大道シリーズ叢書 第31冊『大道杏壇』
日本語版
◆ 前置・序 ◆
書名
2011年6月3日　辛卯年五月二日（金）
懿勅崇心堂大主席　南天主宰文衡聖帝
大道シリーズ叢書第三十一冊－大道杏壇
矢に勤め矢に勇み、怠ること勿く忽せにすること勿く、早く書を完うして旨に繳し、再び功勳を賞せん
大道杏壇目次
◆ 本文 ◆
第十九回  人類基因　變化莫測
宇宙の星系は天機を造り
大いなる寰宇の徳沢は衆星に及ぶ
◆ 跋・讃賀 ◆
道教教主　太上道祖　道德天尊　降頌祝於
南無本師釈迦牟尼仏
◆ 前置・序 ◆
書名
崇心道場大主席　　南天主宰文衡聖帝
大道シリーズ三十一冊　　御旨を頒布し降臨して弘揚の時期を迎える
謹んで懿旨を奉じ、昊天の玉詔を拝受いたします。
本日は崇心宗脈にとって大吉の良き佳き日であります。すべての神人（しんじん）が力を合わせ心を一つにし、共に世の中のために教化を広く推し進め、真に弘化の効果を上げることができます。有情の衆生の「身・心・霊」の三つに対して向上の契機を加えることで、良き因縁と条件が生まれ、向上し成長し、超越する機会が得られるのであります。
今や良き時は至り、命じて崇心宗脈の  虚空御伝天尊、  虚空道伝徳天尊、  虚空落筆天尊を三十里の外に派遣し、恭しく　無極懿旨を堂へ迎え奉る。さらに命じて  虚空霊竅仙姑、  虚空霊意仙姑、  虚空霊会仙姑を二十里の外に派遣し、恭しく　無極懿旨を堂へ迎え奉りて宣布せしむ。すべての神仏と学生、及び無極大道院・院修学士は、順序に従って列を整え、御駕を待ち奉る。
無極の御前  九天玄女仙姑
無極の御前にて皇母に侍し　   　九天玄女の徳意顧み給う
大道シリーズ第三十一冊　崇心の福徳を授け示す
謹んで、無極の懿旨が降りて崇心宗脈に示され、神人ともに伏し拝む。
懿旨を開きて読む
謹んで拝受いたします。
無極皇母大天尊  懿旨に曰く
母は理天聖境に住まわれ、南贍部洲のすべての霊子が下界した後、五濁悪世に迷い込み、天地の真理を悟って帰還することは甚だ難しく、真に回帰する契機も得がたい状況であった。今や母の慈愛に満ちたお心により崇心堂が丙子年に設立されて以来、天下唯一の殊勝なる「大道系列天書」の著作が展開されている。
現在までに合計三十冊の著作が完成し、世の中のすべての教育と教化は「杏壇」を通じて次世代の基礎づくりを培ってきました。そして今、大道シリーズ第三十一冊を編纂し、その表題を「大道杏壇」と名付けました。これは、すべての未来の人類科学にとって教化の基礎となるものです。
必要なのは真実の因縁であり、すべての霊魂に対して、天地の限界による障壁を理解し、いかにして「身体、心、霊」の三者を超越して向上させるかを知ることです。すべての成長を通じて向上と超越を果たし、この一生で無極理天、虚空天界への円満な回帰と超越を達成することができます。
ご命令が到着した日より直ちに著作を開始し、南海古佛、南無燃燈古佛、南無虛空上德人天古佛、南屏道濟古佛の四大佛尊を主著仙佛として任命し、その他三界の高真仙佛を陪著仙佛とし、儒宗聖教に対し一種の教育と教化の向上を図るものである。
現代社会において「大道」を広め「杏壇」で教化を施すことは、極めて優れた教育的成長をもたらします。まさに母として願うのは、一日も早い回帰であり、過去の限界を超越することです。これは一世代で成し遂げる必要があり、またすべての良き因縁を誠実に提供し、向上発展して超越することを可能にします。
母なる心は切に願う、崇心宗脈の全神仏と学生である子供たちが共に力を合わせ、上蒼大道の先鋒部隊となり、自らを成就し、また多くの霊児たちの回帰を成就させることを。上蒼の徳沢と無極皇母の期待に応え、一日も早く寿世を頒布し完成させ、有情なる衆原霊子の成就を促すことを。
矢（や）に勤（いそ）しみ矢（や）に勇（いさ）み、怠（おこた）ること勿（な）く忽（ゆるが）せにすること勿（な）く、自己（じこ）を成就（じょうじゅ）し、衆生（しゅじょう）を渡化（どけ）せん。
目次
2011年06月07日　辛卯年五月六日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
儒教教主　大成至聖孔夫子　降讚賀於
道教教主　太上道祖　道德天尊　降頌祝於
南無燃燈古仏
南無大日如來佛　降跋四於  儒宗聖教
無極の御前に降り立ちて崇心を下す
許飛瓊仙姑自ら臨まれる
大道杏壇に書旨を完うし
恭賀す人間の有情を化するを
◆ 前置・序 ◆
書名
無極皇母大天尊　無極懿旨を下賜され
儒宗聖教
真仏心宗
無極大道院
懿勅崇心堂
天運辛卯年蒲月初二日戌時
ああ！またも吉祥の佳辰を迎え、崇心宗脈の尽力ぶりを拝見できましょう。麻仙姑姉妹が教化を施し人々を導かれた功績は、まさに当今天下第一のもの。必ずや真実の成果をもって、皇母のご恩沢に感謝を捧げねばなりません。ご下命は以上でございます。われは急ぎ理天に戻りご復命いたします。またの機会にお邪魔いたしましょう。皆様、ご苦労さまでした。ではまた！
懿勅崇心堂正主席　虚空上人
崇心宗脈正主席　　虚空上人が真意を闡明す
大道シリーズ三十一冊　　教育教化の根本基
本日、無極より降ろされた懿旨は既に公布を終え、崇心宗脈にとってまた一つの大きな肯定となりました。また、すべての天書の著作において、言えることは、一冊一冊が期日通りに完成し、著作の中には殊勝な天機が宿り、それが崇心宗脈の大道系列天書の中に下ろされています。これは、上蒼の徳沢と慈悲が成長をもたらしたものなのです。
無極懿旨の頒示が終わりを告げ、続いて昊天玉詔が堂に到来するに当たり、本宗脈の無極二・三関聖帝と無極九天司命真君を二十里外に派遣し、昊天玉詔を恭しく迎えて堂に導くことを命じられた。さらに、本宗脈の無極普賢菩薩、無極文殊菩薩、無極註生娘娘を十里外に派遣し、昊天玉詔を恭しく迎えて堂に導くことを命じられた。
その他の全ての神仏と学生、及び無極大道院、院修学士らは、謹んで整列して玉駕を待ち、昊天玉詔が堂に下され示されることを恭しくお迎え申し上げる。全ての神人らは全員平伏し、礼儀を失うことなきよう。
昊天の欽差　李太白仙翁
昊天の勅使李太白　　仙翁たびたび降臨された
崇心の因縁は真に殊勝なり　　過去に結んだ善徳開く
謹んで昊天玉詔が再び崇心宗脈に降臨し頒示されることを拝受し、誠に欣幸の至りでございます。このような契機が実現いたしましたことは、崇心宗脈が相互の善徳因縁を成し遂げる縁ともなり、まことに喜ばしく慶賀すべきことでございます。謹んで昊天玉旨の頒示をお受けいたしますに当たり、儀礼を欠くことのないよう心がけねばなりません。
玉旨開読
謹んで奉る
玉皇大天尊 玄霊高上帝 玉旨に曰く
朕は九五の尊位にあり、南贍部洲のすべての国々の教育と教化に対しては、かつて儒家の思想をもって成長させてきた。しかし今、台疆ではすでに「中華文化基本教材」を継続して施行することが次第に難しくなり、三綱・五常・四維・八徳を弘め高めることもまた困難を極めている。よって、必ずや宗教を通じて改めてこれを宣布する必要がある。
杏壇の教化を成長させるにあたり、現代の有情衆生に対して「中華文化基本教材」において必要とされる如実の向上を与え、現代の人類衆生の災難を転化させなければなりません。さもなければ、このような災難の発生を軽減することは困難です。新たな三綱・五常・四維・八徳が人類の思想観念の中で実践される必要があることを理解しなければなりません。
未来の人類科学技術文明が、実相界の浄化と向上を実現できること、これこそが朕の期待と敬仰するところである。また崇心宗脈が大道シリーズ天書の著作において、誠実に一冊一冊を完成させ、大道シリーズ第三十一冊の題名を「大道杏壇」とし、崇心宗脈の教育・教化の実践的な礎とすることは、まさに理に適ったことである。
この天書を全世界に広く普及させ、また四億の仏弟子たちが互いに助け合いながら次第に帰隊するよう導くことこそが、真実の性にかなうものである。命により、南海古佛、南無燃燈古佛、南無虛空上德人天古佛、南屏道濟古佛の四大仏尊を主著仙佛とし、その他の三界の高真たちを陪著仙佛とする。
お達しが届き次第、直ちに開示し、一日も早く完成させて世に広め、人類の災いを除くことが肝要です。まさに教育と教化を弘揚し、必ずや方法を人類世界に公表することが正道であり、また全力を尽くして、天の期待される殊勝な条件を達成し完成させねばなりません。
◆ 本文 ◆
杏壇天書第三回　   　天文星系各區量
南無虚空　上徳人天古仏
◆ 跋・讃賀 ◆
道徳天尊頌を為して祝す　   　崇心宗脈の福徳真なり
道教教主　太上道祖　道德天尊　降頌祝於
2011年6月10日　辛卯年五月九日（金）
南無大日如來佛　降跋四於  儒宗聖教
矢のように勤め矢のように勇み、怠ることなく忽せにせず、神と人と共に叩頭して恩に謝す。
◆ 前置・序 ◆
書名
如実の方法にて災殃を化解し、浄土を創造し、衆生を回帰せしむ。
昊天玉皇大天尊  玄霊高上帝が玉旨を下される
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
辛卯年蒲（あやめづき）月初二日、戌の刻
ああ！玉旨のご下命は完了し、また崇心宗脈がメディアを通じた弘法の推進を醸成しているのを見ました。これは必ず進められるべきことであり、崇心が「大道シリーズ」を宇宙へと広く展開することで、自らを成就し、衆生を教化して超越へと回帰させることができます。皆さん、お疲れ様でした。また後日お邪魔いたします。老仙は急いで昊天に戻り、ご下命を復命いたします。
懿しく崇心堂主席 文衡聖帝に勅す
崇心宗脈の主席を任じられ　   　文衡聖帝が聖意を闡明される
大道は杏壇より来たりて著作す
崇心の根基は穩やかに紮（さ）はる期
本日はまさに崇心宗脈にとっての大いなる喜びの良辰佳日でございます。先ほど、無極懿旨と昊天玉詔を謹んでお受けし、当堂にて宣布いたしました。すでに全ての宣布を終えましたので、本宗脈は「大道杏壇」において著作を進める期間中、一歩一歩と外に向けて法を弘め、台湾に足場を置きながら国際社会へと大きく展開してまいります。
これは崇心宗脈が大道シリーズ天書に対して著作したもので、全体として以下の点に合致しています：先天の真なる教えを弘め、天地の大道を行い、杏壇の規範を立て、衆生の回帰を渡すこと。この杏壇の礎石を崇心教化の基盤とし、また鴻展の足場として、上蒼を職志とし、全世界に広めていくものである。
このような真の基盤を広めるにあたり、皆様が「大道杏壇」において著作をなさる際には、上蒼の慈悲と徳の恵みを詳細に実感される必要があります。もし過去の時空を題材として著作をなされば、未来の科学技術文明の方法をありのままに応用することは困難となります。これこそが異なる時空の縁によって著作が生まれ、それぞれ異なるエネルギーが向上していく所以なのです。
2015年3月11日13時21分◎＃※  了解
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◆ 本文 ◆
古佛開著第一回　   　古天文學人間隆
2011年6月17日　辛卯年五月十六日（金曜日）
第十九回  人類基因　變化莫測
南無燃燈古仏
◆ 跋・讃賀 ◆
頌　　　祝
◆ 前置・序 ◆
目次
はじめに
はじめに
古代天文学　　第01回から第06回まで
古代科学技術　　第七回から第十二回まで
古人類学　　第13回から第19回まで
古道德学　　第20回から第25回まで
古倫理學　　第26回より第30回まで
新三綱杏壇教育　　第31回から第36回まで
終章
編集誌Ｘ2
推薦の序文　三篇
重点を3回シェア
裏表紙Ｘ1
編集誌 Ｘ2
現代科学が証明できるのは、現在のこの元会の空間に過ぎず、過去の全ての元会の一切を証明することは根本的に不可能です。もし現代の科学技術だけを論じるならば、人類衆生が文明を大きく向上させようとしても、おそらく大きな効果を上げることは難しく、未来の福祉は大きく損なわれることになるでしょう。
如何にして過去の科学文明を照見するかは、現在の科学にとって参考とする価値がある。それぞれの時空元会には異なる科学技術文明があり、これは人類衆生が知り得ない実相である。なぜこのようになるのか？地球が桑田変じて滄海となるたびに、前回の科学技術文明は地底や深海の中に埋もれてしまうからである。
これらの古代文明の宝蔵は、長い時間を経て、未来の人類によって再び発掘された後、初めて地球の前回の文明がどのようなものであったかを知覚するのである。このような状況は、後世の人々にどのような感覚をもたらすだろうか？非常に難しい！ただ、このような科学技術文明は単なる一つの証しに過ぎないということだけを知るのである。
根本的に理解することができず、異なる時空の因縁における変革を把握しなければ、この地球空間の過去の文明を体得することは難しく、現在の人類がそれをどう取り入れるか、そして未来の福祉を築くための知恵を得ることも困難です。すべての「人材活用」においては大きな向上が必要であり、それによって現在の科学技術をいかに向上させるかが形成されるのです。
古代天文学：これは現代の科学者でさえ理解し難い検証であり、しばしば先の科学者が検証・発表した内容が、後に別の科学者によって覆されることがあります。以前に検証・発表された概念や論点は、実際にはやむを得ないことなのです。なぜなら、私たちは当時の古人ではなく、その真実性を知ることもできないからです。
古代科学技術：なぜ後の科学的裏付けとなり、また当時の実際の状況にも比較的合致するのか。それは未来の科学技術文明がより先進的な向上を遂げ、当時起こった状況にも合致できるからである。これらの裏付けは事実と多少の距離があり、あくまで裏付けに過ぎず、決して真実そのものではない。
古人類学：進化は現在の地球空間の変遷に対しても、異なる地域の発展が存在し、地球空間全体には様々な時期の変化があるため、異なる人種の進化が現れ、多くの高等人種の依存関係も形成され、さらに様々な元会において超越的な向上が見られます。これにより、古代文明の繁栄が予見できると信じられています。
古き道の徳の学問：これは天地が進化する徳の恵みであり、道徳の綱領に従って全宇宙の星系に施行されるものである。つまり、大いなる道が進化する基本であり、自然のままの「無為」によって『真の無為』の成長が演じられる。このようなことは、すべての星系、天地、人類に対して相互に連なり合う真の「道徳」の施行を形成することになる。
古き倫理學：人類の衆生は生存の中において、相互に従うべき規制があり、それは長幼の序のある区別性である。また、各単位と家庭においても、この種の綱領を施行してこそ、善良な生存空間が得られる。これは人倫規範の体制であり、これこそが人類の倫理道徳である。
理心光明禅師 大道杏壇出版に寄せる 2012年3月
推薦の序文 Ｘ3
一冊の書物の記述が、地球全体の進化過程を詳細に解明し、現在の科学者がまだ実証していない変化をすべて説明できるという状況は、爆発的に増大する現代知識の前では、一般の人々がこのような論調を認めることはなく、すべての実際の過程を実証することもできないため、当然ながら懐疑的な態度を抱くことになるでしょう。
実際、現代の人類衆生は誰一人として遠古人ではありません。現代の科学技術による検証は、しばしば一定期間を経た後に別の理論によって覆され、その都度の検証では、いかなる過程の真実性も長く実証することができません。このような科学技術では、問題点を明確にする大きな実証を得ることは難しいのです。
異なる時空の変化に対応して、様々な人間社会の文明が生まれました。現在の時代においては、より進化した生存様式が発展し、人類は地球村という空間を形成しています。生存のための交流はもはや距離の制約を受けず、不可欠な生活様式となっています。継続的に潤いある生活に必要な営みを提供し、あらゆる衆生が衣食足りることを可能にしています。
人類が地球という空間で生きるには、まず「食物連鎖」による衣食住の充足が必要であり、それによって初めて「活動連鎖」が継続され、やがて皆が必要とする「通貨連鎖」という充足へと変化していきます。これは人類が生存する現実の姿であり、人間である以上、この三つが必ず備わっていなければなりません。特に現代人においては、その傾向がより顕著です。
上蒼の慈悲の徳沢が現代の人類衆生を進化させ、より優れた人種が過去のますます低微な遺伝子を変え、また過去に下化されなかったこれらの古代文明を現代の時空に移植し、すべての人類衆生に過去の人種が生存していた文明と科学技術が現在よりもはるかに超越していたことを理解させることができる。
また一層一層と紐解いていくと、これらの過去の宇宙の神秘的な進化の過程は、人類にとって非常に大きな思考の余地を与えてくれます。なぜこのような作用があるのかというと、それは天の慈悲の徳沢であり、かつて地球空間に滞在した「外星系のハイテク人材」を借りて、再び人間界に降りてきて人種の遺伝子を変えるためなのです。
ある人はこれを自然の進化と考えるかもしれません。もしそう言うなら、それも正しいのです。なぜなら、人間は無形の空間を見ることができず、ただ人間が生きている現実の世界だけを知っているからです。これは当然のことです。しかし、人間世界の空間には、人間には見えない他の空間の変化が多く存在していることを、人々は知らないのです。
これらはすべて人類全体の生存空間の安寧と快適さに影響を及ぼします。実は、人間社会において一つの理解できることがあります。人間はただ「肉体」が備わっただけでは、すべての「肉体の機能」を起動することはできません。必ず「霊体」が投入されて初めて、すべての肉体機能が起動するのです。したがって、肉体だけではいかなる事柄も起動させることはできないのです。
このような問題は、人類なら誰もそうは考えないでしょう。もし肉体だけがあっても、何の動作も起こせず、肉体は必ず動きを止め、「死体や植物状態」になってしまうのです。人体の機能に少し注意深く観察を向ければ、これこそが真実の姿であると理解できるはずです。注意深く観察すれば、その中にある奥深い妙理を必ず理解できるでしょう。
これらの古人類学は、なぜ現代人の生存の方向性に影響を与えるのでしょうか。真の実相とは、現代人が物質的欲望に支配されてしまい、自分自身の主人となることが全くできなくなっていることです。皆さん、もう一度考えてみてください！人間は決して肉体によって人体の機能のすべてが主導されるものではなく、自分自身が死後の行く末をコントロールできるかどうか？それはあまりにも難しいことです！
すべての人の霊体、すなわち真の自己は、道教では「霊魂」、儒教では「霊台」、仏教では「自性」と呼ばれ、また「真如」「心王」「如来蔵」とも称されます。これが第八識「阿頼耶識」であり、人間の衆生はこれによって第七識「末那識」を呼び起こし、さらに外に向かって第六識「意識」へと伝達し、その後、身体の機能的行動が始まるのです。
指導し、また支配する人体の五根―「眼・耳・鼻・舌・身」が、五塵―「色・声・香・味・触」を引き起こし、この両者の相互作用によって初めて、人間の生存に必要なあらゆる行為と動作が生じる。すべての行為動作の機能はこのようにして生じると信じられており、「霊体」が「肉体」に加わることによって、人体の機能が成り立つのである。
新たな三綱の実践：これは『古の道徳学と古の倫理学』を、人々の世の中に具現化してこそ、道徳倫理の綱領と規制が形成され、整然とした倫理秩序が備わるのである。これらは決して古くさい議論ではなく、現代において流行遅れになったわけでもない。もしこれらの倫理綱領がなかったら、人類はどうなってしまうだろうか？
皆さん、考えてみてください。現代の人類社会ではすでに多くの「社会倫理に反する悪しき模範」が次々と現れています。もしこのような善良な社会風俗に反する出来事が絶えず起きていることに気づかず、自分が将来同じような状況に遭遇した時、後悔してももう遅いのです。自ら蒔いた種の結果を自ら味わうことになり、どうすることもできません！
古人は「新たな規範を設けず、古くからの規範を廃さない」と言いました。『中華文化基本教材』の基盤が揺らぎ始めていることを深く理解する必要があります。私たち皆が責任を持ってこれを正しい方向に導き、倒れたり滅びたりしないようにしなければなりません。もし平安で快適で便利な生活を望むなら、順調な生存空間が得られるのです。皆さんはどうお考えですか？
理心光明禅師が大道杏壇出版に寄せる
2012年3月、桃園真佛心宗にて
重点を共有します ×3
上蒼の徳沢は、過去の「旧三綱」がもはや現代人類の必要に合わなくなったことを踏まえ、特に崇心堂に新たに『新三綱』を改訂するよう示され、全人類が国籍や宗教を問わず、組織や団体、会社や店舗を問わず、さらにはどの家庭においても実践できるようにと命じられた。
旧三綱：君は臣の綱なり、新三綱に改められて：君臣忠義の綱となる。
旧三綱：父は子の綱、新三綱に改められて：父母は子女の綱となる。
旧三綱：夫は妻の綱、これを改めて新三綱と為す：夫婦和合の綱。
幸せな家庭　　円満な教室
世界の潮流に沿った流行は、過去の不足を補い、古来より続く「嫁姑の確執」問題や、現代中国における高離婚率の是正に取り組み、「夫婦の離婚」による悪影響を軽減し、皆がこれら絶え間なく生じる影と障壁を未来において解消できるようにします。
特に中華の子孫は、これを広める必要があります。これは、上天が『真仏心宗』に下されたご命令であり、『懿敕崇心堂』に西暦2008年末に著作し、さらに三年後に広め始めるよう託されたものです。その中には、当時の私たちには理解できない多くの事情がありました。これこそが時空の因縁の関係なのです。
上蒼はなぜこのようなことをなさるのか、今になってようやく悟った。上蒼の多くの仙仏の先生方のご恩徳は非常に広大であり、ずっとすべての子孫たちの生きる道を見守り、関心を寄せてくださっている。それはまさに現代の時代が遭遇する災難を変えようとすることであり、また未来の科学技術文明が直面するであろう問題の解決でもある。これはすべての衆生の幸福を利益するものである。
上蒼はなぜ『大道杏壇』という天書を著したのか。それは現代人類の災難を解消するためであり、地球空間における前回の第一・二元会の科学技術文明を分析し、人類に過去の進化を知らしめ、また現在の限界をいかにして解き放ち、宇宙全体の奥義を解明するかを示すためである。これにより、人類の遺伝子進化科学を改造するための「借将」を提供するのである。
大道杏壇：ここで述べるのは、『古天文学』から発展した「宇宙星系」が「天文変化」によって多くの「天文星系」を生み出し、「各所に遍く分布する」ことで「衆星定位」が形成され、そして「大道同帰」の本体を持つに至ったということであります。このような「天文定位」には、「星系伝基」としての星々が回転する原動力が備わっているのです。
また、「大道のエネルギー」が「快適で安定した」空間に向けられ、「衆生が居住」するこの種の『古い科学技術』の教育には、「文明の進化」もあり「科学技術文明」もあります。「科学技術文明」の中で「衆生が恩恵を受ける」ことができ、「絶え間なく変化」し、また「科学技術の変化」によって「細胞の構成」が万物へと広がっていくのです。
様々な「異なる元会」における「科学技術の差異」によって、異なる「細胞因子の種類」が形成され、多様な万物衆生が変化していく。また、「大道杏壇」における『古人類学』とはすなわち「衆生の根源」であり、「衆生の根性」とはまさに「向上超越」を求め、それによって「文明の変容」が生じる。これは「遺伝子改造」として作用しているのである。
まさに「文明の科学技術」によって「人類の遺伝子」を改造するため、「人類の遺伝子」に異なる五行を加えることで「変化は測り知れない」ものとなるのです。大道杏壇では、さらに『古来の道徳学』を以て「人間性の善良さ」を高め、善良な「社会の統合」を実現し、「道徳の伝播」による「道徳の実践」を行っています。
「福を以て衆生を益す」には「管理規制」の「道徳的依拠」が必要であり、「道徳倫理」に対しても「人生の圭臬」の実践が求められる。大道杏壇は、『古倫理學』における「人倫規制」に「長幼の序」ある倫理の遵守を具現し、人々の世を善良で明るい社会へと導くものである。
様々な組織や団体には「上司の仁徳」が必要であり、同時に仁義ある「部下の忠義」も相互に融合することが求められます。このような調和が「家庭の和合」を生み出し、「繁栄と福徳」をもたらすのです。これは「子孫への教育」における「道徳倫理」であり、生活の中では異なる「専門的分業」によって「精巧に作り上げられた」物品が必要とされ、それらが世の人々に選択肢として示されることになります。
専門家や達人は皆「博学多聞」であり、また「一を聞いて十を知る」こともできます。様々な技術に対しては「専門的な分業」を行い、これらが良い循環を生み出します。そのため、学校における「普及教育」の広がりは、「文明と科学技術」にとって「教育の場」の肯定であり、「教育の営み」が「長く続いて」後世を教化していくことを可能にします。
以上が大道杏壇の殊勝な著作、第一回から三十六回までの標題を順に並べたもので、全体の内容を理解する上で大いに役立ちます。人類は地球空間の進化を理解できるでしょうか？現在の人類科学の認識観念だけが正しいと考えることはおやめください。まもなく後進の者たちが過去の検証を覆すことになるでしょう。
現代の科学技術の進化が絶えず前進を続ける中、人類は未来の科学技術文明がもたらす災難にどう向き合うべきか、おそらく誰もそのような概念を持たず、どう対処すべきかも分からないでしょう。『大道シリーズ天書』全体が、これらの無明の障害を一つひとつ解き明かし、すべての人々が恩恵を受けられるようにしていきます。
理心光明禅師 題す   西暦2012年3月18日
真仏心宗
無極大道学院
懿勅崇心堂
大道杏壇                   裏表紙 Ｘ1
天と諸仏の慈悲の徳沢は、地球空間の災難を解消させようとしている。
遠古の最初の地冥星科学技術文明全体を解き明かすために分析する
古代天文学  古代科学技術学  古代人類学  古代道徳学  古代倫理学
この五種の下化は、世の中で現代科学に全体の源を知らしめるものだ。
古の天文星系は各区域に広く分布し、ようやく多くの星々が位置を定め、まさに大道は同じところに帰するのである。
宇宙の星系は天文の変化の中でこそ定位を得る
星系の基盤を伝える本体が惑星を形成し、回転するのは大道のエネルギーである。
古代科学技術文明の進化により、衆生は居住に快適で安定した空間を得ることができました。
科学技術文明は絶えず変化し、様々な細胞が万物の生きとし生けるものを構成しています。
異なる元会の科学技術の差異により、細胞は種に応じて変化し、衆生を形成するのです。
古人類学における遺伝子の変化は測り知れず、まさに衆生の根源である。
すなわち文明と科学技術によって遺伝子を改造し、向上させることである。
人類の衆生の根性の遺伝子改造は、必要不可欠な向上と超越です。
古き道徳の学問は、人の本性が善良であることを説き、社会と国家を形成して道徳を広めてきた。
管理規制に基づく道徳の依拠があってこそ、道徳の実践も可能となり、多くの人々に幸福と利益をもたらすことができるのです。
道徳と倫理は人生の規範であり、それによって初めて人倫の秩序に基づく長幼の序が確立されるのです。
上司は慈しみと仁徳をもって皆を大切にしなければ、部下は忠義を尽くすことはありません。
家庭が和やかであってこそ、繁栄と幸運が訪れ、子孫への道徳倫理の教育も行き届くのです。
文明の変化には、博学で見聞が広く、一を聞いて十を知る能力が必要です。
文明と科学技術は杏壇の教育によって普及教育を向上させる
様々な技術分野の専門的な分業が必要であり、精巧に作り上げることで初めて人々に愛されるものとなるのです。
文明と科学技術の杏壇での教化は、遠くまで続き、後世の子孫に利益をもたらすことができる。
儒教の教主　大成至聖　孔先師
◆ 本文 ◆
古佛開著第一回　   　古天文學人間隆
2011年6月21日　辛卯年五月二十日（火）
第十九回  人類基因　變化莫測
南無虚空　上徳人天古仏
◆ 跋・讃賀 ◆
道教教主 太上道祖 道德天尊 降頌祝於
◆ 前置・序 ◆
目次
儒教は杏壇より弘揚す　大成至聖孔子の量
崇心大道は天機を展べ　   　有情の衆生は福澤長し
讃賀
大道の基本としての働き
有情なる衆生は、生存の方向性を拠り所としています。その中で、杏壇の教化によって成長し、また大道を規範としています。人間界において言えば、必ずや多くの良き因縁によって促され、人類の伝承を経て教育や教化の基本的な役割が生じます。これは、人間界における「杏壇による化育」を拠り所とするものなのです。
古より言われております。杏壇とは、私塾を基盤として後世の子孫を教化するものであり、まさに現代で言うところの学院や学校の教育に当たります。また、人々の間で受け継がれるすべての人倫道徳においても、互いに成長し合うことが必要です。これは、古来の杏壇による教化の必要性と、現代の学院や学校教育の向上を共に重視することが、正しい道であるということを示しております。
杏壇の教化を担う師資
人類の衆生は経験を基盤としており、経験によって後代の子孫を教化することは、まさに一種の知識の伝承である。ちょうど杏壇の教育のように、より広大な教化の効果を発揮するためには、多くの学生が集まり、一つの教化の場を形成することが必要である。そこには「教師が授業を行う」という過程を通じて、学生を教育し、感化することが含まれる。
過去の経験をより多くの有情衆生に伝承することは、子孫たちが学習と成長を通じて自らの経験を蓄積するための条件を提供します。これにより、知識が子孫に伝わり、教えによって知識の獲得が向上し、未来の成長にも大きな作用をもたらすのです。
すなわち、「杏壇」を基礎とした講義の場として、人間社会における生存の方向性と道徳の継承の必要性に鑑み、「大道杏壇」はこのような規範を基準とすることで、より大きな向上と成長が可能となり、また、現代の科学技術文明に対しても、これらの古来の知識を今日の時代の福祉へと確実に活かすことができるのです。
◆ 本文 ◆
古仏開著第一回　　古天文学人間隆
杏壇天書第三回　   　天文星系各區量
2011年6月24日　辛卯年五月廿三日（金）
第十九回  人類基因　變化莫測
南無理心光明如来仏
杏壇天書第三回　   　天文星系各區量
2011年7月1日　辛卯年六月一日（金）
杏壇天書第三回 天文星系各區量
◆ 跋・讃賀 ◆
儒教教主　大成至聖孔夫子　降讚賀於
儒教の聖なる教え
真の仏教の心髄
無極大道院
懿勅崇心堂
辛卯年蒲（あやめづき）月初六日、戌の刻
ああ、まことに天は人類世界に徳沢を垂れ給い、崇心宗脈の一冊一冊の著作が存在することを許された。今や三十冊を完成し、さらに「大道杏壇」の著作をもって未来の科技文明の成長を教化するに至って、これこそが真の正道なのである。皆様にはご苦労をおかけし、しばらく崇心宗脈にご協力いただき、共に弘化後の引渡し条例を議し、ここにてお別れ申し上げる。皆様、またお会いしましょう！
道教の教主　太上道祖　道徳天尊
道教は有情の衆生を教化し
太上道祖の福佑が顕現する
回教教主穆罕默德　降跋二於  儒宗聖教
南無阿弥陀仏
◆ 本文 ◆
大道杏壇第五回　　肇基定位衆霊依
大道杏壇第五回　   　伏羲大帝著作排
2011年7月5日　辛卯年六月5日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
頌　   　祝
大道は杏壇にて教化を施す
有情なる衆生のすべての依り所は、このような契機を経て、人類の衆生を主とし、あらゆる生きとし生けるものを成就することができる。人類の科学技術文明の進化に対しては、まさに上蒼の職志を依り所とするのである。このような杏壇の教化の働きは、過去の第一、第二の元会において、すべての「杏壇」が集結する場所であった。
人類には、向上し成長し、また利益と福祉を得て、すべての無明の障害を解消できるという性質があります。さらに、現代の様々な学問分野が、人類文明に数多くの優れた特質をもたらしています。このような時代において、もし科学技術が身体、心、精神の三者を補うことを欠いたまま突出してしまうならば、真実に基づいた向上と超越が必ず必要となります。
杏壇教化の根本
人類の衆生が一箇所に集まり教化されること、つまり過去の異なる経験を経て「師から師へと伝授される」ことが、「杏壇」においてこのように形成されました。また次世代や後代の子孫が学習成長する過程で、これらの知識経験は「師から師へと伝授される」ことによって次第に記憶機能を持つようになるのです。
このような条件は、身・心・霊の三者を超越するものと言える。これは必然的にそうあるべきであり、さもなければ科学技術文明だけが空しく発展し、人間の道徳倫理が衰退するだけで、より大きな成長は望めない。道徳倫理の基盤を整えることは、人類が成長し超越するために不可欠なことなのである。
また、杏壇の教育もこのようであるべきです。さもなければ、人類の衆生は科学技術文明に依存するばかりで、道徳倫理の規範を抹殺し、禽獣とほとんど変わらなくなってしまうでしょう。もし杏壇の教育や、世の中の先人たちの経験による教化が欠けているならば、必ずや成長を補う必要があり、それによって初めて自分自身が真に向上し、成長することができるのです。
南無阿彌陀佛　降跋三於  儒宗聖教
南無大日如来仏
◆ 本文 ◆
大道杏壇第五回　　伏羲大帝著作排
大道杏壇第六回　   　星球旋轉大道由
2011年7月8日　辛卯年六月八日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
道教教主　太上道祖　道德天尊　降頌祝於
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
辛卯年蒲（あやめづき）月六日、戌の刻
崇心宗脈が長きにわたり志を堅くし、大道シリーズ天書の著作に取り組み、一冊一冊を人道世界に下ろしてこられたことを心よりお慶び申し上げます。これは有情衆生の無明にとって成長と超越であり、各自が受け取り体得した後、必ずや将来の杏壇における教化作用として良き効力を発揮することでしょう。皆様にはご苦労をおかけし、崇心宗脈に暫くお邪魔をして、未来の成全と引渡しについてご一緒に協議させていただきました。
南無大日如來佛　降跋四於  儒宗聖教
南無東方薬師如来仏
◆ 本文 ◆
大道杏壇第六回　　　 星球旋轉大道由
大道杏壇第七回　  　舒適安定眾生心
2011年7月15日　辛卯年六月十五日（金）
中華開創五千年      始祖黄帝降来言
◆ 跋・讃賀 ◆
道教教主　太上道祖　道德天尊　降頌祝於
仏教西域より東土に伝わる　　南無本師来たりて相助け給う
釈迦牟尼仏は大道を成就され　杏壇に永く伝わることを顧み給う
序　　　　勉
大道杏壇序勉
大道の本質は、人類の衆生を基準点とし、有情衆生たる人類世界において、必ず教育と教化による成長を経なければならない。このような条件は、古くは「私塾教化」と呼ばれ、現代では「学校教育」と言う。ゆえに「師から師へと伝授される」ことが、未来の衆生にとって学び成長する道となるのである。
「師師相授」による成長においては、あらゆる時空と動作の学習実践が不可欠です。これは人類衆生および万物の生きとし生けるものが、必ず経なければならない向上と超越の過程なのです。また、人類衆生がなぜ他の種の生き物よりも大きく成長し向上し、生存の快適さを超えることができるのかといえば。
人類の衆生が学び成長し、より大きく豊かな資糧の源を築くことは、人類の衆生が万物の霊長として、まさに禽獣とは異なる達成を示すものです。また、すべての人類の衆生は「師から師へと伝承される」学びの成長を通じて、確固たる基礎を築き、自らを利し、同時に有情の衆生すべての善良で快適な生活を利益することが必要です。これは必然的にそうあるべきことなのです。
大道は杏壇に開き著す原由
崇心の基本理念を依り所とし、また大道シリーズ天書第三巻の著作においては、まさに各巻が得難い天書の宝典であり、人類衆生の科学技術文明における教育・教化に対し、古天文学、古科学技術学、古人類学、古道徳学、古倫理学を基本骨格としております。
これらの「人材派遣」された科学技術人材が、自らの職責と使命を果たした後には、必ずや再び成長し、本来の根拠地に回帰してさらなる成長と超越を遂げるでしょう。それは「大道シリーズ天書」の薫陶を応用し、科学技術という天機の良縁によって超越を高めることです。これは上蒼の慈悲と「人材派遣」の働きによる成就なのです。
大道杏壇は著作において述べる：未来の有情衆生が唯識学理へと成長していくために、人間が胎内に入るという迷いを経て、人類衆生の福祉に貢献する発明創造を成し遂げるという、この世のあり方を如実に知る必要がある。これこそが未来に向けて果たすべき使命であり、この種の知恵を子孫代々に伝えていくこと、まさにそれが「借将」の如実性なのである。
南無本師釈迦牟尼仏　序文を賜りて
儒教の聖なる教え  
真の仏心の宗旨  
無極大道院  
懿勅崇心堂
辛卯年蒲（あやめづき）月六日、戌の刻
ああ、崇心に対してこの上ない慶びを申し上げます。大道シリーズは既に第三巨冊・第三十一冊の著作に至り、崇心宗脈の固い志と努力によって、まさに遠くまで届かぬところなく広められ、弘揚の後には有情の善縁を引き渡して回帰の隊列に加えることが叶いました。これを祝賀し、重ねて祝賀いたします。しばし崇心宗脈の皆様のお手を煩わせ、共に未来の弘化と成長について議する機を得ましたことを感謝いたします。
南無虚空 福麻萬徳古仏（麻仙姑）
南無虚空に共に一つに起つ　　福麻万徳道の基を闡く
古仏が壇に登り聖神と会す
崇心賢生の福徳に契う
今日は誠に感謝に堪えません。儒教・道教・仏教の三教の教主が、ご親臨くださり崇心において大道杏壇のための著作をなさいました。賛辞を賜り、祝賀の言葉を賜り、序文を賜り、また数多くの登壇叶わぬ聖仏の方々も降臨され礼賛を捧げてくださいました。未来に再び崇心に降臨し、ご加護を賜る機会を心より願っております。本日、上界のすべての仙仏が崇心宗脈にご集結くださったことに対し、神仏と学生一同は高らかな声を上げてはなりません。ご一同のご協議の妨げとならぬよう、皆様方のご加護を心よりお願い申し上げます。
2015年、03月11日、13時25分◎＃※  了承
南無大日如來佛　降跋四於  儒宗聖教
南無虚空  上徳人天古仏
◆ 本文 ◆
大道杏壇第七回　　　舒適安定眾生心
大道杏壇第八回　    古科技學文明連
2011年7月19日　辛卯年六月十九日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
道教教主　太上道祖　道德天尊　降頌祝於
南無、教化を開き弘むるを啓き　   　燃燈の著作は杏壇に拱く
◆ 本文 ◆
古佛開著第一回　   　古天文學人間隆
第一回　大道杏壇　古天文学
大道杏壇古天文學
人類が地球空間における生存の方向性を追求する過程において、これは必ず生活の進化を依り所とするものであり、これは現代世界の有情衆生が必ず引き合いに出す一つの事柄である。近代の科学技術文明に関して言えば、非常に急速に人間世界の文明創造に到達したが、問題点がどこにあるかをありのままに理解しなければならない。
また、なぜこのような文明の進化があるのかについては、第一元会と第二元会の科学技術文明にまで遡ることができ、さらにはこの地冥星が存在する以前から、宇宙全体の星系に対してどのような影響があったのか？これらを一層一層と分析していくことで、現代の人類や衆生がこれらの奥義をありのままに理解できるようになるでしょう。
このような科学技術文明の創造と進化は、古代天文学によって示されているが、宇宙の星系がまだ存在していなかった時代はどうだったのか？人類の科学技術では完全に実証し、十分に明確にすることはできず、大まかな方向性を理解し推測するだけであり、その中で必ずしも正確であるとは限らず、そうではないかもしれない！
すべての文明教育に対しても、人類の衆生がこの二十一世紀に至るまでの過程においても、同様の影響が形成されています。
世紀において、このような天の慈悲と恩恵がどのようなものであるかを理解するにはどうすればよいのか。それは人間世界に対して、単に現在のこの時空だけに限らず、もしそうであるならば、なぜ現代の世代のすべての文明に対して、また一つの進化となるのであろうか。
大道杏壇の主な功用
したがって、根源を究明して理解する必要がある。人類文明の進化はすべて古代天文学や古代科学技術によって創造されてきたのであり、この地冥星（地球）について言えば、なぜ西洋（グレゴリオ）暦の記録がこのようになっているのかを理解しなければならない。したがって、杏壇（教育の場）の教育的役割を明確に理解する必要があり、従来言われてきたような学校教育だけではないのである。
実証に基づく根拠が必要であり、単なる憶測に留まるものではありません。それは非常に画一的で詰め込み式の教育であり、宇宙全体の星系の、古代天文学の進化作用を全く理解することができません。人類の衆生は、二百万人以上のハイテク人材を借り受け、地冥星に降りて研究や発明、創造を行っています。
それぞれが高度な科学技術文明を携えて人間界へ降り立つ。この状況により、各「借り受け将軍」は「完璧さと不完全さ」を併せ持つこととなる。それゆえ、上蒼はなぜこれほど多くのハイテク人材を借り受け下界へ派遣するのか。それは各借り受け将軍が異なる使命を担う縁を築くためであり、万能の発明創造者など一人も存在しないのである。
人類世界は相互に対峙し制約し合う限界のある存在であることを理解する必要があります。それゆえ、高度な科学技術を持つ人材が研究・発明・創造する物品にも大きな限界があり、人類の衆生は繰り返し修正と改造を重ねることになります。このようにして、原始的な発明創造者に対しては、もはや原始的な基盤を持つ「粗末な原型」しか残されていないのです。
大道杏壇古天文学の体系
人類の衆生がこの世に生を受けて以来、なぜ過去数万年の歳月において、このような科学技術文明による創造がなかったのでしょうか。人類の衆生はここ五、六千年の間に文明の記録を持つようになりましたが、より大きな向上や創造を成し遂げることは困難でした。もし何かあったとしても、それはほんの一部の発明や創造に過ぎません。
人類世界において根本的な作用を果たすことができず、包括的な科学技術文明を形成することもできないため、人類の衆生はここ五、六千年の間、ずっとこのような困難を突破することができず、ほんの一部の文明科学技術に留まってしまいました。しかし、大規模な量産を実現することもできなかったのです。
すなわち人類衆生となり、ずっと殺戮行為の中にあり、またこの種の殺戮を五、六千年にわたって延々と続けてきた。そして現在の時代、21世紀末に至ってようやく人殺しの行為は次第に減少したが、今の世代ではさらに他の種を殺害し、全面的な食物連鎖として供給している。
それは生態系全体の変化へとつながり、このような殺戮状況が蓄積した不良気体エネルギーもまた、大地全体に対して目に見えない破壊力を現出させます。人間界には巨大な無形の殺傷力が存在し、人類衆生に大きな災難が発生することは、もはや避けられない事態となっているのです。
古天文学の枠組みが果たす役割
したがって、上天が下界に降りて懿敕崇心堂と真佛心宗宗脈を通じて「大道杏壇」を著作された主な意図は、人類衆生の無明による災いを正しく分析し、その中に現れる問題を解決することにあります。また、大道杏壇の初回講演では、「古天文學」の分析が展開されました。
これは、全体的な経緯の解釈を提供し、人類の衆生が人間の行いのすべてをより大きく理解できるようにするものであり、また因果応報の障害を形成するものであるため、より大きな解析の必要性があり、宇宙全体の星系を理解することができ、それが人類の衆生のすべての存在する地冥星系を創造したものであり、それが真実の姿である。
人類の科学技術が実証できるようになったのは、ここ百年ほどのことに過ぎない。実際、異なる時空の中で展開されてきたことは、未来の科学技術文明がより古遠な時代の時間を必ずや実証することになるだろう。それは、全宇宙の星系全体が、異なる元会の時空の爆発を経た後、再び組み合わさって太陽星系の異なる惑星体を形成するという過程である。
宇宙の星々が創造される過程は、繰り返しの爆発と再構築を経てきた。人類が住む地冥星を例にとれば、それはどのようなものだろうか？現在の科学者は、約46億年前の爆発以降の事象しか実証できず、人類の古代天文学に関しては、より古い太陽星系の存在を全く証明することができない。
古天文学が示す基本
全ての星体が全体として爆発した後、再び組み合わさったため、人類が居住する冥星は、実際の生存時間と比べて、さらに18億年という大きな時空の差が生じました。これにより全体の事実に対する誤差が形成され、間違いとは言えませんが、現在の科学技術ではこの程度に留まっているのです。
人類の科学技術文明は、より古い星体の存在を遡ることは非常に困難であることを理解する必要があります。したがって、現代の科学技術には更なる努力の余地があり、それによってより広範な実証的裏付けが得られるはずです。単に現在の科学技術文明を実証しただけで満足しているようでは、実証からは程遠い大きな隔たりがあると言わざるを得ません。
なお、実際の印証があると思っているが、真の星球の進化からはまだ遠く離れている。この種の理解には、古代天文学の演繹過程を理解する必要があり、また各層次の異なる機能と役割を踏まえて、より如実に理解することが求められる。人類が住む地冥星の空間は、近代になって初めて変化して現れた一つの星に過ぎない。
古天文学にはすべて進化がある
もし単に46億年前から存在することを証明しただけなら、まだ前回の爆発によるこの18億年の歳月の中で、さらに古い時代があることを証明したことにはなりません。これはまた別の異なる時空の元会に存在するものです。したがって、太陽星系の近代科学技術文明は、おおよそ50億年ほど前から存在していることになります。
甚だ印証し難い：より古遠の時代の文明創造は、人類衆生に対して如何なる文明の先駆けとして行使されたか、現代世代の文明進化に対しては如何なるものか？知り得るのは、ここ百年ほどの全ての科学技術文明が、まさに過去五、六千年の文明創造を遥かに超越しているということであり、この原因は何処にあるのか？
『大道杏壇』の視点から全体を観ると、古代天文学、古代科学技術学、古代人類学、古代道徳学、古代倫理学に対して、大道杏壇には教化の機能が備わっている。これはまさに、人類衆生が二十一世紀へと進むにあたり、現れるあらゆる文明を一歩一歩はっきりと解析できるよう、誠実に提供されるものであり、これこそが正道なのである。
大道杏壇初めて開くとき、人類の生存は孤ならず
なぜ科学技術はこれほど急速に発展し、人類に幸福をもたらすことができるのでしょうか。
古き天文学の実践は、変化測り難く回回の期にあり
大道杏壇の根源は    宇宙星系の根本基なり
この偈を、有情の衆生と共に励まし合い、大道の杏壇に初めて捧げます。
次に開示するのは、宇宙星系の科学技術文明についてであり、人類の衆生により大きな知識と智慧をもたらし、自己の未来の成長と超越を高め、すべての後代の衆生に大きな福祉をもたらすことが、まさに正道である。
無極徳財  福徳正神
無極の徳財は皆に愛され　   　福德正神が登台される
大道杏壇初首回　　大宗師降相會排
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院修学士の皆様、今晩は。本日は本宗脈の大宗師、南無燃燈古仏が降臨され開示されます。大道杏壇にて初めて、全宇宙の構造を人類衆生が理解し得るように初めて詳細に解き明かし、科学技術文明を極めて如実に明らかにされます。
また、なぜこのような状況が生じるのかというと、有情衆生を向上させることができれば、上昇と超越が可能になるからです。最初の著作に関しては、大道杏壇全体の構造を開示することになり、この一冊「大道杏壇」を理解することができるでしょう。もし前の数冊でこれを著作していたなら、このような天機を下ろすことはできなかったはずです。これもまた、上蒼の巧妙なご配慮であり、未来の科学技術文明の創造を通じて、真に人類衆生の福祉を利益するものなのです。
2015年3月11日13時27分◎＃※  了解
南海古仏
大道杏壇第八回 古科技学文明連
大道杏壇第九回　   　科技文明蒼生顧
2011年7月22日　辛卯年六月廿二日（金）
古佛開著第一回　   　古天文學人間隆
南海の屏障に有情生じ　古仏降りて杏壇を成す
大道系列は弘化を展べ　   　宇宙星系の天文真
第二回　宇宙星系　天文の変化
宇宙星系の天文変化
宇宙が全大宇宙星系に及ぼす作用は、現代の時代と古代の時代における全ての変化が既に異なっていることを理解できる。全ての古代天文学は『ビッグバン爆発』の作用を経ており、既に全宇宙星系の変化を通じて、様々な異なる星体を形成している。
このような人類の衆生が根本的に理解し難い過程は、また現代の科学者たちが根本的に理解できない概念であり、それゆえにこのような古代天文学を依り所とする枠組みを構築する一方で、現代の有情衆生たちは、この「古代天文学」の科学技術がどのようなものであるかを理解することができないのである。
科学によって検証される必要があり、正確で明確な方向性も持つことができない。したがって、古天文学の役割は、すべての宇宙の星系を観察することにある。古天文学による検証を通じてのみ、かつての科学技術文明がどのようなものであったかを理解することができる。このような因縁と条件は、非常に理解しにくいものである。
宇宙星系空間を経由すると、一種の存在含因があり、またこの含因は
本質は、またすべての古代天文学を創造する依拠であり、必ずや実在として「無の無無」のなかに存在しなければならず、それゆえに存在するのである。また「無の無無」のなかにあるがゆえに、必ずや含因によって促される動きを引き起こさねばならない。
古代天文学の創造過程
このような古天文学が依拠する機能は、もし現代の科学技術で証明することが難しいならば、誤った説が伝わり続け、人類衆生が住む冥なる星について、現代の科学技術はまだ始まったばかりであり、なお長い時空の因縁を経て初めて、「古天文学」の検証を促すことができるのである。
このような契機は、もし古の仙仏が来て分析し開示しなければ、その中の奥深い道理がどのようなものであるか、理解することは難しいであろう。したがって、人類衆生の科学技術文明に対して、「古天文学」によって裏付けられようとするならば、必ずや長い時空の因縁が促すことが必要であり、そうして初めて単なる憶測に終わらないのである。
人間社会の科学技術文明は、ただ大まかな方向性を推測しているに過ぎず、しかし細部の全体的な進化については、本当に理解することができません。全ての爆発の後、引き起こされる大宇宙のすべてはどのようなものか？このような状況は、古代天文学の観点から見ても、真に理解し知ることはできないのです。
古天文学によれば、宇宙の星系体系におけるあらゆる細部は、必ず宇宙の星系から派生したものであり、それぞれの爆発の後に残された星体は、長い時空の因縁を経てようやく再び集合するものである。このような状況は、さまざまな時空の因縁によっても同一ではない。
古代天文学は時空の変化に応じて異なります
現代の人間の衆生が呼吸しなければ生きられないように、宇宙の星系にはさまざまな異なるエネルギーが存在し、必ずしも呼吸という動作が必要ではありません。また、各惑星において、惑星体に対して存在する爆破の因縁が再び一つに集まるとき、それは未来の生存空間へと変容していくのです。
必ず一種の時空因縁によって変化するものが存在し、様々な異なる因質へと変化し、異なる星体が存在する空間を形成します。まさに一種の異なるエネルギー体が、あらゆる異なる星の創造を促しており、このような異なる因縁によって形成されたものが、異なる種族の存在に適しているのです。
比較的近い状態で一緒に存在することになり、このような状況は星体の対を形成し、まさに「支え浮かぶ」ように全体の宇宙の中に存在している。このような異なる集合体である星体を、一つひとつ観察していくと、それぞれ異なる因質が存在していることがわかる。近い星体同士は必ず近い地域のエネルギー体を生み出すということを理解する必要がある。
この領域における異なるエネルギーの形成は、相互の因縁によって存在し、多くの領域の変化をもたらします。異なる因質のエネルギーが存在することにより、異なる因質による変化が生まれ、この惑星に一種の集合エネルギーが存在することを可能にします。これは宇宙の星系に対する異なる作用によって形成され、天文の差異に応じて変化するものです。
宇宙星系の天文変化作用
「托浮力道」によって生じるものがあり、またその星自体のエネルギーがどのように変化するか？それぞれの星が異なるエネルギー体を形成し、その星系の中に存在する。このような条件は、すべての古代天文学において、最初の爆発の後に「托浮力道」によって生じたものであり、その後もずっと続いていくのである。
この星の万物の衆生に対しては、単なる一つのエネルギー体から生じるものではなく、さらに根本的に一切の衆生が存在しない星もあり、また万物の霊的存在がそもそもその星の中に存在しえない場合もある。このような異なるエネルギーには、必ず因縁が集まり合う含因があり、それによって万物が存在する必然性が生じるのである。
人類の衆生にはさまざまなエネルギーがあり、万物の存在界を生み出します。これは比較的少ない惑星の状態であり、現在科学者が観測しているところでは、大部分がこのような状況です。長い時空をかけて証明する必要があり、他の異なる地域の惑星にも、異なる種が存在する必然性があるでしょう。
もし天文学の全体過程から見れば、そうではなく、人類衆生が存在するこの冥星（地球）こそがまさにそうであることを理解しなければなりません。もし人間の視点と観念で、他の宇宙星系の変化を見るならば、これは本来やむを得ないことです。なぜなら、人類の科学技術文明はまだ始まったばかりに過ぎないからです。
古代天文学の驚くべき変遷
宇宙の星系は、すべて「浮力を支える力」が大宇宙全体に存在しており、必ずや全ての浮力を支える力に対して引っ張り合いの関係が生じ、牽制し合うバランスの動きもあります。このような宇宙の星系はまた、予測不可能な変化を遂げる存在体であり、さらに全ての宇宙星系の天文変化は、ただ一つの時空にのみ存在するものではありません。
実に！宇宙の星系は絶えず変化し続けている。だからこそ、古代天文学においても、全宇宙の星系が絶えず変化していることを理解することが真実性であり、また、このような様々な変化がどのようにして起こるのかを探求することで、すべての古代天文学が進化し、真の文明への契機に必ず到達するのである。
もし第一期の爆発後、再び集合してそれぞれの星系となったならば、また相当に長い時間を経て、ようやく安適で静かな時が生まれ、他の万物蒼生が存在できる空間が生じる。これは宇宙全体において、どの星系を区別することなく同じであり、また未来の生存空間を派生させるものである。
また、異なるエネルギー体が組み合わさっているため、異なるエネルギー体が存在することになります。これはまさに、すべての宇宙の銀河系の中に存在しており、古代天文学の変化に対して、永遠に変わらない惑星体や種々の生物は存在しにくいのです。このような生存空間は絶えず変化し続け、非常に多くの不安定な空間を形成しています。
人類科学が有する時代の証印
なぜ古代天文学は絶えず変化してきたのか？現在の時代に至るまで、すべての天体は異なる時空の因縁を生み出すために創造され続けてきた。あるものは万物や生きとし生けるものの存在する世界となり、あるものはただ死寂とした星のまま存在し、またあるものは多様な衆生の存在する星系を内包している。科学技術もまた、相当に発達した文明を伴っている。
これはあらゆる万物の存在を経てきたものであり、また絶え間なく変化し、生存の志向にも絶え間ない揺らぎがある。また宇宙の定理において、すべての星体は互いに引き寄せ合い、近くの星体同士の相互牽引力を制約することで、はじめて均衡のとれた安らかな空間が生まれるのである。
宇宙の星系は、天文の変化にはそれぞれ異なる時期があり、未来の全ての存在する星系に対して先導的な役割を果たしています。果たして、変化しない星系などあるでしょうか？死寂した星系でさえ絶えず変化しているのです。ですから、人類衆生もまた絶えず変化していくのです。皆さんは、このような時空がどのようなものかを感じ取ったことがありますか？その詳細な分析は、次回に譲りましょう。
宇宙の星々が創造したものは、絶えず変化してその真相を明らかにするのは難しい。
かくのごとくであることを知らねばならぬ　   　すべての星系はみな大道なり
道の化は転じて依帰となる　宇宙の変化かくの如く為す
必ずや異なる因質ありて、その中に加入して相会する。
この偈を！有情の衆生と共に励まし合わん！大道杏壇第二回にて
次に分析を加えると、人々が「古代天文学」について理解していること、そして現代の科学技術文明によって実証されていることは、ただ一つの大きな方向性に導かれているに過ぎず、すべての推論過程の真実性を理解するのは非常に難しいと言えます。
無極中壇元帥
無極の因縁深く厚し　中壇登台かくの如く作す
元帥は古風でまた愛らしく　皆様に吉祥と福徳が満ちますように
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は大道杏壇主著仙佛・南海古仏が降臨され、宇宙星系の天文変化の作用について、第二回にわたり解説を進められます。これは、相互に成長する因縁関係があることを、皆様にご理解いただくためのものです。
未来の『大道杏壇』に向けて著作する際には、必ずこのようにすべきであり、また『大道杏壇』の天書を分析し、皆の知識観念の成長を教化することで、良き因縁条件が上昇成長し、有情の人類衆生の成長・向上・超越を実に利益するものとなるでしょう。
2015年3月11日、13時30分◎＃※  了解
南屏道済古仏
大道杏壇第九回　　科学技術文明蒼生顧
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年7月29日　辛卯年六月二十九日（金曜日）
古佛開著第一回　   　古天文學人間隆
南屏道済古仏降臨し、大道系列の弘揚を展開す。
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月2日　辛卯年七月三日（火）
大道杏壇第十回　　文明科技変化期
杏壇天書第三回　   　天文星系各區量
第三回　天文星系　各区域に遍く分布す
天文星系は各区域に広く分布している
宇宙が形成されるのは、大いなる宇宙空間における存在の過程であり、それは一つのエネルギー体が異なる因質に加わり、すべてを創造・融合させることで促進され、またこのエネルギー体に多くの変化を生じさせている。さらに、大いなる宇宙の空間に対しては、絶えず全体の空間へと拡散し続けているのである。
エネルギー体が異なる因質に融合する際、円満に調和しがたい破壊が生じた後、様々な異なる因質のエネルギーが発生します。このエネルギーが変化しないままでいると、やがて「ビッグバン爆発」へと至り、あらゆる宇宙空間と数多くの地域的な星系が生み出されることになります。
それぞれの地域には、さらに多くのエネルギーが加わり、相互に吸収し合い、引き合う状態が形成されます。この時、大宇宙の星系はまだ定位置に定まっておらず、未だ定位置にない星系をどのように融合させるかは、大道の行使によってこそ、すべての未来の進化を促し、天文星系を各区域に散らすことができるのです。
また、大宇宙が爆発した後、それぞれのエネルギー体が形成されるため
吸収する機能もあれば、互いに排斥し合って引っ張り合う作用もある。また、この時にまだ位置が定まっていない星系から観察すると、多くの変化が生じ、近くのエネルギー体に対して互いに引っ張り合い、吸収し合う作用が形成される。
天文星系は各区域に広く分布しています。
このような状況においては、大宇宙空間に存在する異なるエネルギー体が集合し、比較的エネルギーに満ちた物体を形成し、他のエネルギーを集めて結合することは避けられません。このようにして形成された各領域の星系は、位置が定まる前から存在しており、常に変化に富み、一定していません。
その後、異なる領域において多くの生物種の存在が形成され、宇宙空間に依存して存在するようになる。また、他の天体が存在する前のこれらの作用は、一定の時間を経て長期間の冷却作用を生じさせ、生物種のエネルギー体が存在するための条件を形成することとなる。
この時、宇宙空間全体において、異なる星のエネルギーによる浮力の力が確立され、これらの星には異なる吸収と反発の作用が生じました。まさに非常に大きな吸収エネルギーがあるからこそ、自らのエネルギーを強化し成長させることができ、また他の近隣のエネルギー体も同じエネルギーの気体として集結することができるのです。
この相互吸収作用には、全体の爆破後に融合した際に大きな熱エネルギーが存在する。爆破が繰り返し起こることで、これらのエネルギー体は絶えず拡大し、互いに隣接する全てのエネルギー体を集結させて異なる星体を形成し、未来の万物が存続する空間を生み出すのである。
古き天文星系の働き
このような浮遊する力の作用は、まだこれらの比較的軽微なエネルギー体の惑星が依存している範囲にまで拡大しておらず、また異なる大きさのエネルギー体が存在し、多くの力を深めて集結すると、多くの反発力が形成され、これらの比較的類似したエネルギー体が一般的な惑星体として存在するように集結することができる。
大宇宙空間に存在するすべての星体は、この時点ではいかなる生物種の衆生も存在せず、またいかなる生物種も存在していなかったと言える。相互の爆発が繰り返し起こった結果、このような時空の因縁が存続し、約一億年ほどの時空を経て、ようやく徐々に冷え固まっていったのである。
この時、すべての爆発後の星体は、運転エネルギーを持たず、他のエネルギーを吸収したり排斥したりするようになります。このような条件は異なる吸収の原因物質を持ち、よりエネルギー体のある空間に存続し、また異なる星体の存在に対しては、相互に吸収する因縁によって堆積していくのです。
もし互いに排斥する因縁であれば、相互に存在する機会はなくなる。この種のエネルギー体が存続するものは、まだ冷えきらない前に存続し、互いの因質に対する開創を具足させ、またこのような存続エネルギーが、まさに大きな塊から次の大きな塊へと連続していくことで、異なるエネルギーの存続過程を形成するのである。
大道杏壇の天文科学技術
さらにゆっくりと集合して、全体として一つの大きな物質空間を形成し、次第に回転するエネルギー体が自らの運行過程に加わり始めます。この作用は完全に安定する前には、次第に大きなエネルギーが回転できるようになり、自らの星系の運行過程に対してはどのような影響を与えるのでしょうか？
融合性の問題点はまさにこの通りであり、存続過程において回転エネルギーが生じ始めます。異なる融合の集合体を離れると、これらの種のエネルギーは他の惑星体へと放たれます。もし相互に融合できれば、その惑星体の一部として溶け込むことになります。宇宙全体の星系はすべてこのような仕組みなのです。
もし融合できなければ、何度も何度も他の星に投げ出され、近くにあるすべての投げ出された物体に対して融合の区別が生じる。さらに、このような相互融合は各星の存在にとって、まさに相互融合の因縁体であり、それは未来の「新しい星」へと変容していく。
もし融合ができなければ、回転の過程で近隣の惑星へと放り出されてしまう。これもまた目に見える物理現象である。そのため、科学技術文明が古代天文学の過程において、およそ二億年から三億年という歳月を経て、ようやく異なる回転の機能が次第に生まれ、不適応なものすべてを他の惑星へと放り出していったのである。
古代の天文星系は絶えず変化し続けている
徐々に余分な部分を削り取り、回転の力によって投げ出され、将来の各惑星体を形成します。もし余分な領域があれば、回転の力によって他の部分が削り取られ、その時になって初めてゆっくりと回転を始め、一種の浮遊する力によって支えられる形となります。
このような状況が形成されると、これらの余分な領域が他の天体に投げ出され、それぞれが自転可能な惑星となります。それらは互いに融合し、様々な天体のエネルギーが異なる性質を持つため、多様なエネルギー体が存在することになります。まさにこれが、様々な惑星の集合体なのです。
また、他の異なる星体においては、これらの余剰部分を受け継ぎ、未来の「新たな星体」へと変化し、そこには多くの高い山々が存在します。さらに、過去において集結して一体となったこれらの異なるエネルギー体の大部分は、互いに集まり合う性質を持っており、まさに様々な異なる空間が存在しているのです。
浮力道の相互存続に託して
それぞれの部分が必ずしも密接に結合しているとは限らず、このような天文現象が他の天体に向けて放出されると、近隣の惑星も同様に引力と斥力を受け、新たな「新星」のすべての吸収エネルギーを自らの惑星の充足へと転換することになる。
これは大宇宙空間におけるすべての浮揚力を表現するものであり、この浮揚力によって他の天体の回転と融合が形成されます。このような天文現象の持続には、異なる密着の度合いがあり、また回転によって内部に相互に緊密な密着が形成されることもあります。
異なるエネルギー体に対してはこのように、また異なる存在空間があり、それは一種の力の必要性でもあります。このとき、異なるエネルギー体に対して「回転する力」を加え、これらの存在可能なエネルギー体を徐々に集めて、より大きな力と領域へと統合していくのです。
回転する力が相互の引力を生み出す
この時、すべての星系のエネルギーが集結すると、一種の力が生じて押しのけようとし、すべての星に対して相容れないエネルギー物質を押しやります。したがって、各々の星のエネルギーが異なるため、それぞれ異なる駆動力が生じ、必ずや各々の星が自ら回転する力を得ることになるのです。
大宇宙の星系を支える力が生じ、まさにこのようにして未来の回転する力が確立され、施行すべき綱領が設けられる。また、大道のエネルギーはすべての星体に対して、最初は何らの綱領や規則を定めていなかったが、次第に異なるものが衝突し合い、多くの星体が生まれることとなった。
大小異なる星体の形成が吸収され、ほぼ相当に長い時間の進化を経て存続し、大宇宙の空間に存在する。これが全体の古天文学の集結と変化の過程であり、また人類世界に対して、先ず知識観念の確立を開き起こしたものこそ、まさに相当に真実性のあるものである。
存続過程が個体を造り　   　宇宙空間に各星系あり
異なるエネルギーが集まると　互いに吸収し合いやすい
排斥の作用を彼に投げつけ、異なる星系の変化に達す
吸い込む浮遊のエネルギーは、回転する力が非常に大きい。
この偈を！有情の衆生と共に励まし合いましょう！大道杏壇第三回において、天文の奇観たる異なる星系の区別を分析し、皆様にとって
さらに進化し向上するという観念は成長を促すものです。これらをいかに一つにまとめ上げるか！自らも福と慧を兼ね備えた修行を実現させましょう。
老僧は本日また崇心堂宗脈に降り立ちましたが、何か別の賜り物が欲しいか？それでは皆様に少しばかり「福分」を添えましょう！「智慧」も少し加えて具足させます。ただ、それをどう使い分けるかが福慧双修の鍵となります。ただし、各人の資質と条件によって違いが出ることもご了承ください。今夜もまた導いて参りましょう！羨ましがらないでくださいね？
無極瑤池の鎮宝仙童
無極の瑤池より宝来を鎮め
仙童、台に登りて賢を会す
皆様吉祥にてご安寧　喜びに満ち福慧開く
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は大道杏壇主宰の仙仏・南屏道済古仏が降臨され、大道杏壇第三回として、一つの天文奇観を分析し、すべての宇宙星系の起源について、皆様の知識と見識を成長させるための観念を提供いたします。
このような認識があるからこそ、宇宙全体の星系を支える力の原理を理解する必要があり、この「古代天文学」に対する理解は、必ず知っておくべき智慧であると悟ることで、成長し思想の領域を高め開拓していくことができます。皆さんはどうお考えでしょうか？まさにしっかりと努力すべきことなのです。
2015年3月11日13時30分◎＃※　了承
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月5日　辛卯年七月六日（金）
第十八回　文明と科学技術　遺伝子を改造する
杏壇天書第三回　   　天文星系各區量
南無人間教化深く、   　虚空上徳福来成す
人天の古仏は杏壇に座し
衆星は定位して大道の程を定む
第四回　衆星定位　大道同帰
星々はその位置を定め、大道は同じく帰する。
宇宙の果ては爆発して以来、非常に大きな集合力が生まれ、多くの斥力作用を形成します。すべての星系を支える力は非常に大きな力となり、またすべての星系が互いに引き合い、相互にバランスをとる力を形成し、宇宙空間に存在しています。
この条件は、大宇宙の星系を依り所として、星系間の相互作用を促すものである。宇宙星系が開創される以前から、異なる因質のエネルギーが様々な星体に加えられており、それは未来の各星体に内在する因の本質が累積され、異なるエネルギー体へと変化していくものである。
すべての宇宙の星系には必ず基本的な条件があり、それによって相当に大きなエネルギー体が形成されます。これは未来の惑星に対して異なる因質のエネルギーを創造し、未来の様々な万物蒼生が存在する界を生み出します。それによって初めて異なるエネルギー因質による変化が起こり、大は大きな天体から小は微生物に至るまで、すべて同じ原理に従っているのです。
全ての爆発後の組み合わせは、異なる星系において再構成され、近隣の惑星に対して影響を及ぼす。
体は、吸収作用によって生じ、また相互排斥作用も形成します。このようなすべての星体に存在する作用は、しばしば自らの星体のエネルギーを引き寄せて集結させ、これらのエネルギー体が未来の中で存在することを可能にします。
衆星が位置を定め　大道は同源の架構
この宇宙星系自体の変革の後、また異なる星系の組み合わせが生じる。現在の世代では、すべての古代天文学理論において、その内容がどのようなものであるか、進化はどうか、創造はどうか、より深く理解することは難しい。同様に、「ビッグバン」の後、すべての星体が再び組み合わさるということが生じる。
また、未来の異なる惑星のエネルギー体を拠り所とする場合、銀河系全体として見ると、それぞれの地域の惑星エネルギーは、単に同じ一種の相互通じるエネルギー体ではなく、実際には異なる領域が宇宙星系に対する位置づけを形成するため、異なる領域の存在があり、それが未来の万物が存在する空間となる。
大道の運行とは、すべての宇宙星系の位置を回転させることによってこそ、支え浮かせる力が生まれます。この支え浮かせる力が異なる星系の位置を定めます。まさに大道は異なる道を通って同じところに帰着するということがあるからこそ、未来の時空において異なるエネルギー体が存在し、各惑星に対して非常に大きな集合力を生み出すのです。
また、このような集合力があるため、異なる時空で生じた星体も、常に空間を拡大して存在していると言えます。この空間の拡大は、近隣の星体を取り込んで集約したものであり、この力が大きいほど、近くの星体を吸収して集合します。まさに異なるエネルギーの領域においてです。
諸星の位置が定まり、変化を演繹する
より大きなエネルギー体となって増幅し、周辺の全ての星体をより大きなエネルギー星に吸収していきます。やがて星体が大きくなりすぎると、自らの負荷に耐えきれず爆発を起こします。この爆発の後も、吸収と反発の作用が繰り返し続くことになります。
これらの星体は極限まで膨張した後、必ず二つ以上の星体に分裂します。この状況は大道の運行にとって、このような時期には不安定な空間となり、これらの星の天文現象が異なる「ビッグバン」の変化を経て、多くの星体を生み出し、すべての星の塵埃が絶えず堆積し続けることになります。
このような作用は、すなわち宇宙全体が絶えず変化していることであり、あらゆるエネルギー星体が存在すると同時に、絶え間なく吸収と変化を繰り返す一種の作用でもある。同時に、さまざまな排斥作用も生じる。すべての「大道の運行」において、未来の静寂を経た後、ある時空の持続が徐々に静まっていくのである。
また、それぞれの星体に安定作用をもたらし、すべての宇宙の星が位置を定める際に、相互に引き合う力の均衡が生じるのも、当然のことである。そうでなければ、互いに衝突する状況が生じてしまう。しかし、「大道の運行」という普遍的な法則が支えとなっているため、このような問題は生じないのである。
大道は同じ源より出で、宇宙星系の定まる所なり
それぞれの星体が生み出す異なるエネルギーの星は、均衡を保つ抑制作用を及ぼし、すべての星体間の距離を引き離します。この状況は、すべての距離が拡大する際に、必ず相互に「抑制する力」が存在し、また相互に「引き合う力」へと変化することを形成します。
次第に減少し、相互間に生じる牽引力も低下し、さらに「平衡作用」に対して相互に補助し合う。この種の天文の力は、すべての宇宙星系にとって非常に大きな運行の動きであり、位置が定まった後、存在するエネルギー体は次第に安定して支えとなる。
未来において異なる万物の衆生が生じ、それぞれの惑星に依存して生存するようになる。これが、異なる地域の惑星には必ず多くの異なる種のエネルギーが存在し、近隣の惑星においても同様であるが、必ずしもこのような相互に似たエネルギー体が生物を宿すとは限らない理由である。
これは人間界では理解し得ない原理であり、なぜこのような原理が存在するのか、必ずや全体の大道の運行を通じて存在する必要がある。なぜこのような原理には漠然と存在するものがあるのか、またなぜ全体の「大道の運行」を見ることができないのに、このような規範に従って全ての天体の運行軌道が制約されているのか。
人類が幽冥の物資を利用する必要性
実際、全ての星体が爆発した後では、このような条件はそもそも生じ得ません。異なる「引っ張り合う力」と「支える力」、それに「均衡を保つ力」が相互に作用し合って初めて、互いのエネルギー体が出現した後、全体としての「大道運行」の機能が具現化されるのです。
この種の出現は同時に、現代の世代において人間工学原理の知識から理解することができ、また未来のすべての万物の原理の基準として応用され、人類の生存に応用されるものである。この原理は未来の人類衆生が「陰冥物資」の中に存在し、修復機能を持つ力の道である。
このような機能が無限量に存在することに対して、少しだけ注意深く考えれば、その原理がどのようなものか理解できる。また、古代のすべての星体のエネルギー修復機能を形成し、全体の「大道の運行」が異なるエネルギーの修復から来るものであり、さまざまな星の静止機能体に対する作用をもたらす。
幽冥の物資は人類に利益をもたらす
まさに「平衡の力、支える力、引き合う力」によって生じる波動エネルギーがあり、修復の力の「静寂の働き」があるからこそ、すべての宇宙の星系はなぜ静止して休むことができるのか？なぜ修復されるのか？なぜエネルギーが生じるのか？これらはすべて、このような作用によって達成されるのである。
大道の運行：この三つの力の働きからこそ、すべての未来の万物衆生の存在が生じ、また修復の力によって復元されるのである。この原理はどのようなものか？全宇宙の星系に対して、どのように活力を生み出すのか？静寂（止）の力の働きは、いかにあるのか？
万物の生きとし生けるもの及び惑星体の修復作用について、未来の著作においてはすべてを理解できるようになるでしょう。また、宇宙のすべての修復エネルギーが明らかになり、人類に対する作用として「陰冥の暗黒物質」が全体として存在することが明らかになります。未来の科学技術文明はこのまま進化し、皆さんはこの種のエネルギーが非常に巨大であることを実証できるでしょう。
古き天文学の原理は、静寂の働きを明らかにせねばならぬ
浮力の道は大いなるエネルギーを支え　   　引く力は福の基を築く
平衡の働きをよく理解すれば
すべての運用は大道に馳せる
陰冥なる暗黒の物資は、万物を修補する功用の智なり
この偈を！共に有情の衆生が互いに励まし合うために！人間が備えるべき基本として
物資はどのようにその原理を活用するのか？人類衆生がエネルギーを修復するために創造することもでき、また
進化をより大きな科学技術文明へと推し進め、崇心宗脈がこの方面から進めることを願っています。これらのエネルギー体の発明創造によって、人にも己にも利益をもたらすことを。
無極瑤池の霊宝仙童
無極瑤池より降臨し来たり　   　霊宝仙童台に登りて並ぶ
正主席が奥義を解き明かされるとき
宇宙の星系に大道が開かれる
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院修学士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈正主席　南無虚空上徳人天古仏が降臨され、大道杏壇第四回を著作され、衆星定位、大道同帰という工学的原理を分析し、皆様により新たな観念をお届けいたします。
未来の人類衆生に対して、世の中には基本的な観念が必要であることを理解させることができます。それは、世の中の「陰冥暗黒の物質」を活用することができるということであり、これこそが真実の性質なのです。また、崇心宗脈が将来、この分野の科学技術人材を集結させ、このような科学技術文明を開拓し、自らを利益し、衆生を利益することを切に願っております。
もし堅固な志と広く教化する心がなければ、この方面の進化と向上も難しく、必ず順序を踏んで実行し、未来の弘展に向けてしっかり努力することが必要です。主事者の見識次第で、非常に大きな働きがあり、崇心宗脈の弘揚と普及を利益することになります。それはすべての良き善き因縁と条件において、成長と利益をもたらすことになるのです。
2015年3月11日13時30分◎＃※   了解
先天八卦　伏羲大帝
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月12日　辛卯年七月十三日（金）
第十九回　人類の遺伝子　変化は測り知れず
杏壇天書第三回　   　天文星系各區量
先天の八卦は凡黎に降り　伏羲大帝の徳澤は義なり
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月16日　辛卯年七月十七日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
大道  杏壇  跋一
◆ 本文 ◆
大道杏壇第五回　   　肇基定位眾靈依
第五回　天文に位を定め　星系に基を伝う
天文定位星系伝基
有情なる衆生は大寰星系空間において存続の必要性があり、星系の位置が定まった後には、生存面においても確かな安定性を持つことができます。これにより宇宙星系を支える浮揚力が形成され、全体の星系を位置づけて支えることで、安穏なる力が生まれ、すべての浮揚力を行使することが可能となるのです。
この状況は「宇宙大道」の天文奇観に対して一種の安定作用をもたらす。大霹靂の爆発を経た後、必ずや長い時空の「静止沉寂」が必要であり、それによって初めて安定作用が生じる。また、起伏変化の過程において、万物蒼生の種が現れにくい状態が形成されるのである。
この太陽星系には、「光合成作用」と「陰合成作用」の両者が必ず必要であり、それによって初めて万物の生成が可能となります。この必須の機能は、万物の生命を連続的に繋ぎ、繁栄して成長させる原動力となります。また、すべての宇宙星系がその位置を定めた後、初めて各星系にとって安定的な環境が実現されるのです。
また「光合成作用」と「陰合成作用」を形成し、万物を生み出します。
生存し続けることは必要不可欠であり、また人類の思考には光合成の概念が必要です。なぜなら、人類の衆生は太陽と月が互いに対峙する状況にあり、そこに光合成があるからです。これは人類の頭脳が思考できる方向性なのです。
天文星系定位伝承
もし宇宙全体の星系が異なるエネルギーによって運行していることを理解せず、ただ「光合成」を起こす惑星だけに注目するならば、それは人類の知識のほんの一部に過ぎない。他の星系も同じだろうか？必ずしもそうとは限らない！太陽系を離れて他の惑星を見れば、そもそも光合成は起こっていないのである。
全宇宙の星系において、70％以上は光合成が難しく、それゆえ陰の作用が現れることになります。この種のエネルギー体がなぜすべての「暗黒の陰冥な物質」を具足することになるのか、エネルギー体を修補する必要があることを理解しなければなりません。それは「暗黒の陰冥な物質」の中からの補いによるものなのです。
一つの存続様式がある：支える力、引っ張る力、均衡を保つ力、この三つの力によって現れ出るのである。まさに「大道」の修復機能を有しており、また宇宙の星系に何か不足や欠陥があればどうなるかということを形作っている。このような支える力、引っ張る力、均衡を保つ力によって、「大道」の相互作用的な働きが生じるのである。
すべての宇宙星系には、さまざまな修復エネルギーが現れます。この力は、内部のすべての高い山や低い場所、そして万物の衆生のすべての不足や欠けた部分を修復する機能にまで及びます。この大きな力は、全体を支え浮かせる力から現れ、引き合う力となり、また均衡を保つ働きも成します。
天文星系の定位が安適であって初めて基を伝えることができる
この力は、実を言えば「大道の運行」が現れたものであり、人間界はこの力を用いて「暗黒の幽冥物資」のエネルギー体が具えるものを研究・発明することができる。まさに宇宙の星系に存在するすべての、見えるもの見えざる万物の衆生には、「大道」による修復機能が備わっているのである。
この種の力は、すべての万物衆生を修復するエネルギーに対し、必ずや凝集（結合）する作用を生じさせます。また、未来の衆生が現れ存続するための、万物衆生の基本的な素因を形成します。それは「極めて微小な細菌」のようなエネルギー体と見做すことができますが、まさに真実であり、すべての物質を修復する機能を有しています。
また、全体を浮かせる力が働けば、衝突の状況は生じません。このような引っ張り合う力には均衡機能が備わっている必要があり、それによって内部の安定が保たれ、近隣の天体同士が衝突した後に甚大な破壊力を生み出すことがなくなります。そうなれば、その天体に住む全ての万物衆生が、さらに大きな被害を受けることもないのです。
全体を支える力によって生み出されることを理解できれば、それは非常に大きな修復機能となります。このような支える力によって生じるものこそ、修復機能のエネルギー体なのです。この支える力が回転した後、回転の中から巨大な修復機能が生み出されるのです。
各星系の定位があってこそ、万物の霊が成長する空間が生まれる
星と星の間に働く引力は、肉眼ではっきりと見ることはできませんが、時空技術の縁によって、この引力が一種の浮揚・修復力を凝縮したものであることが理解できます。それは平衡機能が備わっており、この種のエネルギー体から生まれ、これらすべてが一体となっているのです。
修補機能は巨大なエネルギー体であり、万物の衆生やさまざまな星体が爆発した後には、必ずこの修補機能による補填が必要となり、急速に癒合が進みます。この修補機能が作用するからこそ、万物の基本的な本質が存続し続けることができるのです。
ある期間が経つと、様々な異なる物質が生じ、他の種に対して際立った特徴を形成するようになります。これは宇宙全体の星系において普遍的な現象です。また、異なる星体のエネルギーによって、これらの種の存続過程に迅速な補完作用が生じるのです。
万物の蒼生の基本因質から来るものであり、このような修復機能が進化したのです。有情衆生がなぜずっとこのような存続の問題を抱えているかというと、まさに一種の進化本能があり、このようにして基本因質から進化し、修復機能を得た後、さらに優れた品種へと変化し続けることができるからです。
星系が安寧であってこそ、生命は生存することができるのです。
人間の衆生も同じで、近万年の時空を観察すれば、すべての人間の衆生の遺伝子の質における進化は、遠古の時代以前のこれらの元会の高級な因質に勝ることはできません。しかし、ここ百年の間においては、人間の衆生の基本的な因質も、相当に大きな基礎的な進化を確かに遂げたと言えるでしょう。
まさに一つの「大道」の総合エネルギーが存在し、それが上蒼から借りて用いられることにより、人類の根本的な因質を変え、修復機能を進化させてきました。これは形もなく相もないところから進化してきたものであり、現代のいかなる科学技術文明も、このような巨大なエネルギー因質を実証することはできません。
それぞれの天体の運行を支える「支える力、引っ張る力」、そして「均衡を保つ力」の三つを区別しました。これらは人類が言うところの「大道」の基本構造です。では、なぜこの三つの「支える、引っ張る、均衡を保つ」力が、これほどまでに膨大な力を生み出すのでしょうか。
大道の総体には自然の道がある
また、人類の言うところを促すに、大道の総体的な構造は、極めて膨大なものとなり、宇宙の星系と万物の蒼生に対する修復の働きを持つことになる。この種のエネルギー体が備える、宇宙の各星系からの「支え、引き合い、均衡」という三つの働きは、運行機能において相互に補完し合うものである。
なぜ大道の総体的な働きがこのようであるかというと、この大道の総体的な力があるからこそ、宇宙全体の星系と万物が形成され、絶え間ない変化を生み出すのです。人類衆生も同じで、生まれてから老いて死ぬまで、一体どの時空が変化しないというのでしょうか？皆、難しいことです！
まさに絶え間なく人類衆生に対して変化を及ぼし、一年また一年の変化の中に観ることができる。これらすべてもまた大道が現れたものであり、修補の機能と破壊の機能によって生じる。なぜ修補の機能があると同時に破壊の機能もあるのか？これはまさに全体としての「宇宙星系」が進化を止めないことによって引き起こされるのである。
大道が運行してこそ、衆生は生きながらえることができるのです。
もし修復機能だけに留まるならばどうなるか。つまり、すべてが静止し、活動を停止して動かなくなった時にのみ、修復機能が現れるということです。もしそうなると、すべての宇宙の星系は進化し続けることができず、修復機能の中に閉じ込められてしまい、破壊機能による進化作用も生じにくくなってしまいます。
この種の進化作用は、まさにそれぞれの星の球体が持つものであり、それによって絶えず革新が生まれます。人類の衆生は生まれてから老いて死ぬまで、常に変化し続ける中にあり、老いて死んだ後も、また別の時空に転換して存続と変化を続けるのです。皆さんがこのような進化と交替を理解することは、非常に難しいことなのです！
この宇宙天文の技術は、人類の衆生には理解し難く、天文星系の位置付けは、あらゆる霊魂を持つ衆生に存在し続けるため、天地においても、また人間界の毎年においても、さらには草木花に対しても、そして人間界の四季においても、異なる反復（輪廻）を形成することになります。
宇宙の星系が進化する中で　   　定められた位置に徳の華が咲く
万霊はその中に生長し　   　絶えず変化を繰り返す
人類はなぜ修補するのか　　異なるエネルギーも枯渇しない
破壊の力が現れるとき　初めて滅びの苦しみを知る
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合うものであり、また宇宙の星系の定位は、万物の霊ある蒼生が存在する星系を存続の基盤とし、それは「暗黒の幽冥なる物質」の中にあっても同様である。
その中に備わっている修復機能の進化と癒合は、まさにより大きなエネルギー体の進化であり、人類の衆生には到底理解し得ないものである。
無極瑤池  喜瓊仙女
無極瑤池より降臨し来たりて　喜瓊仙女の徳意開く
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月19日　辛卯年七月二十日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
耶教の教主　耶和華　跋一を降して  儒宗の聖教に
◆ 本文 ◆
大道杏壇第五回　   　伏羲大帝著作排
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は先天八卦の伏羲大帝が降臨され、大道杏壇第五回を著作されました。一つの天文星系の定位と存続の殊勝なる因縁を、天書の中に剖析されました。
これは人類の衆生に対して、より斬新な思考方法をもたらすものです。
また、皆さんが第一級の資料を理解し、それが仙仏によって開示されたものであることを知ることで、成長と向上の機会を得ることができます。皆さんの思考の成長は第八識の中に築かれます。これは千古の昔から人間界に降ろされることの少なかった天機の良縁であり、皆さんはこのような天書が著作され、自分自身に対して非常に稀な天機の印証を与えられるという、なんと幸運なことでしょう。
2015年、3月11日、13時31分◎＃※  了解
天地を開闢した　盤古大帝
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月26日　辛卯年七月二十七日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
ムハンマド著跋二　　大道杏壇に徳澤を添う
◆ 本文 ◆
大道杏壇第五回　   　伏羲大帝著作排
天地を開き星々を潤す　　盤古大帝が降臨された
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
2011年8月30日　辛卯年八月二日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
大道  杏壇　跋二
◆ 本文 ◆
大道杏壇第六回　   　星球旋轉大道由
第六回　星の回転　大道のエネルギー
各惑星の回転は大道のエネルギーである
有情なる衆生が各惑星で安らかに生存できるのは、その星系を依り所としているからです。大宇宙は各惑星に対して、「支える力、引っ張る力、均衡を保つ力」という三つの力によって、いわゆる「大道回転」のエネルギー体を形成し、すべての万物と生きとし生けるものの活動の基盤を提供しています。
この条件は、それぞれの惑星から見れば、すべて一種の回転力によって生み出されるエネルギー体であり、これを『大道』の機能体と呼ぶ。必ずやそれぞれの惑星に対してもこのように作用し、また回転力によって支えられることで、すべての万物と蒼生に一種の安定した生活がもたらされるのである。
いかなる大小の物種やエネルギー体も区別なく、すべてこの大道の回転を基準としています。したがって、現代で言うところの惑星と恒星の区別もなく、すべて「大道」を基準点とする必要があります。これはその星の機能作用として存在し、星の万物衆生に対して安らかで適切な活動力を与えるものなのです。
まさに浮遊を基準としており、またこの種の浮遊の力は大宇宙からもたらされるものである。
宇宙の中には、非常に巨大なエネルギー体が存在し、すべての星の存在を支えています。このエネルギーが各星に対して生み出す引き合う力と、均衡を保つ力、この三つの力こそが、人間が言うところの「大道」なのです。
星体が持つすべての活動力
また、異なる星の天体に対しては同じであり、惑星と恒星および周囲の衛星を区別することもありません。この条件は大宇宙に対して非常に大きなエネルギー体を持ち、回転の力による浮揚を促進し、また非常に大きなエネルギーによる支えがあり、それによってその星の内部の安定を守護する役割を果たしています。
すべての回転力を形成し、それぞれの光年に対して計算するため、異なる惑星には異なる光年の統計があり、一部の惑星は必ず光合成を経て初めて万物の命が存在するようになります。これは太陽系に比較的近いため、光合成が形成されるのです。
しかしながら！大部分の星体には、そもそもこのような光合成作用が存在せず、さらに「暗黒物質」エネルギー体の状態にあるため、「陰和作用」と呼ばれる相互作用が生じます。この暗黒物質による陰和作用は、必ずや星体に対して不良な修補機能を形成し、その中に生存するすべての万物の衆生をも包含することになります。
あらゆる万物がそれぞれの形態を成す中で、なぜこのような自己治癒機能が備わっているのか。「大道」の基準点から見れば、それは各惑星の本質から発するエネルギー、すなわち『大道の総根源』に由来する。この大道の総根源は、単に各惑星が持つ自己治癒機能による修復作用にとどまらず、あらゆる万物に内在する自己治癒機能をも包含しているのである。
宇宙の星々を支える浮かせる力の道
内部空間に生存するすべての万物蒼生は、高い山や険しい峰から、微小な細菌や他の種に至るまで、皆一種の自己治癒機能を備えています。もし他の外的要因による侵襲や破壊に遭えば、異なる遺伝子となって存在し、また異なる遺伝子の付加と変化を生じさせるのです。
このような星体が安定した自己治癒機能を持つのは、まさに大道の総根源が存在し、あらゆる万物と衆生の存在を形成しているからです。このように、人間世界においては、この「大道を基盤とする」状態にあります。しかし、人類の衆生は、このような「大道の総基盤」の条件がどのようなものかを、どうして見極めることができないのでしょうか。まことに難しいことです！
さらに、あらゆる万物と生きとし生けるものが、なぜ自らの本質に癒しの機能を備えているのかを形成します。それぞれの有情衆生が形成されるにつれ、一種の先天的免疫機能が促され、またすべての人類衆生は「暗黒の幽冥なる物質」から来ているため、一種の修復機能を具足することになり、人間の自己治癒機能が形成されるのです。
人類衆生がまだ器物質量の生じる時代に至っていなかった頃から、このような先天免疫機能は存在していた。現代においても、器物質量があるために、多くの人類や万物の蒼生の免疫機能が減退している。このような人類の医学科学技術は、必ずや物体によって変化させなければならない。すなわち、先天免疫機能が本来備えているものを以てするのである。
星々を形成する大道の力
また人類の衆生となり、なぜこのような器物が発明されたかというと、それは直接に全ての万物蒼生の遺伝子の本質を変えるためであり、科学技術文明によって創り出された作用であり、また人類の物質文明を転化させるものである。これにより、過去の先天的な免疫力が十分でなかったために、健康な体躯を得ることが難しかった状況に対処するものである。
現代の人類が形成される過程で、常に多くの無明の腫瘍が発生してきました。これはまさに人類の科学技術であり、必ず一種の安定した変化を経なければなりません。そうしてこそ、事が起こった後に多くの文明病が発生するのです。このような状況を大道の視点から見ると、人類と万物の生きとし生けるものは、いったいどうすべきでしょうか。
本来備わっている先天的な免疫機能が、次第に失われつつありますが、これは一体どのような原因によって形成されたのでしょうか。もし人間が本来あるべき活動をしていれば、汗をかくことができます。汗をかくことによって新陳代謝機能が生まれます。しかし現代の人間はほとんどが冷房の効いた部屋に閉じこもり、次第に自らが持つべき運動機能を欠くようになっています。
次第に自らの先天的な免疫力を失いつつある。一方で、これらの外界の動物たちを見ると、人類よりも先天的な免疫機能を備え、より大きな向上と健康を維持しているのではないだろうか。これはまさに「生きるためには動かねばならない」という真理を示している。現代の人類は次第に動かなくなってきているが、それではどうして健康な身体を保てようか。これは人類の身体に対する損害と破壊と言える。
星は動かずにこそ修復のエネルギーを得る
しかし、時代は変わりました。人類の衆生がこのような外惑星の絶え間ない爆発の後に存在し、太陽因子への投射が生じることで、すべての人類衆生の身体の安寧は、あまりにも難しくなりました！健康な身体を持つことも非常に難しく、科学技術文明が形成されることで、必ずや人類の身体の適応機能は変化せざるを得ません。
暗黒の幽冥物質は、また人類の医学科学技術の進化に対して、人類医学の進化を必ず知る必要があります。それはすなわち暗黒物質の修復機能を以て、現在の全ての人類衆生の医学科学技術の中に、未来において必ず善く応用されるエネルギー体を生み出し、これがすべての修復の根拠となるものです。
このようなエネルギー体となり、全地冥星の中に存在することを、大道の総根源と呼ぶ。現在の科学者はまだこの種の修復機能を発見しておらず、科学技術文明が全星球の中から生まれる必要がある。つまり、それは既に存在しており、大道エネルギーと呼ばれるものは、あらゆる星球の中に秘められているのである。
物理工学の科学技術原理
その星体が回転を止めさえすれば、この大道の総体的根源のエネルギーは存在しなくなります。この根源エネルギー体こそが、大道の総体的エネルギーの基盤であり、それぞれの回転する星に備わり、またすべての星の万物蒼生を護り、それぞれが異なるエネルギーを具えているのです。
万物の蒼生が備える修復機能の応用は、いずこより来たるか？これこそ大道の根源にあり、最も基本的な理解を得た後、この「暗黒幽冥の物資」をいかに善く応用すべきか。それは未来の全てのエネルギー体が、進化と修補の機能体となるために、いかにこれを摂取するかにある。
理解する必要があります、人類の物理科学とは何でしょうか？このような人類の物理科学の進化は、すべての「反動力」を促進し、また人類の思考と観念を全面的に変えることで、より大きな進化の効果をもたらすのです。なぜなら、「反動力あるいは無動力のエネルギー」こそが、まさに全体としての「大道」の力の源だからです。
星の回転は大道のエネルギーが作用しているのである
また、地冥星には一種の「光合成作用」があるが、宇宙の他の星系にはこのような光合成作用はなく、むしろ一種の「陰合作用」がある。このため、人類の衆生は物理的な面で医学技術に応用し、より広大な未来のエネルギー源を得ることができる。
全地球を支える浮力から生じる牽引と均衡の力、この相互の縁起によってこそ、このような無形の修補機能が存在するのです。破壊の機能は万物の生きとし生けるものに対して新陳代謝を促進する作用があります。いかにしてこの修補機能を進化させ活用するかが、まさに正道なのです。
破壊エネルギーによる変化が抑制されると、人類の衆生は生命の無常の作用を減らすことができます。未来の科学技術文明は医学の進化機能によって、人類の衆生の寿命を本来延長できるようにするでしょう。まるでかつての第一元会のように、三千年の歳月を経ても滅びることはなく、このような科学技術文明も次第に現れてくるでしょう。
回転する力の働きによって
大道の総体根源は同じ
暗黒物質は応用広く　   　人類の身体機能を変える功あり
人々の世の寿命は　科学技術の根源に依らねばならぬ
陰冥の物資は取りに来るが、善く利用すれば因縁がある
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合うものであり、古代天文学の進化は人類の寿命と大きな関係があり、人類の寿命を延ばすことができれば、現在の有情衆生に利益をもたらすでしょう。では、どのようにそれを取り入れ、獲得するか、未来には必ず真実のごとくあるでしょう。
恩恵を受けると同時に、人類の成長と超越をもたらす。
無極瑤池の鳳瓊仙女
無極の因縁が崇心に降り　   　瑤池の鳳瓊喜びて来臨す
仙女が台に登り神人と会う　　皆吉祥に感謝の行をなす
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院修学士の皆様、こんばんは。本日は、天地開闢の盤古大帝が降臨され、大道杏壇第六回を著作されました。星球回転の大道エネルギーを解き明かし、暗黒物質が備える特性を分析されました。これはすなわち、人類の物理科学技術を医学の進化に融合させることから来ているのです。
大いなる修復機能が得られ、同時に人類の寿命も進化し、まるで第一元会の三千年の寿命に達する。皆さん羨ましく思いませんか？まさにある時期またある時期、すべての進化作用が成長を重ね、このような進化修復の働きがなければ、人類衆生の生存はあり得ない。これもまた一種の印証による向上なのです。
2015年3月11日13時32分◎＃※  了承
百草の先師　神農大帝
第十八回  文明科技　改造基因
2011年9月2日　辛卯年八月五日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
回教教主ムハンマド　降跋二於  儒宗聖教
◆ 本文 ◆
大道杏壇第六回　   　星球旋轉大道由
百草の先師、徳を行い
神農大帝、降り来たりて臨む
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年9月6日　辛卯年八月九日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
仏降崇心に跋三を著す
# 大道杏壇弘化を開く
◆ 本文 ◆
大道杏壇第七回　  　舒適安定眾生心
第七回　安楽穏やかに　衆生住まう
安らかに暮らせる住処を衆生に与える
大宇宙の天地は異なる星系によって進化し、大いなる道の徳の恵みを形成します。それはすなわち、「支える力、引き合う力、均衡を保つ力」の三つが、すべての大道の総合的な要となり、星系全体に安らぎをもたらす作用をなすのです。また、これらは互いに補い合い、あらゆる霊的存在と衆生、すべての居住空間の平安と快適さを実現するのです。
大寰星系の運行作用は、すべての万物蒼生に対して大きな安らぎの働きをもたらします。まさにこの安らぎの機能があるからこそ、惑星自体が発する支え浮かせる力と引き合う力が相まって、均衡の力が相互に補い合い、長きにわたる均衡の安らぎの基点が生まれるのです。
これによって、星の内部に修復機能が生まれ、すべての衆生が同じようにこの修復機能を持つようになり、その星の内部に安らぎをもたらす作用が形成されます。各々の星の動揺によって制限されることなく、万物の衆生が快適に暮らせる、安定した生存空間を確保することができます。
大寰星系のすべての萬霊蒼生は、互いにエネルギー体を保護し合うことができ、また
修復機能を備えており、またこの種のエネルギーは、誰もがその修復機能の本体を理解するのが難しいのですが、それは大道の運行から来るもので、万物の生きとし生けるものや星自体に対して、さらに「高い山と低い場所」のすべての存在に修復機能を及ぼすのです。
星が安定してこそ、快適な居住空間が得られる
人間が見ている限界は、ただ高い山や低い場所が存在するだけに過ぎない。実はそれだけではなく、逆に、星の中に存在するすべての万物蒼生、そして動くもの動かぬ物質に至るまで、全てに止まることのない動きがある。なぜこのような行為があるのだろうか？
すなわち、居住可能な環境と不可能な環境のすべてに対して、永遠に止まることのない動力が形成されているのである。なぜなら、異なる星体も常に「回転し幻のように動く」状態で存在しているからだ。ただ、この「回転し幻のように動く」状態は、その中に生きる万物の霊長たる衆生が感知できない「回転し幻のように動く」状態に過ぎない。
このような幻動は一種の回転力でもあり、それによって浮揚力が生じ、永遠に止まることのない力が存在する。それはすべての万物の生霊が住む空間に対して存在し、相互の修復作用と破壊の運動エネルギーにもなる。特に「光合成」を持つ惑星体に対しては、なおさらこのようである。
光合成を行う惑星体においては、二つ以上の複合体が形成され、異なる力が互いに引き合う。これにより、そこに存在するあらゆる生命は新陳代謝の絶え間ない変化へと加速される。このような因縁条件によって、「光の調和と陰の調和」という作用が生じ、それはまた一つの繁栄し輝く光明のごときものとなる。
星が安定し、有情の衆生が住めるようになる
この種の「陰合作用」を観察すると、またどのようなものか。この陰合作用は陰冥物質のみが加わることで形成され、二種類以上の相互交換と変革はなく、まさに単方面の細胞繁殖のみである。すべての光合成に対しては、このような単細胞の繁殖作用は起こりにくい。
万物の蒼生はただ一つの単細胞から形成されるに過ぎず、この単細胞の形成は、一種の気体エネルギーとしての存在に過ぎないと言える。人間の言葉で言う「空気」はこのように形成され、これは「大道」のエネルギー体が具現化したものであり、すべての異なる星体の存在界に対して具足しているのである。
理解できるのは、単一細胞に存在するエネルギー気体こそが、より文明的な科学技術へと進化させ得る要素であり、この要素は惑星体にとって適応性があり、光合成を行う惑星体よりも、惑星自体の欠陥を修復する強大な力を有し、また内部のあらゆる万物衆生が必ずや安寧に生存できるということです。
また、なぜ単体細胞がこれほどのエネルギーを持つのかといえば、単体細胞が繁殖するものこそ、まさに「静化と浄化」のエネルギー体であることを理解しなければなりません。この種の静化エネルギー体はすなわち「暗黒幽冥の物質」の根本であり、もし他のエネルギー体が加わると、破壊的な力が形成されることになります。
安らかな空間は、異なる衆生に応じて変化することができる。
したがって、単一細胞の破壊力は相当なエネルギーを減少させ、あらゆる修復機能の浄化作用にも影響します。このような陰陽調和の作用を持つ惑星は、まさに内部に存在するあらゆる霊的生命体に対して、より大きな静化の働きをもたらすものです。また、この「無動力あるいは反動力」を転換させて、修復に活用しているのです。
これらの既に存在するエネルギー体は、なぜ異なる種の修復体を形成し、また多くの異なる種の遺伝子を変化させることができるのか。それは、大きなエネルギー体が修復と変化成長を行っているからであり、どのようにしてこのような機能体を具足することができるのか。すべての「暗黒幽冥の物質」の中に秘められているものは、一体どのようなものなのかを観察してみよう。
それぞれの時空は同じであるにもかかわらず、異なる機能を具えているのは、まさにこのためです。有情衆生が異なる星体に入る前に浄化の機能を持つことができると言われる場合、このような状況では、より先進的な文明の進化が生じないのは、いかなる原因によるのでしょうか。
より大きなエネルギーが先に集まる必要があり、それが集まると異なる種の衆生が形成され、同時に未来への進化の基盤も生まれます。この因縁条件によって形成される物質は、単に先進的なエネルギー体だけを有するものではありません。なぜなら、異なる星体が蓄積するエネルギー体には、それぞれ異なる力が存在するからです。
安らかなる星にて、衆生が居住するための基本的な作用
より進化したエネルギーが生み出す高度な種族は、他の比較的低次元の惑星のエネルギー体が生み出す種族とは異なります。なぜなら、異なるエネルギー体が存在する場所には、異なる無数の生命が存在するからです。このような状況は、惑星に対して一種の安定化機能を果たしています。
すべては時空の因縁が具わった後に初めて相互に補完し合うことができ、それによって理解できるのである。金、木、水、火、土という五行の異なる性質が、金金、金木、金火、金水、金土などに加わることで異なる変化を生じ、いずれも異なる五行がもたらす演化なのである。
このような相当に異なるエネルギー体は、万物の蒼生を生み出すが、それは人類衆生の身体とは同じではない。したがって、大道の回転には一定の軌道があり、それによって様々な万物蒼生が生じる。それは巨大な種族から、極めて微細な細菌や種族に至るまで、区別なく含まれるのである。
異なるエネルギーが生じ、それがどのような万物の衆生かを区別します。相互の因縁の存在があるため、万物の衆生の異なるエネルギー体は、有情の衆生が異なる星体に入ることで形成され、また全ての因質が異なる領域からの総合体であるため、他の万物の衆生との結合点が生じることになります。
五行が異なれば、異なるエネルギーの衆生が存在するのです。
これらは全ての星体そのものに向けられたものであり、全ての創造はまさにこの通りであり、また異なる星の安らぎによってのみ、異なる：金金、金木、金火、金水、金土といった様々な五行の加え方が生まれ、それによって異なるエネルギー体が存在し、さらに区別される：木木、木火、木水、木土、木金と。
また、水と水、水と木、水と火、水と土、水と金、火と火、火と土、火と金、火と木、火と水、さらに土と土、土と金、土と木、土と水、土と火など、様々に異なる五行のエネルギーが、あまりにも多くの異なるエネルギー体に加わることにより、これが異なる因縁の質が変化し、異なる物種が生じる所以である。
この基本的な作用は、異なる領域で生じるエネルギーに対して、それぞれ異なる修復と集積の機能を持ちます。もし光合成がなければ破壊の力も生じず、光合成があれば破壊の力が生じ、二極化した異なる衆生が形成されます。地冥星ではこのような相互対立が生まれているのです。
万物は安らかな空間に住まう
様々な異なる星体において、それぞれ異なる安住の空間が存在します。単細胞で繁殖するものも、二細胞あるいは多細胞で繁殖するものも区別しません。区別はただ一つ、「光合成作用」と「陰合成作用」という二つの力の働きによるものです。また、この修復機能においても、非常に大きな差異が生じることになります。
単細胞生物の繁殖と、多細胞生物の繁殖は、異なる有情衆生を区別するものであり、この点を詳細に理解する必要があります。細胞の繁殖作用はどのようなものか？そこには大きな差異がありますが、必ず安定した作用がなければならず、そうして初めて他の異なる動的エネルギーが侵入してくることを防ぐことができるのです。
区分された未来の繁殖が異なる進化を遂げて初めて、他の万物の蒼生が現れることになります。このように異なる星体が形成され、万物の蒼生が生まれる中で、高度な知識文明や高度な科学技術による完成が可能かどうかは、「古天文学」から「古科技学」へと入り、理解することによって初めて明らかになり、人類の衆生に利益をもたらすのです。
細胞を育み増殖させる
それぞれの星は各々の性質を持つ
単一細胞で区別すべし
双体多体は資質を変え得る
星々の文明のハイテクは　すべての星の運命に関わる
異なる変化を生み出すこと
様々なエネルギーを授けることができる
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合うものである。古の天文学の技術進化に対しては、また異なるエネルギーの質が加わり、すべてのエネルギーの進化作用によって、初めて
科学技術文明の向上を実現できる、このようなかなり先進的な科学技術文明は、すでに「大道杏壇」の天書に降ろされ、皆に異なる思考観念を提供しています。
無極司命真君
無極の因縁は心を崇め基と為し　   　司命真君の登台の儀
諸賢大家皆安好
弘化提昇來成器
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は百草先師・神農大帝が降臨され、大道杏壇第七回を著作されました。安楽に暮らす衆生の居住原理を分析し、科学技術文明のあらゆる進化と成長に対する異なる思考を提供するものであります。
過去の人類が理解していたこと、単細胞生物の繁殖、そして二細胞および多細胞生物の繁殖と変化は、皆さんに全く新しい思考の空間を提供します。そうすれば、現在の科学者たちよりもさらに進んだ思考と観念を持つことができ、自分自身の成長をしっかりと積み重ねていくことができるでしょう！真実のままに、自分が得たものを自らが受け取ることができるのです。
2015年3月11日13時33分、了解。
中華の始祖　黄帝老祖
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年9月9日　辛卯年八月十二日（金曜日）
◆ 跋・讃賀 ◆
大道  杏壇　跋三
◆ 本文 ◆
大道杏壇第八回　    古科技學文明連
第八回　古代科学技術　文明の進化
古代科学技術文明の進化
有情なる衆生が人道世界に入った後、過去の因縁が集結する必然性を引き起こします。この様子は次のように観ることができます：古代の科学技術に対して非常に超越した文明があり、それは過去の元会が現在の人道世界に組み込まれたものであり、それによってあらゆる科学技術文明が形成され、人類の利益を創造しているのです。
必要は、文明と科学技術の中で真実に基づいて向上させなければならず、そうして初めて人類進化の目的を創造することができ、全ての第一元会及び第二元会における文明に対して、またこのような古代天文学の進化から来るものに対して形成され、古代科学技術学の成長の中でこそ、このような条件は人類衆生にとって向上であり、また一つの文明でもあるのです。
更に一種の創造による恩恵があり、この因質も第一、第二元会を経て現在の第三元会に至るまで観察される。現在の世代の文明進化においては、前の二つの元会の科学技術の成長を超えることは難しく、また全体の宇宙星系を依り所として、異なる星系に対して異なる因質エネルギー体を加えて創造している。
異なる科学技術文明の進化は、これらの異なる含意に対する理解から生じる。
本質に基づき、異なる科学技術文明の進化と向上を創造することができ、また科学技術文明が人類が依存する必須のものであることを理解することができます。科学技術文明があるからこそ、多くの進化的な作用を創造することが可能となるのです。
古代科学技術の進化と文明
人類が居住する地冥星を観察すると、異なる時空の進化があり、科学技術文明の恩恵を受けて、様々な小元会が形成されています。創造された科学技術文明もまた、このような条件の中で、地冥星のすべての生命が異なる時期に進化することを可能にし、まさにこの空間内に住むすべての者に恩恵をもたらしています。
このような状況では、ただ一度の「桑田変じて滄海となる」ような変動があれば、前の時代の科学技術文明は跡形もなく消え去ってしまう。そして、このような桑田変じて滄海となる変動が起こるたびに、前の時代の科学技術文明は深い海の底へと沈んでいく。しかし、そのような変革が起こるたびに、必ず新たにやり直す機会が訪れるのである。
このような異なる時空の変化は、かなり残酷な殺傷力を有し、前の文明を再び押し潰してしまった。異なる時空の元会を経て創造され、あらゆる異なる遺伝子が再び生み出される中で、原始遺伝子に対する異なる創造は、前回の科学技術文明の進化と比較することは難しい。
もし一種の不変の進化があるならば、それはまさにこのような状況ではない。相対的に言えば、「暗黒の陰冥たる物質」の星体は変化があるものの、「光合成作用」を持つ星体のように、生じる変革はそれほど大きくはない。実はすべての星体は二種類に分けられる：一種は光合成作用、一種は陰合成作用である。
古代の文明と科学技術の進化創造
また、この種の「陰合作用」を持つ惑星の科学技術文明は、「光合成作用」の惑星をはるかに凌駕しており、当該星系の文明進化に対して、より先進的な向上をもたらします。このような条件は古代科学技術学に対しても、相当な進化と向上をもたらし、人類衆生の生存全般にとって、より安適な環境を形成するのです。
異なる惑星体が生み出す変化に対して、相当に進歩した文明科学技術があり、また異なる惑星体における五行の創造を集合させることで、異なる生物種が生まれます。そして人類文明の進化に対し、異なる生物種から蓄積された文明は、全ての生物種の変化と成長を生み出すことになります。
様々な異なる星体が創り出すエネルギーには、大きな差異があります。まさにこの理由によって、異なるエネルギー体へと進化していくのです。地冥星においても同様のことが観察できます。また、地冥星の光合成作用があるからこそ、あらゆる科学技術の進化が生まれ、まさに相当な文明創造が見られるようになるのです。
人類の衆生が生活の中で互いに向き合うことにより、あらゆる事柄に異なる視点と見方が生まれます。これは文明の進化において相互成長をもたらし、多様な角度からの認識を生み出します。このような状況において、いかにしてさらなる進化を遂げることができるでしょうか。文明の進化を真実の成長として捉え、人類の利益を高めていくことが必要です。
文明と科学技術は、有情の衆生があらゆるものを創造する。
このような「二元的対立」からの相互的な制約がある中で、このような二元的対立による制限が生じると、次のような多くの限界が現れます：日月、陰陽、是非、正誤、正邪、仏魔、鬼神など、あまりにも多くの制約です。これはまさに相互に対立する障害であり、また対立を通じた成長と向上でもあり、同時に一種の矛盾でもあります。
人類の衆生は、生活における限界と障害を解消することができないため、この世では「人生百年足らず、常に千年の憂いを抱く」という状態が生じます。この世の中で、一体誰がこのような限界の解消を理解できるでしょうか。非常に難しいことです。また、人間はこの世界に入ると、すぐに頭が混乱してしまい、このことを考える者はほとんどいないからです。
したがって、人類の衆生も、なぜ地冥星に入るとこのような障害が生じるのかを明確に理解することはできません。これは過去の因縁果報によって形成されたものであり、すべての衆生が向上し超越しようとする際の障害に影響を及ぼします。一般の人類の衆生はしばしば向上心を持ちたいと願いますが、それを長く持続させることは非常に難しいのです。
もし可能であれば：静寂が極限に達した時、初めて明晰な頭脳が得られるが、それは刹那の間に感じられるだけで、長期的な思考を向上させることは根本的に不可能である。これは人類の衆生が累世の因縁果報によって制限され、「報いと報酬」の区別が形成され、すなわち有情の衆生が必ず持つ障害なのである。
古代科学技術の進化による向上
異なる元会から来た科学技術文明は、それぞれの時空で生まれた人種と物種において、同じ細胞因子を持つことが多く、これもまた異なる科学技術文明によって創造されたものです。このような数千万年にわたる進化と、数億年に及ぶ時空を超えた遺伝子改造を経て、現在の文明はまだ始まったばかりに過ぎません。
すべての基因創造が過去の時空を凌駕しようとするならば、長い時間をかけて異なる因縁を備えた成長が必要であり、これらはすべて因縁が集まることで初めて展開できるものである。また、このような因縁の集まりによって、異なる元会が創造した科学技術文明が形成され、それはその時空の有情衆生を利益するものである。
あらゆる時空において成長し、異なる科学技術文明によって向上していく必要があり、まさにこれこそが各時空に現れる進化の働きです。したがって、地冥星の進化過程においては、異なる小元会の科学技術文明が存在し、現在はすでに第三元会の末期に突入しています。また、人類衆生のあらゆる災難も比較的多くなっています。
文明こそが衆生に利益をもたらすことができる
さらに、異なる人類の行いが加わることで、非常に大きな悪しき気流が地冥星の空間全体を取り囲むことになります。この状況は人類の衆生に対して大きな殺傷力を及ぼすため、上蒼はこの悪しき気流を観て、ハイテクによる変換を下ろされました。あらゆる災厄に対しては、科学技術文明による向上と変革をもって対応されるのです。
天の慈悲と恩恵により、下界に高度な科学技術文明を借りて、人類衆生の災難の連鎖を解決することは、まさに文明の進化が創造したものですが、しかし人類の「身体、心、霊」という三つの側面を向上させることには焦点が当てられていません。そのため、より高い警戒心を持つ者たちは、このような限界を乗り越えることができると理解しているのです。
すべての有情衆生が「肉体、心、霊性」の進化をいかに向上させるかについて、自らの成長を促し、地冥星での繰り返しの輪廻に留まり続けないようにすることは、非常に悲しいことです。上蒼の慈悲によって高き覚醒を促す教化がなされれば、人間界に繰り返し輪廻するという制限を、その都度減らすことができるのです。
科学技術文明は進化を促し、古代の知恵を昇華させる。
異なる元会に変じゆく　　古の科技学かくの如く掛けられたり
人類の生存は向上を求めねばならぬ　   　自分だけの完成を求めてはならぬ
有情の衆生を救い渡すことができ
自らを成就して衆生を導く
この偈を、有情の衆生と共に励まし合い、古き科技の学びにすべての進歩を
化は最初に引用されたものとなり、次回はここから続けて著作し、皆さんにより大きな知識を得させ、また智慧を増長させることができます。まさに自分自身が縁に恵まれ、優れた条件と契機を備えていることが、真実の性質に合致するのです。
無極城隍帝君
無極城隍帝君登　　　　　共會有情諸賢生
皆様吉祥にして安らかならんことを　   　大道弘めて四海に真を化す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は中華始祖・黄帝老祖がご降臨され、大道杏壇第八回において、一つの古代科学技術文明の進化を分析・解説されました。人類衆生が異なる時空において、より大きな明晰を得て、未来の科学技術発明が成長することを願っておられます。
皆様の知識の蓄積を提供することは、まさにより大きな利益を超越するものであり、本宗脈の体制を計画・整備し、未来のすべての導きと完全な現れを実現するために役立てることができるでしょうか。崇心の体制が成長するためには、これが必要なことです。そうでなければ、未来に新しい成員が戻ってきたとして、どのように人材を引き留めることができるでしょうか。皆様も努力が必要です。お分かりいただけますでしょうか。
2015年、03月11日、13時34分◎＃※  了承
三清教主　元始天尊
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年9月16日　辛卯年八月十九日（金）
◆ 旨 ◆
大道杏壇の完書、旨を繳す
◆ 本文 ◆
大道杏壇第八回　    古科技學文明連
三清の聖境に教主を立て　   　元始天尊降り来たりて著す
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年9月20日　辛卯年八月廿三日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
南無阿弥陀仏　降跋三於  儒宗聖教
◆ 本文 ◆
大道杏壇第九回　   　科技文明蒼生顧
第九回　科学技術文明　衆生の利益となる
科学技術文明は衆生に利益をもたらす
人類文明の進化は、この世界において、生存志向の必然性に基づき、人類の生活がどのようなものであるかを理解することができます。このような条件は、有情衆生の日常生活に対して、より大きな向上をもたらす進化作用を形成し、また遠古の時代、前の元会におけるすべての生活がどのようなものであったかを理解する必要があります。
古代科学技術文明の進化において、それぞれの段階で異なる科学技術文明が、その時代の時空の因縁に組み込まれることで、膨大な科学技術文明が創造され、人類の生活の快適さと安定を促進してきました。それぞれの進化のたびに、「身体・心・霊」の三者に対する浄化を高める必要があります。
有情衆生の生活安定を促すことは、また「身心霊」の三者を超越することを高めることになるが、このような行いが良い成果を上げられるかどうかは必ずしも定かではない！つまり、あまりにも難しいのだ！なぜなら、人間の生活があまりにも安逸であるため、世の中のすべての不足や制限がどのようなものかに気づかないことが多いからである。
人間の衆生には一種の「惰性」があることを理解する必要があります。この種の「惰性」とは
つまり、生まれつきでなかなか取り除くことが難しいものであり、またこの生まれつきの「惰性」こそが、あまりにも安逸な時空においては、あらゆる災難の襲来にまったく警戒心を抱かないものであり、まさに人類が戒めとすべき点でもある。
科学技術文明は衆生の成長条件
人類の衆生は、しばらく安穏な時を過ごした後、過去の災難をかつては骨身に染みる記憶であったものが、すでに跡形もなく消え去ってしまい、もはや記憶に新しいという感覚すらなくなり、ただその経験の中で、かつてこのような苦しい生活があったというだけのものになってしまうのです。
この種の問題は、人類の衆生にとっては、たとえ刻骨銘心の記憶再生による識別があったとしても、大多数の人々の記憶の中では、あまりにも安楽な生活の中で、すでに昔の苦しみや緊張がどのようなものであったかを忘れ去ってしまう。このような人類が向上を望んでも、それはただ空しい願望に過ぎない。
かつての苦しい生活をしっかりと理解しなければならない。それは人類にとって非常に大きな警鐘であり、また人類の第八識にしっかりと刻み込む必要がある。そうしてこそ、次に因縁が巡ってきたとき、前回の苦しみの記憶が引き出され、区別がつくようになる。これはまさに、非常に苦しい経験の積み重ねなのである。
人間の衆生は、生活の中であまりにも安逸に過ごすため、必ずや「懈怠の心理」が形成されてしまいます。これはすなわち人間の「惰性の根源」であり、また自らの問題点を改めることは極めて難しいのです。少しでも警戒心のある行動があれば、この世は長く安らかに暮らせる場所ではなくなってしまいます。
科学技術文明によってこそ、衆生はその恩恵を受けることができる
このような状況は、一般の人々には非常に理解し難いことですが、人間社会における問題点はどのようなものなのでしょうか。また、すべての安逸な生活に対して、まさに一種の「人類衆生が向上成長し超越することを妨げる障害点を消し去る」というものがあるからです。この種のことも理解し難く、快適で安逸な生活の中には、大きな問題が現れてくることになるのです。
かつての古代科学技術においてもそうであったように、ましてや現代の人類衆生においてはなおさらであり、「心身霊」の三者を向上させ超越的に成長させることは困難である。この時こそ、科学技術文明による達成が、一つの時空因縁から次の時空因縁へと連なり、快適な生存空間を形成してきたことを理解する必要がある。
また、人間社会での生存における障礙も形成されることになる。それらは必ず解消されるべきだが、そこに「惰性」が加わると、人類の衆生はより大きな警戒心を持つことができず、生活が安楽すぎることによって警戒心が損なわれ、教訓を記憶する警惕心を失い、現在の福報が再び過去の苦しい生活に戻るとは考えなくなってしまう。
古代において生存することは、文明の成長に対して形成されるものであり、また量産されることもほとんどなかった。一般的には、比較的裕福な能力を持つ者、貴族や王侯将相の家においてのみ、このような安逸な生活が整っていた。このような生活は、ごく少数の人々しか享受できない待遇であり、便利に普及するような快適さではなかった。
古代の元会科学の文明
これらの古代科学技術について、まず第一に理解すべきは、それらが二元会の時代において、現在の科学技術よりも数千万倍も進んでいたことである。また、この種の科学技術は、まさに現代の時代になって初めて一つ一つ人類世界で実現され、古代の科学技術文明が現代に移転され、人類の遺伝子を改造するように進化していくと言えるだろう。
現代の生活が便利で快適に普及しているのは、すべての科学技術文明が電力供給に依存しているからです。この状況は、もし古代にあったならば、おそらく現在の科学技術文明は難しかったでしょう。これらを第一、第二の元会と比較してみると、その差はあまりにも大きいのです。
また、科学技術文明を相互に比較して応用することはできず、科学技術文明によってのみ、衆生の生活に利益をもたらす方向性が生まれ、生活の快適さと利便性が普及していく中で、つまりは上蒼の徳の恩恵が広く行き渡る作用において、これは古代科学技術学の「借将」から来ており、それによって多くの発明創造が生み出されてきたのです。
すべての人類衆生の世界が形成されるのは、ただ電力の供給に依存しているに過ぎない。このような電力供給は現代の世代において、多くの方法で生み出され、様々な異なる電力が具わっている。人類の世界には、相互に対応する時空が存在することを知る必要があり、このような問題点に対する理解は、いかにして必要とされるのだろうか？
衆生が利益を受けるには、必ず向上し超越しなければならない
決して単方面の向上だけではなく、またこのような限定的な対立関係は、科学者の視点から見れば、根本的に中国の「五行」が互いに対立し合う原理を理解していなければ、より大きな利益を得ることは難しく、発明創造された科学技術の産物は、一定期間を経た後、多くの反対の状況を生み出すことになります。
また、得るものがあれば必ず失うものがあり、失うものがあれば必ず得るものがあるという状態になります。もし逆の作用として捉えれば、それは一種の負の災難であり、このような科学技術の産物はあらゆる文明に対して破壊力を持つことになります。このような相互関係が形成されると、過剰でも不足でも中道から外れてしまいます。すべての人々の世の中で発明された物は、その後必ず修正と改良が必要なのです。
ある期間において、必ずや大きなマイナスの状況が発生します。「過ぎたるは及ばざるがごとし、いずれも中道にあらず」ということを知る必要があります。これは人間社会の障害であり、これらの科学技術文明が生み出した製品に対して、生活用品の精緻さの有無が適切かどうかを判断できるようになってこそ、比較的長期的な視野を持ち得るものなのです。
さもなければ、しばらくすると、すべての悪い状況が次々と現れ始めます。それはちょうど現在の「ブラックリソース」のようなもので、数十年前には誰も何の問題も感じていませんでしたが、数十年を経た今になって初めて、すべての問題が一つずつ顕在化し、その深刻さを認識するようになるのです。
文明の進化は衆生の災難を除き去る
人類の衆生がまだ警戒心を持たず、目覚めないままであるならば、未来において人類が払う代償は必ずや非常に大きなものとなるでしょう。さらに、これらの財団が利益を独占している一方で、すべての万物蒼生がこれらの財団の利益を全面的に負担しなければならない現状があります。実際、財団はどのように世界から利益を得て、それを世界の福祉のために役立てるべきなのです！
すべての人類の未来の子孫にとって、これは埋めがたい穴となり、人類のすべての衆生はほんの一時の快適さと便利さを享受するだけで、多くの災難に悩まされることになります。さらに、この黒い資源源であるガソリンと農薬に対しては、抑制すべき時が来ています。
むしろ、そのまま使い続け、さらに未来数十年後にまで応用すれば、すべての人類の災難はより一層補い難くなり、これらがすべて「黒色資源」の負の災難を形成することになります。このようなことを皆さんは望みますか？あまりにも困難です！現代の科学技術文明においては、人類の進化に資する資源が存在すべきです。
古代科学技術の進化の軌跡
一部の財団だけが自らの利益を満たすだけであってはならない。それは千年万年後の子孫に禍根を残し、多くの悪しき負の影響を生み出すことになる。高科技で汚染の少ない「優質エネルギー体」の開発を強化する必要がある。現状で言えば、すでに多くの利用可能なものがある。
したがって、これらの資源は未来において、必ず一つ一つ人間の生活の中に現れ、より大きな恩恵をもたらすでしょう。それは現在の世の中の障害のようではなく、またおよそすべての災難がまだ始まったばかりに過ぎません。このような状況は、未来において皆が目にするでしょう。より多くのどうしようもない災難が次々と押し寄せてくるのです。
「劫を逃れられぬ」運命にあるのか、それとも「科学技術の選抜」によって選ばれた人材として残るのか、それぞれ異なる運命が創造され、また未来に恩恵をもたらす福祉がある。これは現代の時
代に対照して往昔の第一、第二の元会科技文明を見るに、科学技術の進化を加速することでのみ、現在の災劫を順調に通過することができ、まさにこのようにする必要があるのだ
世の資源の嘆かわしさを思う
千古より選び難きこと明らかなり
黒き資源は元より誤りであり　災いは絶えず罪過を化すこと難し
やむなく人類は苦しみに満ちており、記憶は新たなままに根本は枯れ果てている。
時には心痛み、無念さを覚えることもあるが、科学技術は福徳を育み助ける道となる
この偈は、すべての有情衆生と共に励まし合いましょう。すべての古代科学技術は現代の時代とはあまりにも隔たりがあります。このような行いがあってこそ、進化が可能となるのです。
まさに一歩を確実に踏みしめてから次の一歩を進めること、これが人類世界の生存法則において提唱される
皆様のご参考に供し、ご考察いただければ、大いに進歩が得られるでしょう。
無極文昌帝君
無極より旨を頒ちて崇心を立て　文昌帝君登台に臨む
皆様吉祥、安らかでお元気に　共に天の書を著し、福徳の行いを積みましょう
諸聖佛と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、今晩は。本日は三清教主・元始天尊が自らお越しになり、大道杏壇第九回「科学技術文明による衆生の利益を分析する」をお説きくださいます。前の第一、第二元会の進化と現在を比較するならば、これはただ一つの過渡期に過ぎません。
これらの科学の進化を加速させる必要があり、それこそが人類の福祉に貢献できるのです。さもなければ、災いが訪れた時にはどうしようもありません。考えてみてください、皆さんは縁あって崇心宗脈に入られたわけですが、一人ひとりが「選抜された科学技術」の人材であるとは限りません。問題点に対して「避けられない劫」に直面した時、一体どうすればよいのでしょうか？
しかし、仙仏の先生方は護ってくださるべきものには決して吝かではないのです。ですから、もし将来このような逃れられない劫難に遭う善縁があっても、仙仏の先生方が護ってくださらなかったと責めてはなりません。おわかりでしょうか？当宗脈は近いうちに弘法を広げていきますが、すべては皆さまと共に盛挙を成し遂げることを願っており、これこそが正しい道なのです。
2015年3月11日、13時35分◎＃※  OK
通天教主　霊宝天尊
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年9月23日　辛卯年八月二十六日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
南無天機を開き示す冊を開展し給う　大日如来跋則に降り給う
◆ 本文 ◆
大道杏壇第九回　   　科技文明蒼生顧
通天教主が真義を明かし
霊宝天尊が来儀を降ろす
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年9月30日　辛卯年九月四日（金）
◆ 跋・讃賀 ◆
大道  杏壇　跋四
◆ 本文 ◆
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
第十回　科学技術文明　絶えず変化する
科学技術文明は絶えず変化している
有情なる衆生は、この世において、かなり快適な生活空間を享受している。これは現代の科学技術文明の進化のおかげであり、あらゆる文明の向上と創造を形成し、またすべての「借り物の将」による下化の働きから来ている。このような条件は現代の世代にとって、すでに科学技術文明のすべての始まりに入っており、必ずや未来の作用を見守らなければならない。
すべての科学技術の変化は、もはや過去とは比べものにならず、この日進月歩の進化は変化をもたらし、多くの進歩と向上を形成します。すなわち、文明と科学技術を通じて人類と衆生の快適な生活を創造し、安定した快適な空間を生み出すのです。このような条件は、有情衆生にとってどのような意味を持つのでしょうか。
必要に応じて有情衆生に対し、「身、心、霊」の三つの面から向上させるのが正道である。また、「古代科学技術」が現代文明に融合されることを理解すべきである。言えることは、人類の衆生はこの百年ほどの生存期間において、過去数千年の時空よりも相当な文明の進化を遂げているということである。
この因縁は、人類の衆生がこの時空に参入したことによって生じたものであり
上蒼の慈悲と徳の恵みによって初めて実現可能となり、また「文明を借りる」ことによって創造されたものですが、もし理解できないのであれば、なぜわずか百年足らずの間にすべての科学技術が進化し、これほど顕著な文明の成長を遂げたのかを考えてみるべきです。
財団は世界の災禍を変えることができる
人類の進化は科学技術の向上により大きな成果を上げ、また世の中で生活の安楽を得て、かなり安定した基盤を築いてきました。このような人類の成果は「電力」によってもたらされたものであり、それは黒色資源の採取に由来し、人類文明の依存するものとして応用されてきたのです。
この条件はこう言える：人類衆生は「毒を飲んで渇きを癒す」ようなものであり、人類衆生にとっては良策とは言えず、あらゆる問題点が次々と現れた後、地冥星の数万年にわたる進化成長を促してきたものが、一瞬にして現在の時代の人類衆生によって抹消されてしまったのである。
人類の衆生が「毒を飲んで渇きを癒す」ような行為によって、すべての人類の災難が絶え間なく続き、さらに現在の「財団」もすべての利益を独占し、地球の災難を解決することさえ困難になっていることを知る必要がある。実際、財団が方向を転換して応用すれば、人類のあらゆる生存の災難と苦難を転換することができるのである。
財団による独占が原因で、抑制できない災難が次々と発生しています。人類が今すぐにこの黒色資源の再利用を阻止しなければ、おそらくあと10年から20年ほどで大規模な災害が発生し、人類の生存と安寧にも影響が及ぶでしょう。
科学技術文明は絶え間なく変化し、作用し続けている。
また、人類の黒色資源、すなわち「石油と農薬」を引用することで、すべての災難が次々と現れることになります。現在の人類の医学はまだこのような状況に対応できるまで進化しておらず、やむを得ないことです。現在の人口が急速に増加し膨張している状況は、決して良い現象ではありません。
したがって、未来の災厄が現れた後、これらは相当な「大世紀の災殃」を形成して現れるでしょう。皆さんはおそらく理解していないかもしれませんが、この種の問題点はどこにあるのでしょうか？まさに上蒼の多くの仙仏が憂慮しているからこそ、「将を借りる」という形で下界に降臨させたのです。この種の科学技術が進めば進むほど、人類の災厄はますます増えていくのです。
生存している地球もまさにこのような状況であり、過去の第二元会の状況と同じく形成されています。このような状況では、より大きな契機を得ることは難しく、人類の科学技術文明がもたらした災害を変える必要があります。現在の科学技術は、第一、第二元会から移植され、現代に下ろされたものであることを理解しなければなりません。
現代の人類は、現在の科学技術がすでに非常に進歩していると考えていますが、科学技術文明の長所にはまだ大きな隔たりがあります。このような因縁の中で、すべての有情衆生は、上蒼の徳と恵みがどのようなものであるかを知ることができません。人類の進化においてこそ、向上し超越することができるのです。
科学技術文明は人類の災難を絶え間なく変化させている
「身、心、霊」の三者を超越して向上させるには、自らが今ここで目覚めることが必要であり、また文明と科学技術による進化を伴わなければ、真に自らを向上させ成長させることはできません。すべての有情衆生には成長する機会がありますが、同時に、一人ひとりの人間が「求めるか求めないか」という選択をしていることも見て取れます。
天は人間に縁と機会を与え、密かに人々を導いて成長向上させようとされる。しかし、「怠惰」の強い人や「執着が固着」した人に対しては、成長向上を促すことができない。それは、彼らの「気質が変わりにくい」ためである。
すべては自身の価値観と知識の成長によって区別されます。すべての衆生には機会が与えられていますが、誰もが必ず向上成長できるとは限りません。これはまた、上天が公正かつ平等な機会を人間世界に下し、人類の衆生自身が「求めるか求めないか」を選択するのを見守っているからなのです。
もしこれを望まなければ、その時にはまたどうしようもなく、皆が上へと成長していく中で、ただ自分だけがこの世で繰り返し輪廻する無念さに留まるか、あるいは他の世界の種族に沈淪してしまう。これもまた大変どうしようもない因縁である。ゆえに、上天の憂いはまさにこのようなものであり、仙仏の憂いもまた同じなのである。
科学技術文明は絶えず変化し続けるが、その因縁の根本は変わらない。
人類の衆生がこのような時空にいると、成長と向上を遂げるかなりの機会を得ることになります。このような科学技術文明が変化させた一切は、また非常に先進的な文明であり、あらゆる時空における因縁を形成し、一瞬にして異なる因縁と契機へと変化します。人類の進化により大きな快適な成長をもたらすべきです。
過去の因縁を観るならば、必ず職場に出向いて働かなければならず、それによって苦労の対価を得ていた。しかし現代の世の中を見れば、もはやそこまで大げさに動く必要はなく、家にいながら職場のすべてに接続できる。これは非常に速い科学技術文明の発展であり、未来の人類も皆このようになるだろう。
人類の衆生が払うすべての苦労は、もはやわずかな報酬だけに留まらず、単なる労働力の提供の後に通貨報酬に換えられるだけのものではなくなっている。自らのエネルギーがどれほどあるか、自らの能力がどれほどあるか、自らの努力がどれほどあるかを理解しなければならない。自らがどれだけの努力を払えば、それに応じてどれだけの報いを得られるのだろうか？
このような時空の因縁は、単に労力で通貨を得る機会ではありません。様々な異なる時空の中で生じる因縁と契機を理解し、智慧を働かせることで、より容易に通貨という報酬を充足させることができます。また、真実の努力を払うからこそ、通貨報酬を大きく充足させる機会が得られるのであり、必ずしもそうとは限らないわけではありません。
智慧を用いて通貨具足に対する認識を変える
自分自身の能力とエネルギーがどのようなものであるかを、ありのままに認識する必要があります。昔から言われている「裸一貫から身を起こす」ということは、現代においては広く通用する通貨による報酬を得られることを意味します。これは時代の因縁が昔とはすでに異なっているからです。しかし、現在の時代はまさにこのような状況であり、さらに時が経てばまた違った様相を呈することでしょう。
したがって、科学技術文明の変化は絶えず続いていくのです。現在の科学技術文明は、人類衆生がこの時空に入るにあたり、自らの「身体、心、霊」という三つの要素を進化させ、向上・超越させることを目指しています。もしこの時空においてさらに大きな進歩を遂げられなければ、それは結局自分自身にとって、ただこの世を一回りして過ぎ去るだけの存在に終わってしまうことになるでしょう。
もしこのようにして言えるならば、まさに「宝山に入りながら空手で帰る」と言えるでしょう。人間界におけるすべての機会がますます少なくなっていることを理解する必要があり、また、すべての「借り物の将」の回帰は「崇心宗脈」が全面的に責任を持って処理し、すべての回帰という大いなる聖務を果たさなければなりません。すべての「借り物の将」の文明を集結させ、進化と向上を促す必要があります。
この世に生まれて、どうやって自分を変え向上させるか
相当に良好で高い知名度を持つ能力とエネルギーが必要であり、それによって皆を一つに集結させることができます。この種の未来への大道聖務の帰還を進めるためには、崇心宗脈が良好で高い知名度を持つ必要があり、そうして初めて多くのハイテク人材が回帰し集結するのです。これは必ず成し遂げなければならない大いなる聖務です。
しかしながら、今日までずっと延び延びとなり、崇心堂十五周年慶法会を経た後、メディアを通じて広く知られるようになり、必ずや二百万人余りのハイテク人材が集結し、四億の仏弟子が大道の弘化と普及に立ち返り、人類の福祉を成就して創造することになるでしょう。
したがって、皆さんもそれぞれに苦労を払い、それぞれに成就を得ることになります。このような因縁と条件はまさに、上天の多くの仙仏が慈悲をもって与えてくださる機会なのです。このような殊勝な機会は、皆さんが千百年の時を経てもなかなか巡り会えない縁です。今すぐに全てを準備し、相応の真実性を具えることが、まさに正道なのです！
天地に情ありて衆蒼黎　   　科技文明変化の期
人類の衆生よ、来たりて帰依せよ
真仏の心宗、互いに契り合う
メディアが知名度を広めることで、大道の助けが優れて体現される
科学技術者の帰還を実現し　   　卓越した大いなる福祉へと回帰する
この偈頌は、すべての有情衆生が互いに励まし合うものであり、また、すべての文明の進化は絶えず現れ続けるものである。それによって崇心宗脈が今、より大きな成長を遂げることができるようになる。まさにこれこそが
上蒼の聖なる務めが下界に広く集結するのは、崇心のみがこのような条件を備えているからであり、すなわち上蒼の慈悲と徳の恵みが人間界に下されるためであります。
無極広沢尊王
無極より果位を頒ち立ちて来たり　   　広沢尊王　台に登り上がる
大道院は尊く降臨し著作を為す　　通天教主の徳沢開く
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈　無極大道院院尊　通天教主　霊宝大天尊が降臨され、大道杏壇第十回を著作されました。絶え間なく変化する科学技術文明と、すべての良善の主要な原因を天書の中に下ろされました。
すべての人類衆生に対して、その問題点がどこにあるかを理解することができるだろうか？そうでなければ、災いが訪れたときに逃れることはできず、仙仏の先生が慈悲深くないと責めることになる。したがって、すべての学生と宗生に、このような考えを持ってはならないことをありのままに伝えなければならない。そうしてこそ、自らが退却することもなく、真の向上を遂げることができるのだ。理解できるだろうか？
この考え方は、まずすべての学生と宗生に対して戒めを開示し、今日の院尊が著作された杏壇が、どのように防ぐべきか、正しい道を如実に知ることができるようにするものである。
明日は玉皇大天尊玄霊高上帝の聖寿を祝う礼讃の儀式です。皆様、共にお祝いを申し上げましょう！また、玉帝様が崇心に対しまして賜りました全てのご加護に感謝いたします。
また、今月の懺悔法会も近づいておりますので、心を込めて善縁を結び、ご参加いただきますようお願い申し上げます。今年の下半期より、当宗脈には大きな変革が訪れます。皆様にも聖務の弘揚にご協力いただき、四億の仏弟子と九十二原霊子、さらに二百万のハイテク人材を導き集結させ、聖務の使命を果たしてまいりましょう。
2015年3月11日、13時35分◎＃※  了承
万星教主　紫微大帝
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年10月4日　辛卯年九月八日（火）
◆ 跋・讃賀 ◆
南無大日如来仏　降跋四於  儒宗聖教
◆ 本文 ◆
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
万星天枢の徳沢生じ　紫微大帝降り来たりて成る
大道杏壇第十一回　　科学技術の変化は細胞を真にす
第十一回　科学技術の変化　細胞の構成
科学技術は細胞の構成を変化させる
古代科学技術において、人類衆生の進化は細胞を繁殖の基本とし、あらゆる物質の中に入り込むことで、初めて未来の物種を創造することができる。このような細胞の組み合わせは、人類衆生および万物の生きとし生けるものに対し、異なる五行に融合する基本的な因質を加え、あらゆる物種が未来の形体を生み出すことを可能にする。
異なる細胞の組み合わせが必要であり、それが異なる五行の中に加えられることで、初めて身体が具わります。それゆえ、人類の衆生も万物の蒼生も、すべて細胞体の組み合わせによって成り立ち、異なる因質が加わることで、万物と人類衆生の身体が創造され、行為や動作も生じるのです。
もしさまざまな五行の観点から見るならば、人類の衆生は「白金に土質を加える」ことによって骨格が形成され、白金と土質のエネルギーを備えることになります。人類の衆生は骨格を備えた後、さらに血液循環の流れを包み込み、その後に風の吹き動きが必要となり、こうして初めて一つの身体形態としての活動力を備えることができるのです。
これは人類の衆生が数万年にわたって一貫して続けてきたことであり、古代科学技術学に対しては
進化が加わると、五行の中に他の物質体を組み込むことになり、それは支えと融合の役割を果たします。人類の衆生は未来の時空において、必ずある種の白金が進化し、より堅固な性質を持つものへと融合していきます。これこそが未来の人種なのです。
古代の科学技術が人間世界に入り込む
白金が土質を加えて人類衆生の身体を形成する。もし白金だけで土の要素を備えていないならば、これは「半生化人あるいは全生化人」の身体であり、人類衆生が現在のこのような形態ではなくなってしまうだろう。また、現在の人類が構成する「白金に土を加えた」形態は、いったいどうなるのだろうか？
このような状況は、すなわち人類衆生の身体が、入浴後にもなお一層の白色の粉末が残り、より清浄になりにくいことを指します。これは五行の「白金に土を加える」ことによって形成されたものであり、したがって人類衆生は「土によって形作られ、その中に骨格『白金』が加えられて備わっている」と言うことができます。
現在の人類は、これまでずっとこのような身体を維持してきたことにより、現代の科学技術文明が地球全体の清浄さを汚染する状況を生み出しました。さらに工業汚染源が拡大したことで、地球全体が厚い汚れの層に覆われることになりました。このような状況は、人類にとってはまったく感知できないものです。
この状況は人類の生存空間に対し、もし風の吹き流しを通じて海水を動かし、地球全体の大地を浄化に導くことができなければ、おそらく人類衆生には大きな災害が存在することになるでしょう。これはまた、工業化の進展によるやむを得ない側面であり、地冥星全体を汚濁させることにもなっています。まさに浄化が非常に困難な空間を形成しているのです。
この世のあらゆる生きとし生けるものは、すべて細胞から成り立っています。
しかし、良好な空気による浄化もなく、これが人間界のすべての汚染源が大地に与える害であり、間接的に人類の生存を損なうものです。皆、これはさほど大きな問題ではないと思っているのでしょうか？実は、工業汚染が進むと同時に、すべての人類衆生の身体は、大きな災害の侵襲を受けることになるのです。
現代の人類の進化を見ると、利用されている黒色資源は非常に大きな害をもたらしています。身体の健康に対してだけでなく、それは非常に大きな破壊力を持ち、現代の科学技術文明の進化を阻害しています。このような制限を変えられなければ、さらに大きな災難が訪れるでしょう。
現代においては、様々な文明病が次々と現れた後、過去には見られなかった「その他の慢性疾患、癌、腫瘍など」も絶えず発生し、人類の衆生が体内の毒素を浄化できない状況では、人々の寿命が早期に失われる可能性が非常に高くなっています。
人類の衆生は、このようなどうしようもない時空の中で、貴重な命を失い、人類の衆生をより高める機縁を得ることもできず、常に宗教的な修行に入り、自らの不足を変えようとします。このような状況は、すでに自分自身に対して非常に大きな破壊力を形成しているのですが、それは一体何が原因なのでしょうか？
科学技術は細胞の構成を変化させる必要性がある
現代の人類が直面する慢性疾患や癌腫瘍は、すでに世界的な文明病となっています。この問題点を解消できなければ、人体への危害は続くでしょう。したがって、現代における漢方の古来の薬学と西洋医学の先進技術を併用し、相互に活用することが必要です。
経緯：中国五千年の「漢方医学」における伝統に、西洋医学の科学技術を加えることで、「中医学」の実証性を進化させ、また「西洋医学」の進化性をもたらすことができる。この両者を組み合わせることで、「細胞再生」のための優れた固形または液体医薬品を創り出すことができる。
この「細胞薬品」は、人類の衆生に生じる「慢性疾患、癌腫瘍」を対象に除去するものであり、また中西薬学の両面を組み合わせることで、「優良な医薬品」を抽出し、人間の細胞を改造・再構成することができる。これにより、人類が「癌腫瘍」によって急速に消え去ることを必ずや減少させられるであろう。
人類の衆生の遺伝子本質を変える必要があり、それによって人類が現在の時空で無念に消え去ることを大幅に減らすことができます。また、現在の医学技術も変える必要があります。実際、現在すでに一部の「他分野からの人材借用」によって研究開発が行われており、「がん腫瘍」の生化学技術文明の発展に対しては、人類の生命が消え去ることを減らすことができます。
細胞の変化が万物衆生を構成する
現時点ではまだ研究開発段階にあり、実際に量産が実現する時期については、一定の臨床経験のプロセスが必要です。人類の衆生はこの量産が可能となる時空の到来を待たねばなりません。今、人類の衆生は自らの福徳がどれほどあるかを観じ、待つことのできる縁があるかどうかを自らに問うべきです。早急に消え去ろうとしてはなりません。
将来、中西医学を融合した優れた医薬品が登場するのを待たなければ、現在の人類の「がん腫瘍」に対する限界と無力さを変えることはできず、また、すべての慢性疾患の拡散は、大気汚染、水資源汚染、農薬汚染、生化学汚染などの繰り返される循環によって引き起こされており、これらは一つ一つ現れてくるのです。
人類衆生の生命が急速に消え去る前に、すべてのやむを得ない待ち時間がある。また、人類衆生が今の汚れた世界に入った時点で、既に大きな殺傷力を持っており、同時に生命がまだ成長期に入る前に改造されていない。この空前のやむを得ない状況が、将来の医学科学技術が必ずこのようになるべき理由となっている。
これらを相互に融合させると、中医学・薬学の科学技術の真実性は比較的緩やかに進化しているのに対し、西洋医学・薬学の進化性は中医学の科学技術文明よりもはるかに速く進化しています。人類の衆生がまだ成長する前に、すでに命を失ってしまうことも多く、まことに無念でなりません。
細胞が医薬文明の進化を構成する
もしすでに長い年月を生きて壮年期に入っても、必ずしも宗教修行による改造と信仰による浄化の機縁に巡り合えるとは限らない。このような人類の衆生はなお言う：これは消えゆく無念の極みである！しかし、上蒼の大いなる恩沢は、あらゆる人類の衆生一人ひとりに、修行による改造と進化成長の機会を与えようとされているのである。
「心の浄化」だけでなく「身体の浄化」も必要であるため、人類の衆生にはこのような進化と向上があり、より大きな機会が自らの宗教信仰の修得と改造に与えられてこそ、正しいのである。しかし最も恐れるべきは、自分自身にこの一点の機会さえ与えられない場合、どうすることもできないのではないだろうか？
つまり、あまりにも難しいのです！さらに、古代の科学技術の学問を形成し、中土の炎黄子孫の間で伝わる中国医学の技術にも浸透し、西洋医学の技術の中にも浸透していきます。両者が互いに補い合うことが必要であり、まさに細胞の組み合わせを改造して変化させることで、人類衆生の未来の災難に対する移植において、非常に進化した医学科学技術が生まれるのです。
古代の科学技術文明が現代の時代に降りてきた
これにより人類の身体器官の再生や移植が可能となり、これらは将来の西洋医学と東洋医学の科学技術において必要不可欠なものとなるでしょう。また、人類が災難に直面した際にも、変革をもたらす優位性として作用し、細胞の構成が相互に融合することこそ、まさに両者が補完し合って完成に至る相乗効果であることを理解するに違いありません。
必ずや人類衆生の西洋医学的技術文明の進化を変え、同時に医学技術文明をも変えることになる。すなわち「臓器移植と臓器浄化及び臓器改造」という文明の進化であり、これらはすべて細胞の組み合わせによる進化であり、人類衆生および万物の生きとし生けるものすべてを成就させることができるものである。
これらはまさに「古代科学技術」の文明進化から、現代の医学技術へと移植されたものであり、東西の「医学と薬学」の科学技術文明を提供して創造され、また人類の災難を変革することで、現代の人類衆生により大きな利益をもたらすことが、正しい道なのである。
天の極星は万星に福を造り　   　人間は医学を成し持つべし
中西医の改造が必要であり、
薬理を合成して質を浄化すべし
固体と液体を分けずに、実効があるように
必要なる五行を内に加えれば　   　殊勝なる福祉の列に回帰せん
この偈を、有情の衆生と共に励まし合い、人類の衆生が慢性病に
病、がん腫瘍が引き起こす副作用、このような災難は必ずや続いていくが、どう変えればよいのか？西洋医学の技術と漢方薬の技術を互いに補完し合い、人間の衆生が直面する災難を的確に取り除くことが、正しい道である。
無極岳武穆王
無極岳武穆王の御登座
共に有情諸賢生と会す
皆様吉祥にて安寧ならんことを   　弘化引渡し福祉増す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、今晩は。本日は万星教主 紫微大帝が降臨され、大道杏壇第十一回を著作されました。科学技術が変化する細胞組織の組み合わせを分析し、人類衆生が中医学と西洋医学を融合させる中で、いかにしてより大きな利益へと進化していくべきかを論じられています。
中医学の科学的物質原理に、西洋医学の科学的原理を加えることにより、人類衆生の災難と病苦に対して、副作用が少なく迅速な治癒と解消をもたらすことができる。人類の医学科学は、「古代科学技術」が医学科学の中に移植され進化向上することで、初めて真実のものとなることを理解しなければならない。
本宗脈の学生がここから学び成長し、将来自らを向上・超越させることができれば、後進の学生を導き成長させる機会も得られるでしょう。これほど喜ばしいことがあろうか。自らを大切にせよ！より一層努力してこそ、さらなる成長の契機が訪れる。実は全ては自らの手で創造できるのである。
2015年、3月11日、13時36分◎＃※  了解
道教の教主　太上道祖　道徳天尊
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年10月7日　辛卯年九月十一日（金曜日）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
太上道祖が聖堂に降臨され　   　道徳天尊の徳沢が広く伝わる
大道杏壇十二回　　元会の科技航とは異なる
第十二回 元会の違い 科学技術の差異
元会が異なれば、科学技術も異なる。
有情なる衆生が人道世界に入ると、日常生活への応用が生まれます。それは単に生活の方向性にとどまらず、科学技術文明の創造過程にまで及び、人類の生活の安らぎにより快適で便利なものを提供します。このような科学技術文明は、過去の時空においては、まだ良好な進化を遂げることができませんでした。
人類の衆生は現在、文明の進化に依存しており、また生活の志向の中から一種の創造プロセスが形成されています。そして文明の進化が進むと、日常生活があまりにも安逸なものとなり、向上が非常に困難な障害が生じます。このような問題はどのようにして発生するのでしょうか？
有情なる人類の衆生は、このような問題点がどこにあるのかを知ることができません。また、このような問題点が生じるのは、まさに人類の衆生が互いに対処する中で、このような状況が形成されたからだということも根本的に理解していません。ですから、一般の人々は、このような世の中での相互対処には何の障害もないと思い、なぜ煩わされる必要があるのかと考えるのです。
なぜこのような限界の中で、非常に大きな破壊力が生まれるのか、また
これは何が原因で起こるのでしょうか。有情の衆生は、この地冥星に生きることが、まさに人類が長く安定して暮らせる地域であると考え、生活が安楽になり、向上して成長することが非常に難しくなってしまうのです。
元会によって変化は異なる
このような状況において、人間の衆生が生活の方向性について考えるとき、成長することが非常に難しい条件があることに気づくでしょう。一般の大衆は一体何を考えているのでしょうか？実に難しいことです。このように生活に特に大きな問題がないのであれば、なぜ必要もないのに自分で悩みを増やす必要があるのでしょうか？実際、生存の方向性を考える際には、多くの生存におけるやむを得ない事情と障害が存在するのです。
まさに由来するところは、生老病死の苦しみが連鎖し、突破しがたい障礙点を形成していることにある。ただ生活の安楽を追求するだけならば、日常の中に安穏と快適があるに過ぎず、これは一般的に輪廻を繰り返す衆生すべてに当てはまることである。しかし、古の科技学を異なる元会において進化させれば、異なる時空の科技文明が生まれるのである。
第一元会、第二元会、第三元会を観ることができる。このような様々な時空の因縁は、人類の生存の方向性に対して、また一種のどうしようもない存在界を生み出す。このような異なる時空における文明の進化によって、人類の衆生や万物の蒼生に対して、異なる生存の因縁が生じることになるのである。
それは現代の科学技術文明となり、つまり一つの時空因縁から次の時空因縁へと移り変わる中で、このような時空の過程において、現在のすべての生存問題が相互に連鎖する過程であることを理解する必要がある。また、生存の方向性を通じて、人類のすべてのやむを得ない状況を知るに至り、それはただひたすら繰り返される輪廻に過ぎないのである。
異なる時空には異なる元会の科学技術がある
したがって、人類の衆生が明確に見極めなければならないのは、人間の生存の方向性が反復する無常の波動から来ていることであり、またこの無常の波動の中で、生存の問題を解決しなければならないことです。しかし、一般の人類の衆生は、それぞれの時空の因縁の中で行っていることが、いかなるものであるかを理解することができません。
このような関連する問題は、時空が変化するたびに生じる、生存に対するやむを得なさから来ている。だからこそ言うのだ：すべての衆生がはっきりと見極められるわけではない、人間の生活の過程がどのようなものであるかを。必ずしもそうではないのだ！多くの場合、自らが向上するために必要なことを求め、はじめて大きな成長が得られるのである。
自らが異なる時空の変化の中で理解できるようにするためには、なぜ人類の衆生は長期的で持続可能な生命体を持つことができず、わずか百年の寿命しかなく、しかも絶えず繰り返し輪廻するのか。皆さんはこのような問題が生じる原因が、「古代科学技術」のすべての変化の中から来ていることを理解できるだろうか。それはまたどのようなものなのだろうか。
すなわち、絶え間なく移り変わり、次から次へと現れる無数の霊や衆生が、地冥星の中に存在して生活しているに過ぎません。このような状況は、自分自身をただ途方もない障壁や悩みの中に存在させ、一世また一世と、地冥星の異なる変化の中に繰り返し存在するだけなのです。
生化学的細胞改造による異種生物の創出
この条件は、情ある人類の衆生にとって、地冥星に入ることは、ただ相当に短い命に過ぎず、より長遠な寿命を得ることは難しく、自己の成長向上を支えることができません。このような因縁の体は、すべての衆生が得られる機会があるわけではなく、また自分で選ぶこともできず、まさにどうしようもないことなのです。
第一、第二、第三の元会において、現在の科学で検証できるのはわずか46億年の歳月に過ぎないことが理解できる。崇心仙仏の師が述べたような64億年の歳月とは異なり、この差は18億年にも及ぶ。人類の生存技術に関しては、異なる時空の元会の因縁によって創造されたものである。
現代の人類衆生が研究し発明して理解し実証できることは、あらゆる種類の生物にはそれぞれ異なる遺伝子の変化があり、したがって異なる元会の時空においては異なる因質が存在し、それが人類衆生と万物のすべての進化過程に加わり、また異なる種の有情衆生を変化させるということです。
このような時空の変化ごとに、多くの異なる因縁が人類衆生と万物蒼生の遺伝子本質に加わり、異なる時空への遺伝子創造を形成します。それによって元会ごとに異なる科学技術文明も生まれますが、人類衆生の科学者たちは、このような元会のすべての進化がどのようにして起こるのか、ほとんど理解していません。
元会によって異なり、変化はそれぞれに異なり、差別性がある。
理解できるのは、すべての異なる時空因縁における万物の衆生は、生化学的細胞によって繁殖したものであり、それによって異なる科学技術文明が生まれるということです。このような異なる生化学的細胞技術は、単体細胞、双体細胞、三体細胞、四体細胞、混合体細胞などに区別されるだけです。
すべての時代の文明の変化に対して、「適者生存」という原理が適用され、それに適応できないものは淘汰されるという法則があります。これは、すべてのバイオテクノロジーにおける細胞が、万物の結合体から生まれるためです。したがって、それぞれの時空において、異なる遺伝子の本質が組み込まれることになります。
初めて融合変化して異なる細胞体の種となるのであり、この条件は過去の時空因縁に向けて創造され、形成されるのも「生化学的細胞」による繁殖があるからこそ、多くの異なる種に変化するのである。現代の人類衆生にとって、これらの細胞がどのように変化するのか、必ずしも理解しているわけではない。
人類の衆生が二十一世紀において天災人禍に遭遇するのは、すべて未来の「生化学的細胞」の再繁殖を対象としたものである。また、毎回の生化学的変革は異なるエネルギーの細胞要素を生み出し、異なる時空の災害に対処することで、異なる生化学的細胞の繁殖を変化させる。つまり、未来の万物の蒼生を以てするのである。
元会が異なれば時空も異なり、時空が異なれば基因も異なる。
これらは言えることである：適者生存、不適者淘汰。優劣良缺の時空の中で、すべてのものが知り得るのは、まさに生化学的細胞の繁殖であり、あらゆる万物蒼生はこの普遍的法則によって生存している。また、この生化学的細胞が繁殖することによって、あらゆる災難を克服することができるのである。
また、すべての存在する万物と生きとし生けるものは、まさに適者生存であり、適さないものは淘汰されるという抗いがたい現実に直面している。人間を含むすべての生き物は、第一元会、第二元会から現在の第三元会に至るまで、生存の在り方はすべてこのように続いてきた。振り返ってみれば、一体どのような有情の衆生が、千万億年の長寿を保つことができるだろうか？それはあまりにも難しいことである！
ただ実相界において存在するのみであり、また一種の相当にどうしようもない実相界である。このような条件は「無形界」の存在を必ず知る必要があり、逆にずっと留まり続けることになる。しかし、この無形界が留まることは、また有情衆生が目で見てはっきりと観察することができないのであり、一体何が原因なのか！
ゆえにそれは、ただ見えざる影像に過ぎない。これは比較的長き時を留めることができる。また、このような因縁は、いかにして自らをより長遠な時空に留め、消滅せしめぬようにするか。それは無形の世界にあるが故に、あたかも仙仏の師の如く、より長き時の中に存在し得るのである。
細胞の進化は万物の衆生に異なる進化をもたらす
生化学的細胞の全ての繁殖においては、適者生存であり、不適者は淘汰されていきます。また、全ての実相界の万物衆生に対しては、生・老・病・死・苦という束縛があり、これが将来の破滅と滅亡を形成することになります。このような条件は、まことにどうしようもないことなのです。
このような問題が生じることで、皆さんは何を考えますか？実相界に留まるためには、まさに新陳代謝の交替であり、それは無限に変化し続けるものです。生化学的細胞の繁殖は実相界に存在しますが、無形界には生化学的細胞の繁殖はないのでしょうか？そんなことはありません！
この種の問題は無形界に照らして見ることができ、さらに一種の生化学的細胞が繁殖するのは、いかなる原因によって引き起こされるのか？実は生化学的細胞は、実相界だけで繁殖するのではなく、無形界でも繁殖しているのです。ただ、人間衆生の目には、この種の無形の生化学的細胞が繁殖する様子が見えないだけなのです。
生化学細胞は絶えず繁殖し、方向性を持って増殖する。
このような問題は存在しないと思い込むのは、人間の限られた視野が無形界の生化学細胞の繁殖を見通せないからです。この状況では科学機器を用いて観察しなければ、無形の存在を感知することはできません。それゆえ、人類の衆生は実相界の生化学細胞の繁殖しか理解できないのです。
そもそも無形界の生体細胞を見ることができないにもかかわらず、それらは絶えず繁殖しています。したがって、わずかでも能力のある者は、この種の無形界の生体細胞が繁殖する様子を見ることができます。なぜなら、このような条件によって有情衆生は理解することができ、地球全体に対して「有形界と無形界」の区別を分けることができるからです。
まさに「実相界と無形界」の生きた細胞であり、異なる種がすべてこのようであると照らし見ることができ、またすべての繰り返し存在する冥星界を形成しているに過ぎません。その中の奥義をどう理解するか？次回により詳しく分析していきましょう！皆さんに新しい思考と観念を持っていただき、成長の糧としていただきたいと思います。
殊に有情の実相界は、人類衆生ここに推し来る
生存の中に破滅あり　　永続して積み重なるは難し
生きた細胞が繁殖し
形あるものも形なきものも皆ここにあり
その作用を明晰にせねばならぬ　すなわち変化して物質を造るなり
この偈は、有情なる衆生が互いに励まし合うものです。人間の衆生は、実相界における生化学的細胞がどのようなものかを理解することはできても、無形界における生化学的細胞が絶えず変化し続けていることを知ることはできません。これは一つの普遍的な法則であり、道理であって、生化学的な
細胞の繁殖は、あらゆる万物の変化に対してどのような影響を及ぼすのでしょうか。
より大きな文明と科学技術の向上が実現できれば、有情の衆生が現在のあらゆる災難をどのように消し去るべきかを理解できるようになり、「借り物」の科学技術人材による発明に期待が寄せられます。
創造は、現代の人類衆生に利益をもたらすことができれば、世の中の災難を解消することができ、またこれを通じて進めることができるのである。
無極三関聖帝
無極三関の聖帝登りまして、共に崇心の諸賢生と会します。
皆様吉祥、安寧でありますように。道祖親しく降臨され、真の理を明らかにされました。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、今晩はおやすみください。本日は道教教主 太上道祖 道德天尊が降臨され、大道杏壇第十二回を著作されました。異なる元会による変化の差異性から、「生化細胞」が繁殖し、人類衆生の生存に影響を及ぼすこととなりました。
人間の目に見えるのは、形ある実相界のみであるため、無形界の一切が生化学的細胞によって繁殖していることを見極めることはできません。このような観念は誰も持っていないのです。さらに、未来の「暗黒幽冥物質」において、このような条件を通じてその中のエネルギー体を抽出することができるとしたら、それはいったいどのようなことなのでしょうか。
多くの研究や発明創造が生まれ、全人類に対する災難に対しては、生化学的細胞繁殖を通じて変化する方法もあり、科学技術文明にも大きな変革が訪れるでしょう。皆様が共に学び成長されることを願っております。これは自らの未来を向上させる原動力であり、未来への帰依の拠り所ともなります。
2015年、3月11日、13時37分◎＃※　了解
仏教の教主　南無本師　釈迦牟尼仏
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年10月14日　辛卯年九月十八日（金曜日）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
南無本師降聖堂　　釈迦牟尼徳意章
大道杏壇十三回　　細胞は種により変化して生長す
第十三回　細胞因縁に依って　衆生を変化す
細胞が種々に変化して衆生となる
有情世界の人類衆生が生存の方向性を持つと、一種の細胞因種の変化が生じます。また、生存に必要なすべての食物連鎖に対しても同様です。実相界の万物蒼生という観点から、人類衆生と万物の生存を、地球全体を通して見るならば、それはすべての進化の過程を向上させるものなのです。
地冥星の空間には、このような条件が必要です。すべての生存志向に依存し、有情の万物衆生を区別することなく、全て同じです。なぜなら、食物連鎖が提供するものは、異なる種の必要性を経なければならず、それによってそれぞれの衆生には異なる生存欲求の条件が形成されるからです。これは人類衆生の全ての必需品としての役割を果たします。
すべての細胞の繁殖を知るためには、絶え間ない伝承と創造が必要であり、それによって伝承の過程で生存志向の必要性を備えることができる。そのため、異なる種の生きとし生けるものにはさまざまな負担が生じる。食物連鎖によって供給される飽食を必要とするため、生存と衣食の欲求が生まれるのである。
また、どうして衣食住の必要性があり、人間と他の万物を区別しないのでしょうか。
生はすべて同じであり、様々な食物連鎖の供給が相互に結びつくことによって、このような必要性が生じるのです。まさにすべての生命が絶え間なく生まれ続けるために必要なことであり、伝承の過程においてもずっと続いていくものなのです。
細胞は万物を創造する基本である
このような有情世界は、人種であれ万物であれ区別せず、この地冥星の空間に生存している限り、いかにして伝承・継続すべきかを知る必要があり、また伝承の必要性とその条件がどのようなものであるかをありのままに理解しなければならない。人類衆生にとっては、地冥星を生存の基準点とする過程において、これが求められるのである。
したがって、人類衆生が禽獣と異なる点は、まさにこのようなものである。人類が他の衆生よりも優れている点も同様に、古代の科学技術の進化を観察すればわかるように、異なる時空において創造が行われ、それによって異なる因縁による進化が形成されたのである。このような条件を理解すれば、地冥星に生存することがいかなるものかもわかるであろう。
しかしながら、万物蒼生の生存志向はそれぞれ異なっており、まさに多くの元会を経て異なる細胞体の「種因」が生まれ、また異なる「因種」が加わり続けることで、やがては異なる地域のエネルギー体へと変化していく。これにより、人間衆生のみならず、その他の万物蒼生すべてを育むことができるのである。
もし地冥星に人類衆生だけが存在するとしたら、それはどのような状況になるでしょうか？必ずしもそうとは限りません！知っておく必要があるのは、人類衆生がこのような進化の過程において、古来よりずっと人類衆生の食物連鎖を変えてこなかったということです。皆さんもよく考えてみてください、人類衆生やその他の万物蒼生は、いったいどのような状況を形成するのでしょうか！
因が変化するからこそ万物蒼生が生まれるのです
動く動物が観察する限り、そこには食物連鎖に基づく欲求が存在し、供給面においては温かく満ち足りた食事が形成される。同様に、満腹を求める必要性もあり、このような満腹感は決して溢れることがない。このような状況が動く動物にとってどのように形成されるのか？
はたして満ち溢れる日が訪れないことがあろうか。いや、決してそうではない！実のところ、人間をはじめとする生きとし生けるものの生存の在り方において、欲望は必然的にこのようなものなのである。自らの欲望が食物連鎖の中で組み合わさり、生存の方向性の中に備わっているからこそ、万物は満腹を得、また消化することができるのだ。
「消化システム」と呼ばれるものがあります。これはすべての生きとし生けるものの生命を伝導するもので、必ず「過ぎたるも及ばざるも中道に非ず」ということを理解しなければなりません。なぜなら、過度に摂取すると自らの体の健康に影響を及ぼし、またこの過不足によって、他の生物種が食べられるか食べられないかに関わらず、すべてを腹の中に取り込んでしまうからです。
そして不良な食物連鎖の組み合わせが生じれば、必ず身体の健康に影響を及ぼし、どうしてより良好な体躯を得ることができようか。それは不可能なことである！さらに人類衆生の種々の無明と無知によって、多くの不良な黒色物質が利用され、生命を損なうこととなり、それが現代の世代に文明病があまりにも多い原因となっているのである。
食物連鎖の仕組みは、あらゆる生き物を養っている
あらゆる応用可能な医学技術をもってしても、人類は「暗黒幽冥の物質」のエネルギーが「黒色の資糧源」を相殺して変化させ得ることを理解できない。また、このような進化した生化学的細胞は、生存志向の中からこそ備わるものであり、さらに人類の科学にはこのような概念すら存在しないのである。
したがって、暗黒幽冥の物資を採取することは、実はそれほど困難ではありません。人類の科学技術は、根本的に人類世界の「動力」しか理解しておらず、「暗黒幽冥の物資」の中に存在する「反動力と無動力」によってもたらされるものを全く理解できないからです。地冥星には、このような暗黒物資が多く存在しています。
実を言えば、どの地域であれ、この種の「陰冥物資」を十分に備えることができます。このように、人類の医学技術が進化するにつれ、中土の五行である金・木・水・火・土を応用して補うことで、現代の様々な異なる病症をすべて良好に取り除くことができるのです。
さらに詳しく言えば、「暗黒の幽冥物資」のエネルギー体を引用し、異なる五行である金・木・水・火・土を加えることで、人体内の異なる器官に対処することができます。これにより、医学的な変化が実質的に生じ、異なる細胞体の進化に対応することで、現代の「癌腫瘍」を治療することが可能となります。
闇の幽冥が物資を生み出し、医学技術を築き上げる
すべての異なる因縁の種が進化する過程を理解することができ、それに対抗する方法はまさにこれである。この種の細胞が「暗黒の幽冥物資」の進化から来ていることを理解する必要があり、その中から精華を抽出して医学技術の原料とし、さらにすべての慢性疾患やがん腫瘍の症状に対して、不良細胞を消滅させることができる。
すなわち、細胞に細胞を加えることで、相手の不良な因種を克服し、人類の身体の進化を変えることです。このような人類の衆生は、はっきりと理解することができ、不良な慢性病やがん腫瘍細胞の中に、これらの細胞を五行に欠けているすべての因種を加えて、生化学的細胞に移植することができます。
この種の方法で不良細胞の増殖を殺すことによって、初めて大きな効果が得られます。また、医学技術においては、人間の体の不良な病症を改善することができ、健康な体を手に入れることができます。人類の衆生にとっては、病症と苦痛の折磨を取り除くことができ、さらに人類の貴重な生命の消滅を減らすこともできます。
言えることは、人類世界がどの国であれ区別なく、今や人類は次第に気づき始めている。地球全体がすでに非常に深刻なまでに破壊されており、人類世界が健全な肉体を維持できない状況をさらに悪化させている。このような問題の大部分は、人類衆生の無明から派生してきた困難と障害である。
細胞は造化の因となりて万物を生ず
自らをこの境地に追い込むことで、より健全な生存空間さえも失わせてしまったため、人類の衆生は今になってようやく緊張感を抱き始めました。このような状況にはまだ挽回の余地があり、それは上蒼の慈悲によるものです。異なる時期における「人材借用」の役割を下界に示すことで、すべての人類の不足を変えていくことができるのです。
人類の医学技術に対しては、東西の相互融合が不可欠であり、それによって大きな改善の余地が生まれます。そうでなければ、「東洋医学のみ、あるいは西洋医学のみ」という状態に留まることは、いずれも良策とは言えません。このような医学技術に対しては、実態に即して暗黒物質のエネルギー体を取り入れ、中国の五行思想で不足している部分を補うことが、非常に大きな効果をもたらすのです。
すべては五行によって克服することができます。人間の身体の病もまた、金・木・水・火・土という形で現れます。つまり、仁・義・礼・智・信をもって、心・肝・脾・肺・腎に対処するのです。この面で不足がある場合はどうすればよいのでしょうか。天が人間に五行に従って四維八徳を実践するよう求めておられることが理解できるでしょう。
また、すべての人類衆生は、倫理道徳への依存を実践する一種の形態であり、それによって古代人類学、古代道徳学、古代倫理学が形成され、このような制限から離れることはありません。これは人類衆生が、上蒼のすべての借用と派遣が発明創造を通じて恩恵をもたらすことを理解するための一つの方法なのです。
五行をいかに活用して医学の進化を促すか
それはつまり、古代天文学、古代科学技術学、古代人類学、古代道徳学、古代倫理学といった様々な規範から離れることはできず、そしてすべての人類科学がまだ完全に実証していない「暗黒物質」を採取することを通じて、有情衆生の生存の方向性に対して、健康で幸福であり、病苦のないものを創造するのである。
真に望むべきは五行に加えられるもの、すなわち人類の「三綱・五常・四維・八徳」を加えることであって、ただ五行の金・木・水・火・土だけを加えればよいと考え、仁・義・礼・智・信がどうあるべきか、また人間の肉体が道徳と倫理からいかに力を借りるかを忘れてはならない。
もしこれらの因縁がどのようなものかを理解することができれば、「暗黒幽冥の物質」によって取り込まれることが容易になり、それは人類の身体の進化と成長を変え、同時に将来必ず生化細胞の繁殖があり、より先進的な文明と科学技術の進化もあり、すべての人類衆生に利益をもたらすことになる。
人類の衆生は区別なく、医学技術、バイオテクノロジー、顕微鏡技術、ペプチド技術など、数多くの科学技術文明の向上があり、人類の衆生にとって大きな助けとなっています。進化、回帰、超越、そして円満・乗越は、自らの努力によって大きな恩恵を得るものであり、真の上昇と回帰の資糧源でもあります。
黒き陰冥は万物を生み出す源なり
人類の衆生はこれを悟らず
科学技術文明はまだ浅薄であり、天の徳の賜物を検証することは難しい。
本来具わって既にあり　過去の因縁成じ難し
文明の進化を切り拓けば
有情の科技必ずや来たりて修めん
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合うとともに、人類の未来における文明と科学技術の発展について、異なる分野において利益を受けることを如実に知り、相当に進んだ文明を持つことは、未来の有情衆生がより大きな成長を遂げられるようにすることであり、まさに人類衆生の向上と超越に対する如実の性質である。
無極二関聖帝
無極二関の聖帝来たり　崇心の諸賢大家に並ぶ
共に有情の衆仙仏と会し
副座の聖誕開を賀し祝う
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は、仏教教主である南無本師釈迦牟尼仏が降臨され、大道杏壇第十三回を著作されました。前回の因縁を解き明かし、すべての人類衆生が如何にしてそれを得るべきかの鍵を、皆様にお伝えくださいます。
同時に、西洋医学の科学技術において、どのように中国医学の五行を融合させるかを理解する必要があります。そうすれば、問題がどこにあるのかを知ることができます。また、人類の衆生が現在、貴重な命を失う残酷さを減らすこともできます。したがって、現代においては、この二つを組み合わせて応用することが必要であり、それによって大きな障害が減少するでしょう。
2015年3月11日13時38分◎＃※  了承
儒教の教主　大成至聖の孔聖人
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年10月18日　辛卯年九月廿二日（火曜日）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
大成至聖が聖台に降り立ち、孔聖夫子が登台されました。
大道杏壇第十四回　　古人類学を主裁と為す
第十四回　大道杏壇　古人類学
大道杏壇古人類学
有情なる衆生が人道世界に入ると、生活の方向性に対する必然性が生じます。それはまさに生を潤す行為が必要であり、これは人間の衆生にとって、生活の食物連鎖が主導する必然性であり、生活の安らかさを依り所とするものです。それによって自らが生活の中で安らかな起居を得ることが、まさに正道なのです。
人類世界の開拓という観点から見ると、過去の古人類学の基礎によれば、人類は異なる五行の変化を本質に取り入れることで、異なる人種となり、また異なる肌の色を形成し、世界各地に散らばって居住しました。これにより、様々な人類の衆生がそれぞれの国で生存し、このような異なる肌の色が異なる人種を形成したのです。
これは古人類学に対するものであり、進化が現代社会において必要とする基本的な作用である。人類の生存志向には、衣食足りるという必然性が必要であり、それによって人類の衆生は食物連鎖において基本的な行動を取らざるを得なくなり、必然的に衣食足りることを求める欲求が形成される。まさにこれが人類の食物連鎖の必要とするところなのである。
このような人道世界は、生活の方向性を支える必要があり、人々に
あらゆる生き物は食物連鎖の欲求の中に入り、人間もまた例外ではない。一人ひとりの人間はまず満腹になることが必要であり、それによって初めて力が生まれ、あらゆる事柄に対して原動力を行使し、物事の連鎖を継続させることができるのである。
古人類学の基本的な役割
もし満足に食べることを求めなければ、飢餓の状態が形成され、すべての事柄を連続して行う力を失ってしまいます。この人類衆生の最も基本的な食事の行為は、第一元会から、第二元会を経て、現在の第三元会に至るまで、一貫してこのようであり、この生存法則が受け継がれてきたのです。
したがって人類の衆生には、食物を求める必然的な必要性があり、他の万物の生きとし生けるものに対して、それぞれの事柄が連鎖的に依存し合うことで、人類の進化の向上も形成される。これが「古人類学」の文明であり、生存の方向性の中で創造がなされることで、事物の連鎖的な結びつきが生まれるのである。
あらゆる滄海桑田の変遷を経て平穏に至り、再び安らかな生活空間に入る。これこそが人類衆生の進化の基本条件であり、また人間の生活を推奨するものである。過去において成長できなかった限界に対し、科学技術文明の現代において進化を遂げ、向上と変革を成し遂げているのである。
この元会の文明進化を観察すれば、過去の時代よりもさらに進歩していることがわかります。しかし、他の元会と比較してみると、人類の進化はまだ始まったばかりに過ぎず、より文明的な科学技術を備えた生活条件を実現するためには、なお長い時間をかけた進化が必要です。そして、この過程におけるすべての作用は、いったいどのようなものになるのでしょうか。
古人類学と現代との相互比較
すなわち、人類の生存に必要な依存性があることによって、文明と科学技術の進化が可能となるのです。このような条件はまさに現在の依存状態があるからこそ、文明進化の第一段階を促すことができるに過ぎません。このように、未来の科学技術文明は、現在よりも数十倍進歩したものとなるでしょう。
また、この種の条件を人類衆生の視点から見ると、まさに「借り物」の科学技術文明を、現在の時空に移植し導入していると言えます。人類の科学技術文明について言えば、すでにこの元会をはるかに超越しているのです。これこそが現代の人類衆生の日常生活において、必然的にこのようにならざるを得ない所以なのです。
人類の進化がより先進的な向上を遂げるためには、現在の科学技術文明にとっては一段階の向上となります。このような状況下では、人類の衆生は「身体、心、霊」の三つを向上させ成長させることは非常に困難であり、それは一体どのような原因によるものなのでしょうか。必ずや人類の衆生に利益をもたらすものでなければなりません。
現在はただ生活の安楽さに焦点を当てているに過ぎず、根本的に人間の心の向上や超越への進化には至っていません。その結果、生活の安楽さだけが追求され、人間の「身体、心、霊性」という三つの要素が進化することを欠いてしまい、生活志向に偏重するばかりで、霊性の成長が埋もれてしまっているのです。
人類の生存はただ安楽であるだけではない
「心と体」の進化がなければ、このような人類衆生はあらゆる災いを引き起こして人間世界を襲うことになるが、どうすればこれを解決できるのか。そして人類衆生の「身、心、霊」を向上させるためには、人類学全体における科学技術文明の進化について、心霊を真実をもって超越する必要があることを理解しなければならない。
地冥星において全体的に考慮すべきであり、災いが人間衆生の生活圏を侵し続けるままに放置してはならない。また、第一、第二元会においてすでに現在の人間衆生の災いが存在していることを知る必要がある。このような状況に対して、人間衆生にはそもそもこのような観念が全くないのであれば、どうすればよいのだろうか？
これらの災いに対しては、消し去り、化除すべきであり、また地冥星のすべての未来の災難は引き続き発生するであろう。このように人類の衆生は、地冥星のすべての災いがどのように形成されるのかを真に理解する必要がある。また、如実の観念を持つ必要があり、それによってすべての災難のいきさつを知ることができるのである。
才能を持ってこそ、すべての災難の原因をありのままに通徹することができ、これは全人類の生活進化の一種であり、比較的客観的な視点を用いて、単に各国の個別の行使に限定されるべきではない。このような状況では、あまりにも多くの小国が存在すると、地球全体の安全を維持することが難しくなる。
人類の災いを除くには　善徳財団の力を借りる
したがって、人類衆生は地球全体を理解することができず、災害の中で被害を受けることをどうやって取り除くかも分かりません。これは人類衆生にとって見れば、経験しなければ知恵は生まれず、このような時空の中で人類衆生には、いくつかの比較的重要な国家が、人類の災害を取り除くことに取り組む必要があるということになります。
しかし、必ずしも相当な大国でなければできないわけではなく、このような人類生存の科学技術は医学技術の進化をもたらし、「借将文明」によって多くの科学技術製品が生み出され、人類衆生に対して現在相当な科学技術を持ち、人類の生存に関するあらゆる方向性の中に入り込んでいます。
一部の財団が経営を方向転換するだけでは不十分であり、人類がただお金を稼ぐためだけに存在しているのではないことを理解する必要があります。実際、人類の最大の目的は、いかに人類の福祉に貢献するサービスを創造するかにあり、また人類の生存の方向性に多くの文明が進化を遂げてきたのです。
また、人類の災難を消し去ることも必要であり、それは順序立てて解決していくものです。しかし、「善徳財団」にとっては、このようなアプローチが不可欠なのです。人類衆生の生活の方向性は、百年という限られた時間しか存在しません。飲食や睡眠、排泄などの時間を差し引くと、自分自身や衆生のために真に奉仕できる時間は、そう多くは残されていないのです。
善徳財団は人類の災難を解消する
このような条件が、より大きな因縁となって人類衆生の福祉を創造しなければ、より大きな「陰騭」を得ようとしても、人類衆生の向上と超越への進化は困難であろう。このように観ることができる：あらゆる衆生が人道世界に入り生存することは、すなわち一つの「人類演繹史」として進化していくのである。
一人ひとりが主役であり、また脇役でもあるからこそ、人類世界は多彩に彩られています。このような「人類の演繹史」が進化を続けることで、数多くの科学技術文明が生み出されてきました。これは人類全体にとって、人類学が進化し、より大きな成長と超越を遂げる過程なのです。
したがって、世の中のこれらの「財団」は必ずこのようにしなければならない。さもなければ、「長江の後波が前波を押し流し、前波は砂浜で消えていく」ことになる。これはつまり、古い世代が新しい世代に取って代わられることであり、一つの宗派が「無から有を生み出す」ことを可能にし、人類の福祉を創造して自らの陰徳に加えれば、大きな福報を得ることになる。
したがって、必ずや未来において、巨大な「財団」となるでしょう。このような条件は順を追って変化していく必要があり、すべての人類文明の科学技術が進化すると同時に、仙仏の先生方が教えられた考え方も、人間界に広められていくのです。それはまさに自分自身を成就し、衆生に福をもたらすことであり、また未来の幸福は無限大なのです。
善徳財団は人類の福祉を実現する
それゆえに、自己の成長過程において、一歩一歩確かな足跡を刻むこととなり、その一つひとつの歩みが着実なものとなります。これはまさに「無から有を生じる」ようなものであり、このような成長のあり方は、真実の性質に即したものと言えます。したがって、人類学における進化もまた、それぞれの変化を経るごとに、思想や観念がさらに成長していくことから生まれるものなのです。
より膨大な創造力を高めることができ、それゆえ人類の進化成長にとって、これこそが正しい道であり必要不可欠なのです。すべての人類の災難を一つひとつ取り除くためには、このような確固たる理念をもって下界に教化を施し、上天の職責を遂行することが、さらに進歩した成長をもたらし、人類衆生を利益する正道となるのです。
このような条件は人類の災難に対して事前に備える必要があり、また仙仏の先生方から教えられた思想や観念を通じて、第八識に深く根ざすことで、未来の災難を解消する観念を持つことができます。それにより、全人類の学問と文明に対してさらなる向上をもたらし、より大きな恩恵を受けることになるでしょう。
これらの観念は、必ずや第八識の深層に根を下ろし、より多くの人材を結集して下化と創造の局面を切り拓かねばならない。このような進化は大きな向上をもたらし、これはまさに仙仏の師匠方のすべての教えに対するものであり、また上天の慈悲と恩沢であって、主事者がこの重責を担うに足るかどうかを判断する基準となるのである。
科学技術文明人類学の基礎
そして、より真実に即した活動を展開するためには、まず「良好な高い知名度」を持つことが必要であり、それによって初めて将来、多くのハイテク人材が集結して「大道を弘める」聖なる事業に従事することができるのです。さらに、このような人材の集結は、まさに未来の人類の科学技術において、互いに輝き合うことになるでしょう。
より大きな使命が行われることになり、すべての人世間の災いを取り除くことです。これは上天がずっと望んでいたことであり、すべての上界の仙仏に命じて、人世間へ降りて教育と教化を行い、人々を向上させるのです。皆さん、思い返してみてください、このような天機の良縁はどこで得られるでしょうか？非常に難しいことです。
これによって、上天と仙仏の先生方が求められる条件がどのようなものであるかを理解することができます。それはまさに人類世界の災難と悪しき禍いを変えることです。現在の人類の医学科学技術をもって、過去の不足と欠陥を改め、必ずや着実に進化向上させ、着実に実行に移すことが、正しい道なのです。
殊に上蒼の下した職責に堪えうるものは、
仙仏の老師、かくの如き者なり。
天の意思を理解する必要がある
ありのままに科学技術の徳を進化させる
文明が変化すれば災いも多し
人類が存在すれば必ず憂い多からん
発明の本来の意図を借りて、進化させ福祉を向上させる。
この偈は、すべての有情の衆生が互いに励まし合い、未来の災いが進化する時代において、すべての人類の衆生は真実のままに、文明と科学技術の創造を進化させなければ、未来のあらゆる変化に追いつくことができず、また「将を借りる」という集結も真実のままに行われ、人類世界の災いを解消することができてこそ、正しい道と言えるのです。
無極教化天尊
無極教化天尊が登臨され
共に有情の諸神人と会される
賢き生よ、吉祥に皆安らかでよくあれ
弘く崇き心を展べて、如実に証せよ
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院修学士の皆様、こんばんは。本日は儒教教主・大成至聖の孔聖人ご自らが降臨され、大道杏壇第十四回を著作されました。大道杏壇・古人類学は全人類に向けて共に探究し、未来の災難を如何に事前に防止すべきか、これは皆の共通の責務であります。
また、一つの宗脈は上天の職責と使命によって、人間世界に下りて教化する際には、仙仏の師匠が十五年間にわたり、すべての教育、教化、向上、超越の観念を伝えることが、まさにこのようにあるべきであり、この天機を人間衆生が理解できるよう解き明かし、未来の実践に役立てることが、真実の姿である。
2015年3月11日13時39分◎＃※  了解
キリスト教の教主　ヤハウェ
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年10月21日　辛卯年九月二十五日（金曜日）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
キリスト教は大西洋に伝わり広まり、教主が降臨して福と恵みが広く伝えられた。
大道杏壇十五回　　人類根基造本良
第十五回　古人類学　衆生の根源
古人類学における衆生の根源
有情なる人類衆生が地冥星に降り立つと、生活の方向性に対する必然的な要求が生じる。この要求は人類衆生が生活において必要とするものであり、生活の中で安らかで適切な方向性を持って成長していくために存在する。これによって「古人類学」的な進化が起こるが、果たしてこれはいかなるものなのか？つまり、極めて理解しがたいのである！
したがって、現在の人類の科学技術はまだ発展の初期段階にあり、古代人類学がどのようなものであったかを窺い知ることはできません。もし現在の元会（宇宙周期）に限れば、なお痕跡を辿ることができますが、過去の第一、第二元会にまで遡って観察しようとすれば、より明確な理解を得るのは難しく、ましてやそのような人類の遺伝子の本質がどのようなものであったかについてはなおさらです。
人類衆生が創造し進化してきたものは、それぞれの時空における縁起の中で成長することは難しく、異なる因縁の体系に到達することができます。また、人類の基盤の中で、現在および過去の異なる因縁を相互に比較する際には、人類衆生の遺伝子の質が次第に低くなっていることが理解できるでしょう。
異なる遺伝子によって形成されたものは、人類衆生の生活過程を変える必要があります。
このような古代第一、第二元会においては、すでにさらに超越した人種の遺伝子へと進化しており、それゆえに人類衆生に対しては、大きな向上と超越をもたらすことになる。これは異なる地域の衆生が、より優れた基本的素質を備えているからである。
古人類根源遺伝子
人間の身体に組み込まれることで異なる変化作用を形成し、地冥星がもたらす災難を防ぐことができる。人間の身体をより優れた身体機能へと進化させ、あらゆる善良な遺伝子を育み、より高度な身体を持つ種族へと変化させる。このような条件は、人間の思考にも多くの進化をもたらすだろう。
人類の種因進化の過程において、より大きな成果を収め、あらゆる科学技術文明を融合させることになるでしょう。このような文明の進化は、人類と万物の生きとし生けるものにとって、また一つの上昇的な成長と向上であり、より先進的で超越的な発展を可能にします。それによって、世の中のあらゆる生存の方向性に良き循環が生まれるのです。
人類の衆生は食物連鎖によって構成される必要がありますが、過去の殺戮行為はなく、また人類の衆生による有害な気体の増加も減少しています。このような過去の「異なる元会における創造」はまさにこのようなものだったのです！つまり、人類の衆生の身体における先天免疫力に対して、直接的な機能的な利益をもたらすものなのです。
また、現代の人類の病気に簡単にかかることもなく、この種のものには先天的な免疫力があり、創造されることで、人類の衆生にとっては進化の先駆者となり、異なる生化学的細胞の創造がなされます。これは、人類の衆生の身体に異なる五行のエネルギー体を加え、異なる人種や種を進化させるものであると理解できます。
古人類学は有情衆生の根源を探る
過去の元会において形成された人類の身体は、比較的進歩した人類衆生であり、その進化した遺伝子は、人類衆生が生老を有しながらも、病苦や衰退といった状況が現れず、人体の機能に対してまさに相当な進歩的向上であり、また確かに人類衆生に利益をもたらすものであった。
さらに現代の人類の身体を見ると、数十倍も以前より劣っている。現在の人類の身体は、地・水・火・風の四つの要素による損傷に耐えられず、人類が生存する中で安らかな生活空間と健康な身体を保つことが難しくなっている。これが間接的に多くの問題を引き起こしている。
したがって、人類の衆生はこのような肉体の衰微の中にあって、必ずこれを戒めとし、自らが今この時に人類の衆生の肉体を変えなければならない。この基本的な因質は大きな機能と効果を持たなければならず、そうして初めて人類の衆生の肉体機能の健康を変えることができ、良好な免疫力が得られ、有情なる人類の利益となるのである。
急いで乱雑に事を進めることはなくなり、人類の向上進化の作用を妨げることもなくなります。また、すべての人類衆生の生存の方向性、そして病苦の中で生じるあらゆる不適応に対して、つまり生・老・病・死・苦の繰り返しの輪廻に対して、現代の人類衆生が肉体の衰えと崩壊に直面している現状を、真に変えていく必要があります。
有情なる衆生たる人類の根源
このような不良な欠陥のある進化は、未来の人類衆生に多くの災難をもたらし、人類の生存過程を侵すことになる。このような状況においては、まず第一に、二元会における優良な遺伝子を現在の元会に移植し、人類の身体を改造する機能を持たせることが必要であり、それによって良質な進化ももたらされるのである。
人類の身体は一種の進化成長であり、人類衆生の現在の身体にはこのような進化が必要です。そうして初めて、この文明はさらに超越した時空へと入り、人類衆生には生存進化の必然性が生まれ、未来において人類衆生の身体がより大きな破壊を受けることがないようになるのです。
このような進化と向上は、人類衆生にとって必ず必要なものであり、そうでなければ大きな衰退と破壊、不健全な状態が生じます。この状況は人類衆生にとって一種の殺傷力であり、またすべての万物蒼生にとっても殺傷力となります。たとえ他の万物蒼生が人類の生活圏を侵食することはなくとも、です。
しかしながら、それは人間世界におけるすべての生存のよりどころであると同時に、人類衆生に対して間接的な殺傷力を形成している。人類衆生のすべての進化成長において、同時に他の物種の向上をも進化させ、それによって異なる時空において様々なエネルギーが現れ、人類衆生と万物蒼生のすべての生存の方向性を損なうこととなる。
人類の根源的な資質に備わる成長
このように異なる遺伝子の付加により、すべての万物の衆生はより善良な性質へと進化し、同時にすべての人類の衆生も変化します。未来において生存するすべての災いが取り除かれるのは、人類の衆生の根本的な素質が進化するからこそ、より健康な身体を得て、小さな災難に遭遇しても命を失うことがなくなるのです。
将来の災いを促すことになるが、常に現れ続けるものの、先天的な免疫能力の向上が加わり、万物の肉体は多くの無情な破壊から免れることができる。また、あらゆる異なる元会の改造において、人類の肉体および進化した万物衆生の肉体、これこそが　上天の徳沢の基本的な働きである。
人類の衆生にとって、この時空においてはこのようにする必要があります。存在する地冥星のいかなる地域を区別することなく、すべての有情衆生は同じです。なぜなら、今まさに災いが徐々に迫ってきているのに、人類の衆生は少しも感じることがなく、このような災難が未来の生存にどれほどの大きな破壊をもたらすかとも考えていないからです。
基本因質の変革による達成
実際に人類衆生は、一部の科学者や評論家が指摘するように、人類の未来に大きな破壊力をもたらす可能性があるとされています。その見解が正しいかどうかは別として、このような事前の備えを重視する考え方は正しいのです。また、現在の人類が将来の災害を目にしていないからといって、すべての災害の到来が回避されるわけではありません。
さらに、このような状況が続き、絶えず変化することで、将来必ず災難が発生するようになります。このように、人類の衆生は、将来亡くなるすべての人類の衆生やその他の衆生がどれほど残酷なことになるかを知ることができません。しかし、このような災難の障害は、人類の衆生にとって必要な警告となるでしょう。
同時に、人類の災難は、人類自身が創造したものがもたらす災厄の障礙から来ています。人類の無明によって、この世界には人類文明がもたらす多くの災厄が現れ、それが絶え間なく起こり続けています。そして、現在の人類衆生は、短い時間の中でこれを解消することは非常に困難なのです。
遺伝子を改変して優れた素質の身体を創造する
このような状況では、多くの有情の尊い命が失われてしまいます。したがって、人間社会はあらゆる災厄の原因と経緯を明確に理解しなければ、人類に絶え間なく降りかかる災厄を真に変える方法を見出すことはできません。この問題は、人類の医学技術が災厄の持つ破壊力に到底及ばないことに起因しています。
したがって、「西洋医学技術」には必ず「中医薬学」を加えて相互補完し、将来の「錠剤や液体」医療製品を製造することで、次第に人類の良くない状況を変え、様々な医学的問題を引き起こすことになるでしょう。このような医学的問題は、必ずや将来、真の医学技術の進化をもたらすことになるでしょう。
真実に人類衆生の尊い命を救済することができる、これこそが如実の性であり、人類衆生が医学科学技術の進化によって、必ずや未来の人類の「食物連鎖における殺戮行為」を変え、そして全ての人類が直面する文明病を、癌腫瘍の殺傷力に変えることになる。このような作用も必ずや訪れるであろう。
医学の輝きは科学技術を高揚させ、
文明の進化は比べるべくもないほどだ。
災いが次第に近づく、注意深くあらねばならぬ
人類の衆生、必ずや相応しくあるべし
すべての文明は進化してゆき　有情の衆生の心に心の華が咲く
国境を越えた人種の区別なく　良質な文化を高め広める
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合い、人類の衆生が未来において、自らの身体の進化と改造を一つ一つ実現していくことを示しています。それは順を追って一歩一歩達成されるものであり、人類の身体が一気にすべて変化することはありません。それは非常に望ましくない科学技術です。
無極玄天上帝
無極玄天上帝登　   　共會有情諸賢生
主なるヤハウェは降り立ちて教えを授け
杏壇に著作し福徳を現す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は、耶教教主　耶和華が親しく降臨され、大道杏壇第十五回を著作されました。古人類学における衆生の遺伝子改変により、未来の人類の災いが次第に現れつつあります。皆様、どうかご注意ください。
災いが到来した後に初めて後始末をされ、向上を超える機会を失ってしまわないよう、この問題点を明確に把握し、あらゆる「食物連鎖における殺戮行為」を理解した上でそれを阻止することが必要です。そうしてこそ多くの災いの発生を減らし、人類の災いを解消することができ、真実のままに向上し利益を増すことができるのです。
2015年3月11日13時39分◎＃※  了解
イスラム教の教主　ムハンマド  預言者
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年10月28日　辛卯年十月二日（金）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
イスラム教は世界に伝承され　　ムハンマドが大道の基を築く
先に知る著作十六回　　　衆生の根性が向上し契り合う
第十六回　衆生の根性　向上超越
衆生の根性はどのようにして向上し超越するのか
人類の衆生は生存の方向性において、自らの遺伝子には多くの不足や欠陥があります。現代の世代から見ると、人類の遺伝子の質はますます低下しており、第一元会や第二元会と比較すれば、現代の人類衆生の遺伝子の本質は、もはや第一元会や第二元会と比べることは難しいと言えます。
この種の根本的な素質を以て、現代の人類衆生を見れば、真に向上し超越することがますます難しくなっていることが分かります。また、なぜ過去の人種と比較するとき、現代の人類衆生がますます衰退している根本的な素質を持っているのか、それはいかなる原因によるものなのでしょうか。
人類の衆生が第三元会の生存に入るにつれ、毎度の滄海桑田の変遷のたびに、前回よりも基本的な素質が優れていることはなく、したがって人類衆生の遺伝子の品質は、往昔と比べることが難しくなっています。いったいどのような原因で人類の遺伝子は衰微してしまったのでしょうか！
人類の生存の質を観察すると、この百年間で全ての生活が変化したと言えます。
起居とは、欧米諸国の文明進化から来て、現代の人類の生活の質を変化させ、次第に過去の東洋の生活様式に取って代わるものである。また、このような因縁条件は、上蒼が文明と科学技術を進化させて創造したものである。
衆生の根性には必ずや向上と超越が必要である
同時に人類衆生の基本的な素質を進化させます。この種の進化と向上は、人類衆生から見れば、不良な遺伝子を変えて向上し、成長し、超越することです。もし過去の第一、第二の元会から見れば、現代の人類衆生には、多くの向上成長できない限界がありますが、それはいったい何が原因なのでしょうか？
このような相互に制約し合う障害があるため、人類の衆生は文明と科学技術の限界の中で、上へと成長し超越することが非常に困難となっています。もし現代の人類の衆生がより慣れ親しんだ生存様式を基準とするならば、過去の文明進化の多くは失われ、ただ過去の生存様式だけが残るのみでしょう。
人類の衆生が形成される過程は食物連鎖によって構成され、必然的に多くの無明の腫瘍や毒素が体内に取り込まれ、人類の生命が次第に衰微していくことになります。このような状況は現代の医学技術をもってしても、これらの癌腫や毒素を消し去ることは難しく、ただ手をこまねいてどうしようもない滅亡を見守るしかありません。
したがって、人類衆生は生存食物連鎖の組み合わせを改善し、新たに食物連鎖を調整して充足させる必要があります。もし人類衆生が将来90億人口に達した時、このような人類衆生は食糧面で不足と欠乏が生じ、また多くの水資源問題が発生することになるでしょう。
人間の根本的な性質を変えてこそ、超越することができる
もし今すぐに将来の人口を変えず、百億人に達する前にすべての負荷に直面すれば、おそらく人類は医学技術と食物連鎖の面で、また水資源の獲得においてバランスを取ることが難しくなるでしょう。さらに、現在すでに多くのことが、人類の生存様式を変えるのが非常に困難な状況を形成しています。
したがって、未然に備えるにあたっては、このような考え方が必要です。このような上天の慈悲と恵みは、まさにこの面において十分に備えられなければなりません。つまり、人類衆生の欠乏と不足に対して、もし将来の食糧を殺戮行為を通じて得ようとするならば、おそらくさらに多くの災難が人間世界に降りかかる恐れがあるからです。
これは果たして天の本意なのか、それとも何か別の原因があるのか。現代世界における人類の生存過程を見れば、大きな不足があることが分かる。これが将来の人口爆発の原因の一つでもある。さらに、すべての人口が一地域に集中した結果、水資源の不足を引き起こしているのだ。
地冥星は次第に暑くなり、また次第に寒くなる。このような状況は、もはやかつてのように四季がはっきりと分かれているとは言えず、ただ「冬と夏の二季」だけが残っていると言える。この状況は人類衆生にとって見れば、非常に大きな破壊力を持つものである。現在、人類はこれにほとんど気づいていないのではないだろうか。
人類の根性は必ずや如実に改められなければならない
必ずや人類の衆生は物質的指向において、根本的にさらなる進化成長を遂げることが難しくなり、言えることは：すでにいくつかの比較的発展した国々では、食物連鎖に対するあらゆる需要が不足することはないが、いくつかの比較的遅れた国々では、温飽を満たし平穏に暮らすことも難しい状況にある。
したがって、人類は食物連鎖を獲得すると同時に、自らの生存のために相当数の他の生物を殺戮しており、この殺戮はますます残酷になっています。また、食物連鎖の中のすべての海洋生物は、すでにますます減少していると言えますが、これらはすべて人間による乱獲が原因です。
人類の衆生が今この時、未来の食物連鎖の組み合わせを変えなければ、おそらく衣食住の食物連鎖において多くの充足を欠くことになり、同時に人類の未来の生存にも影響を及ぼすでしょう。このような時空の因縁は、近い二十年ほどの間に必ず現れると言えます。その時になれば、すべては手遅れとなってしまうのです。
特に地球全体の空間は、すでに人類の科学技術文明によって破壊されており、本来は澄み渡った惑星であるはずが、人類の衆生による悪しき破壊を通じて、この地球はすでに損なわれ、再び澄み渡った惑星に戻ることは難しくなっています。すべての人類の災難が次々と押し寄せることは、もはや避けられないことなのです。
人口爆発が食物連鎖に与える圧力の脅威
皆さんはおそらく何の不快な行動も感じず、ただ日々を生きているだけかもしれません。しかし、地球全体の視点から見ると、ここ二十年ほどの間に破壊が進み、すでに地球全体が人類の居住にますます適さなくなっています。さらに、全人類の出生率もますます低下していますが、その理由は何でしょうか。
このような人口爆発は、冥王星に住むすべての存在にとって、非常に大きな圧力となるでしょう。それは未来に災いをもたらすだけでなく、オゾン層の穴が一つできるだけの問題ではありません。さらに、人類の生存の方向性においても、非常に大きな人口圧力が生じ、同時に食物連鎖の供給不足も引き起こすことになるのです。
人類の衆生は現在、このような見識を持ち合わせていないが、将来には必ずこのような状況を目の当たりにするであろう。これは極めて必要な行いであり、同時に人類の衆生が今後二十年後に遭遇するであろう災難を、一つひとつ必ず取り除かなければならない。そのためには、出生率の中で人口負担の現実を減らしていく必要がある。
同時に、人類の食物連鎖を整え、すべての食物の天然の生命力を高める必要があります。これにより、未来の新鮮な食物は「錠剤や液体」の形で満腹感を得られるようになり、多くの殺戮行為を減らすことができます。実際の作用としては、多くの他の万物の生命が理由なく殺されることによる不本意な気の渦が周囲に漂うことを減らすことができるのです。
人類の進化における食物連鎖を変える
人類が食物連鎖において構成するあり方を変える必要があり、そうすればこれらの問題が繰り返し発生することはなくなり、間接的に人類の「身体、心、霊」という三つの側面における進化にも寄与します。これはまさに人類が生存するために必要な条件を満たし、あらゆる生活の安寧を実現するための必要不可欠な行為なのです。
人類の衆生は、世界のどの国に生まれ育っても、あらゆる生存の方向において殺戮行為を真に減少させ、また不良な気流の循環に対処する。このような行いは、人類の衆生が地冥星において、あたかも実体のある構築物のように、同時に未来の「海水淡水化」の必要性をも創造するのである。
さもなければ、人口爆発の後には、さらに大きな災難が引き起こされる恐れがあり、人類衆生の殺戮につながるでしょう。これは、人口が将来必ずや百億近くに達するという空間的な悪影響に対して、人類がなぜ遺伝子を変えなければならないかの主な原因であり、まさにこのような理由から、これは　上天が「将を借りて」発明創造されたものなのです。
第二陣の下化の借用がすでに始まりました。
第一陣の二百万人余りのハイテク人材の下化はすでにすべて完了し、また未来の第二陣の一千万人の向上創造も、ここ五年の間にすでに下化を開始しており、徐々に未来の人類衆生の生存に対して、現在のすべての制限を必ずや変えていくでしょう。
人類の衆生が基本的な素質において、より先進的なエネルギー体を創造し、より進化した人類のエネルギー体の機能を備えることにより、未来のすべての生化学的細菌による破壊を防ぐことができます。これは現在の人類の衆生には非常に理解しにくい重大な事柄であり、したがって地冥星全体は現在の限界をありのままに変える必要があります。
人類の未来の災いを除去するためにこそ、上天が崇心宗脈を下ろされた根本的な条件であり、人類の衆生に「綱常倫理」を実践するよう忠告する。そうしてこそ「劫を逃れられない」ことなく、向上超越することができ、また実践的な規範を持つことで、安らかで適した生存環境が得られるのである。
古代人類の起源は、
創造と変化の実在性を具えている。
現代の人類は文明を築き上げたが、かつての原始的な状態とは比べものにならないほど進歩している。
有情世界の人種に　　人口爆発その跡を明らかにす
食物連鎖を変えてこそ　   　未来の食を共に創る
この偈を、全ての有情の衆生と共に互いに励まし合いましょう。全ての人類の衆生に対しては、雨の降る前に傘を準備するような心構えを持つことが必要です。現在、誰もがこのような考えを持っているわけではありませんが、近い将来、あらゆる災難が訪れるのを目にするでしょう。もしその時になってから準備を始めても、おそらく人類の衆生の多くは既に消え去ってしまっていることでしょう！
すべての問題点を理解することができれば、人類の災難を変えることもでき、より大きな福報が加わることになります。このような殊勝な因縁条件も、まさにこの通りなのです。また、崇心の気勢は非常に優れており、「天に代わって教化を宣べ伝える」という殊勝な因縁を担うことができます。これはまさに、上蒼が選び出して成し遂げさせようとしていることなのです。
無極普賢菩薩
無極普賢菩薩が登臨され　   　共に会する有情の諸賢生
回教の先知が降臨し　   　自ら杏壇に立ち基因を成す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は回教教主・ムハンマド先知が降臨され、大道杏壇第十六回において人類の根性を高め超越し、下界を教化することを天書の中に著されました。これにより、人類の衆生は未来において大きな成長と向上を遂げることでしょう。
人類の衆生が災厄の到来前に準備し、それを取り除くことが真実に即したものである。なぜなら、人類の衆生はあらゆる災厄がいつ訪れるかを知り難く、真実に即した見解を持たないからである。世の中では、雨の降らないうちに戸を修繕しておくことが必要であり、そうしてこそ災難が天が借りてなす発明創造に影響を及ぼすことはない。これはまさに必要な達成である。
明日もまた土曜日、すべての導きと渡しは通常通り行われます。皆さん一緒に学び成長しましょう！明後日は今年の普施法会、全学生、宗生と善信が共に慈悲の心で「陰陽両界に普く施し利益を与え」、業障を消し福慧を増すことができます！さらに、情ある人間の衆生に対しては、孝道を通じて祖先の恩恵に報いることを実践します。
2015年3月11日13時40分◎＃※  了解
李太白仙翁
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年11月1日　辛卯年十月六日（火）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
李氏の子孫は代々受け継ぎ
太白仙翁が降りて来られる
大道杏壇十七回　　文明の変化、基因改まる
第十七回　文明の変容　遺伝子改造
文明の変化と遺伝子改造
人類の衆生はこの時空において、文明の進化があるために、多くの文明症状が生じ加わり、また人類の災難は絶え間なく続き、それらが現代の科学技術ではまだこれらの災害を変えることができず、さらに人類の衆生および万物の蒼生の生命に対し、非常に大きな殺傷力を及ぼすこととなっています。
全ての文明進化を促す災いは、現在の様々な良くない作用から来ている。この問題は、上蒼（天）が既に明察している。文明の変化には必ず災いが伴うが、下界に遣わされた多くの借り出されたハイテク人材たちは、皆この時空の因縁の中で研究と発明を行い、未来のあらゆる災いに対する解決策を探っている。
また、どのような原因によって形成されたのでしょうか。古代科学技術学の視点から見ると、人類衆生の遺伝子はもはや第一、第二元会の頃とは比べものにならず、現在の時代に移植される必要があります。このようにますます衰退していく人類の遺伝子こそが、人類衆生がこのような限界の中で向上するために変革されなければならないものなのです。
上蒼が「将を借りる」という文明進化の道筋がここに生まれました。このように見てみると：人類の衆生は
この状況に生きて入ることで、人類がなぜ遺伝子改変を向上させる必要があるかを理解できるようになれば、それは未来の人類の科学技術全体に大きな助けとなり、多くの文明の進化ももたらし、良きものとして衆生に利益をもたらすことでしょう。
文明の発展は人類の遺伝子に必要な変革をもたらす
このような状況は、人類が現在直面している災厄の始まりに過ぎず、未来には人類の災難と生命の消滅が次々と明らかになるでしょう。このような生命の消滅は、あまりにも多くの文明の進化によって、過去の人類が認識していた概念が、より大きな破壊力を持つものへと変容した結果なのです。
また、人類の科学技術が進化する過程で、あらゆる問題が次々と現れるため、すべての文明と科学技術は、人類の遺伝子を変えることによってのみ、新たな進化と向上を遂げることができます。そのため、上蒼が最初に下した「将を借りる」という一連の措置の中でも、まず人類のすべての不良な遺伝子の本質を変えることが求められています。
改造と向上を実現する可能性が初めて生まれ、科学技術文明による人類の遺伝子を借り受け、受胎のための借種を通じて伝播させることで、人類の遺伝子の本質を変えることができます。これが第一の重要課題であり、実行すべきことです。したがって、人類の衆生が今この瞬間に「借種」によって受胎すれば、人種の遺伝子が初めて変容を遂げることになるのです。
過去の進化向上が非常に困難であった衰退した遺伝子に対して、一つ一つより高度な人類の遺伝子へと進化させ繁殖させる。このようにして第二世代以降は徐々に、これらの人類衆生の遺伝子本質を変化させ、さらに未来の七千の「借将」すべての中で、大部分は次の役割を果たすことになる：借りた種による受胎である。
人類の遺伝子が衰微すれば、必ず向上させなければならない
また、いかなる不適切な遺伝子の本質も人類世界に加えられることはなく、ただ人類の遺伝的素質を変えて向上させることだけが繰り返し行われてきました。したがって、未来においてこれらの「借り物の将軍」が人類の遺伝子を変えて向上させることは、まさに異なる時空の因縁によって、未来の文明進化の成長を創造するものなのです。
まさに全体の地冥星を使って、人類の遺伝子を大規模に改造することを行わせるのです。この状況はまるで第一、第二元会における「将を借りる」作用のようで、人類の衆生に対して全ての基本的な因質を改造し、人類の基本的な因質を進化させることで、それは一種の成長の向上なのです。
人類の衆生は誰も理解することができず、この種の天の恩恵とは一体どのようなものなのか？また、なぜすべての人類の衆生が、この種の遺伝子の本質を改造して人類の品質を向上させなければならないのか、それが未来にとっては非常に文明的な進化であり、そうしなければどのようにして人類の進化の成長を高めることができるのか、これも理解するのが難しい。
まさに今こそ、人類の遺伝子の本質を修正し変革する時です。もし未来になってから変えようとすれば、おそらく一朝一夕には目標に到達できないでしょう。それゆえ、人類衆生は「実相界」という生存空間であり、あらゆる文明の進化は必ず人類衆生を依りどころとしなければならないのです。
文明が人類の遺伝子を変える
ただ天上の存在が無形のうちに実現するだけでは不十分であり、必ずや人間の現世に実在するものが必要である。なぜなら、人間衆生の実相としての生存があるからこそ、実際の完全な現れが可能となるのである。このようにして、人間衆生のすべての災いは、順を追って進められ、人間自身の努力によって解決されることが、正しい道なのである。
また、どのような原因によって形成されたのかというと、まさに上蒼が将才を借りて促進したものであり、すべての文明の進化の必要性に対しても、昊天の徳沢を通じて人世間のすべての文明を進化させ、昇華させた。それによって、本来混沌としていた限界を、再び過去の第一、第二元会の文明進化と成長へと展開させたのである。
第三元会においても同じ機会が与えられ、すべての文明進化の向上が行われる。これは　昊天玉帝　玄霊高上帝の徳沢が人道世界に下化され、人類世界のすべての生存的限界を再編成し、またこの種の限界を人類衆生に対して向上超越させるものである。
文明の進化は必然的な行使であり、それゆえに文明の変化もまた生じる。人類の衆生が自ら発明創造を行うことが必要であり、それによって初めて未来の文明進化の成長がもたらされる。このように、今日の天地におけるすべての異なる国々は、過去のすべての「帝制」に対して改造と修正を行っているのである。
文明の変化による遺伝子改造の必要性
そして「民選制度」の施行を成し遂げることで、過去の一部の陳腐で不良な制度を改め、すべての不足・欠陥・誤りを正すことは、まさに文明を進める上で「道徳的規制」こそが正道である。まさにこのような変革こそが、異なる世界の国々にとっても必要なのである。
この地冥星に住むどの国も同様であり、地冥星はまさに一つの宇宙の「地球村」に過ぎない。インターネットを通じて実践することができ、これは現代の人類衆生にとって、必ず実践すべき「大道の先鋒部隊」に過ぎない。
未来には必ず、真実のエネルギーによる転換が起こるでしょう。それは人類の衆生が、それぞれの地域や国において、人間の身体を変化させることで、他の国へと速やかに移動できるようになることです。このエネルギーこそが、仙仏の先生が言われる「移化他地」あるいは「移地他化」であり、この二つのエネルギーは異なるエネルギーによる転換なのです。
また、現代の高速移動手段である車や飛行機などを利用する必要もなくなり、これらは未来では一部が使われなくなるでしょう。このような人類の衆生は、果たして未来の科学技術文明の恩恵を受けるに足るでしょうか？必ずしもそうとは限りません！異なる国々の科学技術文明の違いとなって現れるでしょう。
エネルギー転換は未来の必然である
また、どのような進化の向上が進められるかは、未来の「借将」第二陣が発明創造する遺伝子の本質がどのようなものであるかを見守る必要があります。このような進化技術は必ずや文明の進化にそのまま現れるでしょう。これこそがエネルギーの変換であり、未来において大勢を動員して奔走し苦労する必要がなくなることを可能にします。
まるで仙人や仏陀のような師匠のように、場所を移して他を教化し、あるいは地を移して他を教化する。このような文明の進化には、真実に即した成長が不可欠であり、初めて真の完全性をもって進行することができる。これらはすべて、未来において必ず一つ一つ実現される文明の技術である。今すぐにこのような進化を望むのは、おそらく現代の人類が目にすることのできる事柄ではないだろう。
必要には長期間の研究と発明を経て、初めてこの種のエネルギー転換を実現することができる。また、これらのことは人類の衆生にとって非常に大きな助けとなる。未来において、地冥星のエネルギーを離脱することができるかどうか？また、未来にこの種の文明進化が十分に備わり、向上させることができるかどうかを見守る。そうして初めて実際に現れることになるのだ。
いかにして移転技術のエネルギーを善用するか
したがって、人間界においては、現在の有情衆生の生存空間に対し、また人類衆生には必ずや真実に即した進化を遂げる科学技術の成長が必要であり、未来の文明もまた、人類衆生のエネルギー体に対して、まさに千真万確に遺伝子の本質を変革し向上させることで、広く大衆すべてが良き恩恵を受けられるようにするのである。
これが人種進化のエネルギー体を移転させるために、軽やかな身体が必要な理由です。さもなければ身体が重すぎて、容易に移転できなくなる恐れがあります。また、この種のエネルギー体が備えている特性こそ、まさに軽やかな身体を具えることを必要とするものであり、同時に人類衆生の食物連鎖における殺戮行為を改め、悪しき災いの発生を減少させることにもなります。
未来においては、「錠剤や液体」という完全な形でなければ、身体の改造をより健康的に達成することはできません。さもなければ、現在の人類の衆生一人ひとりは「重たすぎる（台湾語の発音）」状態であり、エネルギーの転移を望むにも困難が生じます。ですから人類の衆生は、未来において必ず食物連鎖の供給を変え、軽やかで健康な身体を創り上げることになるでしょう。
体が軽やかであってこそ、素早く移動することができる
また、すべての人類の殺戮行為を減らし、動物の殺生を減らすこと。これは、上天が最も重要と考える拠り所であり、人類衆生の遺伝子を変える必要性にも応えるものである。すべての成長過程において食物連鎖による殺生を減らすことができ、同時に人類世界のあらゆる病苦を減少させるであろう。
特に癌腫瘍の発生や、多くの文明病の変異が生じるのは、その大部分が食物連鎖における「禍は口より入る」ことによって引き起こされています。これにより、現代の人類は、これらの癌腫瘍やあらゆる病変の発生に対して、科学技術文明の全面的な向上を図りつつ、真実に基づいた実効的な抑制策を講じる必要に迫られているのです。
正しく健全な人類の身体を実現するには、科学技術文明の中で進化を遂げる必要があります。同時に、人類衆生や万物の生きとし生けるものの生存空間に大きな利益をもたらし、殺戮行為や殺生を減らすことができます。これこそが天地の恵みを必要に応じて施し、人間世界で共にバランスよく生きることなのです。
科学技術を進化させて変革し　人類の生存は昇華を要す
殺戮を減らすことが必要であり、
禍は口から入ることを戒めねばならない
一世の食を満たすに足るとは、まさに必ず必要とするものがあるということなり。
錠剤液剤の福益大なり
身体を変えて楽しく逍遥す
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合うものであり、人類の衆生が科学技術文明の現代において、災難が次第に増え、ますます近づいていることに対して、上蒼が「将を借りる」という先立つ働きをなされたのは、まさに人類世界のあらゆる災いが起こるのを変え、未来の向上と創造を成し遂げるためである。
無極文殊菩薩
無極の因縁果位を立てて　　文殊菩薩の登台の儀
崇心を弘く展ばすは必要なり
弘化成長は既に即せんとす
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は李太白仙翁が降臨され、大道杏壇第十七回をお書きくださいました。昊天より毎度当堂に御旨が下される際は、おおよそ李太白仙翁が御旨をお携えになって宣諭されることが多く、これも太白仙翁が本宗脈と大いなる殊勝な因縁をお持ちであるが故でございます。
これは相互に補完し合う大きな縁であり、今日の著作の内包から、なぜ上蒼の徳沢が人類の遺伝子本質の改造へと下化されるのかを理解できる。未来の科学技術文明における人類のあらゆる災厄も、必然的にますます増えていくであろう。これは、人間界が善なる成長へと再び変化していくことに対するものである。
人々の世は相互の対立によって制限され、一方には科学技術の文明があり、もう一方には災いが降りかかる。これが地冥星の限界であり、絶え間なく繰り返されるこの問題をいかに解消すべきか。自らを修め改め、向上して超越することで、このような限界と障害に永久に沈むことはないのである。
そして、真仏心宗の殊勝な教化によって高められることが、真実の性質に合致するのです。明日はまた土曜日で、すべての引渡しは平常通りです。明後日は今月の懺悔礼拝の日であり、南無地蔵菩薩の聖誕を対象に、慈悲地蔵宝懺を虔かに誦えます。これは十分に称賛に値し、皆さんも一緒に参加されることを願っています。
2015年、3月11日、13時41分◎＃※  了承
燈火光明大帝　姜太公子牙仙翁
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年11月4日　辛卯年十月九日（金）
大道杏壇第十回　   　文明科技變化期
灯火は光明に輝き大千世界を照らす　　姜太公の子牙が降臨して言わく
大道杏壇十八回　　文明科学技術遺伝子篇
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年11月11日　辛卯年十月十六日（金曜日）
第十八回  文明科技　改造基因
人類の科学技術文明は遺伝子を改造する必要がある
有情なる衆生が人間界に入ると、生存の志向が生じます。この人間界において、すべての有情なる衆生には基本的な行動が必要であり、食物連鎖を生存志向の必須要素として取り込まなければなりません。このようにして人類の衆生は、「満腹」という基本的な行動を必ず持つことになり、それによって良き状態が現れるのです。
この種の有情衆生に対しては、必ず行動する主体が必要であり、初めて一切の事柄を成し遂げる必要性が生じます。人類衆生が現在の時空に入るに当たり、過去の基本的な因質がどのようなものであったかを観察してみましょう。言えることは、この元会におけるすべての人類衆生にとって、基本的な因質はますます低微なものとなり、非常に良くない働きへと変質しているということです。
もし人間社会に生まれたならば、得られる福徳はこれだけに限られ、さらに大きく超越することは極めて難しい。このような条件下では、人間が生存している間は、より大きな向上成長を遂げることは難しく、また未来の科学技術文明によっても、すべての不足や欠陥を向上させることはできないのである。
このような因縁は、非常に大きな契機がなければ達成できないものであり、それゆえに人間は
衆生はこの五千年ほどの時空において、生存の方向性は根本的にただ安らかで快適な生活を求めることだけであり、もしさらに大きな向上を望むならば、それは明らかに無理な願いであり、文明の進化を創造的に推進することもできません。
遺伝子改造による人類向上の主な目的
異なる時空の因縁によって促され、すべての人類の遺伝子の本質には必要な改造が加えられました。また、人類の科学にとっては、古代にはこのような時機を全く見ることができなかったため、約五千年の時を待つ中で、人類の衆生に対して超越的なことを行うことはできなかったと言えます。
現代のように文明が進歩した時代であっても、周の封神演義の時代から現在の民国時代に至るまで、この数千年の歳月において、人類の根本的な資質はほとんど向上せず、新たな境地を開くことは難しい。このような縁（えにし）から見れば、人類の衆生にとっては、ただ安らかで快適な生活を送るだけに過ぎないのである。
また、歴代の王朝交代の際に生じた殺戮行為は、現代の人類衆生には到底理解し得ないものであり、あらゆる動乱の時代には、多くの人類衆生が理由もなく殺戮されることが頻繁に起こりました。このような時空は、中国であれ欧米諸国であれ区別なく、全世界が同じ状況にありました。
これはまたどのような原因によって引き起こされるのでしょうか。まさに地球の空間の中には、相互に対立し制約する関係があり、それぞれが互いに対立し合っています。これが発展すると、物事を見る正反対の異なる角度が生まれ、殺戮行為を形成するに至ります。これはまた非常に残酷な行為でもあります。
人類文明の科学技術が変革をもたらす
また人類の生存を許す一方で、多くのどうしようもない状況を生み出します。このような人類衆生の根本的な性質は、ただこのようなものに過ぎず、さらに一段階向上させようとすることは、非常に困難なことです。なぜなら、すべての生存における福報もまた、ただこの程度に過ぎず、それ以上に大きく増やすことはできないからです。
あたかも現代の時空が創造的に発展しているように、異なる時空で活動していても、このような福徳を増やすことはできません。これは人類の衆生が生存の方向性を選択する際に、どのような環境に生きるべきかというすべての要素が形成されると、福徳の不足という欠如が生じることであり、人類の衆生にとっては一種の戒めでもあります。
福徳の加護が必要であり、生存の方向性に対してより高尚な生活の質が求められる。異なる時空が必要であり、それによって未来において異なる生存環境が可能となる。人類衆生がこのような生存の方向性を目指す中で、なぜ過去数千年の歳月が不足し、欠けていたのか、その理由は何か。
人類の衆生のすべての生存志向は、ただ一般的な安らかな生活を追求するに過ぎません。もしそこに天災人禍や戦乱の破壊が加われば、多くの人類衆生が理由もなく殺害されることになります。この視点を置き換えて考えれば、もし自分が殺害される側であったなら、あなたは心から納得できるでしょうか？まさに納得できないはずです。
文明と科学技術が遺伝子改造を可能にした
このような戦禍が形成されると、非常に悪質な気の渦が生じ、冥王星全体を覆い尽くします。すべての人類衆生に対して、相当な悪影響と破壊力を及ぼすことになります。このような悪質な気の渦が解消されない場合、人類衆生に対してさらに残酷で有害な気の渦となり、いつまでも渦巻き続けて消えることがありません。
このような悪しき気の渦は、全地冥星から退散することはなく、いかなる人種や万物に遭遇しても、このような気場に干渉される。それゆえに、ここ数千年の間、なぜ人類衆生の災難が絶え間なく続いているのか？さらにすべての戦禍による破壊が加わり、人類衆生にとって悪循環を生み出しているのである。
このような気場に、清らかな空気と生存空間があるだろうか？それは不可能なことである。また、人類衆生がこのような悪しき気流の中にずっと留まることで、人類の生存の安寧はずっと影響を受け、より大きな向上と超越も達成できなくなる。なぜ人類は遺伝子の本質を向上させる必要があるのか？その理由もまたここにあるのである！
もし真に遺伝子の本質を向上させて創造することができなければ、現在の科学技術文明は存在しえず、過去の異なる時代に生きることをどうすることもできず、現代の科学技術文明と比較することも難しいでしょう。このような異なる時空、異なる因縁が、異なる人類の生存環境を形作っているのです。
科学技術が人類の遺伝子の成長を変える
現在の人類衆生は、すべての福徳が非常に豊かであり、それゆえに向上して成長し超越することが困難になっています。これは上蒼が常に憂慮していることの一つです。人類衆生は、自らの生存志向の中に不良な遺伝子を取り入れ、ただ生存環境の快適さを積み重ねているだけなのです。
もし単に快適で便利な普及だけならば、またどうしようもないことか！なぜこのようになるのか？これこそが上天の徳沢による改造であり、人類衆生の生活の質を向上させ、また科学技術文明によって創造されたものであり、過去の元会の文明をもって、現在の元会のすべての不足・欠如と誤りを向上させなければならないのである。
従って、進化した科学技術文明を持つことが正道である必要があります。また、このような文明が人類の生存の方向性を進化させるのです。なぜなら、それはすべての人類の生活の質を変え、人類がこのような文明の進化の中で、より大きな安楽と福徳を得ることができ、さらに生存の安楽にも寄与するからです。
これはまさに、人類の遺伝子の本質を大きく変え、「借り物の将軍」という発明創造を生み出したものである。同時に、人類の受胎を変化させ、過去のすべての不良な遺伝子を向上させた。これはまさに人類の衆生に対して、なぜすべての遺伝子の本質を進化させる創造が必要なのかを問いかけるものであり、それによってすべての文明と科学技術の成長を促すことができるのである。
地球空間に生まれるには、大きな福徳が必要です
相当に大きな福徳がなければ、人間道の世界に生まれ人として生きる機会を得ることはできません。そうでなければ、生存の拠り所を得ることさえ、生活の根本において不可能なのです。また、上蒼の徳沢と慈悲により、全体に「文明を借りる」創造が下ろされ、より大きな向上がもたらされ、人類衆生を利益しているのです。
この条件は人類の根本的な因質に対して必要であり、未来の福祉を創造し衆生に利益をもたらすためには、『崇心演義』の中で真実のままに、この数千年間の『封神演義』における全てのものを良し悪し問わずそのまま受け入れなければなりません。このようにして、あらゆる不良の気場が人類世界に絶えず渦巻いている状態が形成されるのです。
すべての改造された地冥星空間の進化に対して、より大きく優れた遺伝子へと成長させるため、老仙もまた未来の六年後には必ずや来られるであろう：真仏心宗がもう一つの大道使命任務を開き、これを実行する。これは必ず成し遂げなければならない大聖なる務めであり、また今この時においてこそ、このような機縁があるのである。
これらを進化させることは必要であり、過去において良し悪しを区別せずに全てを受け入れてきた不良な窮地を、取り除き成長させ改造することで、より大きな向上と超越を実現する。このように崇心宗脈は、必ずや今後六年を経た後、全ての成長と向上は上蒼によって全面的に責任を持って円満に乗り越えられることとなる。
崇心演義 封神演義を昇華す
また、多くの上界の高真仙仏も降臨し、共に『崇心演義』の実施を助け、すべての世の中の遺伝子の本質に対して、過去の不足や欠陥による誤りを真に改め、すべての「原霊子」を「原霊仏子」へと昇華させ、乗り越えさせることでしょう。これは、まさしく全地冥星を変える、確固たる実質的な作用となるはずです。
しかも、いかなる割引も許されない。すべての生存志向は、このような状況において必要とされるからこそ、真の向上と超越が生まれるのである。これは、上蒼が崇心宗脈にこの時代において授けた、特別なる使命の遂行である。まさにこの時空においてこそ、実現が促されるのである。
それゆえに、真仏心宗が行う聖なる任務は必然の流れであり、これによって過去の『封神演義』におけるすべての封神の不足や欠陥、誤りを照らし出し、向上させることができるのです。ですから、老仙も手をこまねいて見ているわけにはいかず、崇心にすべての大きな因縁があるのは、まさに上蒼がすでに定めた聖なる任務なのです。
上界の仙仏が降臨し、崇心の演義を主導される
必要に応じて、南無燃燈古佛、南無上德人天古佛など、数多くの聖神仙仏を総動員し、『封神演義』に登場するすべての存在を昇華・超越させ、現代において全人類衆生の根本的な資質を改造することが求められます。これは必然的な措置であり、また今後の趨勢においても必要不可欠なこととなっています。
ここに　南海古仏と　南屏道済古仏、さらに虚空天界の衆古仏…などが共同で推進し、現在の人類衆生の基本的な因質に対して、まさにすべての向上と超越を改造するものであり、この種のDNAをRNAへと進化させる向上は、必ず成し遂げなければならない一大聖務であります。
また、QNAの自ら光を放つ進化をありのままに進めることが、真実の性質であり、『封神演義』が『崇心演義』へと進化を遂げることで、人類衆生のさらなる進化を大きく促し、地冥星全体の浄化を実現することができます。これは、上蒼の基本的な恩恵であり、人類の遺伝子改造なのです。
封神演義を嘆かわしく思う
善悪すべてを収め、頼りがたし
不良な気旋が渦巻き続けることで　   　さらなる困難の基盤が形成される
天の御恵みをもって変えんとす　すべての不良なる気は移り去る
崇心演義で提昇を造り　   　善縁と福德の成就を添う
この偈は、すべての有情の衆生が互いに励まし合い、未来の人類衆生の基本的な素質をいかに改造し向上させるかについて述べています。また、すべての人類衆生の悪しき気場を取り除き、未来のあらゆる災難を最小限に抑えることができてこそ、はじめて上天の徳沢が人類衆生にもたらす福祉となるのです。
無極大勢至菩薩
無極大勢至菩薩、登台して諸賢達と共に会す
灯火大帝降臨来　　改造封神演義大
皆さん、こんばんは。今日はすべての崇心仙仏の先生方と諸賢生たち、そして無極大道学院および院修学士たちにとって、まさに未来の六年後を証明する「崇心演義」が、灯火光明大帝である姜太公子牙仙翁をはじめ、多くの上界の仙仏たちが降臨され、「封神演義」を昇華させることになるでしょう。
すべての「古代王朝の霊」に対して浄化と向上を図り、また「選抜された科学技術」の人材を育成することによってこそ、この数千年にわたって絶え間なく悪しき気の渦が取り巻いてきた状況を変革し、真にすべての人類の災難を最小限にまで和らげ、さらに向上して超越し、回帰して乗り越えることが、まさに正道である。
明日もまた水曜日で、全ての引渡しは通常通りです。来週は本宗脈の十五年堂慶であり、ちょうど第三十冊『大道唯識天書』の奉納書を上蒼の大吉良辰の日に奉ります。皆様は必ず事前に準備を整えてください。この佳き日を広く宣揚し、自らを成就させ、衆生を引渡すために必要なことです。
2015年、3月11日、13時41分◎＃※  了解
南極仙翁  長生大帝
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年11月15日　辛卯年十月二十日（火）
第十八回  文明科技　改造基因
南極の聖地に人は少なく　    　仙翁降りて杏壇に著きて導く
人類の根性は遺伝子を改め
変化は測り難く親と異なる
第十九回  人類基因　變化莫測
2011年11月18日　辛卯年十月二十三日（金曜日）
2011年11月25日 辛卯年十一月一日（金）
人類の遺伝子は変幻自在である
人道世界における遺伝子変化の作用に対して、どのような根性であるかを理解できるでしょうか？また、どのような遺伝子の本質であるかを明らかにしなければなりません。人類の生存における異なる変化に組み込まれることで、初めて各人の根性が異なることが現れ、全ての遺伝子の違いも形成されるのです。この種の根性と遺伝子には必ず類似した作用があります。
人類の衆生はこのような生存の志向において、異なる人格や行動様式の傾向を示しています。また、このような傾向に対しては、それぞれの人が異なる根性によって行動するため、人類の衆生に対して、なぜ異なる根性の基本的な素質が生じるのか？それが生活の中に組み込まれているのです。
すなわち、すべての地冥星は異なる種類の花の世界となり、人類衆生に対して多くの異なる根性が現れるのです。言えることは、最初の根性は皆同じであったが、幾度もの輪廻を経て異なる転変を遂げるうちに、異なる習性の変化が生じ、同じ人類でありながら異なる根性が形成されたということです。
人間のあらゆる事柄の連鎖は、その作用の形成はそれぞれ異なっており、また次のように言うこともできます：
人類の根性が他の動物よりも優れているのは、いかなる原因によってもたらされたのでしょうか。必ずや知るべきは、人類の遺伝子本質こそが、優秀で良好な人種の遺伝子を組み込むことによって、あらゆる文明の進化と向上を記憶できるようになるということです。
人類の根性と万物衆生の根性
他の万物の生きとし生けるものを以て言えば、このような人類の高等な遺伝子はなく、また生存の方向性は地冥星の空間において、人類を依り所としている。それゆえ、他の万物の生きとし生けるものに対しても、一部は人類の衆生が依り頼む食物連鎖を提供し、食物を供給して人類に提供することで、一分の長養する功徳性を持つことができるのである。
万物の蒼生は、なぜ人類衆生に食物連鎖を供給しなければならないのか？また、どのような原因によって形成されたのか？全体的な地冥星にとっては、飲食による温飽があってこそ生存の余地があるのであり、人類であれ他の万物の蒼生であれ皆同じである。この温飽の必要性に対して、すべての動くことのできる万物の蒼生が成り立っているのである。
これらの万物の生きとし生けるものには、成長する種があり、食物連鎖による供給の拠り所が生じる。また、人類衆生が生活の方向性に入る際には、温飽が満たされて初めて活動力が生まれる。ゆえに、上天の徳沢は、人類衆生を養い育て、さらに他の万物の生きとし生けるものを捕獲して供給するという形で示されるのである。
また食物連鎖において頼りにすることができ、不足を憂えることのないものは、このような縁は必ず万物蒼生の供給によって成り立ちます。他の万物蒼生に対しては、長養の功徳性を持つことができ、単に人類衆生の食物連鎖を供給するだけではなく、万物蒼生の食物連鎖にも、温飽の必需性を加えているのです。
人類が成長するにつれて、あらゆる根性の変化は測り知れない
すべての生存の方向性が形成されるのは、人間の衆生だけに限らず、実にすべての万物の生きとし生けるものは、温飽を得るための行動が必要であり、動くことのできるすべての動物を含みます。これは紛れもない必要性であり、満ち足りた食事を得るための行動がなければ、食物連鎖を通じた温飽を実現することはできません。それは人間の衆生による飼育と捕獲に由来するものです。
他の生物を区別せず、すべてを人間の食物連鎖に組み入れることを望まないならば、この状況は一種の殺戮行為として不慈悲である。そうでなければ、人間の飲食は野菜や果物だけでは済まず、人間の栄養バランスが崩れ、人類の衆生にさまざまな偏りが生じることになる。
必ずや人類衆生のあらゆる異なる因質を変えることになる。まさに人類衆生が当然のことと信じてきたものであり、古より現代に至るまで常にそうであったと信じている。人類の食物連鎖の中に異なる種の指向性を加えることで、人類衆生の栄養素供給が形成されるのであり、まさにこれこそが必然なのである。
人類の衆生の遺伝子本質の中には、必ず食物を取り入れる必要があり、他の種の衆生に対して、多くの不良な気体を加えることになります。この状況は、人類の衆生にとって、これこそが正しいと根本的に考えられていますが、知らないのは、人類の衆生が他の万物を食べない時、それは単なる菜食や野菜食だけではないということです。
人類の遺伝子改変はどのように寿命を延ばすのか
人類衆生が最初に降下した段階では、飲食を必要とせず、また人類の身体の運動エネルギーも、先天のエネルギーから進化したものであった。このような進化を遂げた人類衆生は、地冥星の清らかな空気を吸い込むだけで生存できたのである。なぜこのような条件があったのかと言えば、まさに仙人のような存在だったからに他ならない！実は元々そうだったのではないだろうか？
すべての人類衆生はなぜ現代において、ただ清浄な空気を吸うだけでは、もはや現在の人類衆生が生存できる条件ではなくなってしまったのか。それは人類衆生が現在のこのような生活空間において、すでに地球全体の清浄な空間を、甚大な破壊と損傷に至らしめてしまったからである。
人類の衆生は、もはやかつてのように「食物連鎖を必要とせず」、新鮮な空気を吸い込むだけで生き延びることは不可能です。なぜなら、現在の空気にはすでにかなりの有害ガスが蔓延しており、すべての人類衆生の身体と生活空間の安寧を損なっているからです。このような生存状況に対して、人々はすでに麻痺してしまっています。
このような状況は、人間の衆生に、本来の生存の基本条件はすべてこのようなものだと思わせ、すでにますます汚濁した空間にいることも理解できず、また人間が生存している地球の空間では、このような空間がどうあるべきかを根本的に理解することができません。過去に頼ることはもはやできず、ただ空気を吸い込むだけではいけないのです。
清らかな空気が生活空間を変える
人類の衆生がこの数千年間において、他の万物の蒼生が依存し、食物連鎖によって供給されるものに頼ることで温飽を得てきたことが、人類の寿命が大幅に短縮される原因となっているのはなぜでしょうか。それは、他の万物の蒼生から生じる不良な気体が、人間の身体の中に取り込まれることによるものです。
皆さんはよく考えてみてください。なぜ人類衆生がこのような制限の中で、すべての人類衆生の「生命の寿命」がますます衰微していく原因が形成されるのか。まさにこのようにして形成され、また食物連鎖を通じて供給されることで、多くの不良な気体が深まり、人体の中に充満して蓄積されているからなのです。
人類の肉体が長寿を得られず、寿命が短縮され続けている原因は、ましてや現代においてはなおさら顕著である。これは人類衆生がこのような時代状況の中で、自らを悪しき時局の障害へと歩ませ、人間の肉体が持つあらゆる生活を破壊しているからである。
したがって、現在の食物連鎖を通じて供給されるものは、すべての地球に対して：大気汚染、農薬汚染、水資源汚染、生物化学汚染…などを形成し、あまりにも多くの汚染が存在し、さらにすべての人類衆生の身体に対して、すでに非常に大きな殺傷力を生み出しており、特に台湾地域においてはなおさらである。
生きた細菌が万物の生命を侵す
現代の科学技術文明は、このような病状の長期化を改善できるはずですが、かえって生命を脅かす結果を生み出しています。あらゆる有害な気体が人間を含む衆生を損ない始めた時、すなわち人類の肉体はもはや進化の歩みに耐えられなくなり、人類は自らの生命を破壊する存在へと変容してしまったのです。
人類の寿命は形成されて以来、病苦による消耗が絶えず続いており、生命が消え去るのはもはや高齢者だけの特権ではない。人間世界の視点から見れば、一甲子（60年）を超える寿命に達しない者は、すべて「夭寿」と言える。このような夭寿に終わる人類衆生は、いわば早逝したのである。
人類の遺伝子変化により、異なる世代の基本素質が生まれ、これが人類のあらゆる生存志向に組み込まれています。身体の健康を大切にすることは必須であり、したがって人類の衆生は遺伝子の本質において、人体機能を変化させ、より健康な身体へと進化させる必要があります。このような条件は、人類の衆生にとって当然のあり方なのです。
抗体が生じ、生化学的な身体を形成する
およそ今後五十年以内に必ず実行しなければ、将来の災難による被害を軽減することができません。なぜなら、世の中のあらゆる災難は必ず人間の身体の健康を絶えず侵し続けるからです。さらに、今後二十年ほどの間に人類の身体は、あらゆる有害な生化学的細菌の繁殖によって大きく変化することになるでしょう。
人類の衆生により大きな成長をもたらすことが必要であり、それは真実の性質に合致するものである。また、人類の衆生の異なる遺伝子変化を真に変えることも必要であり、まさにこのようにしてこそ、生化学的な細菌に破壊され、貴重な生命を失うことを免れることができる。なぜ同じ一種の細菌が、異なる人種に加わることで、異なる破壊の変化を引き起こすのか。
多くの異なる遺伝子が現れ、この時空にいるすべての人類衆生に対して、一種の生化学的細菌が区別されます。しかし、一部の人種と万物の衆生は消滅してしまいますが、別の一部は無事でいられます。これはいったいどのような原因によるのでしょうか？まさに人類の異なる抗体によって形成されるのです。
妊娠を利用して人類の遺伝子を改変できる
言えることは、現代世界の人種の遺伝子は既に一部改造されており、この部分の基本的な素因が形成され、これにより将来のあらゆる生化学的細菌の繁殖を防ぐことができるということです。これはすべての「借りた遺伝子」の変化に対してであり、すでに変化した遺伝子の本質から、全人類に対する抗体が生まれたのです。
人類の世界に存在しない生化学的抗体が追加されるのは、なぜ古くからある生化学的細菌から繁殖したものには、人類の消滅と存続に対して異なる生化学的細菌が存在し、なぜ異なる抗体が現れるのか？人類はこのような時空の中で、人類の遺伝子の変化が予測不可能であることを理解する必要があり、一部はすでに生化学的免疫抗体が組み込まれている。
人類の遺伝子を変えることができ、未来にも大部分が施行されるでしょう。人類の基本的な資質は予測不可能であり、また、文明を借りることで同時に生化学的免疫力を持つため、ゆっくりと伝播させる必要があります。そうして初めて人間社会を変える可能性があります。すべての生化学的細菌による破壊は必ずこのようなものであり、未来の人類を向上させるための種子の原因となります。
人類の遺伝子は変わりゆく　受胎を通じて伝えられていく
先天免疫生来の菌　   　防ぐ力は千千万万
有情世界の優勢を造るには
必ずやこのように明白である必要がある
エネルギーを高めて支えとなすならば　未来の災いは消え失せるであろう
この偈は、人類の衆生が互いに励まし合うものであり、人類の衆生の遺伝子変化が予測できないことに対しても、一種の生化学的細菌が人類世界に降り注ぎ、異なる国々と人類の衆生を形成し、先天免疫力を促進し、さらにすべての生化学的細菌の繁殖を解消するものである。まさに「将を借りて受胎する」という機能がある。
同時に、これらの「借りた将軍による受胎」を、人間世界に存在する遺伝子を変化させることで、一部の人類衆生はこのような災いの到来を免れ、全ての未来の科学技術文明が超越し続けることができるのです。皆様が崇心宗脈の著作にご相伴いただき、しばらくお邪魔いたしました。ありがとうございました。ではまたお会いしましょう。
無極註生娘娘
無極註生娘娘の御座に登り、有情の諸神人と共に会す。
皆様吉祥、安寧でありますように　十五周年の慶び、福と禄が訪れます
諸聖佛と諸賢生、及び無極大道院、院修學士の皆様、今晩は。本日は四極長生大帝南極仙翁が降臨され、大道杏壇第十九回を著作されました。人類の遺伝子とその変化の不可思議を分析し、生化学的細菌が如何に繁殖するかに対する先天免疫について、人類の衆生が理解できるよう解説されました。
全ての人類衆生を向上させる力があるのは、先天免疫が「借り受けた受孕」後に残された種の因縁によるものであり、すべての文明と科学技術の発展を形成しています。まさにこのような状況が創造されたのです。上蒼の徳と恵みがどのようなものであるかを知る必要があります。仙仏の師匠の徳と恵みはまたどのようなものでしょうか？
これにより、崇心宗脈が未来に向けた弘化と成長を目指し、また人間世界の遺伝子本質の改造を着実に成し遂げていることがお分かりいただけます。明日はまた土曜日、すべての引渡しは通常通り行われ、これもまた禅師の授業の時間です。皆さん、一緒に学びましょう！相対的に、自らの向上と成長を超える利益を得ることになるでしょう。
またお知らせしますが、崇心宗脈十五周年堂慶が間もなく訪れます。同時に『大道唯識』天書繳書法会も開催されますが、残り一週間ほどとなりました。すべてを早めに準備し進めておきましょう！そうすれば当日慌てることもなく、善縁に応える努力がより大きな成就をもたらし、良き人材が集まってくることでしょう。
2015年、03月11日、13時42分◎＃※  了解
太極天皇大帝
太極初めて世に降りし時　天皇大帝の徳沢を宣べる
大道杏壇二十回　    　道徳と科学技術の縁は浅からず
第二十回　大道の杏壇　古道德學
大道杏壇古道德學
人間がこの世に生を受けると、安らかで快適な生活を送るものですが、生活における志向性は、人間が持つ欲求の必然性に由来しています。この欲求の必然性は、平穏で安楽な生活を経た後に、非常に切実な必要性となり、日常生活の細々とした営みを形作っていくのです。
もし不安定な生存志向があれば、平穏で安らかな生活を真に向上させる志向を引き起こし、平穏で安らかな生活には平和で争いのない必要性があります。したがって、生存志向は、人類のすべての需要の中から、平穏で良好な生存空間が必ず必要であり、それによって安らかさが達成されるのです。
人類の衆生は安穏な生活の中にあって、集団として生存する必然性があります。この集団生存には、従うべき一定の規律が必要であり、管理の規則を必要とします。それによって人類は互いに争いながら生きるのではなく、道徳に依拠する必要があります。この必要性の働きこそが正しい道なのです。
人類の衆生は互いに群居生活に依存し合っており、このような条件は相互に
助け合いの中に依存して生存の方向性が生まれ、人類の衆生にとっては同じ地域に群居して集まる場所となります。このような生存の方向性は、様々な異なる職業によって作り出され、また様々な異なる職業が、生活の中のあらゆるものを提供するのです。
古き道徳学の依って立つところ
人類が必要とする物質を供給することは、集団社会において不可欠なことであり、まさに集団生活の中の一人ひとりが規制されることによって、異なる詳細な規則や綱領が管理のために設けられます。しかし、すべての規則に対してあまりにも多くの規範があると、それを超える者も現れるため、規制によって管理する場合には、どうしても完璧でない部分が生じるものです。
相互に融合することができるかどうか、この時こそ「道徳規範」が施行される必要があります。それは、条文や規則よりも、集団社会に適しています。また、このような集団生活においては、道徳が生存志向に依存することで、人類の衆生が集団生活の中で快適で安寧を得ることができ、安らかな志向を持つことができるようになります。
集団で居住する地域のすべての生存者にとって、管理と規制の必要性は存在します。この必要性の中に管理制度だけがあれば、多くの不適応な条項が生じることは避けられません。管理制度に対しては、皆が共に守るべき必須性があります。また、道徳規範があるからこそ、管理規制よりも容易に完全な形を成し得るのです。
相対的には、より円満に相互融合することができます。そのため、管理規制を施行するにあたっては、各地域に暮らす人類衆生にとって比較的良好な制度があり、管理制度の面では道徳規範が施行されています。これは自発的に行われる必要があり、単に管理規制を施行するためだけのものではありません。
杏壇教化の管理制度
もしそうであれば、根本的に自発的な「道徳規範」に依拠することなどあり得ません。また、道徳規範が存在するのは、すでに異なる元会において施行されており、それぞれの元会においてこのような道徳規範を依り所としているからです。ですから、人類衆生はこのような綱紀の下で、それぞれ異なる道徳規範を遵守しているのです。
まさに「古道德學」によって現代の人間社会を進化させるためには、古道德學のすべての実践が必要不可欠であり、単に時空を超えた道徳規範を修正・変更するだけにとどまらず、これらすべては人類衆生の生存志向を通じて、人間社会のあらゆる管理規制の必要性に組み込まれなければならない。
人類の集団生活は自発的なものから生まれ、それによって初めて全ての管理制度が実施されるのです。また、人類の集団生活は必然的なものであり、全ての規範や規律の施行は、「道徳規範」という自発的な力には及びません。ですから、集団社会において人類がなぜ規則を必要とするのか、それは人類の集団生活の中で実施されるためなのです。
「自発的な道徳規範」が必要であり、これはすべての集団生活における礼儀制度に不可欠です。礼制規範が確立され、人々の日常生活に組み込まれることで、このような生活様式は相互尊重に必要なものとなり、上位からの指示が下位に伝わり、皆が共に守るべき規則として確立されることが求められます。
古き道徳の学問はまさに杏壇をもって教化を行ったのである
一方、下の者が尊び奉ることで上の政策が施行されると、一種の群居制度が連鎖的に形成され、将来のあらゆる生存の方向性が相互に円満となる。このような綱領は、あらゆる管理制度に適合して施行される必要があり、またすべての異なる地域においては、異なる規制が設けられ、人類衆生を管理するために施行されることとなる。
この種の規範は、人類の日常生活において必要不可欠なものであり、共通して守るべき道徳規範としての役割を果たすからこそ、正しい道と言えるのです。それによって、すべての人々は互いに尊重し合う必要性を感じるようになり、その相互尊重の実践の中で、すでにすべての管理規則が遵守され、実行されていることになるのです。
これが人間の衆生が、なぜ管理規制の施行において『自発的な道徳規範』を守る必要があるのかという理由です。それが一つの風潮を形成し、皆が共同でこの管理規制の施行を遵守することで、違反者にはある種の懲罰が、遵守者にはある種の奨励が与えられるのです。
すべての規範を相互に円満に施行することができ、『古道德學』に対して施行するにあたっては、まさにそれぞれの時空の因縁を連ねて円満な規制をなすのである。また、なぜ異なる時空の因縁が相互に円満である必要があるのか、それはあらゆる時空の過去の依拠を促すためである。さらに、なぜ『古道德學』を現代の世に下ろす必要があるのか。
前車の鑑は人類に警鐘を鳴らす
これらの管理規定を実施するにあたり、なぜこのようにする必要があるのか。まさに管理規則を実施する上では、皆が共に遵守することが必要であり、違反者には必ず何らかの罰則処置を設けるべきだからです。これにより違反者は次回の再犯を警戒するとともに、このような処罰を受けた前例を教訓として銘記すべきです。
同時に、すべての群居する人類衆生に対し、すべての人類衆生への警告ともなり、また：一を殺して百を戒しめる行為でもある。人類衆生は「古道德学」の中で、すべての規制が人類衆生自身によって定められたものであることを知る必要があり、規章制度や典則規範もまた、このようにあるべきなのである。
また管理制度に対しては、すべての群居社会が共同で責任を負うことを施行し、皆も共同で遵守できるようにし、管理者に人々に警告を与え、管理制度の施行を越えてはならないことを告げさせます。異なる時空が形成されれば、異なる制度規範が施行されることになり、古来の道徳学に依拠して、これらの規則制度を施行していきます。
これにより安心の方向性が確立され、同時に外部要因が取り除かれ、集団社会全体の安寧も守られます。誰もが規則の施行を共に守ることを信じれば、個人英雄主義は生じず、集団社会全体に対して相互に円満な関係が築かれるでしょう。
共に世の中の管理規則を遵守する
群居の共同体全体が安寧の法則を遵守する必要があり、人類の衆生はこのような条綱に従って行動します。すべての不足や欠陥、誤りを修正することは、改正の根拠となり、またこれらの共同遵守者に対しては一種の褒賞となり、違反者に対しては一種の罰則となります。相対的に、これらを戒めとします。
人類が規範を施行する際には、同時に道徳的規範も相互に遵守され、管理制度の施行を越えることもありません。これは人類が集団社会において必ず円満に遵守すべきことであり、互いに他者の生活領域を尊重し、自らを尊重すると同時に他者も尊重する。これこそが道徳が依拠する模範なのです。
人類の衆生は、この種の規範によって、共通して遵守する必要性が生じます。同時に、地域全体の安寧を守ることも必要であり、それは自らが他人を尊重し、他人も自らを尊重することです。これは非常に良好な規範であり、またこの種の条綱に対しては、「道」と「徳」の両者を以って施行するものです。
大道は杏壇にあり、古の道徳学の依りて持つところなり。
「道」は綱領であり道筋であり、「徳」は良き規範である。この二つが互いに結びついて道を成すとき、それはまさに極めて善く美しい行いとなる。もしこれを越える者がいれば、他の遵守者に対して非常に悪い模範を示す不安を生じさせる。道徳規範は越えてはならない規制として施行されるものである。
これは、宇宙、無極、虚空、昊天…など、および人世間が共に遵守する条綱であり、また異なる地域において異なる施行がある。いかなる国や団体であっても、それぞれの地域に特有の条綱があり、すべての人類衆生に対して、異なる規制の施行を共に遵守してきたのである。
人類の衆生に対しては、共通して遵守すべき条綱があります。つまり、道徳規範が施行され、相互に補完し合いながら管理規制が行われます。有情衆生に対しては、このような規制の管理基準に従う必要があります。人類の衆生に対しては、この規範を確立し、皆が共同で遵守することが、まさに正道なのです。
科学技術文明は人間を創造し、下界の有情を教化する徳は浅からず
道徳規範が互いに補完し合い　管理規則が順守の道筋を示す
文化は成長し道徳を育み
文明は超越してかくの如く進む
必ずや善き人倫を有することを要し、　   　直ちに円満に天下に頒つべし
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合い、すべての生存の方向性は一歩一歩達成される必要があり、またすべての規範の施行は、異なる時空の因縁、異なる地域、異なる惑星において行われるが、しかし全体の大道が演繹する徳の恵みから離れることはほとんどない。これは　上蒼が千万年来、一貫して基本としてきた行いである。
この「大道」が「徳沢」を演繹する中で、まさに「道徳」を依り所としていることは、すべての宇宙の星々が実践する準則であり、人類衆生が「道徳規範」を連ねて実践するものです。現在において未来の実践を築くためには、このようにする必要があり、それによって初めて人類衆生に対して良き模範を示すことができるのです。
無極地母至尊
無極地母至尊登　　　共會有情諸賢生
皆様吉祥、安寧でありますように　   　弘揚と拡大は今まさに成らんとしています
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は四極太極天皇大帝がご降臨され、大道杏壇第二十回を著作されました。大道杏壇と古道德學を人道世界に下化し、すべての人類衆生が共に遵行すべき法則の構築について、詳しく剖析されます。
皆様がご理解いただけるように、またこのような規範があるのは、大いなる「道」と「徳」の恵みが進化し展開する過程に依拠しているからです。これこそが大道杏壇の基本原則であり、未来の四億の星々が共に遵守すべき綱領でもあります。宇宙の星々に存在する人類世界においても、このように施行されるのです。
2015年、3月11日、13時43分◎＃※  了解
東極青華大帝
◆ 跋・讃賀 ◆
南無大日如來佛　降跋四於  儒宗聖教
2011年11月29日 辛卯年十一月五日（火）
◆ 本文 ◆
第十九回  人類基因　變化莫測
東極の聖地に少しく明朗あり　　青華大帝の徳沢は航す
大道杏壇第二十一回　　古き道徳学は人の性善なり
第二十一回　古の道徳学  人の性は善良なり
古き道徳の学びは、人の本性が善良であることを説く
人類の衆生が生存志向に入ると、すべての生活は必然性を帯びることになります。実際、あらゆる有情衆生にとって、自らの腹を十分に満たすことは極めて現実的な問題です。この条件は、有情衆生であれば、動くことのできるすべての種において同様であり、この問題は飽食の重要性に関わってくるのです。
このような衣食住の必要性があるからこそ、すべての事象連鎖の行動が引き起こされ、方向性の中に通貨連鎖の必然性が形成されるのです。また、このような人間の衆生こそが基本的な要求を持つのであり、他の万物の衆生に対しては、通貨連鎖と事象連鎖を互いに重ね合わせる必要はありません。
それゆえに人類衆生に対しては、このような行為動作が必要であり、食物連鎖の供給に加わり、さらに事物連鎖の需要を創造することで、一種の報酬が形成される。また通貨連鎖＝通用貨幣と結びつき、人類衆生が群居生活を志向するよう促すのである。
それぞれの家庭が形成されるには、まず食物連鎖が整い、その後で家事の連鎖が生じる必要があります。
継続して努力を重ねれば、やがては豊かな報酬が得られ、家族全員の生活を支えることができるようになります。このような人々には道徳の拠り所が生まれ、そのような環境の中で互いに成長し合うことができるのです。
大道杏壇、道徳の依り帰する組合
人類の衆生が生存の方向性を求めるのは、生活の中から生まれるものであり、そこには天に対する道徳的依存が連鎖的に存在しています。この道徳的依存は、ただ今この瞬間に突然現れたものではなく、天地の進化の過程の中で既に備わっていたものであり、それは「無為の創造」であり、また一つの成長でもあるのです。
天地の中心を形成する中で、既に備わっていた条綱は、宇宙が徳と恵みを演繹する中で、大いなる「道」の組み合わせが「徳」の恵みに依拠し、「道徳」を形成して備わることとなりました。人類世界が生活の方向性に依存する中で、まさに「道と徳」の両者が備わり、この世において施行されるのです。
実に！天地の浄化過程において、本来から『道と徳』という規範が備わっている。この種の規範は、人間社会に導き入れて応用されることによって、はじめて生存の依拠となるすべての準則を成し遂げることができる。ゆえに、人間社会における『道徳』の応用と依拠は、単に有情世界の人類衆生だけに限られるものではないのである。
さらに、地冥星の全空間を含め、目に見える有形の実相体と、目に見えない霊的な存在も、これらすべては『道と徳』を通じて充足される必要がある。有形と無形の世界に対して、道徳規範が備わり、それに依拠することによって初めて、人間世界と無形世界の生存法則が存在するのである。
道徳は人間の生存に依存している
したがって、天地の浄化過程においては、「無為」のうちに、道徳の規律が主体となって働きます。それゆえに、人間の世界には先天的に善良な本性が存在するのです。このような天地の演繹は道徳に依拠して作用するため、人間の世界における最初の行動は「十分な食物を得る必要性」でなければなりません。
これは、地冥星に存在するすべての活動する万物と生きとし生けるものに備わる基本的な作用の後、全体の地冥星のすべての進化過程に共同で参与することである。この種の参与は「無為」を規範とし、しかも「道徳」を基準とする。つまり、人類の衆生が生存の方向性を求める中で、道徳の規範と綱領に背くことはできないのである。
万物の衆生に対しては、必ずありのままに対応しなければなりません。つまり、互いに結びつき合い、共に方向を定めることこそが正道なのです。そのためには、必ず道徳的な規範が必要です。なぜそうしなければならないのでしょうか。一般の人間の衆生は皆、人間は「生まれながらにして性は善である」と考えていますが、実は人間が生まれながらに性が善であるというのは間違いではありません。しかし、人間が生まれながらに性が悪であるというのもまた正しいのです。
このような有情衆生の浄化に対しては、人間の衆生が悪を為すことができると考えることなく、道徳的規範を考える必要もないと理解すべきである。すべての善性と悪性を理解する必要があり、また人間世界で生きて初めて「善と悪」の区別が明らかになるのである。これは人としての基本である。
大道杏壇の人性は善良なり
また、道徳への依存があるからこそ、人類の衆生が学び成長することで、自らが本質を向上させる創造が可能となり、このような本質の向上を通じて、先天から存在する「性性本質」を備えることができるのです。そして、生存の法則は学びと成長そのものであり、それによって初めて安らぎに至ることができるのです。
このような人類衆生の「性の本質」においては、善悪や良し悪しを区別しない。ただ人間が下界に降りた後、学習と成長の過程において、あらゆる生存の方向性の中で必要とされるものや進化を担ううちに、「善性と悪性」という二つの区別が生じるのである。
宗教による洗練を経て後、『仏性と魔性』を顕現させることができます。この時、自己の未来に対し、上昇と下降という区別が生じるのです。ですから、「人の初め、性本善」というのは間違いではありませんが、実は人の初め、性は本悪でもあるのです。それゆえにこそ、未来の福と禍の区別が促されるのです。
すべての人間衆生は、なぜ善き方向に向かって行動しないのでしょうか。あえて悪しき方向に進み、悪をなすのは、まさに人間衆生の「性の本質」に、検討に値する点があることを理解できるからではないでしょうか。それゆえに、仏性の種因へと昇華し、成就に至ることは、比較的容易なことなのです。
古き道徳学の基本的な作用
理解できることとして、魔性の種因に対しては、必ず内部に入り込んでそのすべての経緯と有様を探究しなければならない。そうしなければ、どうして人類の衆生に対して一種の先天的免疫を持つことができるだろうか。一般的には、これを理解し困惑を解くことは非常に難しい。また、宗教による洗浄を受けた後は、宗教による所知障と惑障に縛られ、有情衆生は束縛されてしまうからである。
また、宗教的障壁と教義的障壁の中で、自らの向上と超越を阻害することが常態化している。このような人間衆生には、真の修行者として如何により大きな成長を遂げるかという点において、相当な困難が存在する。「古道德学」はまさに人間本来の善良な本性であり、必ずや仏性へと浄化されるべき基盤なのである。
また同時に、古代の道徳学において人間性の悪質さを修正し変革するものとして、人類衆生を教化し除くものである。したがって、古代の時代の元会から見れば、現代の人類衆生はなぜ「古代の道徳学」をこの元会に下ろして教化しなければならないのか、人類衆生がずっと根本的な原因に回帰し超越できない理由は何か、そしてそれはどのようなものなのか？
人間の根本的な性質について言えば、とっくに超越して回帰できていてもおかしくないのに、なぜずっと人間世界に深く留まり続けているのか。それは宗教の文字の障害や迷いの障害に制約され、さらに「宗教の障害と教義の障害」に縛られているためであり、これが人間の衆生をずっと人道世界に束縛している最も主要な原因なのである。
人間の根性の善悪が生存を形作る
このような限界と障害を乗り越えて初めて、人間は本来備わっているもの――人間の本性は善であるという、その善良な本性を活用できる。この善良な本性こそ、善良な方向へと向上させるべき正道である。ではなぜ人間の衆生は、善良な本性をなかなか顕現させることができず、それを生き方の指針とすることが難しいのか。それは実に難しいことだからである！
人類の衆生には、もともと向上へと高まる必要性があります。この人類の善良な根性を高めるための取り組みは、あらゆる不良な根性の顕現を改める必要があり、この条件はすべての人類にとって再進化と成長です。人類は群居動物であるため、管理と規制が施行されるのです。上昇も墜落も、すべて自らが選択するものです。
この種の管理規則は、もし悪意を持って行使される場合、管理者に対して非常に大きな問題を引き起こします。管理者こそが全居住者であることを理解する必要があり、道徳規範に基づいて実施されることで、より良好な共同生活が実現できるかどうかが、まさに人類の生存法則であり、誰であれ例外なくこの原則に従わなければなりません。
また、これらが「法界体性智」に入る者は、汝と我を分別せず、万物の蒼生をも分別せず、皆一種の相当に進化した「同胞愛」を有している。これは進化によって向上し得るものであり、古来の道徳学に対しては、人間性の善良さを完成させ超越するものであり、原始的な「性の本質」に局限されるものではない。
性性の本質は仏魔の真如、種因となる。
この種は仏性の本質を顕わにし、まさに「仏性真如」に対して実際に完全に現前させることができる。人類の生存法則においては必ずこのようでなければならず、さもなければいかなる管理者も、集団で居住する者に対してより円満な進化をもたらすことは難しい。また人類世界はまさにこのようにして古来の道徳学に依拠して進化してきたのである。
人類世界の向上は、まさに現代世代において一層このような進化が進んでおり、古来の道徳学が現代世代において進化し成長を遂げることで初めて、悪しき因縁の質に埋もれることを免れるのです。現在の成長と向上こそが、すべての21世紀の人類衆生にとって、より超越的な回帰へと進化するためのまさに真実の道なのです。
人間の本性は本来善良な根性を持つべきなのに、なぜ常に悪しき根性の行いに陥ってしまうのか、その原因は何なのだろうか。実は、人間の生存利益を追求する過程で、善良な根性は埋もれてしまい、向上させることができず、常に悪しき根性の行いが顕在化してしまう。こうして永遠に成長を超えることができず、どうしようもない状況に陥ってしまうのだ！
古き道徳学を基盤とし、人間の本質を高める契機となる。
善き根性を備えていると自負するも、実は悪しき性質の体となっている。
二十一世紀に入り改造が進む
人類の遺伝子本質は高まる
種因を向上させ進化を図る　   　回帰超越は限りなく良し
この偈頌は、すべての有情衆生が互いに励まし合うべきものであり、すべての人類衆生の根性の本質は、本来「性性良善」であるべきです。なぜ人類衆生から生じるのは、良くない悪性の根性なのでしょうか？これはまさに検討に値する問題です！すべての人類の遺伝子の本質がどのようなものであるかを理解することが、まさにそれを取り除く必要性があることを示しているのです。
また人類衆生が最も理解し難い困難な点は、あらゆる性体を知ることができず、ただ漠然と生きているだけであり、向上できるかどうかも非常に難しいことです。皆様が著作にご協力くださり、ありがとうございました。崇心宗脈の十五周年堂慶が間近に迫っております。明日の献書法会の後、再び天界にお戻りになりますので、皆様もお疲れ様でした。さようなら。
無極王母娘娘
無極王母の娘娘が登臨され、崇心の諸神人と共に会される。
十五年慶は間近に迫り、法会は書を携えて天に帰る
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は四極のうち、東極青華大帝がご降臨され、大道杏壇第二十一回を著作されました。古来の道徳学における人間性の善良なる根源を分析し、世の全ての人々が性の本質を理解できるようにされました。それは原始的な善良と悪陋との区別にほかなりません。
性本善と性本悪は、いずれも後に学習と成長によって形成されるものであり、これに基づいて世の中に道徳的規範を施行し、依拠させるのが正しい道です。このようにすることで、人々は自ら選ぶ余地を持つことができ、まさに自らが受け入れるか否かの区別であり、上昇と下降の分岐点ともなり、将来の益を得るか否かの結果を形成するのです。
2015年、3月11日、13時43分◎＃※  了解
南無燃燈古仏降りたまう　真仏心宗は遠き疆に兆す
大道杏壇二十二回　　社稷は集成して道徳の航となる
第二十二回　社稷を成し　道徳を伝う
社稷は集成し、道徳は伝播す
有情なる衆生が人道世界に生存するには、一つの社会共同体の形成があり、多くの便利な生活の営みがあります。このような条件は人類の衆生にとって、非常に大きなよりどころとなります。また、このように集まって形成される社会共同体があるからこそ、様々な異なる職業が生まれ、多様な生存環境の中に存在することができるのです。
様々な物資を提供することは、人類の衆生にとって非常に便利な生活をもたらします。なぜなら、社会が集まって形成されると、生活に必要な様々な業種が生まれ、依存できるようになるからです。つまり、衣・食・住・行・育・楽の各分野で多様な利便性が行使され、普遍的な効果を発揮することができるのです。
これは国家の機能を集約したものであり、人類の衆生が生活を営む中で、様々な職業が生まれ、あらゆる衆生の生存と安楽を創造する。また人類の生存には、食物連鎖の組み合わせによる衣食住という実現可能な事柄があり、そこから様々な職業の提供者たちが派生していくのである。
事業連鎖の供給において、様々な業種の経営が十分に円滑に行われるようになります。
財貨の連鎖の蓄積は、異なる業種の収入に対して、それぞれの業種の役割によって異なる影響を及ぼし、「豊かさと不足」の区別が生じる。これはまさに、人間の衆生が集まって社会を形成する上で必然的に生じる現象である。
社稷は道徳を集成し、普く化を施す。
このような集合社会において「綱常倫理」の規範を施行するにあたり、最も重要なのは道徳の普及であり、まさにこのように構築すべきである。すなわち「古来の道徳学」を現代の人類社会に融合させ、このような形でこそ安らかな生活空間が実現し、人々が恩恵を受けることができるのである。
人類世界はこのようなものであり、また「古道德學」の下で現代世界に溶け込んでいます。『道徳』とは善良な風習であり、いかなる国や宗教も区別なく同様です。では、このような『道徳』が持つ付随的な作用を、どのようにして一つの社会に集約して施行すべきでしょうか？
したがって、人類の衆生はなぜ道徳的依存を持つことが正しいのか？それは、生活の方向性において、もし人類の衆生が道徳的規範の施行時にそれを遵守できなければ、多くの越境者が生じ、人間の管理規制を超えてしまい、もはや安らかな生活を送ることができなくなることを理解する必要があるからです。
必ずや多くの生存への恐怖が生じるでしょう。このような状況下での生存は、自由自在な安らかな生活を送ることは難しく、道徳的な規制を施行しなければなりません。そうして初めて、秩序ある道徳規範を確立することができ、この道徳規範を人類の衆生の心の中に築き上げることができます。これはすべての「道徳」規制を施行するためのものです。
道徳が広く世に伝わり、人々がその恩恵を受ける
この種の道徳規範を実施するには、必ず「自発的・自主的」に行わなければなりません。道徳規範を超えて実施してしまうと、他の人々に遵守しにくい誤った観念を抱かせてしまいます。したがって、道徳的規制は国家の法律の不足を補うと同時に、人間の「倫理」における誤りや欠如を修正し、改善する役割を果たすのです。
一般の人間の衆生は、もし少しでも道徳規範を越えた行いをしたとしても、それは国家の法律によって罰せられたり、刑罰を受けることはありません。しかし、もし道徳規範に背く行いをしたならば、次からは二度と繰り返さないように心に刻み、「羞恥心」を持って過ちを正すよう努めるでしょう。
人類の衆生が国家の法律を制定するにあたり、何事においても少しでも逸脱すれば、罰せられることになります。しかし、国家の法律は人情や世間の常識の外にあるものではなく、道徳的規範を施行するには、まず人類の衆生の心理的観念に基づいて確立し、道徳的規範の思想を強化することが必要です。
この中心的な思想観念が確立されれば、国家の法律よりも有用な「道徳的羞恥心」が生まれ、必ず道徳的規範の実践において形成される。これは「教育、教化」による薫陶から来るものであり、人類のあらゆる生存の在り方において、生活の規範を越えることなく促進することができる。
宗教教育は法律の不足を補うことができる
同時に道徳規範が施行され、人類衆生はこのような条件のもとで人としての道を歩み、また人類の行うすべての行為に対して、道徳を普遍的に伝播する必要が生じました。さらに、道徳が伝播される過程において、人類衆生はより容易に現在の警戒心を記憶し、解消できない状況を形成することを避けることができるのです。
もし常に過去のあらゆる警戒を忘れ、その結果として道徳心が薄れれば、道徳的規制の施行も弱まってしまう。なぜそうなるのか？それは「道」が綱であり、「徳」が陰騭であるからだ。この綱の中に陰騭が含まれていると、人々はどう考えるだろうか。つまり、道徳は綱であり陰騭でもあるからこそ、平坦で順調な大道が開けるのである。
すべて相互に通じ合うことができます。陰騭（隠れた善行）に対して行われることは、人類衆生の改造から来ており、道徳への依存と成長に向かいます。このように陰騭を綱領としてまとめることは、すべての人類衆生にとって見れば、非常に善良な作用をもたらし、またこのような観念を人類衆生の思想規範の中に加えることになります。
過ちを犯すこともなく、人類の生存も順調に進み、安らかで快適な生活を送ることができます。国家の法律や風俗習慣を越えることもなく、罰を受けることもありません。このような安住の地で楽しく暮らすという生存の方向性は、人類の衆生にとって現時点で必要とされるものです。そして、このような綱領を陰徳として実践していくのです。
陰徳は積み重ねて良き福報を招くことができる
人類の衆生が道徳の伝播において必要とするものは、教育と教化の規範です。このようにしてこそ、人類の衆生は従うべき規範を持つことができ、それによって人類の衆生すべての生存の方向性が生まれ、より良き規制が可能となります。また、伝播の普及性を持つとともに、人類の観念に深く根ざしている必要があります。
このような人類衆生の生存の方向性において、もし道徳的な規制が欠けていたら、皆さん考えてみてください、どのような世界になるでしょうか？つまり、人類が共に守るべき道徳規範がなくなり、人と人との間は緊張した空間で生活することになり、問題も次々と発生し、人々の生存も安らかに暮らし楽しむこともできなくなってしまいます。
このような人類衆生に対する方法は、必ずしも善良なものとは言えません。だからこそ道徳的な規制が施行され、同時に人類衆生が共に遵守すべき必要性が確立されるのです。これらはすべて人類衆生に向けられた、善良な集団・国家を管理する規制であるからこそ、体系的な綱領が存在するのです。
また、道徳規範は、人間のあらゆる生活世界において真に実践されなければならず、そうして初めて、安らかに暮らし楽しんで働くという生存の方向性が生まれ、大きな障害や隔たりもなく、緊張や恐怖に満ちた生活もなくなります。これこそが、人間が最も好む生存のあり方の必然性なのです。
安らかに暮らし、楽しく働くには、道徳に基づく規制が必要である。
もし安居楽業がなければ、安らかで快適な生活空間も存在しない。もしただ緊張と恐怖に満ちた生活空間だけが存在するならば、人類衆生は道徳規範の施行を欠き、非常にどうしようもない生活空間へと変わってしまう。人類衆生にとって見れば、これまた非常に辛い生活となる。
したがって、人類の衆生が安らかに暮らし、楽しく働き、安適な生活を送るためには、良き道徳規範を設けて実践し、皆が共にこの社会の集合体としての決まりを守ることが必要です。まさにこのようにしてこそ、安らかな暮らしと安適な生活が統合され、真の心の安らぎをもたらす良き潤いのある生活が実現するのです。
同時に『身体、心、霊』という三つの次元を確立し、それを超越することができます。人類衆生はこのような安定した条件下においてこそ、向上成長を達成できるのです。もし不安定な生活環境に置かれながら、人類衆生に向上超越を求めようとするなら、それは木によって魚を求めるようなもので、不可能なことです。
人類は平穏に暮らし、楽しく働くことを求めて生きています。
真に向上し超越することができないのは、人類衆生がこのような条件下で生み出された産物であり、真の成長と超越は比較的困難である。また、必ずや如実の作用が必要であり、人類衆生の成長に対して、この種の作用を通じて、人類衆生の道徳規範の施行を達成するのである。
これは国家の法律よりも優れた心理的安定をもたらすものであり、このような作用は人類の衆生にとって、「道徳」の実践をありのままに行い、教育課程を広めることによってのみ深く心に根ざすことができ、国家の多くの無駄なコスト支出も減らすことができる。このような条件が宗教を通じて達成されるならば、より真実性を帯びたものとなるであろう。
また、宗教が持つ教育と教化は、人々の心が善に向かうよう道徳規範を実践することを目指しており、それによって人々はより理解しやすくなります。宗教は、人々に善を勧めることを基礎とし、さらに「仏教、道教、儒教」の三つの宗教は、「因縁果報」の働きを比較的強く提唱しています。
宗教は道徳の伝播と教化を達成することができる
どのような因を蒔けば、どのような果を得るか、これは紛れもない真実であり、一朝一夕に変わることもありません。この道理は人の世において必ずそうあるべきものであり、中土の儒教・道教・仏教といった宗教に対しては、より良き実践をもたらし、他の宗教の長所を借りて自らの欠点を改めることで、より大きな利益を得ることができるのです。
この世のあらゆる宗教は本来一体のものであり、人々に「博愛」を広める「慈悲」の行いである。これこそが「清真・無為」の本質であり、人間の「道徳」を伝える際にも、このような理念をもって人々の心性に働きかける必要がある。それによってこそ、善良さに向かって成長していくことができるのである。
すべての人類衆生にとって、信仰はこのように実践される必要がある。また、このような「集合社稷」において最も重要な条件は、一人ひとりの生存が公正かつ平等であることである：権利、責任、義務、生存の道徳規範に対して共に施行し遵守することで、安らかで適切な生活空間も得ることができる。
国を治める施策が行われ
どの業界も心を一つに喜び合う
すべては世人を広く愛し、清らかな真心と深い慈しみをもって、福は自ずと寄り添う。
慈悲喜捨皆集い　   　無為にして天徳開く
宗教への信仰は必要であり　   　団結と和楽の衆生愛である
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合い、古来の道徳学を現代に伝えるためには、必ず教育課程が必要であり、そうして初めて衆生を教化し道徳規範を確立できるのです。どの宗教も皆そうであり、信仰の中に道徳規範に基づく全ての思想観念を築くことで、緊張と恐怖に満ちた生活空間が生じることはないのです。
このように信じるならば、必ずや人類の思想と観念は修整され向上し、これこそが正道であり、道徳規範が施行され、人々が世の中で悪業を造り続けることもなくなるでしょう。これこそが天地が共に従う施行の効用です。皆様がご一緒に著作に携わってくださったご苦労に感謝し、また皆様が衆生のために師の聖誕を祝ってくださったことに感謝いたします。
無極降道天尊
無極降道天尊が登臨され
共に有情の諸賢生と会される
崇心十五年堂慶　　　　　書を納め完成す　弘化の真
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈の大宗師、南無燃燈古仏が降臨され、大道杏壇第二十二回を著作されました。社稷を集めて道徳を伝播し、人類が理解できるよう解き明かされることにより、人類衆生が生存における方向性を潤いあるものとされるのであります。
人々の世には必ず多くの障礙があり、人々はしばしば宗教に帰依して心の拠り所とします。道徳規範を実践するには、まず教育と教化の課程を確立し、人々の心に深く根ざして悪しき業を造らせないようにすることが必要です。これはまさに紛れもない必然性であり、相当な成長と向上を遂げることが最も重要であります。
明日もまた土曜日、全ての引渡しは通常通り行います。皆様と共に学び成長していきましょう！崇心宗脈の学びを提供し、宗生の皆様が良き利益を得られますように。また、明日提出すべき仙仏の先生方によるご指示を仰ぐ公事は、必ずありのままにご提出ください！今後の弘化推進に役立てるためです。皆様、お疲れ様です。
2015年、3月11日、13時44分◎＃※  了解
南海古仏
南海の屏障に有情生じ　   　古仏の慈悲仁徳を呈す
大道杏壇二十三回　　道徳施行福来真
第二十三回　道徳を行じ福を施して衆生を益す
道徳を実践し福を施すことは、衆生に益をもたらす。
人類の衆生がこの世界に入り、生活の方向性における必要性に対し、このような条件は生活に安住して業に励み、快適に生きることを与える。また、このような安住して業に励む中で、それは生存のよりどころとなる方向を示すものである。このような人類の衆生は、「安住して業に励む」という理想をよりどころとするようになる。
このような条件下で、どうすれば安らかに暮らし、楽しく働ける生存空間を実現できるでしょうか。人類と衆生に対する管理と規制をありのままに行うことが必要であり、そうして初めて生存規範が依存できる基盤が生まれます。その最も重要な根拠として、必ず道徳規範に基づいた実践がなければなりません。これは生存を志向する上で不可欠な要素に由来するものです。
このような条件のもとで、人類の衆生は安らかに暮らし、楽しく働く生存空間に入ることになります。このような行いを、より良き居住空間へと進めるためには、道徳規範によって実践しなければなりません。また、異なる時空における因縁の働きに応じて、さまざまな国々と時空が相互に結びついていくのです。
道徳規範を形成して現在において実践すれば、すべての人類と衆生はその中に存在することになります。
生存志向は成長の必然性であり、また道徳規範が人類衆生の生活空間に依存している状況において、あらゆる生存志向はまさに人類生活が安定した時局を持つことから生じるのです。
道徳を実践すれば、人々に幸福をもたらすことができます。
人類の衆生はこのような条件のもとで生存し、比較的真の「清浄心」を持って成長と超越を遂げることができる。もし時空の動乱の中にいると、このような「清浄心」の成長による向上は非常に少なくなる。現代世界の国々を見ても、動乱の時局にないところでは、比較的安らかで適切な生存が可能であると言える。
このような人類の衆生は、生存の方向性において、必ずある種の安定した快適な生活を求めるものである。この生活の安定は、向上へと高められなければ超越的な境地には至らない。このように、上天は異なる時期に応じて様々な時空の因縁を成長させ、人類の衆生に安定した生存空間を提供されるのである。
なぜなら、異なる時空の因縁によって成長するものは、まさに人間の衆生の心理から来ているからです。そこには、上へと成長したいという一種の作用があり、これが人間の生活の中で一種の心理的な無力感を形成し、人間の衆生が生存の安楽を得るにつれて、心に言葉では言い表せない空虚感を生み出すのです。
また、なぜこのようになるのか？今生この世に来て、自分は何をなすべきか、またどのようなことが自分自身が行うべき役割なのかを考え、常に心の空虚さを感じ、非常にどうしようもない状態が現れるのです！だから人間の衆生は、なぜこのような空虚でどうしようもない感覚が生じるのか、それを理解できるでしょうか？それはあまりにも難しいことです！
安らかに生きるには、道徳を実践することが必要である。
まさに世間において、常にすべてを見慣れていること：生、老、病、死、苦の過程は、すべて自らの心の深層から生じ、また相当な大きさの恐怖感が生まれる。心が別の作用に向かうと、相当な大きさの驚きと恐れが現れ、それによって人類の衆生は道徳に依拠して行動することになる。一体どのようなものだろうか？
ある期間が経つと、必ず相当な破壊力が生じるが、それはいったいどのような原因によるものか。この破壊力は実際に自分自身を傷つけるものではなく、実は内心の一種の恐怖感であり、自分がこの世を過ぎた後、来世がどうなるかもわからない。これは非常にどうしようもないことである。
人間の衆生が生老病死の苦しみを経るのを見慣れたことで、自分自身のことも考えざるを得なくなり、未来の行く末はどうなるのかと案じるようになる。このような恐れが、人々がこの世に生きる中で、どうしようもない試練の過程を経て、様々な無念で苦しい日々を過ごすことにつながっているのである。
この時点で、もし自身の生活の方向性がひたすら生を潤すことだけに留まっているならば、人間の道徳学は本来このようなものであるべきだと考えるようになり、またこのような道徳学を人間衆生の福祉と安寧に結びつけ、相当に大きな福報を得ることになるでしょう。しかしそれは、生存という方向性において安らぎを得ているに過ぎないのです。
道徳は人類と衆生の成長を普遍的に教化する
これは安らかな生活について述べたものであり、道徳への依拠が成長することで人類衆生にこそ大きな安住と繁栄がもたらされます。このような心の空虚さは、ただ人間界において良好な生存環境を整えるだけでは埋め合わされるものではありません。まさに道徳が人類衆生の安住と繁栄に寄与することを理解する必要があり、そうして初めて安らかな生存が得られるのです。
このような状態が長い時間続くと、人間の心は安楽に慣れ、向上して成長することができなくなります。必ず宗教を通じて鍛錬されなければなりません。人類が向上し超越するためには、このような心の中に存在する生存への無力感を転化させる必要があるのです。
また、世の中のすべてを見てきました：生、老、病、死、苦しみに打ちのめされる姿を。必ず理解しなければならないのは、この世が決して長く安らかに住める場所ではないということです。そのため、より良心と優れた能力を持ち、真の修行を実践する人々は、自らの内面の世界を探求し、霊性の世界における成長を理解できるかどうかを問うのです。必ずしもそうとは限りません！
数多くの試練や検証を経て初めて、自らの心の安らぎと成長が顕現する。このように、世の中で行われている道徳規範だけでは、真に修行を志す者が安らかに向上することは難しく、このような世の中では多くの宗教宗派が生まれ、様々な人々を導いて修行の道へと入らせることになる。
信仰を修める人には、必ず道徳観念が備わっています。
このような因縁に対して、また各人の置かれた状況と修行条件の実情を観察し、真に修行を実践したいと思う一人ひとりに対して区別して、宗教を超えて向上できる場所はあるだろうか？信仰への依存に入るために、そしてこのような因縁条件が宗教信仰に入る人々に対しても、区別して、それは単なる一つの信仰に過ぎないのである。
一部の人々は自己を変えたいと願い、この世の無常に抗えないと感じています。同時に、自らの未来を向上させ超越したいとも考えています。異なる条件のもとでは、同じく宗教的信仰に入ったとしても、未来における次元の向上や果位の達成には、相当な違いが生じることを理解する必要があります。
信仰者にとっては単なる帰依に過ぎず、さらに自分は宗教の実践者だと称しているが、このような信仰は真の修行の条件から見れば、まだ大きな隔たりがある。このような状況下で、誰もが宗教に入る時には自分を向上させ超越させたいと願っているが、果たして自分の願望通りにできるだろうか？あまりにも難しいことだ！
決して自分の考えのように、どのように成長し向上したいかというものではなく、自分がどのような条件のもとで宗教信仰に入ったかを観察する必要がある。そうすれば、普段の行動や行いを通じて、未来が真の修行と実践による向上と超越なのか、それとも単に名ばかりの肩書きに過ぎず、自分は宗教信仰者だと言っているだけなのかを区別できるようになる。
信仰修行は必ずしも自分の思い通りにはいかないものです。
崇心宗脈はこのような行いに対して、どのような資質と精進の条件を理解できるでしょうか！未来がどのような成就条件であるかを知り、向上成長と超越を達成するためです。また、このような精進こそが、人類衆生が宗教の因縁によって成長と向上を遂げ、志を堅くして達成することが、さらに別の上昇と増長の超越となるのです。
真の修行者と単に名ばかりで、自分は宗教信仰者だと称する者とを区別する。このような条件によって、人類衆生の心の状態や考え方はどうなのか？修行の方法はどうなのか？はっきりと知ることができる。まさにこれは、自分自身が未来に向かって成長していく原動力となるのである。
一つ目：このような条件は、自分自身を真に向上させるか、あるいは繰り返し輪廻して来世に再び宗教に入り、いわゆる信仰に至るだけである。このような宗教的道徳観念はすでに存在しているが、往々にして「知り易く行い難し」であり、さらに一歩自分を向上させることができない。この世の人々が精進するものは、あってもなくてもよいものになってしまう。
また、世の中はすべて通貨のために備わっていることを理解し、多くの理由と原因があることもわかります。これはまさに、有情衆生の中で修行する者は多くても、成就する者が少ない理由であり、そうなると宗教や信仰に入ることになります。また、この一生では悪業を造ることはないでしょうが、真の実践の道を歩みたいと思う者にとっては、まだまだ遠く及ばないのです。
宗教信仰は生活の潤いと結びつけるべきである
この種の問題は、人間社会において、なぜこれほど多くの人々が宗教に入り信仰を求めようとするのかを指しています。仙仏や神々に親しみを感じ、生活の中で問題が生じた時には、すぐに仙仏や神々に祈りを捧げることができます。このような心持ちには、真の安心感が宿っているのです。
人類の衆生は、安らかに暮らし楽しく働く日々の中にあって、宗教的信仰や祈りにおいて、心の安定感を求めるようになります。しかし、人々が宗教修行に入る条件はそれぞれ異なり、誰もが必ず向上し成長できるとは限りません。それはいったい、どのような原因によるものでしょうか。
すべては自らの観念と価値観に基づいて、どちらがより重要かを区別している。実は仙仏から見れば、人類衆生にとって「生存志向」の方がより重要である。しかし真の向上を望むなら、「道徳実践」の基準だけでは不十分であり、またこのような人類衆生は仙仏神明の加護に依存してしまうことになる。
信仰が異なれば価値観も異なってくる
二つ目：人間の衆生に対して、この種の心理的な安定感を求める心において、修行に精進して成長を高めることと、世俗の生活を営むこととを区別するのは、より価値観的な区別に過ぎません。そして、人間の衆生が持つあらゆる信仰と奉仕が、いかに自分自身に対して成長と善良さを向上させることができるのかを区別するのです。
また、このような因縁の中で、世の中のあらゆる生き方や信仰、宗教と、真の修行者との違いを分け、さらにこの両者が未来の福徳と智慧に対して、どのような段階、境地、果位の学習と成長があるかを区別すれば、円満な回帰を超越することも可能ですが、それには大いに努力しなければなりません。
まさにこのようにあるべきであり、またこのような精進の分別によって、最終的には異なる因縁が生じ、上昇・超越へと至るか、あるいは来世へと輪廻する種子の因となるのです。つまり、宗教的な善い信心に入ることで観るならば、道徳規範を越えた行いをすることも比較的少なくなり、思想や観念においてすべての良善を構築することができるようになります。
道徳を施せば、衆生は皆その恩恵を受ける。
したがって、宗教そのものの教育と教化は、必ずや「悪しき因果応報」の区別と「善き因果の報い」の理解に基づき、問題点を明確にすべきです。つまり、「因果」というこの二つの側面を通じて、すべての道徳が人類衆生に施され、利益をもたらすことが、まさに正しい道なのです。
また、このような条件のもとでは、人類の衆生に対して道徳的な規制の綱領を施行することは、まさにこのように必要なのである。この作用によって、人類の衆生を知ることができ、また道徳的な規制の観念に入る者たちは、おおよそ宗教的な人々が比較的多い。これは人間の世に必要とされる、あるがままの規制が施行されるべきであるからだ。
世の中に精進があるか否かによって、価値観の作用を区別することができる。これはまさに、人間衆生が自ら信仰する宗教に対して、向上超越か再び輪廻の種子因かを区別するものであり、ただちに理解することができる。未来は成長向上を望むか、あるいは宗教信仰者に留まるかだけであり、人間衆生は常にこのようなものである。
殊に世の道徳の種に堪えしむるは　一切皆な人の用いる所なり
宗教に入り薫陶を受け　   　生存の福徳を構築し擁する
修行は一つに帰すれば超越できようが、価値観は容易に分別しがたし
もしもただ信仰だけがあれば　来世の輪廻は帰り難し
この偈は、すべての有情衆生が互いに励まし合うためのものである。世の中のすべての宗教信仰者に対しては、どのように取り組むべきか、あるいは単に来世の輪廻の種因となるだけなのか。精進して成長し向上させることこそが、一般的な宗教信仰の努力とは異なる点である。世の中のすべての善き縁の成長は、自らがしっかりと掴み取るものである。
無極善道天尊
無極より崇心堂に降り来たり　   　善道の因縁同じからず
天尊は諸神人と共に会し、徳沢を弘揚拡展して長く伝える。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は主著仙仏である南海古仏が降臨され、大道杏壇第二十三回を著作されました。道徳を施行して人類が受益し福祉を受けるよう、天書の中に下化されるとともに、宗教信仰に入る者たちの区別とはいかなる層次や境界であるかについても説かれています。
精進を実践する者と、単に信仰者と名乗るだけの者との違いがあるからこそ、未来における異なる段階、果位と境地の違いが生じるのである。どのような因縁の質が自らの価値観に根付いているか、あるいは単に信仰に帰依しているだけなのかを理解すれば、一目瞭然であろう。人の世とはまさにこのようなものなのだ！
2015年、03月11日、13時45分◎＃※  了解
南屏道済古仏
南屏一貫は衆生を渡し　道済の慈悲は善徳を現す
古仏降著二十四回　　規制管理道徳成
第二十四回　管理規制　道徳依存
管理規制は道徳に依拠する
有情なる衆生は、この世に生きる上で生存の方向性を持ち、また日常生活の中で、ある種の管理や規則に従うことになります。このような条件は、すべての人類の衆生にとって、管理や規則をありのままに遵守することが必要であり、これはこの世において、ある種の規範に従う必要性を実際に行うことなのです。
また、このような条綱は、その国や異なる地域に存在する全ての人種に対して、まさに必要とされるものです。道徳規範を施行するには、人倫道徳に基づいてこそ、はじめて基準を持って施行することができます。そうでなければ、全ての居住する人間衆生に対して、一種の拠り所としての役割を果たすことは、非常に困難となります。
すべての人々が共に規制を遵守して実行することで初めて、安らかに暮らし楽しむ生活の中で、心の安らぎを実現することができます。また、このような依存条件を長期的に持続させ、すべての人類衆生の管理規制に従うことが正道であり、良好な生存空間を築くことにもつながるのです。
これは皆が共に守るべき規範であり、すべての居住者に対して実施可能なものです。
多くの人々は、ある程度の進歩と向上を遂げることができますが、そうでなければ単に管理規則の実施に留まってしまいます。もし道徳が管理規則に付随していなければ、真の「心の安らぎ」を得ることは大きく損なわれるでしょう。
管理規制は道徳に依拠する
なぜならば、この世には一種の道徳的規範が存在し、すべての人間を含む衆生に対して、生存空間を超えた進化を促すものだからです。これは人類の心霊を真実に沿って進化成長させる必要があり、また相当な文明進化の働きがなければ、人類衆生の善良な心霊を高めることはできないのです。
人間が不足し欠けている部分に対して、「心性と霊性及び身体」という三者の進化を高め、道徳的依存条件を形成するには、適切な生活空間が必要である。それによって内心の恐慌を引き起こすこともなく、いかなる悪影響も生じず、また人間の安適な生活に対して、一種の心霊向上の構築がなされるのである。
安らかな生活が形成され、長い間安定した平和な時期が続くと、必ずや一種の「空虚な心境」が現れやすくなります。これはなぜでしょうか。このような心境は、あらゆる衆生が多かれ少なかれ経験するものであり、心が安らかであると同時に、非常に忙しい日々を過ごした後に現れる一種の「静的な作用」でもあります。
このような心の安らぎが現れることを理解できれば、そこには一種の「空虚な心境」が浮かび上がってきます。これは誰もが一度は経験したことのあるものですが、同時に真実の霊性をそのまま映し出して現在に顕現させることもできません。人間にはなぜこのような依存的な成長があるのでしょうか。もし不道徳な依存の下にあるならば、それはいかなる結果をもたらすのでしょうか。
道徳に基づいて実践を重ねてこそ、初めて生きる安らぎと心地よさを得られるのです。
これは不良な人間性を現前させ、日常生活における志向に対して、この世の中には多くの不良な性体と悪性の因質があり、人間社会の依り所となり、また日常生活の全ての不良な性体を形成します。真実のままに、未だ変化していないものを持つ必要があり、不良な「性体」を消滅させることに対してです。
同時に、道徳に依拠して、人類の衆生の不良な「性体」依存を修正し、人間社会には集団生活を管理する規制が必要であり、それによって多くの安適な統治条件が生まれます。また、規章、制度、典則、規範を、人類の生存のよりどころとします。このような条綱は、人間社会において生存の方向性として従われるものです。
多くの人々は、規則を超えて処罰を受けるべきではありませんが、人間の衆生はしばしばこのようにして生存に依存し、生活を潤す過程で悪しき方向性の行動を示します。これは、人間の衆生が生活に依存しながら、すべての管理規則を無視し、生活の方向性を定めるための綱領の必要性を損なっているからです。
人類は本来、道徳的規範に忠実に従い、あらゆる管理規則や綱領を遵守して実践すべきであり、これはまさに必要不可欠なことである。しかし、不健全な生存志向が人間の遵守を妨げるため、単に生活空間の安逸を求めるだけで、自らの優れた「霊性」をも破壊してしまうのである。
管理規制には道徳が備わっていなければならず、それが良好な生存の基盤となる。
このような人類衆生の生存空間は、善良なる性体の成長に影響を及ぼし、かえって一種の不良なる人類の悪性因質を増幅させることになり、管理規制が法に叶わず、またそれを越えることになったのである。これは不良なる性体を人世間に植え付けたがゆえに、人類衆生が文明の進化と向上を果たせなくなったのである。
ただ生活の安楽さに留まっているだけで、根本的に「心と身体」の浄化と成長を遂げることができず、ある種の障害が生じて妨げることになります。それは悪しき模範を示すことであり、上蒼から見れば、本来は人類の衆生を高め、「心性と霊性、そして身体」という三つの要素の安寧を図るべきなのです。
より健全な生存の拠り所が必要であるため、文明と科学技術の現れにおいても同様であるべきですが、事態は必ずしも当初の意図通りには進みません。もし天の条綱が人類の生存志向から着手されるべきものであれば、このような条件は人類の衆生を依り所とし、天の徳と恵みが明らかに示されることになります。
人間が生存において快適さを求めるだけでなく、「心性と霊性」の浄化を高めることによってこそ、良き作用が生まれます。人類の日常生活におけるこれら三つの浄化と向上は、上蒼の諸天仙仏にさらなる大いなる徳沢をもたらし、人類が快適な生活空間の中で「心霊の浄化」へと入り、向上することを促すのです。
悪い行いは誤りの連鎖を生み出す
もし身体に何らかの安らぎをもたらすことが非常に難しく、加えて現代の人類がただ通貨の蓄積にのみ追われているならば、自らの心の良善さも埋もれてしまい、多くのすべきでないことを現代世界に持ち込み、あらゆる悪しき結果の循環を生み出してしまいます。このような状況は、人類にとって成長と向上を遂げるのが非常に難しいものとなっています。
道徳に基づく規範がなくなり、ただ通用貨幣を満たすだけになってしまうのです。しかし、それぞれの衆生の前世の因果と、今生での行いのすべてが、未来における通貨の蓄積がどれほどになるかを決めることを知らないのです。ですから、通貨の蓄積を満たすために、あれこれと策を講じて奔走する必要はないのです。
このような人間衆生には道徳的よりどころがなく、どうして福報が十分に通貨として現れることがあろうか。むしろさらに多くの罪業を造り、このような行いはまた来世に輪廻する種子の因となる。人間は必ずや真実に道徳的よりどころとなる規範を持つべきである。それなのに、なぜ人間衆生ははっきりと知りながら、かえって道理に背く行いをするのか？
銭は四本足で速く走る、人は二本足では追いつけない
また、人間界で悪事を尽くし、来世でも福報を得たいと思うことがあるだろうか？否である！これは人類文明が文明そのものを抹殺し、人類がただ生存の悲哀に縛られた限界の障害であり、このような条件の下で人類が生存の方向に向かうことは、ただ生きるためだけに、自らの善良な本性をも売り渡すことになる！
これは一体誰に売り渡すことになるのか？つまり、通用貨幣という道具に売り渡すだけのことではないか。それではどうして長く満ち足りていられようか。あまりにも難しい！古い言葉にあるように、人間は二本足、お金は四本足（四角）で、追いかけても必ずしも追いつけるものではない。人間の衆生が日常生活の中で、衣食に困らないことを望むのはとても簡単だというが、本当にそうだろうか？
実に！誰もがそれぞれ異なる生存の糧を持っているのに、どうして良心を失うまで汲々として多くの通貨を蓄積する必要があろうか。この世で衣食に事欠かぬ生活は、努力さえすれば誰でも手に入れられる。世の中で必要なだけの通貨を持つことは確かに真実だが、どうしてあらゆる手段を尽くして通貨を蓄積せねばならぬのか。
科学技術文明の道徳は必要不可欠です
長く続く十分な備えを持つことができるだろうか？あまりにも難しい！つまり、手に入れるのは簡単だが、失うのも簡単で、あっという間に消え去り跡形もなくなってしまう。道徳的規制が施行される中で、人々は知らないのだが、実は通貨は十分に使えればそれでよく、どうしてわざわざ苦心して、この四本足（四つの角）で走り回る通貨を掴まえようとする必要があるのか。
もし通貨があなたの家に付き従うことを望まないなら、しばしば外へ逃げ出す機会が多くある。それゆえ、人の世でどうしてそこまでする必要があろうか。あまりにも価値がない。古い言葉に言う：晴れた日に雨の日の食糧を蓄えよ。蓄えを積み重ねることは確かに当然のことではあるが、まさにあまりにも心を砕きすぎて、逃げて行ってしまうこのような通貨を得ようとする必要はない。
もし少しでも陰徳を積むことができれば、通貨は素直に家に留まり、簡単には逃げ出さず、たくさんの通貨が積み上がるでしょう。この世では陰徳（陰騭）の積み重ねが必要で、通貨を追い出そうとしても、しがみついて離れないものです。必ず陰騭を積み重ねてこそ、通貨が十分に備わるのです。皆さん、いかがでしょうか？お望みですか？
管理規制が拠り所となれば　　道徳も自然と付き従う
科学技術の文明は千古を築き　心身の浄化は徳を以て為す
陰徳多くして財を聚むべし
情けある通貨は人々に愛されん
人の両足をよく理解すべし　   　銭財四角もまた追い難し
この偈よ！有情の衆生と共に励まし合い、道徳への依拠は通貨の蓄積によってこそ一切の作用をなす、これが正しい道である。ああ、嘆かわしい！師匠がまた来たぞ、皆は何が欲しいのか？通貨と智慧だ、先ほどの多くの品々を持ち込んで加持を授けよう！これだけか？皆にもう少し「マニ」を加えよう。
おお！もうないのか？あなた方の心の度量はこれだけのものか、あまりにも小さい。今後はもっと多く準備しておくがよい！それではもう少し陰徳を積み重ねよう！そうしてこそ実物通貨のように十分に備わり、またもう少し陰徳があれば、通貨を持つこともできるのだ。
無極善道天尊
無極善道は因縁より生じ　共に崇心の諸神人と会す
南屏道済古仏降臨し、成長と向上を促し、陰徳を増す。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は南屏道済古仏が降臨され、大道杏壇第二十四回を著作されました。管理規制と道徳依存の条綱について、人間界においてすべての好ましいものは、すなわち通貨に等しく、必ず多くの陰徳が備わってこそ十分に具足するものであることを、詳細に分析されました。
これはまさに真実であることを理解しなければなりません。世の中で良き福徳を十分に備えれば、安らかで快適な生活を送ることができます。皆さんには、仙仏の先生方が苦労を惜しまず、毎回誠意を込めて諭し、絶えずこのような陰徳を積むことの必要性を説き、将来必ず良き福報とよりどころを得られると繰り返し教えてくださっているお心を理解していただきたいと思います。どうか皆さん、大いに努力なさってください。
また、本年度秋季の書道大会終了後、本宗脈の人事異動として、楊生俊昌を広報副堂主に、沈生雅慧を雑誌社副社長に任命することを発表します。彼らは正職として禅師を補佐し、すべての天書と聖訓の再編成・整理にあたります。以上の人事異動は、前回次期六より正式に発効します。
2015年3月11日13時46分＃※  ０Ｋ
南無虚空より降り来たる儀
上徳の人天、古仏に契う
大道杏壇二十五回　　道徳倫理人生の基
第二十五回　道徳倫理　人生の圭臬
道徳と倫理はすべての人の人生の規範である
有情なる衆生は、この世に生きる上で生存の方向性が必要であり、このような人間の衆生を観察すると、必ず相互に制約し合う関係が存在します。また、このような相互制約は、人間社会における集団生活の必要性から生じるものであり、その必要性の中には「道徳」という規範が伴うことで、初めて安らかで適切な生活空間が得られるのです。
この種の道徳は倫理を実践するものであり、人間社会においてのみ倫理に依拠することで、行動の規範が生まれます。必ず人間社会の中で実践されなければならず、もし道徳倫理がなければ、人間社会において非常に大きな殺戮行為が生じることになります。
一方で人間の衆生に変わると、安らかに生存する空間を持つことができなくなります。なぜ人間の衆生には道徳も倫理も必要であるのかを理解し、詳細に分析する必要があります。道徳倫理の規範とはいかなるものか？したがって、道徳とは美しく善良な風習と行いをもって、人間社会に取り入れ実践されるものです。
また、「道」は人類の衆生に向けられたものであり、平坦な修行の道を歩むことができる
上なるものは、道を依り所とする。まさに良き善徳の規制があり、これをもって人世のすべての生存法則を施行する。また「道と徳」には必ずその規制が必要であり、それによって初めて人世に安適な生存空間が得られるのである。
生存の安寧には道徳的規範が必要である
このように、道を条理とし、徳を善良で美しいものとする。ゆえに、もし人々の世に道徳がなければ、管理や規制を施すことは難しく、また人々の世には平坦な道が必要であり、そうしてこそでこぼこや揺れ動きがなくなる。これは「道と徳」に対して施されるものであり、人々の世になぜ道徳と規制が必要なのかを理解することができる。
すなわち、人間世界における行いの実践に依拠するものであり、また人類の衆生になぜ倫理の実践が必要なのかといえば、それは人類の衆生が子孫に伝え継承することができるからである。このような生存と継承によって依拠するものは、長幼の序の中で、必ずや長上の者が生み出した後代こそが、まさに人間世界における伝承の働きであることを理解しなければならない。
このように一代から一代へ、一世から一世へと伝えられていくことで、最上層の祖先には必ず次の世代が祖父母や父母から受け継ぎ、さらにその次には子孫へと受け継がれていくことになります。そして、子孫に対してはまた、その生存の方向性を伝えていくことになります。このような世代を超えた継承には、様々な異なる呼び名が生まれるのです。
また、人間界において一種の親族関係を形成することもあり、言うならば、自分自身のすべての親族の中には、直系と傍系の区別があり、また人間界において直系親族の関係を保つことは、相互の姻縁関係を持つことができないということであり、同様に傍系の親族の中でも、姻縁関係を持つ行為はできないのである。
倫理の実施は道徳的規制に依存している
しかしながら、他の異なる姓を持つ者との間で婚姻関係を結ぶことが可能であり、このような姻戚関係は通婚が許される。異なる姓の者同士が婚姻し次世代を継承することは、人類が生存していく上で必要不可欠なことであり、またこのような区別によって「倫理と道徳」に基づく婚姻儀礼が確立されるのである。
人々の世には、長幼の序という区別の性質があり、人間社会には基本的な役割が必要です。このような行いは、人々の世において、長幼の制度を実施することを通じて、一連の完全な親族分類を確立し、人々の世を祖先から受け継がれたものとして区別し、必ずや次世代の子孫へとつながっていくのです。
そして、高祖父、曾祖父、祖父、父母、子供、孫、曾孫、玄孫という継承の連鎖があることで、人倫の体系的な完結性が生まれます。それゆえに道徳と倫理は人類衆生において基本的な役割を果たすことができ、また人類衆生が他の万物の生きとし生けるものよりも尊い霊長たる所以を形作っているのです。
これは道徳倫理において、人倫体系の完成を実践し、またこのような人類の基本を継承し、一つの完全な社会制度を築き上げることです。人類という衆生がいるからこそ、このような倫理規範があり、『道と徳』の両者を実践することで初めて、善良で美しい生活空間が生まれるのです。
道徳と倫理を実践し、生きるための規範とする。
もし人類の衆生に道徳倫理がなければ、禽獣と何の違いがあるでしょうか。これこそ万物の霊長たる人類の衆生が、必ず倫理綱常に従って道徳的規範を確立する必要性であり、また人間社会において相互に従うべき必然性でもあります。これは人類だけが持つ、祖先の体系によって築かれたものなのです。
まさに人類の生存志向に対して、長幼の序ある序列が存在する。このような序列によって、養育・教育と教化の継承が生じる。人類が良き生存空間を得るためには、道徳倫理を実践して構築することが必要であり、このような行動規範には、必ず継承すべき拠り所がなければならない。
人類の衆生は生存の方向性において、人倫の綱常に従って実践し、良くない風俗習慣を改めることで、実は多くの人類に対する良くない災禍を人為的要因によって変えることができるのです。そうでなければ、この世に道徳倫理の規制がなければ、いったいどのような生存空間が生まれるでしょうか。
つまり、管理規制が行われなければ、人類の衆生は鳥獣と何が違うというのか！まさにこの万物の霊長たる存在として、人類の生活基準を共に規制するからこそ、それを越えた者には罰が与えられるのである。したがって、道徳的規制の中には、必ず倫理規範を加えて実行しなければ、善良な利益を得ることはできないのだ。
生存においては、良からぬ模範を越えることがあってはならない
良き人間の生存空間が生まれるのであり、これこそが人類衆生にとって良き生存空間が不可欠であり、また人類衆生に悪しき模範としての殺傷力を及ぼさない理由である。それゆえに道徳倫理において構築される施行綱領は、人類が安らかに住み楽しんで働くことを基準とするのである。
また、人間社会においては、まるで禽獣のように互いに傷つけ合うことがあってはなりません。これこそが規制の必要性であり、人間社会に管理と規制を設けることこそが、まさに規範を施行することです。皆が共に遵守できる必要性があり、それは人類のすべての良き生存の方向性に寄り添うものであり、これこそが正しい道なのです。
この種のものは、現実的な必要性があると同時に、生活の安定という内面的な安らぎも備えています。人類の衆生は、生活の安らぎを追求する傾向があり、それは安全で快適な生活への憧れという前提のもとにあります。また、過去の各時代の動乱を経て、人類の衆生は快適に暮らせる生活空間を持つことが非常に困難でした。
古の道徳学は人類の生存の規範を確立する
人類の衆生にとって、ある種の生活の方向性が必要となる。それは、人間社会の動乱や災難に加えて、普段から地・水・火・風の災害にさらされることが避けられず、このような天災による打撃に対して、人類はあらゆる災難からより大きな安寧を得ることが難しいからである。
しかし、人為的災害においては最小限に抑えることができるのは、なぜでしょうか。人類の衆生は皆、人為的災害が増えることを非常に嫌っており、人間の道徳倫理に依拠することで、多くの人為的災害による混乱を減らし、人為的災害がもたらす恐怖感も軽減できるからです。おそらく大多数の人々がこのように考えていることでしょう。
これが人類の衆生がこのような探求において、安居楽業という前提のもと、必ずやすべての不良な動乱や人為的な災いを変え、安らかで快適な生活への憧れを追求するようになることである。ゆえに「道徳的規範」を倫理綱領の中で施行すれば、必ずやこれらの不良な動乱を消し去ることができるのである。
人類はなぜ道徳倫理を実践するのか
また、人為的要因によって行動を変えることができ、このような追求を通じて利益を得るものである。人類の衆生は必要性を追求し、人類世界に多くの福祉をもたらすことができる。これは人為的要因による努力であり、契機と因縁を変えることができ、また道徳倫理として実践されるものである。
より良く善なる生活空間が得られるからこそ、世の中のすべての衆生は皆このように、安住して楽しく働ける生活空間を求めているのです。そうすれば、他の種の衆生のように、毎日びくびくしながら緊張した生活を送り、今日が過ぎても明日があるかどうかさえ分からないようなことはなくなります。
それによって人類の衆生、万物の蒼生に異なる生活の志向が生じ、まさにこれが人類の衆生になぜ道徳倫理の規制が必要なのかを促す要因となる。また、このような人類生存の綱常倫理の中には、必ず道徳規制の条綱が存在しなければならず、それによって人々がこの世に安住し楽しく働けるようになり、良好で安適な生存空間が得られるのである。
殊勝な生活を求める方向は　人類と万物は同じではない
道徳と倫理を実践すれば　安らかに暮らし楽しみ働く快適な旅路が開ける
万物の蒼生に道徳がなければ　   　従うべき規範も得難い
日々の生活は緊張に満ちており、未来は見通しがつかず、予測も難しい。
人間世界とはこのようなものである。すべての生存が人類と万物の生きとし生けるものの生活空間を取って代わろうとする中で、それは異なるものであり、またこのような因縁の中で生きることにより、長幼の序ある規律が生まれる。それによって初めて祖先から子孫へと伝わる良好な繁栄がもたらされるのであり、これこそが正しい道である。誰もがこのようなことを願っているのである。
無極道円天尊
無極道円天尊が登臨され、
崇心の諸神人と共に会される。
著作は杏壇に二十五回を重ね、道徳と倫理は実相を成す。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈正主席、南無虚空上徳人天古仏－虚空上人が降臨され、大道杏壇第二十五回を著作されました。道徳倫理という人類の規範を解き明かし、皆様が理解し、共に守る必要性を明らかにされます。
この種の規範を人間の生存の方向性において実施するのは、万物の霊長として生活の安寧を得るためであり、まさに道徳倫理を実践する必要性がある。そうでなければ、人類の衆生はまた禽獣のようになってしまい、どうして安寧な生活空間が得られようか？言えることは、地水火風のこの四つの要素が、人類に対して多くの殺傷力を構成することになる。
さらに人災による動乱が加われば、どうして安らかに暮らせる居住空間などありえましょうか。考えてみればすぐにわかることですが、道徳倫理の実践性こそが、すべての人間が良き方向へ向上し、堕落することなく成長していくことを可能にし、安らかに生きるために必要な条件を整え、未来における超越的な回帰をも成就させるものなのです。
2015年、03月11日、13時47分◎＃※  了解
南無、衆生皆如来なり　　理心光明真に自在なり
如来仏は杏壇の冊を著し　　古の倫理学は必ずや学ぶべきなり
第二十六回 大道杏壇 古倫理學
大道杏壇古倫理學
人間の衆生がこの世に生まれ落ちれば、生存のための依存が生じ、自らにとって安らかな生活を求める。また日々の生活において生存の方向性を必要とする。こうした人為的な営みを理解する必要がある。人間の衆生は群れを成す生き物であり、その群れの中でこそより大きな安らぎの作用が得られるのである。
そして生存志向の利便性、快適性、普及性から逸脱することなく、このような人類の生存世界は、人類の衆生にとっては集団生活志向であり、相対的な限界や障害もある。日常生活の不快感をどのように取り除くか、人間社会は順を追って、あらゆる業種を経営していく必要がある。
人間の衆生が生活の中で相互依存性を持つようになりました。このような依存は人為的に作り出されたもので、まずは衣食住を満たすという基本的な行動から生まれます。また、生活に必要な要素が加わり、物事の連鎖によって構成されることで、このような依存関係は人間社会において実践される必然性を持つようになりました。
このような縁起の条件は、なぜこのような行為や動作を生じさせるのでしょうか。古倫において
理学が人類世界に入り込むのは、まさに人類生活の志向に沿ってこそ、集団社会に相互依存の関係を生み出すことができ、それは「長幼の序」、および礼儀・礼節の必要性に対して、人類の行動規範となるものである。
古き倫理学は人類のすべてのよりどころである
このような集団社会があるからこそ、一人ひとりに必要な行動様式が生まれます。ではそれはどのような行動かというと、人間の「倫理学」に対して規範的な役割を果たし、「倫理と道徳」は相互に補完し合いながら、人々の生活におけるすべての方向性を支えているのです。
倫理の規範に由来し、またこのような規範も多くの礼儀と礼節を伴い、人間の生活の中に組み込まれることで、あらゆる人との接し方において相互の礼儀と礼節の実践が必要となり、それゆえに人類の衆生は礼儀と礼節を失うことがないのです。礼儀と礼節がなければ、人に悪い印象を与えてしまうでしょう。
また、人類の衆生に多くの不都合をもたらすことになります。このような人類の衆生の礼儀や礼節は、実践の中で自他ともに礼儀と礼節を実行に移すことによってこそ、優れた伝統が形成されるのです。人間界において何事も単刀直入に進められるわけではありません。
もしそうならば！このような行使の作用に対しては、いかなる礼儀や礼節も存在せず、常にだらしない人間世界になってしまいます。なぜこのような礼儀と礼節が必要なのかというと、一つのことを行う過程において、それぞれの動作の行使が、非常に整然とした行為動作として見えるからです。
礼儀と礼節は人倫の模範である。
このような礼儀は、あたかもどの団体や国家においても同じであり、さらにどの宗教においても儀礼に則って行われます。それによって外部の人々は、この組織、団体、宗派、あるいは国家の教育・訓練のあり方がどのようなものかを感じ取ることができます。世間の礼儀作法を通じて、一目瞭然となるのです。
また、このような儀式の作法は必要不可欠であるため、主催者の境地のレベルがどのようなものであるか、一目で理解することができます。さらに、礼儀と礼節がどのように求められているかについても同様です。ちょうど現在の崇心宗脈も同じように、先ほど仙仏の先生の誕生日を祝う儀式の中で、すべての礼儀と礼節がどのようなものであるかを理解することができました。
もし仙仏の老師が、上から見下ろす立場で観察すれば、なぜ昔の仙仏が要求したことが、まさにこれほど厳格な行儀作法であったのかを理解できるでしょう。それは崇心宗脈のすべての礼儀と礼節を、他の宗教と比較できるものにし、他の宗教や寺院・宮堂をはるかに凌駕するものにすることができるからです。
これは一種の倫理規範であり、人間社会において求められるものである。まさにこのように必要とされることによって、一種の礼儀規範が生まれ、仙仏の師による厳格な要求を通じて、すべての儀式を行うことができるようになり、人間の倫理規範が確立され、あらゆる礼儀と礼節の実践が促進されるのである。
仙仏の師は礼儀作法の規制を強く求める
このような厳格さは、将来の模範を示すためにも必要であり、他の儀礼や礼節については、倫理規範の範囲内で行われるべきです。このような行儀は、真仏心宗に対する厳格な要求を通じて、自らと外界から認められる一段高い境地へと向上させることができると理解できます。
すべての行儀作法の基準については、なぜもっと厳密にすべきなのでしょうか。もし単に台湾地域だけで行うだけなら、それほど厳格な礼儀や礼節を要求する必要はありません。しかし、全世界に広めたいのであれば、より標準化された「国際儀軌」を整えなければならず、そうして初めて「杏壇の規範」を確立し、模範とすることができるのです。
さらに礼儀と礼節をもってこれを行使する。なぜこのようにするのか？つまり、杏壇の規範を立てることは第一の模範基準として、相応に厳格な礼儀と礼節があって初めて、杏壇の規範を立てる第一の段階に過ぎないことを明らかにするのである。倫理規範を理解して施行することは、同じ礼儀規範の儀規と同じであることを知らなければならない。
この「杏壇の規範を立てる」という行儀は、さらに強化する必要があります。もし台湾だけならば、ここまでする必要はありませんが、国際的に広く弘化したいのであれば、より厳格な行儀が必要であり、それによって初めてより広く弘揚・普及させることができます。一つの宗教の宗派としての行儀には、より厳格な要求が求められるべきです。
古き道徳学の倫理規範
また、各学生の礼儀作法や礼節の中にも、どのようなレベルと境地にあるかがわかります。これは言うまでもなく、ただ見るだけで一目瞭然です。また、各学生が示す真仏心宗の礼儀作法や礼節に関するすべての規律は、日頃の訓練の要求に由来するものであり、まさにこのようであるべきです。
この種の礼儀と礼節は、点数をつけることができるものであり、また人間界におけるどのような層次や境界の位階であるかによって、普段から求められていることがどのようなものかが理解できる。人倫道徳に対してすべてを実践するにあたり、第一関としての礼儀と礼節を行使できるということは、すでに大半を理解しているということである。
皆さん、考えてみてください。人類衆生に対する模範としての示しはどうあるべきでしょうか？まず最初の印象がどのようなものであるかを理解する必要があります。この最初の印象は深く脳裏に刻まれ、良い第一印象か悪い第一印象かを生み出します。人に対する良し悪しの評価は、往々にしてここから生まれるのです。
すなわち、未来においてどのような次元や境地の有情衆生を救済に導くかを区別し、真仏心宗の法脈のもとに集い、共に大道の聖なる務めを遂行し弘めていくことになります。このような条件のもとで、皆が儀礼と礼節を行うことにより、他の人々に対する第一印象がどのようなものかを知ることができるのです。
弘法を広める第一印象は、整然とした行儀作法を持つことです。
皆さんは、きっと最善の姿を表現したいとお思いでしょう。その最善の姿を表現するためには、事前の訓練が必要です。礼儀と礼節を伴う動作の訓練によってこそ、表現しようとする前に、整然と実践できる礼儀と礼節が身につくのです。これは皆さんの共通の願いだと信じています。
また、上蒼の仙仏の先生方は常に強く要求されていますが、このような一目でわかる行儀作法とはどのようなものなのでしょうか。仙仏の先生方が求めておられる訓練を行うことで、非常に優れた整然とした礼儀と礼節が身につき、普段の訓練から、弘化世界の宗脈がどのような資質を持っているかを見て取ることができるのです。
また、このような条件下で、すべての世間の儀礼や礼節が行使される際、どのような資質条件が必要かも、はっきりと理解できるはずです。まさに、世間においては、大道宗脈の儀礼行使に対して一定の条件を課す必要があるからこそ、このようになっているのであり、人々に非常に悪い印象を与えないようにするためなのです。
儀礼と礼節の制定と実践を通じて、一つの宗派がどのような境地と層次にあるかを理解することができる。さらに、これらの儀礼と礼節を制定する前から既に理解していることに加え、それらを実践することで、その宗派の条件はどうか、資質はどうか、境地はどうか、層次はどうかということも知ることができる。
大道は杏壇にあり、古き倫理の行儀なり
一方で、他人の目から見ても評価が定まり、このような世の中の全ての行儀作法の規範は、必ず人々からありのままに評価されねばなりません。まさに良好な条件を備えた行儀作法こそが、国際的な宗派の要諦なのです：杏壇の規範を確立し、皆に対する行儀礼節の中に、倫理的な規制を設けて実践することです。
また、世間における全ての施行基準はどのようなものか。それは一つの国際宗脈が弘揚するものであり、未来の四億の仏子と、合わせて二百余万の第一陣のハイテク人材を集結させるために、必ず実態に即した標準的な行儀作法が必要であり、世間においては、必ず実態に即した礼儀と礼節を施行しなければならない。
礼儀と礼節を制定する前に、未来に起こりうる全ての問題を理解し、また現在の状況から評価し、さらにどのような次元の修行であるかを把握する必要があります。このような条件のもとでは、誰もが最高の礼儀規範を外界に示したいと願うでしょう。そのためには、非常に厳格な訓練方法が必要となります。
未来においては、渡せる者と渡せない者の区別があります。真仏心宗を弘める必要性に対して、またこれらの善縁を引き渡して回帰させる必要性に対して、これまで通りであるならば、以前に定めた礼儀規範の行儀の中で、厳格な訓練を強化し、その後はどうすればよいのでしょうか？
真仏心宗国際儀礼と礼節
このような行儀規範に従って実践することで、後になって皆にもっと厳格な訓練を求める際に、心に不満や不平の言葉が生じることを防ぐのです。これこそが、なぜ今「杏壇の規範」を立てる必要があるのか、また大道シリーズ30冊の後に『大道杏壇』を著した本来の意図であり、まさにこのためなのです。
皆様は、未来において、真仏心宗の最も優れた第一印象、すなわち礼儀と規制の実践を、人類の衆生の前に示したいとお考えでしょう。皆様はそれに賛同されますか？（答：賛同します）あなた方の揺るぎない信心があれば、真仏心宗が世界に弘まらないことはありません。皆様が護持に来てくださったことにも感謝いたします。
これこそが全員が一丸となって取り組むべきことであり、まずは他者がどのように国際的な宗派を運営しているのかを見る必要があります。そこには先例として参考になる点もあり、また皆がこのような確固たる意志と信念を持っているならば、近い将来に必ず真に弘揚・普及し、着実に向上・超越を目指し、円満に回帰して乗り越えることができるでしょう。
古き倫理学の基礎は、礼儀と規制を明確にすべし
訓練の動作が真実の如く行えれば、良き善き良い規制が得られる。
真仏心宗を弘めんとし　大道系列を広めんとす
杏壇の教化は限りなく遠く　   　真実の如く伝えられて千万年
この偈は、すべての有情衆生が互いに励まし合うものであり、またすべての宗教に対しても同様です。いずれも「無から有が生じ、有の中で弘揚される」という道理に基づいています。ましてや真仏心宗には、相当な資糧の源があり、また膨大な体系を持つ仙仏の老師方のご支援があれば、弘揚することができます。皆さん、いかがでしょうか？やりましょうか？さあ、しっかりと努力しましょう！
無極進財天尊
無極の財を進むるも皆愛すべし　　天尊台に登り賢を載せて会す
皆で心を合わせて弘めましょう
世界に広めることは必ずやなすべきこと
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は本宗脈　南無理心光明如来仏が降臨され、大道杏壇第二十六回を著作されました。大道杏壇の古倫理学を分析し、人類衆生をより大きく成全するため、すなわち礼儀と礼節の中においてです。
ある宗脈に対してどのような条件と資質が必要かを理解できるか？また、行儀の中でどのようなレベルと境地にあるかを明らかにできるか？そこで、陳社長に三位の副社長を率いて共同で責任を負い、現在の礼儀と礼節の研修について、より厳格な行儀を強化し、将来の「国際化」に対応した礼儀と礼節に取り組むよう要請する。
このようにして四億の仏弟子と、二百余万の第一陣ハイテク人材を導き渡すことも比較的容易に進められる。よく努力すれば、この一世において菩薩の境地から向上し、仏国の円満乗越へと入ることができる。皆さんは理解できただろうか？次第に知名度も開けてきた。皆で一緒に成長し、努力していこう！
2015年3月11日13時48分◎＃※  了解
宇宙大寰　金徳星君
宇宙大寰の衆星系　　金徳星君降来儀
大道杏壇二十七回　　人倫の規制に長幼の序あり
第二十七回　人倫の規制　長幼に序あり
人倫の規制と条綱は、長幼の序あり。
有情なる衆生が人道世界に入ると、生存の方向性が必然的に生じます。また、人間にとっては生活の中で相互に作用し合い、長幼の順序を整えることが必要となります。それによって初めて、人道世界において、倫理の規制が施行されるという一種のよりどころが明らかになるのです。このような因縁の条件は必要不可欠なものです。
また、必ずや人類の教育と教化を通じて相互の礼儀と尊敬を実現し、礼儀の規範の中では、それぞれの国や団体、組織において構築されるものであり、これには家庭倫理を実践することが必要です。それによって全体の人倫規範がつながり、情ある人類衆生に利益をもたらすのです。
礼を尊ぶ必要性が生じるのは、まさに包括的に実践されるべきものであり、人間世界における相互行為において、礼儀と礼節の中では必要不可欠なことです。このため、人々の世界における「人倫の規範」としての礼儀は、人類衆生の儀軌によって実践され、さまざまな礼儀と礼節が存在するのです。
国家や宗派、団体組織に対してであれ、さらには小さな単位に至るまで
家庭においても同じで、必ず長幼の倫理を実践し、礼儀と尊敬の規範を確立しなければなりません。
必要な行儀作法とは、人類の衆生が生存の方向性において、人倫道徳に対して施行すべき綱領がまさにこのようであるべきなのです。
人倫の規範と長幼の序の必要性
また、人倫の規範には長幼の序があるため、一国の統治者にとっては、すべての国民の安全と保護を実現するために、このような措置を講じる必要がある。国家の統治者たる国王、大統領、総理、首長などは皆、このような保護の役割を果たす必要があるからである。
また一つ例を挙げれば、宗教や団体、組織の指導者は、その宗教や団体・組織全体の盛衰を担う構造の中核を成しています。人間社会においては、必ずや全ての儀礼と礼節の実践に従わなければなりません。さもなければ、大勢の者がまるで兄弟のように無秩序になり、いわゆる「長幼の序」という秩序は存在し得なくなるからです。
このような状況には、礼儀や礼節を施すこともなく、主事者自身に対してはそうであっても、外部から見れば、長幼の序を欠き、礼儀や礼節が失われているように映ります。このような状態は、人類衆生にとっては、まるで一盤散沙のごとく、礼儀による規制がなくなってしまうことになります。
したがって、大いなる繁栄を望むことは、達成する方法がないのである。なぜそうなのか？主事者に対しては慈悲の施しではあるが、良い模範とは言えず、すべての人々が互いに融合し合う形態を形成してしまう。それゆえ、必ず長幼の序と礼儀・礼節を実践することが、正しい道なのである。
人倫道德の規範は、長幼の序を重んじるべきである。
このような状況では、連続性のある相互補完が生まれず、また問題が発生した際に誰も全面的な責任を負わなくなるため、人々は生活の中で生命の障壁に直面せざるを得なくなります。このような条件は、国家、宗教、団体、組織にとって、良好な制度を実行する基盤を欠くことになります。
主事者が気さくであることは必要ですが、同時に人としての節度も保たねばなりません。さもなければ皆が馴れ合いでごちゃ混ぜとなり、命令を下す際に大きな支障を来たすことになります。誠にどうしようもないことです。
また、この一つの国、宗教、団体、単位も、もし何らかの規制を設けずに運営されれば、ちょうど一つの家族と同じように、上位者に良好な人倫の規制がなければ、多くの悪い反応が生じ、一つの家族の調和は、真の安らぎや規制を持つことが難しくなります。
ただ自らの家族の感覚だけを重んじ、良好な規制を設けて実行していないのです。古くから言われるように「子を甘やかせば孝行せず、豚を寵愛すればかまどを壊す」というのは、人間が生きていく上で良好な長幼の序や礼儀を尊重する必要があり、それによって初めて良好な規制が実行され、全ての命令に従うことができるということを示しています。
長幼の序あり、家庭の倫理
これは必ずそうあるべきことです。なぜなら、人間社会においては、どの国、宗教、団体、組織も、小さな家庭に至るまで皆そうであるべきで、そうでなければまるで砂のように散らばり、互いに絡み合ってしまうからです。つまり、慈悲と仁愛が必要であると同時に、長幼の序を重んじる人倫の規範も必要であり、そうして初めて良好な倫理構造が築かれるのです。
また、すべての不良な誤りや欠陥を補うものは、人倫道徳の規範にあり、良好な人倫制度を施行することが必要です。一つの家庭においては、祖父母の代からの指示命令があって初めて、父母、叔父叔母、兄弟姉妹、そしてすべての親族が互いに融和し合うことができるのです。
家族がすべての親族に依存する過程において、まさに一種の人倫規範が必要であり、それによって「長幼の序あり、上は下に慈愛を施し、下は上を礼儀をもって尊ぶ」ということが必要とされる。また、一つの家族の中では人数が多ければ口も多く、事も多く、力も大きくなるが、いかにして相互に包容し合うことができるだろうか。
多くの争いや隔たりが生じることもなく、また将来に枝分かれして多くの小さな家庭を形成し、長幼の序を保つことが難しくなる。したがって、人類の衆生はこのように、かつては大家族としての生活を送っていたが、現在ではこのような小家族の枠組みの中で、より明確に分かれてしまっているのである。
新たなる三綱の第一綱：君臣の忠義の綱
過去に形成された三綱・五常・四維・八徳を現代社会に取り入れようとすると、いくつか融合し難い困難が生じます。そこで、上蒼は慈悲の徳沢を垂れ、全く新しい人倫規範を下されました。これは現代社会により適合し、人々が受け入れやすい「新三綱」の人倫施行となるでしょう。
皆さん考えてみてください。昔の「君は臣の綱、父は子の綱、夫は妻の綱」という考えは、果たして現代の世の中にまだ通用するでしょうか。人類の生活様式も、小家族制度を中心に営まれるようになりました。現代においては、古来の君臣の礼はすでに失われ、絶対的な権威性も完全に消え去っています。
また、国家、宗教、団体、組織、あるいは事業体系においても、指導者が部下に対して慈愛の心を持たなければ、それは不仁であり、もはや過去のように一方的にすべてを包括的に受け入れるだけでは済まなくなりました。現代の人類は知識と知恵が大いに高まり、往々にして指導者に対して不忠誠な態度をとるようになっています。
必要とされる観点としては、双方に「君臣忠義綱」が実践されているかどうかを見ることです。君主たる上司は仁慈・仁徳・仁義を備え、臣下たる部下は忠心・忠誠・忠義をもって、国家、宗教、団体、組織、事業体のいずれに対しても、このような規範を実践することが求められます。これが新三綱における「君臣忠義綱」です。
新三綱の第二綱：親子の綱
家庭における人倫の規範を定めるにあたっては、この世においては、子に対して一切の教育としつけの責任を負わなければならず、そうして初めて善良な子孫が育つということを理解する必要があります。古い言葉にも「鼓は打たなければ鳴らず、玉は磨かなければ器にならない」とあります。これは、この世で身をもって教え、言葉で教え、しつけをするという一つの大切なことを理解しなければならないということです。
したがって、天が改めて定められたのは、父が子の規範となること、つまり親の行動が模範を示し、まさに子供たちの手本となることです。これによって「新三綱」の親子規範が形成され、現代のすべての核家族にとって、親に対しては「善良な模範となる身体による教育、言葉による教育、しつけによる教育」があることで、はじめて立派な子供や子孫が育つのです。
これは現代社会を基盤とし、過去の不足を補うものである。現在の核家族化は一つの趨勢であり、かつての大家族のような生活様式を再現することは難しい。父母と子女という基本的な家庭構造を維持しつつ、家族全員の生活を支えなければならないため、現代人は子育てにより多くの労力を払わざるを得ない状況にある。
これは人間の生活において、親が子を養育する必然性と、子が親に孝行する責任の双方が存在することで、人倫の秩序が保たれるのである。つまり、長幼の序を重んじ、それを代々伝えていくことが求められる。このことを理解する必要がある。子供は皆、親にとって掌中の珠、心の肉なのである。
新三綱の第三綱：夫婦和合綱
これらはすべてあなたがた夫婦の愛情が生み出した結晶ですから、必ずありのままに教え導き、やたらに甘やかしてはいけません。さもないと、思いもよらぬ結末を迎え、後で悔やんでも取り返しがつかなくなるでしょう。また、たとえ因果応報であったとしても、教育と教化を通じて多くの悪しき模範を減らすことができることを理解しなければなりません。
また、過去においては、夫は妻の規範であると言われてきた。夫婦は必ず和合すべきであり、そうしてこそ良好な夫婦の縁が結ばれ、善良な子孫を育むことができる。もし夫婦が頻繁に口論や争いを繰り返すならば、このような家庭は子供たちに悪い模範を示すことになり、必ずや子孫に悪影響を及ぼし、さらに社会に対しても良くない手本を示すことになる。
これはまさに「上に正しからざれば、下は歪む」という身をもって示す教えであり、家庭において円満な夫婦関係を築く必要性を示しています。現代社会の高い離婚率のように、中華の子孫たる者にとって取るべき姿ではありません。夫婦が和合してこそ家庭は円満となり、これこそが身をもって示す教育の必要性なのです。
あなたの子供たちは、親のすべての言動を模倣するものです。あなたは子供たちに悪しき身ぶり手ぶりの手本を見せたいでしょうか？皆が望まないことと信じます。このような行為を夫婦間の動作に取り入れることで、子孫に対する示範が生まれます。夫を妻の規範として整えることが、まさに正道なのです。
新しい三綱の実施は核家族に役立つ
今日の時代は核家族が多く、子供の数も少なくなっているため、どの親も子供を過保護にしがちです……これは世界のあり方が変化した結果であり、かつての大家族に見られた人倫の規範は、現代の小家族生活の中では異なる形をとっています。
これこそ教育と教化の基盤があれば、人倫の規範に背かずに実行され、世の中に良い模範を示すことができるのです。一方で、現代の人間社会は古代の倫理学の構築が欠如しており、そのために多くの良くない子孫が生まれています。これはいったいどのような原因によるのでしょうか。皆、過保護であり、また厳しく責めることを忍びないからです。
このような溺愛が度を過ぎた時、多くの逆効果が生じ、また上天の条綱に対して、前世の因果による討伐はあるものの、人間の教育と教化の中では、世の中のすべての悪しき模範の実行が減じられることになります。皆さん、よく考えてみてください、果たしてそうではないでしょうか？
すべての人に羞恥心があれば、あらゆる問題点は解消されるはずです。これはまさに、古代の倫理が実践してきたことです。しかし現代の人類は、次第にこの規範を実践することが欠如し、多くの悪しき模範が生まれ、それが絶えず人々の身近に現れています。これは深く考え、反省し、慎み戒めるに値する問題です。
人倫の規制を制定して施行するには、一切の体用を必ず明らかにしなければならない。
教育と教化をもって種を蒔き　倫理と道徳により心を安んず
現世の報いは苦労が多いが、全ては子供たちのためを思ってのことだ。
溺愛して一生涯躾けず　後になって悔やんでも消え難し
この偈は、すべての有情衆生が互いに励まし合い、世の中のあらゆる人倫規範に対して良き道徳を実践し、長幼の序と礼儀を重んじ、礼節をもって互いに尊重し合うべきことを示しています。もし因果による報いがあるならば、教育と教化の力によって、最善の範囲まで軽減することができ、これこそが正しい道なのです。
無極納福天尊
無極納福天尊が登臨され、崇心の諸神人と共に会される。
皆様吉祥、安寧でありますように
福気広がり、財徳深まりますように
諸聖佛と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、今晩は。本日は大寰宇宙より金徳星君が降臨され、大道杏壇第二十七回を著作されました。それは人倫の規制と長幼の序を、人間界における教育と教化について分析し、常に不良な因果を転換するための討伐を形成するものです。
これには、古倫理學が構築したものがあり、八識田の中にしっかりと刻み込まれれば、良好で深い記憶を持つことができ、現代の世代に見られるような親を殺す不孝な息子のニュースのような悪い模範があまりにも多くあることにはならない。古倫理學を理解することは、このような悪い模範を取り除くために必要であり、詳しく考えてみれば、理解できるはずである。
2015年、03月11日、13時49分◎＃※  了解
この篇は新三綱に加えることができる。
宇宙大寰　木徳星君
宇宙の大いなる天界に　　木徳星君降り来たりて会す
大道杏壇二十八回　　上司仁徳にて下屬帰す
第二十八回　上司は仁徳を施し、下屬は忠義を尽くす
上司は仁徳を以てし、下屬は忠義を以てす。
古き良き道徳の学問は、現代に入ってすでに大きく変わり、世の中には多くの不忠不義な出来事が生じています。これは、世の中の根本が、国家、団体、組織、事業、家庭においても同様であり、倫理的な規制がなければ、良好な実行を達成することは難しいということを知らないためです。
まさに人類の衆生の行いがこの世に加わり、また現代社会は常にこのような限界に置かれ、より良い方法も見出せない状況です。そのため、古代の倫理学を現代社会に取り入れるには、「中華文化基本教材」を理解することが必要であり、これは一種の倫理規範の実践でもあります。
今の時代のように、ほとんどの国々、宗教、団体、組織、事業、家庭がすべて混乱に陥り、過去の道徳、倫理、綱常が現代社会に取り入れられていない状況は、まさに人類の無明の障礙である。それにもかかわらず、人々はこれが正しいとさえ思い込んでおり、未来には必ず苦果を受けることになる。
人類の衆生は異なる時空の因縁に入り、また異なる時代の変化を生み出す。
革は、ある時空間の過程において、異なる時代の趨勢に応じた異なる道徳倫理を生み出すものである。このように言えるだろう：一つの国、宗教、団体、組織、事業、家庭における行いは、互いに連鎖しているのである。
古の道徳倫理には加えるべき必要性がある
もし道徳倫理の規制がなければ、良好な道徳の実施を望むことは、おそらく良好な制度を持たないことになり、この種の問題は一般人にとっても、その問題がどのようなものかほとんど理解されていない。また、現代の人類の衆生の道徳も次第に失われつつあり、廉恥心のない者となり、ますます増えていくことになる。
このような廉恥心の欠如した者たちは、ますます増長しはばかることを知らない。このような人間社会において本来、道徳的な実践の過程において加えられるべき人倫道徳がある。すなわち一種の：上司は仁義道徳を施すべきであり、部下は忠義をもって支える精神を持つべきであるというものだ。まさに相互に連携し、人間社会のあらゆる事柄を実践していくのである。
この二つは、国家、宗教、団体、組織、事業、家庭のいずれにおいても同様に当てはまるものであり、相互に補完し合い、円満を達成するものです。世の中には必ず必要なものとして、長幼の序があり、人倫の規範が行われます。したがって、世の中においても人倫道徳の規範の中で実践されるべきです。
これがすなわち、長幼の序があり、上司は必ず仁慈・仁徳・仁義を実践しなければならず、そうして初めて部下の忠誠・忠義、つまり真心からの忠誠心が生まれるのです。つまり、一心同体となって国家、宗教、団体、組織、事業、家庭を外へと発展させていけば、弘化の推進に困ることはありません。
上司や主事者は必ず仁徳と義理を備えていなければならない
これは人間社会において必要不可欠な基本的な考え方であり、これによって初めて、国や宗教、団体、組織、事業、家庭など全てに対して調和をもたらすことができます。それは相互に円満に補い合う関係を築くことでもあります。古人が言うように「人数が多いほど物事はうまく運び、人数が多いほど団結できる」のです。そうしてこそ、強大な力が生まれ、外に向かって発展していくことができるのです。
これは人間社会において求心力によって結びつくものであり、共に働くすべての人々が家族のように和やかに過ごせるようにするものです。これは必ず持つべき基本的な考え方であり、また互いに円満に補い合う関係を実際に築き上げる必要があります。このような行いは、この和やかさがあってこそ、初めて互いに融け合って共に過ごすことができるのです。
しかし、上司や主事者からのものであり、仁慈、仁義、仁徳を実践するものであり、自分自身の利益を貪るだけでなく、自分の財布を豊かにすることだけに終始し、共に働くすべての人々と分かち合うことなど決してせず、まさに共に働くすべての全員に平等に分け与えるべきであり、まるで家族のように調和しているべきです。
一つの国家、宗教、団体、組織、事業、家庭においては、多くの問題が生じることはありません。古い言葉にもあるように、人が多ければ口も雑になり、事柄も多く、力も大きくなります。そのため、管理と規制の施行が必要となります。管理と規制を施行することは、一種の非常に堅固な行動を行うようなものです。
団結の力は非常に強大である
管理規則を理解することは、人間関係において必要不可欠な基本原則であり、また人間関係には一定の規則が必要で、それによって円満さがもたらされ、世の中に基本的な役割を果たすことができます。管理規則がすべてを実施する一方で、人間関係において適用されるすべての要素を忘れてはなりません。
これは人間社会の管理規制を実施するにあたり、道徳規範によるすべての基準があってこそ、管理規制が人情世故の温かみを失うことにならないのです。したがって、このような人間社会の運営においては、あらゆる人情世故が往々にして非常に有用で円満な足がかりとなることを理解する必要があります。
また、管理規制があるからといって、人情の温かさを失うこともありません。これは倫理道徳によって実践され、人情の隙間を埋めるものだからです。だからこそ、法律の外にも人情が存在し、しばしば法律の枠を超えたところで、人情に基づく行いがなされるのです。これはまさに、互いを補い合って完全なものにする相互円満の在り方なのです。
なぜこのようにするのかというと、一つの国家、宗教、団体、組織、事業、家庭において、それぞれの人が演じる役割は異なっており、生涯を通じて役割が変わらない人はほとんどいません。重大な責任を担う指導者を除けば、一般の人々は多かれ少なかれ、しばしば役割の変化を経験するものです。
上司は仁義道德を以て施行すべし
それぞれの役割を形成することは、自らにより大きな学びの機会を与えることになります。このような異なる役割と技術の形成は、学びと成長を求めることから生まれ、それらが集まって一つのものとなります：国家、宗教、団体、組織、事業、家庭が相互に組み合わさり、一つの心を合わせた結合を生み出すのです。
それぞれの人が異なる力を貢献し、それらが組み合わさって一つの大きな求心力を形成します。この求心力によって集結することで、非常に大きな力が生まれ、外部に向けて広く弘めることが十分に可能となります。皆様のご尽力も、この大きな力の集結から生まれているのです。
多くの成全と円満があるため、主事者たる者は、仁義道徳を実践する必要があります。そうして初めて、部下は忠義を尽くし、忠誠心を持ってこの国、宗教、団体、組織、事業、家庭のために進んで貢献し、非常に良好な発展の力を生み出すことができるのです。
これは一般の人々が皆持つことのできる基本的な行動であり、それぞれの人がこのような求心力を持つことで、より大きな成就が得られます。これは上司を主事者とする場合、必ず備えていなければならないことです：仁慈、仁徳、仁義の実践です。ですから、良好で長期的な経営を望むならば、主事者には仁徳の慈悲の性質が必要です。
部下は初めて忠実に献身的に尽くすようになるのです。
仁義を施す必要があるということは、これはまさに一人の主事者としての風格を備えていることであり、そうしてこそ優れた部下が付き従い、古代のどの国を見ても皆このようであったと言える。また、あらゆる宗教においても、このような「すきま」、小さな足場を経てこそ、将来の大きな宗派へと発展していくのである。
また、一つの団体や組織に対しても、同じように上に立つ者が模範を示し、下の者がそれに従うことで、外部への拡大を実現します。現代の事業を見ても、各事業体や財団法人は皆、小さな場所の隅々から始まり、温かく結束した求心力を持つことで、無限の可能性を創造することができるのです。
このような配慮は、どの宗教、団体、事業、組織、家庭においても細心の注意を払う必要があり、それによって関係者たちは後顧の憂いなく、その事業や団体、組織に全身全霊で打ち込む向心力が生まれます。このような参考にすべき方法は、まさに世の中でこのように応用されているのです。
部下に後顧の憂いなく働いてもらう
また、他人の経営理念を参考にして、新たに始まろうとする宗脈事業に取り入れ、良好な求心力を形成するには、相互に補い合う必要があります。そうすることで、多くの問題の中で、前進すべき大きな力を阻害することはありません。これは他人の経験を借りて、自らの努力によって拡大していくことです。
創造に到達することができ、また他人の失敗からも前車の鑑として教訓を得ることができます。
まさに自分自身の無明な模索を変えること、このような観念による行動が必要であり、それによって初めて大きな力を集結させ、未来の大道宗脈を形成することができる。また、他人のすべての営みの過程がどのようなものであるかを理解することもできるのである。
まさに、自分自身の未来を分けることが成功と失敗の分かれ目であり、また成功と失敗の問題がどのようなものかを理解することができる。そうすれば、「無から有を生み、有から実現を図り、実から発展を遂げる」という過程を通じて、真実の成果と功績を得ることができる。常に時代とともに変化し続けることで、初めて実際の効果が現れるのである。この道理はおわかりいただけただろうか？
他人の経験を借りて堪える
無明を改めて突き出す
上司は仁徳を以て情意を示し
下屬は忠誠を以て大道に従う
人生一世に造る所のものは　未来の成果自ら修むるなり
普段の人のごとくあるなかれ
艱苦一生　成就は難し
この偈は！すべての有情衆生が互いに励まし合い、古来の道徳倫理の基本的な観念に対して、それぞれの経営チームが無から有を生み出し、一歩一歩上へと成長し、外へと拡大していくことができます。また、このような情勢の中で前進し、世の中のすべての善良な因縁条件が増長し超越していくことが、まさに正道なのです。
無極道圓仙姑
無極の因縁が崇心に降り　　道円の仙姑が台に登り臨む
共に会する有情の諸神人
明晰なる三綱忠義の行い
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は宇宙大寰より木徳星君が降臨され、大道杏壇第二十八回にて新たなる三綱「君臣忠義綱」、すなわち上司は仁徳を以て臨み、下僚は忠義を以て仕えるという道理を詳しく説き明かされます。これにより、皆が共に事を為す道を学ぶことができます。
兄弟姉妹のように仲良く調和していれば、多くの問題は起こらないものです。実際、寛容と対話は必要不可欠であり、他人の権利を侵害しないことも大切です。このような行いは、異なる時空が集まることで生じる縁であり、それを大切にできるかどうかは定かではありません！
このような出会いの縁は、いずれもとても短いものなのですから、どうしてさらに悪業を積む機会を作る必要がありましょうか。共に過ごす貴重な時間を大切にし、善き縁によって良い機会を築かなければなりません。人生において、どこにいても善き縁が広がっていくものだと悟れば、まさに人間界の未来の良し悪しや前途は、このように分かれていくのです。
2015年、3月11日、13時50分◎＃※  了解
宇宙大寰　水徳星君
宇宙大寰の衆星系　　水徳星君降来儀
大道杏壇二十九回　　家庭和諧興旺起
第二十九回　家庭円満　福運隆盛
家庭が和やかであってこそ、繁栄と幸せがもたらされるのです。
有情なる衆生が人道世界に入ると、家庭倫理の規範が生じ、人倫道徳に依拠して、それぞれの家庭が異なる役割を果たすようになります。その中で最も重要な条件は、家庭の調和が保たれることです。それによって初めて、家庭全体が繁栄し、幸福に満ちたものとなるのです。
このような条件は、人間社会において、和合を基礎とする必要があります。人倫道徳の規範においては、家族全員が相互に円満であることが正道であり、このような円満の中で、それぞれの家族が責任と権利、そして義務を果たしていくのです。
この一家が繁栄するのは、一人ひとりがそれぞれの努力を積み重ねた結果であり、家族の調和が実現するのです。つまり、年長者と年少者の間に秩序があり、父は慈しみ、子は孝行を尽くし、夫婦関係は円満で、兄弟は互いに親しみ敬い合い、嫁同士も円満に、親族は仲良く暮らす。これこそが、家族の調和と繁栄を築くために必要な基本のあり方なのです。
このような観念をもとに、非常に円満な構築がなされ、それが成し遂げられるのです。
幸福な家庭は、その家庭に繁栄の基盤をもたらします。人類の衆生が家庭の中で担う役割は、一人ひとり異なっていますが、親族関係によって結ばれていることは、非常に密接なつながりを形成しています。
家庭の和合は繁栄と幸福の始まりです
祖先から子孫へと受け継がれていく中で、祖父母、父母、夫婦、兄弟、姉妹、嫁同士、そして全ての従兄弟親族が共に暮らし、一つの家族を形成するようになります。このような構成においては、互いに円満であることが必要であり、そうして初めて相互のわだかまりが生じることを防ぐことができるのです。
また、このような親族関係において言えることは、いかに得難く、またいかに容易に築けるものではないかということです。このような親族関係はまさに同じ屋根の下で共に生活するものであり、このようにして未来には必ず大樹が枝分かれするように、これは現代の趨勢であり、核家族が主流となる構成要素となっています。
一つの家庭において、最初は皆が一緒に暮らす和やかさがあり、それによって一人ひとりが共に生活する中で互いに包容し合う心が育まれ、やがて家族全体の繁栄が形成されます。この繁栄が求めるものは、まさに家族全員が心を尽くして力を注ぐことであり、それによって初めて繁栄へと融合する条件が整うのです。
まさに同じ祖先から、受け継がれた因縁の中で、後の子孫たちが集まる結節点となるのです。未来においては、それぞれの人がそれぞれの結婚相手と結ばれた後、元々は実の兄弟姉妹や、いとこ同士であった因縁が、異なる未来の他の親族関係を結ぶ縁となるのです。
同じ祖先の縁による親族
また、いくつかは兄弟姉妹の配偶者同士の縁によって、さらに多くのいとこが生まれ、その中には一緒に暮らす者も出てきます。こうして互いに同居する縁が生じ、同じ屋根の下で生活するうちに、時が移りそれぞれが婚姻した後には、それぞれの縁によって生まれた次の世代が現れるのです。
これらの元々の実の兄弟姉妹や従兄弟姉妹たちは、皆同じ祖先の縁によって親戚と呼ばれ、それぞれの家庭の繁栄を築いてきました。このように人が多ければ、互いに共に過ごす福もあり、大きな力を生み出すこともできます。これほどまでに共に生活することは容易ではなく、より大きな包容力が必要なのです。
人類の衆生が最も追求したい一つのことは、一組の夫婦が結ばれた後、しばしば双方が異なる意見を持ち、異なる角度からの見方を持つことです。このような異なる意見や角度の観点は、異なる価値観の依り所を形成します。なぜなら一組の夫婦にとっては、互いの調和を望んでいるからです。
円満な包容性を持つことが必要であり、双方がすべての視点を受け入れられることが必要で、初めて異なる意見に対して融和性を持つことができます。このような作用によって、円満で幸福な家庭の調和を創造すべきです。このためには、双方がコミュニケーションを取る実践性が必要であり、そうして初めて善良で良い成長が得られるのです。
木が大きくなれば、枝分かれしてそれぞれに成長していくものだ。
このような双方のコミュニケーションは、異なる意見と視点の中にこそ、相互に円満である必要性があり、また人々の世界で形成される一つの家庭においても、調和を保つためにはこのような姿勢が求められます。さらに、このような家庭の調和には、相互に円満に包容し合う性質が備わっています。実際、どの家庭においても夫婦双方には、それぞれ異なる意見と視点が存在するものです。
異なる角度と視点ではありますが、いずれもより大きな成長の余地があります。そのため、この世の中には相互の円満と包容が存在するのです。このような行いは双方によって行われ、一つの家庭には必ず繁栄の基盤が生まれます。やがて時が経てば、「嫁が姑になる」という過程を経て、その後はどうなるのでしょうか？
家庭の各成員が、このような調和の中で互いに責任と義務、権利を担い、それぞれが貢献することで、家庭の円満な結びつきを維持することは、この世において大いに役立つことでしょう。
これは道徳倫理の実践を通じて、家庭の繁栄において理解できることである。一つの家庭が繁栄するのは、家族全員の貢献の後に形成され、これが家庭繁栄のすべての始まりとなる。また、このような繁栄に人倫道徳の規範を加えることで、倫理の必要性を確立することができるのである。
家庭の親族には、良好な包容性が必要です。
これはまさに真実であり、繁栄する家庭にとって必要な要素です。このような条件下においてこそ、家族一人ひとりに異なる円満さがもたらされ、倫理規範が人倫道徳を促進し、相互に円満であればより大きな包容性を持つことができ、それによって家庭全体の繁栄が促されるのです。
それはまさに、倫理規範の施行から来るものであり、このような条件が家庭の繁栄を生み出します。これは人間社会において実施すべき綱領であり、また人類のすべての生存法則において必ず実施すべき基準でもあります。したがって、家庭が繁栄するためには、必ずや人間倫理の規範が必要であり、これこそが真実の在り方なのです。
また、長く持続する繁栄した家系も存在します。これはまさに人類が道徳倫理の規範を実践することで生まれる繁栄の始まりです。未来においては、木が大きく枝分かれするような状況が生じるかもしれませんが、そのような枝分かれの後も、それぞれの家族成員は過去に道徳倫理を実践してきた観念を保持することになるでしょう。
まさに各家庭が枝分かれした後、それぞれの小さな家庭が築かれることになります。これは現代の時代が生み出したものであり、人類の衆生にとっては親戚関係という絆で結ばれ、すべての親族によって支えられる仕組みが形成されます。それはちょうど、昔の大家族の中で共に暮らしていた生活様式にも似ています。
人生最大の使命は子孫を継承することである
まさに倫理道徳の規範に基づいており、人類の衆生に対して人倫道徳の精神的基準を維持するもので、しばしば小さな家族の単位から、将来の大きな家族へと発展していくのではないでしょうか。まさに現在の時点で形成されるものであり、必ずや人倫道徳や綱常の実践が必要なのです。
この施行過程は、昔の大家族における規制の確立のようである。それは父母から受け継がれ、子女がそれぞれ婚姻した後も、すべての親族が互いに融合し合うものである。ゆえに人類衆生には、「後代への伝承」という最大の因縁が存在するのである。
両親の後、しばらくすると多くの子孫が生まれ、異なる姓を受け継ぐ子孫が続きます。これが人倫道徳の倫理構築であり、まさにこの世で一人から一人へ、一代から一代へと伝わり、やがては多くの子孫が生まれるのです。
人類の衆生はこのようにして世代を重ねて伝承してきました。人と人との間ではこれが必要であり、このような伝承があるからこそ、人類の衆生には道徳倫理が存在し、良好な必要性を持って実践されるのです。したがって、古来の道徳学においては、倫理学に対して相互伝承の役割を果たしてきたのです。
人生は何を求めるのか　最後にはすべてが大地に還っていく
このような伝承の中でも、長幼の序を重んじる規範が築かれてきました。これは人類衆生が生存の方向性を定めるにあたり、あらゆる生活の過程において形成されたものです。人類衆生の長きにわたる伝承も、時が経てばすべてこの大地に還っていくのです。この世で何を比べ、何にこだわる必要があるでしょうか。心を開いて受け入れられるでしょうか。
人類の衆生は今この時、なぜ人類が生存しているのか、そしてなぜ一つの肉体を持ち続けて長く存在することができないのかを理解する必要があります。悟ることができるのは、まさに人類の衆生がなぜ向上し、成長し、超越したいと願うのかということです。それは単にこの世で子孫を残すためだけではないのです。
多くの人が感じるのは、実は心が楽しく過ごせればそれでいいのではないか、という思いです。寂しさを追い求めるような感覚が常にあるのではないでしょうか。これは、世俗の世界から宗教修行に入っても、必ずしも誰もが向上し成長し超越できるわけではなく、またこのような信仰だけでは、精進の中で成長することは難しいということです。
常に自分自身のこの一生において、選んだ宗教信仰が正しいかどうかが問われます。それは将来の上昇超越、あるいは来世での再修行の因縁、そして沈淪下墜との区別に関わります。このような状況は一生を埋没させ、犠牲と奉献、そしてすべての精進努力を無にします。一人ひとりの選択がどのようなものか、よく考えてみるべきでしょう。
倫理規範を施行すれば　繁栄する大家族がある
現代の核家族世帯も　皆それぞれ両親がいる
一生を後代に伝え継ぎ　　　代々教化を施してゆく
人生の無常を感じつつも　生死を達観して自在に生きる
この偈は、すべての有情衆生と共に励まし合うものである。この世において、自らの信仰の拠り所を如実に選択することは、未来の昇進と墜落、そして繰り返し続く輪廻の苦しみに深く関わり、いかに自らに責任を持つべきかという問題である。これはまさに、自らが己の主人となるか否かを選び取る必要があるということである。
無極満徳仙姑
無極満徳の仙姑登りて、共に崇心の諸神人と会す。
皆様吉祥、安寧ならんことを
大道弘化、実の如く成る
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、今晩は。本日は、宇宙大寰の水徳星君が降臨され、大道杏壇第二十九回を著作されました。家庭の調和と繁栄の福気について、人類の衆生が家庭を営む中で、繁栄と幸福を築き上げるには、必ず福気が授けられるものであります。
これは人間社会に必要な基本的な枠組みであり、このような形で全ての大家族を築き上げていく。まさに繁栄の基盤であり、このように大樹が成長した後には枝分かれするように、これが小家族の結合となり、さらに時を経て一つの大家族を形成していくのである。
また、将来新たに小さな家庭を築く際に実践されることは、繰り返し世代から世代へと伝えられ、結局は自分自身も一生を終えるしかないのではないか？世の中のすべてのどうしようもない現実をはっきりと見極めることができるだろうか？そして宗教的信仰と修行の道に入るが、信仰に入ったすべての人が必ずしも向上できるとは限らない。
また、各人が選択したものによって、このような向上成長の条件があるかどうかが区別されるのでしょうか？これはまさに真実であり、だからこそ多くの人が一生忠誠を尽くし、信仰する宗教に精進し犠牲を捧げるのです。しかし結局のところ、来世で再び繰り返される輪廻から逃れられないという無念さがあります！それは自分が選んだ宗教信仰が正しいかどうかにかかっているのでしょうか？
2015年3月11日13時51分◎＃※　了承
宇宙大寰　火徳星君
宇宙の大いなる環は天の果てに帰す
火徳星君 書を著す期に臨む
大道は杏壇に三十回あり、教育は後代の道徳の基なり。
第三十回　子孫を教育する　道徳と倫理
子孫に道徳と倫理を教える
有情なる衆生がこの世に生きる上で、一種の伝承の必然性があります。この子孫への伝承は必要不可欠であり、また伝承とは人類の生存にかかわるすべての道徳倫理を教化することにあります。後世の子孫が道徳倫理の規範の中で生きられるよう、実際に役立つものを伝えていくことが、まさに人類衆生の生存における基本的な要務なのです。
人々の世界において、教育と教化の全ての伝承は、人道世界の経験を積み重ね、知識を応用することで成り立っている。これは子孫へと伝えられるものであり、真に道徳倫理に対する思想観念を持つことこそが、道徳倫理の規範を備え、教育と教化の全ての基準を実践する所以である。
このような教化を後世に伝えるには、必ず実態に即した実施と育成が必要であり、また一種の継承の必然性でもあります。これによって子孫への教育課程が実現され、これらの教化者に対しても非常に実態に即した一連の完全な教育課程が用意されます。このような条件のもとで、教育経験を教科書に融合させることにより、教育の基盤が確立されるのです。
まさに学校と私塾という二つの経路を通じて、教育と教化に依拠しているのです。
基準は、先人たちの経験の蓄積であり、教化と教育課程に組み込まれています。そのため、人類の衆生は一つの完全な教育システムを持ち、これらの学生たちに先人たちが歩んできたすべての道筋を理解させることができるのです。
人類の生存法則と綱常倫理
先人の足跡を辿ることで、彼らが歩んできた全ての苦難の道筋や、骨身に刻まれた痛切な経験の数々を理解することができます。そうすれば、先人たちの歩みがどのようなものであったかを必ず理解できるでしょう。また、自らの学びにおいても互いに補い合い、成就し合うことができます。これこそが、人類の衆生が教育を継承していく上で、必ずこのようでなければならない所以なのです。
これらの経験を、後進の学生一人ひとりの心構えや考え方に植え付けていくことは、すべての先人の経験の蓄積にとって必要不可欠なことです。また、このような先人の知識を後世の子孫に引き継ぎ、向上心を育む原動力とするには、どうすればこの原動力が真に利益をもたらすものとなるのでしょうか。
学習の過程において、どのような教育課程を受けるべきかを明確に理解する必要があります。また、教育課程をより深く吸収できるかどうかは、必ずや世の中で教育課程を実践し、すべての後世の継承に対して誠実かつ完全なものとすることによって形成されます。これは基本的な学習の教育基盤であり、教化の機能を確立するものです。
人々の世の中では、先人が後人を教え導くことが行われてきました。これは過去の私塾を基礎としており、現代ではすでにこのような私塾は存在しません。そこで、国家全体の教育カリキュラムが確実に実施され、すべての人々が真に教育課程を受けることができ、あらゆる善良な薫陶と恩恵を得られるようになりました。
道徳倫理規制が施行される
まさに人類世界の道徳倫理綱領を築き上げるには、教育課程の実践的な機能が必要であり、またこのような国家教育の実施は、ますます細分化された専門分野へと発展し、専門的な知識の探求がなされる。これは人間社会においては「学士」を基礎とし、「修士及び博士」へと向かって達成されるものである。
このような教育課程は古代の教育課程を超越しており、様々な専門分野に広く触れることの恩恵は、学んだすべての子孫たちに選択の機会を与えます。自分自身の興味に基づき、実際に触れた専門分野がどのようなものかを真に理解することができます。現代世界の分業体制においては、異なる学科分野が存在するのです。
一方で、異なる専門分野の優れた人材を育成するため、天が下したすべてのハイテク人材はまさにこのようなものであり、万能の全才は一人もいません。また、このような教育と教化の中でこそ、人間社会に対して創造的な恩恵をもたらすことができ、この専門性は人間社会に向けられ、異なる学科の学習を通じて進化していくのです。
それによって、すべての人類の衆生は、異なる専門技術を持ち、異なる分野での成果を区別するようになり、またすべての教育課程が真実を理解することを可能にします。さらに、人間社会におけるすべての文明創造は、さまざまな細かな分業を経て、これらの必要な専門技術を異なる学科系統の技術文明に区分けしているのです。
道徳倫理で子孫を教育する
過去を変えるには、まずその限界を全面的に理解する必要があります。このようなアプローチは、様々な専門分野に広く触れることで、専門技術を育成し、多くの創造的発明や研究を行う人材を形成します。人類世界の文明に対し、外宇宙のハイテク惑星の文明進化を借りて融合させることを目指しています。
まさに人類が居住する星を改造することは、高度な科学技術文明をもって教化を施すことであり、さらにすべての人類衆生に利益をもたらすものである。これはまさに必要不可欠なことであり、この専門技術の中において、誰もが言うことができる――皆が「修士や博士の人材」として育成される基盤なのである。
これらの専門家たちの尽力によって、相当な成果を達成する機会が生まれるのは、人類衆生が「過去の万能型と現代の専門特化型」という異なる様式のもと、多様な分野で活動しているからです。それゆえに数多くの専門家や職業が生まれ、人類衆生の多様なニーズに応えて恩恵をもたらしているのです。
これは必要性の実践であり、もし人間社会にハイテク文明しかない場合、すべての人類衆生にとって非常に良くない結果をもたらす恐れがある。それはいかなる原因によるものか？人類衆生がハイテクを駆使しながら、道徳倫理を如実に実践せず、人倫道徳の規範が欠如した状態を形成してしまうからである。
すべてのハイテク文明の道徳倫理
また、人間社会において非常に大きな殺戮の力となります。これは過去の時空の因縁の中で、既にこの種の前例があり、現代の世代においても人間の生存は相互に対立するものであり、このような対立は必ずや良からぬ殺傷力を生み出し、すべての人類衆生に害を及ぼすものなのです。
これこそが、天が人類衆生の生活志向を改めるにあたり、必ずや道徳倫理の教育課程を設け、さらに深く根付かせる必要がある理由です。子孫が学び成長するためであり、また、すでに固定化した年長者においては、思想や観念を変えようとしても、おそらく大きな困難があり、変革や向上は難しいからです。
このような人類社会における問題は、すでに久しく存在している。もし将来の善良なる生活空間を望むならば、必ずや後世の子孫に対して、教育課程において道徳倫理の規範を深く根付かせ、これを着実に実践していかなければならない。そうすれば、すべての次世代の教育課程において、前もって確固たる観念を築くことができるであろう。
深く根ざした倫理教育と教化が必要であり、これらの子孫たちも先人の思想観念を変えていくでしょう。すべての人類世界において、これは非常に真実に即した教育課程であり、完全な全体計画が必要です。それを人間社会に教化の機能として植え付け、同時に人間社会においても善良さが実践されるようになるのです。
教化を施行するには、必ず道徳と倫理が必要である。
確かに、天は常にこの面において改造を加えており、あらゆる世間の教育課程に対してその真実の効用を発揮させることが正道である。必ずや世の中のあらゆる文明と科学技術の恩恵を受け、真実の教育をもって子孫を教え導くことで初めて、人類世界全体の教育思想における真実性を変革することができるのである。
したがって、中国の炎黄の道徳倫理を人間世界に施行するにあたり、これは特に『真仏心宗』が推進するものであり、古代からの人倫道徳に現代の新三綱を加え、人倫規範体系として施行し、全人類世界に広げることで、人々は真の恩恵を受けることができるのである。
人々の世界にこそ真の変化が生まれ、全ての人類衆生が欠け不足している誤りに対して、これは必ず修正されるべきものである。そうして初めて、『21世紀は中華の炎黄子孫の時代』という現実の針が示す世代において、その中で必ず教育課程において真実を踏まえ、全ての人類の誤った思想を改めることにより、より大きな向上が可能となるのである。
人々の世の中には既に相当に深い基礎があるが、ただ人間の衆生は自らの利益や権勢に囚われ、また全ての財団や国家が抱える不足のため、これらすべてに対して必ずありのままに変革を加えなければならない。それは崇心宗脈の未来において、必ずや全世界に向けた教育課程として実現されることになる。このようにする必要があるのだ。
道徳倫理の綱常を施行する
そして、すべての中華の子孫である炎黄の子孫の道徳・倫理・綱常を全人類の衆生に施行することは、荒唐無稽な話ではなく、まさに真実であり、崇心宗脈が弘揚された後に必ず必要となる基本課程となるでしょう。これは人類の教育思想を変えるだけでなく、人世間に「道徳、倫理、綱常」を施行することを確立することにもなります。
必要であるのは、三綱、五常、四維、八徳を統合して「新三綱と十二条目」とし、これを世の中のすべての実践の基準とすることである。また、世の中でこれらの徳目をありのままに実践していくならば、小さなことから大きなことへ、少数から多数へと、一歩一歩達成していくことができる。これは人類を教化し、倫理綱常を広める道である。
崇心宗脈の経済体系が確立された時、安心グループ－崇心機構が誕生しました。これは　上蒼がかねてより定められた大いなる聖務であり、そのまま人間界に下ろして実行に移されました。これらの取り組みが広く普及した後、多くの「人材と財源」が集まり、人倫道徳の綱常を推し進めて実践する、これこそが正しい道と言えるのです。
教育教化には心を込めて
倫理道徳をもって実践すべし
綱常と規制は必ず必要であり、確かに確立して後世に伝えねばならない。
崇心の因縁次第に開き展ぶる　   　上蒼は実の如く弘観を来たす
良好なる基礎を有し
新たなる三綱は実の如く転ず
この偈は、人類と衆生が互いに励まし合うものであり、また未来に形成される一切の事象を、天書にありのままに書き記すことで、そこから本来の聖なる使命がどのようなものであるかを理解することができます。すべての人類衆生が向上し、高みへと昇華し、超越していくことは、まさに自らが選択するものなのです。
無極伝道の仙姑
無極の因縁深く厚し
道を伝えて人間に
我を造り就けしむ
仙女は今日神人と会い、天書の中に天機の構造を観る
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は宇宙大寰より火徳星君が降臨され、大道杏壇第三十回を著作されます。教育と教化、道徳倫理の綱常規制を天書の中に下ろされることで、過去の時空因縁とは異なる、必要とされる施行がなされることでしょう。
今や次第に展開しようとしているが、すべてにおいてなお多くの努力が必要である。崇心宗脈の「新三綱」を深く理解しなければならない。これは全世界に奉行することができ、また汝ら過去の苦労を軽んじてはならない。必ずや施行後、まず一つの世界的大災厄を変え、次第に21世紀の蓮華仏国浄土に向けて、相応に真実なる整備がなされるであろう。
この中には、なお多くの人為的な努力で克服すべき課題が残されている。皆様のあらゆる努力が成就するよう見守りつつ、仙仏の先生方も常に皆様の尽力の後に、実りある功績が築かれることを願っておられる。明日はまた本宗脈の懺悔法会の佳き良辰、すべての善縁をもって皆様の向上を成就させましょう。
2015年、0311、1351◎＃※  ０Ｋ  この篇は前に新三綱の中に編入することができる
宇宙大寰　土徳星君
宇宙大寰の衆星系　　土徳星君が来儀を降す
大道杏壇第三十一回　　専門的分業が精緻さを生む
第三十一回　専門分業　精巧に作り上げる
専門的な分業により精巧に作り上げる
有情なる衆生がこの世に生を受け入れると、それぞれ異なる生存の志向を持つようになります。このような状況において、人間社会における様々な生活技術は、学び成長することが必要不可欠です。あらゆる異なる生活技術は、杏壇の教育を通じて培われ、つまり現代の学校や学院で学ばれることになるのです。
このような学習条件によって様々な専門技術を育成し、それぞれの業種に対して専門的な技能を磨くことに焦点を当てています。そのため、各学科・学部が分かれており、このような条件から人間社会における生活の方向性を見据えながら、異なる専門分野の技術学院が存在します。これらは教育を通じて次世代の学び手を育成する役割を果たしているのです。
また、人々の間に様々な生活技術が生まれることで、生計を潤す条件が整います。世間の視点から見れば、これは必然的なことであり、あらゆる業種がさらに細分化されていくにつれて、それぞれ異なる生存要件が生じます。あらゆる業種や専門分野において、より精緻な境地に到達するのです。
もはや過去のように、全才や通才である必要はありません。
このような志向性はより専門的に深化することができず、あらゆる志向性の獲得過程において、さまざまな異なる学問分野の領域が形成されます。それによって異なる学科の「学士、修士、博士」が生まれ、人間社会には様々な専門領域による営みが存在するのです。
専門的な分業による精緻な役割分担
人々の世の中には、生存を志向する中で様々な細分化された業種が存在し、人類衆生により大きな利益をもたらしています。昔を振り返れば、このような専門的な分業の細やかさは全くなく、現代に至っては異なる専門分野が形成され、それぞれの業種が繁栄を遂げ、人類衆生に利益をもたらしていることが分かります。
人類の様々な生存需要に応じて、衣食住行、教育、娯楽などの分野が生まれ、それぞれの専門分野が異なる業種を担っています。各業種には専門的で精密な役割があり、人類社会が円滑に機能するために必要不可欠な存在です。また、このような異なる専門分野の発展を通じて、文明の進化と向上がもたらされるのです。
杏壇の教化と教育課程を経て、多くの専門人材を育成し、人間のあらゆる業界の繁栄をもたらしてきました。これは異なる国々によって成し遂げられ、それぞれの業界には異なる生活習慣が必要であることを示しています。生存空間をいかにしてより大きく超越させるか？「借将」の文明が必要です。
これらは、世の中の万物の品質に対して、ある発明創造がなされた後にも、基本的な枠組みが必要であり、物品を発明創造する際には、第一世代の物品の品質においては、比較的には先進的な精緻な品質に欠けるものの、最初の創造発明を経て、将来の修正の基盤とされることになります。
専門的分業による精密技術
二度目以降は、より精緻な品質へと改良され、世の中のあらゆる物品の表現に対して更なる向上が図られます。このような精緻な品質は何度も改革を重ね、極めて洗練された内面と外面を形成し、その品質は非常に精緻なものとなります。
また、人類の衆生が比較的新しさと変化を求める心理にも合致し、様々な学問分野を専門的に細分化することで、人類の創造発明の後には相当に優れた精緻な品質が生まれ、長きにわたって人類の衆生から比較的好まれるものとなります。さらに、様々な「衣食住行育楽」の創造発明の後はどのようになるのでしょうか？
これらの発明は、かつての学校や学院、すなわち杏壇における教育と教化を通じて形成され、人間世界において教育の伝承が真実かつ完璧な境地に達することを促してきました。それゆえに、人間世界もまた文明と科学技術の進化の中で成長を遂げ、向上していく過程において、必ずや善良なる恩恵が有情衆生にもたらされるのです。
様々な異なる分野が生み出すものは、まさに人間社会において相当に優れた品質に到達し、人類の衆生に選択を提供し、様々な異なる生活の質を改善するものである。また、人間社会には優劣良欠の区別があり、一つの物品の品質が人類に好まれるか否か、あるいは捨てられるかを形成するのである。
専門に集中し、分業すれば、どの分野でも第一人者になれる。
まさに優劣良し悪しの品質の区別であり、それはまた人類衆生一人ひとりの福報がどれほどのものかに関わっている。これによって、好まれる品質が他者から愛されるかどうかの区別が生じるのである。それはまた人世における異なる分野の分業であり、多くの人類衆生の生活における志向と必要を形作っている。
必要とされる分野はそれぞれ異なり、異なる生活必需品を生み出します。このような条件は比較的高度な器物に対してはそうである必要がありますが、一般的な生活の要求に照らせば、このようなハイテク文明の知識は必要ありません。実際、世の中の一人ひとりが様々な異なる職業に関わることで、はじめて生計を潤すことが可能になるのです。
また、異なる時空においては異なる生活技術があるため、人間界では一生のうちに学ぶ技術があるが、往々にしてそれは役に立たず、別の異なる生活技術や異なる職業で生計を立てることになる。なぜそうなるのか？様々な専門技術と知識を学ぶ必要があるからである。
様々な職業分野において：過去に学校や大学で学び培ってきた技術や知識は、もはやほとんど役に立たなくなり、むしろこれまで学んだことのない生活技術を新たに生計のための職業に取り入れることになります。このような状況では、あらゆる技術は単なる学びと成長の過程に過ぎないものとなります。
専門に分かれて各科が細かく緻密に
したがって、過去に蓄積された博学多聞な知識と経験は、現在において自己を利し、生計を潤し、生活を豊かにするために活用することができます。なぜそのようなことが可能なのでしょうか。人類の衆生は現在、様々な学問分野に分かれて専門化していますが、言い換えれば、いかにして自己の利益とし、同時に人類衆生が必要とするものを創造するかという点に集約されるのです。
このような因縁は、各人がどのような知識指向の状況にあるかを観察することである。自分が選んだ職業を一生変えないというわけではなく、むしろそういう人は稀である。それゆえ、人類は常に生き続けていくことになる。実際、各人の異なる時空環境が、それぞれの人の生業をも変えていくのである。
このような異なる生存に由来する業種も、永遠に変わらないわけではありません。多くの人が一生のうちに頻繁に業種を変えることがよくあります。それでは異なる分野において、専門性を極めることができるでしょうか？様々な業種のトップになることができ、それはまさに古人が言った「どの業種にもトップがいる」ということであり、あらゆる学科にはそれぞれ専門性を極めた人材がいるのです。
業界を問わず秀でた者を、今では達人と呼ぶ。
つまり現代人が言うところの「達人」であり、また現代の言葉で世の中の達人を指すもので、昔から言う「どの分野にも優れた者がいる」というやつです。その業界で専門的に精通できるかどうかが、実のところ様々な異なる業界を区別する基準であり、そこから得られる収穫や利益はどうか？それは各人が持つ福徳の大小に関わってくるのです。
また、行った業の結果としての報いも、時機、天時、地利、人為の違いによって、自分に返ってくる報いには多かれ少なかれ差が生じます。このような専門技術こそが、異なる分野の違いであり、したがって、人間社会で成し遂げられるさまざまな異なる業種の専門技術、および専門的に生活の業を極めることが、いかに重要であるかということです。
通貨が十分に整っているか、あるいは不足して苦しんでいるかについても、各業界の天時・地利・人和、および人為的要因を観察し、方法が適切かどうか、人々が好むかどうか、品質が精緻かどうかによって区別します。まさに通貨財利の有無を区別し、それを行き来させて獲得するのです。
専門技術で作り上げる　それぞれの分野にそれぞれの特徴がある
精巧な品質は誰もが好むが、時機の熟すこともまた必要である。
通貨を得たければ自ら修めよ　   　人間の因縁が求める所
杏壇の教えより状元出でる　達人成りて福分留まる
この偈は、すべての有情衆生が互いに励まし合うものです。あらゆる専門分野や各学科の精緻さは、人間を依り所としています。異なる生活志向や求めるものがあり、様々な業種の経営を区別するのはいかがでしょうか。通貨を十分に得たいと願うならば、まさに天の時、地の利、人の和という方法を観て応用することが、真実のあり方なのです。
無極理法仙姑
無極の因縁が崇心に降りてきて
理法の衆生は皆行わなければならない
仙姑は今日当番に来られて、聖諭の末尾に討論を引き出されました。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、こんばんは。本日は大寰宇宙の土徳星君が降臨され、大道杏壇第三十一回を著作されました。人類衆生が持つ専門的な分業と精緻な品質の著作について、様々な業種の異なる領域において回顧をなさいます。
様々な専門分野：いずれも学院や学校において、先人の教えがあってこそ経験が蓄積されるものであり、異なる業種にはそれぞれ異なる分野の知識が求められる。異なる時空の中で、一人の人間の生活は絶えず異なる領域へと再調整されていく。これこそが人生の変化であり、また変化に満ちた人生そのものである。そのすべての経緯を理解することはできるだろうか？
もし大いなる智者であれば、その中に秘められた奥義をどのように体得できるだろうか？必ずや大いなる受益があってこそ真実の性にかなうのであり、さもなければ一生をかけて苦労して学んでも、一生を貫く業を長く保つことができない。それはあまりにも残酷ではないだろうか？人の世はこのようなものであり、悟りが開ければ大いなる成長と学びを得ることができる。だからこそ、広く学び多く聞くことが必要なのだ。
2015年、03月11日、13時52分◎＃※  了解
宇宙大寰　東斗星君
東斗星君は杏壇に座し、博学多聞にして福徳に倚る
第三十二回　博学多聞　一を挙げて三を反す
博く学び多く聞き、一を挙げて三を反す
人類の衆生が実相世界に入ると、一種の経験学習成長があり、古代の杏壇教育はまさに現代で言うところの学校や学院の教育にあたります。このような人間界では、学習を基礎とすることが必要であり、それは自らの知識によって獲得されると同時に、師匠や両親、先人たちの教育を通じてこそ、このような経験の過程を得ることができるのです。
すなわち、人間社会における応用条件を基準とするものであり、その中で全ての知識の蓄積は、「博学多聞」と呼ばれるものから得られた後、さらに人間社会において様々な経験を日常生活の中に溶け込ませるに至る。これこそが、博学多聞を基準点とし、自らをも大衆をも益する所以である。
博学多聞とは、学習を通じて生活の中の知識と経験を積み重ねることであり、博学多聞を形成するには、あらゆる知識を応用して類推する能力が必要です。これはまた自らにとって利益となるものであり、そのような利益を得る条件は、往々にして自らの智慧の中から生まれ、生き方の方向性や日常生活における恩恵として現れるのです。
自己を利し、他人を利するためには、博学であり、多くを聞くことが必要である。
会得する利益がある！なぜこのようになるのでしょうか？これは人間社会における必然性であり、またこのような広範な学識の中で、いかにしてこれらの知識を経験として蓄積し、次に応用すべき智慧の弁別へと転換していくかということです。
博く学び多く聞かなければ、一を挙げて三を反すことはできません。
これらは知識を生活の領域に応用した後に形成されるもので、日常生活において一種の相当に高次元な生活志向を生み出します。このような生活志向は、人類のすべての教育文明に由来し、また人類の無明と無知を教化し、人々がこの世に必要とする基本的条件を備えることを教え導くものです。
人として世に生を受け、自らの生活空間に到達するには、必然的にこのような過程を経るものです。そのため、博学を求める中で、往々にして他の知識領域にも広く触れることができます。また、自らが学習の過程を理解できれば、次なる段階において、これらの「博学多聞」によって得られた知識をあるがままに活用することができるようになるのです。
自己の生存志向に対して、この世の生活空間に益あるものを与え、またこのような条件のもとで向上成長を遂げる。この世における生活空間において、自ら広く学び深く知ることを通じて、着実な基礎を築いた後、自らの生活に安楽と利益をもたらすものこそ、現在の達成である。
多聞を積んだ後は、博学の条件が整い、日常生活の高品質を築くことができます。また、日常生活における利益はまさにこのようなものであり、これらの応用可能な知識を日常生活の経験として活用し、智慧による利益を形成することで、人類の衆生は生活の過程において、他者よりも一段高い生活の志向を持つことができるようになります。
博く学び多く聞くことは、自分と衆生を利益することができる
これは生活を志向するもので、日常生活の空間をさらに向上させるものです。あらゆる衆生にこのような条件が備わっていることが観察でき、また、一人ひとりが「博学多聞」を備えているかどうかも観察できます。これが最も基本的な条件です。いかにして博学多聞を善用し、さらに一を聞いて十を知るような効果を挙げるかが問われています。
問題点に対して解決を図るには：正面、平常面、反面という三つの側面を実情に即して応用することである。このような条件が整えば、これら三つの側面——正面、反面、平常面——から類推することが可能となる。まさにこの三つの側面が知識として示されることにより、物事に対し如何に機会を捉えて応用すべきか、智慧を働かせて展開することができるのである。
その中の時機がどのようなものかが分かります。これらはすべて人間社会が生存の中で応用する条件であり、また各人の応用の仕方によって、未来に自分自身を利益するか、衆生を利益するかが決まります。ですから、杏壇の教化における教育育成は、いかに殊勝なものであることか。
また、必ずこのようにしなければならない。一つの事柄を通じて、博学多聞であるかどうかを理解し、一を聞いて十を知るような思考ができれば、不敗の立場に立つことができる。これは、必ず実態に即した思考過程があってこそ、良好な実際の効果が得られるのである。では、なぜこのようにしなければならないのか？それは、一人一人、あるいは一つの事柄の始まりがどのようなものであったかを観察すればわかることである。
人々の世にあるすべての杏壇の教化
博学多聞を応用して一を聞いて十を知ることで、自分にとってより大きな利益があるかどうかがわかるでしょう。ただ世の中のすべてを茫然と知らずにいることは、自分自身にとっても無明の障害です。この種の無明の障害が、ただ生活に依存しているだけなら、それはやむを得ないことであり、まさに各人の智慧の応用が異なるということです。
ただ恐れるのは、自分自身の無明の障害がどのように生じるのかを理解できないことです。生活の方向性において、自分の生活空間を利益することさえ難しく、無明の障害を引き起こすことになります。したがって、その問題点がどのようなものであるかを明らかにする必要があります。これは、世の中で「目色巧者」と呼ばれる「明らかな知恵」を通じて理解しなければならないことなのです。
このような目の色の巧みさを持つ「明智」は、一種の智慧と聡明さを備えた者だけが具えるものであり、またこのような聡明な智慧の中において、物事のすべての経緯を観察することができ、「定心」の作用があれば、物事の真相がどのようなものであるかを理解することができる。これによって博学多聞に入り、あるいは一を聞いて十を知るように理解することができるのである。
この条件は、聡明な知恵を必要とし、物事における取捨選択において、自らが正しいと判断したことを示し、誤りを犯さないことである。また、このような明確な判断の中で、優れた洞察力と聡明な知恵を備えることができる。つまり、杏壇の教化課程が、現代の学校や学院の教育効果を提供するのである。
博学で見聞が広いというのは、非常に聡明な人である。
人間世界において学習と成長を経て、物事に対する見方に上昇的な成長がもたらされる。このような条件は、教育や教化を基盤としており、相当程度に真実に即した知識が現れる。人類の衆生は、このような知識の現れの中で、自らを智慧が応用される過程へと導き、智慧を備えるようになるのである。
したがって、人類の衆生が「目色巧者」の明るい知恵、すなわち「聡明な智慧」を十分に備えられるかどうかは、まず人間界において基本的な条件を満たした後でなければ、日常生活の中で真実に応用することができず、自分自身にも利益をもたらし、衆生にも利益をもたらすことができるかどうかによって、自分が学んだことがどのようなものであるかを理解することができるのです。
もし自分だけが利益を得るだけであれば、学んだ知識には公正さから発せられるものが欠けていることになります。ただ自分だけを利するためであり、このような人はたとえ目先が利き器用であっても、いかなる重責も担うことはできません。それはなぜか？自分だけを利し、まったく衆生を利することができないからです。あまりにも自己中心的で度量が狭すぎるのです！
多聞は必ずや博学にして智慧あることを要す。
天が大任をこの人に降すには、必ずまずその筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、行いを空乏せしめ、その身心を乱し、世のすべての試練を経て突破せしめる。もし真の目利きであるならば、このような条件を備えることができ、またすべての試練の過程がどのようなものであるかを観察することができる。これは果たして、公のために大いなる量を出すことができるかどうか、という点に照らしてのことなのであろうか？
このように理解できます：いかなる重責大任を担えるかどうかの根拠は何か？世の中で博学多聞であり、一を聞いて十を知る推察力を持つことこそが、真実の性質を高めることにつながります。また、このような条件のもとで、世の中で応用されるべきものがまさにこの通りであることを体得し、自らの未来における様々な重責大任を担う根拠とすることが、真実の性質なのです。
人世间におけるあらゆる生存の方向性は、自分自身に対する試練と検証を必要とします。それはまた、自らが試練ごとに先天的な免疫力を得られるようにするためです。これはまさに、広く学び多くを知るために必要なことであり、これらの経験を応用して一を聞いて十を知るようにすることは、正面・平常面・反面の三つの面において利益をもたらすのです。
博く学んで了知することは、すなわち智慧の根本である
物事の本質をありのままに透徹して見通すことができれば、問題の核心を完全に解消し、物事を明瞭に見分けることができるようになります。これは世間で言うところの、目利きの達人が高めた境地であり、また聡明な知恵が成長した者でもあります。このような境地は、人間界において上蒼のすべての試練と検証をいかに通過すべきか、という問いに応用されるべきものです。
物事が起こるたびに、その成り行きを客観的に見極め、自らの判断が正しいことを確信し、この世のあらゆる試練と検証をありのままに乗り越えることができる。このような世の中の知恵を持つ者は数多く存在し、そのたびに天が繰り返し行う試練と検証を必ず通過していくのである。
まさに目に見える色のカードで示されるように、聡明な智慧によって成就された境地に入ることを、皆さんは望まれますか？それならば、必ずや真実のままに天の審査と検証を通過しなければなりません。少しの試練に遭っただけで「ああ、うんうん」と嘆いてはならないのです。まさにその忍耐力をはっきりと見ることができますが、これでは審査と検証を通過することはできません。おわかりいただけますか？
博く学び多く聞くは人世の間　   　一を挙げて三を反すは並みならず
知識は経験に積み重なり　成就は次なる智慧を添える
目が良く見えるのは賢明なことだ  
しかし知恵で導くことも必要である
上蒼は審査を加えて検証する
真実のままに通れば福と智慧が新たになる
この偈は、人類の衆生が互いに励まし合い、どのようにして世の中で「目色巧者」と呼ばれるものを積み重ねるべきかを示しています。必ず実際的な親身体験を持たなければ、真の利益を得ることはできず、また如実な成就も得られません。皆様が試験と検証の中で、真に自己を向上させ成長させることを成就されることを願っております。これこそが正道なのです。
西方理経菩薩
西方天界より崇心を降し　   　理経登台して共に心を引く
菩薩今日当番に来たり　   　末尾に天の音を揚げて作る
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院の院修学士の皆様、今晩は。本日は宇宙大寰より東斗星君が降臨され、大道杏壇第三十二回を著作されました。博学多聞、一を聞いて三を知る過程をありのままに天書に記し、すべての世の人々に対する試験と検証について、いかに知識を応用して示すべきかを述べられています。
経験を積むことで、知恵も成長していきます。これは世の中で一歩一歩達成していくものです。博識で見聞が広く、観察眼に優れた人は、一を聞いて十を知るように、ありのままに応用することができます。このような人を「知恵ある者」と呼びます。皆さんはこのような資質を身につけたいと思いませんか？それには、知識の成長をありのままに応用することが必要です。
経験を自らの生活に落とし込むことこそ、智慧を実践的に無限に引き出す真の道である。優れた見識と巧みな手腕を望むなら、それは不断の勤勉な学びによる努力から生まれる。博学多識の基礎が築かれれば、如何に一を聞いて十を知るかも自ずとわかるようになる。これは単なるスローガンではなく、必ず実践に移すことで初めて自らがその恩恵を受けることができるのだ。
2015年、03月11日、13時53分◎＃※  了解
宇宙大いなる天蓋　西斗星君
宇宙の天際に徳疑い無く
西斗星君降臨の期
大道は杏壇に三十三回を開く　　各種の技術が分業の基を成す
第三十三回 各種技術 専門的分業
様々な技術分野の専門化
人間の生存という観点から見ると、有情の衆生が学習と成長のための専門技術の領域に入ると、博学多聞で一を聞いて十を知る者と、専門技術の細分化された作業に携わる者に分かれます。また、様々な業種や専門技術において、様々な発明創造に人為的努力が加わることで、異なる業種が生まれてくるのです。
様々な分野にわたって広く学び、異なる業界や専門技術に対してより深い専門性を身につけるためには、このような条件を満たす必要があります。異なる専門技術や、学校や大学の教育課程を通じた訓練を経て初めて、将来の専門技術と分業の重要性を理解し、異なる専門分野を区別することができるようになるのです。
この条件は現代社会の生存を基準点としており、この基準点において、様々な異なる業界や分野でトップクラスになるかどうかは、人間社会における知恵の応用と生存志向のあり方によって区別され、それによって様々な異なる業界がすべての人類の志向となるのです。
専門技術：様々な異なる業界で学びを重ねた後に身につくものであり
異なる学習分野があり、このような人間社会の生存法則において、様々な業界に精通した者は「達人」と言うことができ、かつては専門家とも呼ばれていました。これは人間社会における現在の呼称であり、各業界の優れた人物を指すものです。
様々な分野で専門技術を極めた人々が優れた才能を発揮している
また、このような呼称は各業界ごとに言えることです。つまり、様々な業界における専門技術において、世間では「どの分野にも第一人者がいる」と言います。群を抜いて優れた存在になるためには、異なる専門領域の知識を応用することが必要であり、そうして初めて大きな成長が得られます。まさに「達人や専門家」と呼ぶにふさわしい人々は、いったいどのようにしてなるのでしょうか？
また、すべてのものは一定の期間をかけて学習し成長した後、さらに長い時間をかけて模索し、自分の専門分野や各製品項目に対して心を込めて専門的に研究する必要があります。ちょうど現代の科学技術時代のように、あらゆる製品も同様で、最初は単なる粗削りな原型に過ぎず、その後さらに磨きをかけていくのです。
様々な分野で第一人者となる中で、自らが「専門家や達人」と呼ばれるようになるのです。これらは皆、相当な苦労を経て初めて、一定の経験と知識を積み重ねることができ、その業界で優れた者と言えるようになるのです。専門的な技術も生まれ、その分野の第一人者、優れた人物となるのです。
人の要素として、自分が努力したすべてのことにおいて、世の中の経験と知識を得て、それを日常生活に応用することができる。これは自分自身が利益を得るだけでなく、多くの人々にも幸福をもたらすことができる。そして、このような優れた人々が、良い名声と報酬を得ることができるかどうか？必ずしもそうとは限らない！
どの職業でも第一人者になることは可能です。
各人が成し遂げる成果には、異なる領域や範囲があります。もし需要が高く市場を席巻するような品物であれば、その業種は比較的知名度が高くなります。専門的でありながら需要が低い場合、それは人類衆生にとって必ずしも必要ではなく、人々もそれほど強く求めないため、知名度と収益は大きく減少することになります。
これらの知識はそれぞれ異なる分野に属し、専門的な技術を伴うため、人気があるものとそうでないものに分けられます。人気のあるものは、多くの人々から好まれ、様々な知名度や報酬を得ることが容易になります。
もし一般人が物品を好むのでなければ、必要に迫られた時に初めてこの「達人や専門家」の製品を思い出すでしょう。あらゆる分野の専門技術に対する真摯な姿勢はどうでしょうか？様々な異なる業界から、通貨の蓄積を十分に備えられるか、それともただ衣食に困らない程度でしかないかを知ることができるでしょうか？
それは様々な異なる業種の製品を区別するものであり、このような条件の中で専門技術に到達することができる。つまり、製品に心を込めているかどうか？専門的であるかどうか？精巧であるかどうか？人々に好かれているかどうか？そして、それぞれの人の運勢にも関係している。また、様々な異なる業種の分業の中で、人類の衆生が好み求めるものに向けられている。
各業界の専門家もまた達人である
知るべきことは、このような専門的な業界の製品がどのようにして人気を得るかということです。必ずしもそうとは限りません！また、異なる分野には様々な専門技術があり、これらは自己にも、人類の衆生にも有益です。人が一つの技術に専念して努力し、それを突破することによって、異なる分野においても向上がもたらされるのです。
少しでも名声が広まれば、人と人との間で伝わる口コミがメディアの伝播よりも優れていることが分かるでしょう。まさに人の口から口へと伝わる評判の中に、良好な口コミと評価があり、各業界における「専門家や達人」として認められるのです。これはまさに良き影響をもたらすものなのです。
人々の間での口コミは、往々にしてメディア宣伝よりも大きな魅力を持っています。もし口コミで広がらないならば、メディアを通じて拡大宣伝する必要があります。これは短期間で知名度を高めることができ、現代社会で用いられている宣伝方法の一つです。
実に！人間世界の初期はこのようなものでした。人々が口伝えで伝えることで、良き評判と高い知名度を得ることができます。この方法を用いて様々な分野の専門技術を宣伝し、世間でメディアを通じて広めた後、人々の口コミによって普及させれば、優れた評判と高い知名度を獲得できるのです。
メディアを活用して知名度を高める
したがって、高い知名度を獲得したいのであれば、確かな専門技術が不可欠です。そうすれば、すぐに他の人に追い抜かれることはありません。このような条件の中で、心を込めて経営し、心を込めて普及させる必要があります。そうすることで、皆に理解され、憧れられるようになり、自社の製品が人々に歓迎されるようになるのです。
この種の専門技術においては、必ずや真実の性質をもって有情の衆生に利益をもたらすべきであり、また人間に好まれるすべてのものも同様です。その後、このような良好で高い知名度の宣揚と普及を信じることで、真実の性質に基づいた回収が得られるでしょう。これは専門技術がさまざまな業種を区別するものであり、どの業界でも優れた人材が現れるという道理です。
また、現代の時代においてメディアを通じて宣伝することは、良好な高い知名度を素早く築く方法であると観察される。実際に知るべきは、現在のあらゆる「財団」も、無から有を生み出してきたものであり、過去の無明の模索の中でも、皆メディア宣伝を利用して良好な高い知名度を切り開き、己をも他者をも利してきたのである。
専門技術や専売製品を広く宣伝した後、高い知名度を獲得することができます。他社の成功事例を参考に、真の普及の契機を把握し、専門分野の中で広く普及させることです。このような専門家や達人は、多くの成果を得ることができるでしょう。
メディアが根拠のないことを宣伝する
これは現代の時代に喩えるならば、世の中の分業による専門性や専売製品の区別が、一種の良き宣伝として広められることである。また、このような宣伝と普及によって、人々は常に憧れを抱き、その憧れによって長期的な経営方式が生まれ、人々の記憶深くに刻み込まれるのである。
正しい方向さえしっかりと把握していれば、何の間違いも生じることはありません。その中には、どうしても人為的な要素で乗り越えなければならない困難もありますが、そうでなければあまりに順調すぎて、闘志も湧いてきません。また、これらすべては良好で高い知名度を持つことが必要であり、そうして初めて、しっかりとした長期的で良好な基盤が築かれるのです。
例えば、各宗教が弘めるものも、このようにして達成されるのである。そこには「無から有を生み、有から弘める」という広がりがあり、それによって様々な専門技術に精通した達人や専門家、そして専売製品が迅速に良好な高い知名度を蓄積することができる。これらの得がたい成果を大切にしなければならない。
これを実現するには、人々が努力し、良好な名声が真に広まるようにしなければならない。これは世の中で用いられる良い方法であり、主事者がそのような先見の明を持てるかどうかにかかっている。あるいは、ただ普通の凡人たちが、良好で高い知名度を望みながら、心では欲しいけれども実行する勇気がなく、それが将来の結果にどのような影響を与えるかを恐れているだけなのか？
情は人に占めて一身孤なり、草木の一生も是の如し
人類の衆生は智慧を用いて
それぞれの縁で助け合うことができる
天機の示現を笑うに堪えたり
ただ己が行いの変を待つのみ
もしこの機縁を明らかに知ることができれば　   　未来必ず財団に選ばれる
この偈は、人類の衆生が互いに励まし合うものであり、すべての世の中の人々にとって、専門的な製品や技術、そして様々な専門的な業種に対して、全体的なマーケティングの観念を持つことができるかどうかは、主事者の度量がどれほどあるかを理解する必要がある。それは未来においてどのようになるか？今この瞬間から、はっきりと知ることができるのである。
西方道展菩薩
西方世界より降り来たりて　道を展べ弘めるはこれ本因なり
菩薩と諸神人が共に集い
皆が団結して心を一つにする
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院の修学士の皆様、こんばんは。本日は宇宙大寰より西斗星君が降臨され、大道杏壇第三十三回をお著わしになりました。専門技術と分業による組み合わせについて述べられ、専門技術や専門分野に精通した達人・専門家、そして専売製品をどのように宣伝すべきかを説かれています。
現代のメディアを活用して普及を図るにはどうすればよいか。高い知名度があれば、労力は半分で効果は倍増となる。人々が好むものは、必ず世間から称賛されなければ真実味を帯びない。その中で、こうした先見の明と度量があるかどうかが、将来の発展の鍵となる成長の契機なのである。
明日もまた土曜日で、すべての引渡しは通常通り行われます。また今回、無極大道院に戻って修行する学士たちの第21回目の成績が発表されますので、必ず正直に戻って祝福することが正道です。明日の夜はまた禅師の授業があります。来られるかどうか、あるいは時間がないかは、自分自身の選択次第であり、これもまた将来の昇進のよりどころとなります。
2015年、3月11日、13時53分◎＃※  了解
宇宙大寰　北斗星君
宇宙は大いなる天に広がり　　北斗の星君が降りて来られる
大道杏壇第三十四回　    　普及教育科技の時代
第三十四回　教育の普及　文明と科学技術
教育を普及させ、文明と科学技術を発展させる
人類世界が21世紀に入ると、文明と科学技術の進化が始まりました。このような状況下で、情愛を持つ人類の衆生は、教育と教化の普及を通じて、文明と科学技術の進化による向上を遂げています。これはまた「杏壇の教化」に由来するものであり、様々な業種が細分化され、成長と実践が可能となったのです。
現代の教育課程は、非常に多くの専門分野に細分化されています。このような文明は、発明や創造を可能にし、人類の快適さや利便性、普及性に貢献しています。また、このような快適さと利便性が広く普及することで、すべての人々に大きな進化の効果をもたらし、より一層進んだ快適さ、利便性、普及性を実現しています。
すべての人類衆生の進歩は、自らの享受から来るものであり、このような恩恵を受けた後、さらに過去に対して：天眼通、天耳通、神足通の三つは、その恩恵が現在の科学技術製品に変わり、人と人との距離を縮めたが、しかし人と人との疎遠感と隔たりを大きくしたのである。
まさに科学技術文明を牽引し、またこのような条件が一人ひとりの人類に対して
生がこのような時空に入ると、過去の因縁よりもはるかに超越し、またこのような文明の進化を通じて到達した、人間世界の高度な文明にとって、この条件はまさに始まったばかりであり、未来にはまだ大きな努力の余地があります。
杏壇教育の持つ普遍性
もし未来の科学技術文明を知りたいと思うならば、まだまだ長い努力の時間が必要です。これらの文明の科学技術はまだ始まったばかりで、十分に完璧な作用には至っていません。人類世界の神足通は、過去の元会のわずか万分の一にも及びませんが、それはいったい何が原因なのでしょうか。
この種は、現代の文明をもって、世の中のあらゆる教育の普及を進化させるべきものであり、また教育においては現代の様々な学問分野が、過去の各時期の文明と比肩しうるまでに進化したのは、まさに先駆的な相互補完があってこそである。文明と科学技術は、教育と教化の普及性から生まれるものである。
このような条件の下で、人道世界を教化し、人類のすべての文明に対して、情ある人類の衆生が公正かつ平等な機会を持ち、教育と教化の課程を享受できるようにする。これは人間社会において過去の文盲の障壁を取り除くものであり、言うなれば、杏壇こそがまさに現代の学校や学院が教化を行う過程そのものである。
人類の衆生に対する多くの有益な知識文明が生まれ、そのような知識文明の中で、過去に経験の蓄積がなかったものを向上させ、さらに外部星系からの「借り入れによる移植」によって、人類の衆生の遺伝子の本質を変化させます。このようなものは、DNAを進化させてRNAの優れた遺伝子を向上させる必要があります。
杏壇は専門人材を育成する機関です
文明進化による向上は、一歩一歩と培い改良していくものであり、このような文明進化の過程において、実に確かな恩恵がもたらされます。人類衆生の文明進化とは、過去の無学状態では到底達成できなかった条件を一掃することであり、まさに人間世界において向上を図り、あらゆる文明の第一の基礎を進化させることにほかなりません。
これにより、最初のこれらの文明が、過去の人類衆生の限界と障害を取り除いたものであり、またこのような文明の進化が必然的に必要であったことが理解できます。これにより、このような時空条件において人間社会は非常に先進的な基盤工事へと進み、さらに文明と科学技術が人類衆生に進化を提供する前に、このような過程が不可欠であったのです。
過去の文化を振り返り、未来の文明を見つめると、確かにかなり進化してきています。だからこそ、今のこの人間世界も、ただ文明の先駆者たちが作り出した一つの形に過ぎないのです。この人間世界が未来へと受け継がれ、一、二千年存在し続けることができるのか、あるいはもっと長く存続できるのか？それは定かではありません！
未来の生存科学技術においては、すべての「八識種因」を移植し、肉体が消滅した後に複製する必要性が生じます。これは比較的優れた人種が未来の時空に存続できるようにするためです。しかし、現在のところ、このような因縁による複製技術はまだ十分に完成されていません。
人類文明は杏壇の教育から始まる
しかし未来においては、これらが人類世界のすべての不良遺伝子の発生を改善し、がん腫瘍においても別の身体として存在へと転換させるでしょう。このような文明はまた別の医学技術による進化であり、人類は「錠剤と液体」の医学技術によって、身体の医療作用を改善することになります。
また、この種の医学技術は「暗黒物質」の抽出に応用され、これらの医学文明技術を現代の比較的優れた種に組み込むことになります。これは普及教育が必ず経験する一つの出来事であり、医学技術においては「クローン人間」の肉体を改良するためのものでもあります。
半生化人や完全な生化人の形成は、このような文明はおよそ五十年以内に目にすることになるだろう。それは人類が長く存続できるか、それともただ輪廻の繰り返しの中に留まるのかを理解する上で、また人間世界のあらゆる生存の方向性を区別するためのものである。
これらの人類衆生の出生率は、必ずや次第に減少し、すべての人世間の人口膨張も減少するでしょう。この地冥星空間におけるすべての問題点の拡大に対して、未来の人種は比較的高度であり、より高尚な原因を持つことになります。まさにこのような原因によって形成されるのです。
医学技術のすべての教育普及
「暗黒物質」を把握し、それを採取する必要があります。すべての「陰冥物質」を培養した後、人類の衆生は複製人種の道徳規範を変え、未来の時空において、これらはすべて必然的に行われることになります。また、このような因縁条件こそが、良好な遺伝子の本質を保存し、進化させるものなのです。
地冥星空間全体において、すべての生存志向を持つ優れた種には、多くの善良な遺伝子が残存し、全体の地冥星空間に住むすべての人種の良好な向上を守護する。これは実証可能であり、しかも真実であるからこそ、現在のすべての限界を変えるための相当に真実に即した創造がなされるのである。
このような縁起は達せられ、これらの「借りてきた将軍」である各文明のバッチに対して、科学技術によって現れた進化の作用は、相当な文明の進歩をもたらし、未来においても必ずそうなるでしょう。これが借りてきた将軍の文明科学技術であり、杏壇学校のすべての教育が普及した後に初めて現れるものです。
科学技術の暴走による災禍を防ぐ
このようなより高度な文明世界への進化において、人類の衆生は必ず理解しなければならない。この文明の遺伝子の本質を育むとはいったいどのようなものか。また、このような文明的条件が進化した後には、同時に必ずや人間社会のあらゆる災いを解決し転換させること、つまりハイテク文明を借りて解消することが可能となるのである。
また、一部の宇宙隕石を「四両で千斤を撥ねる」手法で移植することも可能であり、それによって地冥星空間の万物や生きとし生けるものに損害を与えることはありません。このような文明を実現するには、まず「杏壇教育」の根本を確立し、道徳的規範による規制を必ず実施する必要があります。そうすれば、未来において科学技術文明が発展した後も、人々の心の悪しき変化を制御できないという事態を避けることができるでしょう。
まさに科学技術の暴走を慎重に防ぐ必要があり、必ずや教育の場を通じて文明を築き、確固たる基盤を確立しなければなりません。そしてこのような文明の中では、まず「新三綱」の実践に基づいて確立することが必要です。つまり、なぜ世の中のすべての人に対して「新三綱」の規範を実践しなければならないのか、皆さんは理解できるでしょうか？
杏壇は英才を育成する揺りかごである
まさに過去を踏まえて、四維・五常・八徳といった伝統的道徳観念をより進化させ、未来の文明発展に向けて不良な影響を生じさせない道徳規範を構築する。人類社会はこのような進化した文明によって、過去数百年にわたる不足や欠陥を補い、さらに広く宇宙全体に向けて善良で優れた文明を超越させていくのである。
人類世界はここに至って、相互に接触した後、単に人間界に住む生存空間だけが人類の衆生であるわけではないと理解できるようになる。互いに情報をやり取りすることも可能となり、このような条件下において、まさに人類の知識領域を拡大する、宇宙全体の奥深くに存在する神秘を解き明かすことになるのである。
このような時空の因縁は、近くて数十年、遠くて数百年のうちに必ず訪れる。人類の衆生は未来の時空にまで存続できるだろうか？必ずしもそうとは限らない！できる者もいれば、できない者もいる。できない者が大部分で、ほんの一部だけが「複製人種」の必要性に応じて存続できるのである。
因縁異なる時空に　　教育普及し知識隆盛す
杏壇の教化は千千万万
成長を育むもそれぞれ異なり
万物を複製することは必ず行われるべきであり、
因縁が留まり福徳が新たになる。
千百年後、今を振り返れば
時空の留まらぬことに感慨深し
この偈頌は、人類の衆生が互いに励まし合うものです。この著作を通じて、堕落ではなく向上成長の道へと進めるかどうか。また、千年、数万年、あるいは数十億年にわたって成長し超越し続けられるかどうかによって、世の中のすべての文明の進化を知ることができるのです。
まさに杏壇の教育によって、すべての文明進化の先駆者たちの知恵を受け継いだならば、いかにしてより大きな視野を持ち、長期的な利益を得るべきだろうか。また、科学技術の秩序喪失がもたらす災禍を慎重に防がねばならず、まずは現在の科学技術文明を超えた準備を進める必要がある。そのためには道徳的な規範を設けて実行することが、まさに正しい道なのである。
西方道研菩薩
西方より世界降り来たりて臨む
道は真理を研ぎて心爽やかに悦ぶ
菩薩が台に登り神人と会い、皆が吉祥を喜び慶び迎える。
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院修学士の皆様、今晩は。本日は宇宙大寰より北斗星君が降臨され、大道杏壇第三十四回として著作を賜りました。教育を普及させ文明と科学技術を発展させ、この世のあらゆる文明の進化について述べることは、これらすべて未来の文明が成長するための礎となるものです。
さらにどのようにしてより大きな向上と超越を実現するか？まず「複製」という概念を確立することが必要です。それによってのみ、人間社会の道徳観念の限界に縛られず、過去の観念が依然として存在するかどうかという問題を打破することができます。このような観念を打破しなければ、より先進的な医療技術やその他の科学技術文明の恩恵を受けることはできません。
これが未来において人口が減少し続ける原因であり、実に多くの天災や人禍によって引き起こされることが真の主要な要因である。人類の衆生は、このような災害の恐ろしさを理解すべきであり、それはそれぞれの周期的な変革によってもたらされ、また人類の生存において避けがたいものである。ここが永住の地ではないことを知る必要がある。
明日もまた土曜日で、全ての引導は通常通り行われます。「師資培訓」コースについては、将来の弘化に必要な基本的な枠組みが一部あり、将来に向けて規制を持つべきであり、それが真実性にかなうものです。皆さんが共に学び成長されることを願っています。
2015年3月11日13時54分 ◎＃※  OK
宇宙大寰　南斗星君
宇宙の大いなる天蓋に星々が輝く中、南斗星君が降臨される時が来た
大道杏壇三十五回　　文明科技杏壇に依る
第三十五回　文明の科学技術　杏壇の教育
文明と科学技術の基盤　教育は必ず普及させねばならない
有情なる衆生がこの世に生きる上での方向性は、必ずや様々な職業に依存する必要があり、通貨による報酬を得る根拠となります。また、すべての人類衆生に対して観れば、様々な職業が依って立つ条件があるからこそ、この世の中に異なる産品が現れ、人類が選択できるよう提供されるのです。
この世の中には様々な新しい製品があり、人間の生活をより快適で便利に普及させるものもあります。また、このような条件の中で区別されるのは、文明と科学技術が生み出したものであり、必ず様々な学校での教育と教化が必要です。このようなものも、古代においては「杏壇」を拠り所としていました。
また杏壇において：すべての教化課程を経て、文明と科学技術の時代に入り、さらに杏壇教育を通じて、文明と科学技術の進化を促進することができます。まさに様々な杏壇こそが英才を教育する場所であり、またこのような英才育成の基盤においては、必ずや教育経験が必要であり、それは授業を通じて伝承されるべきものです。
このような条件では、異なる各分野の先人が必要で、彼らが後代の人々を指導するのです。
学び手よ、現代は様々な科学技術文明が区分けされ、また異なる学問分野には先人が築いた最も根本的な基礎課程を教える者がおり、それによって多様な科学技術者が育ち、各分野において先人が積み重ねてきた経験を継承発展させることができるのである。
文明と科学技術はすべて杏壇の教育から生まれたものです。
もし先人の教えがなければ、各分野において自ら様々な研究と発明を創り出さねばならず、それは模索の過程を経てこそ、様々な科学技術文明が生み出す製品に到達できるということを理解できる。まさに人類衆生の憧れがあってこそ、優れた製品が生まれるのである。
また、様々な異なる学問分野において、それぞれの科学技術文明に対しては、模索を経て研究・発明がなされた後、初めて科学技術文明の未来の成果の基盤が導き出されます。このような模索の過程においても、様々な文明の知恵を借りながら、人間社会のあらゆる文明と科学技術を向上させているのです。
つまり、模索した後に研究発明を促し、「借り物の将才」による発明創造を実現し、さらに以前他の星系で培われた先進的な思想や観念を人間界に移植する。このような人間界におけるすべての文明教育の役割について研究発明を行えば、非常に精巧な製品を創造することができるのである。
このような精巧な製品は、人々の世の中に対する憧れのよりどころとなるだけでなく、文明の進化によって過去の不足や欠陥を改め、修正の必要性から生まれました。さらに探求を重ねた末に生まれたこの製品は、文明の中での研究と進化を借りて、いくつかの不良な欠陥製品を改善することを目指しています。
模索し研究し発明し欠陥を改める
まさにこの世において、進化を研究することで、より精緻な製品を整え、人類衆生に利益をもたらすことができる。また、このような条件は常に杏壇の教育と教化によって基礎が築かれ、まさに真実に基づいた確固たる基盤であり、この基盤構築の過程においても、着実に一歩一歩進める必要性がある。
時代の文明進化を経て、現代の科学技術の進歩はまさに日に千里、万里の勢いで発展していることが分かります。このような状況は、人間社会における絶え間ない研究・発明・創造の中で、日進月歩でこれらのハイテク製品がより革新的な局面へと向かい、次々と新たな変革が生まれているのです。
より高度な文明技術が生まれるのは、「人材招致」の効果による研究発明創造に加え、現代の「杏壇：学校」における教育育成の後押しがあり、これによって世の中にさらなる恩恵をもたらすことになる。このような世の中のあらゆる文明の進化は、日増しに発展を続けているのである。
日々、様々な新製品が次々と世に出ており、この世には非常に高度な科学技術文明が存在しています。このような状況は、この世における杏壇教育の根本的な基盤となっており、あらゆる衆生もこのような因縁と条件のもとで、必ず杏壇教育の基本課程を受ける必要があります。
文明を借りて人類の遺伝子を改造する
その後、様々な異なる業種が区別され、人間社会には相当な文明進化と科学技術が形成されました。また、多くの「借り物の将軍」が黙々と名もなく、これらの研究発明創造を行い、さらに人間社会の人種遺伝子を変革し、まさに人間社会の遺伝子本質の向上を成し遂げたのです。
一方では、人間社会の人種の遺伝子を変え、もう一方では研究発明の進化を進め、より革新的な製品が世に現れ、恩恵をもたらす。これにより、人間社会が人材を借りて製品を創造発明し、教育の場を通じて、また研究の中で、あらゆる業界の専門性を獲得できることが分かる。
様々な分野における専門的な精通は、「専門家や達人」と言えるでしょう。また、各業界において名声を得ることもあります。これは、人間社会の文明と科学技術によって、様々な高度な技術人材を育成するものであり、このような因縁と条件の中で、人間社会のあらゆる教育の質に対して、より高次元の条件が求められることになります。
文明と科学技術は杏壇教育の根本である
未来において、優れたハイテク人材を育成・創造することになります。人間社会は異なる時空の因縁によって、様々なハイテク文明を依存の拠り所とすることができ、また教育の場におけるすべての教育を通じて、着実な基礎を築いてきました。このような基礎こそが、将来成果を見ることができるものなのです。
また、様々な業界や学問分野において基礎教育を行う際には、必ずこのようにしなければなりません。そうして初めて、世の中のあらゆる文明の発展を促し、人々の福祉と利益を増進することができるのです。このようなすべての基礎教育に対して効果を発揮するものこそ、まさに「杏壇」の学校で教えを受けた後、世の中の文明進化に現れてくるものなのです。
人間世界における文明の進化において、すべての科学技術の基盤が、借り物の手段の中で、ひっそりと人間社会に施行されていることを理解する必要があります。この様子はあたかも天の徳の恵みのようであり、まさに一種の「無為にして真の無為」という、このような殊勝な因縁条件のもとで、天の徳の恵みもまた同時に人間世界に降り注いでいるのです。
天の徳の恵みは下界に降り、人間界を教化する。
学べるかどうか　上蒼の徳沢を以て下界の人間社会に教化を施し、全ての文明の進化において真の無為を実現することはできるか。これは全ての諸天仙仏、聖神、菩薩、高真などの徳沢と慈悲であり、また天地の理を演繹して人間社会に教化を施すことである。このような構築と実践ができるかどうかは、まさに天地の如く：真の無為である。
このような無名の研究と発明創造の中から、より高度な文明科学技術へと進むことが、まさに人間世界のあらゆる「真の無為」を実践することであり、崇心宗脈にもこの人間世界におけるあらゆる「真の無為」がどのようなものかを理解させ、より広大な教育と教化を創造することができるのである。
まさにこれによって「蓮華仏国浄土」の境地、層次、果位に入るのであり、これは天地と共に、宇宙と共に、虚空と共に、無極と共に連なり合う「真の無為」であり、さらに回帰超越へと向上し、蓮華仏国へと歩みを進め、さらに乗り越えて、虚空実宝浄土世界へと至るものなのである。
杏壇の教育は本根を為し　　人類衆生は各々行いに契う
研究発明を以て創造し、精緻な製品を共に互いに依存せしむ
人の世の一生は真に無為なり
あたかも天地の真髄のごとし
必要に応じて明晰に演繹できれば、この機会を成長させることができます。
この偈は、有情の衆生が互いに励まし合うものであり、杏壇の教育を文明と科学技術の基盤とすることで、上蒼が下界に送り込んだ「借り物の将軍」とも言うべきこれらのハイテク人材たちが、すべて黙々と研究・発明・創造に励み、天地の進化と恩恵に適い、真の無為のうちに使命を完遂するものであることが理解できるでしょう。
西方文采菩薩
西方極楽世界の国　文采妙筆花を生じ構う
菩薩は今日神人と会し　杏壇の科技が福を造り作す
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、学院の修学士の皆様、今晩は。本日は、宇宙大寰より南斗星君が降臨され、大道杏壇第三十五回を著作されました。文明と科学技術の杏壇教育を、成就の基本原動力とし、人々の世においては必ずこのようにすべきであり、すなわち教育の基盤を固めることから始めるのです。
杏壇が教育と教化を基盤としているように、崇心宗脈も同様であり、上蒼が下界に科学技術の才能を授け、研究と発明を通じて黙々と創造を続けていることを理解しなければならない。これらはすべて天地の進化における「無為」に合致し、『真の無為』へと至るのである。
崇心宗脈の経典はこのような条件を通じて「真無為」に入るのであり、これは仙仏の先生方が相互に連携する基本的な作用である。明日は水曜日であり、すべての引渡しは通常通り行われる。すべての学生は学び成長するために参加でき、これは自らの未来に対して確かな助けと拠り所となり、未来の成長と超越を成し遂げるものである。
2015年3月11日、13時55分◎＃※  了解
宇宙大寰　中斗星君
宇宙の星々に天機を宿し　　中斗星君が降り立つ
大道杏壇三十六回　　教育の伝承は綿々として続く
第三十六回 杏壇の教化 綿々として遠く流れ長し
杏壇の教化は如何にして永く伝えられるか
人類の衆生が世の道、人の間に在るや、一種の教育、教化の基本有り。若し此の人世間を以て観るならば、是れ教育、教化の中に基礎を為し、亦た各種の行業に達人と専門家有りて、必ず教化の過程を通らざるべからず。而して自らの努力を以てし、亦た此の種の経験を以て後代の子孫に伝え教化す。
このような未来の子孫に対する教えは、まさに徳の恵みが遠く長く伝わる教育であり、教化の基礎を構築し、また人間社会の伝承を依り所とするものです。さらに、このような教えは子孫の利益となり、人間社会におけるすべての伝承の主要な因縁体として、学びが向上成長へと至ることを実現するのです。
このような学習は、経験のない者にとって、一定の期間を経て成長を学ぶことで経験が蓄積され、その経験を日常生活に応用して利益を得ることができる。言うなれば、非常に優れた教化作用であり、このような教化と教育の効果を通じて、極めて良好な成果を達成することができる。
人々の間には非常に優れた恩恵があり、先人の経験を通じて後進を導くことができるのです。
伝導とは、このような伝導が一代から次の代へと受け継がれることで、遠くまで流れ長く後世に伝承されることです。これを人間社会において見ると、絶えることなく生まれ続ける伝承があり、またその伝承は一種の教化機能としての役割を果たしています。
教育の普及が優勢に成長し、向上を促進する。
まさに教育の機能が相互に補完し合い、全体を形成しているのです。これは、後世に経験を伝承することで生活の安寧を築き、またそのような生活の安寧の中で人類の文明と科学技術を進化させることです。さらに見れば、現代のあらゆる教育の場、すなわち学校や学院における教育と教化は、より一層普及していると言えます。
未来の人類の衆生は、現在の教育や教化よりもさらに進歩し、現代では「杏壇や学校、学院」に行かなければ知識を得られない状況も、未来には変わっていくでしょう。これらは未来において、世の中のすべての教育普及を変革し、まさに先進的な文明を通じて知識を複製することが可能となるのです。
この種の知識経験については、必ずしも杏壇や学校・学院に赴いて学び成長する必要はなく、「借り物による発明」という作用を通じて、自宅にいながらにしてあらゆる学習成長を達成することができる。まさに相互補完によって一種の知識を獲得し、また他者の借り物の中から自らを成長させていくのである。
それによって現在を変えることができ、学校の詬め込み式教育がより先進的になるならば、現代の学校が抱えるすべての問題もなくなり、直接的に一種のコピー方式を適用して、自分自身が利益を得られるようにすることができる。また、文明と科学技術の中では、現在のすべての教育文化よりも千百倍も進んだものとなるでしょう。
杏壇教育は人類知識の根本である
したがって、人間社会では「全脳活用」を開発することができ、より長期的で深遠かつ広範な知識を獲得する基本的な作用が生まれます。電伝映像通信を通じて、現在のコンピューター設備をより有効に活用して恩恵を受けた後、一定期間内には必ず現在のコンピューター映像を淘汰することになります。これはまさに必然の流れなのです。
そして直接「テレパシー」を用いれば相互に意思疎通ができ、より先進的な文明の進化が可能となる。近百年のうちに、文明と科学技術の専門人材を育成することが必要であり、それによって様々な専門知識を駆使してより先進的な文明を創造し進化させることができる。またこのような時空の中で、あらゆる先進文明を超越していくのである。
これは一種の借り物の発明であり、現代の人間社会により大きな成長と利益をもたらすものである。また、この種の文化的先駆者は必ずこのような観念を持たなければならず、より大きな文明と科学技術によって現代の時代に示されるのである。このような縁による機会は、必ずや近い数年のうちに達成されるであろう。
地球村の時代において、あらゆる知識は境界なく広がり、その応用は無限の可能性を秘めています。これにより、人々の間には「人材交流」という文明が生まれ、発明と創造を通じて世の中の不足や欠陥、誤りを正すことが必要不可欠な修正作業となり、同時に人類社会全体の文明進化を促進していくのです。
新たな三綱の実施は人類に利益をもたらす
科学技術文明の暴走を慎み、道徳的規制を越えないよう注意する必要がある。では、なぜ上天は「崇心宗脈」に「新三綱」を施行して教化を広めるよう命じたのか。まさに四維・五常・八徳を修正した後、孝・悌・忠・信・礼・義・廉・恥・智・仁・勇・和合という十二の条目を形成するためである。
これらを区別して、四維・五常・八徳によって構築されるものは、まさに中国の炎黄の子孫が21世紀において、メディアを用いて道徳を人々の間に広めることに適合している。それゆえ、先日より上蒼が真仏心宗の殊勝な弘化事業に命じられたことは、まさにその実情に即した条件が示されたのである。
標的の方式を用いるとはいえ、全世界のあらゆる宗教に対し、標的となる資格を持つ地域は三十余りに及び、様々な宗教がこの標的へ参加することができます。この条件は全世界に向けて弘化するまさに必然の殊勝なる任務であり、真仏心宗においてもこのような殊勝なる条件をもって、上蒼よりご肯定を賜っているのであります。
これからのすべての「新三綱」の実施に向けて、さらにこれら四維・八徳・五常を総合的に集約し、十二の綱領とします。これは中華の地の炎黄の子孫に対して、また全地冥星空間に広く行き渡らせるものであり、さらにすべての儒教・道教・仏教・キリスト教・イスラム教、およびすべての新興宗教の教化と普及を対象とするものです。
文化を継承することは人類が長期的に恩恵を受けることにつながります
一つの新たな方向性が現れ、崇心のすべての神人に対して一つの挑戦となっている。如何にして中土と台湾の世界に弘化し、さらに炎黄子孫の国々と居住地域へと拡大していくか。そのためには「新三綱」と「十二条目」を施行する必要性があり、まさに杏壇を通じて天下に公布するのである。
大道の弘化は、天下万国のすべてに対して行われ、このような悠久で優れた任務と事業を確かに目標として掲げています。見よ、真仏心宗はどのようにしてこれらの上蒼の既定政策を弘揚するのか、これは非常に稀有な因縁であり、人間界において施行され構築されるものです。
これは　昊天玉皇大天尊　玄霊高上帝が確信し賞賛される中で、全人類と協力して実行に移すものであり、このようにしてこそ未来の人類衆生は多くの人為的災厄を減らすことができます。このような歩みこそ、一歩一歩前進する正道であり、実践的な実行なのです。
なぜ杏壇教育の弘化が、真仏心宗において「崇心人文科技大學」を設立する必要があるのかというと、それはすべての成人教育を向上させるためであり、また必然の趨勢でもあるからです。さらに、人世界のすべての九九八十一の正規大学と連携し、全人類に対して教育と教化を行い、その伝統を継承していくためなのです。
杏壇の教育は人類の衆生を育む
そこで、すべての五教の精華を集め、「新三綱」と「十二条目」の推進を実施するために、全世界の九九八十一の正規大学を活用して、完璧な教育課程を設け、また、すべての民間においても、「新三綱」の確立と「十二条目」の実施を広めていくことになりました。
これはすなわち、三綱・五常・四維・八徳の実践に合致するものであり、真仏心宗は未来において遠くまで弘化・普及されることとなる。また一歩一歩着実に足跡を残し、新三綱と十二条目の普及を実践していく。つまり、まず人々の世における道徳規範の確立と弘揚が不可欠なのである。
未来の科学技術文明に対しては、高度技術の暴走を慎重に防ぎ、人類がその恩恵を享受した後、心性・霊性・肉体において真実の向上と超越を実現することができる。それによって科学技術文明の暴走による災害を減少させることができる。まさに「道徳倫理による規制」が基本枠組みとなるのである。
人類の衆生は文明が進化した後、すべてのハイテクによる殺戮行為を防がなければなりません。これは相互に対立するものとなり得ますが、まさに必至の勢いで推進されるべきものでもあるため、皆さんは理解できるでしょうか。それゆえに、上天は未然に備え、過去の科学技術文明の制御不能を事前に防ぎ、災いを未然に防いだのです。
殊に堪えん人世の大いなる因縁
崇心宗脈此の篇を作す
新たなる三綱を立てて施行し　十二の条目の道徳を顕わす
目標工程は既に降り来たり　崇心の著作は天が配す
栄えは虚空に帰して施行し、道は世界を化して徳沢を愛す。
この偈は！人類と衆生が互いに励まし合うものであり、より大きな機縁をもって「大道天下」を施行するに当たり、まさに勢いとして必ず行わなければならない主要な因縁の体です。また未来の崇心宗脈において必ず「集団によって設立される」こととなり、まさにそのまま弘化教育課程に対して資糧源の構築を行うものであります。
西方文殊菩薩
西方世界に崇心降りて、文題展開し福德臨む
菩薩と諸神人が共に集い
皆で力を合わせて前へ進みましょう
諸聖仏と諸賢生、及び無極大道学院、院修学士の皆様、こんばんは。本日は宇宙大寰より中斗星君が降臨され、大道杏壇第三十六回を著作されました。杏壇教育が永く継承される内容を、この世のすべての殊勝なる因縁に対して詳細に分析し、崇心宗脈において実践し目標とすることを示されました。
このような大規模な事業が降ろされてきた以上、すべての弘揚活動は良好な高い知名度と連携して推進されなければなりません。このような条件下では、過去のすべての制約を乗り越えて実行することができ、すでに一部の修復が始まっています。崇心宗脈の学生たちにも、ここから着手することを期待しています。まず自分の家庭をしっかりと整えた後、外に向けて展開していけばよいのです。
明日はまた土曜日で、すべての引渡しは通常通り行われます。また、教師研修コースもあり、これは必ず実施しなければなりません。これらの事前研修を経てこそ、すべての将来の学生に対する標準的な模範となり、新入学生を導く指標となれます。まさに、将来の成長を牽引し、超越させることができるのです。お分かりいただけたでしょうか。
2015年、0311、1356◎＃※   ０Ｋ
キリスト教の教主　ヤハウェ
キリスト教は四方に伝わり、人々の心を教化して高尚を尊ばしむ
ヤハウェ降臨の書 第一巻
大道杏壇賀賛の章
◆ 跋・讃賀 ◆
大道  杏壇  跋一
大道の基本作用
有情なる衆生は生存志向を依り所とし、またこのような人間世界はこの地冥星の生存法則に沿って成長し、異なる国々や宗教を通じて、人類衆生を教化する課程において、まず善き行いを実践し、それによって人々への博愛を持つに至るのです。
宗教の基本教義は、すべての生存志向に対して必ず理解する必要があり、まさにすべての衆生が持つべき要求であり、生存を求める欲望である。この世においては、あらゆる宗教を区別することなく、すべて大道の徳の恵みがこの世に下され、様々な地域や国々を区分し、異なる人種を導き救済するものである。
杏壇の教化機能
このような条件が存在するからこそ、キリスト教、イスラム教、儒教、道教、仏教といった諸宗教が相互に人間界を教化し、様々な条件と縁を結びつける。また人間界においては異なる信仰が形成され、それぞれの宗教の教化作用は同じではなく、各宗教の優劣・長短が相互に結びつき、様々な信仰を高め合うことになる。
これは大道の志を依り所とし、人々は互いに信仰を称え合い支え合うものである。たとえ異なる宗教が世の中の信仰に存在しても、それらは同じ源から来ており、「縁ある者をそれぞれ救う」という広がりを促進し、世の中で思想や観念の変革に応用されている。
耶教教主　耶和華　降跋一於  儒宗聖教
真仏心宗　無極大道院　懿敕崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初一日、戌の刻
ここに、真仏心宗の殊勝なることを恭しくお祝い申し上げます。各冊の大道シリーズ天書にはそれぞれ異なる主題があり、人類衆生が向上増長を遂げるに至ることができ、まことにおめでたく喜ばしい限りです。皆様にはご相伴いただき、著作にご尽力いただき、誠にありがとうございました。崇心においてしばらくの間、未来の衆生引渡しの会議を共にご協議いただき、お手数をおかけいたしました。ではまたお会いしましょう！　アーメン！
回教の教主　ムハンマド
回教は教えを立てて人間に伝えられ　教主は降り来たりて崇心の縁を結ぶ
大道  杏壇　跋二
大道のすべての主体の働き
この世のあらゆる宗教的信仰に対して、人類の衆生は生存の方向性において向上成長を遂げるものである。このような世の中にあって、信仰の中には必ず確固たる忠誠心と思想がなければならず、そうしてこそ自らの信仰を確信し、また異なる宗教に対しても護持の役割を果たすことができるのである。
大道教化課程は、世の中の古天文学、古科技学、古人類学、古道徳学、古倫理学という五つの学問を相互に関連付け、すべての現代の人類衆生に対して、この古代文明をどのように現代に応用すべきかを示すものです。
杏壇の基本条件
文明と科学技術は、相互に補完し合いながら人類衆生の進化と向上を支えるものであり、教育をその基盤としています。未来の人類衆生もこのような文明の進化の中で、あらゆる生活の次元をさらに超えていくことでしょう。では、どのようにしてこの進化をより優れたものへと導いていくのか？それは、すべての人類が恩恵を受けられる形を築くことにあるのです。
必ずや「借将」という文明が必要であり、人類衆生の遺伝子の本質を改造しなければならない。このような改造が教育や教化による伝承を用いずに行われるならば、これらの借将者たちにいかにしてより大きな思想観念を増進させ、また科学技術文明の中で知識と経験の蓄積を活用させるのか。
過去数千年にわたるすべての不足、欠陥、誤りを明らかにし、それらを改め、修正し、変革することが正道である。このような修正の後にはさらなる大きな成長があり、未来の人類衆生に真実の利益をもたらし、真の科学技術文明の成長と向上が実現することを、切に願うものである。
回教教主穆罕默德　降跋二於  儒宗聖教
真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初一日、戌の刻
ここに真仏心宗を謹んで祝賀申し上げます。未来にわたり全宇宙世界へ弘法する基盤は、すでにすべて整いました。より豊かな資糧の源を得て、人類衆生の向上と超越を広めることを願っております。皆様にはご相伴いただき、崇心宗脈をしばらくお騒がせし、未来の引渡会議を共に協議いたしました。ではまたお会いしましょう。アラー！
南無、衆生は皆如来なり　阿弥陀経観自在
大道  杏壇　跋三
大道杏壇殊勝の著作
阿弥陀仏！これは仏教における世間での口語であり、また世間で実践されてきたものである。仏教が提唱する基本的な理念の中に、なぜこのようなことがあるのか。それは「仏は覚者である」ということであり、一般の衆生とは異なるからである。さらに仏教が二千余年にわたって伝えられてきた歳月が、信仰を伝える者の認識を促してきたからである。
因果法則が人間世界における道理を理解できるだけでなく、他の宗教ではこれほど明確に説明することは非常に難しい。なぜなら、多くの後継者が現れてこれらの因果法則や他の経典を解説し、広めることで、人間世界に「大道因果」の基本的な効果をもたらすからである。
杏壇は教育と教化を基盤としており、人類の衆生に対して、古代天文学、古代科学技術、古代人類学、古代道徳学、古代倫理学といった過去の知恵を通じて、現代の時代を超越することを目指しています。これはあらゆる宗教の区別なく、互いに円満に成就し合うことができるのです。
◆ 旨 ◆
完書繳旨
人間の世で言われるところの、仏教、道教、儒教、キリスト教、イスラム教、およびすべての異なる新興宗教は、これら五つの教えから広がり、多くの異なる宗教を生み出しています。このようにして派生したさまざまな宗教も、いずれもこの五つの宗教の基本的な教義から離れることなく、さらに多くの枝分かれを生み出しているのです。
すべての人々の世間教化の因縁を形成するには、相互の成長が必要であり、あらゆる宗教を区別せず、杏壇を依りどころとして、人類衆生の信仰を教化し成長させることが求められる。また、教育課程においても、いかなる宗教の信仰に対しても区別すべきではない。
実はこれらはすべて、上天が異なる宗教を下ろされたものであり、このような因縁の条件もただ一つの「真仏心宗」によってのみ、五教平等の観念が伝えられています。他のいかなる宗教も単なる一宗教に過ぎず、このような未来は相互融合を打ち破り、一つの精神的拠り所の中で成長し超越していくのです！
◆ 跋・讃賀 ◆
南無阿彌陀佛　降跋三於  儒宗聖教
真仏心宗　無極大道院　懿敕崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初一日、戌の刻
ああ！真仏心宗の大道シリーズ第三十一冊『大道杏壇』の完成を心よりお祝い申し上げます。過去の無明の障害に対しては、上へと成長することが真の向上であり、皆様には崇心宗脈においてご苦労をおかけし、未来の弘化会議を共に協議していただき、ありがとうございました。ではまた！　阿弥陀仏！
南無開展天機冊　   　大日如來降跋則
仏は曰く、人世は超越すべし。大道は杏壇に天徳を造る。
大道  杏壇　跋四
大道とは、すなわち人世界において自然のままに、すべての生存依拠の中で行われるものである。このような人世界の生活志向に対するものは、必然的に求めるべき必要性があり、それは人世界の生活準則をよりどころとし、人類衆生のすべての文明進化に対してなされるものである。
大道とは、すなわち過去の異なる元会から移植された、これらの高度な科学技術文明が人間界に入り、人類衆生の快適さ、便利さ、普及性を成就することができるものである。これは一般大衆すべてがこの上蒼の恩恵を共有できることを意味し、現在の時代はこの数千年の中で最も優れた文明の時代であると言える。
杏壇とは：教育の根本であり、これは人間社会において、人類文明の進化において、いかに先ず人類の遺伝子の本質を改造するかを理解しなければ、向上して成長することは難しく、また、あらゆる未来の科学技術の進化に対しても、これは必要不可欠であり、未来の科学技術をいかに向上させるべきかという問題でもある。
杏壇とは：人類の科学技術によって、すべての外宇宙文明の進化の成果を窺うことができます。他の星系では、現在の地冥星よりもはるかに進んだ進化を遂げています。これは人類の衆生が持つべき基本的な観念であり、いかにしてこれらの文明進化の成果を移植・借用し、文明の進化を向上させるかが問われています。
大道杏壇の主眼：人類の衆生に、ハイテク文明の先駆けとなるには、多大な心配りが必要であることを明らかにすること。このような進化は、古代の道徳学と倫理学を人類の生活過程に組み込むことで、高度な文明と科学技術の進化が制御不能になることを防ぐのである。
大道杏壇の要諦は、まさに科学技術の制御不能による悲劇を未然に防ぐことにある。過去の各元会（宇宙周期）で繰り返された過ちを再び踏まず、あの無念さを繰り返さぬためである。この働きこそ、上天が未来の科学技術暴走を二度と見たくないとの御心より発し、高度な科学文明の進化と超越を確実に掌握することで、人類衆生の福祉を真実もって利益せんとする所以なのである。
南無大日如來佛　降跋四於  儒宗聖教
真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初一日、戌の刻
ああ、まことに真仏心宗の感ずべきことよ。これまで人世には天機を示現して教化することができなかったが、すべて崇心堂において天機を闡明し頒示することができる。これは上蒼が人類に徳沢を施し、過去の高科技の制御不能による人類衆生への再びの害悪を解消し、すべての文明進化の準則をあるがままに掌握するためである。皆様には崇心宗脈においてしばらくご煩わせし、共に未来の弘化会議を議し、再会を期することを願う。
南無東方浄瑠璃世界　薬師如来尊に帰依したてまつる
大道杏壇凡例篇　文明科技教化を推し進む
凡　  　例
一、大道とは：人類衆生を基本の行持条綱とし、また人間世界においてより進んだ科学技術文明を進化させるものである。このような有情の人類衆生に対するものは、向上成長の必然性であり、文明の進化を促すには道徳倫理の規制が必要であり、それによって人類世界を施行していくのである。
二、大道とは：人類生存の法則に即して、過去の因縁では到達できなかった科学技術の進化は、すべて上蒼が将来を借りて人類衆生の基本的な因質を変えることにより、より超越的な思想空間を持つことができる。いかにして増長・向上・超越があるべきか？それは上蒼が将来を借りた後に初めて、人類衆生の遺伝子の成長を変えることができるのである。
三、大道とは：基本的な条綱があり、過去の元会で成し遂げられた科学技術文明を、人間界に移植するものである。この種の移植は、人類衆生の遺伝子改造を直接進化させ、受胎後の遺伝子変革と成長をもたらす。これは、人間界の過去においては非常に稀なことであった。
四、杏壇とは：かつては私塾による教化を基準としていたが、現代ではすでに国家の基本教育へと進化している。世の中に文盲はもはや存在しないが、これらの人類の基本的な観念をどのように付加していくべきか。過去の古天文學、古科技學、さらに古人類學のすべての基礎がどのようなものであったかを、ありのままに知る必要がある。
五、杏壇とは：教育課程を通じて人類世界の文明進化に寄与するものである。
思想や観念があっても、人倫道徳の規範から外れることはありません。これはまさに、上天の最も重要な働きであり、杏壇の教化作用を通じて、すべての人類衆生が超越を成就するために必要なことです。また、このような条件の中で進化し、思想の改造と向上を図れば、さらに大きな恩恵を受けることになります。
六、杏壇とは：人世間において教化の根本とされるものであり、この種の教化の根本は相当なる如実の受益を有する必要がある。また未来の衆生の思想観念においては、必ずや人倫道徳の規制を以てすべきである。これはこの元会において、科学技術文明の制御を失うことを防止する必要があるからこそ、正しいのである。
七、大道杏壇とは：これは、人間界のすべての教育を基盤としています。人類の衆生は現在においても、まだ科学技術文明の始まりに過ぎず、すべては順序を踏んで一歩一歩着実に進め、これらのことを非常にありのままに、人類の科学技術が創造された後に引用すれば、より大きな利益を人類の衆生にもたらすことができます。このようにしてこそ、良好な成果を上げることができるのです。
八、大道杏壇とは言える：上蒼の徳沢は極めて広大であり、外宇宙の科学技術文明に対しては、地球よりもはるかに優れている。これらはすべて、人類に対して実質的に、生活の過程において向上成長を達成する必要があり、人類世界はこのような元会の現在において、あらゆる科学技術の成長を進化させなければならない。
九、大道杏壇の伝播するもの：これは　上蒼が文明を借りて伝えるものであり、すなわち上蒼の徳沢を人類衆生の世界に移植することができるものである。これによって、多くの人々が現世において
下は利益を得ることができ、また未来の科学技術創造に対しては、より大きな向上をもたらし、人類の衆生を利益することになるでしょう。
十、人世間において人類の基本素質を絶えず改造することは、「借将」の遺伝子を人世間に移植することによって初めて可能となり、それによって地冥星空間に真の建設がなされ、ハイテク文明の前哨基地に入ることができるに過ぎない。すべては多くの時空を経て初めて成就するものであり、人類衆生に対してはより真実に即した一種の保護と恩恵が必要であり、また未来の有情衆生をも利益せねばならない。
十一、それぞれの時空には異なる文明の進化があり、それはまた未来の子孫にとって誠実な善の向上となります。これらのことが十分に真実の利益をもたらすことによってのみ、科学技術文明が再び制御不能となった際に、過去の元会のようにすべてが一からやり直しになる事態を避けることができるのです。
十二、大道杏壇：如実の科学技術文明は、すべての人類衆生に対して、このような時空の中で、必ずや如実にこれらの科学技術が未来の生存の方向性を示す必要がある。この種の科学技術は始まったばかりで、すべてはまだ模索中であり、また相当に如実に知る必要がある。宇宙虚空の大いなる構造全体は、これらすべてが人類の科学技術によって実証されるのを待っている。
南無東方薬師如来仏　儒宗聖教に降凡の例を垂れたまう
真仏心宗　無極大道院　懿敕崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初一日、戌の刻
ああ！また一つ心躍る喜びが訪れました。真仏心宗と懿敕崇心堂による大道杏壇の著作『凡例』が完成に近づき、全ての教えの聖仏たちと共に、未来の弘化と衆生救済について会議を開くことになりました。皆様、ありがとうございます！崇心宗脈にお邪魔してしばらく経ちましたが、これで失礼いたします。またお会いしましょう。
南無虚空上徳仏　　人天の因縁、架構を成す
真仏心宗を弘めんと来たり
大道杏壇、仏国に入る
諸聖仏と諸賢生の方々、本日ご降臨いただき感謝申し上げます。大道杏壇の著作跋と凡例は、各教主・教尊のご開示とご指導、また各聖仏のご降臨によって著作が完成いたしました。千里の雲路を越えてご祝賀にいらっしゃった皆様に感謝し、ご尽力くださった諸位のご苦労に深く御礼申し上げます。これは現代において稀なる殊勝なご縁でございます。
このような縁起を大道杏壇に加えることで、未来の衆生を教育する上で、より如実で完璧なものとなります。これは諸聖仏が崇心の未来の弘化と普及を成就させてくださったことに感謝しなければなりません。その後、本宗脈のすべての学生は大声で騒いではならず、衆聖仏の会議に影響を与えないようにしてください。お分かりいただけましたでしょうか？
2015年、3月11日、13時57分◎＃※　了解
真仏心宗主席　文衡聖帝
真の仏の教化に差別なし
心宗の徳沢に衆生帰す
主席文衡聖帝登　　     大道杏壇完旨為
公布せよ　懿旨　玉詔
本日は崇心宗脈にとって大吉の良き日であり、大道シリーズ第三十一冊の完書を奉じて御旨に応えることができ、誠に我が崇心にとってこの上ない喜びであります。ここに命により、虚空御伝天尊、虚空道伝徳天尊、虚空理治法天尊を三十里の外に派遣し、恭しく無極の懿旨をお迎えいたします。
命じられて、虚空彩霞仙姑、虚空彩雲仙姑、虚空霊会仙姑を二十里外に派遣し、恭しく無極懿旨を堂へ迎え入れさせた。その他の諸神仏と諸賢生、及び無極大道院・院修学士らは、順序に従って列を整え、儀礼を欠くことなく行駕を待ち受けた。
無極の御前  許飛瓊仙姑
謹んで無極の懿旨を帯び、崇心堂に降り来たりて頒示す。神人ともに俯伏す。
懿　旨　を　開　き　読　む
謹んで奉る
無極皇母大天尊　懿旨に曰く
母は理天の聖境におられ、凡塵の衆生である有情の子らを教化する因縁は、実に非常に広大なものであると観ることができます。この母の心に望まれることは、世のすべての教育の場において大道を基盤とし、人間界を向上させることによって、より大きな殊勝な因縁が生まれ、有情の衆生である原霊子を利益するということです。
良縁ある人類世界を実現するには、杏壇の教化を基盤とし、後世へと徳の恵みを継承していくことが求められる。それには相応の真実性を高める必要がある。このような人間界における人類の科学技術文明は、未来への帰趨として成長と恩恵をもたらし、向上を通じて超越を成し遂げ、さらに高みへと発展していくのである。
大道の主体は根本であり、全ての人々の世の中における文明と科学技術の進化に対して、あらゆる生活の過程において相応の文明的成長が必ず必要であるということを目指しています。このような条件は、杏壇の教化を依り所とする主体の因縁であり、人類の衆生がこの時空において、より一層の成長と超越的な向上へと進むことを可能にするものです。
有情なる衆生にとって、自らは進化であり、さらに勝れた超越でもあります。今や南贍部洲の台疆桃園に、母なる心の尊きお言葉を受けた崇心堂があり、丙子年に堂を建立して以来、直ちに人間界に対する教育と教化の課程を展開し、今や大道シリーズ第三十一冊『大道杏壇』の著作を、見事に完成させました。
この功績を以て、崇心の諸神人各位に各三千の大功を賜り、これを崇心の未来の福徳とし、更に実際的に人道世界を完成現出せしめるべし。かくの如く実践を重んじ、着実に行うがよろしい。
また、飛瓊仙姑に命じて無極瓊漿二壺を持参させ、崇心中杯の茶に加え、一杯はすべての聖仏に、一杯はすべての霊児たちに捧げ、彼らの献身的な努力と、上蒼のために大道の先鋒部隊として力を尽くすことを称えましょう。
この情景こそ、殊勝なるご褒美
天恩と師徳のご加護に深く感謝いたします
無極皇母大天尊より　御旨を下賜され
儒宗聖教の真仏心宗
無極大道院　懿敕崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初五日、戌の刻
謹んで崇心宗脈が再び無極皇母より賜ったこの機縁を祝賀いたします。このような機会は誠に稀であり、喜び祝うに値し、称賛と励ましに値するものでございます。皆様のご尽力による尊い著述に心より感謝申し上げます。さて、私は無極に戻りご指示を復命いたしますが、また近いうちにご挨拶に参りましょう。それでは皆様、またお会いいたしましょう。
真仏心宗副主席　麻仙姑
真仏心宗万里に揚がり　　麻仙姑来たりて登台の期に臨む
大道杏壇に書の旨を完うし　恭んで崇心の大道の基を賀す
諸聖仏と諸賢生、そして無極大道院及び院修学士の皆様、こんばんは。本日は無極よりご下命を賜り、また「大道杏壇」の完書に対しても大いにご称賛をいただきました。このような状況の中で、無極の徳沢は全人類衆生の文明科学技術に由来し、まさに如実に向上を遂げております。
先ほど　無極の御旨を宣布し終えましたところ、続いて　昊天の玉詔が当堂に下されることとなり、本宗脈の　無極普賢菩薩、　無極東瀛観世音菩薩、　無極文殊菩薩に命じて二十里の外にて　昊天の玉詔を恭しくお迎えし、当堂にて宣布させるとのことです。
命じられて本宗脈の無極司命真君、無極城隍帝君、無極広沢尊王を十里の外に派遣し、恭しく昊天玉詔を堂に迎え来らしむ。その他の神仏と学生は班を整えて駕を待ち、無極大道学院の各院の修士も順序に従って班を整え駕を待つ。
昊天の欽差大臣　諸葛上相
昊天は欽差を降し聖堂に臨み　   　諸葛上相の徳意を顕す
大道は杏壇に三十一冊を垂れ
人間に普く化し徳澤を揚ぐ
謹んで、昊天の玉詔を携え、崇心宗脈に降りて頒示す。神人、俯伏す。
玉旨開読
謹んで奉る
玉皇大天尊玄霊高上帝の玉旨に曰く
朕は九五の尊位にあり、南贍部洲の台疆桃園にある崇心堂を眺めている。丙子年に堂を建立して以来、大道系列の天書著作を展開し、冊冊ことごとく真実の理諦を説き、すべての人世間に教化の因縁をもたらした。すべての人々の教育と教化による成長は、大いに向上したと言えよう。
特に、すべての世間の教育の場においては、現代の学術機関を拠り所とし、世間の教育課程を通じて、すべての世間文明の基礎を築き上げる。このような取り組みは、極めて真実に即した向上をもたらすものであり、すべて世間の文明を通じて、より大きな成長と恩恵を進化させていく。これはまさに真実に即した在り方である。
このような因縁は人類の衆生において、相当に真実性を高め超越するものがあり、今や「大道杏壇」は完成を遂げました。道理に照らせば、書を完成させて天命に応えるべき時です。このような条件は、人間界における宗教の殊勝な成就を通じてのみ実現され、ただ「真佛心宗－懿敕崇心堂」のみが成し得る殊勝な著作であります。
これは人世間教化の課程であり、今や既に完成した。理に応じて全ての神人たちが心を一つにして力を尽くしたことを労うべきである。朕の心は大いに喜び、全ての著作に全勤した者には各々三千の大功を、また不足した者にはその半数を与える。全人世間に対し、特に崇心宗脈には殊勝な向上があらんことを。
未来の杏壇における科学技術文明は、このような基盤の進化を通じて全ての文明創造を実現し、またこのような契機の中で必ずや人類の科学技術に到達するでしょう。つまり、新たな三綱・五常・四維・八徳を基礎として、全人類世界に施行することが、まさに正道なのです。
昊天玉皇大天尊　玄霊高上帝　玉詔を降す
儒宗聖教　真仏心宗　無極大道院　懿勅崇心堂
辛卯年葭（よしづき）月初五日、戌の刻
ああ、まことに天下の民のために、崇心宗脈の比類なき存在を感じさせ、このような殊勝な天機と良縁を得て、人々にこのような徳沢を広め、まさにすべての人々の殊勝な因縁を高めることを提唱しているのです。
老仙はたびたび崇心に玉旨を授けに来られ、その度に　上蒼のご恩沢は実に広大無辺であることを感じ、また全ての人類衆生のために、崇心の殊勝なる著作を拝謝し、未来の衆生を利益するものである。　老仙は本日、時間の制限により、急ぎ昊天に戻り玉旨を奉還し、またの機会にご挨拶に参ります。皆様、またお会いしましょう。
真仏心宗正主席   虚空上人
真仏は心宗を立てる　虚空の上人
登台して開示をなさる　　　玉旨はすでに完く殊なり
諸聖仏と諸賢生、そして無極大道院及び院修学士の皆様、こんばんは。本日は無極より降ろされた懿旨と昊天より降ろされた玉詔が、すべて滞りなく完了いたしました。このうち、無極懿旨の頒布時間が緊迫していたため、最初のご下命を拝受する手順を簡略化いたしましたが、必ず補完しなければ、無極懿旨が頒布された徳沢に相応しい形とはなりません。
今や、無極の懿旨と昊天の玉詔は既に全て頒示を完了いたしました。崇心のすべての神人たちの努力は非常に殊勝であり、上蒼の徳沢に対する賛賞にまで至りました。崇心にこのような機縁を与えて成就させ、また人世間の成長と向上のために、有情の衆生すべてに良き善き利益を提供するものであります。
このような条件のもとでは、新たなる三綱を必ずや人間界に公布し、未来の中華の地における炎黄の子孫のための教育の礎としなければならない。また、すべての殊勝なる因縁も、すべて崇心宗脈の皆がメディアの伝播に協力して下化し、人間界にもたらして教化の課程を施行すれば、相当なる成長の因縁が得られるであろう。
また示します：大道シリーズ第32冊『天書』は、辛卯年葭月十五日に、堂前で香案を設け（懿旨と玉旨の降臨を恭しくお迎えするためです。この期間は皆さん、心を込めて「師資培訓教化課程」に取り組んでください）、理解できましたか？本日はここまでとし、ご苦労様でした。皆さん、またお会いしましょう！
2015年3月11日、午後2時◎＃※  了解
（大道杏壇全書は既に脱稿いたしました）禅師ＯＫ