほんのわずかな一つの環節がずれるだけで、未来の成果に影響を及ぼし、場合によっては非常に大きな差が生じることもあります。さらに、先人の経験を借りることで、自分自身の経験に対し、次回再び応用できる条件を与え、自分がすべての物事に対して明晰であるかどうかも自らに問うことになります。
ここで区別できるのは、目色が巧みな者と、目色が巧みでない者との区別であり、またあらゆる事柄や事務の応用の中で区別されるものであり、どのような成就の等級と蓄積があるか、これが真実の性質である！すべての問題が生じた際に、いかにして自らが真に利益を得られるようにするか。
経験を活用し、経験を活かす
そうではなく、また繰り返し、回を重ねるたびに、毎回ただ今日の事柄だけに終始し、永遠に学習の途中で、本当に物事に精通することができず、必ず自分自身に応用させ、あらゆる活用機能や効用に対して、あるいは他の機能や効用を通じて自分を活用させなければならない。
また、この二つは、一方は成就に至ることができ、もう一方は自分自身を成就させることができるもので、表面的には同じように見えますが、実は異なります。あらゆる事柄や問題に対して、経験の蓄積を活かすこと、そして経験を知識として完全に活用することで、自分自身が真に利益を得られる余地を与えることができるのです。
これこそが自分自身に対して真実であることであり、学習を通じて達成に至ることができ、また人間世界のあらゆる事柄の過程において、発生し派生するすべての関連する問題は、自らが障害を克服し超越することによって初めて、自らを「経験の活用」と「活用の経験」の中に応用することができ、自らが獲得するものなのである。
障礙は自分自身を超えるもの　　問題の困難はどこにあるのか
目つきが器用な者は比較的容易に　　目つきが不器用な者は自らを苦しめる
経験知の蓄積は　　一歩一歩が実績となる
先人は自ら基を築き　　成就円満ことごとく意の如し
これこそがあなた方にとって真の利益を得る機会であり、自分がどのような素質、どのような条件、どのような因縁を持っているかを理解することです。それは個人の努力を通して真価が現れるものであり、また崇心宗脈十周年の堂慶において、老衲は全行程に参加し、諸賢生のご苦労と努力に心から感銘を受けました。これにより福縁と功徳を加え、卓上の新鮮な果物を持ち寄って加持し、皆様に授けましょう。皆様のご努力、ご苦労様でした。ではまたお会いしましょう。
無極理法仙姑（むきょくりほうせんこ）
南屏道済古仏来たり　　恩賜す諸々の仙果なるかな
無極理法仙姑登りて　　共に諸賢善徳を会し排す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は南屏道済古仏が降臨され、「大道天地」第二十四回を著作されました。活用の経験、経験の活用という本来の意味を、皆様が善く応用できるよう明らかにされました。それは、目利きが優れた者とそうでない者とを区別するものなのです。
その差異は非常に大きいのです。これはどんなこと、どんな事柄にも必ず当てはまることで、区別なく、商売、家庭、事業、信仰、そして「明心見性、開悟証果」もまた同様です。もし目が利く者であれば比較的容易に受け入れ吸収できますが、特に目が利かない者にとっては、いくら打ち叩いてもどうしようもないのです！
一般の方々にとっては、あってもなくてもさほど関係なく、強い意志と努力さえあれば目標に到達できます。また、今年の十周年記念堂慶に関しては、すべての賢明な生徒たちが心を一つにして活動に取り組み、学習を通じて真の理解へと進んだと言えます。しかし、その中にはまだ改善すべき多くの不十分な点が残っています。
宗主が言われたように、「学びの中から得て、次なる経験の積み重ねによって」というように、次にまた試練が訪れた時には、これらの不足点を改善することが正道なのです！あなた方の欠点を責めるのではなく、反省し、改善することでより大きな成果を得ることができます！皆さん、お疲れ様でした。すべてが吉祥でありますように。またお会いしましょう。
2014年6月19日11時10分◎＃※   ０Ｋ＃
南無娑婆の衆善霊よ　燃燈心法必ず明らかにせん
古仏は天地の冊を降ろし給い　経典は活用して真実性を顕す
第廿五回　  經典活用
宗教信仰は善用することができる
有情なる人類の衆生が信仰し帰依する宗教に対して、どのような心構えと作用を持って、この世の中に対しているのか。それはすなわち、人間の生存経験を通じて蓄積され、活用できるか否かの差となって現れるものである。理解すべきは、経験のすべての活用は、目利きの巧みな者と巧みでない者によって区別されるということである。
経験とは、全体の事柄に対する自らの体験の集合体であり、また学びと成長を通じて、物事の問題に対する真の見方を応用する段階に入ることであり、さらに応用した後に得られる利益と非利益の区別も必要です。これは宗教によって凝縮され、後世の伝道者と信仰者にとっての規範となるものです。
経典を依り所とすることで、仙仏と先人たちの積み重ねたご苦労を理解することができます。重要なのは、経典の読誦と実践を一体化させることです。経典は仙仏と先人たちによって編纂され、仙仏の口伝と生前の行いを通して結晶化されたものであることを、必ず知っておく必要があります。
仙仏や先人の自らの経験を通じて、その経験の結晶を集め、下へ伝え継承していく必要があります。これにより後の世代の学び手に模範と手本を与えることができます。これはあらゆる宗教の基本的な精神に通じるものであり、後の世代が学び成長する中で恩恵を受け、善なるものが増し、超越していくことができると言えるでしょう。
経典を活用してこそ、自らを利益することができる
宗教経典を以て、基本精神の原意となり、統合的に教化を施すことが正道である。これは経典自体には何らの是非善悪を含まず、ただ教育文化課程によって伝承され、また信仰宗教の帰依と精神の所在として、宗教が長遠に伝承されるか否かを分かつことを提供するものである。
さらに、中国の炎黄の子孫として、理解している文字や言葉で言えば、精神教育の継承においては、まさに遠くまで届くと言える。しかし、中国の古典はすべて文言文で書かれており、口語文による継承は非常に難しい。そのため、現代の人々は文言文をどれだけ理解できているだろうか？個人の悟りはまたどれほどあるだろうか？
中土における「文言文字」と「白話文字」の区別もまた、各人が自らの知識と智慧を悟ることにあり、目利きが巧みな者と巧みでない者の差がある。このような条件のもとで、信仰宗教のよりどころとなるのが、まさに「経典と経呪」が伝承されて応用されてきた所以である。
また、儒教、道教、仏教の三つの観点から見ると、過去の時空はいずれも文言文で書かれており、それはまた各人の悟りの違いによるものである。したがって、未来においては各人の認識の関連性がさらに異なることになり、それによって自分自身にとってどのような悟りなのか、どのような次元なのか、どのような境地なのか、どのような条件なのかが生じることになる。
宗教の経典は衆生を利益することができる
これについて、自分が宗教に入った後、各人の習性、慣性、素質に加えて自分の嫌な個性も伴い、それを宗教への信仰に入ると言う。もし宗教に入ることだけを指すなら、それは信仰者とは言えても、真の実践者とは言えない。このような因縁条件は、現在のあらゆる宗教を見渡せば、至る所に存在している！
また宗教の経典に対して、その奥深さがどこにあるかを理解するのは非常に難しい。また、宗教の修行者と言われるが、本当に上昇・超越を達成するのは非常に困難である。ただ来世にまた宗教に入る機会があり、修行者と呼ばれるが、実際は単なる宗教の信仰者に過ぎない。このような状況は、仙仏にとっては本当にどうしようもないことである。
来世あるいは次世代、さらにその次世代が宗教に入った後、真の修行を実践し、自らを超越して上昇させることを期待するのは、公正で私心のないことである。経典を理解することは必要であり、それは仙仏と先人たちによって伝承され、すべての経験が後世の子孫に積み重ねられ、学びと模倣の対象となるものである。
宗教に入った後、真の修行を実践すること、これは仙仏が宗教に入ったすべての学生に対して言うところの、真の修行を実践するための天与の良縁を提供するものである。もし自分自身さえも理解できなければ、宗教の教義や教化を信仰するとは何なのか？それでは宗教の信仰を活かすことは難しい。
経典を活用することに制限はありません
また多くの人々は、ただ命令に従って動くだけで、経典を活用することもできず、経典の奥深い意味を根本的に理解することができない。たとえそれが仙仏や先人たちが集めた精髄であっても、精神的な面においては、未来世界の後世の修行者たちが真に応用できるようにする必要がある。
単に時空環境の中で生まれたものを経典と呼ぶだけでは、この種のものは未来において必ず淘汰され、捨て去られる運命にあります。また、仙仏や先人たちが積み重ねてきた経験や知識も無駄になってしまうのです！現代の視点から見れば、この種の経典はまさに多すぎる、あまりにも多すぎると言えるでしょう！
また、仙人や仏陀、先人たちの経験が蓄積されたものを無駄にしないためにはどうすればよいか。もし各時代ごとに何度も修正や変更を重ねれば、元の経典の本来の姿は失われ、経典の文字に込められた深い意味を貫徹して理解し、自分自身で活用することはできず、ただ経典の中をぐるぐる回っているだけに終わってしまう。
経典そのものの出処については、また非常に残酷な事実があります。現代の人々が経典をどのように活用すべきか、その中に含まれる基本的な本来の意味を理解する必要があります。自分自身が適用できる条件はどうでしょうか。もしただ経典を抱えて修行するだけに執着し、それを宗教的信奉者と言うならば、どうすることもできません。
人生の旅路において、宗教に触れ、学び、成長していく
また、一生で超生と死を超越することもできず、それはなんと残酷で無念なことか！宗教修行者の実践者にとっては、その堂奥がどのようなものであるかを真に理解するのは非常に難しい。必ず確実に経典の意味と堂奥を理解しなければ、自ら経典を活用することができ、経典が自分の思考や観念を固定化させることがない。
それは非常に難しいことです。自分自身の思考体系を向上させるための基盤を築くこと、そして宗教に入った後に自分自身が真の修行者になることを期待しながらも、各人の知識、経験、悟りの差によって制限され、自分自身が向上し超越することができず、このような真の修行者と呼ばれる人々と比べると、知識と智慧の差があまりにも大きいのです。
ああ！ただ来世に宗教に入って修行し、それを修業者や信仰者と呼ぶだけではいけないのだ！経典の中には、まさに自分自身の生活体系に対して、「身、心、霊」の三つを真に向上させるためのすべての基本的な機能が示されており、自分自身が宗教信仰に依拠して入ることができるようになることを理解しなければならない。
前世における善行と縁起によってこそ、この世におけるこのような条件が与えられ、自らが宗教信仰へと向上する機会を得ることができるのである。これを、真の修行と実践の道に入ると言う。これは、宗教信仰に入る者自身が、信仰する宗教の経典をどのように依りどころとするかによって、現代のあらゆる宗教の本質を見分けることができるのである。
経典を活用すれば良き効能がある
なぜ西方世界の国々では、引用される白話文が比較的一般の世間の人々にも容易に自らの体得と理解に入ることができるのかというと、それは天主やキリストがこのような宗教において、まさに白話文を引用し、また一般に文学の基礎のない者に対しても、一目瞭然に理解できるようにしているからである。
必ずや経典の奥義と精神が何であるかを理解することができるはずです。もしさらに経典の注釈を加えたならば、それは各人の悟りの違いに関わってきます。それによって異なる悟りの区別が生じるのです。経典を活用できるかどうかは、必ずや文字そのものをどのように理解すべきかを見極め、また「文言文字」に対してどれだけ深く悟ることができるかにかかっています。
しかしながら、上天もここ十年ほどの間に変化を遂げました。かつての「文言文字」との差異に対して、「白話文字」を引用して注釈を加えることで、上天と仙仏の慈悲深い大いなる恩沢を、現在の一般の人々や未来の子孫である衆生が、真にその奥義と精神、そしてそれがどこにあるのかを理解できるようにしたのです。
西方世界の経典が白話文で引用されることにより、一般の信仰者が容易に奥義に到達できる理由もここにあります。人界のすべての宗教信仰に入る者自身にとっても、「文字の造詣」という条件と学習作用が、いかに経典の内包する機能効用を体得するかにあるのです。
経典の機能と効果を活かす
また、このような縁起の条件こそが真実に合致するものである。さもなければ、未来の人類衆生の文学的素養という条件は、現在や過去に及ばないことになる。もし今なお文言文を用いるならば、未来の人類衆生に対しては、広範な方向での導きが難しく、一部の文学的な素養を持つ者や信仰者のみが利益を得られるに過ぎない。
その他の有情の衆生や仏子たちは、いずれも堂奥と精神が何であるかを理解することができません。もし「借りてくる」という形で、この二百余万の異星系のハイテク人材を連れてきたとしても、その半数以上は文学素養の基礎すら持っていません。あなた方が依然として「文言文字」で経典を作成していると、将来の真の修行実践者たちから見捨てられ、軽蔑される恐れがあります！
これは決して天の本意ではなかった。異星から「人材を借りる」というこれらのハイテク人材に対しては、そもそも地冥星の「文言文字」を用いる必要もなく、文学的な素養も一切ない。そして汝らはこのような時空環境の中で、学び成長する因縁を得たのである。宗教に入った後、必ずや向上成長できることを自ら悟ることができるであろう。
しかしながら、未来の有情なる人類衆生に対しては、様々な星系体の「人材貸与」機能が働き、多くの原霊仏子たちが地冥星系空間に降り立ち、すべての「研究、発明、創造、変革、修整、進化、増長、超越」を提供し、自らを利するとともに有情なる人類衆生をも利益するのである。
活用経験が伝承され　　経典活用は自ら生ず
巧みな方法で事を行い　　今を生きれば必ず成し遂げられる
文言文を基礎とすれば　　未来の借用は明らかに難しからん
半ばはこの文詞を用いず
白話の如く実を超え期す
この偈は、有情の衆生である原霊仏子たちが互いに励まし合うものであり、上蒼の根本的な意図と条件を分析することを目的としています。それは皆が容易に理解できるようにするためであり、その内容と精神はどのようなものか？その奥義はどのようなものか？体得とはどのようなものか？これはまさに、自分自身にとって真の利益があるかないかを明確に区別する、非常に真実に即したものなのです！
もし理解できるならば、まさに大いなる智者である。もし理解できなければ、あってもなくてもよいという心構えで、どうしようもない。また、名ばかりを掲げて修行者や信仰者と称するだけで、真に実践しているかどうかによって、自分がどのような資質と条件を持ち、いかに向上し成長し、超越すべきかがわかるのである！
崇心宗脈十載堂慶、諸賢生は皆、心を一つに力を合わせ、団結一致して努力され、誠に喜ばしく慶賀すべきことです。このたびの経験を次なる伝承の礎とすることこそ、まさに目色巧なる者と目色巧ならざる者との分かれ目であります。汝らすべてが目色巧なる者たらんことを願い、皆様のご苦労に感謝し、すべてに吉祥あらんことを。またお会いしましょう。
無極伝道仙姑
無極は道の旨を頒示するに因りて　　道を伝え惑いを解きて衆生を引く
仙姑は今日当番を務め　　賢い人々と語らい親しむ
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、今晩は。本日は本宗脈大宗師　南無燃燈古仏が降臨され、「大道天地」第二十五回を著作されました。経典を活用する因縁を詳しく解き明かし、皆が経典を抱えたまま修行者と称するのではなく、経典の奥義と精神のすべてを理解すべきであることを示されます。
つまり、あなた方真実に修行を実践する者に対して、自身の学習と成長は必ずや、一度また一度と薫習を重ね、一回また一回と体得していく中で、自らが大いなる因縁を成就し超越する境地へと入ることができると、受け止めて頂きたいのです。崇心宗脈の全ての学生がこのようであることを願っております。単に名を連ね、姓を名乗るだけの、いわゆる修行者であってはならないのです。
未来において皆が回帰した時、あなただけがなおも人道世界を流浪しているとしたら、それをどう言いますか？どのように感じますか？仙仏が慈悲深くないと言うかもしれませんが、実は自分が努力しないだけなのです！自分にとって大きな因縁を成就するのは、まさに今この瞬間を捉えること、今この瞬間に成就し、今この瞬間に学び、今この瞬間に積み重ねることこそが、未来との関わりなのです！
2014年6月19日13時06分◎＃※   ０Ｋ＃
南開大道は衆生を普く照らし
無量の功徳は自ずから成る
燃燈心法ふたたび開く　　古仏降りて天地の真を著す
第廿六回　 受益無窮
天の徳沢は人類すべてに恩恵をもたらす
経典を活用することにより、経験と知恵を活かして、生活、信仰、家庭、商売、あらゆる事柄に対して無限の恩恵をもたらすことができる。また、このような条件を通じて、人道世界がまさに生き生きとした世界であることを理解し、生計を営む過程において、自らが今を生きる生活の中に身を置くことができるのである。
千篇一律でもなく、頑固に古い方法に固執することもなく、またこのような因縁条件は修行者にとってはあまり大きな作用はないはずです。もしその目の色や巧みな技法を観察し、それを自分自身に活かして応用すれば、日常生活や信仰修行の過程において、本当に活気ある人間世界で活用することができるでしょう。
これこそが、人間界において自らが障害に縛られず、かえって自らに無限の利益をもたらす道なのです！宗教修行の過程に入るにあたり、全ての信仰に基づく行為は、その由来と経緯を真に理解する必要があります。あるいは単に、自らの生活と信仰に対する修行の道程に過ぎないのです。
修持のために修持を行うようになると、そのような修持の方法では、自らのエネルギー体が創造し促進するものを真に高めることは根本的に難しい。自らが人道世界において快楽の修行者となり、人道世界を理解し、また次々と経験を積み重ねて再利用し、すべての循環する空間を蓄積することが必要である。
経験は再生し、人類世界に利益をもたらす
もしこのような経験の再利用がなければ、あなた方は学び成長する過程で必ずや壁にぶつかるでしょう！経験や知恵の知識を応用して、自己の生存や信仰宗教の修行方法に当てはめるなら、宗教に入った後、向上できず、自らの成長を阻む大きな障害に直面することはないでしょうか。
この条件は修行者が観察するに当たって、自分自身が本当に楽しく修行できる空間を持つことができないという点にあります。一般的には、宗教修行に入れば、当然厳格に規則通りに進めるべきだと思われがちですが、必ずしもそのような方法とは限りません。例えば、南屏道済古仏－李修縁が悟りを開いた修行方法が、人間界に示現されたように。
それは後世の学生や修行者に与えられるものではなく、生き生きとした修行の方法があり、しかも戒律を基準としながら、さらに修行の戒律を繰り返し超越し、天地の下では、ただ南屏道済古仏ただお一人のみであり、その他の者は自らに対して、生き生きとした修行の方法を示すことは難しいのです。
自らを経験や経典に活かすことができてこそ、真に生き生きと楽しむ修行者と言えるのであり、これこそが活きた仏なのである。自らに大きな善縁があり、自らを加持し、人間世界にあって、あるいは宗教に入った後も、楽しみながら修行を続けられる者こそが、真の修行者なのである。
人類の利益のために空間を利用して成長する
しかし一般的に言えば、皆が型通りで、修行や応用の過程において活発に活用することは難しい。しかし、大多数は指示一つに動作一つであり、知らないのは、人界のすべての宗教経典と経験こそが、人界の生活過程において活用する条件と基本構造を与えているということである。
これは一般の宗教修行者についても同様で、一つの号令に一つの動作、さらに型通りに従うだけでは、なかなか柔軟に応用することが難しい。修行者の構築と基盤においては、次の号令と動作はどうすればよいのかと、しばしば直面することになる。一般的な戒律の綱要においては、このようにする以外にどうしようもないのである。
あまりに活発すぎると、他の修行者から非難や批判を受け、さらにはそのような修行者は戒律の根本から外れており、もはや修行者とは言えないと見なされることもある。儒教の聖門体系から見れば、このような律戒から外れた修行者は、もはや儒教体系に融和することはできない。
これもまた、一般の修行者が往々にして杓子定規になり、生き生きと修行の善用をすることが難しく、どうして真に楽しんで修行する者があり得ようか。戒律と律戒の条綱の中で、越えられるものと越えられないものを理解する必要がある。もし未来の有情衆生の原霊仏子、特に「借将」の外宇宙ハイテク人材に対してであれば。
無限の恩恵をもたらす良好な条件
宗教の戒律が身に課せられる時、おそらく誰一人として合格者はおるまい。ましてや、この二百万人余りの「外部から招いた」科学技術人材は、育成の過程でそのような観念や戒律、規則体系に触れる機会がなかったのだ。いかに行動すべきかという規範を、どうして彼らに求めることができようか。
もしもこれを制約することができれば、すべての戒律と律戒の条綱は？これは必要です！楽しく修行する者となりつつ、人間世界の修行条綱に背くことなく、初めて実のところ無限なる：研究、発明、創造が可能となり、また実のところ戒律と律戒の条綱に対しても、遵守して規範とすることができるのです。
上蒼に対して開かれたこの方便法門の縁起は、儒・道・釋・耶・回の諸教を相互に補完し合うものとして、宗教的信仰の思惟体系に入る者に、戒律や規則による制約や束縛を比較的少なくするものであり、未来のハイテク人材が宗教を信仰するためのものである。
互いに補い合い、天地のすべての信仰が融合することで、はじめて大いなる天地の中から人間世界に示現することができます。これこそが、多くの無意味な戒律や規則を減らすことができるのです。もし儒教、道教、キリスト教、イスラム教の戒律と比較すれば、仏教の戒律や規則による束縛の条件は、より少ないと言えるでしょう。
果てしなき幸福と利益が人の世にもたらされる
それは非常に真実に即しているかどうか、これらの人材が束縛された信仰から解放されることで、無限の利益をもたらす条件の中で、修正の根拠とすることができるのです！つまり、貧困がなく、むしろ豊かささえ得られる。あなた方が宗教に入った後、一般的には仏教の修行を通じて、現在もなお各宗派の修行法を参照していると考えられます。
禅宗と浄土宗のあの苦行の法門について言えば、実は他の仏教の修行法門を用いて、現在の有情衆生の原霊仏子を成就させ、真に豊かな方法で修持することも、実にたくさん、たくさんあるのです。崇心宗脈を例にとれば、もし依然として苦行を修めるなら、あなた方はそれを望みますか？（答：いいえ！）
あまりにも聡明である、崇心宗脈はまさにこのようであり、貧苦の道を修めるのではなく、かえって真の富足の道を修めるのである。必ずや理解しなければならない、「経験の富足、智慧の富足、徳性の富足、福分の富足、通貨の富足」に対するこのような修持の方法を知らなければ、あなた方はこれを認めることができるだろうか？
崇心宗脈は開堂より今日に至るまで、豊かさの道を基盤とした伝統を構築してきました。これにより、皆様は多くの不必要な戒律や規則から解放され、特に儒教に基づく鸞門体系においてはそれが顕著です。もし他の宗教――キリスト教、イスラム教、道教、仏教――と相補い合う関係を築けなければならないのです。
作用を借りて研究し、発明と創造を行う
おそらく未来において、四億二百万を超えるハイテク人材を引き寄せて集結させることは、根本的に不可能であろう。あなた方はただ「一つの世代を尽くしても百の世代を窮めることはできない」のである。それどころか、一つの世代の努力で百の世代の安楽を得られるのだ。この真実を体得する過程は、いかに微妙で真実なる獲得であることか。
これらはすべて、あなた方の第八識に対して深く耕し、上昇超越の大いなる因縁の中で、自らの霊性に付着した多くの穢れた垢識を真に減少させ、浄化と静慮を加えることです。これこそが真実の向上であり、あなた方は一生の修行過程において、真如実性「仏性の基盤」に入ることができるのです。
汝らに与えるものは、真に利益となり尽きることがない。また、これは現在の上天の根本的な意思と構造であり、まさに真実である。白陽三期の導きと教化に対しても、修行の過程で悟ることができなければ、ただ楽しい修行者として過ごすだけで、依然として昔と同じ修行方法だと思い込んでしまう。
すでに時代遅れであり、さらに上蒼の条綱と架構にも合致しなくなっている。まさにこのような文明と科学技術の創造を高めることこそが、子孫に無限の福祉をもたらし、人道世界に浸透させ、さらに真に人間社会に、すでに開発された惑星体へと到達させるのである。
有情なる人類の衆生に、限りない利益をもたらす
これこそが　昊天玉皇大天尊  玄霊高上帝が即位された後、繰り返し地冥星にもたらされたご加護なのです。汝らはよく考えてみるがよい、この百年ほどの時空の因縁において、地冥星の科学技術文明が目覚ましく発展し、日に千里、いや万里をも進歩しているのは、まさに汝らに対する大いなるご加護ではないかと。
無限の創造と発明が続くことによって、初めてあなた方は真の福祉の向上を享受できるのです。未来五百年後の宗教はすべて一つに融合し、もはやいかなる宗教的区別もなくなることを理解する必要があります。その時こそ、大宇宙の中に宗教の精華が輝く黄金時代が訪れると言えるでしょう。
これはまた、あなた方が未来において再び輪廻を繰り返すのか、それともすでに大虚空や無極天界に昇り、逍遥しているのかについてです。その時、地冥星のすべての創造と開発を見て、あなた方はどのように感じるでしょうか？人それぞれの理解は異なりますが、素晴らしいと思うなら、今すぐに努力し、向上し、高まり、超越していく必要があります。
再び自らを人間界や他の世界に輪廻させることなく、未来五百年あるいは千年後に、この地冥星のすべての開創と未来世紀の繁栄の過程を観ることができる。まさに　上天の大いなる徳沢によって、地冥星の有情なる原霊仏子たちが超越的な成就を遂げるよう、成し遂げられるのである。
時空と因縁の違いによって　　未来の世紀の功績を創造する
科学技術を発明に用いれば　　必ずや宗教弘通の助けとならん
人の縁は天が定める　　時代が違っても心は通じ合う
天の大いなる徳と恵みを体得し
慈悲をもって五教の親族を育む
この偈は、有情の衆生である原霊仏子たちが互いに励まし合い、未来の科学技術文明創造の過程について、あなた方に事前に予知を与え、皆が真に未来から無限の恩恵を受けられるようにするためのものです。このような実に殊勝な善き因縁と条件によって、自らが善く向上し、超越していくことができます。皆様、ありがとうございました。お疲れ様でした。さようなら！
無極善円仙姑
無極天界より降臨し来たりて　　善円果満ちて天航に載る
仙姑今日は当番に来る　　大道天地の天書を並べる
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日は「大道天地」の主著仙仏であり、本宗脈の大宗師である南無燃燈古仏が降臨され、「大道天地」第二十六回を著作されました。これは限りなき利益をもたらす因縁について分析を加え、皆様すべてが良き善き好因縁を得られますよう提供されるものです。
あなた方の未来の信仰において、多くの制限や障害を減らし、未来の「人材借用」となる者たちが、宗教的信仰に対して確固たる基盤を築くことができるようになることが、真実の姿なのです。また、このような天与の良縁があるからこそ、あなた方は21世紀において、地冥星へと入り、善良で良き生存を得ることができるのです。
また、自分自身と子孫に、真の利益をもたらし尽きることのないものを与えることができます！貧困に悩まされることもなく、あなた方に苦しみや困難を味わわせず、真に幸せな修行者となることができるのです。このような殊勝な縁と条件は、天の大いなる徳と恩恵が構築した乗り越えるべき架け橋なのです。
2014年、6月19日、15時05分◎＃※　０Ｋ＃
南海古仏
南開の大道は原の霊を渡し
海天の慈航は本より仁心
古代の道徳を再び整え直す
仏は循環して進化する因を著す
第廿七回　  循環演化
天地循環の機能の奥義
大いなる天地のすべての万物と蒼生は、限りない恩恵を受けることができ、人道世界を理解することができます。それは地冥星の中で潤いをもたらし生きるものであるため、その生活のただ中において、必ずや自らに尽きることのない利益をもたらすのです。ましてや、豊かな資糧の源を与えることができ、また地冥星に対してもより大きな向上と成就をもたらすことでしょう。
必要なるは、人道世界が相互循環の創造過程であり、また進化の恩恵に対して、人道世界の一切の有情衆生・原霊仏子が「内心・霊性・肉体」の三者において向上できる主な因縁の根本は何かを理解することである。相互に支え合う循環の働きを体得することが求められる。
必要とされるのは、天地のすべての循環に依存する過程について理解することで、人道世界における成長と学習を達成することができる。その中で、有情衆生に自らがどのような条件や方法を用いて、規範や戒律を実践すべきかを理解させ、人道世界を向上させるための依拠とすることである。
まさに相互循環によって、毎年、毎月、毎日、毎時における相互の動作の中から、次から次へと創造と徳沢が生まれ、また人道世界に対しても次から次へと学び成長することができるのです。一人ひとりの人類衆生の一生涯を通して、すべての行い、すべての動作が総合されるのです。
循環の進化は毎日のように起こる
学習と成長を経て、知識と経験を応用する過程において、智慧の効用が積み重ねられてこそ、次の段階で相互に成就し合い、あらゆる応用過程において真の利益を得ることができます。このような利益こそが、結果として積み上げられた条件であり、あらゆる証果の応用なのです。
また、人間世界において、地冥星の中で、毎年、毎月、毎日の循環過程が、今日が過ぎれば明日がまた巡ってきて、その月が過ぎれば次々と、回を重ねて反対方向に進むという、このような相互循環は、今日が過ぎても明日があり、明日が過ぎても明後日があると言える。
また後日が来れば、永遠に明日や明後日があり、一ヶ月が過ぎればまた次の月が巡ってくる。一年が過ぎればまた来年がやってくる。このような天理の循環を通して、人道世界は理解できる。まさに永遠に止まることなく前へ進み、つまり永遠に相互循環する動きがあるのだ。
春が過ぎて夏が来り、夏が過ぎて秋が来り、秋が過ぎて冬が来り、冬が過ぎてまた来年の春が巡ってくる。このように日々、月々、年々が繰り返し循環する中で、すべての因と果もまた相互に循環しています。それゆえに、人の世はなぜ向上して高みへと昇ることができないのでしょうか。
天は巡り地はめぐり、万物の蒼生を演繹する
すなわち、この世と来世のすべての循環の中で、有情世界のすべての原霊仏子たちは、まだ次がある、来世があると思い込んでいる。そのような心構えや観念ゆえに、自分自身を本当に理解することができず、人間世界にはまさに「その場しのぎのダチョウのごとき心」が存在するのである。
したがって、今日が過ぎれば明日もまた使え、明日が過ぎれば明後日もまた使える。このように永遠に止まることのない時空と時間は、自らを向上させることを難しくし、逆に毎回、毎度「ダチョウの心構え」が「その日暮らし」へと変わり、自分自身に決意を立てて自己改革を成し遂げることは非常に困難となる。
だから次の世も待つことができるし、自分が循環の渦の中に入り、もう一度やり直し、また新たに始める。そういう条件の下で、あなたたちはそれを受け入れるだろうか？さらに、絶えず進歩し、創造し、革新を続けなければならない。地冥星においては、あなたたちには回転する力が見えないかもしれないが、それを理解する必要がある。
しかし実は、刻一刻と絶え間なく前進し続けているのです。ただ、あなた方は地冥星の時空にあまりにも長く留まりすぎて、感じ取れなくなっているだけなのです。地冥星こそが、永遠に止まることなく前へ向かって創造と前進を続け、自転と公転をやめることなく、あらゆる時空と因縁の関係に向き合っているのだということを。
進化の過程には万物が参画している
そして、あらゆる時空の因縁によって生じるすべての創造と進化もまた止むことはなく、地冥星において現代の科学技術で見れば、自転と公転の法則に従い、永遠に太陽星系と太陰星系の二つに対して相互循環と相互制衡を行い、さらに引き上げ、平衡を保ち、引き合う力の働きをもたらしているのです。
地冥星とは、大いなる宇宙天地において、すべての有情の衆生たる仏弟子たちが依りどころとし、生存の方向性を定めるために、必ずや人間の生存に対して：太陽、月、星辰によって位置を定め、また地冥星に対しても、相互に牽制する法則と進化があり、人間世界に日月時空のすべての計算を統計させるものである。
何年、何月、何日、何時に発生する一切の状況は、すべて地冥星の計算公式の様相を担っていることを理解すれば、人道世界において何年、何月、何日、何時に起こるすべての事象と状況が、人道世界の創造と進化の全過程に対応していることを理解することができる。
あなた方に理解していただきたいのは、人道世界はまさに計算可能な公式であり、このモデルは決して止まることなく、永遠に地冥星に存続するということです。それは人道世界にとってより大きな福祉と創造をもたらし、さらに地冥星のすべての万物蒼生を主体構造として、あらゆる進化の過程に参与させるものなのです。
殊勝なる演化の功徳を具える条件
また、すべての万物蒼生を進化のよりどころとし、さらに人道世界の度重なる改造に対して、原動力と条件を与え、これを向上させることができる。これは古来より、地冥星に生存するすべての万物蒼生に対して、人類を万物の霊長とし、科学技術文明を形成させ、また有情の万物蒼生を利益してきたのである。
人類は万物の霊長であるがゆえに、文字による記録を残すことができ、また何年、何月、何日、何時に起こったすべての状況を明らかに遡って理解することができます。さらに、人道世界で起こるすべての状況を統計的に把握し、それを演繹的な綱領として進化向上させ、超越へと導くことができるのです。
また、進化と進歩の機能的な役割に対して言えば、すべての進化に参与する万物の衆生は、このような条綱を受け入れることで、より大きな進化の動きが生じます。これは人道世界が古より今に至るまで、すでに数十回もの進化を遂げてきたことです。しかし、大いなる天地が切り開いた因縁は、実はこれだけに留まるものではありません。
さらにまた、第一元会と第二元会において、すべての参与と演化、創造の過程が相互に循環して再び一度行われ、汝らに対して度々、回を重ねて同じ事柄と使命を果たしてきました。このような条件の下で、人道世界に与えられ、大いなる天地のすべての演化過程を経て、創造の大いなる徳沢を成し遂げてきたのです。
上蒼はすべての衆生に徳沢を施す
上蒼の基本構造において、あなた方はもう一度よく考えてみてください。あなた方が生まれてから今まで、大きな災難の過程を見ることができたでしょうか？とても難しいことです。なぜなら、あなた方は比較的平穏な創造の因縁の中にいるからです。もし地冥星全体の進化過程から見れば、あなた方の現在はまさに幸福を創造する時空の因縁の中にあると言えるでしょう。
非常に稀に大災難が発生し、あなた方の生存に深刻な危害をもたらすこともありますが、21世紀はまさに中華の地の炎黄の子孫が、未来の科学技術文明の創造を推し進め、進化の機能を高める時代の幕開けです。あなた方は最も幸運にも地冥星の空間に入ることができ、安らかで快適な生存を得ることができるのです。
地冥星の過去の大災難を再び見るに、人道世界に対する観点から言えば、なぜここ千年の間に大災難がほとんど降りかからなかったのかが理解できる。一部の比較的大きな自然災害と多くの人災を除けば、上天が地冥星に与えた配慮は、まさに評価に値し、非常に手厚く世話を焼いてきたと言えよう。
災難が本来起こるはずだったものを、次々と先延ばしにし消し去っていくのです。また、あなたがたはまさに幸福な時を過ごせる縁の中にあり、人為的要因によって破壊されたものを、まさに変革と革新をもって向上させることができるのです。そうしてこそ九六原霊子が回帰でき、さらに四億の仏子たちが向上し、超越して成就することができるのです。
殊勝なる因縁は往昔に勝れり　　循環して演化する要は明晰ならん
人道世界はただ借用するのみ
千古の根機にあらず
仏果の成就は自らに依る　　一生の辛苦は千年の益
回帰超越は期に違わず　　徳沢を演繹して上蒼の基と為す
この偈は、有情の衆生である原霊仏子たちが互いに励まし合い、地冥星のすべての進化循環を相互に高め合うものです。あなた方がこの一世において、自らとすべての原霊を成就させて回帰できることを願っております。これこそが正しい道なのです。皆様、お疲れさまでした。崇心宗脈にしばらくご迷惑をおかけいたしました。どうかすべてが吉祥でありますように。またお会いしましょう！
無極満徳仙姑
無極の因縁早く来たりて生ずるに
満徳満功満福現る
仙姑は今日の当番を務め　　賢い人々と共に集い皆で成就を成す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日は「大道天地」の主著仙仏である南海古仏が降臨され、「大道天地」第二十七回を著作されました。循環と進化の過程を詳細に解き明かし、あなた方人道世界に対して真に明確な指針を示され、いかにして向上し成長すべきかを説かれています。
また地冥星においては、相互循環による進化と創造の過程があり、次々と、巡り巡って次の機会、来世にあなた方は再び戻ってくるかどうか？それは自らの選択によって決まるのであり、これこそが正道である。また、あなた方のここ数年の間に、確かに学習機能の蓄積があり、その一つひとつ、一巡りごとに効果を発揮しているのである。
このような天機の良縁は一朝一夕に達成できるものではなく、ましてや汝らが護持する真心には深く感じ入り、また大道の弘化と徳沢の中で向上を遂げていることに、さらに大道系列の天書を理解できるよう願う。さもなければ、行きつ戻りつを繰り返し、次回には必ずしも上昇・超越を達成できるとは限らず、それは自らが選ぶところとなる。
理解する必要があります。もし崇心宗脈から離れたならば、どのような天機の良縁に乗じて、自らの第八識を浄化し向上させることができるでしょうか？つまり、自分自身がどのような資糧と素質を持っているかを知ることができるのです！必ずや真実のままに向上成長し、超越へと回帰することができます。皆様、お疲れ様でした。またお会いしましょう！
2014年6月19日16時40分◎＃※　０Ｋ＃
無極元君 麻仙姑（むきょくげんくん ませんこ）
麻姑の副座が降り来たりて儀を示す
大道系列が弘大な期を展べる
大道天地二十八回　　有情を引渡し相い帰契せしむ
第廿八回　 大道天地
大道は天地と衆生に徳沢を施す
循環的な進化を通じて、大宇宙の天地を知ることができます。すべての原霊仏子を向上させるために、天地の大いなる徳と恵みを下ろし、また人道世界を高めることができます。それは単に「肉体、自心、霊性」という三つの結合体に留まるものではなく、さらに上へと成長し向上していくものです。
真に自らが払った努力に対して、多くの報いと恩恵が訪れなければならない。それによって地冥星のすべての生存様式が向上し、堕落することなく、上蒼の大いなる徳の恵みによって、地冥星のすべての仏弟子たちに真の回帰と超越の因縁の根源を与えることができる。これを大切にできるかどうかが問われている。
しかし地冥星の中では、往々にして上蒼の本来の意図に沿うことができず、自らの思考や観念を用いて向上を図ろうとするが、かえって自らが向上し超越することができず、しばしば向上できない状態を繰り返し、地冥星の中に沈み続けることになります。これは上蒼が最も見たくない、自らを傷つける行為なのです。
これは21世紀の有情衆生たる仏弟子たちが向上超越するためのものであり、その中で真に自らに生存の方向性を与えることは、上蒼の慈悲の徳沢に対して明晰な理解と体悟を持つことができるかどうか、あるいはただ地冥星系のすべての生存方式に留まり、人道のすべての生存応化にのみとどまり、また輪廻の間を繰り返すだけなのか、ということである。
天は情け深く、人類と衆生に恵みを施される
それは決して　上蒼の根本的な意図ではなく、また　上蒼の主体構造でもありません。しかしながら、地冥星系が第一元会、第二元会から現在の第三元会に至るまで存在し、幾度もの元会を経る中で、常にすべての原霊仏子を引き渡し成就させ、回帰超越へと導いてきたのです。
しかし、真に超越者に回帰できる者は稀である。また、しばしば人間としての生存習慣を頼りに生きるが、このような因縁条件は人間世界から見れば、やむを得ないことと言える。しかし、上蒼の衆仙仏から見れば、これは取るべき行為ではなく、ましてやこのような行いがあってはならない。
それゆえに、天は開示された。第三元会の全ての生存に依存する科学技術文明において、自らの生存の方向性を達成するために、数多くの発明、創造、研究がなされるであろう。それは人類の基本的な素質から向上し、DNAを経てRNAへ、さらにQNAへと至り、自ら光を放つようになるのである。
まさに第三元会において必要な基本構造であり、すなわち上蒼の豊かな資源と糧食の源を通して、未来の科学技術文明を向上させ、後世の子孫により多くの幸福を創造することです。自然のままに作用を行使し、地冥星のすべての原霊仏子たちが、一生のうちに上昇と超越を達成できるようにすることです。
大道自然法則の功徳
この中で、真に自らの過去の一切の因果と業障を解消する必要があり、さらに自らのこの一生、この一世のすべての聖なる務めと使命を必ず成し遂げなければならず、またこの一生、この一世の行いを修持を通じて改造し、自らを超越した回帰へと導かなければなりません。
これこそがこの元会の基本的な要務であり、これは上蒼が21世紀の全ての宗教に対し教化を通じて上昇超越を達成させ、また数多くの豊かな資糧源をもって後世の子孫を成全せんとするものである。崇心宗脈はまさに無極皇母が自ら懿旨を下され、この世に降臨されたのである。
「懿敕崇心宗脈」によって著された「大道系列天書」の核心的意義は、これら有情の原霊仏子たちが、宗教的な洗礼を経ることなく、直接に上蒼の根本的な御意思と主体の因縁を理解し得るようにすることです。また、これら二百余万名の「借り受けられた」ハイテク人材が帰還することを可能にするものでもあります。
また、これら四億の仏子たちの回帰と超越に対しては、如実なる性質によって向上がもたらされるでしょう。さらに、現在の天地におけるすべての宗教の過程は、上蒼によって導かれています。そして、これらは、過去の第一元会、第二元会、そして現在の第三元会を区別なく相互につなげることができるのです。
各々の元会が一体となり、地球の進化を共に成し遂げる
これらの縁ある者たちに対して、再び地冥星の中に入り、新たに位置づけを与え、思想観念を正し、良き正しい方向へと導くことを可能にする。また、これらは過去に対して、すべての成就者を区別せず、あるいはあらゆる過ぎ去った時代に対して提供されるものである。
先天、後天の区別もなく、あらゆる君主、帝王、あるいはすべての王侯、大臣たちも区別しません。これらに対して、新たに「封神演義」をあなた方に示すことになります。また、21世紀においては、新たな位置づけがなされることになるでしょう。まさに天地の進化の過程に対して、真のハイテク文明へと入るための位置づけと実行が行われるのです。
これは　上蒼がこの時期に課した大いなる聖務であり、崇心宗脈はまさにこの大聖務に対し、弘化教育の課程において決定的な役割を果たすことになる！過去いかなる朝代においても、いかなる宗教や宗派を問わず、今日に至るまで言えることは：すべて既に断絶しており、またこれらの往時に君主や帝王として尊ばれた者たちも、皆必ず改造と向上を必要としているのである。
また、天命により聖務大道の弘化に任命されたすべての者は、天命聖務大道の弘化に任命され、再び位置づけを新たにし、これまでのすべての因縁や人脈を再び選別し、新たな位置づけを与えることです。これは大道の循環作用と機能の効益であり、第三元会のすべての有情衆生、原霊仏子が向上し成長することを可能にします。
天地の演化に万物の蒼生ことごとく参与す
これはまさに、上蒼の大道の任務に入り、直接「懿敕崇心宗脈」に下化されるものであり、「真仏は心中にあり」という弘化導引としても機能し、有情の衆原霊仏子が真に回帰超越に入ることを可能にし、従来のように引き続き彼らを地冥星の因縁の中に留まらせるのではありません。
これらの因縁に対して、すなわち地冥星に対して、正と邪の二つの気が生じました。また、正と邪の二つの気勢の中には、各時代から引き継がれた禍いの一部があり、それはずっと改善されることがありませんでした。今に至る民国時代において新たな位置づけがなされ、彼らが真に回帰し、超越することを可能にしました。
そして、もはや地冥星にいつまでも留まり続ける（恋着する）ことはなく、このような条件が生じると、正と邪の二つの気勢が牽引し合う作用が生まれる。しかし、上蒼は民国初年に地冥星を真に改善するため、すべての循環と進化の創造過程において、この不良な気勢の作用を減らし、人類が被害を受けることを減少させようとしたのである。
未来の地冥星に対しては、大きな浄化作用が働き、21世紀のすべての過去、すなわちこれまでの六万年にわたり、あらゆる悪しき気勢を改めて修復・改善することになる。その多くは、かつてのすべての帝制主義の王朝から引き継がれ、今なお地冥星の中に遺されているものである。
上蒼は天地を創造し進化させた
無極皇母はこの良からぬ気配を観て、直ちに懿旨を下界に下し、真に「天に代わって教化を宣べ、天を体して道を行う」大道の人材を探し求められました。また、無極皇母自らが親しく下された懿命を実に得ることができ、元来五つの宗脈が選び抜かれた末に、ただ懿敕崇心宗脈のみが「大道シリーズ天書」を著作することが叶ったのであります。
この中には、虚空天界から　虚空上人－南無虚空上徳人天古仏を借り受け、地冥星に降臨させると同時に、　南無理心光明琉璃如来仏－（虚空理心光明天尊）も借り受け、相互に補い合いながら降臨させ、すべての人界の衆生に対する応化の働きをなすのである。
すなわち、四億二百余万の有情衆生の原霊仏子たちが、真に「唯識思想」によって確立された境地に到達できるようにすることです。これはすでに道家において、天地の精華を凡塵世界に下ろし、軽く清らかなものは上昇して天となり、濁り凝ったものは下降して地となるという天機が、凡塵世界に示現されていたことと通じます。
まさに未来の天地において、有情の衆生である原霊仏子たちが真に理解できるのは、人道世界において「身、心、霊」の三者を超越することが、そのまま真実の本性であるということです。『大道シリーズ天書』を提供することで、有情の衆生である原霊仏子たちの思考と観念を進化させ、「身体、内面、霊性」という三者を高めていくのです。
大道は天地の応化として教育に現れる
互いに交わり合い、自らを浄化する根本の源に対して、人為的要因によって創造され、なぜずっと地冥星のすべての障害に深く陥っているのかを真に理解できるようになり、真の回帰を天上の大道の天梯へと進化させ提供するに至る。また、このような天機の良縁は、非常に殊勝に上へと増長していくものである。
第三元会においてこそ、初めて真に自らの「身体、心、霊性」の三者を回復し、成就に至ることができる。これは21世紀から未来の30世紀までの千年間に、すべての世間の科学技術文明を、より超越した天機良縁へと導くものである。
したがって、過去のすべての王朝の君主や帝王制度が再び地冥星系に降臨し、これらの君主、帝王および関連する因縁に対し、かつて上天の職責と聖なる務めを担ったすべての者たちは、懿敕崇心宗脈に入り、新たにやり直すことになる。そしてまた、心から大道の弘化を推し進め、大いなる天地の間に広めていくのである。
これこそが大道の聖なる務めを真に如実に対応することで、往昔のすべての「復古収円、普渡収円、五教収円、天地収円」を再び進展させ、回帰、超越、円満、天機を乗り越える段階へと導くことができるのです。崇心宗脈の第六期からは、真の弘化と衆生の引渡しが必須となります。おわかりいただけましたか？
地冥星系は演繹を為す　　相互循環は正に宜しきが如し
大道は天地の徳沢　　上蒼は導きて帰返の期を告ぐ
古代の君主制の時代から
その位置づけを改めて理解せねばならない
重責を担い大任を負い　　自らを改造して天界に帰り並ぶ
この偈は、すべての有情の衆生、原霊仏子たちが互いに励まし合うものである。古代の帝制や、過去において現在の重責を担うすべての人々を区別することなく、理解すべきは、より豊かであればあるほど、より謙虚であるべきであり、そうしてこそ、この時空の環境の中で選り分けられて離れることなく、善良な成長の良い機縁を得ることができるのだ。
必要に応じて、上蒼の基本構造と因縁を明確に理解することは、有情なる人類衆生が上へと回帰し、超越し、円満に乗り越えることができるようにするためです。また、今日、大道天地シリーズの天書の中で著述し、あなた方の思想構造を開示し、再び位置づけることは、真実の性質に適うものなのです。皆様、ご多幸をお祈りします。さようなら。
無極道真天尊（むきょくどうしんてんそん）
無極の因縁早くより頒たれ　　道真降凡並大抵ならず
天尊は今日当番を務められ　　諸賢と共に皆で責任を担う
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈副主席の無極元君・麻仙姑が降臨され、「大道天地」第二十八回を著作されました。大道天地の徳沢を凡塵世界に応化し、また過ぎしすべての朝代の君主帝制において、未だ回帰していなかったものを改めて修整されます。
また、一部の願いを乗せて天機の使命を帯びて降りてきた者たちに対しても、新たな位置づけを行います。この時期はまた、大きな選別の時空の縁でもあり、これらの有情の衆生である原霊の仏子たち、すなわちすべて上天の原霊の子たちに対してです。そのため、無極皇母はすでに早くから布告を下され、これらの原霊の子たちが互いに教育文化の課程を通じて、新たな位置づけを与えられる必要があるとされています。
つまり、心を尊び回帰し、心からさらなる成長と学びへと歩みを進めることです。また、この不良の気勢はすでに約三万年も前から存在しており、したがってこの元会も、この時空の因縁の中で、まさに再び位置づけられるべき時なのです。現在の地冥星には多くの災禍が生じていますが、これもまた、このような原因によって引き起こされているのです。
あなた方はまさに理解できるのです。天の機微と良縁の中にあって、第一級の資料を得ることができ、すべてのいきさつを明らかにすることもできます。また、情ある人類衆生に対して、真実のままに往来し、向上し、超越するよう促し、さらに自分自身をも人類衆生をも益する、善良で真実なる性質を高めていくのです。皆さん、お疲れ様でした。ではまた。
2014年6月19日18時17分◎＃※   ０Ｋ＃
虚空文澤教化天尊
虚空の教化、因縁により開く　　文澤成就し、有情を載す
教化の因縁を成して成長を為し　　天尊復古し円を収めて来たる
第廿九回　 復古收圓
天地の大道
明らかにすることができるのは、すべての生存の方向性が、あらゆる潤いと営みに影響を与えることである。また、この中から、人道世界がなぜ地冥星に生存を依存する必要があるのかを理解することができる。この中には、かつての君主制もあり、それには規範的な動きがあった。各時代のすべての指導者である君主制は、また子孫に恩恵をもたらすものであった。
すべての王朝を見渡すと、いずれもその地の住民を守り顧みることができたため、生前も死後も大きな過ちはなく、ただ業の障りに引きずられて、多くは地冥星に存在し、他の空間で生きる者の中には、なお君主帝制の生存志向を保つものが少なくない。
とはいえ、もはや昔の状態に戻すことはできず、また地冥星の実際の君主帝制が施行されたものの、現在の復古収円者にとっては、このような機能を設置することで新たに導き入れ、君主帝制の時代へと再び位置づけ直し、改めて改造し、これまで上昇・超越できなかったすべての制限と障害を乗り越えようとしているのです。
復古所有の因縁
つまり、これらの古代の君主や帝王制度は、民衆を保護し守ることにおいて、非常に大きな功績があった。そのため、彼らが亡くなった後、天は彼らに生前のすべてを継続させることを許し、他の空間世界と相互依存する機会を与えたのである。そして、このような存在の多くは、過去において生存した功績者たちなのである。
民を守り育てる功績は確かに認められるが、上蒼が他の空間世界に与えたこの君主帝制は、たとえ多くの功労者がいたとしても、皇極や昊天世界にのみ存在するものであり、地冥星の限界と障壁を超えることは極めて困難である。
存続するものには、数万年の時空や数千年の時空、あるいは数百年の時空の因縁があり、現在これらの因縁を持つものは、いずれも地冥星の制約を超えることができず、三次元空間の障害と限界から脱することもできません。このような過程は昊天や皇極の世界において、実にあまりにも多く、あまりにも多く存在しているのです！
昊天皇極世界において依存する対象として、多くの者は生前に民を守護し、数々の功績を残したため、特に大きな悪事を犯していない。上天はこのような者に対し、生前の君主としての時空因縁を維持させ、引き続き民や縁ある者たちを見守り護ることを許されている。
復古の機能と役割
また、霊性の超越においては、さらに多くが欠如しており、上蒼から見れば、これは非常に大きな負担となっています。そのため、昊天は民権の時代が到来した今、霊性の全面的な改造を開始されました。これにより、彼らが真の超越を達成し、もはや輪廻に引きずられることなく、君主制との相互因縁から解放されることを可能にされたのです。
したがって、このような「復古収円」の方式が存在するのです。それは、未来において上天の重大な責務を担うことができるか、あるいは依然として輪廻を続けるかという点で、未だに多くの福徳、禄位、功績が残されているからです。また、個人にとっては、未来における「思考構築の超越と非超越」という二つの区分によって決定されるのです。
また、自らがすべての君主や帝制に対して復古収円を行うことも、これまたその一つです！さらに、君主帝制を認めれば、より大きな超越が可能となり、過去に天の職責や使命という大いなる聖務を担った者、あるいは主事者と過去の王侯・将相といった大徳者たちの区別なく、関連する大いなる使命を担うことになります。
すなわち、功績や守護、成就に依拠することで、未来世において、過去に積み重ねた功績と加護の福縁を長く享受することができる。これにはさらに「復古収円と普渡収円」の二つの区別があり、復古収円とはまさに功績と功労を有する者が積み重ねた因縁の成果である。
収円の目的はまたいかにあるべきか
一方、普遍的な救済と円満なる収穫とは、功績や功労のない者、すなわち一般的な有情の衆生である原霊の仏弟子たちに対するものであり、これを普遍的な救済と円満なる収穫と呼びます。また、このような天機の良縁は千古の昔から、常に凡塵の人道世界に下ろし難いものでしたが、現在の時空の因縁はすでに異なり、世代の交代もとっくに科学技術文明の時代を超える段階に入っています。
それゆえに言う：復古収円とは、つまりこれらの、比較的功労のある者に対して言うのである。また未来において超越に入ることができるか、あるいは次の時空因縁において、地冥星に入り再び一巡するかは、もはや君主と帝制という大いなる因縁は存在しなくなる。相対的に！大部分は帝制を選択することになるであろう。
しかしながら、一方の雄として君臨し、現代の総理や大統領として尊ばれることもできれば、一地方の大富豪や商人としても尊ばれることができる。まさに現代という時代においては、このような人材はあまりにも多く、あまりにも多いと言えるのだ！あなた方は周囲の人々をよく観察してみなさい。このような大きな情けと大きな愛を持って、再び人道の世界に戻ってくる者を。
これは再び位置づけを行う基盤となり、また「復古収円」の時空因縁に入るにあたり、まさにこれらの古来の功績者・功労者に対して、現代の時代に入る、あるいはなお他の空間に存在する者も、再び一度新たに来て、未来への位置づけを改めて行うことになります！さらに「崇心演繹」を形成するのです。
収円目的のすべての構造
まさに、これら千古にわたる功績を残した者たちが、再び人道世界に入るか、あるいは因縁が人道世界にない場合は、因縁が到来する時を待って、地冥星に入り、導き、守り、眷顧する役目を果たすこと。これはかつて地冥星にいたすべての眷顧者に対するものである。
また、功績や功労を立てた者は、その多くが地冥星の中に現れ、かつての民を再び守り、慈しむことになる。この天機の示現は、上位の主事者自身の条件を再び位置づけるものであり、また多くの前世を再び経験する者も、必ずや上昇し、超越していかなければならない。
あるいは前世に大きな因縁を持つ者は、再び地冥星の中に入り、先に示現したすべてのものに対して、あるいはなお存在し続けているものに対して、このような功績や功労を持つ者に、もう一度守護と慈しみという大きな因縁を与える。このような先の仁慈に満ちた徳のある政治は、民衆に相当な守護と慈しみを与え、また天の大いなる道徳の恩沢と互いに輝き合っているのである。
すなわち、上蒼の基本構造とは、これは現代において一方の雄として富貴を極める者たちすべてに対し、同様に導き、守り、顧みて、すべての民衆の生活、教育、文化などを…、すべての行いはこのような大きな因縁によって促されているのです！
復古収円の機能性
それは千古の昔から、いかなる朝代を問わず、功績や功労がなお保たれている者に対して、上天はこのような天機の良縁を与え、この時代に入り、真に回帰し、超越することができる者とされる。また、現代の時代に対して言えば、ただ万教が一斉に発展するだけではない。
誠にその通りです！これまでどの宗教の流派も区別せずに、担ってきた職責と使命、聖なる務めとは何だったのでしょうか。また、導き完成させて昊天上帝の皇極に回帰させる者たち、そしてずっと時機の到来を待ち続けてきたこれらの存在について、あなた方は皆、弥勒菩薩の下生とお考えでしょうか？天地の時空と因縁によって計算すれば、まだこの因縁には至っていません。
すなわち、現代の時代には、多くの者が名号を借りて、人間界に姿を現すことになる。また現代において、もしも「自分は天皇、地皇、人皇のいずれかである」と直言する者がいれば、それは単に名号を借りているに過ぎない。それが真か偽かは、各人の智慧によって判断されるべきである。そうすれば、時空の因縁がすでに異なっていることが理解できるだろう。
上蒼は収円をいかに向上させるか
したがって、上天もまた各人の行いと所業に基づいて審判を下し、未来において再び輪廻に入るか、あるいは上昇して超越するかを定めます。この千古より伝わる理法が、今の時代における復古と収円の意義であり、まさに彼らが真の向上を遂げ、単に皇極や昊天の世界に留まるだけではない道へと進むことを可能にするのです。
また全体に対して：無極、虚空、大宇宙天界の乗越と成就については、必ず再び検討し直す必要がある。さらに、上蒼はこの期のすべてに対して：皇極、昊天の基本構造は、まさに皇極世代の各朝代において、これらの功勳・功労者たちが更なる超越的回帰と円満、乗越へと進むためのものである。
このような天機の良縁は一瞬にして過ぎ去るものであり、つまり一つの試練が終われば、また次の試練が続き、それらは彼らにとって、未来に昇華するか否かの分岐点となるのです。よく理解しておく必要があります！全ての時空と因縁の条件は、すでに移り変わり変化しており、世代を重ねるごとに変わっていくのです。過去の因縁がそのまま続くことはあり得ません。
復古収円の構図　　古の歴代大帝國
君主の制度は功績を築き上げ　　今の私を形作ってくれた
普く衆生を渡し、円満に収めて回帰を成す
広く一般の世俗にまで及んで推し進める
有情の衆生と仏子たちは
皆共にこの元会を成し遂げる
この偈を！皆様と共に、多くの仏子たちと共に励まし合い、復古収円という大いなる因縁を成就させましょう。つまり、なぜ　上天が区別されるのか、普渡収円と復古収円の両者の違いは、まさに普及性と功績者の違いに過ぎないのです。さて、皆様お疲れ様でした。すべてに吉祥がありますように。またお会いしましょう！
無極道円天尊
無極道圓天尊来たり　　共に会して有情の大家を排す
大道天地二十九回　　復古収円の徳沢開く
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈の主席である虚空文澤教化天尊 文衡聖帝が降臨され、「大道天地」第二十九回を著作されました。これは復古収円の天機良縁を賜り、普度収円の良善なる功徳の成就を区別するものとなります。
すなわち、あなた方に対して区別されるのは、向上へと進むことを超越するためであり、単に昊天や皇極の時代に示現するだけにとどまらない。また、現代はすでに文明と科学技術の時代に入っており、未来のすべては一つひとつ現れてくる。崇心宗脈の仙仏の先生方は、必ず一つひとつ事前にお知らせくださるでしょう。
汝らに新たなる思惟と観念を与え、未来の成就へと至る仏果の位階に入らしめることは、まさに正道である。崇心宗脈は十周年を経て、第六期の真なる弘化へと進む。汝らが一層心を砕かんことを願う。過程における欠落が如何なるものであれ、今日すべての欠落した過程を改めて検討し、改造を加えることは、真実に即した行いである。
さもなければ、人道世界は上昇超越と下墜輪廻の分岐点であり、あなた方は超越するか、それとも輪廻するか？すべてはあなた方の選択にかかっています。皆が超越者となることを願い、良き因縁があって、自らも恵まれ、同時に有情の人類衆生の成長と回帰にも益することを期待しています。皆様、ご苦労様でした。さようなら！
2014年6月19日19時45分◎＃※   OK＃
南天の主宰 文衡聖帝
南天の主宰が降臨し儀式を執り行い
文衡聖帝が真理を明らかにされる
大道天地三十回あり
普く渡し円を収む大道の期
第三十回　  普渡收圓
人類衆生の収円の功徳
復古収円を明らかにすることができる。過去の君主制の王朝は、すべての民衆を慈しみ守り助けた。その功績は上天から見れば、人道世界が慈しみをもって徳沢を下ろしたものである。また上天は、在世中のすべての行いによって評価し、第五空間において新たに守り助け、成就させてくださるのである。
今、観ることができるのは、復古や収円を唱える者たちが依拠し、その機能を発揮する対象は、すでに現代社会において言えば、民権の世界に入っており、すべての方向性や作用はもはやかつての君主帝制のようではなく、また時空の因縁や条件もすでに大きく変化しているため、根本的に君主帝制へ回帰することはありえないということです。
故に、世に功績や勲労があり、眷顧や護佑を賜り、万民蒼生を守護するものの、しかし自らの「内心、霊性、肉体」の三者に対しては、ただ護佑や眷顧を施し、それらを成就させることしか知らず、真に自己を向上させ、縁起の根本を超越することは困難であり、多くの場合、現代において再び生まれ変わってくることになる。
ある者はすでに再び輪廻することはできませんが、大部分は再び輪廻し、現在に戻ってきます：復古収円と普渡収円の中に入り、これらがもし過去のすべての行いに従って実践されるならば、民衆に眷顧と護佑を与え、その生存の方向性を示すことになります。それゆえ、あなた方はよく観察してみてください、現代の世の中はすべてこのようになっているのではないでしょうか？
普度の因縁、一指に成就す
一方の雄となる者であれ、あるいは一地域の富裕な商人を担う者であれ、また主事者や宗教者であれ、皆前世からのすべての加護と大きな恩恵を受けており、現代において再び互いに成就し合い、向上する機会が訪れます。しばしば宗教的な縁によって促されることもあれば、富裕な商人となることもあります。
この中でも特に、天道一貫の因縁は、あらゆる万民衆生に広く行き渡るものであり、このような普遍性を持つ相互点伝は、宗教修行の過程に入る者に、天機良縁のすべての殊勝な過程を真に理解させることができる。それによって真に仏性の成長を顕現させることができ、また相互に体証することも可能となるのである。
自分自身を宗教的信仰の依り所とする作用に入ることも、一貫天道や仏教に入った後に顔に現れる、まさに善良な面相を持つ大きな因縁であり、さらに細かく観察すれば、大乗菩薩の行いの機能の中に入り、宗教的信仰の依り所として働くのである。
しかしながら、多くの場合、過去に品行が悪かったり凶悪な人でも、一貫天道や仏教に入信した後、自らの悪い面相を変え、凶悪で残酷な顔つきを改めることができます。数年後には、非常に善良な顔立ちが現れてきます。これはまさに真の改造と言えるでしょう。
普く衆生を救い、成長を促す役割を果たす
さらに、自らの良くない魔性を抑えることさえでき、このような信仰者に対しては、善良な顔を持つ者は、まさに天の基本的な本意であり、広く普及させ救済を完成させるものであると言えるでしょう。また、これら青陽期、紅陽期のすべての原霊仏子たちに与えられ、地冥星の中に入り、生存するためのよりどころとなる行動です。
真に自らの「心、肉体、霊性」の三者を互いに完成させ、またこの三者を通じて上昇・超越を達成することが必要です。さらに、過去の青陽期、紅陽期から現在の白陽期に至る天機良縁を修持の依り所とし、真に人間世界において向上・上昇・超越へと歩みを進めることが与えられるのです。
むしろ、彼らが人界で繰り返し輪廻するのではなく、この天機の良縁は、地冥星において修行し改めることにあると理解すべきです。しかし往々にして、自らの当初の信仰と弘願を貫くことができず、皆、自らが過去に積んだ一切の因果と業債に縛られ、初心を変えてしまうのです。
また、自らが立てた広大な誓願に沿って修行を実践することが、根本的にできなくなってしまうという状況は、まさに至る所に見受けられます。試練に直面する者自身の基礎的な構造と基本的な知識は、わずかな挫折に遭遇しただけで、すぐに退却を決意し、あるいは既に逃げ出してしまっているのです。
上蒼の徳沢は大いなる寰宇の衆生を来たりて成長せしむ
このような宗教信仰者は、言うに足らず、またこのような信仰宗教者が普遍的な信仰の中に入ることも、合格とは言えない。天に対して一貫した天道信仰を開示し依り所とすることは、先に得て後に修め、先に有して後に求めることを与え、また普遍的なすべてのものを引き渡す作用を持つのである。
そのため、多くのものが数合わせに過ぎず、ほとんどが取るに足らないものとなってしまいます。しかし、広く衆生を救済する者は多いものの、真に宗教信仰に入り、上昇超越できる者は稀なのです！普及的な信仰による救済を通じて、さらに未来に向けて心の灯火を灯し、印を授け伝えるための枠組みを構築し、広大な人類衆生に広げていくのです。
また未来において、どのように再び導き渡すべきかということは、この紅陽期の因縁と青陽期の因縁との関係に関わるものであり、現代が白陽期に入った中で言えることは、これもまた点伝授印の構造であり、未来の回帰の基礎となるものである。つまり、自らが仏教に入り、あるいは一貫天道の中で信仰を持つことに関わるものである。
互いに自らの過去の功徳を振り返り、願いを果たすことができたのは、まさに現在において功徳の実を積み、自らを救い、他者を救うことができるからです。また、このような相互の成就は台湾の地においてこそ言えることであり、真に功徳と効果のあるものは、無極皇母が南海古仏と南屏道済古仏の願力に従って導き救済されることによってもたらされるのです。
収円の機能と効果の意義
これらの信仰に入った者たちには、互いに完成させる大きな因縁があり、ここ50年ほどの間に、冥王星系の半分全体に広がったことを見ることができる。これはまさに仏教や一貫天道のすべての教化因縁が、中華の炎黄の子孫を信仰へと導き入れ、互いに支え合い完成させることである。
これも仏教と天道システムから見れば、信仰宗教に入るすべての相互補完を授けるものであり、もしキリスト教やカトリックの普及性が仏教や一貫天道よりもさらに進んでいるならば、このような因縁の条件のもとでは、あなた方は仏教と一貫天道の「普度収円」だけを知ることになるのです。
極めて明確にするのは難しい。さらに、キリスト教やカトリックの宗教が互いに普及し、導き合っている。すべての世界宗教から見ると、それはまた、仏教や道教、儒教が伝播し広めたものよりもはるかに優れており、普及性の導きにおいて、有情世界はただ一貫した天道と仏教の普遍的な救済を知るのみで、また互いに補い合っている。
また、天道システムにおいてのみ、「収円」について言及されるのであって、一般的な道家や霊山を歩む者の中では、「復古収円」という言葉があるだけである。このような条件のもとでは、キリスト教やカトリックの普遍的な救済の中で成長してきた者たちがいることを知らず、彼らは「収円」とは言わないのである。
収円の功徳は人類衆生に利益をもたらす
この論調は20世紀において、宗教的信仰の領域に入り込み、今やこう言えるのである：一貫道、カトリック、キリスト教、イスラム教、道教、儒教、仏教といったすべての救済の道において、まさに相互に補完し合い、すなわち情愛ある人類衆生の修行者を導き、回帰と超越を成し遂げさせることができるのだと。
すなわち、これら他の宗教に入った修行者たちに与えるもの、これを普度の機能と効果と言います。他の宗教に対しては「収円」とは言わないものの、実は既に真の収円の働きをなしていることを理解しなければなりません。ただ各宗教の表現が異なるだけなのです。あなた方はすでに収円の条件の中に入っているのですから、いかにあるべきでしょうか？
まさに区別しないのは、儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教などあらゆる宗教においてであり、特に現代のあらゆる宗教、さらに言えば万教が一斉に花開く中で、「復古収円と普渡収円」の次元と境地はそれぞれ異なり、またそれぞれが神通力と妙力を発揮して、昔からすべての眷属を導き守護してきたのである。
一切に関わる有情の原霊仏子たちよ、汝らが一つの信仰の中で、未来に向かって進むべきは：上昇し、超越することであり、下降し、輪廻することではない。それは上蒼の基本的な意図と構造には沿わない。収円の機能と効果に対し、自らが過去の一切の良からぬ性質を改め除くことを通じて、入っていくのである。
普く衆生を救い渡し、古を復して円を収むるの功徳
つまり、自分自身の良くない習性を改め、すべての習慣が自然となる作用を変えることです。その中には、自分の習性の変遷の中で、人間の世界に合わない個性を修正し、さらに自分の第八識にある良くない垢を真に取り除くことも含まれます。それは「清浄に濾過」し、また「静かに考慮」しなければならないものです。
つまり「静慮と浄濾」の両者は、その基本的な構造そのものにおいてこそ、真に上昇超越する日が訪れるのです。また、このような人道世界に入るにあたり、儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教、および天地間に存在するあらゆる宗教を区別することなく、ただ一つの信仰宗教しか知らないあなた方に対して言うのです。
しかし、上天が全地冥星に対して「普く救い円を収める」という基本的な意図、および復古収円の天意の構造を知らない。それはまさに一からやり直し、再び人道世界に入り、真に天機良縁を整え直すことを与えることである。つまり、あなた方の区別――儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教など全ての宗教を分け隔てしないということである。
さらに天道のシステムに対しては、より直接的に相互補完を加えています。これこそが、上蒼が「懿敕崇心宗脈」という天機の良縁を開かれた理由です。つまり、あなた方が「真の仏は自らの心中にある」ことを理解できるようにするためです。もし外に仏を求めれば、仏はそこにはいません。これはまた、あなた方の宗教への信仰において、外見的な形に執着することを打破するものでもあります。
普く衆生を渡し、円満に収める一貫の道
なぜ多くのものが上昇超越を達成することが難しいのか、それは天意を理解していないからである。では、上蒼無極皇母がなぜ自ら御命を下し、懿敕崇心宗脈に天機良縁を授けられたのか。これこそがその理由であり、また崇心宗脈がこれまで全ての立堂を経て、この十年間の任務を果たしてきた所以でもある。
あらゆる試験と監督の中で、なぜ　上蒼が真に大きな誓願を持つ者を厳しく選別し、崇心宗脈の体系に入れて、四億二百余万の有情なる原霊仏子を救済し、さらにハイテク人材を「借りる」役割を果たしているのかを理解する。これはまさに研究、発明、創造における大きな契機である。
この天機の因縁は、この十年の間に崇心宗脈を通じて上天に認められてきた。まさに「時を守り、法を守り、信を守り、義を守る」という宗旨を堅く守ったからこそ、崇心堂の十年にわたる基礎的な枠組みは、上天の認可と肯定を得ることができたのである。また、諸天の仙仏の先生方もすべてこれを賞賛されている。
復古収円の天機
普く渡し収円に来たる帰期
渡しは汝と我と彼を分かたず　　儒も道も釈も耶も回も相い契る
無極皇母の親懿の勅　　崇心の因縁に天徳を賜う
理筆宗主は志を堅くすることを能くし、聡智堂主は更にこの如し
これは、上蒼の全ての基本構造に対してであり、それによって上蒼の度重なる試練を通過することができる。その中で、天に代わって教化を宣べる者の、自らの基礎構造と堅固な信念がどのようなものであるかを明らかにすることができる。言うならば、崇心宗脈が今日の基礎を持つに至ったのは、すなわち諸天の仙仏の先生方が、下ろされた資糧の源を増長させてくださったからである。
また一歩一歩着実に基礎を固めてきたからこそ、このような広大な教化の働きがあるのです。未来においては、真に第六期の教化導引と回帰が開かれることでしょう。崇心宗脈に学ぶすべての学宗生は、どうか努力を重ねて円満なる乗り越えを成就されますよう。皆様のご苦労に感謝し、著作へのご相伴をありがとうございました。それではまたお会いしましょう。
無極納福天尊（むきょくのうふくてんそん）
無極の因縁が崇心に降り
福を納めて衆生を皆引き寄せる
天尊は今日輪廻をなす　　神人と共に会して皆親しむ
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日、本宗脈の大主席である南天主宰 文衡聖帝が降臨され、崇心において『大道天地』第三十回を著作されました。今回の「普渡収円」は、前回の「復古収円」と相互に連携し、皆様が真実のままに向上し、成長されることを提供するものです。
また、あなた方も現代の宗教信仰に入っているのに、なぜ断片的な知識しか知らず、宗教全体の進化を理解することが非常に難しいのか。必ず理解しなければならないのは、天主とキリストへの信仰が、すでに中国の儒教、道教、仏教などの宗教をはるかに超えているという点であり、これはまた、中国の炎黄の子孫すべてが不足しているところでもある。
よく観察すべきである。人々がどのように宗教信仰の福祉を実践しているか、それが真実の姿である。また、儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教といった宗教に対し、「汝」「我」「他」の区別なく、真に融合できることを理解しなければならない。この考え方を、汝らの「第八識」に深く根づかせるべきである。
また未来においては、すでに平等な宗教への信念があれば、崇心宗脈に執着することはなく、天下第一の宗教だなどという考えは取るに足らないものとなります。おわかりでしょうか？それぞれの宗教の優れたところを尊重すべきであり、そうすれば「唯我独尊」の宗教観念を打ち破ることができます。皆様、お疲れさまでした。ご尽力に感謝いたします。ではまた。
2014年6月19日21時15分◎＃※   ０Ｋ＃
太乙救苦天尊（たいいつくうくてんそん）
無極の大道は因縁より生じ
太乙救苦の霊は来たりて成る
大道天地三十一回　　五教収円共に実真
第卅一回　 五教收圓
この世では五つの教えへの信仰が行われている。
人道世界は宗教に入った後、信仰への帰依が存在する。特にすべての原霊仏子にとって、次々と人道世界に入り、生存の方向性と宗教の信仰の枠組みの中で、自らの信心をもって宗教に入った後に初めて、信仰のすべての依り所となる作用があることを理解しなければならない。
ここから理解できるのは、人間世界において、地冥星の観点から見れば、上昇と下降の分岐点があるということです。宗教に入った後、その宗教の信仰だけに留まらず、真に向上することができてこそ、初めて真実の性質に達するのであり、それが向上か再び輪廻かの分かれ目となります。
そうでなければ、信仰に入った後も、依然として多くの良くない気質や性質が残ってしまいます。特に自分自身に対して：習慣性、慣性、個性、先天的な性質の悪い部分を改め除くことができるか、あるいはすべての習慣性を宗教に持ち込んで、単に名義だけの登録をして、その宗教の信徒や学生になるだけなのか！
上蒼が下界に教化を施す際、凡塵世界では相互に因縁が絡み合っている。また上蒼の視点から見れば、いかなる宗教宗派の区別も存在しない。しかし下界に教化が及ぶと、たちまち分別が生じる。自らが依りどころとする宗教を通じて作用し、そこには自らの信仰、意欲、原動力が含まれ、さらに自らを前進へと駆り立てる支えとなるのである。
それぞれの関心が宗教的信仰へと向かっていく
それぞれの信仰に基づく行動は、各人の信仰が持つ機能の下で、各人の信仰の拠り所となり、また各人の信仰する対象を区別する。最高、最大のものから、良くない汚れた考えまで、さらに宗教関係者が信仰者に区別心を鼓吹するようになると、それを変えるのは非常に難しくなる。
必ずや、他宗教に対する無礼と不尊重が生じ、自らの信仰宗教の本来の意図に影響を及ぼすことになります。本来は、宗教に入った後、自らを向上させ、さらには大公無私の信仰のよりどころを受け入れることができるはずですが、往々にしてこれに逆行し、自らをより大きく、より高く膨張させる因縁となってしまうのです。
さらに、他の宗教に対する不敬を生み出し、それによってこの宗教への障害を形成することも、まさに至る所に見られます。どの宗教の宗派にも区別なく、すべてが　上天が一体となって凡塵世界に下し、互いに縁あるすべての人々を導き、信仰の拠り所とするものであることを理解しなければなりません。
これは方便を与えて普及させる信仰であり、すべては各人が選択する中で、それぞれの宗教の教育文化課程を区別するものです。自らの「自心、霊性、身体」この三者が互いに完成し合うことが必要であり、もしまず自分自身を利益することができずに、他人を先に利益しようとするならば、それはまるで天に登るよりも難しいことです。
五つの教えはそれぞれ優れており、縁ある衆生を救済する。
さらに、愚か者の夢物語に過ぎず、このような状態ではまず自分自身を利することもできないのに、先に他人を利そうとすることは、そもそも成し遂げられるものではありません。しかし、先に他人を利そうとする者は、いかに偉大であると言えるかもしれませんが、実際はそうではありません。必ず理解しなければならないのは、それは「一盲が衆盲を引き連れ、次々と火の穴に落ちる」ようなものだということです！盲目の信仰と依存の作用に陥っているのです。
一般の世俗の人々にとって見れば、悪しき道に入らない信仰に依拠することは、天が許容する信仰の範囲内にあり、自分自身が他の原霊仏子を真に導いて超越的な回帰を果たすことはできないことを理解しなければなりません。また、各人の前世の福徳と因縁によって、この世の中に入っているのです。
これらすべては、各人の福徳によって支えられているのです！すなわち、上天が凡俗世界に下り、各地域で全ての原霊仏子を導き救済するのは、まさに人々が身近に信仰を寄せ依頼することで円満となり、身近な場所で修行・学習・成長ができるよう授けられるのです。これには、それぞれの宗教の信仰を通じて実現されることが含まれています。
各人が好みに応じて宗教を選び、依り所とすることができます。これは信仰者が現世においてより円融な信仰の拠り所に入ることを可能にしますが、すべての宗教入信者が超越的な次元に回帰できることを保証するものではありません。また、宗教を信仰する者自身の教育や文化的背景がどのようなものであるかも重要な要素となります。
五つの教えは平等に互いに融合し合う
天国、極楽などの世界へ回帰できるかどうか、あるいは無極、虚空、大宇宙天界に入ることができ、また一部の者は皇極天界にのみ到達して互いに支え合うことができるかどうか、これには多くの要素が含まれており、それぞれの宗教的信仰が内なる思索を通じて構築したものであり、つまり『唯識学の観念』が進化したものなのです。
すべては信仰者の本体に影響を及ぼし、平等な思考観念を持つことができるかどうかは、真に実践して改めることが必要です。自身の良くない習性や生まれつきの性質による行いを、真に欠点を修正するよりどころとしなければなりません。また、このよりどころを通じて、宗教に入った後、真に良くない気質や誤った作用を改めることができるかどうかを理解することができます。
このような気質の欠如は、自らの良くない習慣と潜在的な因縁を改める機会を提供し、それが正しい道である。さもなければ、「自心、霊性、身体」を真の学習の中に置き、自らに成長と収穫をもたらし、真に利益を得て向上させ、利益の円満なる回帰に至らしめることができる。
宗教に入った後、また来世で輪廻し、もう一度やり直すだけではいけません。皆さんはそれを望みますか？ですから、自分が宗教に入った後は、儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教、そして天地の空間にあるすべての宗教を区別することはできず、すべての新興宗教も区別してはいけません。
五教の円融を収める功徳
すべては一つの本体であり、このように真実の公平と自由な信仰に依って帰すれば、自らが宗教を信仰する中で、千古の昔から区別のなかった「復古収円」「普渡収円」「五教収円」という、このような天機の良縁が凡俗の世界に示現されることを可能にします。また、すべての宗教信仰に入る者は、ただ収円を知るのみなのです。
まさに一貫天道を通じて注釈と完成を加え、すなわち一貫天道の「普く衆生を救い円満に収める」という理念によって、「復古による円満収束」と「五教による円満収束」という各体系の中に、すべての人々が喜び合う機能と効果を区別して存在させている。これは上天が下されたこの殊勝な因縁に対し、凡塵世界における円満収束の働きの中で実現されているのである。
真に一つの宗教信仰者として、過去のすべての良くない気質や性質を改め、完成させ、清浄無垢の浄化作用に至らせることができるようにする。つまり、「静慮と浄濾」を区別し、自らの「内心、霊性、身体」という三つに対して、それぞれが異なる形で相互に完成し合うようにするのである。
人間世界に生きるのは、ただ生存し依存するためだけではありません。もしあなた方が智慧の豊かさを備えているならば、福縁の豊かさも得ることができ、そうして初めて徳性の豊かさを理解できるようになります。その中にはさらに通貨による豊かさも含まれており、自分自身が真に利益を得るためには、「心を明らかにして本性を見、悟りを開いて果を証する」ことにあります。
五教収円の天機良縁
人類の生死という大事を解脱することができる。すなわち、今まさに上天がすべての宗教に対して行っている収円の動きであり、有情の衆原霊仏子が宗教に入った後、自らを改造し向上させることである。そしてこのような向上こそが、自らのすべての不完全さと良くない気質を整え直すことなのである。
さらに、自身の良くない気質や習性を選別し、修正するという機能と働きこそが、真に自分自身を益する条件である。あなた方はこれを望むだろうか？このような条件は既に凡俗の世界に示現されており、上天が下界に下ろされた『懿敕崇心宗脈』を通じて――「大道系列天書」という殊勝な因縁によって著作されている。
また、古来より一切の、未だかつて凡塵世界に下化されたことのない天機の因縁を、ありのままに汝らに真正に理解させ、第一手の資料の中で真に思惟理念を向上させることができる。これこそが収円を与えることであり、区別なく：儒・道・釈・耶・回及び一貫天道と全ての宗教宗派は、皆一体としてこのようである。
このような殊勝な因縁があるからこそ、単に一貫天道に対して言う「収円」だけでなく、すでにすべての宗教・宗派に広がっていることを理解できるのです。ただ、それぞれの宗教で使われる名称が異なるだけです。この時期の上天の基本構造と本来の意図が何であるかを、真に悟ることが必要です。
あらゆる宗教は互いに尊重し合わなければなりません
なぜ収円の条件を整えて上昇・超越に至ることが、自分にとって真の利益となるのか。さもなければ、人間界に入り、ただ信仰宗教のよりどころとなるだけなら、あなた方はなぜ全身全霊で信仰の道に身を投じる必要があろうか。まさに一生の苦労をもって、百世の上昇と超越を換え取るのである。
九二原霊と四億の仏子、そして借り出された二百余万のハイテク人材が地冥星に入ることに向けて、このような因縁と条件は、未来の世界に対して真の浄土世界を開くためのものであり、また地冥星空間の浄土世界は、虚空間や無極実宝浄土世界には及ばないものの、それに向けた一歩となるのです。
さらに、どのようにして上下を繋ぎ合わせることができるのか。それによって、自分が宗教に入った後、無極、虚空、大宇宙、さらには昊天と様々な因縁によって繋がる天国世界、天堂世界、極楽世界など…、あらゆる世界がそれぞれ異なる次元に到達することを区別しないようになる。
各人が得るものは、また各々の体の次元と境界の差異に過ぎません。これは上蒼が地冥星に降ろして引き上げ、修正するものであり、つまりは多くの原霊仏子の習慣性を変えることです。そうでなければ、あなた方は下界に降りてあまりに長く、すでに人道世界で迷い、人として生きることにすっかり迷ってしまっているのですから、どうしようもありません。
五教収円の殊勝なる条件
また、どのように天の徳の恵みがあなた方の身近に降り注ぎ、教化しているかというと、まさに善徳の神々が導きに来られることで、あなた方が宗教に入ることができ、平等の思考構築を高め、すべての宗教の公正と平等を円満にすることができるのです。これもまた、天の基本的な枠組みと本来の意図であり、情ある人類衆生を利益するためなのです。
未来における区別なき復古収円、普渡収円及び五教収円は、実は既に進行中のものであり、ただ上天がそれぞれの体系に応じて、実行方法と名称を異ならせておられるだけなのです。その本来の意図と構造は全て同じなのです！これによって皆様はより新たな思惟体系を得られ、汝らが利益を受けることができるのです。
また、五教の収円は、自分だけで行うものではなく、実は上蒼がすでに進めておられることです。この世には本当にたくさんのことがありますが、いかにして自分を収円の体系に入れ、超越の条件に戻り、上昇超越を成し遂げるか、これこそが公平無私であり、大道を宇宙世界に弘化することなのです。
これは、上天がすでに行われたことであり、中華の炎黄の子孫がキリスト教とイスラム教の殊勝な因縁を学ぶことができるかどうか、特にカトリックとキリスト教の両教にとっては、さらなる向上と円満を実現し、初めて未来の「五教収円」に良き機能と効果をもたらすことができるのです！願わくば！願わくば！
因縁によって創造されたものを向上させ
復古と普く救済することは皆共に良きことなり
五教は元来上蒼の教化に由来し　　収円は個々の成就を妙ならしむ
人道を超えるには向上を求めねばならぬ
縁は早く結ばれ互いに大切にせよ
崇心に回帰して導きを求めれば　　大道の系列は共に天と成る
この偈を！有情の衆仏子と共に互いに励まし合い、上蒼の大いなる徳沢を凡塵世界に降ろすことこそ、あなた方が宗教に入った後に学び、成長し、向上できる道であり、また宗教に入った後に向上の基本構造を築くことです。これにより、あなた方は一世代で成就を得ることができ、来世に再び生まれ変わる必要はありません。それが上蒼の本来の意図ではないのです。皆様、ご苦労さまでした。すべてに吉祥あれ。さようなら！
無極進財天尊（むきょくしんざいてんそん）
無極の因縁にて下界に降り
福を納め財を進めるは有情の宝なり
福あり徳あれば必ず成就せん　　自らの力にて天の徳を証す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、今晩は。本日、当宗脈　無極大道院副院尊　太乙救苦天尊が降臨され、大道天地第三十一回を著作され、五教収円の天機を凡塵世界に示現されました。これにより、有情なる人類衆生の全ての良善が増長する因縁を提供されました。
有情なる世界を理解すべきである。上天はすでに五教収円の基本構造を示しており、あなた方はこれを一貫天道のみが「収円」を語るものと思い込んでいるかもしれない。しかし、実は上天が大いなる因縁を整え、すべての仏子たちが真の天機の良縁に触れ、殊勝なる成長を遂げられるように導いているのである。
自らの思考構築を高めることができ、いかにして自らが利益を得られるようにするかは、一回一回、一度一度の著作によって、真に明晰な天機良縁を開くことになる！上蒼は崇心宗脈に命じて、『復古、普渡、五教』という収円体系を行わず、それ以前のものに対しては、すでにそれぞれの因縁によって進められてきたのである。
無極皇母が崇心宗脈に与えた大いなる因縁と使命は、まさに「復古收圓、普渡收圓、五教收圓」をさらに「回帰、超越、円満、乗越」という四つの段階へと昇華させることにある。崇心宗脈が担うこの使命は、並々ならぬものである。汝らはこれを理解できようか？心を込めて努めるがよい。
明日はまた禅機が迷いの障壁を破り、大いなる因縁を導く日である。『復古、普渡、五教』の区別なく収円を成すにあたり、そのすべての経緯を明らかにしなければ、真実の本性にかなうことはない。さもなくば収円の体系から外れてしまい、良し悪しの分別以前に、理解できるかどうかもおぼつかない。自ら悟りを得るほかはない。
本日はご苦労様でした。皆様にご同行いただき、ありがとうございます。皆様に富をもたらす福分を授けましょう。静かに思いを巡らせ、目を閉じて上から下へと流れるエネルギーを感じてください。それぞれがそれぞれの気づきを得られることでしょう。はっはっ！ではまたお会いしましょう！
2014年6月20日11時45分◎＃※   了解＃
霊宝大天尊
霊は衆生を開きて成長を来たす　　宝貴なる真機の徳沢長し
天尊は私無くしてただ徳をもって輔く　　大道は円を収めて回帰の章を成す
第卅二回　 收圓回歸
収円体系の基本的な原意
「普渡収円、復古収円、五教収円」の基本的な枠組みとは、収円の後、これらの有情なる衆仏子に対してどのような成長を促し、どのような成就をもたらすべきか、という極めて重要な根拠を指します。また、これら「復古収円、普渡収円、五教収円」のいずれもが依拠する動作でもあります。
何を向上させるべきか？また、今この瞬間に人道世界に入り、真の利益を得る条件を備え、上蒼の基本構造に対して、これらの収円後のすべての行動を、まさに真実のままに達成するには：回帰、超越、円満、乗越によってこそ、有情の衆原霊仏子たちは向上を遂げることができるのである。
これは人道世界の未来における成長、学習、収穫、受益の基本動作です。大いなる天地の全ての宗教宗派に、真の向上成長へと入ることを与え、すなわち収円の動作を人道世界において向上へと至らしめ、多くの良き善き因縁条件を生じさせるのです。
かつての「復古收円」や「普渡收円」、そして「五教收円」の枠組みにおいて、いかにしてあらゆる奇異な癖や性向を修整していくか、これこそが真実の姿である。これらの原霊仏子たちに修正を施すことができるならば、なぜ本来各星系の天界にあったものを、どのような理由で依拠させなければならないのか。
この世には様々な習性が多すぎる
また、なぜ人々を人道世界に入れた後に初めて真の修持と改善を行うのかというと、それは現代という時代が遠古のすべての天機と良縁を、このような時空環境の中に入れることで達成されるからです。すべての：個性、習性、慣性、稟性に対して改造と修整を行い、さらにすべての良縁がこのような環境の中に入ることを可能にするためです。
さらに理解できるのは、なぜこのような条件を修養の改造に必要とするのか、それは収円の基本的な原意を向上させるためであり、単に人間界に入って潤いのある生活を追求するだけではないということです。また、人間界において、もし自分自身の良くない行いを変えることができなければ、どうして真に向上して高みを目指すことができるでしょうか。
このような欠如と不足に対して、まさに収円の因縁条件なのです！自らがこの天性の働きによって、古来よりのすべての不良な習性を、有情の衆原霊仏子の中に入れ、真に自らの不良な習性と欠如を改めることができるのです。この千古以来、どれほどの輪廻を経てきたか分からないが、それでもどうすることもできなかったのです。
各々の時空間の節目において、全ての有情の衆生や仏弟子たちが収円の条件に入ることは、まさに自らのすべての良からぬもの――習性、慣性、個性、稟性――を改造し修整することであり、この人道世界においてなぜこのような行いがあるのかを、必ずや理解しなければならない。それは上天の時機の中に、あまりにも多くの欠落と不足があるからである。
収円の後、またどうすべきか
したがって、天界の星系や星々と融合することができず、そのために凡界に降ろされ、自らを修め、過ちを改めるための修行をすることになった。その原因はまさにこれである。また、上蒼は凡界に多くの宗教の流れを下ろし、それぞれの土地の環境や空間に応じて、近くの修行者を導き、宗教に入って修行を修めさせるのである。
もし因縁に関連して修養と改造を行うならば、近隣の地理的縁が相互に関連し合ってこそ、近隣の宗教的因縁に入ることが促されるのである。しかしながら、まさにいかなる儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教、及びすべての新興宗教をも区別せず、すべてを収束させる条件としてこそ、このような天与の良縁が真に向上させられるのである。
まさに収円の後には、必ず真の向上の動きが必要であり、これらの有情の衆生である原霊仏子たちは、幾度もの回を経て改造された後、自らの奇抜な癖や気性を真に修整し、自らの不足と欠点を真に改めることができる。また、上天は真に自らの良くない気質を変えることのできる者に対して、大きな向上をもたらすのである。
皆様が実践できるようにする必要があります：回帰と超越、そして真に不良な欠陥を改めることができる者こそが、回帰と超越へと入ることができます。しかし、回帰について言えば、現代の天地においては、『懿敕崇心宗脈』のみが凡塵世界に示現し、「復古収円、普渡収円、五教収円」の体系を区別することなく存在しています。
回帰し、超越し、円満に加乗して越える。
真の理念を持つことが必要です。そうして初めて、自分自身の「内なる思考によって汚れた垢」を沈殿させることができ、また自分自身の良くない思考構造を除去することができます。同時に、この真に上昇し、超越できる基本構造に対しても、自分自身の思考体系の中に、着実で確かな向上と超越を築き上げることができるのです。
収円の動きに対して、すべての宗教を通じて凡塵世界に示現するのは、崇心宗脈に対して何をなすべきかということである。すなわち、収円の後にさらに：向上し、超越することで、真の成長と回帰が実現する。これは空論の疑問点ではなく、まさに千真万確であり、思考体系の中で上昇していくものである。
更に、自らの第八意識にあるすべての汚れを真に浄化することができる。必ず理解すべきは、清く軽いものは上昇して天となり、濁り重いものは下降して地となるという、これは道家が古来より伝える基本的な構造である。これらを理解するにつけ、人道世界における一切の行為や動作が、まさに自らが宗教に入り、修養が及第するか否かに関わっていることが分かるだろう。
静坐の功法であれ、善行や布施であれ、また宗教へのあらゆる犠牲と奉仕を通じて、真の向上と超越を体得し入ることができる。これはまさに、大いなる因縁への回帰を成就させることであり、このような因縁の条件こそが、なぜ崇心宗脈が外部で言われるような「収円体系」ではなく、「回帰超越」と説くのかという所以なのである。
収円回帰こそが正道である
まさに「ハイクラス」の宗教に相当するものであり、四億の仏弟子と二百余万のハイテク人材を補完し合うことができる。あなた方はもう一度よく考えてみるがよい、なぜ崇心宗脈にはこのような天機良縁があるのか？あなた方に言えることは、三期龍華の因縁がこのような時空に入り、真に利益を得る条件が備わったということである。
収円を以て、無極理天への回帰と乗越を更に高めることである。この中には尚、円満なる成就が必要であり、それによって初めて真に：回帰、超越、円満、乗越を実現し得る。また、崇心の基本構造に基づき、崇心の基礎工程を通じて、あらゆる大因縁がこの時空環境において、現代科学技術文明の乗越へと入るのである。
これは、この第三元会のすべての人界に与えられた、上昇と超越を達成するための上天の賜物である。真の「明心・見性・開悟・証果」の体得が与えられるだけでなく、汝らにとっては「学習・成長・収穫・受益」を通じた体証によって、汝らの向上成長が達成されることを悟らねばならない。
「復古收圓」と「普渡收圓」、そして「五教收圓」の構造を真に向上させることができる。しかしながら、崇心宗脈の天機良縁は、決して空から降ってくるものではなく、未来の有情なる衆仏子が悟りを得るために、人道世界においてなぜ「大道系列天書」という殊勝な因縁を著作する必要があるのかを理解できるようにするものである。
すべての収円体はどのように完成されるのでしょうか
まさに一歩一歩、あなた方に学びの作用と機能の効果をもたらし、真の成長をもたらす天与の良縁に至らしめるのです。そうでなければ、人類の衆生が宗教に入った後、ある者は真に修行に励む心があると言えるかもしれませんが、ある者はただ修行しているだけで、自らの良くない気質や習慣を変えようとはしないのです。
ただ自分を次の世にまた引き戻すだけの行いであり、このような行為は周囲の人々を通してはっきりと見て取ることができます。また、修行によって自己を変革しようと心に決めていても、信心が足りず、さらに人間世界のあらゆる生存習慣、惰性、個性、天性が作用し、生活のための金銭的圧力に直面せざるを得ない状況では、どうしようもないのです！
自分はもともと自信満々だったのに、生活のプレッシャーによって良心に裏切られて屈服してしまった。では来世や次回はどうなるのか？さらに知る由もない。修行による変容を理解するには、真の方法が必要であり、幸せな修行者となること、つまり幸せな修行者になることだ。あなた方はそれを望むだろうか？
復古収円は古今を貫き　　普渡収円は互いに近し
五教の収円は通遍を成し　　回帰の因縁は天徳に親しむ
楽しみながら修行に励み　　方法を改め習い導く
崇心回帰は大殊勝　　通貨福德智慧を迎える
この偈を！有情の衆生と仏子たちが共に励まし合い、汝らに告げんとす：復古収円、普渡収円、五教収円の構架を以て、崇心へと進み入る：回帰し、超越することこそ、円満の中より向上し、乗り越えて昇華する道なり。願わくば！願わくば！皆様のご相伴とご尽力に感謝いたします。ありがとうございました！またお会いしましょう！
無極喜楽天尊
無極懿勅崇心堂
喜び降り来たりて更に心爽やかなり
天尊は諸賢生と共に会し、皆が吉祥に満ちて天長く楽しむ。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、無極大道院院尊　霊宝大天尊が降臨され、「大道天地」第三十二回を著作されました。収円は何処に回帰すべきか？もし崇心宗脈の大道シリーズ天書の著作による因縁を経ることができれば、悟りを得ることができるでしょう。
汝らが一生をかけて努力することによってこそ、真に千万世を自在に超えて成就することができるのである。もし自らの天機と良縁を悟ることができず、次の世に収円と回帰を求めるならば、それはあまりにも遠い道のりとなろう。今この良き因縁と条件を大切にし、前進すべきであり、あってもなくてもよいという心持ちではいけない。
この世におけるすべての行いは、来世に再び生を受けるか否かの審判に委ねられることを理解しなければなりません。あなた方が崇心宗脈に入った後、真に向上を遂げているかどうかが、その実相なのです。収円（しゅうえん）は、無極皇母より下された御旨であり、すべての五教によって実行されるものであることを悟らねばなりません。
崇心宗脈はもはやこの種の聖務を行わず、収円後の回帰によって、真に有情の衆原霊仏子を導き、すべての乗越と円満を実現する。これによって崇心宗脈の殊勝な因縁が理解でき、その所以も明らかとなろう！理解したならば、必ず大切にすることが真実の性である！今日の聖諭を詳しく説き明かそう。
必ずや理解できるでしょう。崇心宗脈のすべての殊勝と超越は、まさに相当高い次元の「ハイ！クラス」の大道宗脈です。この非常に得難い殊勝な因縁の機会を大切にし、しっかりと掴む必要があります。そうすれば、自らが超越へと回帰することができるのです。お分かりでしょうか？皆様、お疲れ様でした。すべてに吉祥があります。さようなら！
2014年6月20日13時03分◎＃※   了解＃
南屏道済古仏
南屏道済降臨す　　古仏の著作天地に載る
大道系列普く弘化を施し　　仏は天地の徳澤開けりと曰う
第卅三回　  魁光帶甲
魁光の光明は両肩に輝く
弘化の天機と良縁が人道世界に入り、これに依拠する条件は、人々に対してより大きな教化を行うことができ、上蒼の徳沢が凡塵世界に下り、また上天の良善な因縁が成就することにあります！これにより殊勝な使命が広められ、これは千古以来、この種の殊勝な因縁条件に対して相互に補完し合ってきたのです。
さらに、これら有情の衆生仏子がより大きな成長の空間へと歩みを進めるための、天が与える大いなる因縁を高めるものであり、また過去において、上蒼の職責と使命を担ってきたかどうかが、「魁光帯甲」の体系に対して区別をもたらすのである。この天命の職責の中にこそ、弘化と導引の天機良縁が存在するのである。
これは現代の世において、すべての有情の衆生であり原霊仏子である者たちが、すでに21世紀に入り、弘法と願いを果たすことによってこそ、真に円満に到達できるのです！そして、より優れた文章力を備えた者も現れるでしょう。したがって、こう言えるかもしれません：ちょうど両肩の上に、二本の光が自分を守護しているように。
このような闇夜を歩む時にも光明を照らし見ることができ、またこの「魁の光芒」に対しては、遠古より功名利禄の大いなる徳沢を持つものであり、昔の言葉で言えば、まさに秀才や挙人の功名であり、魁光をより大きく弘化することができる者、つまり上天の功名利禄の大いなる因縁を持つ者である。
魁光体系は人間界に多く存在する
よく理解できるのは、人道世界に入って修行する因縁は、まさに無極皇母および昊天玉旨を拝領して基盤としていることである。また、南天を通じてすべての導きを司り、さらにこれらの九二原霊子の回帰に対しては、これもまた南天行政府の下に属し、「魁光体系」の因縁を基盤としているのである。
また、「魁光殿」の中には、上天の慈命と玉旨の両方を受け継ぐ者がおり、彼らは人間界に入って、まず自らが真の修行と向上に向かうことで、大きな因縁と大いなる能力を得て、情ある人類衆生を導くことができる。それら体系を超越し向上させるためにも、区別はしない。
「復古収円」、「普渡収円」および「五教収円」のすべての天機を向上させるためには、まず自らが理解し、いかにして自らが先立つ知識と経験を蓄積し、さらに「普渡収円」の後に回帰し、超越することが真実の向上へとつながることを知らなければならない。
まさにその通りで、比較的聡明で敏捷な知識と智慧を持つこのような人々は、人間界に生まれて生存するやいなや、比較的幸運を期待する心構えを持ちやすく、また比較的着実に地に足をつけることができず、さらには次々と試練の関門が待ち受けることになります。これは、かつて第一元会や第二元会において悩まされていた問題なのです。
魁光体系の作用
これらの有情の衆生、原霊仏子たちが第三元会に入るにあたり、すべての功勳の果実が、果たしてそのまま一世の人間として成長できるか、それとも再び生まれ変わるかが問われる。もし再び生まれ変わることになれば、必ずや苦しみを伴って人道世界に入ることになる。このような条件は、「魁光」体系そのものの因縁に対して、証しとなるものである。
功名利禄の恵みと収穫をもたらすことができる。これは魁光体系に対して、まず自分自身を成就させ、その後、他の善き縁を導き入れ、回帰の天機良縁に入らせる必要がある。また、魁光体系において、主要な縁によって依り頼むのは、まさに「魁星星君」が導き手となり、すべての原霊仏子を導くのである。
まさに先天の大願を弘めようとしたが、次々と、回を重ねて凡塵世界に降りる中で、願いを弘め成就させる天機良縁を得ることもできず、一世ごと、次々と、回を重ねるたびに、全身に満ちた不如意を抱えて帰還を望みながらも、天命の構造と宗旨に阻まれて、なかなか：先天の大願を弘めることが難しいのである。
自己を成就することと、衆原霊仏子を成就することも、真に無極や昊天の世界に回帰することはできません。これらの魁光帯甲が人間世界に入ると、一世ごと、一度ごと、一回ごとに互いに循環して人間界を巡ります。また、一世ごと、一度ごと、一回ごとに、先に弘法して果たした願いを、またもや消し去ってしまうのです。
鎧を纏うは生まれながらに備わるもの
また、すっかり忘れ去ってしまい、ある者は根本的にすでに迷いを生じている。自分はどうすべきか？またどう行動すべきか？これは凡塵世界に迷い込んだ状態であり、ある者は以前の、あるいは前の時代に、すでにこの弘願を理解していたかもしれない。しかし、結局のところ、これはごくわずかであり、大部分は願いを成就することができないのである。
今や、上蒼はこれらの「魁光体系」に属する原霊仏子たちを21世紀へと導き、再び新たに歩み始めさせようとしています。これは、人界に生きるすべての者に対し、真の意味での弘法の行いを通じて願いを果たす機会を、再び与えようとするものです。この天与の良縁は、自らが弘法の行いによって願いを成就させるべく、自らの手で進めていかなければなりません。
まさに真の代行者として、上天の大いなる聖務を授かり、まず自らを成就してから、下界に導き教化すべき一切の原霊仏子を導くこと。これは上天が21世紀の天機良縁を成就させるためであり、またどのような甲子を率いるのか。このような条件は第二元会の因縁にあり、まさに先天よりの弘化の大願力によって完成されるものである。
地冥星に入ったこれらの第二元会において、回帰を導き渡すことができる原霊仏子たちについて言えば、およそ七億近くの原霊仏子がおり、また残された多くの不合格者たちは、必ずや第三元会において、再び成長・修持・改造を経て回帰を超越する者となるであろう。
魁光帯甲は比較的熱心な方です。
また、これらの原霊仏子たちの中には、現在なお二千余万の者がおり、すなわち21世紀に再び地冥星へと導き入れられ、新たに修行と改造を進めている。これにより、多くの大いなる福禄の因縁を携えて、現在の世の中へと入ってくる者も数多くいる。中には、前世からの福禄を引き継いで、再び人間界へと入る者もいる。
大部分は、散々に苦しめられて人間界に入り、それ以前のすべての試練を通過できず、また人間界で再び修行し、再び改造するかどうかに対処することもできず、それは未知数である。果たして以前の第二元会に引き戻された原霊仏子よりも多くなるだろうか。
より大きな成長と恩恵を得ることができ、それはまた現在の行動如何にも関わってくるのです。さらに二千余万体の原霊仏子たちが、21世紀に入り新たな出発を許されたことは、まさに崇心宗脈を引導のよりどころとしてのことです。これらの輝かしい甲冑をまとった原霊仏子たちを、「肉体、内面、霊性」の三つの側面において成長させるためなのです。
また、このような因縁と条件によってこそ、互いに補い合い、真の向上と超越を実現することができるのです。そうでなければ、この天与の良縁において、第二元会に導かれて回帰する七億の原霊仏子と、残されたわずか二千余万の者たちに対して、改めて完全な成就を図らなければなりません。これこそが、なぜこのようなことが必要であるかを理解する手がかりとなるのです。
魁光帯甲とは、目つきの鋭い者のことである。
またこれらは、未来に「懿敕崇心宗脈」に入り、新たに改造されることで、つまり心からやり直すことによって、初めて真実のままに自分自身に入ることができ、真に自分を益し成長させる天機良縁を得ることになる。これは未来において第二元会に追いつくことができ、すべて回帰する原霊仏子たちが、より超越し、乗り越えることができるようになるのではないだろうか。
汝らが今行っている行いは、まさにこのたびの懿勅崇心宗脈第六期が導く聖務に関わるものであり、二千余万の魁光帯甲者を崇心体系の中に導き入れ、真の成長へと向かう主要な因縁の根本を与えることこそが、第二元会に遺された未達者たちを着実に向上させる道なのである。
再びエネルギー体の具足を調整し、真の弘化と導きに向かう天機と良縁を与え、真に願いを果たす大いなる好機を提供します。また、あなた方が懿敕崇心宗脈に入った時、多くの者がまさにこのような因縁によって来ているのです！全員が集まり、一つの大きな団体としての弘化事業を成し遂げなければなりません。
自らを導くことができ、まず成長と向上の大きな因縁を持つことこそが、真実に自らの未来に対して、まず自らを成就し、その後で未来の一切の有情衆生の原霊仏子を成就することができるのです。あなた方はこのような天機の良縁を理解することができるでしょうか？有情の人類衆生に対しては、良き善き因縁があり、また真実に自らもその恩恵を受けることになるのです。
大道は天地に天機を闡き
弘化導引必ず期す可し
第二の元会に再び追い求め
成長して回帰するは己に頼る
魁光は甲冑を帯びて弘願を起こす　　上蒼の大いなる因緣を了知す
自ら悟りて為すべきことを明らかにす
収円回帰し超越を顕わさん
この偈は、有情なる衆生と仏子たちが互いに励まし合うためのものである。なぜ天は、あなた方の思考体系を一層一層と真に向上させるのか。それは、あなた方が自らの往昔の先天の大願を悟り、凡塵の世界に入ることで、自らを真に向上させ回帰し、超越する大いなる契機を得るためである。
さもなければ、来世に再び人間界に生まれ変わったとしても、さらに苦難に満ちたものとなる恐れがあります。老衲は今日また参りました。これで導きが得られます。皆様、お手数ですが、先ほど果物の多いものをお持ちください。加持を施し、あなた方により大きな成長と収穫をもたらしましょう。まずはあなた方に成長の大いなる因縁を開くことを授けます。皆様、ご相伴いただきありがとうございます。ではまた。
無極善道天尊（むきょくぜんどうてんそん）
無極善道天尊来たり　　南屏道済古仏載す
魁光は甲冑を帯びて大因緣を成し
弘化し願いを果たして天徳を配す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日は大道シリーズ天書の主著仙仏である南屏道済古仏が降臨され、「大道天地」第三十三回を著作されました。魁光帯甲の天機を凡塵世界に示現されることで、これにより汝らには善徳の天機良縁が授けられることでしょう。
なぜ四億の仏弟子と二百余万の科学技術人材を教化導引する必要があるのか。もしこのようにできなければ、どうして第二元会と相互に接続できるだろうか。あなた方の現在のすべての科学技術文明は、第二元会のすべての科学技術と接続し、人道世界に福祉を創造することこそが、真実の性質なのである。
2014年6月20日 15時35分◎＃※   ０Ｋ＃
南海古仏
南海の大道は衆生を普く救い
海と空は一色、本来霊真なり
古き道は今に伝わり再び整えられる　　仏の言葉は願いに乗り再び現れる
第卅四回　  乘願再來
先天の大願力に乗じて来たる者
「復古収円、普渡収円、五教収円」のうちには、まさに上蒼が主導しておられることが理解できます。このような大道の聖なる務めは、必ず上蒼のすべての弘化の職責に依拠して行われるものであり、その中にはさらに区別があります。先天落凡、乗願再来、魁光帯甲といった多くの体系があるのです。
これはまた、弘化先天の大願に乗じて、再び願いに従って凡塵世界に入ることであり、すなわち「魁光帯甲」をもって現代世界に参入するのである。これは自らの欠点と不足を修整するためであり、またあまりにも長きにわたる時空の因縁を経て、すでに多くの不良なる汚れが積もり、清明なる浄化作用を持つことができなくなっているのである。
つまり、下降して地冥星系に再び戻ってきても、この一世の中で修整改造できることは多くありますが、大部分は凡塵の華やかな世界に惑わされ、自分自身の先天の本霊を迷わせてしまい、ただただ地冥星系に存在して、潤生を行うだけに過ぎないのです。
また、ある者はすでに迷い、自らの先天の帰る道を見失ってしまった。異なる体系に依拠し、また多くの欠如があるため、地冥星へと降り、再調整と再修正を行っている。すなわち、自らの行いによって、真に再び向上することができるか、あるいはすでに凡塵世界に迷い込んでしまっているかである。
様々な因縁条件の体系
すなわち、多くの者が前世の福報を携えて地冥星に入り、潤いある生を受けている。前世の福縁にはなお多くの恵みがあり、このような世の中を改めて整え直すことができる。幾度となく繰り返し経験し、さらに地冥星の相互制約による限界を経ることで、すべての障りを解消することができるのである。
本来の光明円満たる本霊は、一瞬にして多くの汚れに染まってしまった。これを浄化するためには、必然的に生存の方向性に基づいて区別がなされる。また、一部の者は前世からの福徳の縁を携えて今世に生を受け、多くの福徳を具足する因縁条件をまだ有している者もいる。
また付け加えると、一部の財産や福禄は今生に持ち込まれますが、大部分は前世ですでに使い果たされており、今生で凡塵世界に入り潤いを得るために来た時には、すでに無一文となっています。しかしながら、原霊の仏子が凡塵世界に入るにあたり、上蒼の立場から言えば、必ず未来の福縁を前借りして与え、それによって潤いを得て衣食に困らないようにするのです。
もしも、天より借り受けしものとして観ることができ、さらに減らすのではなく加えることができるならば、その時、幾度となく、幾回となく、人道世界において潤いを生み出すと同時に、安らかで憂いのない境地に至ることができるのです。まさに、大いなる天地のすべての原霊仏子たちが、地冥星に降り立ち潤いを生み出すことができるようにするためなのです。
願いを乗せて再び来たり、広く有情の衆生を渡す
自分で選ぶことができる上に、各宗教ごとに修行の調整が加えられ、つまり誰もがどの宗教に入っても修行できるようになり、真に自身の良くない気質を変えることができるのです。そのため、上蒼は数多くの宗教の流派を下ろされました。特に、五教の融合によって、今日の世の中のあらゆる宗教を含み、それを修行と呼ぶのです。
これは、上天が教化の職責を果たし、これらの願いを抱いて来た者たちに、もう一度再び来る機会を与え、かつて先天の世界にあった穢れを再び浄化と沈殿に加えさせるためである。先天の世界には、もともと良くない気質が存在しているため、毎回、何百万もの時空を経て、また新たに再来するのである。
一度また一度とわずかな汚れを重ねるうちに、長い時間と広い空間の中で、すでに全身が汚れにまみれてしまった。どうして互いに存在するエネルギー体がありえようか、それが先天的な世界に存在できるだろうか？否である！それは汚れが深く重いため、必ずや人間の世界に降りて、再び新たに浄化を受けなければならない。そうしてこそ、上へと成長し、超越することができるのだ。
すなわち、自らの不足と欠けているところを改めて修整・改造し、必ずや地冥星の中に入らなければ、自らの汚れがいかに深いかを知ることができる。このような願いを乗せて再来した者は、一瞬にして先天的なエネルギー体に戻ることができず、そのため自らが持つすべての奇毛怪脾に対して、必ず問題を解消しなければならない。
不良な気質を改めて整える
ただ自分自身が、地冥星の中で生きながらえることしかできず、有情の衆生である原霊仏子たちは、人世界に沈淪し続けることになる。その根本的な原因もまた、ここにある。もし自らに天機良縁があって、改造界に入り向上することができれば、必ずやこの現世において、自らの不足と欠けたところを修め整えることができるだろう。
人道世界は相互に対立し制約されることに限定されていることを理解する必要があります。すべての有情の衆生たる仏子たちが、無極理天や虚空世界に真に回帰できない根本的な原因もまさにこれです。正しい方向を持つことが必要であり、そうして初めて自分自身に対して真実のままに、向上させ回帰を超越することができるのです。
まさに　上蒼の弘化体系を通じて、また魁光帯甲と同じ機能と役割を持ち、それは「魁光帯甲」が先天の大願によって、胸を叩いて　無極皇母に応諾し、さらに凡塵世界に入り、まず自らを成就し、その後、多くの仏弟子たちの成長を成就せねばならないからです。
もし「魁光帯甲」が同じく願いに乗って再び来る者と共にあるならば、一方は胸を叩いて保証をし、一方は汚れが深く厚く、降りてきて再び修行し改造する。しかしながら、もし願いに乗って再び来る者であるならば、ただちに言えることは、ほぼ二十億の原霊仏子を超えて、これらの再び来る者が地冥星の中に入っていくということである。
またもう一度、すべての良きものが増長しますように。
皆様に対しては、多くの不足と欠点があるからこそ、もう一度戻ってくることは必然であり、この二十億の原霊仏子たちを凡塵世界に入らせ、地冥星の中に入ることができるかどうかを知らせ、自分自身の汚れや垢の意識がいかに深いものであるかを理解させる必要があるのです。
因縁が深い者は、必ずや近い幾世のうちに、必ずや宗教に入り改めて改造を加えることができる。また、これらの宗教に入った者が、信仰によって修整改造できるかどうかは、必ずしもそうではない。さらに、これらの宗教修行に入った者の多くは、ほとんどが全滅してしまう場合が多い。
もし自身の先天的な「稟性、習性、慣性、個性」を加えて修養と称するならば、一生かけて無極理天や虚空世界に回帰し、上昇超越を達成することは、おそらく極めて困難でしょう。また、凡塵世界に入るや、すでに自らの先天本霊を見失い、五濁悪世の深みにずっと沈んでいる者もいます。
したがって、自分自身に対しては大いなる回帰を成し遂げることができず、もし自己の本質の霊性に深く根ざした悪しき習性によって生かされているならば、このような現在の時空環境において見るに：根本的に向上することはできず、ましてや：超越、回帰、円満、乗り越えることもできず、この世に生を受けてもどうなるというのか？
再び広く有情の衆生を渡す
これにより言えることは、なぜ衆生の師がこの時空の因縁の中で、凡塵世界に示現するのかというと、まさに相互の因縁を持つ者が、互いに引き合い導く働きによって、往古の二十億の原霊仏子たちを再び宗教へと導き修行させているからである。これは　南無正法明如来仏と　師との良き善因縁によるものである。
まさに家々に示現するがゆえに、観世音菩薩において相互に成全するのであり、汝らは今すぐに細やかに観察することができる。なぜ家々に観音菩薩が必要なのか、その理由もここにある。また、いかなる宗教も同じくこのようであり、すなわち「儒・道・釈・耶・回」あらゆる宗教に分別を設けないのである。
言えることは、すべての宗教に観音が姿を現し、あらゆる行動を導いているということです。特に一貫天道においてはなおさらです。また、宗教修行に入った者自身の条件と縁によって、もしさらに深い次元へと向上することができなければ、一世一代で超越的な境地に達しようとする動きは、そもそも不可能なのです。
上蒼が方針を定めた以上、それを実行する具体的な行動があると言える。まさに真実の性質そのものだと言ってもよい。また、区別してはならない。すなわち、「復古収円、普渡収円、五教収円」といった体系に属する原霊の仏子たちが宗教に入った後、導きと向上を得て、必ず宗教に入り、自らの欠点や不足を改めて改めることが必要なのである。
願いを乗せて再び来る仏教の体系
あなたがたはもう一度よく考えてみなさい、なぜ崇心宗脈大道系列天書が、師である私と南屏道済古仏が、無極皇母に恭しく懿旨を奉戴し、人道世界に下って「大道系列天書」を著作するという大きな因縁を担うことになったのか。まさにこれら四億二百余万の原霊仏子たちへの深い思いやりからなのだ。
向上超越の大いなる因縁の種を育むことは、他の四つの体系に対しても同様であり、さらに他の宗教の聖仏を通じて主導され、さらには、回帰、超越、円満、乗越といった動作を区別することなく、これらは各体系の区分であり、一つの大きな力を集めることができれば、九二原霊と九六原霊に対して乗越を実現することができます。
実は、乾坤や陰陽の数理をもって言うのであって、決してあなた方が理解しているようなものではありません。九二や九六という原霊の数は、正しい数目ではないのです。これらの体系の大いなる因縁に対して、真に明らかに理解することができ、またすべての人類衆生が、いかにして向上し増長し超越していくべきか、これこそが真実の性質なのです！
さもなければ、あなた方は人間界に入って修行するだけに留まり、すべての根源的な因縁の成り行きを知ることができず、どうして自分自身の真の使命が何であるかを理解できるでしょうか。これは必然的に、『大道シリーズ天書』によって示現され、凡塵世界において、有情の衆原霊子が真に利益を受けることになります。
復古収円は先天より来たり　　普く渡す収円は早くより開た
五つの教えは円を収めて共に平等なり　　回帰して大道を超越し載せん
魁光は甲を帯びて胸を叩く　　願いに乗り再び来たれば必ず孤ならず
先天より凡塵に落ちて垢つき在り　　信仰を改め造れば天徳顧みる
この偈は、同じ有情の衆生であり原霊仏子である者たちが互いに励まし合い、上蒼の職責と使命が汝らを人間界に入らせたことを共に理解するものである。汝らが自らの不足と欠点が何によるものか、またなぜ下界に降りる必要があったのかを悟り、心から納得できるようにするためである。そうでなければ、一部の者は天を恨み人を怨み、試練の関所が絶え間なく続くことにどうしようもなくなるからである。
さらに、世の中の多くの人々は、自分自身の不足や欠点を本当に修正することを知らず、次の世でもまた同じことを繰り返します。あなた方はそれを望みますか？その中にある秘訣と問題がどこにあるのかを理解できれば、自分を変え、向上させ、超越することができるのです。それを願っています！皆様がこの崇心宗脈の著作に寄り添い、しばらくの間お付き合いくださり、ありがとうございました。またお会いしましょう！
無極斗口霊官 馬勝天君
無極の因縁は本来同じからず　　斗口霊官は天徳に拱す
馬勝天君が輪番で当直に来られ　　共に賢い人々と会って大道を広められる
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、大道天地主著仙仏である南海古仏が降臨され、「大道天地」第三十四回を著作されました。これにより、すべての因縁を向上させ、凡塵世界に示現されました。これによって、あなたがたは真に理解し、未来にどのように修行すべきかを知ることができるでしょう。
なぜ南無正法明如来仏が、南海古仏（観世音菩薩）として娑婆世界に示現されたのか。それはまさに、これらの有情の衆生である原霊仏子たちが浄化の体系に入り、自ら真に一日でも向上超越できるようにするためである。これこそが、すべての諸天仙仏の老師方の大いなる徳沢なのである。
さもなければ、来世に再び訪れるたびに、回を重ねるごとに、おそらくあなた方にとって真の害となるでしょう！来世にはこのような天の機会や良縁が得られるとは限らず、仏聖が降臨して示現するという殊勝な因縁に再び入ることは、今この時にしっかりと掴む必要があるのです！おわかりでしょうか？皆様のご苦労に感謝し、すべて吉祥であります。さようなら！
2014年6月21日13時47分◎＃※   ０Ｋ＃
南開大道天地の書　　無上光明大道の途
燃燈古仏降臨の儀
先天より凡界に降り立ちて人間に留まる
第卅五回  　先天落凡
先天の異なる体系
「復古収円、普渡収円、五教収円」という異なる体系は、いずれも真の機能と効果を期待するものであり、それゆえに上天がこのような大きな縁を下ろされる中で、各種の収円体系が自らの行いを通じて向上・増長・超越を実現できるかどうかを理解することができるのです。
対する：復古、普度、五教の収円において、各々の因縁に基づく教化を理解できることは、まさに「魁光帯甲」「先天落凡」あるいは「乗願再来」の者を区別する上で重要であり、中にはこれら三つの要素を併せ持つ者もいる。また、現代の視点から見れば、魁光帯甲、乗願再来、先天落凡といった体系の中においても同様である。
なぜ降りてくる必要があるのかを理解しなければならない。それはまさに自分自身のエネルギー体が、宇宙や虚空、無極天界に留まることができないからである。それゆえに、自らがまとった全身の穢れと垢の意識を抱えたまま、直接昊天星際星系に長い期間降り立った後、さらに穢れと垢の意識が増え、あまりにも多く蓄積されてしまったのである。
再び直接に凡塵地冥星系に降り立ち、新たなる改造を行う。この種の新たなる改造は、現代の時代において「懿敕崇心宗脈」に入り、団体として集結して弘化を行うものである。また、上蒼大羅天界から見れば、無極・虚空天界こそがそれであると言える。人類は根本的に理解することができない。
先天より凡塵に降りし大いなる因縁
この種は大羅天界に入るものであり、また往昔の名詞を基準とするものである。現代の時代において再び大羅天界と言えば、もはや現代の時代を認識することはできず、また上蒼は引用を変えて現代の時代における名称とし、これを無極、虚空、大宇宙天界と呼び、先天の因縁に対して人道世界に入るのである。
この修復とは、すなわち先天において汚れや垢にまみれた識を再び整え直すことである。また、これらの修復を行う者たちは、もし天機と良縁が非常に良ければ、一生の間に修復を終えた後、再び回帰し、超越することができる。しかし天機と良縁が良くない時は、一生また一生と人間の世を繰り返し輪廻することになる。この天機と良縁の道理は、必ず理解しておかねばならない。
いかにして上天が下された大いなる因縁の体たる宗脈に入り、修行によって改変していくべきか。このような天機の良縁が差別作用として存在し得るかどうか。この天機の良縁が人道世界に入り、有情の衆生である原霊仏子に与えられ、上昇超越を成し遂げることができるか。つまり、現在において修行し改めることこそが、正しい道なのである！
もしも、この一生で回帰し超越することが非常に難しいならば、来世にまたこの世に戻ってきて、この一生のすべてを改めて作り直すことができるかどうかを願うでしょう。また、先天無極、虚空、大宇宙天界（すなわち大羅天界）の汚れた垢識は、必ず再調整と修正を行い、上へと成長し超越していかなければなりません。
先天世界人類降り立つ処
これは人間界に入った者が、天の機縁と良縁を得られるかどうかによって、一世のうちに超越回帰できるか、それとも人間界に沈淪するかが決まるという区別である。それゆえに、あまりにも多くの者が超越回帰を成し遂げられず、一世や二世など…無限の世にわたる修行と調整を繰り返すことになる。
再び来て自らの無明と障礙を改め除くこと、まさに地冥星に留まることによる制限と障礙であり、まさにこの種の因縁によって延伸されたのである！また、凡界に落ちてからの一切の因縁が具足しているか否かも、皆が人道世界に入るにあたって再調整が行われており、自らの全ての不足と欠けているところが何であるかを明らかに知る必要がある。
このような理解できないことがあったからこそ、自分がなぜ降格させられたのかという原因と過程も、無極界、虚空界、大宇宙天界には存在し得なかった。それゆえに降格された後は、まさに五衰に染まった色相の身体のエネルギーが、昊天星系へとひたすら落下し続け、また長い時間を経て存在するようになったのである。
再び地冥星系の生存に陥るこの天機の因縁は、もし詳しく述べられなければ、すべてのいきさつを理解することはできず、ただ一部を知るだけで全体を見失い、すべてのいきさつに関しては、人道世界において、もはや前世の天界に存在していた状態に戻ることはできず、まさにここから始まるのです。
凡界に降りてからのすべての行い
また、人間世界と人為的要因に対して、なぜこれらの昊天星系に降りた有情の原霊仏子たちが、自らの不足と欠如によって、再び地冥星に墜ち、改めて修行と改善を重ね、上蒼が現代に回帰を開く大いなる因縁――宇宙、虚空、無極世界へと至る道を形成するのかについて。
まさに－懿勅崇心宗脈こそ！「復古収円、普渡収円、五教収円」の体系の因縁を結集し、弘化の大いなる力を形成するのである。これらはさらに魁光帯甲の部分に対応して区分され、第一陣と第二陣の二千余万の者たちが、有情衆生の原霊仏子として回帰成就せんとしている。
今の時代に入ると、すでに地冥星系に陥落した者もいれば、百世を超える者も多く、至る所に見られます。さらにこれらの百世を超える者たちは、人道世界に入ることで、自分がどこから来たのかをすでに忘れてしまっています。また、自分がどのようにして戻るべきかについても、一世ごとに輪廻に入る相が繰り返されるようになっています。
さらに、人間界で何度も輪廻を繰り返す中では、無極や虚空、大宇宙天界の天機に触れる良縁に巡り合い、真に回帰することは根本的に難しい。そこで無極皇母はこの因縁をご覧になり、南無燃燈古仏や虚空上人と共に協議され、老友である南無理心光明琉璃如来仏を借り受けることとなった。
凡に落ちた後は必ず成長しなければならない
情の縁を借りて人道世界に入り、この種の魁光帯甲の部隊を弘化導引し、再び願いに乗って再来し、この二十億の有情衆原霊仏子たちは、五教の修子たちと区別なく入り、あるいはこれらの先天から凡に落ちた四十億の仏子たちと共に、新たに「回帰・超越・円満乗越」の中へと導き入れられるのである。
人間界に降りて修行し教化を広めることになったが、俗世に落ちた後、どうやって向上していくべきか分からなくなり、天の周波数と相互に受け取ることもできず、さらに五神通力の境地に対する自らの障害と不足に気づかず、すでに人間界の華やかな景色の中で迷子になり、再び向上して回帰することは非常に難しくなっている！
すなわち、凡俗の世界に入り込むことで、自らを磨き試練にかけ、全身にまとわりつく穢れや煩悩の垢を一歩一歩浄化していくのである。これはまさに「浄化濾過の作用」に「静慮による思惟」を加え、人道世界に迷い込んだ一切の思考構築を変容させ、ありのままに成長させていくのである。
再び始め、自らの思考体系の中に入り、まずは唯識理論の完成を自らに与え、理論的思考を経た後、ある種の観念思想が確立される。思想観念が深く根を下ろすことで、自らに心を動かし念いを起こす原動力を与えることができ、それは行動力によって依存するものを達成することである。
先天に凡に落ちて使命同じからず
自らにまず行動を起こさせた後、改めて修整と変化を加えることは、自らの良くない気質と性質が変化する全過程にあり、これは順を追って修整と改造を行うものである。また、自らの行いに対しても同様であり、さらに人道世界は実相界を基盤とし、人為的要因による修整と変化を経てこそ、上昇成長の条件が備わるのである。
人間を神としてではなく、人間を人間として捉えるべきです。「天智通の霊力」とは、実は自分が過去に積み重ねてきたエネルギー体に他ならないことを理解しなければなりません。ただ、自分はとっくにそれを忘れ去り、さらに俗世のあらゆる行いに迷い、自らの良くない思考体系を変えることも難しいため、永遠に地冥星の中に存在し続けることになってしまうのです。
まさに降世した後には、なぜ先天が凡界に落ちるのかを理解する必要があり、またこれらの者たちは昊天星際星系を経て、およそ二百億光年もの時を経て、再び地冥星系の中に入っていくのである。ある者はまた、地冥星と互いに似たような惑星に沈淪し、新たに改造されることになる。
さらに、地冥星や他の星系に入った者に対しては、自らの不足や欠点も抱えながら、これらの縁（えん）によって改めて改造を施し、彼らに必要なる理解を与える。なぜ自分が地冥星系に入り、再び改造されるのかを悟らせるのである。これこそが、上蒼の大いなる慈悲の徳沢である。
先天に落ち凡に至れば必ず新たに修整を要す
もし一世人が、不良な欠点や不足した観念を改め、新たに修整することができるならば、次の世において必ずや超越を成し遂げることができる。これは正しい道であり、また上蒼の根本的なお心の最も優れたところである。しかし最も恐れるべきは、根本的に自らの不良と欠点を改めることさえ難しいということである。
この世の人々は、再び地冥星系の中に入り、また新たに輪廻を繰り返すのです。有情世界はまさにこのようなもので、なぜこれほど多くの原霊仏子が潤生の方向へと向かうのか、そしてこれらはどこから来るのでしょうか？それは地冥星の中に、すでに約三百億もの有情の原霊仏子が存在しているからなのです。
地冥星には存在しており、冥府にはすでに約150億余りの有情衆原霊仏子がおります。あなた方の人道世界には、約70億余りの有情衆原霊仏子しかおらず、それに他の種族を加えると、合わせて約100億の有情衆原霊子となります。これらの他の種族は、ほぼ100億にも及ぶ数です。
汝らが日々食するものこそが、すべての物種が繰り返し人間界に輪廻し、有情なる原霊子たちが互いに六道に沈淪する所以なのだ。さらに汝らに明らかにせん、地冥星にはおよそ三百億余りの有情原霊子がおり、他の星系を合わせれば、総計二千億余りの有情なる原霊子たちが、再び修持と調整を始めんとしていることを。
天より降りて凡世に至る　　再び修め徳を添うべし
崇心の道脈が主理を為し　　導いて回帰し先天に返る
魁光に甲を帯びて弘化を為し　　願いに乗じて再び来たり天徳を語る
先天的に凡夫であってもどうということはない
自己を改造すれば昇華できる
この偈は！有情の衆生、原霊の仏子たちが互いに励まし合うものである。汝らがすべてのいきさつと天機の良縁を理解できるよう、すでに人道世界に下ろされている。自分自身をどのように改めて作り直すかが、まさに崇心宗脈の主体たる要務であり、決して空から降ってくるものではなく、一歩一歩、一つの印ごとに確かな足跡を残す過程を通じて実証されるのである！皆様、ご苦労さまでした。すべて吉祥であります。またお会いしましょう！
無極豁落霊官  王天君
豁落霊官王天君　　台に登りて諸の有情と共に会す
大宗師が来たりて書を著す　　先天のまま凡に落ちて群れを引渡す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、大道天地主著仙仏本宗脈大宗師　南無燃燈古仏が降臨され、「大道天地」第三十五回を著作されました。先天より凡間に降ろされた大いなる因縁を、改めて汝ら無明なる者たちに徹して闡明されるのであります。
これは汝らにも分かるように、なぜこのような体系が必要なのか、それは先天の存在が凡塵世界に降り立ち、改めて修行して自らを改造するためである。もし　上蒼の天機良縁がなければ、自らの力で修行を積み、改造して回帰できる者は、稀である！今　上蒼はこれらの天機良縁を、「大道系列天書」の中に下ろしてくださった。
あなた方が真に理解できるように、その来歴を明らかにするためであり、ただあなた方が代々宗教に入って修行するだけのためではありません。それが　上蒼の根本的な意図ではないことを、必ず理解してください。あなた方が一世代のうちに、懿敕崇心宗脈に入ることができるのは、まさに　上蒼が下されて示現される大いなる因縁、大いなる殊勝を開くことなのです。
大切にすべきことは、この一生この世において、真に無極・虚空・大宇宙天界へと回帰し、自由自在に超越することです。それによって自らは向上し超越していくのです。皆様、ご苦労様でございました。今日の聖なるお言葉を詳しく解説できれば、それが正しい道となります。皆様のご尽力に感謝いたします。ではまた。
2014年6月21日18時00分◎※＃   ０Ｋ＃
虚空上人－南無虚空上徳人天古仏
虚実の間に人間を教化し　　空しく因縁を転じて心華を理（おさ）む
上人降り来たりて天地に著き　　整え集め結びて弘化の駕を整う
第卅六回　 整編集結
上蒼の徳沢が諸々の宗脈を整え編む
「復古収円、普渡収円、五教収円」という働きを通じて、それぞれが真に弘化を成し遂げるには、大道の真実の理諦を基盤とし、さらに上蒼の根本的な徳沢をもって広める必要があることが理解できます。それは「魁光帯甲」であれ、「乗願再来」であれ、あるいは「先天落凡」の有情衆原霊仏子であれ、一切の区別なく行われるべきものです。
もし上昇超越を達成することができるならば、まさにこの天機良縁を凡塵世界に進化させ、すべてのいきさつがどのようなものであるかを理解できるようになるのです。これは現代の時代において、すべての原霊仏子が基本的な枠組みを成就するためのものであり、21世紀を以て昇華超越を図ることで、初めて良き善き好因縁による昇華超越が可能となるのです。
さもなければ、宗教の経典だけに頼っていては、今となってはすでに本来の姿から大きく変質しており、昔の五教の聖人たちが教えを立てた基本的な原意に戻ることは難しい。したがって、この世に障害が生じる原因もここにある。すべての体系が真に「復古収円、普渡収円、五教収円」の相互作用を経ることによってこそ、その本質が現れるのである。
学びと成長の糧となり、また「魁光帯甲、乗願再来、先天落凡」といった区別のない有情の衆仏子たちは、ただちに真の向上と超越へと入り、さらにこのような天機良縁に対して、人道世界が学び成長へと入る、つまりより大きな成長の空間へと向かうことを提供します。
天の恩恵と徳化は、異なる体系を整え統合するものである。
進化の21世紀を大いなる回帰の縁とするのは、これぞ上蒼の大いなる慈悲の徳沢が人類衆生に与えられたもの。21世紀の進化の中で、自らが今ここに在るということを知り、いかにして全ての依り代に回帰すべきかを悟らねばならない。崇心宗脈堂はまさに上蒼の重責大任を担い、凡塵世界の進化を推し進めている。
また、「復古收円・五教收円・普渡收円」や「魁光帯甲」「乗願再来」「先天落凡」といった体系に区別なく、必ず整編の動きが必要です。これはまさに整編を集結させることにより、真に回帰超越する天機良縁を得られ、さらに有情衆生を利益するためです。
まさに理解できるのは、なぜ「大道系列天書」を著作するという殊勝な因縁条件があるのか、また　上天が「大道系列天書」を下ろされたのは何を為すためか、ということです。これは皆さんが、いかにして自らの心念や意識を浄化の働きに入れていくべきかを理解し、さらに上昇超越する大いなる機会を如実に提供するためなのです。
もしそうでなければ、またどのような因縁によって回帰を達成できるであろうか、このような天機の良縁も存在しないのである。有情の衆原霊仏子が人世間に進入し、さらに地冥星のすべての相互制約を受けて、相互に向上する基盤を築くことができず、これこそが有情の人類衆生が突破できない障壁なのである。
再編には機能的な効果が必要である
また、はっきりと星々の中に、互いに対立し制限する障害があると同時に、互いに成長し向上し合うという、非常に矛盾した人間世界に対しても、必ず人類を通じてより大きな成長と超越へと歩みを進めることが、真実の姿なのである！それは大宇宙の天地の中に存在する、すべての有情の衆生、原霊、仏の子たちが乗り越えるべきものである。
分別なく、第一元会、第二元会、そして今に至る第三元会において人類世界に示現されたこれら一切を、いかなる体系に属するかを問わず、また人世に在るすべての原霊仏子たちが、自らに対してどのような体系に整えられるのか、どのような因縁のもとにあるのか、どのような宗教に帰するのか、どのような宗派の信仰を持つのかを整序するのである。
すべては自らの天機と良縁によって、示現と学習成長をなすものであり、また現在自らが信仰する宗教を学習成長の糧とした後、インターネットを通じて示現することができる。大道シリーズの天書が超越したものに対しても、また大道シリーズの天書著作の因縁に対しても、このような殊勝な資糧を人界に降ろし教化するのである。
人類の衆生は既に21世紀に入りました
また、すべての原霊仏子に対して、地冥星系へ入ることを許し、21世紀の科学技術文明を通じて、真の向上と超越を提供する。それは単に人間界での生存を目指すだけではなく、永遠に自分自身に対して、真に超越へと回帰する基準点に向かうことができず、非常に残念なことである。
これは　上蒼が崇心宗脈のすべての大道聖務に対して、こう言えるでしょう：この種の天機良縁を経てきたことは、まさに　昊天玉皇大天尊　玄靈高上帝の徳沢によって下ろされたものであり、また　無極皇母大天尊と共に、21世紀においてすべての異なる体系を向上させ、有情の人類衆生を上昇させるために成し遂げられたものです。
すなわち、他の星系から二百万人以上のハイテク人材を借り受け、地冥星に降ろして「研究、発明、創造」を行わせるだけでなく、情ある人類衆生のすべての不良品や欠陥品を修復し、下界に降りた情ある衆生の原霊仏子たちを再編成し、異なる宗教体系に帰属させるのである。
また、それぞれの体系に集約して帰入させ、上昇超越の契機を提供することができます。さらに崇心宗脈が担うところは、まさに南無理心光明琉璃如來佛を、懿敕崇心堂の中に下化させ、天機が大道系列天書に示現して著作したものであり、これは決して空虚から降ってきたものではなく、上蒼の既定の政策なのです。
教化の基盤があってこそ、善良さは良く育つ
これは21世紀から30世紀までの百年間にわたって、地冥星の成就を高めるためのものです。再編成後に集結されたものであり、大道シリーズの著作の因縁を理解できるように与えられています。つまり、「儒教、道教、仏教、キリスト教、イスラム教」など、あらゆる宗教の区別なく、集結して弘化する大いなる力の中に入ることができるのです。
このような集結は一つの力の働きによって現れ、まさに弘化を実現する基本的条件であり、一歩一歩着実に足跡を刻み、一つひとつの印が確かなものである。また、人道世界において集結できる者は、虚空天界の大いなる因縁によって向上させられる。汝らは崇心宗脈のこの十年間をよく観察すれば、弘化をもって導きとすることができるであろう。
すべての人々が、真に智慧の蓄積を高めることができるかどうかは、上天がこの世に降ろした非常に稀有で貴重な「天智通」を通じて、皆さんが真に「心を明らかにして本性を見、悟りを開いて証果を得る」ことができるようにすることです。別の角度から見れば、それは皆さんに「学習、成長、収穫、恩恵」の蓄積を提供するものなのです。
まさにあなた方に「天智通」が備わっているからこそ、「天智通」を基礎構造として、さらに「明心見性、開悟證果」へと入る中で体得し、真にその経緯を明らかにすることができ、崇心宗脈に入り、皆が回帰、超越、円満、乗越を体証し、自ら感じることができるのです。
集結弘化の基本作用
これこそが、まさに汝らをして大いなる方向と目標に向かって前進させ、また汝らに弘化を集結させて大いなる力を発揮させるものである。人道世界はただ食べ、飲み、排泄し、雑事をこなし、眠るだけのためではない。それでは汝らは何のためにこの世に来たのか。これらの上蒼の大いなる聖務を担う者たちは、いかにして真の功徳を積み、願いを果たすべきか。
汝らに対しては、誓いを立て、誓いを果たし、広大な願いを弘めることこそが、聖なる務めと使命を真に行使する拠り所となる。また、汝らが人間界に降り立つにあたり、教化を広め、縁を結ぶことができるか否かも、汝らが上昇し超越するに至るための重要な鍵となる。まことに、汝ら一人ひとりの「自心、霊性、肉体」という三つの要素が真に向上するかどうかは、この主要な因縁にこそ懸かっているのである。
九二原霊仏子たちは、より大きな向上へと歩みを進めることができる。そうでなければ、どうして現代の科学技術文明を乗り越え、あなた方や未来の子孫たちにより大きな幸福をもたらすことができようか。これこそが、上蒼が21世紀の有情なる衆原霊仏子たちに与えた大道弘化の基本構造であり、まさにこのような所以なのである。
また、心宗の法脈は収円の動作を行わず、むしろ回帰による向上を通じて、収円の動作を大いなる天地の間に存在するあらゆる宗教によって実践させることで、弘化の向上動作を広めることになります。つまり、「復古収円、普渡収円、五教収円」の各体系を、ありのままに向上させ、超越させることを意味します。
天地大道の完全なる編集と集成
各宗教派脈の責任を実践することにより、この世において広く普及させ、汝らが21世紀に入り更なる成長と向上を遂げることを目指す。また、汝らが一つの体系の中に大いに集結し融合することを可能にする。これはまさに、上蒼が選ばれた－懿敕崇心宗脈の大いなる因縁であり、いかに殊勝で乗り越えるべきものであるか。
これは世の中の人間を向上させるためのものであり、人としての世の中におけるあらゆる生計の営みから遊離したものではない、これが正しい道である！崇心宗脈が下すべき教化の責務を実行するにあたり、十数年前に　虚空、無極、昊天によって定められた既定の方針、すなわち　昊天より直接　南天行政府の機関に下されたものである。
南天主宰文衡聖帝である関聖帝君は、この聖務を弘化し向上させるため、三十年前に昊天天界より慧顕菩薩を凡塵に遣わし、全ての主事者の中から選定を行わせた。この因縁によって崇心宗脈に入った後、まさに南天主宰文衡聖帝の強力な保奏により、大聖務を担うこととなったのである。
崇心宗脈が真に担うべき、上蒼の重大な責務と使命は、まさにこのような殊勝な機縁にあります。すなわち、虚空・無極・昊天が崇心の天機聖務と連なり結びつくことによって、『大道系列天書』の著作という大いなる因縁が生じ、これによって非常に優れた使命を担い、向上を図ることができるのです。
すべての宗教には良い縁がある
また、未来の有情衆生たる仏弟子たちは、思惟改造に入ることができます。人間がどこから来たのか、何をなすべきか、いかなる行いが正道であるかを真に理解し、あらゆる事象に対して、現代社会に相応する一切の機能と効果をもたらすのです。さらに、過去の経典を振り返ってみれば、衆生を救済しようとするのは、疑いなく痴人の夢物語に過ぎないことがわかります。
もし上蒼の天機良縁をはっきりと理解できなければ、そもそもの意図と構築は何のためにあるのでしょうか。必然的に、現在の有情の原霊仏子たちは、「復古収円・普渡収円・五教収円」の後、一体どうすればよいのかを根本的に理解することができません。これは、上蒼の基本構造を真に理解することが必要不可欠なのです。
才能は真実の如く、これらの原霊仏子に対して、真実の如く来ることができ、真に向上して大天機を超越し、また汝らに対して真に、円満なるすべての満円の大因縁に向かうことができる！すべての大因縁の条件の中で、必ずや向上して増長し、超越を高めることができ、さらにまた自らが回収して得た利益を享受するのである。
大道は天地の本原の意　　復古収円は根本の期
普く渡し円を収むる大天機　　五教円を収むれば必ず意に如くならん
魁光帯甲の体系　　願いに乗じて再び来たりて己を了す
先天の落凡を明晰にせよ　　習性を改めれば器を成す
この偈は、有情の衆生、原霊の仏子たちが共に励まし合い、上蒼の基本構造を大いなる因縁として融合させ、あなた方が上蒼のすべての基本意図と構造がどのようなものであるかを真に理解できるようにするためのものです。「大道天地」の著作はここまでで、合わせて三十六回となりました。これまでのすべてのご苦労に、心から感謝申し上げます。
すなわち、天地の殊勝なる因縁を、完全に系列天書の中に下化し、ありのままに人類衆生に提供して受益増長させ、次の一冊はさらに精彩を放ち、まさにあなた方の未来に対するより大きな弘願、了願の天機良縁であり、それによってこそ収円後のすべての円融なる動作を、とてもありのままに対処できるのです！皆様、ありがとうございます！
無極趙公明元帥（むきょくちょうこうめいげんすい）
無極天官武財神　　趙公明元帥登壇
大道は天地に既に完成せり　　大道の因縁は先天に証せらる
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈の正主席・虚空上人が降臨され、「大道天地」第三十六回を著作されました。天地の大道を整え編集して結集されることは、崇心宗脈が将来、四億の仏子を引渡し、九二原霊の基本構造を導くために必要不可欠なことです。
既に大道天地天書の中にはっきりと示されている。あなた方は崇心宗脈を通じて全宇宙世界に弘法を広めること、また地冥星に住む有情の原霊仏子たちが真に向上し、堕落することなく、崇心宗脈のすべての学宗生が弘法を導き広めることを目指すと。
また、未来を理解し、すべての天機と良縁、職責と使命がさらに広大で遠大であることを知る必要があります。皆が一つの大きな力に集結し、「大道シリーズ天書」が応化する役割を広めることが求められます。これは真実の性質であり、必ずや有情の人類衆生に真の利益をもたらし、向上と超越を実現することができるでしょう。
2014年、0621、2015◎＃※   ０Ｋ＃
玄玄上人（げんげんじょうにん）
玄機は奇をなさずして衆生を化し
玄理は真実をもって霊真を渡す
◆ 跋・讃賀 ◆
跋    一
大道とは
すなわち自然のままに、一切の有情の衆生たる原霊仏子を育み、人世間に進入させるのである。また、人類衆生が上昇超越する因縁の根本であり、人道世界において互いの障害を取り除き、また人道世界をもって互いに大いなる因縁を支え合い、真実のままに増長させることができるのである。
まさにこれによって、すべての原霊仏子は自らの力で改修し、良くない習性と宿因を変えていく。自分自身を真に向上させることができてこそ、この一生において上昇し回帰することができるのである。また、このような殊勝な因縁の条件は、すべての人類衆生が得られるものではない。
天地は
ちょうど地冥星系が潤いをもたらす生命の営みと同時に、「心、身、霊」の三者を以て超越することが必要であり、また大道の天機が凡塵に入るにあたり、どのような因縁と態度で成長すべきかも、地冥星系の中にあり、真に人世間を向上させる者こそが、さらに良からぬ積年の習慣を改め除くことができるのである。
すなわち、これが正しき道であり真実の道である。人間世界では常に、自らの思考や観念を、この生、この世における一切の習性や作用に付与し、それを生存と呼んでいる。必ずや　上蒼の基本的な修養の理由に合致しなければ、自らが本来の根拠地に回帰することはできず、それを回帰と超越と呼ぶのである。これこそが正しい道なのである。
玄玄上人降跋一於
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年陽（ようげつ）月十一日、戌の刻
よし！崇心宗脈の大道シリーズ天書第二十一冊、跋一の完成を心よりお祝い申し上げます。誠に喜ばしい限りです！しばらく崇心宗脈にお邪魔し、これからのすべての衆生救済の大いなる契機について共に協議いたしました。皆様、またお会いしましょう！
盤古大帝（ばんこだいてい）
盤古天地を開きて無極を化す　　古代の道徳今期に伝わる
跋   二
大道は天地の著作する所にして、原由なり。
すなわち、第一元会と第二元会を以て、今に至る第三元会へと相互に接続し、また過去に引渡し回帰された者たちを、この時空において再び「借将」の役割を担わせるのである。人世界を通じて引渡されるにあたり、いかなる種族も区別せず、天地が徳沢を演繹するがごとく、21世紀の衆原霊仏子たちの成長を促すのである。
凡塵世界に入り、有情世界の「復古收圓、普渡收圓、五教收圓」といった各体系を区別することなく、それぞれの体系において、人々が真に上蒼の天機良縁を理解できるよう、自らの因縁と天機を悟り、上昇と超越を得る機会を提供するものである。
大道は天地を創り、万物の根源となる
それゆえに、天地が進化を推し進める作用は、21世紀の有情の原霊仏子たちに、それぞれの体系の因縁を区別することなく、凡塵世界に入って何をなすべきかを示している。明確に理解すべきは、いかなる体系や因縁であれ、地冥星の21世紀に入るためには、必ず修整と改造の作用が必要であるということだ。
つまり、人間界において大きな因縁を改造し、自身の良くない欠点のある資質を向上させ、RNAの向上を成就し、さらにQNAを超越する方向へと進むことができるのです。しかしながら、「大道天地」の殊勝な因縁は、人道世界に対して、過去の無明の障害を再び示現して人間界に現れることです。
懿勅崇心宗脈は、まさに上蒼の大天機聖務と使命を引き受け、『大道系列天書』の殊勝なる因縁を広めんとするもの。喜ぶべき賀すべき、嘉すべき励ますべきことなり。これにより21世紀の有情なる衆原霊仏子を広く渡し、回帰と超越を成し遂げんとするは、さらに妙なるかな！
盤古大帝降跋二於
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年陽（ようげつ）月十一日、戌の刻
崇心宗脈がこのような天機良縁を得られたことを心よりお慶び申し上げます。この天機良縁の下に「大道シリーズ天書」が説き明かされたことは、誠に貴重なことでございます。皆様がご一緒に著作に携わってくださり、大変感謝しております。しばらくの間、崇心宗脈にお世話になりました。皆様、またお会いしましょう！
中華の始祖　黄帝老祖
中華の始祖が導き渡し給う　　黄帝老祖が成し渡し給う
有情の原霊仏子を渡す
共にこの会に契りて皆で渡る
跋   三
大道は天地のごときものなり
すなわち、天地の徳沢をもって人道世界に対し、伝承として示すことができる。規章、制度、典則、規範を凡塵世界に示現する。いかなる宗教、宗派、国家にも分別なく、一切の有情衆生たる原霊仏子は、地冥星に入ることができ、自ら真の向上と超越へと歩みを進めるのである。
また、このような天機良縁は、現代においてはまことに稀なものとなりました！このような殊勝な因縁は、まさに上天の大いなる徳と慈悲であり、あなた方のすべての習性、慣性、個性、稟性を修養し改めることができるのは、まことに正しいことなのです。
また、このような天機良縁がこの時代に入ったからこそ、真に「身・心・霊」の三者を高め、「身体・自心・霊性」を集結して向上させることが必要であり、人道世界に入ってずっと制限されることは、取るに足らないことなのです。
大道は天地の殊勝なり
まさに、人間界のあらゆる迷いを解き明かし、これまで導き戻すことのできなかった者たちを、このような時空の中で再び調整することが必要です。これは、懿敕崇心宗脈がこのような天機の良縁を得ることができるようにと、上蒼がすでに定めた政策と使命であり、さらに三十年にわたる厳しい試練を経てきたものなのです。
理筆宗主の一切の行いを観察し、またこの十年間、崇心宗脈の行いを観察し監督してきた。まさに殊勝な天機と良縁によって導かれることができ、また21世紀の一切の有情なる原霊仏子たちが、真に上蒼の天機使命と聖務に乗じて回帰することができるのである。
さらに、「魁光帯甲」や「乗願再来」、あるいは「先天落凡」といった各体系を区別することなく、崇高な使命や任務を実践することによって、善良さが増し、向上し、超越することができ、同時に、より広大な宇宙の空間へと真実のままに歩みを進めることが形成される。誠に喜ばしいことである。
中華始祖黃帝老祖降跋三於
儒教の聖なる教え
真の仏教の心髄
無極大道院
懿敕崇心堂
天運丙戌年陽（ようげつ）月十一日、戌の刻
よろしい、崇心宗脈がこのような堅固な志を持つことを心よりお慶び申し上げます。上天より託された聖なる使命に対し、真に実行に移す機能と効果を達成できましたことは、未来において必ずや大きな弘化の契機となるでしょう。お祝い申し上げます！お祝い申し上げます！しばらくの間、崇心宗脈にお邪魔いたしました。皆様、またお会いしましょう！
先天一気　伏羲大帝
先天の一炁塵無く化し　　伏羲大帝降り来たりて成る
大道は天地に凡例を作す　　恭賀崇心神人真
凡   例（はん   れい）
一、大道とは：人としての世界に生きるよりどころであり、生存に必要なものの中から、自らの「身体、心性、霊性」を連携させ統合することによってこそ、より大きな成長と向上が可能となる。
二、大道とは、さらに自然のままのあり方をもって世の中の道や人間関係に至るまで、宗教的な修養を通じて変革を成し遂げるものである。必ずや自らの意志によって、すなわち自らが自らを成就することが真実の姿である。
三、大道とは：有情の衆原霊仏子が凡塵世界に入ることを許される者は、必ず自らの不足と欠如が何であるかを悟らなければならない。そうして初めて、自らの欠点を改めることができ、真に清浄なる「身・心・霊」の三者が連なり、しかも如実に応用できるようになるのである。
四、天地とは：これは衆原霊仏子が生活を営み依存する主要な因縁の根本であり、もし地冥星がなければ、どうして相互に対峙し改造と向上を図ることができようか。またこのような天地の中においてこそ、汝ら一切の欠落と不足を融合させ、新たに修整することができるのであり、まさに如実性そのものである。
五、天地者：修整を経て後、往昔の因縁と使命を明らかにすることができ、初めて
自らの「身・心・霊」を清めることができず、さらに世間の
すべての相互的な制約は、自分自身を縛り付け、困難から脱することが難しくなり、真の超越を成し遂げることは困難です。これは望ましいことではありません。
六、天地とは：すべての有情なる衆原霊仏子に対し、理論、思考、観念の向上を通じて示現し、真に大道の天梯へと回帰し良縁へと向かうことを可能にするもの、これこそが　上蒼の基本的な本意であります。
七、大道天地者：21世紀の科学技術文明に対し、人道の世に入る。
この世界において、自らの未来の行く末を明らかにし、円滑に進めることが必要です。そうして初めて、自分自身に対して真実を尽くすことができ、過去のすべての聖なる務めと使命を、この元会、この時局の中で完成させることができるのです。これこそが真実性なのです。
八、大道大地者：また、すべての地冥星に入る有情の原霊仏子を各体系の導引とするにあたり、「復古収円、普渡、収円、五教収円」の各体系を区別せず、互いに融合することができる。収円後の応用動作こそが、まさに―回帰超越なのである。
九、大道天地のすべての因縁による著作：これは各体系、特に「魁光帯甲、乗願再来、先天落凡」の有情衆原霊仏子に対して、真に
己が因縁とは何かを悟り、いかにしてこの世代の因縁の責務と使命を完遂するかを知れば、必ずや真に天命を全うすることができる。
十、大道天地の殊勝なる因縁：これは、これら過去の試験過程におけるすべての不足点を、改めて修復・改造し、真に自らの満ち足りない部分を完全に清め除くことを与えるものである。
身の汚れと穢れた識は、真の向上を果たす大いなる縁を乗り越えるためのものである。
これにより、これらの原霊子が下界に降りる際の障害を減らすことができます！
十一、大道天地著作の根本：これは、上蒼が21世紀の有情なる衆原霊仏子を導き渡すにあたり、一世人として：超越、回帰、円満、乗越、この四つの因縁を成就せしめるものである。一世人として、これらの殊勝なる天機の因縁を領納し、受益することができるのである。
十二、大道天地著作は完成しました：この著作において、すべてのご苦労を区別なく、講解、配布、印刷支援に対して、上蒼は諸原霊仏子の功績を斟酌され、未来の弘化において真の獲得と実際の因縁の大いなる成長があり、さらに如実性を具えることとなります。
先天一炁伏羲大帝、凡例を降す
儒教の聖なる教え
真の仏教の心髄
無極大道院
懿旨により崇心堂を賜る
天運丙戌年陽（ようげつ）月十一日、戌の刻
ああ！誠に恭賀すべきことです。懿勅崇心宗脈は、期を追い、冊を重ねて大道シリーズの天書を完成させました。このような堅固な決意は、上蒼からも確かな肯定と賞賛を受けるに値します。まさに崇心宗脈は真の子として称賛されるべきです！皆様、ご苦労さまでした。心を込めてご協力いただき、崇心宗脈の一員として時を過ごし、未来の一切の大いなる救済に向けた共議の因縁を共に成し遂げました！皆様、ご苦労さまでした。ではまたお会いしましょう！
虚空上人
稀なる因縁天より来たり　　虚空上人聖台に登る
旧友と共に集い皆で並び立ち　　一心に弘化して衆生を救う
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道院霊修院士の皆様、こんばんは。本日、先天混元一炁玄玄上人、盤古大帝、黄帝老祖、伏羲大帝が共に崇心宗脈に降臨され、跋一、二、三と凡例を著作されました。これは崇心宗脈に対する真なる肯定と賞賛であります。
したがって、崇心の宗脈は固く志し、大道シリーズを期ごとに著作し、いかなる回も決して途切れさせることはありません。上蒼高界の多くの仙聖が常に崇心に降臨され、著作の天機良縁を共に議され、また未来の大道弘化と引渡成全に対して、より広大な功勳を立てられます。しばらくの間、大声で騒がず、仙聖の共議に影響を与えないようお願いいたします。皆様、お疲れ様でした。またお会いしましょう。
2014年6月21日21時30分◎＃※   ０Ｋ＃
崇心副主席 麻仙姑
麻姑は副座に登台して参り　　恭しく懿旨を接し大道開く
天地シリーズ完結の趣旨　　弘化と引渡しにより善徳を整える
◆ 旨 ◆
完書繳旨
本日は、我が崇心宗脈にとって殊勝な因縁の日であります。大道シリーズ第二十一冊『大道天地』の天書が完成し、上蒼へご奉納されました。これは、崇心宗脈が上蒼より賜った使命を弘め、有情の衆生・原霊・仏子たちが、大いなる道の徳沢と天地の進化の過程において、はっきりと向上を遂げられるようにするための正道であります。
無極の懿旨を恭しくお迎えするため、本宗脈より虚空彩靈仙姑、虚空彩霞仙姑、虚空彩雲仙姑の三名を二十里外に派遣し、無極の懿旨を恭しくお迎えして堂に導かせます。また、本宗脈より虚空龍翔天尊、虚空鳳翔天尊、虚空金筆開智天尊の三名を十里外に派遣し、無極の懿旨を恭しくお迎えさせます。その他の神仏、学生、および無極大道院霊修院士らは、整列して恭しくお迎えし、礼儀を欠くことのないようにいたします。
無極の御前　董雙成仙姑
無極駕前に侍す皇母
董雙成仙姑降示す
無極の懿旨を奉じて参りました
崇心大道の御栄えを恭しくお祝い申し上げます
無極皇母の尊きご懿旨が、崇心堂に降臨され、神人ともに伏して拝受いたします。
懿　旨　を　開　き　読　む
謹んで奉る
無極皇母大天尊  懿旨に曰く
母は理天の勝地に住まわれ、凡塵に降りた九六の原霊児に対し、種々の資糧と源を与えて向上を促し、有情の衆原霊児が成長し学び乗り越えることを支えられてきた。幾度となく凡塵世界にご旨を下され、真に皇母の徳沢を成就する者が現れることを切に願われてきたが、それは稀であり、さらに稀なことなのである！
故に経緯はこうである：無極と昊天が共にこの元会を成し遂げ、「懿敕崇心堂」を降ろされた。期毎に『大道系列天書』を開示され、今や既に全二十一冊「大道天地」の完書を以て御旨に応え奉り、誠に　母なる我をして大いなる慰めと慶びを感じしむるに至った。
母心懿敕崇心堂が固き志を持って示現された「大道德澤」は、「天地の間」に在る有情の衆生たちに、上蒼の本来の御心とその構えを悟らせ、各自が回帰し乗り越えることを可能となさる。母心懿敕崇心堂の神人たちが使命を全うされたことに対し、その功績は天榜の功徳簿に銘記されるべきである。
未来の回帰成就の拠り所とするため。命により　双成仙姑が無極瓊漿三壺を携え、崇心堂の茶に加えることを賜う。これまで苦労を重ね、犠牲と奉献を続けてきたすべての有情の霊たちに、この天機の良縁を与えて成長を促す。まことに感心すべきことであり、賞賛に値し、喜ばしく、励みとなるものである。
また大道の弘化によって引き上げられ、有情の天地に存在するすべての乾坤原霊児の成長に対して、これこそが至上のご期待であります！勤めに励み勇気を奮い起こす姿は、まさに称賛に値し、子らよ、よくやった！まさに母なる御心の尊いお導きにより崇心堂は、志を堅くして弘化に努め、その効果は十分に顕著な功績を挙げております！勤めに励み勇気を奮い起こし、職務を全うし、よくやり遂げたことを褒め称えましょう！
無極皇母は懿旨を下される
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年陽（ようげつ）月十五日、戌の刻
よろしい！麻仙姑姉妹の宗脈が、実際に凡塵世界において弘化導引と向上を実践できたことを恭賀いたします。これは無極皇母の嘉奨に値するものであり、また崇心の全神人たちの固い志と努力を恭賀いたします。恭賀いたします！恭賀いたします！次回お会いする機会を楽しみに、私は急ぎ無極に戻りご報告いたします。皆様、またお会いしましょう！
崇心主席（すうしんしゅせき）  文衡聖帝（ぶんこうせいてい）
懿勅により崇心に主席を任じ　　文衡聖帝が登台の儀を挙げる
諸聖神仏と学生が　　共に心を一つにして大道の期を待つ
本日は、崇心宗脈大道シリーズ第21冊『大道天地』の完書を奉納し、先ほど無極懿旨の下賜が完了したところで、続けて昊天玉詔が本堂に届きました。本宗脈の無極司命真君、無極広澤尊王、無極城隍帝君に対し、十五里の外で昊天玉詔を恭しくお迎えするよう命じられました。
命により本宗脈の無極大勢至菩薩、無極註生娘娘、無極中壇元帥を五里外に派遣し、昊天の玉詔を恭しくお迎えする。その他の神仏と諸賢生及び無極大道院霊修院士らは、整列してご到着をお待ち申し上げる。
昊天の勅使　南極仙翁
南開大道は天地を貫き、極楽世界は本心に徹す
仙界の人間に明晰は少なく　　翁は玉詔を帯びて降り来たれば
謹んで昊天の玉詔を携え、崇心堂に降りて頒示す。神人よ、伏し拝せよ！
玉詔開読
謹んで奉る
昊天玉皇大天尊　玄霊高上帝の玉詔に曰く
朕は九五の尊き位にあり、大いなる天地のすべての宗教の教化と弘布において、数多の天地の資糧と源を授け、また現代において、天地の殊勝と大道の因縁が成就されることを明らかにし得るものこそ、まさに懿敕崇心堂である。丙子年に勅旨を受け堂を立てて以来、大道系列の天書著作を展開してきた。
今や既に合計二十一冊の「大道天地」完書を完成させ、天旨に奉じました。これは有情世界の全ての原霊子たちが、浄化を高め成長を遂げるために成し遂げられたものであり、これこそが昊天の切なる願いであります。かくして崇心の諸聖仏たちは、期毎に諸賢生たちを教化し、各自の成長と向上を促しているのです。
真なる学び、成長、収穫、恵みへと入り込むことは、さらに真実である！朕もまた大いに喜ばしく思う。崇心堂の神人たちが天命を奉じて志を堅くし、大道の弘化に対して誠に大いに努力し、また天地の徳沢が応化して行動を起こし、一歩一歩成就を成し遂げた！今や大道天地の完璧な書物を完成させ、天命に応えることを果たした。
崇心神仏と学生たちに対して、力を尽くして犠牲を払い奉献したことを称え、この功績を特に上蒼天榜に銘記し、すべての神仏と学生の中で真に犠牲を払い、奉献した者には「金品蓮台」を授ける。これにより崇心の今後の弘化が真に優れた成果を上げられるようになる。
さらに、各神仏と学生に、この「金品蓮台」の成就を共に分かち合うことを許す。真心を込めて捧げる者は、天の徳と功績の記録を実際に得ることができる。これは上天への職責に全力を尽くすことに対する称賛と励ましである。
昊天玉皇大天尊　玄霊高上帝が玉詔を頒示されました。
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
天運丙戌年陽（ようげつ）月十五日、戌の刻
崇心宗脈のすべての神仏と諸賢生の方々に恭賀申し上げます。皆様が真の功績を立てられ、未来のご自身の成就に対して、多くの実質的な機能と効果をもたらすことができました。まさに弘化と引渡は、自ら成長し完成させることによって達成されるのです。私は急いで昊天に戻り、ご命令を復命いたします。またの機会にお邪魔いたします。皆様、さようなら！
虚空上人
懿勅崇心正主席　　虚空上人登台期
大道は天地の完き書の旨なり
弘化して衆霊を引渡して契らしむ
諸聖仏と諸賢生、そして無極大道院の霊修院士の皆様、こんばんは。本日は、無極より頒示された懿旨と、昊天より頒示された玉詔が、すべて完了いたしました。崇心宗脈のすべての神仏へのご褒美として、この功績を天榜に記録し、皆様の上蒼における実質的な功労として残すこととなりました。
崇心宗脈のすべての学生と神仏に対し、真に多くの恩恵をもたらすことができます。また、各人の努力には十分な報いがあるでしょう。今回、功績を直接授与することはありませんが、間接的にあなた方により大きな収穫と利益をもたらします。さらに、あなた方は本当に十分な福徳に恵まれており、実際に自ら恩恵を受けているのです。
「大道シリーズ」第二十二冊は、来週の金曜日に、崇心宗脈堂前に香案を設け、「大道シリーズ天書」第二十二冊を堂に迎えて執筆を継続いたします！さあ、皆様には早めにご準備いただく必要があります。本日はここまでとし、皆様お疲れさまでした。しばらくしてから天恩の賜り物に感謝の礼を捧げます。ではまたお会いしましょう！
2014年6月21日22時10分◎＃※   ０Ｋ＃
大道シリーズ第二十一冊『大道天地』の校正が完了し、編集作業に入ることができます。